千十六話 源左サシィと対面

 姿は見えないが、魔素の気配からして源左サシィの斥候兵か。

 血の臭いもある。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスの背中にいた皆が頭部に集まってきた。


 中央の窪地と山峡の土塁と坂道に多い階段にはマーマインの死体が無数に転がっていた。


 折れた刀と剣に斧、盾が落ちている。

 血のあとも生々しい。

 

 争いは頻繁に起きていると分かる。


「斥候兵に動きはナシだが、器よ、頭部がリザードマン風の魔族の死体が手前に多いが、あれがマーマインなのだな」

「そうだ。一見、リザードマンやゴブリン風の見た目のようだが、近くでよく見たら、二つのモンスターとは違うと予想」


 と発言しつつバーソロンを見る。

 バーソロンは、


「はい、前にも陛下に告げましたが、セラ側のモンスターや生物に喩えますと、リザードマン、オーク、ゴブリンを融合させ……首に鰓があるので、魚人にも似ていますね」


 と、魚人を付け加えてきた。


「……鰓があんですかい。名前からしても、海や川の水辺に棲息しているモンスター軍団を想像します」


 ツアンに同意するように頷いた。


 バーソロンはバルミュグの魔杖バーソロンとして地上を監視していた経験が長い。

 惑星セラの【塔烈中立都市セナアプア】などの裏情報にも詳しいから、今後も色々と役立ってくれそうだ。


 ヘルメは、


「マーマインは、バーソロンたちと同じような言語を? あ、バーソロンたちは普通に南マハハイム地方に近い共通語を喋っているのはなぜでしょう」


 その問いに皆が、マーマインの死体を見る。


「はい、マーマインは同じ言葉を喋ります。わたしたちには理解できない言語でも話をします。デラバイン族は昔から南マハハイム地方の言葉でしたよ。魔界セブドラも地方ごとで異なりますが、セラ側の言葉と共通点は多いです」


 魔の扉の鏡はどのくらい昔から、塔烈中立都市セナアプアにあったんだろうか。

 バルミュグも何歳だったんだろう。


「へぇ、そうなのですね、勉強になりました」

「バーソロン、頼りにしている」


 俺がそう告げると、バーソロンは瞳を潤ませて、


「はい! 陛下!」


 と気合いを入れてくれた。

 顔の右側に多い炎のマークがキラキラと輝いている。


 やはり、顔のマークは気持ちと連動するようだ。


 腰にぶら下がっている魔軍夜行ノ槍業が揺れる。


『戦場の匂いが濃いぜぇ、弟子は源左サシィと交渉するようだが、血の気の多い連中だとすると戦いになるかもな……』

『魔界セブドラの魔族は戦いが基本、弱いところを見せたらライオンと同じくガブッとやられる。下剋上は常。当然でしょう』

『お? 右の山の中腹を見ろ、崖を利用してフェデラオスの猟犬と似た魔獣にモンスターが乱戦を起こしている』

『オォー、おもしろ!』


 グルド師匠の思念の後、魔軍夜行ノ槍業の師匠たちの会話は遠のく。


 妙神槍のソー師匠が指摘したように、右の山では地獄の門番ケルベロスを連想させるモンスターとキマイラ風のモンスターとグリフォンに大蛇のようなモンスターが争い合っていた。


 山の崖と幅広い岩場が舞台の生存競争かな。


 アドゥムブラリが、


「斥候兵の魔素に動きはないが、あのような争い合うモンスターが多いのならば、守りの兵を配置するのは当然か」

「あぁ」


 体格のいい牛、豚、鹿、猪と似た動物は、崖を転がり落ちて必死にモンスターから逃げている。


 転がり落ちて死んでいる羊のような小動物も多い。


 あぁ、小動物たちはあっけなく大蛇やケルベロスを思わせるモンスターに喰われてしまった。

 その大蛇はキマイラに胴体を喰われて、キマイラはグリフォンに踏んづけられていた。


 魔皇獣咆ケーゼンベルスの鼻先に移動していた黒猫ロロが反応している。


 俺もだが、小動物を見たら助けたくなったか。

 小動物はもう死んでしまったが、鹿は先ほど通り掛かったモンスター軍団の鹿とは異なる。鹿魔獣マバペインとも違う。


 惑星セラや地球でよく見る鹿だった。


「ンン」

「ロロ、気になると思うが、今はちょい様子見」

「にゃ~」


 斥候兵の反応があった場所とは少し離れているが、あのモンスターたちの生存競争の余波は源左サシィたちも受けているだろうな。

 そして、事前情報通り、源左サシィたちが持つ家畜は多いと予想できた……当たり前だが、【源左サシィの槍斧ヶ丘】の環境と【ケーゼンベルスの魔樹海】の環境は大きく異なる。

