千二話 列強魔軍地図に『ニャルガクルガ』
頭を下げているグラドと黒馬獣のベイルに向け、
「グラドとベイル、儀式は完了だ。立ってくれ」
「はい」
「ブブウゥ、ヒヒーン」
ベイルはサラブレッドと似た馬だが、脚と尻尾が普通の馬とは異なる。
「ンン、にゃお~」
「おお!」
馬魔獣ベイルの横に黒馬の姿となったロロディーヌが並ぶと、グラドは目を見張って
「……前頭骨、鼻骨、切歯骨、下顎骨、長い耳と毛並みは、若干猫っぽさがありますが、馬のような姿に変身が可能とは、変異獣コヨポンのような生物なのですか?」
「にゃおぉ~」
「変異獣コヨポンが分からない。そのコヨポンは、猫のような生命体なのか?」
「詳しくは魔猫ではなく小動物です。グラド傭兵団にも、その変異獣コヨポンを使役していた団員、炊事担当ジウベルトがいました。小動物から馬魔獣に近い姿へ変化が可能で、荷物運びに利用していた。ただし、どういうわけか、背中に魔族などが騎乗するとスタミナが直ぐに切れてしまうことがネックでしたね。それでも重い荷物を載せることはできたので便利でしたが」
「へぇ。変異獣コヨポン、興味深い。魔界にはそのような魔獣が多いのかな。あ、相棒は神獣で、名はロロディーヌ。愛称はロロ。魔界セブドラでは、今のところ魔皇獣咆ケーゼンベルスという名の魔獣に間違われることが多い」
「その魔皇獣咆ケーゼンベルスは分かりませんが、神獣様と間違われるのなら、立派な魔獣なのですね」
グラドは感心するようにそう語りつつ、
「ンン、にゃお~」
その黒馬のロロディーヌに視線を向ける。
胸元の毛の下の大胸筋と胸筋に腕頭筋は馬かグリフォンに近いかな。
そして、ベイルよりロロディーヌのほうが足は細い。
馬の雄と雌の区別はあまり分からないが……。
何処となく雌っぽさがあるところは
そんな
脚は熱そうに見えるが、
戦神ラマドシュラー様の加護は頼もしい。
その
が、黒馬獣ベイルは「ブルルルゥ」と唇と喉を震わせたような鳴き声を発して、グラドの前に立った。相棒の触手を体で防ぐ。
ベイルは頭部を左右に振り、グラドが黒馬のロロディーヌを見ようとする、その視界の邪魔をしていく。ベイルは嫉妬したようだ。可愛いなベイルは。
「はは、ベイル、分かった分かった――シュウヤ様、神獣ですが、神界勢力と戦った際にグリフォンや馬と似た魔獣を見たことがあります。当時の神界勢力が乗っていた魔獣も神獣なのでしょうか」
嘗ての神界セウロスの勢力たちとの戦いか。
戦神ヴァイスか、龍神、八大龍王辺りの勢力だろうか。
<神水千眼>の中に棲まう大眷属〝武王龍神イゾルデ〟と戦ったことがあるとかだったらいやだな……ま、そんな偶然の一致は早々起きないだろう。
そんなことを思考しつつ、
「正確には分からない。が、槍武神とも呼ばれている戦神イシュルル様が神獣パデルに騎乗しているといった情報は知っている。神獣と契約した戦巫女もいるらしい。だから神獣や聖獣は、セラにも神界セウロスにも、多く棲息しているかもしれない」
『器よ。神獣、聖獣、聖花、花妖精、亀妖精、他にも昔の神界には色々といたぞ』
『へぇ』
『はい、【大光神ノ御園】には光聖獣オリハルコン、光獅子獣ヨハネスなど複数、【藤ノ一法具院】~【藤ノ三法具院】には聖藤大蛙バフマディ、雷衝大象ボヨール、神桃尻ペリカンなど多数棲息していました』
『【風神ノ蝉丘】には、大蝉ペジアン、小烏シアルなどもいました』
<神剣・三叉法具サラテン>の三人が教えてくれた。
沙・羅・貂は、神界セウロス出身なんだよな。
『また今度教えてくれ』
『『『はい』』』
「そうですか、勉強になります」
「おう。俺もだ。では、ロロの基本は説明しておこう――」
「にゃお~」
と、黒馬の姿から黒猫の姿に戻った相棒は走りながら足下に戻ってきた。
「今のように黒猫が基本。体の大きさは自由自在。黒馬系統から黒豹、黒虎、黒獅子、黒ペガサス、黒グリフォン、巨大な黒い竜っぽい姿などにも変身が可能。先ほどの黒馬の頭部だが、本当の黒馬のような姿に寄せることもできる」
「馬以外にも変身が可能とは、凄い!」
「ンン、にゃ、にゃお~」
ドヤ顔
「おう。相棒のロロは紅蓮の炎を吐いて、俺たちを守ってくれる。全身の好きな部分から無数の触手を出すことも可能。触手から――今のように骨剣が飛び出る。結構凄い武器で、魔界王子テーバロンテの斧槍のような伸縮自在の鎌腕を貫いていた」
「おお!? そういえば、先ほどから魔界王子テーバロンテを討伐と……」
「はい、討伐です!」
