千三百二十五話 【レン・サキナガの峰閣砦】の見学と廃墟に血の匂い

 ラムラントの背には第三の細長い腕が生えているから他の女性にはない抱き心地だ。


「実は空が苦手だってことはないよな」

「はい、大丈夫です。バリィアン族は直には飛べませんが、滑空用装備を使えます。長く飛翔できるバリィアン族もいますし、飛翔時間を競う大会、チームと個人の滑空大会もあります。わたしもそれなりの滑空が得意でした」


 背と腰に付ける翼のようなアイテムがいたるところに転がっていた理由か。


「滑空競技か、バリィアン族は脚力が高いからな」

「はい、平和時だけでしたが、更に言えば<バーヴァイの手斧>だけがバリィアン族ではないんです。足腰が他の魔族より丈夫で膂力が強い。お婆トルンもレンピショルの魔蟲を幼い頃から食べているお陰なのよ……と語っては、一日一食、しっかりとレンピショルの魔蟲を奥歯で噛みしめて食べなさい。奥歯が多いのは、実は脳と繋がっている神経が他より多いからなのよ、親知らずも実は、大事なの、安易に抜いてはダメ、そして、三食は体に悪い、あの雑食なボブランだってそうなんだからね? バリィアンの胃の消化も、ボブランとそう変わらないのよ、何事も足ることを知る、それが健康に繋がるの、ラムラントの生きる力になるのよ……ちゃんと覚えたかい? と、何回も教えてくれました」


 へぇ……。足ることを知る。

 <翻訳即是>では老子の言葉のようなニュアンスだが、多分意味は同じだからだろうな。


「……バリィアン族のお婆、お婆トルンの教え……素晴らしい教えだ、ラ・ケラーダの気持ちを送ろう」


 ラムラントのお婆ちゃんの話を褒める。

 会ってみたくなった。

 と、ラムラントは俺の首に回している両腕の力を強めた。


 そして、


「ふふ、嬉しい。お婆トルンもシュウヤ様が褒めてくださったと言えば喜ぶはずです」


 頷いて、


「トルン婆ちゃんとは、実のお婆ちゃんなのかな」

「はい、そのはずで幼い頃から一緒の祖母です。父と母は、幼い時にバアネル族との戦いで死んだと聞いています」


 実の父がパセフティとラムラントが聞いたら、怒るか、感謝するのか……呆れるか……。

 パセフティから理由は少し聞いているが、バリィアン族の歴史のことも関係するだろうしな、今は黙っておこうか。


 パセフティがラムラントを見る表情を思い出し、少し胸に来ながら、


「……バアネル族を倒せて良かったな」


 と発言。


「はい! そして、わたしは昔から【古バーヴァイ族の集落跡】の空を飛んでいる猛禽類の魔鳥にモンスター、ドラゴン、魔族を近くでもっと見たいと一緒に飛びたいという密かな想いがありました……実は、独自に改良を重ねていたジェットウィングを持っています」

「ジェットウィング?」

「はい、滑空用装備の名です。今、この体勢だと取り出した途端に落ちてしまうかも知れませんのであとで」


 ハルホンクのウィングスーツを想像しつつ、


「へぇ、翼のようなアイテムかな」

「はい」


 抱えたラムラントと会話をしながら【レン・サキナガの峰閣砦】の真上を飛翔し、眷属化を行ういい場所はないかと探していく。


 と、右上の空と左上の空は真夜世界で暗いが――。

 時折、急激に青白く輝く時があって凄く綺麗だった。

 

 〝魔神殺しの蒼き連柱〟の現象。


 魔界王子テーバロンテの支配領域の斜陽をぶっ壊した証拠。

 同時に神界セウロス側がここに居るって、魔界セブドラに示したことになる。

 しかも、正式には神界セウロス側ではない俺たちだ。

 

 ――状況的に結構ヤヴァいんだろうか。

 

 魔界王子テーバロンテの勢力圏と隣接し均衡を保っていた魔界の神々や諸侯は、この元魔界王子テーバロンテが支配していた地域の警戒を強めているからこその現状なんだと思うが……。