 

 その槍斧ヶ丘の中央か出入り口の手前の地域は窪地。

 窪地には槍と斧槍と似た細長い岩が多く、それらの槍を思わせる岩が、山峡の窪地を模るように奥へ向かうほど増えているようだ。


 窪地は平坦ではない。

 ところどころが隆起していて、名の通りの丘もある。


 丘には細長い斧槍のような岩以外に丈の低い植物も生えていた。その草を食べている牛もいるようだ。


 窪地の右の山付近には人工的な土塁と坂道と柵がある。

 背の高い木々が天と盆地に向かい伸びているから、その枝葉に隠れて右側の山に多い坂道と土塁は見えにくい。


 盆地に向け突起している岩と滝を形成している岩石群もあった。


 岩と岩を繋ぐような小川と土塁は兵を隠すにはいい場所だ。


 【源左サシィの槍斧ヶ丘】は天然の要害を活かした砦か。

 そして、目の前の窪地に多い斧槍の岩と丘の地形が【源左サシィの槍斧ヶ丘】の名の由来か。


 左の山の景色は右の山と違い、断崖絶壁とまではいかないが、急勾配が多く坂道は少ないようだ。


 <光魔・血霊衛士>を意識、二体の血霊衛士を消す。


 〝列強魔軍地図〟を出して――。

 実際の【源左サシィの槍斧ヶ丘】の地形と比べていった。

 ――偵察用ドローンはまだ出さない。

 段差の多い窪地は右奥に続いている。

 谷懐のような地形となっている?

 ここからの実際の視界にはないが……。 

 〝列強魔軍地図〟では、窪地の右の最奥地は袋小路の地形が描写されていた。その窪地の最奥地の地名は、まだ〝列強魔軍地図〟には表示されていないが、実際にこの目で最奥地を見たら、〝列強魔軍地図〟に何かの印が出現しそうだ。

 最奥地は洞窟かな? それか崖を利用した梯子を幾つも連ねた集落を形成していると予想できる。

 ふと、玄智の森を思い出す。

 武王院の院生の一部は<仙魔術>が得意だった。

 そして、〝玄智山の四神闘技場〟に<仙魔術>の<仙魔造・絡繰り門>の奥義書を活かした観客席を作り上げていた。

 

 岩場と崖の滝壺の環境と風の魔力を利用した共鳴テンセグリティのような技術構造で造られた観客席は圧巻だったな。


 そんな玄智の森の映像記憶を消すように――。

 目の前の窪地を凝視すると――。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスが左側の丘に移動――。

 右奥の急勾配の斜面に段々畑のような地形が見えた。

 あ、水車もある?

 周囲の山間部から土煙、狼煙が上がっていた。


 実際に見ている視界と〝列強魔軍地図〟を合わせていく。


 あ、木組みの一部、砦か?

 櫓門の端も見えた。一部しか見えないが、櫓門の奥が砦の本丸かもしれない。


 〝列強魔軍地図〟には砦の印はない。

 【源左サシィの槍斧ヶ丘】とだけ文字が浮かんでいる。

 と、〝列強魔軍地図〟に砦のようなマークが出現――。


「〝列強魔軍地図〟に源左サシィの砦らしきマークが出た」

「おぉ、その〝列強魔軍地図〟は便利だな。魔界の文字でシュウヤ・カガリと記されている。主の物と分かるが……そのような諸侯が持つアイテムをプレゼントしてくれたド・ラグネスという名の魔界騎士は有能そうだ」

「あぁ、優秀で強かった」

「大厖魔街異獣ボベルファに乗っている魔界騎士は気になりまする」

「閣下の魔界騎士も徐々に増えてきているのは嬉しく思いまするぞ」

 

 光魔沸夜叉将軍のゼメタスとアドモスがそう発言。

 頷きつつ〝列強魔軍地図〟を見る。

 もし交渉が成功したら源左サシィに〝列強魔軍地図〟へと魔力を送ってもらおう。この辺りの地形や土地の詳細が分かる。

 そう考えていると、法螺貝の音と不思議な重低音がリズム良く谷間に響き渡った。

 

