千十七話 源左サシィと源左サシィの槍斧ヶ丘

 源左サシィの面頬から覗かせる瞳の色は黒。


 血霊衛士と違い、眼輪筋回りの皮膚は普通の肌だ。


 そして、魔界セブドラも様々だと知っているが、南マハハイム共通語が通じて安心感を覚える。日本語も通じるかもしれないが――。


 このまま普通に源左サシィに、


「単刀直入に言いますが、源左サシィさんたちと、不可侵条約及び包括的な同盟を結びたい」


 と発言。肩にいる黒猫ロロも前足を上げて「にゃ」と挨拶していた。


 源左サシィは、


「え?」


 と小声を発した。

 その源左サシィの双眸が徐に上向くと揺らぎ、瞳孔が散大し収縮。魔皇獣咆ケーゼンベルスを見た影響かな。

 源左サシィは、横に視線を向ける。


「水の羽衣を羽織る女性……」


 と呟いた。低空に浮いているだろうヘルメを指摘。

 続いてアクセルマギナ、アドゥムブラリ、ツアン、光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスにも視線を向けていると瞳の動きで分かる。


「ま、魔界騎士……」


 と震えたような声で呟く。

 源左サシィが怯えてしまうのは魔皇獣咆ケーゼンベルスもいるからなおのことだが……ゼメタスとアドモスもいるから当然か。


 光魔沸夜叉将軍に進化することで、前立と眉庇を中心に頭蓋骨の兜のデザインは魔界沸騎士長の時よりもモダンに洗練されている。表面に太陽を現すような模様が刻まれているのもいい。

 

 旭日とか、洒落ている。

 

 日出ずる国の日本にほんを現す日の出の模様。

 零戦ぜろせん的で、かなり格好いい。

 

 そして、<ルシヴァル紋章樹ノ纏>を発動せずとも、具足からは星屑のマントと似合う月虹のような淡い光を放っている。

 

 陽と陰、光と闇の意味。


 <光闇の奔流>の体現か。

 光魔ルシヴァルの将軍、光魔沸夜叉将軍の証明。


 そのゼメタスとアドモスはまさに霊験れいげん炳然へいぜんだ。


 そして、血霊衛士は消しておいて正解だろう。


 装備類から血が滴る時があるからな……血霊衛士を出すなら、この交渉の最中に出すべきか。


 脅しに思われるかもしれないが、力を示す道具にはなる。


 源左サシィは、


「不可侵条約の同盟……それは正直嬉しい申し出。しかし、背後の大魔獣は、あの魔皇獣咆ケーゼンベルスだと思うが、違うのか?」

「ウォォォォォン! 源左サシィよ! 我は本物の魔皇獣咆ケーゼンベルスである! そして我は、我の意志で今ここにいるのだ!」

「「「ウォォォン」」」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスと狼たちが鳴いて応えた。

 すると、源左サシィの背後にいた二人の武者が反応。


「サシィ様――」

「危険です――」

 

 と言いながら、腰から脇差しを抜くと走る。

 その武者の左の前方には月のような紋様の魔力と日本風の文字で『月読』『月冴』と浮かぶ。

 月の紋様は、脇差しと魔線で繋がった。


 独自の<魔闘術>か<導魔術>か。

 日本風の文字は消えた。

 前にいる源左サシィは俺に視線を向けたまま魔力を帯びた左腕をサッと上げた。


 その源左サシィの体から無数の蛍のような魔力が出て、飛翔していく。


 陣羽織の端が儚く輝いた。

 周囲を飛ぶ蛍のような魔力と連動しているような輝き方だ。蛍のような魔力は源氏ボタルか?

 源左だけに、源の名前と関係があるのかな。

 源と言えば源義経を思い出す。義経は兄の頼朝と不仲になり、その源頼朝の圧迫を受けた藤原泰衡が義経を討った。が、実は逃げ延びていて、チンギスハーンとなったという伝説は非常に面白い話でよく覚えている。

 そんな古風な侍たちを率いている源左サシィは、


玲我レイガ武蔵ムサシ、狽えるな――」


 と背後の古風な武者たちに叫ぶ。

 声音には強い気迫を感じた。

 レイガとムサシという武者たちは既に足を止めている。


 源左サシィは、俺とケーゼンベルスを見て、


「済まない、部下が取り乱した」


 毅然きぜんとした態度で謝ってくれた。


「部下さんたちの気持ちは分かりますので、お気になさらず」

「はい」


 源左サシィは肩の荷を下ろすように呼吸を整えていた。

 そんな源左サシィに、


「先ほど述べた俺たちの意志は変わらない。今話をした魔皇獣咆ケーゼンベルスとは同盟を結んでいます。俺は魔皇獣咆ケーゼンベルスを使役しました」

「ウォォン!」

「にゃお~」


 唖然とした源左サシィ。

 レイガとムサシも驚いていると分かる。


「え!? 今なんと?」


 源左サシィが聞き返してきた。

 面頬越しでも動揺している表情は分かる。


 少し間を空けて、ケーゼンベルスを見てから、


「……魔皇獣咆ケーゼンベルスの使役に成功したからこそ、今ケーゼンベルスはここにいる」

「ケーゼンベルスの使役……」

「「おぉ!?」」


 源左サシィとレイガとムサシは驚きまくる。

 そのレイガとムサシは物々しく前進し、源左サシィの横に並んだ。


「――【ケーゼンベルスの魔樹海】の主を本当に使役できるとは……」

「これはサシィ様……」

「あぁ、とんでもない事象。魔神殺しの現象といい……私たちの予想を超えているぞ」

「「はい」」


 源左サシィとレイガとムサシは頷き合う。

 ケーゼンベルスは俺の横に並ぶと、


「ウォォォン! シュウヤは我の主であり、我の友となった。そして、我らケーゼンベルスに自由を約束してくれたのだ! 今も、ともがらたちの気高く躍動している心が我に伝わってくる……バーヴァイ平原を誇らしげに駆けながら獲物を追っているのだ!!」