 そして、隣接勢力最大の脅威でもある恐王ノクターや悪神ギュラゼルバン。


 この連中からの大規模な侵攻は、まだない。

 だが、【古バーヴァイ族の集落跡】や【バーヴァイ平原】の土地には、恐王ノクターや悪神ギュラゼルバンにとって牽制のつもりか偵察部隊が送り込まれている。


 光魔騎士グラドが対処してくれたが……。


 遠距離から此方の様子を視るようなスキルやアイテムはあるはずだからな。それとも……。


 バーヴァイ地方に魔裁縫の女神アメンディ様の祝福でもある〝アメンディの神璽〟の効果の影響で、敵対勢力が行うだろう遠隔系統のスキルやアイテムが、効きにくくなったとか、ありえるかもだ。


 その加護ですら見通せるような能力を持つのなら……。

 俺たちの行動は筒抜けだ。

 

 セラに戻った際レベッカたちに説明を兼ねた考察をした際も……、


『マセグド城城主ヘゲルマッハ・ローランドだが、実はバビロアの蠱物で死なず、恐蒼将軍マドヴァ相手に【マセグド大平原】でゲリラ戦を展開している可能性もあるか?』

『はい、事実、わたしは陛下に救われた。その可能性もあるかと』

『ねぇ、バーヴァイ地方への侵攻が遅い理由だけど、マセグド大平原でゲリラ戦を行う優秀な魔傭兵たちに協力している豪族的な勢力がいるのかも?』

『はい。その近辺には無限魔峰、デェインの隠陽大鉱山、魔賢ホメイス大滝、魔皇ペジト大古墳迷宮、右拳緑命岩などがあります。そこには有力な魔族がいる』


 あの時の会話では、バーソロンがレベッカの予想を後押ししていた。


 そして、日にちは経っている。


 現状において本格的な侵攻はない以上は、魔界王子テーバロンテの残党兵力がマセグド大平原で活躍しているレベッカ説と、その情報が本命かな。

 

 魔傭兵&独自勢力として恐王ノクターや悪神ギュラゼルバンに靡かず、独自路線、一国一城の主として二つの勢力と戦っている線が濃厚か。


 そう思考しつつ――。


 【レン・サキナガの峰閣砦】と下層のような場所に拡がる街並みを見学していく。


 行軍か通商用か、棒道が多いように【メイジナ大平原】と【メイジナの大街】や【サネハダ街道街】とも繋がっている大きい街だ。


 遠くのほうにも小規模な街並みが続いている。

 【メイジナ海】も遠くに見えた。

 

 視界の先に見える砂利道は……。

 俺たちが飛翔してきたところだ。


 黒鳩連隊とソウゲンさんたちと黒騎虎銃隊と、その隊長シバさんとの出会った辺り。


 その方々と歩いて【レン・サキナガの峰閣砦】に来た。下には衝立、外幕に仕切られた店に露天商がある。

 

 俺たちが来た当初の街。

 あの辺りで、どんちゃん騒ぎを起こしたか。


 魔酒好きの戦公バフハールらしき存在がいたんだよな。

 三眼は瞑っていたから隻眼風だが……。

 もし戦公バフハールなら、魔蛙ムクラウエモンとポーさんに合わせたらなんて言うだろう。あぁ、トウラン・バフハールの頭部を返却する機会だったかも知れない……。


 忘れていた。

 四眼ベムハベが店主に投資をしておいて良かった。

 後で行こう。ついでに魔鳥バーラーと魔鳥マグルーンの焼き鳥も食べるか。ぽんじりのような部位は結構好きだ。


 そして、ここは肉屋は多い印象だから相棒にとって探索しがいがあるのかも知れない。


 【メイジナ大平原】はかなり広大だ。

 魔鳥バーラーやマグルーン以外にも様々な肉を持つモンスターは大量にいるんだろうと予測。


 そして、【レン・サキナガの峰閣砦】に近付けば近付くほど坂道が多くなる。

 砦に近いほど急勾配となり、横堀も増えた。桟橋と地下通路もある。

 野面積の石垣が殆ど。建物の見た目だと源左のほうが石垣はしっかりしていた印象がある。

 根石、築石、飼石、天端石など打込接の技術が使われた印象の石垣だったが、ここは石垣は乱積だ。元々崖の岩を使った砦だからだろう。和風さは、源左砦だな。


 砦とは正反対に拡がる街並みは西洋と中東と中華の文化が混じった感がある。


 住んでいる方々も大きく異なるか。

 【源左サシィの槍斧ヶ丘】は黒髪の方々しか住んでいなかった。

 日本人ばかり。段々畑と田園には大和の息吹があった。まさに大和魂が存在した。

 黒猫だけにヤマト運輸はなかったが、大和芋もあったような気がした。


 そういえば、黒鳩連隊のような空軍は、源左にはなかったな。

 ここも黒髪のレン家は多いが、四眼四腕の魔族も多い。

 二眼四腕の魔族もいる。時折通りを見かける背中に腕を持つドワーフのような魔族も気になった。腕の数は不明だが、エルフのような魔族もいるようだ。モンスター染みた魔族は少ない印象だ。

