千二百九十二話 溝に刺さっていた短槍の謎

 先を駆ける黒猫ロロは黒豹の姿に変化した。

 黒い天鵞絨を羽織った女豹の女王に見える。

 銀灰猫メト黒豹ロロを追い「ンン」と鳴きながら銀灰色の虎へと体を大きくさせた。


 二匹の四肢が前後する度に毛が盛り上がる。

 その躍動感のある動きは渋すぎた。


 二匹の猛獣は遮蔽壕の窪地の小高い砂利道で四肢の動きを止めて振り返る。

 胸を張り、此方に半身を向けて佇む姿勢は絵画的。


 相棒の赤い虹彩と黒い眼は少し縦に細い。

 銀灰虎メトの黄緑の虹彩と銀の瞳も縦に細い。

 瞳と大きい鼻に頭部の輪郭から猛獣としての迫力が感じられた。


 ピンと立っている二匹の長い尻尾。

 二匹は散歩気分か、冒険気分で楽しそうだ。


 その黒豹ロロ銀灰虎メトは俺たちを見ながら、


「にゃ~」

「にゃァ」


 と呼びかけてきた。

 その意味はだいたい分かる。


「先に行っていいぞ~」

「ンン――」

「にゃァ」


 と、嬉しそうに両前足を上げた黒豹ロロ

 ウィリーを実行してから小高い地面を後ろ脚で蹴って、勢い良く前方へ跳んだ。坂道を下る。


 銀灰虎メト黒豹ロロの尻尾に前足を当てるような仕種を繰り返しながら駆け下りていった。


 プロレス的に戯れ合って落ちなきゃいいが。


「ロロちゃんとメトちゃん速い!」

「速いでしゅ!」


 エヴァの紫色の魔力で包まれているエトアは、エヴァの前にふかふかと浮かんでいた。


「ん、エトア、後ろに移動させるから、いい?」

「はい!」


 エトアは足をバタバタさせながらエヴァが乗る魔導車椅子の背後に移動。


 すると、エトアは魔導車椅子の取っ手を押すような仕種をした。エヴァは魔導車椅子を進ませ、二人は宙空を進む。


 エヴァは、


「ロロちゃんは、溝のこと分かってるの~」

「ンン」


 相棒はエヴァに喉声の返事をしているが、止まらない。


「あ、見えなくなりました」


 黒豹ロロ銀灰虎メトは先に地下道の出入り口を潜った。


「行くぞ」

「ん」


 俺もエヴァたちと遮蔽壕へと続く坂道を下るように低空飛行のまま地下道の中に突入――。


 <武行氣>を実行しつつ滑るように進む。

 足下の床はタイルやセメント風の石畳。

 ――削れて古めかしいが、正方形と菱形の石材が敷き詰められてある。


 ――そのまま地下道を進む。


「ん、シュウヤ、さっきの溝ってそんなにおかしかったの?」

「おう、掌握察や魔察眼では分かり難いが、俺の第六感が告げている、何かあると!」

「ん、ふふ、楽しそう。あ、シュウヤの<闇透纏視>だっけ、魔察眼のぱわーあっぷ版があるから見つけれた?」

「おう、そのお陰で、異質な魔力が視えたんだ」

「ん、<闇透纏視>は凄い。戦闘以外でも役に立つ!」

「はい!」

「おう、様々・・にな」

「ん、シュウヤ、手の動きがいやらしい」

「はは」

「ん、えっちんぐ大魔王! ふふ、エトアがいるんだから、だめ――」


 と俺から逃げたエヴァが楽しそうで、嬉しくなった。

 が、ふざけるのはここまでにして、


「エヴァとエトア、溝の空間は、どんな印象?」

「ん、魔力の流れが少しオカシイぐらい。微かに澱んでいるぐらいしか分からない。でもそんな魔力の動きはセラや魔界セブドラにはたくさんあるから」


 頷いた。


「ボクには、あまり分かりません」

「了解」


『ヘルメは?』

『はい――』


 と、左目の中にいるヘルメが、パッと妖精の姿で出現し、

 

『魔力の流れが、地面の溝の周囲だけオカシイようにも視えます。そして、ここには闇精霊ちゃんと風精霊ちゃんと水の精霊ちゃんに閣下から放出されている血のルッシーちゃんが多い印象です』

