千四百三十六話 恐王ノクターとの交渉


 意外だが退いてくれるのか。

 この軍勢も俺たちに見せるための采配か?

 それとも悪神ギュラゼルバンの背後を突こうと狙っていた? そのことではなくエスパニュラスの名はギリアムから出ていた。

 キサラとキスマリが仕留めた恐王ノクターの大眷属の名にエスパニュラスの名は無かったから、まだ【レン・サキナガの峰閣砦】の内部に潜んでいる可能性があるか。

 魔傭兵ドムラチュアは、アキサダと共に取り引きし、恐王ノクターの大眷属エスパニュラスと取り引きをしていた。少し聞いてみるか。


「エスパニュラスとは【レン・サキナガの峰閣砦】の下の街に潜ませている大眷属の一人ですか?」

「含むだな、エスパニュラスは他の大眷属とは違い【メイジナ大平原】全域が担当だ」


 全域か、そのエスパニュラスは、悪神ギュラゼルバンの眷属たちと共同作戦を執る側と分かれ、まだ峰閣砦の近くに潜んでいる可能性もあるか、どちらかが失敗、成功しても大丈夫なように両建ての作戦はありえる。


 そのことではなく恐王ノクターとアキサダのことを、


「恐王ノクターは魔商人ベクターとしてアキサダと交渉を行っていたようですが、どうなのでしょうか」


 恐王ノクターが頬がピクッと動いた。

 その恐王ノクターは「……うむ」と短く発言すると、近くに短槍、魔槍、魔剣を出現させていく。

 

 俺の<血想槍>と<血想剣>とは異なる<導魔術>系統だろう。

 <闇透纏視>で確認すると、極めて細い魔線で連なっていると分かる。

 一部の魔線は女性を象っていた。

 と思った刹那、その女性の魔線を漆黒の魔力が縁取ると、その縁取った部分がそっくりそのまま本物の魔族の女性に変化した。

 朱色の髪の魔族。魔剣か魔太刀を右手に持つ。

 その女性魔族が光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスと俺をチラッと見て、


「ノクター様、この槍使いと髑髏の魔界騎士たちは危険ですわよ? 和睦の交渉をするのですか」

「ふむ、危険だからこその交渉だ。ゲラはババルアルザとドゲルナスとタヂラオカンとトトガの近くで見ておけ」

「ハッ……フンッ」


 と、俺を睨むゲラという名の女性魔族は美人さんだ。

 二眼二腕の魔族で衣装は軍人然としている、バーソロン的で、若干のキスマリ気質かな?

 ゲラは不満そうな表情を浮かべたままババルアルザとは反対側の空に移動していく。

 中央の恐王ノクターは、


「槍使い、話を戻す、アキサダとは闇を知る魔商人ベクターとして、たしかに取り引きを行った。アキサダは、【レン・サキナガの峰閣砦】の首脳の一人でありながら色々と融通が利いたのでな」


 アキサダは魔商人、大魔商人、闇魔商人、魔傭兵団、魔界の神々の大眷属、眷属、諸侯と通じていた。


「恐王ノクターにも良い情報源だったということですね」


 恐王ノクターは、またニヤリとして、


「その通り、己を強くするための利用、アキサダも自分の立場を利用して己を強化していた、敵を知ることにも通じる」

「なるほど、〝戦う前によく考え敵を知る〟と似た戦略ですね」

「……魔毒の女神ミセアか……槍使いの背後の神獣に乗っている女は、セラの地下に暮らすダークエルフか」


 ヴィーネのことを指摘してきた。


「はい、元はそうでした」


 微笑む恐王ノクターが仮面に見えた。

 が、油断はしない。左腕の仙王槍スーウィンを少し下げた。

 右腕の神槍ガンジスの方天画戟と似た穂先を恐王ノクターに向ける。

 槍纓の旧神ギリメカラの蒼い毛が揺らめいて靡いた。毛先が【メイジナ大平原】側に向かうように見えたのは気のせいか。と考えつつも二槍の構えは崩さず、目の前の恐王ノクターに、