 法螺貝の音に合わせ窪地の見えないところから鬨の声が谺――。

 更に山峡の地形と合う魔力の膜が宙空に展開された。

 斥候兵の魔素に動きはなかったが……。

 源左サシィ本人か他のリーダー格が、遠くから俺たちの様子を見ていたかな。


「分かってはいたが、我らの動きを遠くから見ていたようだな」

「はい。兵士の魔素の数が、数百と増えました。しかし、手前と左右の山にいるだろう斥候兵の数は五十に満たない」

「攻撃はないですが……警戒度が増した?」

「魔銃で威嚇もない。主の読み通り、頭が切れる存在が源左サシィか」

「そうですな。我のような存在がいたなら、猪突猛進のはずです」

「今のアドモスなら、それでも通用しそうな雰囲気がありますぜ」


 ツアンがそう語ると、アドモスは冑の太陽のマークを煌めかせた。

 胴体から赤い粉塵の魔力を噴き出す。

 褒められて嬉しがる仕種は前よりも勢いが増している。


 双眸の魂魄のような火の球も輝いているから、可愛く見えた。

 そのことは言わず、皆に、


「源左サシィは、魔皇獣咆ケーゼンベルスの存在に驚いているだけかもな?」

「はい」

「たしかに、普段は【ケーゼンベルスの魔樹海】にいる存在が、ここにいるんですから、しかも魔樹から極大魔石を無断で採取している側ですからね」


 ヘルメの言葉に頷いた。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスは頭部を微かに揺らし、


「ふむ……源左サシィの斥候兵は、隠蔽スキルも中々に優秀だった。人の魔素の形をした囮魔玉もある」

「ほぉ、そんなアイテムも持つのか。魔銃の集団戦に特化している印象を抱くが……」

「そうだ。小隊、中隊と用兵術は巧み。この環境でも分かると思うが、地形を活かすことに長けている。そして、斥候兵は兜に森の彩色の模様と枝葉を無数に付けていることが多かった」


 と教えてくれた。

 

「「「ウォォォン」」」


 三匹の黒い狼たちも鳴く。


「わわ、はい、黒ちゃんたちがケーゼンベルス様の言葉に同意しているのね」

「ふむ」

「ふふ、でもわたしたちを落とさないように頭部はあげずに鳴いていた。気遣ってくれていると分かる……だから名前をつけたくなる……けど、既に名があるのなら失礼になるわね」


 とリューリュ、パパス、ツィクハルが語る。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスは、


「リューリュを乗せているともがらの名はケン、パパスのともがらの名はコテツ、ツィクハルを乗せているともがらの名はヨモギだ」

「ケンという名だったのですね、これからもよろしくです」

「ウォン!」

「俺はパパス、コテツ、よろしく頼む」

「ウォォン!」

「わたしはツィクハル!」

「ウォン!」


 三匹の黒い狼たちの名を知ったところで――。

 窪みの中央と左右の山の中から鬨の声と合わせて無数の戦旗が上がる。

 色違いの狼煙が左右の山から上がった。

 ピューッと音を響かせる信号弾のようなモノまである。隊ごとの音による連絡手段か。


 更に、すべての連絡手段と連動しているのか、チラホラと感じていた魔素の気配が不自然に消える。

 兵士たちの<無影歩>のような気配殺しの全体バージョンか。

 