『精霊の出現具合は、だいたいセラと同じとして血の精霊は、先ほど<霊血の泉>を発動した効果だな』

『はい』


 ヘルメと思念会話をしていると、エヴァは魔導車椅子を解体させるように魔導車椅子の金属系の素材を一瞬で溶かして骨の足へと吸着させていく。


 一瞬で金属の足に変化させた。

 エヴァは足裏の金属の杭を活かし、杭で地面を削りつつ火花を散らしながら溝の少し手前で止まる。


 エヴァは此方を振り向いた。

 ニコッと微笑む。


 ドキッとした。

 ミディアムの髪に紫色の瞳が綺麗で可愛い。

 

 ワンピース風の防護服にムントミーの衣服が合う。

 アクセサリー状態に戻ることが可能なムントミー。

 両手は無手。


 魔式・九連環とヌベファ金剛トンファーはいつでも出せる状態だ。


 そのエヴァは足下にいる黒豹ロロの頭部を撫でて、


「ん、ロロちゃんも一緒に溝を見よ?」

「にゃ」


 と見上げながら鳴いた相棒も可愛い。

 エヴァと黒豹ロロは共に溝を覗き込む。


 俺も銀灰虎メトと一緒に前に移動し、エヴァたちに近付いて共に溝を見た。


 先ほどと同じく短槍の女神をモチーフにしたであろう柄と柄頭は覗かせている。


 短槍は結構な魔力も内包していた。

 優れた魔槍は確実。

 更に底の暗がりの赤い魔力はかなり濃厚……。


 今まで気付けなかったのが不思議なぐらいだ。

 刺さっている短槍によって魔力ごと封じられていた?

 この短槍を回収するにしても……。


 手が届かない。


「引っこ抜くが、腕は届かないから<鎖>を使う」

「ん、分かった。短槍を引き抜いたら、罠が発動される?」

「その可能性があるから砦から外に出てもらった」


 エヴァは天井を見る。


「崩壊し、落下してきても、<血鎖の饗宴>か<空穿・螺旋壊槍>を用いれば大丈夫。夜王の傘セイヴァルトもある」


 エヴァは頷いて、俺を見る。

 そして、己の体から紫色の魔力の<念導力>を放出させた。


「ん、分かった。エトアを守るように白皇鋼ホワイトタングーンの金属で天井を補強して、わたしたちも囲う――」

「おう、無理のない範囲で」

「ん、大丈夫」


 エヴァは既に、ポーチのアイテムボックスからインゴットの白皇鋼ホワイトタングーンを出して骨足が触れている。

 

 溶けた白皇鋼ホワイトタングーンは宙空に三日月の盾を作るように展開されていく。


 あっという間に、雪室的な、東北地方で有名なカマクラのような小部屋が出来上がり。


 雰囲気的に、掘りコタツがほしくなる。

 蜜柑と鍋にお餅が食べたいなぁ。


「エヴァさん、ありがとうございます」

「ん、どういたしまして、エトアの<罠鍵解除・極>に期待してる」

「はい」

「にゃァ」

「にゃ」


 相棒と銀灰虎メトは前足で溝の回りを掘るような仕種を繰り返した。

 

 頷いてから――。


「では、溝の奥に突き刺さっている短槍を引き抜く、まずは<鎖>を使うとしよう」

「ん」


 溝の奥底に突き刺さっている短槍目掛け――。

 右手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出――。


 <鎖>を短槍の柄に絡めて一気に――。

 引っこ抜けない!? 意外だ。


「え、引き抜けなかったの?」

「あぁ、<鎖>では無理らしい」

「にゃおぉ~」

「にゃァ」

「何かを封じている? 短槍なのでしょうか」

「ん、たぶん」


 <鎖>を消して<超能力精神サイキックマインド>で――。

 

 え、短槍は、ぐらつきもしない。


 溝の埃が<超能力精神サイキックマインド>に運ばれてぶあっと顔回りが埃まみれとなった。

 

 エヴァとエトアは紫色の魔力で守られている。

 細かな金属は使わずとも平気か。

 <念導力>は便利だ。

 直ぐに己に<超能力精神サイキックマインド>を使うように――<血魔力>を撒いた。


「ングゥゥィィ」


 とハルホンクも右肩の竜頭から息を吐く。

 再び溝の底の短槍を凝視、柄は微動だにしない。


「<超能力精神サイキックマインド>でもだめだった」

「ん、直に引き抜くしかないと思うけど、呪いなどのことを考えると不安」

「霊魔宝箱鑑定杖を持つラムーはいないから無魔の手袋を用意するか」

「ん」


 戦闘型デバイスから無魔の手袋を出して装着。


「あ、ボクの<罠鍵解除・極>ならある程度の見極めは可能でしゅ」

「お、なら頼むとして、まずは<握吸>を試す」

 

