千六話 新しい地名とバーヴァイ城への凱旋

「<神剣・三叉法具サラテン>、出ていいぞ」

『『『承知!!』』』


 左の掌の傷から<神剣・三叉法具サラテン>たちが飛び出る。

 一つの神剣はトライデントを宙空に描く。

 沙・羅・貂は個性を持ったサーフィンを宙空で行った。

 三つの煌びやかな軌跡はセラの宙空で見せていた時よりも輝いて見えた。すると、足下の魔皇獣咆ケーゼンベルスが、

 

「主が飛ばしたのか、あの三つの剣はなんだ?」

「あぁ、俺の左の掌には傷があるんだが、傷の中は俺の精神世界か、沙たちが造り上げた異空間と通じている。その中に住まうのが<神剣・三叉法具サラテン>たちなんだ。そんな沙・羅・貂とは思念で会話が可能で、ケーゼンベルスとの交渉中にもコミュニケーションを取っていた。で、その三人なんだが、ケーゼンベルスに乗りたがっていたんだ」

「――ほぉ、神剣の上に乗る女子は可愛らしい」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスは<神剣・三叉法具サラテン>たちの飛翔を見るように頭部を動かした。


「ンンン――」

 

 神獣ロロテンの機動に釣られて飛翔していく。

 宙空で楽しそうにサーフィンを行う<神剣・三叉法具サラテン>たちは成人の姿になっていた。


 その間に〝列強魔軍地図〟を出した。

 魔界セブドラの壮大な地形と――。

 〝列強魔軍地図〟の立体的なジオラマ地形を見比べていった。


 右左下上の方向を意識しながら〝列強魔軍地図〟を上下左右に回転させ角度を変化させる。


 今、俺たちがいる【ローグバント山脈】を中心の下にして、少し上に【ケーゼンベルスの魔樹海】を合わせる。

 そこにバーヴァイ城とバーヴァイ平原の位置もリアルの魔界セブドラに合わせた。


 ――魔界セブドラの地形と〝列強魔軍地図〟の立体地図が重なる。


 なんか感動だ。


 このローグバント山脈の山頂からだと……。

 当然だが、バーヴァイ城とバーヴァイ平原よりも眼下の【ケーゼンベルスの魔樹海】の地形のほうがよく分かる。


 ま、薄い雲と樹海に極大魔石を内包した魔塔のような樹しか分からないんだが。


 〝列強魔軍地図〟の立体的な地形と見比べて……。

 【古バーヴァイ族の集落跡】と【廃城デラバイン】と【デラバインの廃墟】に【源左サシィの槍斧ヶ丘】と【ベルトアン荒涼地帯】は、ここから見える範囲内にあると分かる。


 が、ローグバント山脈の山頂から見える視界と〝列強魔軍地図〟は、微妙に角度の差があって、見えにくい場所がある。


 【古バーヴァイ族の集落跡】の場所は……。

 当然【ケーゼンベルスの魔樹海】の先で、バーヴァイ平原の右上の方角、バーヴァイ城の右奥。


 左端に【レムラー峡谷】があるのかな。

 ARとして実際の視界に〝列強魔軍地図〟の情報が浮いて見えたら面白くて分かりやすいんだが……そう都合良くはならないな。

 

 俺の右目のカレウドスコープと連動できたらなぁ。 

 ま、空から単純に魔界セブドラの地形と〝列強魔軍地図〟を合わせて見たほうが手っ取り早いか。

 

