もうひとつの、(3)

 エース――彼の提案は、ちょっと魅力的だった。


 私も出来ることならばそうしたい。

 けれど、それはもう無理なのだ。

「少し考えさせて」

 私は、ベッドの上で足を組みながらエースに困惑した素振りを演じた。考えたい、というのは正直な気持ちである。

 けれど、やはりもう、無理なのだ。

 私には、私の作戦が動き始めているのだから――。


 作戦の第一歩は、ルール説明が終わってすぐだった。

 第一セットのプレイタイムが始まるまでの間、私はあるものを探していた。

 それは、監視カメラ。または隠しカメラである。

 理由は二つ。

 一つは、これほど手の込んだ人殺しゲームをセッティングしておきながら、視聴者がいないというのは納得出来ない。悪趣味ではあるけれど、絶望の淵で醜い争いを繰り広げる参加者達を、誰かがどこかで手に汗握って観賞していると、私は思ったのだ。それがリアルタイムにしろ、録画にしろ、どちらにしてもカメラが必要なのである。

 二つ目は、ゲームの流れを考えたら自ずと浮かび上がってくる疑問だった。

 まず、プレイタイムでは、始点を確認した後、カードは必ず手に持って、捲らずに交換していく。そしてジョーカーの確認は、各人が自室に戻ってから行うことになっている。

 つまり――コンダクターたちは、参加者の誰がジョーカーになったのかを知る機会がないのである。

 これでは、ジョーカータイムにおける彼らの業務に支障を来たす。それにも拘わらず、コンダクターたちは焦る様子もなく、すべて順調に進んでいる様子を窺わせていた。

 このことに納得のいく説明をするならば、コンダクターは、カード交換終了後の、どこかの時点で、何らかの方法によって、誰がジョーカーであるかを知り得ているとしか考えられない。

 では、その方法とは?

 真っ先に思い浮かんだ方法が、やはり監視カメラだったのである。

 録画しておけば、後でチェックして、高性能なものであれば、手元をズームでアップにして、ジョーカーを追跡することも可能だ。ただし、ホールだけでは確実ではない。各自の部屋にもカメラが仕掛けられている可能性もあった。

 悟られないように、ホール内を眼球だけで見渡す。床も天井も壁も、無機質で頑丈そうな材質で造られている。あからさまに剥き出しになっているカメラはどこにもなかったし、隠せる隙間もなさそうだった。

 配られたカードにも仕掛けはないか注意を払ったが、特に不審な点は見当たらなかった。

 巧妙だ。

 焦るどころか、私は面白いとさえ思った。

 男たちは、緊張の面持ちでゲームに挑んでいて、何の疑問も持っていない様子だった。

 心の準備時間も充分に与えられないまま始まったババヌキ。ルールも半分くらい咀嚼した段階で強制的に飲み込まされているから、味わって、作戦を立てる暇がなかったのも無理はない。

 だから、プレイタイムも「運」で勝負しようとしている。その証拠が、適当なカードの引き合いだ。どれを引いても一緒だと諦めている時点で、思考が停止していることを露呈させているに等しかった。

 私は既に戦っているわよ、と教えてやりたかった。


 それにしても――と、私は興味深い疑問に戻る。

 ホールにカメラの気配が全然ないことについては、首を捻らざるを得ない。

 あるべき筈のものがないとは、一体どういうことなのか。

 私は、このことにゲームの重大なヒントがあるように思えてきた。

 隠されているのは、カメラではなく、ヒントかしら?

 ――そんなセリフを頭の中で呟いたとき、プレイタイムは終了した。


 私は、やるべきこと、考えるべきことが山積していたので、早々にホールを後にした。

 光が透過して、赤いクイーンが浮かび上がっているステンドグラスを見上げてから、ドアノブを握った。丸い鍵穴はあったが、鍵は掛かっていなかった。

 身を滑り込ませ、後ろ手で確実に施錠し、電気を点ける。

 そして、その場で二枚のカードを見た。

 ジョーカーは、いなかった。

 自信はあったけれど、少しは緊張した。

 奥へ進み、ベッドへ腰を下ろすと、漸く肩の力が抜けた。脈拍の意外なスピードに驚いた。思わず溜息が漏れる。

 怖くない、と、むきになれば嘘になる。

 でも、負けたくなかった。

 蔑んだ目線を送ってくる男に囲まれているから?

