千四百三十七話 魔商人ノクターと闘霊本尊界レグィレス


 恐王ノクターは外套を黒色に変化させる。

 双眸を隠している灰色の布は一部が血の<血魔力>に染まっていたが、その<血魔力>が強まった。

 血色に染まっている切れ端と<恐眼・極骰子>の小形の立方体のすべてを頭部の灰色の布へと収斂させる。


 と、眼窩の中にめり込んでいる布の表面に淡い魔力が灯ったが直ぐに淡い魔力は消えた。恐王ノクターの周囲に生み出していた複数の魔剣と魔槍も消す。


 三日月状の多腕人面モンスター兵のババルアルザとドゲルナスは三日月状の多腕の数を減らすように一つの腕に収斂し、蠢く。と、一瞬で複数の腕と腕が重なったような多腕のアクセサリーへと変化を遂げて、恐王ノクターの漆黒の魔力と繋がった刹那、ノクターの肩と二の腕と背中を守るような三日月状の装甲へと変化を遂げた。


 渋い装備だ。


 ゲラも衣装をスカートが似合う秘書スタイルに変化した。

 その恐王ノクターに、


「恐王ノクターは退かないのですか」


 と聞くと恐王ノクターは漆黒の机を己の目の前に用意し、


「シュウヤ殿、恐王ノクターですか? 我の名は魔商人ベクターですぞ」

「うふ、シュウヤ様、私は魔商人ベクター様の魔秘書官長ゲラ・ヒライルです。表向きのベクター商会の代表を努めておりますわ、会長はベクター様で、恐王ノクター様です」


 意外すぎて、膝から崩れそうになった。

 しかし、魔商人ベクターと魔秘書官長ゲラか。

 恐王ノクターの別の姿の一つのようだな。

 

「俺たちは恐王ノクターの大眷属を数人倒していますが、それでも、戦いではなく交渉を重んじるのですか?」

「大眷属を失ったことは勿論痛手だ。しかし、状況は常に変化している。その変化に合わせて戦術を練るのが上に立つ者の責務であろう?」

「はい」

「戦いと交渉は常に隣り合わせだ、混沌の槍使いは光魔ルシヴァル、その眷属たちも強い、そのような者たちと戦えば我は無事ではないだろう。もし戦えば勝てると自信はあるが、ここでわざわざリスクを負うのもな」

「先ほどの<恐霊血布>に<恐眼・極骰子>の使用はリスクではないですか?」

「……あれはあれだ、<恐眼・極骰子>の使用は我の未来を予測しただけに過ぎない」


『時空属性の魔力は確かに感知しましたが、未来を予測するスキルだったのですね』

『あぁ』

「そうですか、ですが惑星セラで、俺は恐王ノクターや闇夜の盗賊神ノクターを信奉していた者たちと戦い倒していますが、それでも交渉を?」


 闇ギルド【梟の牙】の短剣使いのオゼ・サリガンに、闇ギルド【ノクターの誓い】には恐王ノクターの信奉者たちが多かった……。


 恐王ノクターこと、魔商人ベクターは頷いて、


「セラか……我の信奉者を殺したことは気に食わないが、そんなことはささいなことだ。セラ側と魔界セブドラの傷場を巡る争いが絡めば、我の眷属たちが放ってはおかぬとは思うがな」

「傷場の占有は重要だと思っていましたが、諸侯や神々によってまちまちなのですか」

「傷場は重要ではあるが、セラは我らの美味しい贄場でしかない。スキルにより贄場から甘受できる影響力は大きく異なる故、我には、セラから幾ら信仰力を得ようと贄場の感覚でしかないのだ。だが、これはあくまでも我の感覚だからな? 他の魔神とは異なるだろう、それに狭間ヴェイルを越えた別世界がセラなのだからな、セラの信奉者が魔神具などを利用し、我に大量の贄を寄越しても、恩恵を与えるぐらいしかしてやれぬ」

「……そうでしたか」

「うむ、我には魔界セブドラのほうが重要だということだ」

「はい、そのことは理解しました。では軍が【マセグド大平原】側で待機していた理由ですが、峰閣砦の諜報戦が劣勢になった時点で、恐王ノクターは、ここの軍の撤退を視野に入れていた?」