「ひゅぅ~」


 紅玉環から出たアドゥムブラリが口笛を吹く。

 そのアドゥムブラリは小さい翼をばたばたさせながら俺の周囲を旋回して戻ってきた。そのアドゥムブラリは単眼球から涙を零している。


 口が震えて無数の小さい歯を見せつつ、


「……主ぃぃ、やはり、ここの眺めは〝魔界絶景六六六〟並だと思うぞ。モーレツに感動だ!」

「おう。俺も雄大な景色と〝列強魔軍地図〟を合わせて感動していた。魔界セブドラに来たと深く実感できる」

「あぁ……」


 ふと、ポポブムに乗っていた頃を思い出す。

 遠くのバルドーク山を見て感動していたっけ。


 涙を流していたアドゥムブラリの単眼球は笑顔を見せる。

 と、自らの涙を振るい落とすように単眼球の体を左右に動かし、パチパチと瞼を閉じて開くのを繰り返し、可愛い動きで高度を微妙に下げる。


 アドゥムブラリの単眼球から光線が出そうに見えたが、出ない。

 そのアドゥムブラリは、ケーゼンベルスと視線を合わせたようだ。


「ケーゼンベルス、俺様は元魔侯爵だった。名はアドゥムブラリだ。今は訳あって主の<武装魔霊・紅玉環>として活動している」

「元魔侯爵級……なるほど、主が魔界に通じているとは、アドゥムブラリ殿のような眷属もいるということか」

「そうだ。俺は魔界側の一端でしかない。主は、神々や諸侯と通じているが、戦ってもいる。とんでもない野郎なんだ。モテまくるのも分かる」

「分かっている。テーバロンテを滅し、デラバイン族を助け、我らを間接的に救った存在が、我の新しい主のシュウヤ。友の神獣ロロも、魔君主と気持ちを伝えてきたのだ。重に分かっているぞ……思い出すだけで心が奮え滾る想いだ……して、アドゥムブラリ殿は、その身なりだが……主の戦いを背後から支えているのか?」


 アドゥムブラリの単眼球体の瞳がギラつく。

 と、下のコミカルな口が、


「ふっ、俺様は、たしかにチッコイ単眼球が主な体だ……だがな、武装魔霊として、眷属の中でもエース級の誇りがあるのだぞ」

「ふむ……」

「ふふん、疑うのも分かる。が、俺様の<ザイムの闇炎>はただの魔煙草用の点火器ではない。主の強化が可能なのだ! 先のテーバロンテ戦でも活躍したんだぜぇ!」

「――なんと!! テーバロンテ戦に貢献とは凄いのだな、アドゥムブラリ殿は!」


 興奮したケーゼンベルスの魔息が荒かった。

 魔息をもろに浴びたアドゥムブラリは仰け反り、口が膨らんだように歪む。

 単眼球体を縁取る皮膚の内部にも空気が入ったのか、膨らんで「――ブラァァッ」と叫び声を発して後転しながら後退。


 背中の翼をバタバタさせると急回転しながらケーゼンベルスに近づき直し、


「――こ、興奮するのは分かるが、少し魔息を抑えろよ」

「す、すまん。続きを頼む」

「おうよ! 俺様は武装魔霊として主の短剣の装備に変身が可能なんだ! あまり使われていないが……が、それは序の口、俺様は神獣ロロの兜として合体が可能!」

「おぉぉ、友の兜にも成れるとは、それが武装魔霊なのだな」

「まだある! サイデイルの聖地ルシヴァルの紋章樹に宿るルッシーが造る<霊血の秘樹兵>や、<筆頭従者長選ばれし眷属>が用意した傀儡兵とも俺様は融合が可能。だから、ケーゼンベルスとも俺なりに融合が可能なはずだ!」

「なんと、我とも繋がれる武装魔霊とは、随分と柔軟なスキルだ。主の眷属アドゥムブラリ殿、その際は宜しく頼む!」

「おう! 俺も宜しく頼むぜ」

「ふむ!」


 鼻息が荒いケーゼンベルスに向けて、アドゥムブラリは眼力を強めつつ小さい翼をバタバタと動かして上昇。

 ヘルメの真似か分からないが、紅玉環の前で、俺に向けポーズを決めると、紅玉環の窪みの中に戻った。


 さて、<神剣・三叉法具サラテン>たちはまだ空を楽しみ中。

 剣術の訓練かな。

 

 ならばもう少しローグバント山脈の絶景を楽しむか。


 お? ローグバント山脈の右下、右上、左、斜め下の峡谷と崖に洞窟と古いモスクのような建物と砦のような物を幾つか発見。


 ちょいと霧と森に岩が邪魔だな。

 <導想魔手>を生成し、〝列強魔軍地図〟を<導想魔手>に持たせて……。

 

「ケーゼンベルス、右側にちょいと移動してくれ」

「ふむ?」


 ケーゼンベルスは山頂から落ちないように気を付けながら歩いた。

 〝列強魔軍地図〟と現実のローグバント山脈の景色を見比べつつ右に移動。


 あ、門番のようなモンスター兵士がいる?