 迫力を込めて己の気持ちと黒い狼たちのことを熱く語ってくれた。黒い狼たちがバーヴァイ平原を颯爽と駆けていく姿を自然と思い浮かべた。


 源左サシィはケーゼンベルスの一言一言が響く度に瞳孔が散大し収縮を繰り返す。


「「「……」」」


 レイガとムサシも怖がっていると分かる。

 まぁ普通はそうだろう。


 源左サシィたちは【ケーゼンベルスの魔樹海】に侵入し、魔樹を破壊し、モンスターを大量に生み出して魔石の奪取を繰り返していた。


 その際にモンスターたちと一緒に黒い狼たちにも攻撃を仕掛けていた。その大ボスが魔皇獣咆ケーゼンベルスなんだからな。


 

 魔皇獣咆ケーゼンベルスは、頭部を傾け、笑うように歯牙を晒してから優しく頷いてくれた。

 

 俺も頷きを返す。


 ケーゼンベルスは足下にいる黒猫ロロにも視線を向けた。


 黒猫ロロも大きいケーゼンベルスに合わせて見上げるように頭部を少し横に傾け「にゃ」と挨拶を返す。


 ケーゼンベルスはそんな黒猫ロロを見ながら、ウィスカーパッドに生えている髭をウェーブさせるように口を開けて、無数の鋭い歯牙を晒した。


 笑顔だと思うが、少し怖い。


 その威風を自然と醸し出しているケーゼンベルスは鋭い視線を源左サシィたちに向け直し、


「――主が使役している神獣ロロも友である! そして、我らケーゼンベルスの一族とデラバイン族は家族になったのだ!」


 と高々に宣言。


「「「ウォォォォン!」」」


 リューリュ、パパス、ツィクハルを乗せている黒い狼たちもケーゼンベルスに呼応するように高々と鳴いていた。


 ケン、コテツ、ヨモギの三匹の黒い狼は瓜二つで兄弟姉妹に見える。


 微妙に異なるところがあるんだろうか。


 源左サシィの背後にいるレイガとムサシは、己を守るように両手を上げて驚いていたが、その両手を下ろして、


「……本当のようだな」

「あぁ、黒い狼たちに乗っているのは、バーヴァイ近辺で生活している角鬼デラバイン族の兵士……」


 と口元の面頬を揺らしながら発言した。


 武人らしく腰に差した刀に手を当てている。

 直ぐに刀を抜ける仕種だ。

 そのレイガとムサシは源左サシィと頷き合った。


 源左サシィは、


「二人とも、それは必要ない」


 と発言し、刀をチラッと見てから頭部を微かに振るう。


「ハッ」


 直ぐにレイガとムサシは刀から手を離した。


 その源左サシィたちに、


「俺と相棒のロロは、ケーゼンベルスと友になった」

「うむ! 我の主シュウヤは魔英雄シャビ・マハークと似ている匂いを持つのだ。お前も気に入るだろう!」

「にゃ~」


 ケーゼンベルスの快活な魔獣としての物言いを聞いて笑顔になる。

 素早く表情を引き締めて、


「源左サシィさん、俺の斜め後方にいる女性はデラバイン族の王族、名はバーソロン。バーヴァイ城の城主で、俺の配下の一人です」


 バーソロンは「ハイッ」と述べてから一歩前に出て会釈。


「――源左サシィ殿、初めまして、我の名はバーソロン。陛下の光魔騎士となりました。背後にいる狼たちに乗っている三名もデラバイン族です」


 リューリュ、パパス、ツィクハルは会釈。


「バーソロン殿が光魔騎士?」

「はい、シュウヤ様の眷属の一人が我! 魔界騎士と言えば分かるか。シュウヤ様は諸侯の一人ということです」


 源左サシィは俺を見て、


「魔界騎士か。魔界王子テーバロンテの配下だったバーヴァイ城の城主を、シュウヤ殿は配下にしたのだな」

「そうです。バーソロンを助けた流れから、自然と部下になった」


 そう告げるとバーソロンは会釈してから俺の横にくる。

 源左サシィは、


「しかし、魔界王子テーバロンテの大眷属が鞍替えとは……バーヴァイ城には百足魔族デアンホザーと蜘蛛魔族ベサンの兵が……」


 と発言。

 バーソロンは片膝を下ろし、俺に頭を垂れて、


「――陛下は、我を救ってくださった」

「救った、助けたと聞いたが、大眷属をどうして……」


 源左サシィは疑問風に語る。

 横にいるレイガとムサシも興味深そうに俺たちを見ていた。彼らも強者と分かる。

 瞳の色合いは黒。

 肌色も日本人風だ。


 バーソロンは、俺を見上げながら、


「はい。陛下、少し語っても?」

「おう。向こう次第だが」

「あ、どうぞ」


 源左サシィがそう発言。

 バーソロンは頷いて、


「……魔界王子テーバロンテが我の胸に埋め込んでいたバビロアの蠱物を、陛下が除去してくれたのです……その除去をする前に、セラの【塔烈中立都市セナアプア】で色々とあったのだが……そのセラの事情を鑑みれば……デラバイン族ごと我は陛下に倒されていてもおかしくなかったのだ。しかし、陛下は我と魔界王子テーバロンテの事情を、フアタンタとの戦いの最中に察知し……我の降伏を受け入れ、命を救ってくださった……なんという機知であろうか……偉大な陛下のお陰で一族の皆が……父の仇の戦いに貢献できたのだ……」


 バーソロンの言葉には気持ちが籠もっていた。

 そのバーソロンに手を差し伸べて、『立ってくれ』とアイコンタクト。

 バーソロンは『はい』というように笑顔を浮かべて俺の手を取り立ち上がる。


 源左サシィは、


「そうでしたか。しかし、バビロアの蠱物とは……」


 バーソロンは源左サシィを見て、


「基本は心臓部に仕込まれる魔虫の類いだ。他にも血銀昆虫、ドピアの魔虫、ベサン蜘蛛、デアンホザー百足、オプシディアン・魔虫、大いなる魂の魔虫、ブラック・マルク魔虫など色々とあるようだ。そして、埋伏の猛毒でもある。が、その毒で殺すことは滅多にないだろう。魔界王子テーバロンテは有能な部下の場合は大切に扱う。更に魔界王子テーバロンテに関わる<魔闘術>などと関係した呪印効果で己を強められる。だが……使えば使うほど洗脳され、更に魔力や心臓部から繋がる無数の血管に流れる血を利用することで、バビロアの蠱物の極めて小さい魔虫が体を巡ることになる……いきつくさきは体の改変だ。最終的には、百足魔族の類いか……魑魅魍魎か……我は、百足魔族の胎児に変えられている眷属を見たことがあった。そして、バビロアの蠱物を胸に宿したまま魔界王子テーバロンテに刃向かった者も見たことがあった……」