「当然だ」

「では悪神ギュラゼルバンとの破壊工作が有利に運んでいたら恐王ノクターは軍を【レン・サキナガの峰閣砦】に軍を進めていた?」


 恐王ノクターこと魔商人ベクターは頷いた。


「たられば、だが、もしそうなっていても、シュウヤなら防いだのではないか?」

「考えられることはしていたとは思いますが、もう一度同じことをしろと言われても、自信はありませんね」

「フッハハハ、正直な男だ」

「ノクター様がこんな笑うなんて……むかつきますわ」


 俺を睨む魔秘書官長ゲラ。細い目はブルーアイズ。

 高い鼻に上唇がアヒル口で少し可愛い。顎と首も細い、鎖骨の色合いは女性魔族特有の銀色と紫色の軍服と融合しているように見えた。 

 恐王ノクターこと魔商人ベクターは、


「ゲラよ、そう、苛つくな」

「はい、でも悪神ギュラゼルバンに家族たちは殺されているので、一撃は加えたかったです」

「うむ」


 ゲラには悪神ギュラゼルバンに恨みがあったのか。

 ギュラゼルバンとの同盟も仮で、裏をかく算段だったということか、恐王ノクターの魔商人ベクターは、


「他にも退かなかった理由を教えておこうか」

「はい、お願いします」

「マセグドの大平原での戦いもあるからだ。ここに、我が直々に率いている精鋭の軍がいることを周辺地域に示すことで隣接している諸侯と神々の軍に対し牽制となるからな、更にマセグドの大平原で我らに抗い続けている小勢力の連合軍にも、睨みが利く、そうした一石二鳥以上の効果が、ここに軍を待機させることにより生じていたのだ。そうした我の状況と布石を、ある程度シュウヤも読み切ったからこその、今であり、<血魔力>の武威を示したのであろう?」


 とゲラをチラッと見てから、


「はい、薄々はレン家との戦いで疲弊しているだろう悪神ギュラゼルバンの軍の背後を突く狙いもあったのでは? と考えていました」

「ハッ、お前の思考は覇者に向いているぞ!」

「うふ、格好いいわね、ムカつくほどに……」

「ングゥゥィィ」


 とハルホンクが覇者に反応してしまう。

 魔商人ベクターとゲラは、俺の肩の竜頭装甲ハルホンクを注視してきた。ごまかすように、


「覇者、個人の強さや槍武術の高みを目指す意味があるなら、そうなのでしょう。恐王ノクターには他にも争っている諸勢力がいるようですからね、己の軍の消耗を避けたかったことも、ここで待機していた理由にあるのではないでしょうか」

「……その通り、我の【ノクターの大血湖】と【ノクター平原】は【吸血神ルグナドの類縁地】と隣接している。吸血神ルグナドには飛び地だが、領地は広大で【ルグナドの血大迷宮】の出入り口がそこにはあるのだ。今でも、その隣接している我の大眷属と吸血神の<筆頭従者長選ばれし眷属>が戦っている。他にも王魔デンレガ、魔蛾王ゼバル、悪神ギュラゼルバン、闇神アスタロト、魔界王子ライランなどの勢力や小勢力との領地を巡っての争いがある」

「そうですか……【吸血神ルグナドの類縁地】とは、ここから北にあるということでしょうか」

「そうだ、そこには【ルグナドの血大迷宮】の出入り口があり、南の遠方の吸血神ルグナドの本拠地に近い【ルグナドの大血沼】の【ルグナドの血大迷宮】に出ることが可能なのだ」

「【ルグナドの血大迷宮】とは【幻瞑暗黒回廊】のような?」

「【幻瞑暗黒回廊】よりも単純だろう。吸血神ルグナドの関係者なら利用ができる転移場、傷場のようなモノだ」

「それは吸血神ルグナドには便利ですね」

「うむ、我には目の上の瘤だがな、が、我も闇夜の盗賊神の名があるように【ルグナドの血大迷宮】は確実に利用ができる。であるから【血法大魔城トータルヴァインド】、【高祖吸血鬼達ノ永久墓廟】、【ルグナドの血法大院】、【ルグナドの脾臓宮】などの吸血神ルグナドの本拠地の有名所を直に攻めることが可能となるのだ。だから、いずれは【吸血神ルグナドの類縁地】を攻め落とすつもりだ」