 それもあるかも知れない。でも、違う。

 強くいたい。ずっと、強い女でいたいのだ。

 強がりを演じることは簡単である。しかし、それは日焼けに負けた皮膚のように弱く、薄っぺらだ。

 そうではなく、素顔のままで、自分の真ん中に通る芯に、揺ぎ無い精神と冷徹な智恵を張って生きていくことが、私の理想である。

 考え続けること。そして動き続けること。

 ジョーカータイムが終わるまで、自室で籠もっていれば、確実に生き残れる――部屋に帰った者たちは、そう考えるだろう。

 本当に、そうだろうか?

 そんな甘い現実が、この場で許されるとは思えなかった。

「それでは勝てない」

 私は、小さく呟いた。

 ここで油断せず、動ける者こそ、強い人間――七億円に相応しい人間。

 守りではなく、攻めだ。

 私はまず、室内を調べることにした。

 基本的にはホテルのシングルルーム程度の備品が備わっていたが、そこに追加された部分が、このゲームを象徴しているような異常さを誇っていた。

 黒い鉄のチェストと、その上に載っている、「7:00:00」で止まったタイマー。そして、全自動マージャン卓。

 チェストの引き出しには、人を殺すための武器が入っていた。

 どれも使ったことがない。暫く考えた末に、直感で、一つを選んで手に取った。飛び道具も、刃物も、ロープも、効果的だと思うが、時と場合を選ぶ。それに、常備するには目立ちすぎる。だから、小さくて手の中でも充分に隠せるものが良いと思ったのだ。ただ、どのタイミングで使えるかは、まだ分からない。

 それから私は、マージャン卓の前に立った。

 崩れかけた山から牌を一つ拾って盲牌する。チーピンだった。

 それを卓に強打すると、私はつい笑ってしまった。

 違和感を、こんなに目立たせてはいけない。

 もっと上手なやり方はなかったのかしら?

 でも、簡単だったおかげで時間短縮になった。

 入り口に向かって通路を戻っているとき、放課後の吹奏楽部みたいな号砲が鳴り響いた。ジョーカータイムが始まったのだ。だが、そんなことはどうでも良かった。

 ドアに設置されている小窓のシャッターを開けた。さすがに三人も自室へ戻っている。右のほうに顔を向けると、両開き扉の上で、弱弱しい紫色の中に浮かんだジョーカーのサインパネルが目に止まった。

 思わず顔を顰めた。

 そのパネルのちょうど下辺りに、コンダクターが一人、椅子に座っていた。私が見ていることにも気付いていない様子である。

 凶悪犯を張り込んでいる刑事になった気分で、私はホールを取り囲む壁に視線を巡らせた。

 構造が正五角形なので、ここから真正面の壁は、左へ行くにつれ奥まった斜めになっている。その壁には、青く光るジャックのサインパネルがあった。

 そこから百八度の内角を経て、隣の壁に目を移すと、地味に仄かに灯る茶色のエースがある。シンプルでカッコいいデザインだった。その部屋を与えられた人間が、そうであるかは甚だ疑問だけれど。

 その、エースの部屋と、私の部屋に挟まれた壁に、キングの部屋がある。ここには緑色のキングのステンドグラスが淡く照らされていた。あの中年のおじさんを思い出すと、やはりキングというイメージとは釣り合わない。

 一巡して、もう一度、キングの部屋がある壁から順に見渡していった。そして、ジャックの部屋の前で視線を天井に向けた。コンダクターの怒りによって破壊されたシーリングライトと、息絶えた蛍光灯が、その位置だ。