「その刃向かった勇気ある者は?」

「爆発して死んだ。残ったのは、無数の細かな魔虫……その魔虫は地面に浸透しながら大地の精力さえも奪っているように見えた……」


 そう話をするバーソロンは苦々しい表情を浮かべていた。

 源左サシィは、


「……魔界王子テーバロンテは、己の大眷属に対してもそんなモノを……」


 声音に怒りを滲ませていると分かる。

 バーソロンは頷き、俺に視線を向け、


「……はい。大眷属の屈辱に耐え続けていた我。その呪縛から解き放ってくださった御方が、シュウヤ様なのだ」


 そう声を震わせながら語ってくれた。


 バーソロンは心臓部にバビロアの蠱物を埋め込まれた状態で、テーバロンテの大眷属として長く魔界セブドラで活動を続けていた。

 更に惑星セラの【塔烈中立都市セナアプア】にいるバルミュグが持つ魔杖バーソロンの中でも魔界王子テーバロンテの意識と長く共存していた。

 そんな状況でデラバイン族の正気を保ち続けていた。

 その心中は計り知れない。少しのミスが命取りの状況だったはず。


 多分だが、従順なテーバロンテの大眷属になりきるしかなかったと予想……まぁどちらにせよ、【塔烈中立都市セナアプア】での俺との会話を思い出すと、凄すぎる精神力を持つ女性だと分かる。


 俺とバーソロンを見た源左サシィは、


「シュウヤ殿に対する忠誠は理解できた。が、噂に聞いた魔界王子テーバロンテの大眷属バーソロンの立場は……苟且(こうしょ)であったと?」


 噂か……魔界王子テーバロンテの大眷属だったバーソロンはバーヴァイ城の城主。他の地域にも遠征しただろう。

 メイジナの大街とサネハダ街道街にも行っている。

 魔杖バーソロンの口調で、この魔界セブドラで過ごしてきたのなら、源左サシィがバーソロンをそう勘繰るのは当然か。


 肩を揺らすバーソロンは少し顔色を変えた。


「……バビロアの蠱物の影響もあったが、それは言い訳か。苟且ではない。魔界王子テーバロンテは魔界セブドラの上級神、魔界の神の一柱。その力はとんでもないモノ…………我も本気で大眷属として活動しなければならなかったのだ……弱き者を、苦しめてしまった……我は……」


 バーソロンは涙目となる。


「そうでないと、生きられなかったんだろう?」


 俺がそう聞くと、バーソロンは涙を流す。


「は、はい……同時に我は<愚皇・精神耐性>があったからなんとかデラバイン族の心意気は保てていた」


 源左サシィも息を吐いてから頷いた。


「……」


 なにも言えないといったように無言。

 バーソロンは俺をチラッと見て、


「そんな我の命を救ってくれたのがシュウヤ様。テーバロンテの軍も我らと一緒に撃破してくれた……デラバイン族の救い主が、陛下なのです……」


 バーソロンの言葉を聞いた源左サシィは俺をジロリと見る。

 黒い眼は真剣だ。


 その瞳が俄に揺れ動くと、


「……あ、魔神殺しの現象……あれは、シュウヤ殿が原因で起きた事象なのか!」

「はい。俺たちが魔界王子テーバロンテを倒しました」

「「「おぉ!!」」」


 源左サシィとレイガとムサシが驚きの声を発した。

 

 源左サシィは、


「噂の魔神殺しの現象は本当だった!」


 と発言すると、レイガとムサシも頷き合う。

 源左サシィは一呼吸後、


「シュウヤ殿は、デラバイン族を救い魔界王子テーバロンテを倒した。更にケーゼンベルスの眷族とデラバイン族を同盟に導いた諸侯の一人。そして、噂に聞く魔英雄の一人では?」


 そう聞いてきた。

 否定しようとしたが、ケーゼンベルスが、


「そうだ。我の友は魔英雄シャビ・マハークと雰囲気と匂いが似ていて、<魔雄ノ飛動>も持つのだ……苦しむ者、弱き者を救おうとする。更に血反吐を吐いてまで己の眷属に力を分け与える優しき者でもある。茫漠たる魔界セブドラだが……これほどの器量を持つ存在は稀であろうな」


 そう語ってくれた。

 更に光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスがいる位置から魔力が噴き上がる音が響くと「「まさに我らの閣下!」」とハウリングを起こすように強烈にハモった。


「ふふ、はい」

「うむ! 自由と愛を知る男の生き様を地でいく槍使いが器だ」

「はい、うつわ様のような存在は他にいません!」

「あぁ、<光邪ノ使徒>として旦那と繋がりが持てて誇らしいぜ。イモリザに喰われてよかった……のか?」

「ツアン、わたしに聞くまでもありません。よかったんですよ」

「はは、そうですかい」

「はい」


「「「ハハハッ、グハハハ」」」

「にゃおぉぉぉ」


 ツアンとヘルメの会話にアドゥムブラリとゼメタスとアドモスが笑う。ゼメタスとアドモスの野太い笑い声はレアだ――面白い。


 黒猫ロロも嬉しそうに皆の声に合わせて鳴いていた。


 アドゥムブラリは、


「そうだな。凄まじい強さを誇るが、とても優しい存在が主だ」

「はい」

「しかし、戦いとなれば優しさは厳しさに変化しますぜ?」

「おう。熱された玉鋼の如くな。で、とことん相手をぶちのめす。手加減も滅多にしない。遊びも本気の思考だ」


 皆がそう語る。

 アドゥムブラリは、蒼い瞳でじっと俺を見て、


「が……戦を避けようとする武人ぶじんでもあるんだよな。それはいくさ犠牲ぎせいになる者がまずしき者に多いと熟知じゅくちしているからこその思考しこうだ。田畑たはたや家に大地を破壊はかいされ、塗炭とたんくるしみを味わっている者たちの声を知る存在が……俺の、否、俺たちの唯一無二ゆいいつむにあるじなのだ!!」