「……壮大な計画のようですが、俺にそれを教えていいのですか、吸血神ルグナド様とは多少なりとも縁を持ちますよ」

「ルグナドとの縁か、戦神や水神に光神ルロディスにも通じているのが混沌の槍使いのシュウヤだろう、それは魔毒の女神ミセアや悪夢の女神ヴァーミナとは異なり、我と同じく確実ではない縁のはずだ、むしろシュウヤの<血魔力>に関して吸血神ルグナドは気に食わないはず、あやつのことだ、罪人といって血の魔槍が飛んでくるような現象が一度や二度起きていると思うが、違うか?」


 吸血神ルグナド様に関してはなんとも言えないな。

 そして、ヴァーミナ様のことは当然知っているか。


「それはたしかにそうですが、それでも縁はある、と思いたい」


 恐王ノクターこと魔商人ベクターは頬をピクッと動かす。

 

「……思いたいか、ふむ、闇夜の盗賊神という名もある我と悪神ギュラゼルバンの諜報破壊工作のすべてを防ぎ、悪神ギュラゼルバンとの野戦にも勝利した男なだけはある。手堅い戦略家のようだ」

「……深読みしすぎかと」

「フッ」


 魔商人ベクターは外套を広げるように両手を左右に伸ばして笑み浮かべた。もう戦う氣は零と分かる。二槍流の構えを自然に解いた。

 <闘気玄装>を残して他の<魔闘術>系統を解除し、<血想槍>も解くと、恐王ノクターこと魔商人ベクターは漆黒の机に様々なアイテムを用意して、


「シュウヤ殿、早速だが、我との縁ということで、魔商人ベクターの我と取り引きをしないか?」

「そのアイテム類を売りたいと?」

「我は交換が基本だが、今回はここから一つだけ選んでくれていい、それを交換無しで差し上げよう」


 小形の時計、指輪、液体が入った魔法の瓶が数種類、漆黒の魔力を放つ数珠玉が入ったクリスタルがぶら下がるネックレス、魔剣、魔刀が二つ、魔槍、大槌、兜が二つ籠手が三つに魔鎧などがある。

 

「おぉ」

『閣下、どれも凄いアイテムだと思いますが、呪いがあるかもですよ。漆黒の液体は闇精霊ちゃんがいると分かります、紫の液体も似たような魔力を感じます』

『あぁ』


「呪いが心配ですが……」

「心配するのは分かるが、嫌なら、ここまでだ、我は魔商人ノクターとして、用があるから、選ぶなら今だぞ」

「液体が入った魔法の瓶はどんな効果が?」

「金色の液体は、戦巫女ヴェロッサの御霊液。飲めば飲む者次第といえるが……生命力が膨れ上がるなど効果を得られるが、光属性に耐性がなければ、爆発して死ぬだけだな、紫色の液体は魔霊惣角ジィナムルの血、魔力を通したら、魔霊惣角ジィナムルと契約が可能のようだが、詳しくは不明。漆黒の液体は闇夜の精霊キュブル、魔力を通し、闇夜の精霊キュブルが気に入れば契約が可能となるようだ。茶色と金色の液体は金剛魔液ハバフルと武装魔霊ユルアン。魔力を通したら武装魔霊ユルアンと契約が可能だ」

「なるほど、漆黒の魔力を放っている数珠玉入りのクリスタルがぶら下がるネックレスは?」

「闘霊本尊界レグィレスのネックレス、才能次第で能力は変化するようだ」


 他にも気になる品はある。

 が、闘霊本尊界レグィレスのネックレスをもらうかな。


「闘霊本尊界レグィレスのネックレスをもらいます」

「ふむ、では受け取るがいい」


 一応無魔の手袋を装備して、闘霊本尊界レグィレスのネックレスを掴んで戦闘型デバイスに仕舞った。


「うむ、では、シュウヤよ、また何処かで会うかもしれぬが、この魔商人ノクターの姿の場合は、我の演技に合わせてくれると助かる」

「分かりました」

「ふふ、ではね♪」

「然らば――」


 と魔商人ベクターは漆黒の机とアイテムを仕舞う。

 一瞬で足下に漆黒の魔力を展開させると、ゲラと共に魔商人ベクターは、その魔力の中に消えていた。

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