「では、軍の撤退をお願いします」

「……魔神の我を前にしても物怖じしない胆力を備えた精神力は見事だが、退くのは条件がある」

「条件とは?」

「槍使いのお前と話がしたいことと、その条件を言う前に槍使いの独自の<血魔力>が気になる。が、まずは、お前の名を聞こうか」


 俺と話がしたいか。


「シュウヤです。<血魔力>は吸血神ルグナド様との縁が多少関係しますが、光魔ルシヴァルだからこその<血魔力>ですね」


 すると、恐王ノクターはそのままだが、


「吸血神ルグナドだと……」

「光魔ルシヴァルとは聞いたことがないが、吸血神ルグナドの<筆頭従者長選ばれし眷属>たちでもあるのか?」


 恐王ノクターの部下たち、ゲラとババルアルザにドゲルナスが語る。恐王ノクターは、


「シュウヤが名か、そして、魔族ではなく光魔ルシヴァルという名の種族がシュウヤたちか。神界セウロスを忌み嫌う吸血神ルグナドとも関連しているとは驚きだ……」

「自ら選択した所以です。恐王ノクターの灰色の布に染みて、垂れている<血魔力>の血は、恐王ノクターの<血魔力>なのですか?」

「無論だ、我の大眷属<恐王ノ血霊大督官>になれば、<恐王ノ血魔力>に<恐王ノ血霊>を扱えるようになるだろう。<恐王ノ血霊>は奥が深いぞ?」

「洗脳されそうですから、眷属は結構です」

「……ハッ、そう言うな、我の眷属か部下になれば、お得だぞ」

「それが軍勢を退く条件ならお断り致します」

「違う、軍は関係ない、これは単なる誘いだ。我の大眷属、眷属に成れば、<恐王ノ血魔力>に<恐王ノ血霊>などのい以外にも、<恐王ペルソナ>に<恐階ノ烈王>などのスキル、称号も<恐霊ヲ極ヲ得シ者>などを得られよう、更に、この【メイジナ大平原】に、我らの背後に拡がる【マセグドの大平原】の一部をお前に割譲しよう。デェインの隠陽大鉱山の権益はお前たちを豊にしよう。そして、共に魔界セブドラの覇権を握ろうではないか……無論、【バーヴァイ地方】に【バードイン地方】などはシュウヤの所領のままだ……」

 

 ボスらしい誘いだ。

 世界の半分をあげるといった言葉を思い出す。

 

 すると、恐王ノクターの頭部に巻かれている灰色の<血魔力>が込められた布の一部が輝いた。布の一部が自然と縦に細く切断され、細断された血塗れた灰色の布は恐王ノクターの周囲を守るように展開されていく。

 細断されている灰色の布表面には<血魔力>を操作しているような無数の小さい眼が出現している。

 灰色の布の切れ端は小形の立方体を象っては、そこの面にも眼が出現していた。

 

「え、陛下が」

「ノクター様ガ……<恐霊血布>に<恐眼・極骰子>を扱うとは……」

「……ふむ、それほどの相手が槍使い、シュウヤ殿か……」


 周囲の部下たちが動揺しつつ発言する。

 小形の立方体から得体の知れない魔力が吹き荒れる。

 と、それらの表面の眼球がぞろ目となった瞬間――。

 時間が止まったような氣がしたが、バチバチと音が響く。

 

 灰色の布と立方体の表面に現れている無数の眼球は賽の目の意味か。

 

『閣下、何か分かりませんが、恐王ノクターは時空属性の何かを行った?』

『最上級のクラスの魔神だ、俺たちが感知しえない何かが起きたのかも知れない……』

『……はい、音はレジストしている音ですから、大丈夫とは思いますが』


 ヘルメも恐怖しているようだな。

 恐王ノクターを見ながら、


「すべて、お断り致します」


 と発言すると、小型の立方体が自然と転がる。

 神はサイコロを振らないとか言葉を思い出すが、神はサイコロをふっている……。

 神が世界を作るときサイコロで決めていない、不確定性原理に反論の言葉だったが、アインシュタインにわけの分からないツッコミを入れたくなった、と、混乱しているようだ……これは精神攻撃か。

 と賽の目が変化しては、ジロリと俺を睨みつけてくる。


 恐王ノクターは微動だにしないが、それらの立方体の賽の目と灰色の布の表面にもある眼の光彩の色が変化していた。


 恐王ノクターは、またもニヤリとして、


「……魔界王子のテーバロンテを滅したのはお前だろう。テーバロンテの所領には興味ないのか? 魔界王子の一角には興味ないのか?」

「所領には多少はありますが、魔界王子の位には興味はないですよ」

「……フッ、所領に多少で神格には興味がない……お前の心理は底知れぬ……」


 底知れぬ? 多少は俺の心理を読んだか。

 直に心を読むなどのスキルは光魔ルシヴァルには効きにくいと思うが……。

 が、エヴァのような<紫心魔功パープルマインド・フェイズ>は存在するからな……。

 更に、推測と連想は将棋や囲碁のように何十通りと予測は可能だ。


「さて、名と光魔ルシヴァルは教えて、話もしました。撤退の条件として十分だと思いますが、どうでしょう」

「まだだ、テーバロンテを滅した理由を聞こう」

「惑星セラと魔界セブドラの知的生命体を長く苦しめていた邪教の大本で、元凶がテーバロンテだった。それを倒すのは自然の流れかと思います」


 恐王ノクターの笑みが消える。


「ふむ。なるほど、セラの【テーバロンテの誓い】共だな」

「そうです」

「……理解した、では、タヂラオカンとトトガよ、下のクイルラルたちにマセグドの大平原の恐蒼将軍マドヴァの陣営まで撤退の指示を出せ、ゲラとババルアルザとドゲルナスは我と共にここで待機だ」

「「「「ハッ」」」」


 と魔術師の二人が急降下。

 下の恐王ノクターの軍勢は一斉に後退を始めていく。

 たしかに軍は退いたが、恐王ノクターと部下が残るとは聞いていない……。



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