「なるほどね」

 私は唇を舐めて、そう独りごちた。

 最後に私は、二枚のカードをそっと小窓に置いてみた。すると、それは測られたかのようにぴったり塞がるサイズだった。

 どうやら、推測は正しいようだ。

 これならば、ホールに監視カメラがいらないことも、このドアに小窓が設置されていることも頷ける。

 隠しカメラについてはまだ、室内に設置されている疑いが残っているので、私はそれを探すことにした。

 天井の隅々は勿論、ユニットバスから、ベッドの裏、液晶テレビのパネル部分まで顔を近付けてみたが、やはりどこにもそれらしきものはなかった。

 解決できないことは気持ち悪いけれど、重要度がさほど高くなくなったので、この作業は今後、短い制限を設けて続けることにした。


 それより、もう一つ確認すべきことが増えた。

 カメラ探しよりも厄介な問題である。

 何故なら、目的達成の為には、この部屋を出なければならないからだ。

 ジョーカータイムが始まって、まだ三十分も過ぎていない。

 危険度は、経過時間に比例して上昇していく。

 タイムリミットを背負った人間の心理として、切羽詰れば詰まるほど、焦りが生まれてパニックになる。パニックなったら、何をするか読めなくなる。読めなくなると、こちらも動けない。結果、機会を逸してしまうのである。

 今なら、まだ大丈夫だ。

 それに、手順を最小限にすれば、九秒もあれば充分。

 私の中に、迷いはなかった。

 全ての部屋の小窓にシャッターが下りていることを確かめると、ロックを開錠し、静かにドアを開けた。息を止めて、空気になったつもりで、壁に沿って進み、そして戻った。

 確認終了。

 所要時間は、ぴったり九秒だった。この九秒は、四億円分くらいの価値があるのではないか。

 私は、満足げな軽い足取りで、部屋の奥に逃げ込んだ。休んでいる暇はない。

 ジョーカータイムを示すタイマーが動いて、表示は「6:36:06」に変わっていた。ここから六分間で、次の一歩をどう踏み出すかを考えることにした。集中すれば充分な時間である。

 私は、ベッドの上で座禅を組んだ。

 自然界のものも、核さえ出来上がれば、あとはそこに雨粒なり、結晶なり、隕石なりが集積して、一つの大きな、意味のある形を生み出す。

 策を練るときも、この法則からは外れない。

 核に据えたのは、チェストから入手した武器。

 これを使わない手はない。

 しかし、量的にも、性質的にも、チャンスは一度と考えておいた方が良さそうだ。

 そうなると……。

「決まり」

 目を開けて、私は指を鳴らした。

 ベッドの傍のデスクに向かい、まずは引き出しを開けた。こちらは武器庫とは違って鍵はかからないようだ。中には筆記具と便箋の他、定規やマジック、鋏なども収められていた。普通、こんなものが何の役に立つのかと思うだろう。しかし、工夫次第でこれらも立派な伏兵となって援護してくれる。