 リザードマンと似た魔族か。


「なぁ、向こうの山の中間にある多種多様な洞窟はなんだ?」

「ん? ローグバント山脈には洞窟は無数に存在することぐらいしか分からんぞ。お、あぁ、あの魔族なら知っている。マーマインだ。我らの【ケーゼンベルスの魔樹海】にも侵入することがある。統率された動きが魔界王子テーバロンテの軍と似ている奴らだった」

「マーマインはリザードマンとは違うのか?」

「リザードマンという名は、聞いたことがない」

「了解」


 〝列強魔軍地図〟を見ると【源左サシィの隠れ洞窟】newと文字が浮き上がる。

 点滅しながら新しく洞窟の絵柄が刻まれていた。面白い!

 続けざまに、ローグバント山脈の至るところに――。


 【源左サシィの隠れ洞窟】new        

 【魔皇ローグバントの庵】new

 【愚王バンサントの洞窟】new

 【吸血神ルグナドの碑石】new

 【テンシュランの石碑】new

 【マーマインの砦】new

 【マーマイン冥道】new

 【大盗賊チキタタ回廊】new


「おぉ、新しく〝列強魔軍地図〟に名と洞窟と石碑に砦などが刻まれた」


 ほぼ同時に魔軍夜行ノ槍業が揺れる。


『ほぉ、吸血神ルグナドの碑石か。<筆頭従者長選ばれし眷属>だった存在の骨でも埋まっているのか?』

『さぁねぇ。マーマインは知っている。セラのリザードマンやゴブリンに近い』

『ふむ。魔界セブドラも広い……』

『あぁ、魔城ルグファントの周囲しか我らは分からん。が、このローグバント山脈は美しい場所だ』

『うん……』

 

 魔軍夜行ノ槍業に住まう八人の師匠たちは、微かに感嘆の思念を響かせながら反応を薄めていった。


 とりあえず、ケーゼンベルスに


「魔皇ローグバントやテンシュラン、愚王バンサント、チキタタとかは聞いたことがあるか?」

「聞いたことがない。相当に古い神々か諸侯の住み処だったところか、その信奉者が住まうところだろう」

「バーソロンやグラドにゼメタスとアドモスにデラバイン族の兵士たちにも聞いてみたいところだが……源左サシィは知っているか?」

「知っている。シュウヤと似た黒髪の魔族たちだ。強烈な速度で鉄弾を撃つ魔道具を扱う軍を持つ。我のケーゼンベルスの魔樹海に侵入し、煙雨を吐く極大魔石を有した魔樹を破壊し、極大魔石を奪っていく。我らにも攻撃してくる。まぁ、それだけならいいのだが……モンスターが湧きに湧き、我らにもそのモンスターが襲い掛かってくるから厄介なのだ」


 【源左サシィの隠れ洞窟】と【源左サシィの槍斧ヶ丘】は距離が離れているが、関連しているのは明白。そして、黒髪か。


「……俺と似た黒髪の魔族……名も源左サシィか……」


 それでいて、強烈な速度で鉄弾を撃つ魔道具を扱う軍。

 銃を想像してしまう。

 名は源左、日本人か? 転生者? 転移者とか?

 源左サシィとあるから、人間と魔族の子孫かもしれないな。

 

 セラにも魔銃はあったからなぁ。

 〝列強魔軍地図〟のバーヴァイ城周辺地域に【レン・サキナガの峰閣砦】という地名もあるから、そこにも日本人が首領の勢力がある?


 【源左サシィの槍斧ヶ丘】と【レン・サキナガの峰閣砦】は何か共通点があるかもな……。


 そんな予想を立てていると、空を飛翔していた沙・羅・貂が戻ってくる。

 貂の尻尾に乗っている黒猫ロロもいた。

 相棒は小さい黒猫に戻っている。


 黒猫ロロは貂の尻尾の毛を一生懸命に舐めてグルーミングを行っていた。

 貂もお返しに黒猫ロロの体を撫でている。


 可愛くてほっこりする。


「……沙たち、魔界セブドラの標高が高い空域だが、セラや神界セウロスとそう大差ないようだな」

「うむ! 大きな鷹のモンスターがいたが、素早いのなんの!」

「ふふ、はい、逃げ方が神界の神鳥ジューパルのようで美しかった~」

「争い合う神界と魔界ですが、共通点は多いです」


 頷いた。大きな鷹のモンスターがいたのか。


 沙と羅の動きは速すぎて分からなかった。

 その沙は高度を下げてケーゼンベルスの視界に入る。

 