 

 多種多様な魔族が多い理由には、少し先に見えている【メイジナ海】があるからだろうか。


 天然の岩に洞窟を活かしたカッパドキア風の建物を発見。

 先ほども思ったが、元々の崖を活かした建物が【レン・サキナガの峰閣砦】だからな。が、もろに和風の月見櫓風の建物が、岩壁を土台にして建っていたりする。面白い。

 月見櫓風の建築物は、宿屋か酒場のような印象だ。

 そして、籠フック付きの街灯柱のエネルギー源は魔力だと理解しているが、電気と言われても分からないだろう。

 

 木材は【ローグバント山脈】の樹木かな。


 【メイジナ大平原】にも森と背丈の高い樹は疎らに点在していたが、木材の量なら【バリィアンの堡砦】側の【ローグバント山脈】と地続きでもあった【峰閣砦への古道】の山道のほうが大量に存在していた。


 林業も発展していそう。

 あ、そうでもないか。

 山には、俺たちが遭遇したようなモンスターがいる。


 あれと遭遇した人たちは……。

 和風的に言えば、神隠しか。突如として消えた商団に侍の魔傭兵集団もいそう。

 

 と、棒の間に張ったロープに洗濯物が干されてある。

 近くの崖上から坂下のほうに流れている川と水路もあった。


 【レン・サキナガの峰閣砦】に来る前には水田も見えた。


 農業も発達しているし、当然か。


 川で洗濯を行う黒髪の方々に、井戸もある。

 ポンプのような魔道具も見えた。

 地下水をくむようにした設備があるように、水道はそれなりに整備されている。


 モンゴルのゲル風テントの建物もあるが、数は少ない。

 馬車は平坦な道が多いな。

 【レン・サキナガの峰閣砦】に近付くほど坂道と岩と崖が増えるから、馬車は少なくなり、代わりに魔獣ルガバンティが引っ張る荷車が増えていた。


 あ、ポポブムと似た魔獣を発見!

 馬小屋が並ぶところには、黒馬たちが勢揃い。

 

 ポポブムは気になるな~。


 長い階段が中央にある宗教建築物の周りには人集りができていた。

 長い階段に沿って赤と黒の葉が目立つ樹木も並んでいた。


 魔界の神々の神像もあるように見える。

 

 この地方の魔界の神様は何を信奉しているんだろうか。

 予想だと、暴虐の王ボシアド様、闇神アーディン様、宵闇の女王レブラ様、淫魔の王女ディスペル様辺りか? 悪夢の女神ヴァーミナ様と魔毒の女神ミセア様の神像があったらお祈りしておくか。


 欲望の魔王ザンスイン様の像とかもあるかも知れない。

 

 トゥヴァン族のキスマリが信奉していた神様だったか。


 ラムラントを抱っこしながら空から街の見学を続けていると黒鳩連隊の方々が飛翔してきた。

 数にして数十人。何番隊かは不明だが……。

 その先頭の方々が、


「「「シュウヤ様――」」」


 と話しかけてきた。

 <武行氣>の魔力飛行を調整。

 ホバリング気味に飛行しつつ<導想魔手>を足下に生成。

 そこにラムラントを降ろしてから、


「なんだ?」


 と先頭の黒鳩連隊の方に聞いてみた。


「え、あ、大楼閣に暫く滞在するかも知れないと、聞いていたので」


 と先頭の方が答えてくれた。


「おう、俺たちは観光だ。そして、この玉佩をレンから得ている」

「あ! レン様の玉佩を!」

「そうでしたか! 失礼を!」

「あ、シュウヤ様と魔族バリィアンの方! ミト、ハットリ、ライガ、ババ、サトウ、キクマ、ササゴウ、チカミネ、ユリ、タカ、たちを救っていただきまして、本当にありがとうございました」