「――器、この魔素の消え方は妾たちに気付いたことを示す行為。警告でもあるように思える。が、構わず先に降りるぞ、よいな?」

「了解した。俺が先に降りよう」

「否、相手が見ているのだ。器は大将らしくケーゼンベルスから降りるのは最後にしろ」


 沙からそんなことを言われるとは……。


「そうですな、閣下は最後に」

「はい」


 光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスがそう発言。


「では、器様、先鋒はわたしたちが――」

「はい、次鋒はこの貂が、もし戦いとなれば、強襲前衛だけではないことを見せましょう」

「ふふ、貂、戦いとまだ決まったわけではないのに――」


 先に魔皇獣咆ケーゼンベルスの背中にいた沙羅貂が降りる。

 ガレ場に着地。

 アドゥムブラリとヘルメは左右の地形を見渡すように警戒浮遊を続けている。


「閣下、先に私も降りまする」

「閣下、我も先に降りまするぞ」

「了解」


 兜の太陽のようなマークが渋いゼメタスとアドモスはドッという音を響かせつつ黒と赤の粉塵魔力を体から噴出させて駆けた。

 その突風染みた魔力の影響でケーゼンベルスの頭の毛が泳ぎまくる。


 ゼメタスとアドモスは少し歩む速度を落とす。

 ケーゼンベルスは、


「ムズムズするから早くおりろ」


 と注意した。


 ケーゼンベルスが語るように、頭の毛はゼメタスとアドモスの甲冑具足を避けているようにも見える。


「ケーゼンベルス殿、すまぬ――」

「ケーゼンベルス殿、今度お詫びに肉球の塵取りに協力しますぞ」

「ウォォン、お願いする!」


 そのやりとりに思わず笑った。


 ゼメタスとアドモスも笑ったような声を発して、ケーゼンベルスの頭部の端から飛び降りた。

 星屑のマントが風を孕んで持ち上がる。


 ガレ場の細かな岩を吹き飛ばすような豪快な着地を披露した。


「陛下、では先に――」


 バーソロンも降りた。

 ヘルメはまだ宙空に漂っていたが、アドゥムブラリに声をかけてから先に降下し、


「閣下、先に降りてみます」

「旦那、降ります」

「おう」

「なら、俺もわざと降りて、相手の出方を待つしよう」


 ツアンとアドゥムブラリも一気に急降下――。

 金色の髪が靡きながらの華麗な着地。


 ゼメタスとアドモスとツアンとアドゥムブラリが並び立つ姿は結構圧巻だ。

 そして、アクセルマギナが、


「わたしも降ります」

「おう」

 

 アクセルマギナが降りた。

 沙羅貂の横に立つ。


 さて、俺も降りよう。

 足下にいる相棒と一緒にケーゼンベルスの頭部を駆けて、大きい鼻先から飛び降りた。


「ンン」


 黒猫ロロは肩に乗ってきた。


 ガレ場と捨てられた柵塁の砦を見上げる。

 近くの坂道には、まきびしが撒かれてあった。

 先ほども見たが、魔族のマーマインの死体が転がっているのは変わらない。


 同時に、打ち捨てられた砦の中から魔素を察知。


 先ほど消えた魔素とは違う、新手だ。今までにない魔素。

 ずっと魔素の気配を断っていたのか。


 同時に奥の土の堤に射手と魔銃を構えた五名の兵士が出現。

 傘に枝葉が無数に付いていた。甲冑は黒尽くめで迷彩服ではないが、特殊部隊のような印象だ。


 続いて、峡谷の右上のほうにも黒髪の魔銃を構えた十名前後の兵士が現れる。


 数にして五十には満たないと思うが、統率された動きだ。火縄銃には見えない。


 弾倉が付いた、ウィンチェスターライフルっぽさがある。

 ここで独自に発展した魔銃なんだろうか。

 惑星セラにある第一世代の聖櫃アークの魔銃と、性能の違いが気になる。


 そんな風に考えていると、


「弾倉といい、雷管や火薬の代わりに魔石と未知の鉄を用いた魔銃で、かなり高度です」


 アクセルマギナが早速分析。

 と、打ち捨てられた砦に隠れていた者たちが姿を晒す。

 こちらに歩み寄ってきた。

 黒い面頬を装着した人物が先頭か。

 長い黒髪が背中に靡いている。

 左右には、厳つい武者がいる。

 

 血霊衛士的だ。本当にそっくりだった。

 

 中心の面頬を装着した人物だけ陣羽織を着ている。

 確実に源左サシィだろう。

 しかし、三人だけで俺たちに近付いてくるとは、勇気がある。

 中央の源左サシィの歩く歩幅と歩法から、武術を感じた。

 <魔闘術>の操作も巧みと分かる。確実に強者だろう。


 斧槍を扱うようだが、武器の召喚が可能なのかな。

 斧槍は出していない。腰に短筒の火縄銃と似た武器を持つ。

 デリンジャーのような小形拳銃でもない。

 見かけは古いが、実は高度な魔銃かもしれないな。


 そして、背の高さはヴィーネと同じぐらいか。

 スタイルもヴィーネのような印象だ。


 源左サシィに合わせよう。


「――皆、俺が対応する」

「「「はい」」」


 先頭にいたゼメタスとアドモスの間から出て、源左サシィたちに一人歩み寄る。

 もちろん、アイムフレンドリーを意識した。


「こんにちは、俺の名はシュウヤといいます。あなたが源左サシィさんですか?」


 俺がそう聞くと、面頬を装着した人物は歩みを止めた。


「……そ、そうだ」


 ハスキーボイスの女性か。

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