 ――<握吸>を実行。

 女神風の彫刻が渋い柄頭を掴もうと意識――。

 無理か、反応しない。


 ぐぬぬ、と、沙がいたら言ったらだろう。


「<握吸>でも無理だった」

「ん」

「では、エトアに頼む前に、ここを広くする」


 無魔の手袋を消す。


「ん、広く、削るの?」

「あぁ、下がっててくれ」

「分かった」

「はい」

「にゃ~」

「ンン」


 皆が離れたところで<血道第一・開門>を意識――。

 両足から血の<血魔力>を噴出させて<血鎖の饗宴>――。

 両足から迸った大量の血鎖が地面を一気に蹂躙――。

 床を抉りに抉るディグダグ!


 と、短槍の床回りを一気に<血鎖の饗宴>で削り溶かし、蒸発させる。刺さっている短槍を破壊しないように、<武行氣>でゆっくり下降――。


 同時に両足から展開されていた<血鎖の饗宴>の細かな血鎖をすべて消した。


 短槍が突き刺さっていたエメラルドグリーンの鉱脈のような岩盤が露出。

 しかも、扉のような巨大な魔法陣が刻まれてあった。


 濃密な魔力からして、怪しい。

 短槍が突き刺さっている部分の魔法陣は黄金色と赤黒い色が混じり合っていた。

 上にいる皆に、


「<血鎖の饗宴>は消した。下りてきていいぞ」

「ん」

「「にゃ~」」

「行きましゅ!」


 エヴァたちは降下してくる。


 短槍を凝視。

 女神だと思うが悪夢の三姉妹の魔神ではないと思う。

 ヴィナトロスは一言も言わなかった。

 

 まったく知らないってことだろう。

 アーサー王伝説のエクスカリバーの乗りかな。


 短槍と岩盤に魔法陣を見たエヴァが、


「ん緑皇鋼エメラルファイバーと似た鉱脈かも知れない、でも、魔法陣……」

「エヴァさんとシュウヤ様、<罠鍵解除・極>を使い、短槍と下の魔法陣に、罠があるかないかを調べます」

「了解した、頼む」

「ん」

「「にゃ~」」

「いきましゅ!」


 エトアは右手の甲からドラゴンの鱗を短槍が刺さっているエメラルドグリーンの岩盤の周りに飛ばし付着させた。


 ドラゴンの鱗のような物は魔線で繋がる。

 一体的な魔法陣となって短槍とエメラルドグリーンの岩盤の一部と、そこに刻まれた魔法陣を囲った。

 

 立体的な魔法陣は子鬼のようなモノを生む。

 子鬼のような存在は一瞬で溶けた。

 白濁した水になって立体的な魔法陣を瞬く魔に白濁色に染めると、魔法陣の中に詰まった白濁した液体は白銀色に変化。


 短槍と魔法陣も一瞬白銀色に輝いた。

 エメラルドグリーンの岩盤からシュゥゥッとした蒸発音が響く。


 エトアは頷いた。


「短槍には罠はありませんが、下の魔法陣には罠があったようです。その罠は解除されました」

「おぉ」

「エトア、凄い!」

「はい!」


 エヴァとエトアは笑顔となった。


「では、短槍に魔力を込めながら引き抜く」

「はい」

「はいでしゅ!」


 エトアが少し興奮していた。

 頷いてから、相棒と銀灰猫メトを見る。


「ンン」

「にゃァ」


 二匹とも準備は万全。


「良し――」


 握り手に手を当て短槍に魔力を込める。

 少し動いたが、抜けない。


「え、シュウヤでも無理?」

「少しぐらついた」

「ん、わたしが挑戦してみる」

「了解」

「ん」


 エヴァが短槍に触れると、バチッとした音が短槍から響いた。エヴァは「……ん」と眉間に皺を寄せて瞼を閉じている。


「どうした? 今の音は」

「ん、この短槍の記憶が見えた」

「え……」

「女性で、甲冑と短槍を使って戦っているところと、一族の方々から折檻させられていたけど、お母さんとお父さんに守られているところと、頭部が左右に割れている大柄の怪物と戦って、胸元の心臓部のエメラルドグリーンの……」


 とエヴァは下を見る。

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