 と、語尾ごびのタイミングで、鋭い視線を皆に向けながら大真面目おおまじめかたってくれた。


 皆が頷き合う。

 バーソロンは熱を帯びた目で俺を見つめながら頷きまくっている。


「「「……」」」


 源左サシィたちはつばを飲む。

 その源左サシィたちに、


「源左サシィさん。信頼の証しとして、能力を少し見せたいと思いますが、構いませんか?」

「構わない。敬語も止して普通に喋ってくれると助かる」

「分かった。では、血に関する能力を見せるとしよう」


 ――<血道第五・開門>と<血霊兵装隊杖>を意識し発動。


「ングゥゥィィ」


 ハルホンクの防護服も光魔ルシヴァル宗主専用吸血鬼武装に素早く対応。

 

 血の錫杖を目の前に浮かばせつつ、右手に魔槍杖バルドークを召喚――。

 ハルホンクから左手に壊槍グラドパルスを出す。更に<光魔・血霊衛士>を一体召喚。


「「「おぉ!」」」


 血霊衛士を動かす。

 両手持ちの長柄の棍で<牙衝>を繰り出した。

 その下段突きから棍を上げる。

 顎砕きと似たモーションから、斜め上へ傾けた。


 その棍を両手の掌の中で回していく。


 棍の両端で円を宙空に描く。

 回している中心に陰陽太極図の模様が自然とできていた。


 そして、左手で握り直した長柄の棍を下に突き出した。

 石突で地面を突いて動きを止めた。


「槍使いの武者を召喚?」

「朱色の甲冑は我らと似ている」

「あぁ、シュウヤ殿は黒髪だ。もしや、源左の祖先たちと繋がりがあるのか?」


 ムサシがそう発言。

 源左サシィは俺と血霊衛士を交互に見て頷く。


「……」


 その源左サシィたちに、


「この血霊衛士は、魔界王子テーバロンテとの戦いには使っていない。が、倒した際に俺の種族、光魔ルシヴァルが成長したお陰で、新しく覚えたスキルの一つなんだ。そして、傍にいる黒猫も紹介しよう。大事な相棒で、名はロロディーヌ。愛称はロロ。友でペットでもある。強い神獣で凄く頼りになるんだ」

「にゃ、にゃ、にゃお~」


 黒猫のまま挨拶した後、相棒は黒豹へと姿を大きくさせた。

 首の端から二つの触手を伸ばす。

 触手の裏側にある肉球を見せるように挨拶していた。


「「――おぉ!?」」

「黒猫から黒豹。神獣をも使役しているのか……」

「……神獣、初めて見る」


 源左サシィたちは驚きのままそう発言。

 黒豹ロロは、また黒猫に戻った。


「一瞬で、可愛い……」


 源左サシィは黒猫のロロを気に入ってくれたかな。


 左右の手の魔槍杖バルドークと壊槍グラドパルスを消した。


 その両手に霊槍ハヴィスと聖槍アロステを召喚。

 霊槍ハヴィスと聖槍アロステを源左サシィに見せるように翳す。


 源左サシィは、


「……尋常ではない槍使いと分かる。戦闘職業も槍使いを機軸にした珍しい戦闘職業と予想したぞ」


 頷いた。


「そうだ。貴女も斧槍を使うとケーゼンベルスとバーソロンから聞いている」


 そう言いながら霊槍ハヴィスを回転させて石突で地面を突いた。

 源左サシィは頷いて、


「この地と同じ名の斧槍を持つ。先祖から代々受け継いでいる〝魔斧槍源左〟を見せよう――」


 源左サシィは左手に魔斧槍を召喚。

 腰に差していた短筒の火縄銃と似た武器は消えた。


「魔斧槍源左……」

「そうだ。シュウヤ殿が能力の一端を見せてくれたお返しに、私も少し源左斧槍流の演武を行いたいと思うが、どうだろうか」


 源左サシィの源左斧槍流か。

 ラ・ケラーダの思いで、


「……是非とも、参考にさせていただく」

「分かった」


 源左サシィは胸元に魔斧槍を掲げる。

 と、体から発している蛍のような魔力を強めた。


 <魔闘術>や<導魔術>のどの系統かは……。

 パッと見では分からない。

 魔斧槍源左から出ている魔力は魔線となって地面と繋がった。


 魔斧槍源左は、この槍斧ヶ丘と関係している?

 ハルバードとしての矛と斧刃の穂先を見せてくる。

 

 源左サシィは魔斧槍の柄の握り手を石突側にズラしつつ、穂先の角度を下げると、左手首ごと魔斧槍をぐわりと回して前進――。


 斧刃を活かす劈拳と近い動作――。

 右足を前に出した踏み込みから魔斧槍を下から右上へと回す。

 上段右回しを行う――。

 直ぐに魔斧槍を左へ返す。

 上段左回しを行った――。


 地球の武術なら、形意門槍術の横槍に近いか。

 

 風槍流なら『風流かぜながし』や『枝巻き』から派生した動きに近いか。

 豪槍流の<豪閃>とも似ている。


 更に体を横回転させる避け機動から魔斧槍を下から上へ掬い上げるフェイク――。


 そこから迅速に魔斧槍ごと体を前に押し出す動きの<刺突>を前方に繰り出した。


 ――見事だ。

 自然に体が動いてしまった。

 

 源左サシィは身を捻りながら両手握りの魔斧槍を引く。

 と同時に魔斧槍を真上に放った。


 源左サシィは体を斜めに傾けながら背に回した両手で落下してきた魔斧槍を掴む――と体勢を戻しつつ回転させながら右手に移していた魔斧槍の石突で右斜め前の空間を突いた。


 その魔斧槍の石突で地面をなぞるように下げながら前進――。

 左足の踏み込みから――。


「源左斧槍流<劫蛇崩打>――」

 