 便箋を一枚破り、その上にカードを二枚並べて乗せ、うまく輪郭を鉛筆でなぞり、鋏で切り抜いた。

 手際よく同じものを五枚作ると、それを全て糊で接着し、厚みを持たせる。

 これで、簡易の目隠しが完成した。

 仕上げに、この目隠しにメッセージを添える。これが重要だ。

 私は、利き手とは逆の左手でマジックの細筆を極力不器用に操って、

『チャンスは、タイマーで5:40:00以降』

 と書いた。

 子供騙しの図画工作だが、こんなものが人の運命を動かすこともある。

 たったこれだけで、場は動くのだ。

 私は、それを試してみたかった。

 キングには申し訳ないけれど……。

 決して、ジャックの手助けをする為ではない。

 これは、私自身の為になるかも知れないことなのだ。

 落ち着きのない子供のように、私は小走りで、またドアへと向かった。

 ホールと各部屋の状況に変わりはなかった。

 再びサムターンを縦に戻し、そっとドアを開ける。今度はホールに出ず、見張り役のコンダクターを手招きして呼んだ。

 コンダクターは、重そうな足取りでやって来た。

 私はコンダクターに、作った目隠しとメモを渡し、片目を瞑って両手を合わせた。

 コンダクターは、それらを突き返すことなく、微かに頷いて踵を返した。

 私はドアを閉め、暫く小窓から様子を窺う。

 本当に大丈夫なのか、と不安な気持ちもあったが、コンダクターは何の躊躇もなく私のメモ通りに動いてくれた。最悪の場合、自分でセッティングしなければならないと覚悟していただけに、これは大きな収穫だった。

 それと、コンダクターは参加者の指示に従うこともあることが分かった。これも有益な情報である。

 コンダクターは自らの口では話さない。会話は当然不成立――などとルール付けされると、彼らはただ見張りを任された駒であって、協力者とはなり得ない、という勝手な判断が繰り広げられてしまう。

 しかし、私はこう考えたのだった。

 喋れなくても、会話が出来なくても、彼らは聞く耳を持っている。聞くことに関してのルールはなかった。だから、こちらの依頼を受けてくれる可能性は充分にある、と。

 そして案の定、コンダクターは動いてくれた。

 用事を早々に済ませたコンダクターは、定位置に戻っていた。まるで蝋人形のように動かない。真面目に監視しているのか、それとも眠っているのか。


 その後、ホールには誰かが出てくる気配もなく、静かな夜が流れていった。

 上出来ね――私は、大きな流れを引き寄せたと感じた。

 ベッドに戻ると、タイマーは「6:20:19」を示していた。

 私は冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、半分まで一気に流し込んだ。そして、デスクに置いてあった二枚のカードと、一度限りかも知れない貴重な武器を手にして、部屋を出た。

 

