「ヴェルサイユ宮殿ー ーイメージそして、貴族のステータスー」
「文句があるならベルサイユにいらっしゃい」という台詞をご存知だろうか。少女漫画の名作「ベルサイユのばら」に出てくる台詞である。馬車で人を撥ね殺して、その母親を殺された娘にポリニャック夫人が言い放つ、なかなかにすさまじい台詞である。
この台詞のせいではないが、宮殿だから、王族の住まいだから…きっと厳重な警備が敷かれた、それは豪華な場所だったんだろうと私は常々思っていた。
が、最近になって私はある事実を知った。
なんでも、ヴェルサイユ宮殿は民衆の立ち入り自由だったらしい。庭園も自由に散策でき、「王の庭園の楽しみ方」というガイドブックも発行されていたそうである。
ヴェルサイユ宮殿はもともとルイ13世の狩猟地にあった小さな狩猟小屋を、ルイ14世が改築したものである。宮殿として利用されていた期間は短く、ルイ14世、ルイ15世、そして悲劇の女王といわれるマリー・アントワネットの旦那にあたるルイ16世まで。今風に言うと3世代住宅などと表現したくなるところだが、王族だけが住んでいたわけではないのでこの表現は適さない。(この3人は親子関係でもないしね。)
王は貴族を従え、王と貴族は民衆を従える。自らを「太陽王」と称したルイ14世は、ヴェルサイユで徹底した「フランス絶対王政」のルールを作り出した。民衆は宮殿や庭園や、王の一日を見学することにより、王の偉大さを肌で感じていたのだ。
「起床の儀」から始まり、「就寝の儀」まで。食事も、国務会議も、庭の散策も王の一日は常に人の目に晒され続けている。文句があるなら…というわけではないが、王の一日の見学中に「直訴」も可能だったわけである。王族の給仕は貴族が行い、貴族はヴェルサイユ宮殿の中に住むことを名誉としていたのだ。
この見学、なかなかに凄まじく、マリー・アントワネットの初夜が、貴族たちの立会いだったのは有名な話だが、実は「出産」も公開だったのだ。現代の人間からは想像も絶するが、「血の正当性」を示すのに有効ではある。さすがに部屋に入れるのは貴族までだったようですけれど、それでも60人ぐらいは見守っていたそうで。(王族って大変ですね。)
さて、ヴェルサイユにはもうひとつ有名な逸話(?)がある。それは「ヴェルサイユにはトイレがない。」というものである。これはどうやら、「トイレの数が足りなくて排水が悪かった」というところからきた逸話のようである。どれくらい足りなかったというと、ある貴族の言葉を借りるのであれば、「宮廷には、私がどうにも我慢できない不潔なものがございます。回廊の警備の者たちが隅という隅に放尿することです。」という状況だったようで。王侯貴族、その使用人、宮廷に仕えるもの…と考えれば、居住スペースも明らかに少なヴェルサイユの内情はかなり悲惨だったようである。当時の貴族からの陳情をみてみれば、「暗い」「狭い」「汚い」「寒い」…エンドレス。それでもなお、そこに住むのがステータスだっただから、貴族も王族に負けないくらい大変である。
もともと水のない土地に、10kmも離れたセーヌ川の水を無理矢理マルリーの機械と呼ばれる装置で汲み上げ、水道橋で運んでいる。そのうえ飲用に適した水でもなく、排水設備も整っていない。常に悪臭を放っていて不衛生だったことは想像に難くないだろう。
そんな訳で,美しいヴェルサイユ庭園も、豪華な噴水の悪臭のせいで散歩できなかったとか。掃除も行き届かず、宮殿には鼠が出没し、窓から尿瓶の中身を捨てるせいで花も枯れる。もちろんこれらは、王侯貴族やその使用人の数が膨れ上がった時代の話ではあるのだけれど。
ようするに、今私たちがみているヴェルサイユ宮殿は衣食住のすべてが抜き取られた器なのである。私たちは、貴族の社交の場、舞踏会や音楽会、着飾った美しい女性たち…というイメージを器に入れて眺めているのだ。だから、そこに人が生活していて、居住地区どころか洗濯物を干す場所も足りず、庭園散策のおりには洗濯物がはためているのが見えていた…なんて信じたくない事実に驚くことになるのである。
王と王妃が暮らしてた優雅な宮殿というイメージからはから程遠いものであろう。
衣食住のすべてが抜き取られた美しいヴェルサイユ宮殿を、イメージで眺めるのが現代人にとってはちょうどいいのかもしれない。
ちなみに、当時の見学者に向かって告げられる言葉に面白いものがあった。それは、食事の時間の呼びかけの言葉。「王の食事の時間です。」とは言わずに「王のお肉の時間です!」と叫んでいたそうで。これは、「ライオンのごとき王はお肉しか食べない。」というイメージの定着のためだったそうである。(もちろんお肉以外も食べてましたけどね。)
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