 魔斧槍を握る右腕ごと魔斧槍がブレて見える<牙衝>のような連続的な下段突きを繰り出した。


 魔斧槍の穂先と斧刃が無数の蛇が泳ぐような機動を描く連続下段突きか。


 草と地面が切り裂かれる。

 更に小刻みに左右に魔斧槍を揺らす。

 と、斧刃で敵を引っ掛けるような払い上げを行った。


 その斜めに上げた魔斧槍を脇に引くと同時にバックステップ。

 右手に移した魔斧槍を掌で回転させながら二の腕から肩に回転移動させつつ、体を横回転させる。

 ――陣羽織から漏れた蛍のような魔力が綺麗だ。

 スタイルの良い体。

 結構筋肉があると分かる。


 <魔闘術>系統もかなり洗練されていた。

 その源左サシィは、右手から左手に移した魔斧槍の穂先で円を宙空に描き深呼吸するようなポーズから、石突で地面を突いて動きを止めた。


 斧槍から赤色と黒色の魔力を発していた。


 ――拍手。


「素晴らしい槍武術。槍使いとして尊敬する」

「ふふ、ありがとう。源左魔銃と違い、槍には自信があるから嬉しい……」


 今までにない声音。

 本心で嬉しいんだな。


 そして、魔銃の名は源左魔銃か。


「魔斧槍源左は格好良い」

「……ありがとう。魔斧槍源左は父も使っていたのだ」

「父か、受け継いでいる魔斧槍。それはなおのこと強力な武器だと分かる」

「ふふ、分かるか。先祖から代々受け継いできた源左は強力! 槍斧ヶ丘の土地だと、更に強さが増すのだ!」


 そう答えた源左サシィは少し前進。

 魔斧槍で<刺突>を放ってから動きを止めた。


 背中の長い黒髪が舞う。

 再び、俺の前に戻って会釈する源左サシィは可愛らしい。


 が、素直な槍武術の腕前に――。


「――見事な槍武術だ」

「ありがとう」


 源左サシィの礼を聞いてから<血霊兵装隊杖>を解除。

 血霊衛士も消す。


 そして、

 

「少しはわかり合えたと思う。ということで、最初に同盟を申し込んだが、俺たちの状況の説明をしておきたい」

「承知した。聞かせてくれ」


 その源左サシィに向け、


「魔界王子テーバロンテを倒すと、直ぐに【ケーゼンベルスの魔樹海】からモンスターがバーヴァイ平原に流入してきたんだ。俺たちは、それらのモンスターを倒しながら【ケーゼンベルスの魔樹海】へと侵入した。その森の中で魔皇獣咆ケーゼンベルスと邂逅し、そこから交渉を行い、そのケーゼンベルスの眷属たちとデラバイン族たちの自由を約束する同盟を結んだんだ。その結果、ケーゼンベルスの魔樹海とバーヴァイ城とバーヴァイ平原の領土の境目はなくなったといえる」

「理解した。迅速な行動力。そのままの流れで近隣勢力の私たちと交渉するために来訪したのだな……」

「その通り。密偵やスキルで、周辺地域の情報を得ていると思うから、ある程度推察はできていると思うが……」

「……」


 密偵やスキルの質問だから、警戒させたか。


「バーソロンとケーゼンベルスから、ある程度、源左サシィたちの状況は聞いている」


 俺がそう言うと、


「……ふっ……」


 笑顔を見せてからレイガとムサシと頷き合い、俺に視線を戻す。


「シュウヤ殿とケーゼンベルス様、今仲間たちに知らせの合図を出す。警戒しないでくれ」

「分かった」


 源左サシィは左手に魔力を集めた。


 その籠手と左腕の装束から蛍に似た魔力が湧く。


 蛍に似た魔力は戦旗のような形を模った。

 戦旗の絵柄は九曜紋のようにも見える。


 その戦旗が揺れると、背後の魔銃を見せていた小部隊が素早く退いた。


「ンン」


 黒猫ロロが興味深そうに見上げていた。


 すると、魔素の気配を断った歩哨か斥候兵が魔素を晒すように現れる。そのまま颯爽とした動きで左右の山の内部に退いた。


 源左サシィは、その魔力の戦旗を消す。


 左右のレイガとムサシに向け、


「お前たちは、退いた孫座マゴザの魔銃隊と、源左砦にいる上笠連長首座の大三郎ダイザブロウ、副首座の菊重キクシゲ、上笠の立花タチバナ馬蹴バシュウへ、『左場と右場の第一と第二歩哨隊はそのままマーマインと他のモンスターに向けて警戒を続けさせ、第三と第四はその補佐に当たらせろ』と、更に『源左砦の櫓門の警戒を解くように』という私の指示を伝えろ。私はシュウヤ殿の申し出に付いて検討するつもりだ」

「「ハッ」」


 レイガとムサシは踵を返す。

 盆地を駆ける武者と右の山の坂道をあがる武者に分かれた。


 源左サシィは視線を俺たちに向け、


「待たせた」


 その言葉に頷きつつ、魔皇獣咆ケーゼンベルスの前足の黒い毛を撫でながら、


「源左サシィ、俺たちと同盟を結ぶと考えていいんだな」

「そうだ。しかし、条件が知りたい……私たちは【ケーゼンベルスの魔樹海】に入り魔石を得ているのだが……」

「その【ケーゼンベルスの魔樹海】の魔石だが、無断での奪取は止めてもらう。デラバイン族やケーゼンベルスたちとの争いもなし」

「魔石は私たちが生活する上で必須の物だ。その入手を止めろと言われても無理だが……それに私たちには敵がいる……」

「魔石は俺たちにも必須。が、交渉の用意はある。敵は、そこら中に転がっている死体と事前情報からマーマインと争っていることは分かっている。レン・サキナガの勢力とも争いがあると。更に、魔界セブドラの神々や諸侯の軍も仮想の敵のはず」


