(10)

 これで、二度目のオールド・メイドも終わる。


 自画自賛かも知れないけれど、ほとんどが計画通りだったと評価して良いだろう。

 そう……ほとんど、である。

 予想外の部外者が出現したことを除いては。


 彼が、私たちの計画の尻尾を掴んだことも想定外だったけれど、これは仕方がないことだ。コンダクターの身長のことまで、計画に盛り込んでいなかったのだから。

 私の一度目のゲームのとき、コンダクターの身長はバラバラだったと記憶している。今回のように揃ってしまうと、私が彼の立場だったとしても、きっと入れ替わりに気付いていただろう。

 ただ、彼には感謝している。

 誰にも語る気になれなかった、一度目の悲劇を、彼が今回、話すきっかけを作ってくれたのだから。

 ――どうしてだろう?

 少しだけジョウと話をしているみたいだったのだ。

 どこも似ていないのに。

 それとも、この部屋だったからだろうか。


 ジョーカータイムはまだ終わっていないけれど、ゲームは終わった。

 あとは、共謀した二人と、紛れ込んだ一人と共に、この忌々しい建物から出るだけ……。

 そのつもりだった。

 しかし、私はここにいる。

 衣装を奪われ、軟禁される予定だった本物のコンダクターを、そのまま部屋から出し、私が残った。

 今頃彼らは、黒バンダナが私だと思い込んで、出口に向かっている最中だろう。


 一人になって、寝転がって天井を見ている。

 ここは、彼が命を絶った場所。

 私が、日常に帰る為のドアがある、唯一の場所。

 合鍵は、私。

 私の、命。

 手には、この部屋の鍵と、拳銃。

 人間は、決断してから行動に移ろうとする。まるで不可避な儀式のように。

 だから、迷いが生じるのだ。

 決断も、決意も、決めることなどない。

 純粋に、限りなく無意識に近い心境で。

 こうして――撃つだけ。


 鼓膜を劈く破裂音。

 右耳に、音叉を放り込まれたような高音と、粘土で埋められたような閉塞感が、同時に襲い掛かる。

 心臓も、驚きを隠せず、鼓動を早める。

 次々と血液が送り出され、体中が熱くなる。

 震える呼吸を丁寧に整える。時間はかからない。すぐに落ち着いてくる。

 枕元に散っていた羽毛が舞う。まるで天使の羽根のようだ。ジョウのときも、枕を裂いて、こうしてあげれば良かったかな、と、ふと思った。

 やがて、私の体が、酸素をあまり要求しなくなってきた。

 それに応じて、意識の濃度も薄くなり、目が霞んでくる。

 車酔いのような苦しみもなく、睡眠のような快楽もない。

 ただ――無になるだけ。

 鼓動も打たなくなって、静かな血流となる。

 トクン、トクン、という音も消えた。

 そう……消えるのだ。

 いや、抜けると表現した方が正しいかも知れない。

 魂が、体から抜けるように。

 抜けて、遥か遠くへ。

 空高く、あるいは、底深く。

 息が吸えなくなった。

 苦しくはない。


 最後の微かな意識の中で――。


 私は、彼の背中を、見たような気がした。

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