「――器と契約を果たしたケーゼンベルスよ、妾の名は沙! 器の左手に展開されておる<サラテンの秘術>に住まう者の一人。大昔は、誉れある神界の那由他の沙剣だった者なのじゃ……が、今は過去の秘宝神具サラテン剣ではなぁい! 進化した<神剣・三叉法具サラテン>の沙である! 今後ともよろしく頼む!」


 テンション高い沙は、神剣を手元から消してから華麗に会釈。

 そして、腰に両手を置いて、偉そうに胸を張った。


 ケーゼンベルスは、


「ふむ。主の左手の傷は<サラテンの秘術>か。そして、シャティ族と似た、可愛い女子の沙。先ほどの神剣に乗った剣術は見ていて面白かったぞ。更に、我と交渉中に主と思念で会話をしていたと聞いている」

「その通り。が、そんなことより、シャティ? が分からぬが、妾を可愛いとは、見る目があるな、魔皇獣咆ケーゼンベルス! これからも宜しくたのむぞ!」


 褒められてご機嫌となった沙は横回転。

 仙女風の衣がヒラヒラと舞う。

 羅と貂も同じように魔法の衣をヒラヒラさせながら高度を下げた。


 沙と違い丁寧にお辞儀をした二人。


「ンンン――」


 相棒は頭を下げた貂の尻尾から離れて俺の肩に戻ってくる。


「魔皇獣咆ケーゼンベルスさん。私の名は羅です。沙と貂と同様に神界セウロスから堕ちた神剣。遙か大昔は、誉れある神界の網と帷子を好む羅仙族でした。羅仙瞑道百妙枝を扱えます。琴が得意です。これからも宜しくお願いします」

「ふふ、私の名は貂です。故郷は【仙鼬籬せんゆりの森】で、仙王鼬族。今は、器様の左手に住まう<神剣・三叉法具サラテン>の貂と言います」

「羅と貂、よろしく頼む」

「「はい!」」

「ふふ、ケーゼンベルスの顔は神獣ロロ様と少し似ています!」


 ケーゼンベルスは頭部を少し上向かせる。

 足下から魔力が噴き上がり毛が俺に絡み付いた。


「鼻を突き合わせた友と似ているとは、嬉しく思うぞ!」

「にゃお~」


 肩にいる黒猫ロロも嬉しそうに鳴く。


 足下のケーゼンベルスに、


「ケーゼンベルス、沙・羅・貂は、背中に乗りたがっていたんだが、いいか?」

「主の眷族たちなら自由。沙と羅と貂に友よ、好きにするがいい」 


 浮いている沙・羅・貂に向け、


「皆、聞いたな。ケーゼンベルスは許可してくれた。相棒とは異なる新たなるモフモフベッドを堪能するといい。<筆頭従者長選ばれし眷属>よりも先に堪能することは自慢できるかもしれない」

「ふふふ~分かってる!! いえーい――器より早くダイブ~」

「はい! ケーゼンベルス、ありがとう――」

「ンン、にゃお~」

「ふふ――」


 皆、ケーゼンベルスの背中にダイブ。

 俺もダイブしたいが……。


 <血道第五・開門>の<血霊兵装隊杖>を試したいし、バーヴァイ城の地下の探索もある。

 

 そして、俺が発見したばかりの、

 【源左サシィの隠れ洞窟】new

 【魔皇ローグバントの庵】new

 【愚王バンサントの洞窟】new

 【吸血神ルグナドの碑石】new

 【テンシュランの石碑】new

 【マーマインの砦】new

 【マーマイン冥道】new

 【大盗賊チキタタ回廊】new

 

 のこともバーソロンたちに話をしときたい。


 一旦、バーヴァイ城に戻るとしよう。

 そして、魔の扉とバーソロンの魔杖でデラバイン族たちを塔烈中立都市セナアプアに避難させるかの相談か。しかし魔皇獣咆ケーゼンベルスとケーゼンベルスの眷族たちが仲間に加わったから、避難の必要はなくなったか?