「助けられてよかった」

「はい、多少なりとも貢献できた。そして、わたしもシュウヤ様に感謝です。レン家もバリィアン族も救われたんですから」


 ラムラントがそう発言。

 黒鳩連隊の方々も頷いて笑顔を見せる。

 その方々の一人が、


「はい! それではシュウヤ様とバリィアン族の方、俺たちは任務に戻ります」

「おう」

「【レン・サキナガの峰閣砦】を楽しんでください」


 と一人の黒鳩連隊の隊員が発言すると、一斉に身を翻した。

 飛翔していく。

 さて、<導想魔手>の上に立つ、ラムラントに、


「ラムラント、【レン・サキナガの峰閣砦】の見学も楽しいが、空き地か、相棒たちがいる場所を本格的に探すとしようか。それか何処かの屋上で、サクッと眷属化を行うか?」

「場所はお任せします」

「その際に、ヘルメに《水幕ウォータースクリーン》で周囲の視界を封じてもらうかな」


 と左目にいるヘルメに向け語った。

 左目に内包している小型のヘルメが視界に現れた。

 妖精のヘルメは可愛らしい。


『はい、いつでも出られます』

『わたしも、《雷膜ライジングメンブレン》があります』


 闇雷精霊グィヴァの思念に、


『その雷膜に触ったら雷で痺れる効果かな』

『はい、感電からの拘束が狙いです。強弱も可能です』


 結構便利そうだが、


『とりあえずは<光魔の王笏>で使う血を隠せる範囲の《水幕ウォータースクリーン》だけでいいや、敵のような存在が近付いたら直に対処してくれ』

『はい』

『分かりました』


 左右の目の中に内包している精霊たちと念話をしながら<導想魔手>に乗っているラムラントを見ると、


「先ほどのジェットウィングを見ますか?」

「あぁ、見せてくれ」

「ふふ、これです、一部ですが」


 ラムラントは腰のポーチから取り出した物は……。

 鳥類の羽が連なる物と腕に付ける骨組みもある。

 金具も付いているし、他にもパーツがありそうだ。


「腕に付ける部分かな」

「そうです。腰と背中にも専用の部品があります」

「腰と背中か、魔力が内包されているから、飛翔もできそうに見える」

「僅かですが、はい。ですが滑空用です」

「なるほど、仕舞っていい」

「はい」

「抱くぞ、下に向かう」

「はい――」


 <導想魔手>に乗りながらラムラントを持ち上げる。

 お姫様抱っこを行った。

 <導想魔手>を蹴るように<武行氣>を強めて宙空を加速しながら降下していく。

 ――あまり魔族たちがいない場所。


 街灯もあるし、下町風の店が多い。


 空き家が少ない、魔素の反応があるが――。

 お? 血の匂いもある、事件か?

 

 民家と店との間に廃墟があったから、あそこに向かうか。


「血の匂いに、廃墟には魔素があるが、そこでやろうか」

「はい」


 廃墟の屋上に着地。ラムラントを降ろした。

 床は硬いが、剥き出した板から板が飛び出ているし、穴が空いている。

 散らばった破片には血が付いている。

 人のような存在が引き摺られた跡が階段にまで続いていた。

 

 血の痕跡からして、まだ時間は浅い。


「何かの事件が起きたようですね」


 頷く。ラムラントは指先を剣に変化させた。

 右の路地先の店は万屋か? 結構大きい。軒際にはモンスターの眼球が積まれた籠がフックで吊されている。その店に入る客はローブを着た者ばかり、魔銃を背負った魔傭兵もいた。怪しさ爆発だが……。


「ヘルメとグィヴァ出てくれ」

「「はい」」


 一瞬で、外に出るヘルメとグィヴァ――。

 ヘルメとグィヴァは周囲に水飛沫を発し放電を起こしながら女体化。


 そして、現れ方が、威風堂々たる姿。

 

「閣下、血の匂いとは、またなんとも」

「御使い様の光魔ルシヴァルは吸血鬼ヴァンパイア系でもありますからね」

「あぁ、そうだな、下を調べようか」


 と尖った犬歯を見せる。


「わっ、御使い様が吸血鬼ヴァンパイアに!」

「「……」」


 微笑むヘルメとラムラントは、ツッコミをグィヴァに入れないから、


「……元から吸血鬼ヴァンパイア系だろう?」

「ふふ、はい」


 とグィヴァは笑ったが、両腕の雷剣から凄まじい放電が起きている。

 戦いを期待していると分かるような表情に変化した。


 俺も右手に白蛇竜小神ゲン様の短槍を召喚。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る