第12話 新しい仲間
前後左右どこからも様々な悪意に満ちた空間でもがいている夢を見て、魔遊は飛び起きた。
そこは真っ白な部屋だった。魔遊はベッドの上に寝かされていて、シーツから何から真っ白だった。魔遊が身にまとっている衣類も真っ白だった。そして汗びっしょりだった。
魔遊はなぜこんなところに寝ていたのかわからなかった。記憶が曖昧でなにも思い出せない。頭が混乱している。気持ちだけがざわついていて、手が痙攣を起こしている。
「魔遊、気がついたか」
不意に声をかけられて魔遊はびくっと体を震わせた。見ればすぐ隣のベッドに護がいた。
「ずいぶんうなされていたぞ。大丈夫か?」
「気分が悪い……。気持ちが落ち込んで頭が痛いし体が動かない」
「ああ……いつものやつだな。智力を激しく使うといつも気分が悪くなるもんな。しかも今回も力尽きるまでやったから、この前よりもさらに苦しいだろうな。でも俺はたいしたことないんだよな。俺には魔遊をどうすることもできないが、一緒にいてやることはできる。というより、ここから動けないからどっちみち一緒なんだけどな」
護は部屋を見渡した。白い壁に囲まれた部屋は一辺が20メートルくらいの正方形の部屋で、医療器具らしきものが並んでいる。またパソコンも数台置いてある。部屋の壁には棚が並んでいて、様々な器具がおさめられている。しかし、あまりに簡素で人間味がなく、空虚な印象である。
この部屋には扉らしきものが見えるが、外から鍵がかけられているようで開かなかった。
「護。このマークは……?」
魔遊は白い服の左胸に刺繍された「D」の赤いマークを指さした。「D」の真ん中を
見れば、服だけでなく、様々なものにそのマークがつけられていた。ベッド、医療器具、パソコン、机、棚、扉らしきものにもデカデカと付けられている。
「恐らく、ドミニオンズのマークだと思う。以前春人に見せてもらったことがある。脳内に保存してあるから今引っ張り出してみる……ああ、あった。間違いない、ドミニオンズのマークだ」
「ということは、ここは……」
「ドミニオンズの施設、ということになるかな」
ドミニオンズと聞いて魔遊は眉をひそめた。ドミニオンズすなわちARK社のパワーズ集団だ。魔遊が最も忌み嫌っている連中のひとつだ。その忌み嫌っている組織のマークが入った服を着せられているだけで虫ずが走る。
「あ、魔遊、その額飾り……」
「護、そのマン・マシーン……」
ふたりは同時に言った。額に差し込まれた、マン・マシーンの額飾りが変わっていたのだ。グリゴリの時は、第三の目を表す目を施した額飾りのマン・マシーンだったが、今はドミニオンズのマークに変わっている。
その時閉ざされていた部屋の扉が開かれた。
現れたのはアザエルだった。
「目が覚めたようだな。気分はどうだ?」
アザエルは気軽に声をかけたつもりだったが、魔遊にとってはさらに気分が悪くなる思いだった。何気ない軽い言葉が魔遊を傷つけていた。
何も答えず、じっと睨んでいるふたりにアザエルは思わず視線を外してしまった。それだけまっすぐな目をしていたからだ。
「とにかく、みんなに紹介をしよう。立てるかい?」
「なぜ?」
魔遊が聞く。
「なぜかって? それは君たちがドミニオンズの仲間入りをしたからだ。同じ仲間に顔を見せて紹介するのは当然だろう?」
「俺はドミニオンズに入った覚えはない」
魔遊は突っぱねるように言った。その言葉に感情はこもってなかった。
「ふむ。分かってないようだな。君たちは我々ドミニオンズに入隊する資格があるとみなされて、いわばスカウトされたのだよ。光栄に思わないか?」
「思わない」
魔遊はあくまで冷たい。
「俺はうれしい」
意外にも護がにこやかに顔をほころばせた。魔遊がぐるんと首を振り返らせた。
「俺は、今までなぜこんな智力を持っているのかずっと考えていた。何かの役に立つのか? それともただ物を破壊するだけで終わるのか? だけど、ドミニオンズにスカウトされたことで俺は自分の力を認めてもらえたと感じる。自分がこれまでやってきたことが間違いじゃないと今悟った」
護の歓喜の言葉に、アザエルは胸をなでおろした。
「ちょっと待て、護。今まであんなにARK社を嫌っていたじゃないか?」