 

 塔烈中立都市セナアプアの戦力を此方側に回せば……。

 ま、悪神ギュラゼルバンと恐王ノクターの勢力が攻めてきたら、皆で対処しようか。


 更に本契約のクリスタルに魔力を送り、大厖魔街異獣ボベルファを呼ぶか?

 が、グルガンヌ地方はかなり北方の方角。呼んだら、争いを避けての移動だから、上下に行ったり来たりと余計に遠くなるか……。

 大厖魔街異獣ボベルファがグルガンヌ地方に到着したらゼメタスとアドモスに連絡役を頼むか。デラバイン族と魔傭兵に鬼魔人と仙妖魔の兵力を合わせれば、結構な戦力だ。その戦力で最終的に魔城ルグファントを目指すのもいいか。

 

 

「ケーゼンベルス、沙・羅・貂を振り落とさないぐらいの速度で、ヘルメやバーソロンたちがいる【ケーゼンベルスの魔樹海】に戻ってくれ」

「了解した――」


 一大パノラマに飛び込むように宙空を飛んだ魔皇獣咆ケーゼンベルス――。

 ジェットコースター機動を超えた速度での急降下――。

 股間の金玉がギュンッと縮むような感覚となった。

 一気にローグバント山脈を駆け下り【ケーゼンベルスの魔樹海】に突入。


 皆の下に戻ってきた。

 ケーゼンベルスの眷属たちが頭部を上げて、


「「「ウォォォォン!」」」


 と出迎えてくれた。

 その近くにいたヘルメたちが寄ってくる。

 同時にケーゼンベルスの背中にいた沙・羅・貂が頭部に上ってきた。


「もう着いたのか!!」

「速いですが、乗り心地はいいです~」

「はい、束の間の旅行気分でした」

「閣下~いきなりケーゼンベルスと共に駆け抜けていきましたが……」

「おう。ローグバント山脈の山頂に到達した」

「うむ! 乗り心地は中々だったぞ!」

「ふふ、モフモフの感触は柔らかくて気持ち良かったです」

「はい~」


 ケーゼンベルスはバーソロンとデラバイン族たちにゼメタスとアドモスにツアンがいる場所に頭部を下げてくれた。


 直ぐにガレ場に下りた。

 ケーゼンベルスに乗り込んでいたヘルメも宙空から俺の傍に来る。

 右半身に体を寄せてくれた。ヘルメの温もりは有り難い。


 『ありがとう』の意味を込めて、右肩に触れたヘルメの手に左の掌を置いた。


「ふふ」


 ヘルメの微笑む声が心に染み入るように馴染む。


「旦那~、〝列強魔軍地図〟でチラッと見ましたが、いきなりですね」

「陛下、ケーゼンベルスと契約を?」

「陛下、ローグバント山脈と声が聞こえましたが、ケーゼンベルスと共に?」


 ツアンとグラドとバーソロンがそう聞いてきた。

 皆に向け、斜め後ろにいるケーゼンベルスに左手を伸ばし、


「――おう。魔皇獣咆ケーゼンベルスを使役した。スキルも<魔皇獣の心>を獲得できた。気付いたら【ケーゼンベルスの魔樹海】を越え、【ローグバント山脈】の山頂に到達していた」

「「「「おぉぉ!」」」」

「「「ウォォォォン!」」」


 皆が驚く。ケーゼンベルスの眷属たちも鳴き声を発していた。

 ケーゼンベルスは「ぶぉぉ」と荒い魔息を吐いたと分かる。

 半身になりながら、背後のケーゼンベルスを見た。


 そのケーゼンベルスは全身から魔力を発して、


「同胞たちよ、我はシュウヤと契りを結んだ。デラバイン族とも仲間となった。共に【ケーゼンベルスの魔樹海】を守ることになる。同時にこれからは自由に【ケーゼンベルスの魔樹海】を出ることになろう。我らの縄張りは自由なのだ!!」


 皆、一瞬静まった。

 森の静寂と小川のせせらぎが聞こえる。

 神意力は発していないが、肌がピリッとした空気感となった。

 すると、黒い狼たちは、一斉に魔力を発しながら頭部を上向け、


「「「ウォォォォン!!!」」」


 今日一番の鳴き声を発した。

 【ケーゼンベルスの魔樹海】に響き渡ったか?