 源左サシィは、ジッと俺を見据えて、


「こちらの状況は筒抜けか……」


 そう発言した後、


「あ、今装備を外すので、少し待たれよ」

「了解」


 源左サシィは片手を面頬に当てた。

 その面頬は消えた。

 美しい顔を晒した源左サシィ。


 ユイ風の日本人女性。


「にゃ~」


 黒猫ロロが近くにいった。


「ふふ」


 源左サシィは体勢を低くして、笑顔を見せながら黒猫ロロの頭部を撫でていく。


 源左サシィの長い黒髪は地面に付きそう。


 眉毛は細く整えられている。

 目尻は桃色のグラデーションが綺麗だ。

 鼻筋はそこまで高くない。耳は髪の毛に隠れている。

 唇は小さく、顎のEラインはいい角度。

 首は細い。鎖骨は和風の鎧と陣羽織で見えない。


 見た目から姫武将を思わせる。


 アイテムボックスは何処だろう。

 源左サシィは笑顔を見せ、


「待たせた。ずっと武者の装備のままで無礼であった……」

「気にしてないさ。面頬も渋くて格好良かった。それよりも、源左サシィがこれほどの美女とは思わなかった」

「……ふふっ、ありがとう。シュウヤ殿、これからはサシィと呼んでくれて構わない」

「了解、サシィ。俺もシュウヤと呼んでくれ」

「……済まないが、まだシュウヤ殿と呼ばせてもらう。そして、シュウヤ殿は端整な顔立ちだ――」


 俺を褒める時は早口だった。

 サシィは可愛い。


「ではシュウヤ殿と皆様、ここでの立ち話もなんだ。私たちの源左砦の内部にきてくれないか。款待したい。あ、マーマインが攻めてきたら、交渉は中断となるが……」

「お願いしよう。案内を頼む。マーマインが攻めてきたら、俺も戦いに出よう。皆もいいよな?」

「「「「はいっ」」」」

「当然だ」

「了解した。付いていくぜ」

「「承知!!」」

「うむ」

「「「ウォォォン!」」」


 サシィは、皆の気合い溢れる態度を見て自然な笑顔を見せつつ、チラッと戦いで傷付いた砦を見て「ありがたい……」と小声で呟く。


 そして、


「では、付いてきてくれ」

「了解」


 サシィはサッと身を翻す。

 長い黒髪が靡く。華麗だ。


「皆、行こう」

「「「「ハイッ」」」」

「にゃ~」

「交渉は上手くいきそうです」

「主が予想していた展開だな」

「あぁ」

「旦那、マーマインを潰す方向で?」

「状況的にはそうなるか。が、言葉が通じるかもしれない。そして、俺たちには、ケーゼンベルスと相棒もいるから威圧も可能だ」

「はい」


 と、歩きながら〝列強魔軍地図〟を取り出し――。

 リアルの足下の窪地に周囲の地形と――。

 立体的に描かれている〝列強魔軍地図〟の地形を見比べながら……源左サシィの後に続いた。


 この〝列強魔軍地図〟を見ながら歩くだけでもかなり面白い――。

 そのまま源左サシィの横に付くと、


「シュウヤ殿、まだ仲間に知らせることがある。歩きながら行うが、よろしいか?」

「おう、お構いなく」

「ありがとう」


 と笑顔を見せる。

 サシィは美女なだけに素敵だ。


「シュウヤ殿、今から源左砦の皆と右場と左場の山にいる仲間にも情報を伝えるから、驚かないでくれ」

「了解」


 笑顔が素敵なサシィは数珠から小型の魔銃を取り出した。

 手首に嵌まっている小さい数珠がアイテムボックスか。


 その小型の魔銃を宙に向かって撃った。

 蒼色の信号弾が窪地の空を飛翔する。


 同時にピュルルッ――と音が山峡に谺する。

 

 やや遅れて、山峡の一部から窪地側に出現していた魔法の膜が消える。同時に、窪地の丘と左右の山から隠れていた兵士たちが現れ、モンスターがいたところに向かっていく。


 山道を行き交う荷物を抱える兵士たちもいた。

 鉄に砂鉄を載せた荷車もある。


 左右の山の天辺付近には樵と猟師もいるようだ。

 一気に生活感が増してきた。


 窪地の斜面を上がっているサシィに、


「――マーマインたちとの争いは日常茶飯事なのか?」

「――そうだ。シュウヤ殿たちを乗せたケーゼンベルス様が現れる少し前まで争いが続いていた」

「だから死体が新しかったのか」

「あぁ、斜陽の空が終わっても、魔神殺しの現象の空の間も、ずっと争っていたのだ。また現れるだろう。あ、シュウヤ殿たちがいきなり現れたから、マーマインの本隊が撤退したのか?」

「それはありえる。魔皇獣咆ケーゼンベルスがいるからな」

「ウォォォン!」


 ケーゼンベルスが嬉しそうに鳴き声を発した。

 サシィは歩みを止めて、皆を見据えながら数回頷くと、


「おぉ、だとしたら非常にありがたいことだ……」


 と発言。

 そして、何かを決意したような表情を浮かべると歩き始める。

 

 共に窪地の段差がある丘を越えていく。

 通りがかりに大柄の武者たちが寄ってきた。

 

 面頬は装備していない大柄の武者は心配そうに俺たちを見て、


「黒髪の男性……サシィ様、この方々は……」

「サシィ様、一人で大丈夫なのですか?」

「レイガとムサシはどうしたんです? ムサシはえらい形相を浮かべて砦に駆け込んでいきやしたが……」


 と声をかけてきた。

 サシィは笑顔で、


「気にするな。この方々は大事な客人。今から源左砦に案内するところなのだ」

「おぉ、サシィ様自ら……」

「大事な客人……」

「【メイジナの大街】のデン・マッハやゲンナイ・ヒラガの大魔商のような?」

「はは、違う違う。お前たちが腰を抜かすほどの大物だ」

「「はぇ~」」

「ほぁ~」

「じゃあな、皆――シュウヤ殿、行きましょう」

「了解」


 大柄の武者たちに会釈して離れた。

 

 背後から大柄の武者たちが口々に【メイジナの大街】や【サネハダ街道街】に住まう有名な方だろう存在の名を上げていた。


 前にいる源左サシィに追いつき、


「――マーマインとの戦いだが、源左サシィは現場にいなくていいのか?」

「――今はな、戦いが厳しい場合は呼ばれることになる。空の現象も暗くなっているように、もうじき真夜となるだろう。もし噂通りなら、戦いは厳しいものになるだろう」

「――真夜か。この地域はずっと斜陽だったのではないのか?」

「――シュウヤ殿は魔界王子テーバロンテが支配していない地域から乗り込んできたのか?」

「――惑星セラからだ」

「――あぁ、先ほど聞いたセラか。セラとは傷場からおおくを得ることが可能な贄場だろう?」

「――そうだ。だから魔界セブドラでは知らないことが多い。斜陽や魔神殺しの現象以外にも空模様が変化するのか?」

「当然だ。真夜はあった。数時間だけだがな」


 サシィがそう発言すると、バーソロンが、


「はい。真夜は魔界王子テーバロンテの支配力が弱まる時間とされ、蜘蛛魔族ベサンやマーマインが強まる時間でした。吸血神ルグナド様、闇神リヴォグラフ様なども強まる。斜陽はもうないので、もうじき魔神殺しの現象も消えるはずですから……」