「確かにARK社は嫌いだ。だけど、ドミニオンズは別だ。同じ組織だが、ドミニオンズといえば、アークエンジェルズやパワーズにとって憧れの部隊だ。いくら智力があってもなかなか入隊できるもんじゃない。そこからわざわざスカウトされるなんて、夢のようだと思わないか? 俺にとってはドミニオンズでもヴァーチャーズでもどっちでもいい。とにかく、俺の智力を認めてくれて入隊させてくれるならどこでもいい。ARK社ということは目をつむる」
護は上気した表情で本音を言った。意志の強そうな眉毛はいつもよりも自信に満ちあふれているように見える。
「そういって言ってもらえてうれしい。では魔遊はどうかね? 護のように自分の力を認めてもらったと感じたりはしないかな?」
アザエルは護の言葉をそっくりそのまま使って魔遊に語りかけた。できるだけ優しく接したつもりだったが、魔遊の硬い表情は相変わらずだ。
「お前に、俺の何がわかる? 俺の苦しみや痛みが理解できるのか? 今、お前の頭の中の闇が俺の中に流れ込んできている。今こうして話をしているこの瞬間もだ。顔を見てるだけでも気分が悪い」
魔遊は取り付く島もない様子だ。だが、以前から詩亜にドミニオンズに入隊すればいいと勧められていたのも事実だ。魔遊は迷いが生じていた。
そんな魔遊に護がポンと肩に手を置いた。
「まあまあ。新しい場所に来るとみんなそういうものだよ。緊張したり、目の前の人が自分のことをよく思ってないんじゃないかって思ったり。多かれ少なかれ、そういう気持ちになる。その内慣れるさ。確かに魔遊は知らない人が大勢いるところでは、他人の頭の中の暗闇が自分の中に入り込んで気分が悪くなるのは、昔から知ってる。だけども、だからと言っていつまでも教会で子供たちと一緒にいるのは考えものだ。魔遊も社会に出る時期に来たんだよ。今がまさにチャンスだと思わないか? 魔遊の力を認めてくれてるんだぜ?」
護の言葉に、魔遊の表情も少しずつ落ち着いてきた。
「時には流れに身を任せるのもいいもんだぜ」
魔遊は自分でベッドから降りて立ち上がった。そしてアザエルを睨みつける。
「ついていってやる。だけど、気に入らなかったらすぐにここから出て行くからな」
「わかった。まあ、とにかくこっちへ来るんだ。さっきから、みんなずっと待ってるから」
アザエルは魔遊と護のふたりを連れて、真っ白な部屋から出ていった。だが、魔遊と護はまだ真っ白な服を着たままだ。アザエルは赤を基調とした、ドミニオンズの戦闘服を着ている。
部屋を出ると小さなホールになっていた。左隣にも部屋がふたつあるが中は見えない。さらに左奥に廊下が通じているが、アザエルはそっちではなくホールの中央から正面に伸びた廊下を進んだ。廊下の両側には扉が並んでいる。長い廊下を抜けた先に大きなホールがあった。
そこにはドミニオンズ隊員たちが思い思いの場所に座ってくつろいでいた。
「待たせたな」
アザエルが呼びかけると、ホールにいた全員が振り返った。アザエルを含めて十三人である。松田の姿はない。
魔遊は大勢の顔を見て激しい恐怖を覚えた。彼ら全員が自分のことを取って食うような錯覚に陥ったからだ。
「かねてから話していたが、今日から新しい仲間となった、杏璃魔遊と間紋護だ。日本人街でグリゴリ活動をしていたが、この度スカウトされドミニオンズに入隊することとなった。みんな仲良くしてやってくれ。じゃあ、ふたりともあいさつを」
アザエルにうながされ、まず護が一歩前に進み出た。
「間紋護です。俺みたいなのがドミニオンズ隊員に加わることができて光栄です。みなさんのお役に立てるように頑張ります。あ、十五歳です」
簡単に自己紹介すると、パラパラと拍手が返ってきた。
護が魔遊の腕を引っ張る。明らかに魔遊はあいさつするのを嫌がっているからだ。状況からして諦めた魔遊はやっと口を開いた。
「魔遊です。よろしく」
消え入りそうな声でボソリとつぶやいた。
「聞こえないぞー!」
大柄なベルゼバリアルが大声を魔遊に浴びせた。その途端魔遊はビクッと肩を震わせ、一歩後ろに後退した。
「新人いびりがもう始まったか」
冷静な
魔遊は耳をふさいで笑い声を聞かないようにしたが無駄だった。笑い声とともに、彼らの悪意が次々に頭の中に流れ込んできて、魔遊はその場に倒れてしまいそうだった。彼らは自分たちを歓迎などしていない。新たなセラフィム候補としてライバルがやってきた、とむしろ邪魔者扱いしている。これは妄想なんかではない。