 

 ケーゼンベルスの自然体系を感じられて、少し感動を覚えた。

 

 あっと、感動している暇はない。


「バーソロン。皆もだが、ローグバント山脈で、色々と洞窟や建物を見つけたんだ。これを見てくれ――」


 列強魔軍地図を広げた。


 【源左サシィの隠れ洞窟】new

 【魔皇ローグバントの庵】new

 【愚王バンサントの洞窟】new

 【吸血神ルグナドの碑石】new

 【テンシュランの石碑】new

 【マーマインの砦】new

 【マーマイン冥道】new

 【大盗賊チキタタ回廊】new


「魔皇ローグバントの庵……山脈の名がつく魔皇……過去に神格を持っていた朽ちた魔神と縁がある場所のようですね。マーマインはセラでいうリザードマンとオークとゴブリンを融合させたような魔族で、中々手強い。しかし、ここに吸血神ルグナド様の碑石があるとは……」

「源左サシィが気になるんだが」

「あ、人族と魔族のハーフだと思われる種族たちの首魁です。サシィは斧槍を使う達人と聞きましたが、セラの魔銃と似た武器を使う厄介な戦闘集団を率いています。【メイジナの大街】と【サネハダ街道街】で暮らす様々な魔族たちと友好関係を結び、家畜と独自の農業などがそれなりに発展しているようです。主に魔石を集めて、マーマインやケーゼンベルスと争うことが多いと聞いています。魔界王子テーバロンテの主力軍とは本格的に争っていませんでした」

「ありがとう、次は【レン・サキナガの峰閣砦】のことを教えてくれ」

「峰閣砦は、峰を利用した砦のような建物です。種族は源左と同じ一族だと思われますが、分派かもしれません。そのレン・サキナガと源左サシィは、争っていると聞きました。そして、源左サシィより好戦的と聞きます。しかし、魔界王子テーバロンテの軍や勢力には一切攻撃はありませんでした。テーバロンテも【ケーゼンベルスの魔樹海】の魔皇獣咆ケーゼンベルスと違って、その源左サシィとレン・サキナガには興味がなく、眼中にはなかったようです」


 戦国大名で喩えたら、源左サシィもレン・サキナガも小豪族か。

 周辺の悪神ギュラゼルバンや恐王ノクターの勢力のほうが手強いのは当然。


「よく分かった。では、バーヴァイ城に一旦戻ろうか。ケーゼンベルスはどうする?」

「付いていくぞ!」

「「「ウォォォン!」」」


 ケーゼンベルスの眷属の黒い狼たちは、デラバイン族の近くに移動すると、香箱座りを行う。


「ケーゼンベルス、デラバイン族の足になるつもりか」

「ふっ、当然だ。神獣ロロが全員を乗せられるほどの大きさになれるのなら別だが」

「ンン――にゃごぉぉ」


 と、肩から離れた黒猫ロロは宙空で巨大な神獣ロロディーヌに変身。

 翼を生やした巨大なドラゴンを思わせる姿に変化した。


「「「オォォ」」」

「「おぉ~」」

「神獣様のネコ科ドラゴンとは、また凄い……」


 ツアンの言葉に頷いた。

 さすがに数千人は無理だが、数百人は乗せられる大きさ。


 ケーゼンベルスは動揺したように髭が少し下がって、


「友よ……我よりも大きくなれたのだな……」

「にゃおお~」

 

 相棒は空を飛びながら鳴いていた。

 その神獣ロロに、


「相棒~今は普通にケーゼンベルスに乗ってバーヴァイ城に行こう」

「にゃ~、ンン――」


 神獣ロロは耳をピクッと反応させると、一瞬で反転、急降下しながら子猫に変身。


 ムササビ機動で飛び掛かってくる。

 可愛い。が、触手が伸びてきた。

 肩の竜頭装甲ハルホンクを意識し、左手の袖に足場を作ってあげた。


「ングゥゥィィ」


 相棒の触手を、左手で掴んだ刹那――。

 黒猫ロロは首下から伸ばした触手を首下へと収斂させる。

 その触手が戻る反動で相棒は俺の左手に跳び移ってきた。

 

 袖の防具を蹴って、肩に飛び乗ってくる。

 