「――ずっと真夜となる?」

「――はい。それか神界セウロスの領域と同じように蒼い光と陽がこの領域に残るかもしれません。どちらにせよ真夜の時間が長くなると予測します」


 バーソロンがそう発言。

 源左サシィは、バーソロンの言葉を興味深そうに聞いていた。


「……私が生まれる前から斜陽は続いていた。魔界王子テーバロンテが倒れた後の空の変動は噂などでしか聞いたことがなかった」


 と語る。顔色は少し悪い。

 バーソロンは、


「暗黒時代、真夜時代となれば、信仰していた蜘蛛王ライオガと関係が深いと聞く蜘蛛女王ベサンが復活するという伝説が【蜘蛛魔族ベサンの魔塔】にあると噂があります」


 おぉ、面白い伝説だな。

 魔界セブドラらしい。


 ワクワクだ。ん? 蜘蛛王ライオガ……。


 ※センビカンセスの蜘蛛王位継承権※

 ※蜘蛛王ライオガの微因子をエクストラスキル系<霊呪網鎖>が捕らえたことによる極めて希有な連鎖が起因※

 ※<魔蜘蛛煉獄者>と<蜘蛛王の微因子>が必須※

 ※八蜘蛛王ヤグーライオガの子孫の蜘蛛種センビカンセスの因子を得たモノが得られる極めて稀な称号※


 と、そう言えば称号やスキルを得ている俺だった。

 蜘蛛娘アキもサイデイル近辺に迷宮を造ったらしいが、魔界セブドラに呼び寄せて、魔界セブドラの何処かで迷宮を営んでもらったほうがいいかもな……。


 オセベリア王国や冒険者たちと争う理由はあまりない。

 シャルドネと第二王子との繋がりは強固。


 サシィは歩きながら、


「当たり前ですが、バーソロン殿はさすがに詳しい」

「そうだな、バーヴァイ城の城主。近隣地域の情報は常に得ていたんだろう?」

「そうですね。百足魔族デアンホザーの【螻首】が各地域にいます。デラバイン族の【角鬼】も少数ですがいます」

「バーソロン、それは密偵部隊か盗賊ギルドのような組織だな?」

「はい」


 まぁ、当然いるよな。

 すると、アドゥムブラリが、


「密偵を束ねる組織か。城主だと命令権はあまりないと思うが、その【螻首】は魔界王子テーバロンテの直属だな?」


 と聞いていた。バーソロンは頷く。

 そして、チラッと源左サシィを見てから、


「……はい」


 と発言。サシィは俺とバーソロンたちを見てから先に歩く。

 俺たち側の情報は気になるはずだが、遠慮しているんだろう。


「バーソロン、サシィへの信頼の証しにもなるから、その【螻蛄】という密偵部隊のことを教えてくれ」

「はい。メイジナの大街とサネハダ街道街には、百足魔族デアンホザーと蜘蛛魔族ベサンの兵が少なからず常駐していました。ですから有力な大魔商とは何人か顔見知りです。そして、我を見たら恐怖するぐらいの関係性でした……今はどうなっているか……」


 バーソロンはそう話をすると、源左サシィが振り返り、


「炎鬼バーソロン。炎狂鬼バーソロンなどの渾名は聞いているぞ……」


 サシィがバーソロンの渾名を教えてくれた。

 が、バーソロンは睨みを強める。


 顔の炎の綺麗な模様がキラキラと煌めく。


 バーソロンの機嫌を察したサシィは「……すまない」と言って視線を泳がせてから俺に視線を向ける。


 笑顔を向けると安心したように笑みを見せたサシィは足早に先に歩いた。


 バーソロンは、


「……陛下、渾名のことは忘れてください」

「え? あぁ、炎の女神バーソロン? 美人バーソロンという渾名は覚えたから大丈夫だ」


 とバーソロンにも笑顔を送る。

 そのバーソロンは瞳を震わせながらニコッとしてくれた。


「ふふ、ありがとうございます」


 嬉しそうな表情がまた可愛い。


「まったく、イチャイチャしおって……ふん」

「沙も可愛い渾名を考えようか?」

「なう! なぬ! ど、どんな渾名だ!」

「嫉妬ぷんぷん那由他のさーちゃん」

「ぷはっ」

「ふはは、主、面白い」

「な、なんだ、嫉妬ぷんぷんとは! が、さーちゃんはいい……」

「ふふ、さーちゃんの響きは少し可愛いですね。神剣に乗った際の少女スタイルに合います」


 ヘルメがそう告げると、沙は満面の笑みを浮かべて、


「うむ! 今度<御剣導技>を繰り出す際は、ちっこい姿で活躍しよう! サーちゃんはサシィに勝つぅぅ!」


 沙のテンションと言葉に思わず吹き出した。


 そんな会話をしながらサシィの背中を皆で追う。

 そして、先ほど顔色を悪くしたバーソロンに、


「バーソロン、話を蒸し返すようで悪いが、魔界王子テーバロンテの名の下で、メイジナの大街とサネハダ街道街にいる有力魔族との間柄だが……支配者としての強引なやりとりがあった?」

「はい。私の知る大魔商は穏便な態度でしたから……そこまでの対応はしませんでしたが、他は厳しい対応を取っていました。ですから魔界王子テーバロンテが消えても我が生きていると街に知れたら、我に牙を向ける者も出てくるかもしれないです」


 あるかもな。

 ま、幸い、サシィとの交渉はスムーズだ。


 サシィ、源左グループへの交渉材料と考えていたメイジナの大街とサネハダ街道街にいる大魔商とのコネは必要ないだろう。


 極大魔石を得た俺たち。

 【ケーゼンベルスの魔樹海】での採取の許可を出すのが可能な俺たちの存在だけでも十分。


 街にいる大魔商や百足魔族デアンホザーの密偵部隊とテーバロンテの直属の残党が繋がる可能性はあるが……。

 それは追い追いだな。

 

 そう考えながらサシィと共に細長い岩が並ぶ窪地を進む。

 丘と丘の間のもっとも低い盆地には小さい牧場が幾つも存在した。


 魚の皮のような皮と牛皮が大量に干されている平地もある。

 複数の職人さんが鞣し作業ができそうな建物と製材所もあった。

 山は切り開かれている部分もあるから、その木材を加工する場所か。


 同時に戦いに用いられる塹壕があった。

 その塹壕ざんごうの下には杭刃が見えている。


 有刺鉄線を結ぶ木柱から伸びた魔線はあちこちの地面につながっていた。地雷か?