「じゃあ、今度はあたしらから自己紹介するわ。あたしは
美少女の李美耽がツンとした表情のまま高い声で言うと、またホールが笑いに包まれた。
「次はわしの番だな」
ベルゼバリアルは大きな地声で名乗り出た。
「わしはベルゼバリアル。十七歳だ。アザエルと同じ上海の下流層の地区出身だ。智力はオーバー・フローティング。水を操れるぞ。水だからといってなめるなよ。高圧で飛ばせば鋼鉄でも切れるし、お前たちの口に大量に流し込めば溺れさせることもできる。わしは短気ではないが怒らせると怖いぞ」
ベルゼバリアルは大声で笑った。何がおかしいのかいちいちみんな笑っている。
「僕は阿刃怒。十六歳だ。まあ、ここにいる連中の中で一番冷静かな。みんなまだ十代だからワイワイしてるが、僕も一緒にしてもらっては困るな。智力はアイス・ダンス。氷を操れる。氷の塊を飛ばすこともできるし、物を凍らせることもできる。だけど心は凍ってないぜ」
阿刃怒はキメ顔をしてみせた。うまいこと言ったつもりのようだ。
冷静を装ってはいる阿刃怒だが、頭の中ではメラメラと炎が燃えているのが、魔遊には見えていた。
「俺は
馬火茂はそっけない言い方をすると、簡単に自己紹介を終えた。上目遣いで魔遊を睨んでいる。何か言いたそうだが、口には出さない。あまり口に出さないように見えて、魔遊への敵対心は非常に強いものがあるようで、魔遊は馬火茂の頭の中のどす黒い部分が流れ込んできていた。
「俺は
毛手碓が魔遊に近づこうとした途端、アザエルが制止した。
「やめないか。今は喧嘩をする時間ではない。すまないな。毛手碓はこういうやつなんだ。では、俺も自己紹介しようか。もう何度も会ってるから顔は覚えたな? アザエルだ。年齢は十八歳。一応ここのドミニオンズの隊長を任されている。さっき、ベルゼバリアルが言ったとおり、俺と奴とは幼馴染で、下流層の出身だ。智力はストアード・フォース。雷を操ることが出来る。まあこんな感じだ。残りの連中は後でおいおい聞いてくれ。俺たちはみんな多国籍なメンバーだ。出身も富裕層だったり、貧困層だったりと様々だ。君たちが日本人街出身だからといって差別したりなんかしない。そこは心配しないでくれ。それから、今ここにはいないが松田という隊員がいる。彼だけは特別扱いだ。いつも博士のそばにいる。他になにか聞きたいことはあるか?」
アザエルは魔遊と護に聞いたが、ふたりとも答えない。魔遊は気分が悪くて仕方ないといった風で、今にも倒れてしまいそうだった。
「まあ、一度にたくさんの人とあいさつをして疲れたろう。君たちの部屋を用意した。まずはそこでゆっくり休むといい。こっちだ」
アザエルはホールから再び扉が並ぶ廊下へふたりを連れて行った。ホールから離れて、魔遊は頭の中のざわつきが少し落ち着くのを感じた。
案内された部屋は、打ちっぱなしのコンクリートの壁と床に囲まれ、簡素なベッドと机があるだけの殺風景なものだった。クローゼットとユニットバスは一応備え付けてあるようだ。それにしても、まるで人間味が感じられない。
「ちょっと、こんな部屋で生活するんですか?」
護はアザエルに訴えた。普段日本人街での生活も貧しいものだったが、それでもそれなりに生活感というか人間味はあった。
「そうだが、何か不満でも?」
アザエルは何が問題なのかわからないようで、相手にならなかった。ここの住人たちの精神は一体どうなっているのか、護は理解できなかった。
護の部屋の隣は魔遊だった。そちらも同じく、打ちっぱなしのコンクリートに囲まれ、簡素なベッドと机のみだった。
魔遊は文句も言わず、ひとりになれるのならと大人しく部屋に入っていった。その姿はまるで牢獄に入る囚人のように見えて哀れだった。たまらず護は魔遊の部屋に行き、ふたりで一緒にいることにした。
アザエルは仲良さそうなふたりを置いて、ホールに戻ろうとしたが、その時脳内にメッセージが入った。
「ふたりとも、バタバタして申し訳ないが、安堂博士が呼んでいる。今から案内するから、博士のところへ行ってくれ」
魔遊と護に休息の時間はなさそうだった。
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