「――よし、ケーゼンベルス、乗るぞ。バーソロンとグラドも乗れ。馬魔獣ベイルも乗るが、大丈夫か?」

「それくらいなら大丈夫だ。強さは弱まるが大きさだけなら――」


 ケーゼンベルスはズンッと一回り大きくなった。

 が、魔力は少し下がり、筋肉のバランスも悪くなった印象を覚える。

 

 そのケーゼンベルスは、風を発生させる勢いで頭部を下げてきた。


 グラドたちに視線を向け『乗れ』とアイコンタクト。


「分かりました、では――」

「ヒヒィーン」


 グラドを乗せたベイルはケーゼンベルスの頭部に乗り込んだ。

 ツアンも「イエッサー」と返事して、軽やかにケーゼンベルスに乗る。


「はい!」


 バーソロンも乗った。

 そのバーソロンは、ケーゼンベルスの前頭部に移動して、デラバイン族たちに、

 

「お前たち、ケーゼンベルスたちの厚意を受け取れ。そして、各自、同盟者の心意気を示すように!」

「「「はい!!」」」


 黒い狼たちに乗り込むデラバイン族の兵士たち。

 そして、


「皆、バーヴァイ城に一時帰還だ――」

「「「ウォォォン!」」」

 

 駆けに駆けた。速度は、【ローグバント山脈】を駆け上った時と比べたら格段に遅く、実際の馬と似た速度で遅い。

 が、まぁ、近いからな。平原を出て、バーヴァイ城に到着――。

 騎兵部隊となったデラバイン族も少し遅い。


 先に破壊された跡から城内に入った。

 その瞬間、


「魔皇獣咆ケーゼンベルスの襲撃かぁぁぁぁ!」


 城内にいたデラバイン族たちは逃げている。


「「「オオオオォォォーーー!」」」

「否、あれをよく見ろ、バーソロン様が生きていたぁぁぁぁ!」

「なんじゃありゃぁぁぁ!」

「あぁぁ、テーバロンテ討伐はやはり成功していたんだぁぁぁ!」

「テーバロンテを倒した黒髪の魔英雄もケーゼンベルスの頭部に乗っているぞぉぉ!」

「「わぁぁぁぁぁぁ!」」

「え? どういうこと?」

「勝ったけど勝った? あれ?」


 と、後続のデラバイン族の騎兵たちもバーヴァイ城に入ってくる。


 一応、皆に手を振った。


「旦那、先に降ります」

「おう」

「グラドの旦那、ここがバーヴァイ城ですぜ、行きましょう」

「あぁ、陛下、お先に失礼を」

「おうよ、直ぐに戦場になるかもしれない。が、セラの塔烈中立都市セナアプアにも戻れるから、あまり遠出はするなよ」

「はい」


 グラドとツアンは先に下りる。

 下の城内にいたデラバイン族の兵士たちは、騎兵となった仲間たちを見て、


「あ、キュレイン! ツィクハル、アチ、リューリュも、ケーゼンベルスの黒い狼に乗っているの?」

「おい、どういうことだよ!」

「……それはねぇ」

「「うん……」」

「「魔皇獣咆ケーゼンベルスが味方になった?」」

「どう考えてもそうだろう!!」

「「「「ウオォォォ!」」」


 バーヴァイ城の中で一気に歓声が連鎖した。

 戦場的な掛け声も連鎖する。

 

 ま、混乱は当然か。

 

 そこで、


「バーソロン、城内に残るデラバイン族の兵士たちを纏め次第、広場に集結させてくれ。逃げず残った魔傭兵もだ。悪神ギュラゼルバンと恐王ノクターの勢力のほうにいたであろう魔傭兵の動きも知りたい。撤退戦を繰り広げているようなら協力したいところだからな」

「はい、では早速――」


 バーソロンはケーゼンベルスの頭部から跳躍して離れた。

 走るバーソロンに向け、


「バーソロン、魔の扉の鏡だが、俺が回収していいんだな」

「はい、ご自由に――」


 と、パッと笑顔を見せて振り返ってから走っていった。

 すると、ヘルメに手を握られて、


「さぁ閣下。神聖ルシヴァル大帝国の魔皇帝の初舞台、凱旋と行きましょう――」


 と、ヘルメが跳躍するから、俺も共に離れた。

 すると下から、


「黒髪の魔英雄だぁぁぁぁ!」

「「「オォォォォ!」」」


 凄まじい歓声で体が浮いたようにも感じた。

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