 こうして――。

 私は、第一セットのジョーカータイムおける、私の戦いの最終工程であり、目的地でもある、エースの部屋へと辿り着いたのだった。

 エースの部屋に行くことも、作戦の一部である。

 だから、ここで彼と手を組むというイレギュラーな選択肢は、どうしても選べないのだ。

「考える? どうして? だって手を組んだ方が」

「分かってる。私もそうした方がいいと思う。でも、今はまだ待ってほしい」

 それに、もうすぐ動き出す時間だから――と教えられれば、どれだけ楽だろうか。

 血の色のタイマーが「5:40:30」を経過したとき、私は気分を改めるようにベッドから腰を跳ね上げた。

「お手洗い、貸してね」

 エースに背中を向けたまま、私は嘘を吐いた。ホールの様子が気になったのである。

 ユニットバスのドアを開けたが、そのままホールのドアに近付き、徐に小窓のシャッターを持ち上げた。

 位置的に見える筈のコンダクターの姿が、私の目に入らなかった。

 いなかったわけではない。

 障害物が、あったからだ。

「ジャック……」

 私は、口の中で呟いた。

 キングの部屋を凝視するジャックが、立っていた。

 背広とネクタイを外している。疲労が顔に浮かび、すっかり老けていた。私が見ているとは思ってもいないようだ。

 ジャックは、夢遊病者のように身体をふらつかせながら、小窓を左から右へと移動していった。

 私は、ジャックがキングの部屋のドアに手を掛けた所で小窓を閉めた。

 ユニットバスに入り、便座を下ろしたまま座る。

 膝の上に肘を立てて、両手を握り合わせた。

 表面上は静穏な海でも、水中では様々な荒々しい活動が繰り広げられている。

 私の身体が、今まさにそんな状態だった。

 どんな些細な音も聞き逃さない、それくらい神経を聴力に集中させていた。

 が……そんなものは、必要なかった。

 それくらい、場の動きはハッキリと聞き取れた。


 太い鞭を扱いたような破裂音。

 次いで、男の悲鳴。

 私は、形だけトイレの水を流してから飛び出た。

 右を向くと、エースが強張った表情でこちらを見ていた。手にはナイフを握り締めている。

 私は、一つ頷いてから小窓を開けた。

 キングの部屋のドアが開きっぱなしになっていて、ちょうどそこから、ジャックが躍り出てくる所だった。

 ジャックの手には拳銃が握られていた。ワイシャツが所々、血に染まっている。目は、完全に狂気が振り切れていることを物語っていた。

 キングは、足を引きずりながらコンダクターの近くまで逃げていた。

「助けてくれ! なんでや! なんでワシが!」

 鬼気迫る声にも、コンダクターは身じろぎ一つせず、席を立ってキングとの距離を取った。

 再び銃声が轟く。

 喉を壊した蛙のような叫びを上げ、キングは両開き扉の前で転倒した。背中から、左の腰の辺りを打ち抜かれたようだ。青いTシャツが、みるみる赤黒い血を吸っていく。

 起き上がろうとするキングに迫るジャックは、とどめを刺しに行くと思いきや、自分の部屋のドアの前に立ちはだかった。私は、なるほどと思った。あそこに逃げ込まれて鍵を掛けられてしまったら、万事休すである。

 しかし、ジャックの想定は大きく外れ、キングは突然、ジャックの前を素早く横切った。致命傷を負ったのは演技だったようだ。

 キングはそのまま、私たちがいる部屋の前へ突進してきた。私は慌てて小窓を閉めた。

 間もなく、心臓を直接叩きつけるような激しい打撃音が、ドア全体に響き渡った。

 私は部屋の奥に戻り、ナイフを構えたエースの後ろに隠れた。彼は竦みそうになっている足をどうにか前に進める。

「頼む! 助けてくれ! おい!」

 切羽詰った叫び声。絶望的な懇願が続く。頼まれれば頼まれるほど、ドアに近づくことさえ躊躇してしまうほどに。

 今度はエースが、小窓のシャッターを開けて外を窺った。

 私も背後から、そっと覗き込む。

 髪が薄く、貧相に垂れ下がった目の奥の眼球が、恐怖で小刻みにギョロギョロと動いていた。顔が小窓に近すぎるのに、ドアを叩きつける拳の力は衰えない。

 彼が振り向いて、私に何かを尋ねようとしていた。私は、様々な質問を想定した結果、髪を振り乱して首を横に振った。

「頼む、開けてくれ! オレは」

 キングは、小窓に二枚のカードを押し付けていた。

「オレはジョーカーやない! 狙われてるんや!」

 クローバーの1と8が、そこにあった。

 すると、震えていたエースは、意図通りなのか無意識なのか、サムターンに指を伸ばそうとした。

「ダメよ、ジョ……ジョーカーが後ろにいるかも知れないでしょ!」

 私は、強くない握力と、強い怒声で制止した。

 絶体絶命のキングは、吼えるような悲鳴を撒き散らし始めた。

 見ていられなくなったのか、エースは小窓を閉め、ドアの前に座り込んでしまった。

 私は、この壮絶なシーンが訪れるように演出した責任として、彼の頭を包み込んで、優しく撫でた。

 そうして私たちは、激しい乱打を、ただ聞いていた。

 そして、

「勘弁してくれ! 降参や! 降参言うてるやろが!」

 それが、キングの最後のセリフだった。

 無慈悲な銃声が響いた。

 次いで、ドアの向こう側に、土嚢をぶつけたような、重く鈍い音が、ドアに倒れ掛かってきた。

 短いようで、長い静寂。

 エースは、座り込んだままだった。

 私は彼の肩に手を置いたまま、ゆっくりと立ち上がり、小窓を開けた。

 置かれた、視界を塞ぐ二枚のカード。

 その一枚――クローバーの8が、ゆっくりと取り外される。

 僅かな隙間の向こうから、壊れかけた笑顔を浮かべたジャックが現れた。私は思わず後退りして、ジャックの視野に入らないようにした。

 小窓は、別のカードが元通り塞いでしまった。

 置かれたカードは、ジョーカー。

 ミッションが、完遂された瞬間だった。

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