 有刺鉄線といい近代的だ。


 窪地の左右両端に聳え立つ山の傾斜地には段を設けるように作った畑があった。灌漑用の水車も見えた。


 斜面を切り開いた坂道には農民がいる。

 砂鉄を運ぶ坑道もあるようで、農夫とは違う格好の坑夫もいた。


 そうして丘と窪地を越えたところで窪地の奥が見えた。

 大きな砦がある。とりあえず、


「サシィ、この土地に、源左サシィの槍斧ヶ丘という名が付いているのは、先祖から源左の土地をサシィが受け継いだからなんだよな」

「そうだ。知っているように私は皆からサシィ様と呼ばれている。さて、もう見えているが、あそこが源左砦だ。行こう――」

「「「おう」」」

 

 窪地の最奥地に到達。

 大きな源左砦か。壕もある。

 銃眼をあちこちに備えた壁には木材に鉄が使われていた。

 

 鋼鉄の砦……城だ。


「これが源左砦だ」

「壕といい、まるで城だな」

「ふふ、その通り! 自慢の源左砦だ。中には色々な設備も多い」


 サシィは嬉しそうに発言していた。


「へぇ」

「最初の地点では見えなかったですが、煙も多いですね」

「あぁ」


 背後には山と崖。

 大きな砦は崖と繋がる造りか。

 

 背後の崖下には洞窟もありそう。


 砦の高台から崖と繋がる橋もある。

 背後の山と崖には櫓があるようだ。

 ツアンが、


「あの武器はフォド・ワン・ユニオンAFVにもありそうな砲台ですか?」


 そう指摘。

 源左砦の櫓門の左右には、巨大な大砲が設置されていた。

 サシィは、


「その通り、源左魔大砲。威力はかなり高い。が、連発は不可能で空からの攻撃に弱い。一応は、台があるから砦の内部に格納可能だが、もしもの備えに過ぎないな。魔銃や炸裂魔玉などのほうが重要だ」

「ほぉ」


 炸裂魔玉とはグレネードか?


「なるほど」


 黙って色々と分析していたアクセルマギナは数回頷いている。

 アクセルマギナに、


「アクセルマギナ、聞いてみたいことはあるか?」

「あります。魔銃製作に必要な魔鉄製作所は砦の中に?」

「ある! ここでは優秀な魔鉄が採れるからな。極大魔石次第だが、製魔鉄が盛んなレムラー峡谷やベルトアン荒涼地帯の装備品より格は上だ」

「砦の中で魔銃製作も行っているのか」

「そうだ。前に行こう」

「おう」

「「はい」」


 源左砦の前に到着――。


 櫓の射手たちはサシィに向け会釈している。


 すると、源左砦の中から掛け声が響いてきた。


 同時に渡櫓門の分厚そうな木製の扉が開く。

 源左砦にいた兵士たちが歓声を発しながら俺たちを見て、


「サシィ様!!」

「サシィ様! 魔皇獣咆ケーゼンベルスがいますが!!」

「あ、あの中央にいる黒髪の男性が……シュウヤ殿!」

「そうだろう。黒猫もいる。我らと同じ黒髪の御方が大事な客人らしいが……」


 そう色々と語る。

 と、サシィが俺たちに、


「源左砦の中にいる皆から、更にシュウヤ殿たちに注目が集まると思うが……中に行こうか」

「おう。あ、ケーゼンベルスだが……」

「案ずるな、我は体を小さくもできる――」


 ケーゼンベルスは体を小さくした。

 ケン、コテツ、ヨモギの黒い狼より大きく、相棒の黒虎か黒馬の大きさに近い。ま、大きいシベリアンハスキーだな。


「ウォォォォォン!」

「「「ウォォォォン!」」」

「ンン、にゃ~」


 リューリュとパパスとツィクハルを乗せている黒い狼たちは、小さくなったケーゼンベルスに頭部を寄せる。

 その頭部と体を寄せ合う姿は親子の狼たちに見える。


 黒猫ロロも頭部を寄せていた。


 途中からまた黒豹のような姿に変えた。


 全体的に毛の量が多い、初期の魔獣タイプか。

 これはこれで黒豹ロロらしいか。


 ケン、コテツ、ヨモギ、ケーゼンベルス、ロロディーヌは、それぞれのモフモフ具合を確認するようにグルーミングを行う。


 平和な音楽が流れるような微笑ましい姿だ。


 ケーゼンベルスの毛の大半は黒い。

 が、目元の毛は白銀的な灰色の毛で、厳かさを感じさせる。


 魔皇獣耳輪クリスセントラルもあるし、渋く、お洒落しゃれだ。


 俺との契約の証拠。


 その耳の端はカラカルのリンクスティップのようにくるりくるりと回っていた。そのケーゼンベルスが、


「よし、黒髪一族の住みに向かうぞ、友よ!」

「にゃお~」


 ケーゼンベルスと黒豹ロロディーヌが駆ける。


 相棒は、黒豹ではなく魔獣と呼ぶべきか。

 二匹の魔獣コンビは、サシィを越えて開いている門を潜る。

 

 武者たちの間を走り抜け、先に源左砦の中に入ってしまった。


「サシィ、悪い」

「ふふ、気にするな。ライドウとコメザブロウは驚いているようだが、ケーゼンベルス様は小さくなられた。あのような黒い狼が【ケーゼンベルスの魔樹海】を支配する魔皇獣咆ケーゼンベルス様だとは、皆思わないだろう」

「たしかに」

「では行こう――奥座敷まできてもらう」

「了解」


 サシィと共に源左砦に足を踏み入れた。




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