「グラド殿も、空の現象は見たことがあると思いますが」
少し呆気にとられていたグラドはバーソロンの言葉に徐に頷いた。
空を見上げ、「魔神殺しの蒼き連柱……」と呟く。
その間に、
「ンン――」
自慢気に左足を少し前に出した体勢を屈めた狩りのスタイルとなると、大山猫のような姿に変身。
首下から触手を前方に伸ばす。
その伸びた触手の先端から白銀色の先が尖る骨剣を伸ばした。
いつもの骨剣だ。
遊びたい雰囲気と分かる。
猫じゃらし風に遊んであげようか。
「ンンン――」
興奮した
「ガルルルゥ――」
楽しそうな『ナルガクルガ』もとい、『ニャルガクルガ』となる。
「おぉ」
「ふふ」
「ロロちゃん様、凄い機動! 跳躍して硬貨と紐をもう捕まえました! あ、青白い炎の紐が切れ切れに、後ろ脚の蹴りの連打が凄まじい……」
イモリザが解説したように……。
フキナガシフウチョウの飾り羽根的な玄智宝珠札と棒手裏剣はもうボロボロだ。
猫がよく遊ぶ、海老人形や魚の人形を思い出す。
トイレットペーパーが無茶苦茶になるパターンもあった。
そんな
「……ロロと似たような姿の魔皇獣咆ケーゼンベルスが、今も爆発が時々起きている【ケーゼンベルスの魔樹海】にいるようだ」
「そうなのですね。ここは魔界セブドラの……魔界王子テーバロンテが支配する領域だとは分かりますが……」
「バーヴァイ城があそこだ」
「魔界王子テーバロンテは聞いたことがあります……城は知りません。バーヴァイ族にバーヴァイ平原やマセグド大平原は聞いたことがあります」
グラドが知るのはファイサド家の地域と、魔王レムリア・アッサルトの地域。
ここから少し遠い場所のようだ。
そして、バーヴァイ平原を知っていて城を知らないのなら、城ができる前の魔界セブドラの時代だということか。
とりあえず、グラドとバーソロンに、
「二人とも、〝列強魔軍地図〟を出すから、その地図に魔力と思念を込めて触れてくれ。君たちの知る地形と地名が、その〝列強魔軍地図〟に刻まれることになる」
ハルホンクの防護服の胸元から〝列強魔軍地図〟を取り出した。
「「ハッ」」
二人が〝列強魔軍地図〟に触れながら〝列強魔軍地図〟に魔力と思念を送ると、一瞬で、
【バーヴァイ城】
【バーヴァイ平原】
【古バーヴァイ族の集落跡】
【ケーゼンベルスの魔樹海】
【ローグバント山脈】
【源左サシィの槍斧ヶ丘】
【ベルトアン荒涼地帯】
【百足大迷宮】
【ゲーメルの大霧地帯】
【黒魔族の京洛】
【メイジナの大街】
【メイジナ大街道】
【メイジナ大平原】
【メイジナ海】
【シャントルの霧音唖】
【レムラー峡谷】
【デアンホザーの地】
【デアンホザーの百足宮殿】
【テーバロンテの王婆旧宮】
【レン・サキナガの峰閣砦】
【蜘蛛魔族ベサンの魔塔】
【ベサンの大集落】
【サネハダ街道街】
【廃城デラバイン】
【デラバインの廃墟】
【マセグド大平原】
【マセグド城】
【モース砦】
【トンガバー城】
【トンガバー沼地】
【ロクザルルの湖】
【ロクザルル城】
【ロクザルル街道】
【レンコデの街】
【バードイン城】
【バードイン霊湖】
【バードイン寺院跡】
【バードイン迷宮】
【恐煉の大地】
【魔竜婆ペベアル瞑道】
【ペントリアム砦】
【恐王ノクターの贄場】
【ノクターの大血湖】
【不窟獅子の恐魔塔】
【恐王ノクターの洞穴祭壇】
【ファダイクの恐楽贄場】
【破壊ノ大古墳跡】
【悪漠ノ地平線】
【無限魔峰】
【デェインの隠陽大鉱山】
【魔賢ホメイス大滝】
【右拳緑命岩】
【魔皇ペジトの大古墳迷宮】
【魔皇ヒュベルの異界道】
【ヴォークライの墓場】
【レムリア平原】
【魔王バドメイアの廃城】
【古城レムリア】
【ケイン街道】
【サビルの森】
【エジムンド街道】
【ペントモリアの異原森山道】
【ルアンの里】
【魔龍皇大顎塚】
【破壊神サージメント・バイルスの上円下方墳】
【シーフォ・オパル・イズ・パズスの古城】
【極魔破壊魔山グラドパルス】
【キスバル大平原】
【無窮のグラナダ】
【怪夜ノ霧】
【怪魔ノ崖】
【ベアマンドの幻瞑暗黒魔塔】
などが一気に刻まれた。
「これは素晴らしい。周辺の地図に地形の凹凸まで正確に描かれました」
「私の知る地方は【古城レムリア】辺りか……【エジムンド街道】……」
「【シーフォ・オパル・イズ・パズスの古城】は魔皇シーフォの古城かな?」
「はい、そのはずです」
現在地が、【バーヴァイ城】と【ケーゼンベルスの魔樹海】の間。
【シーフォ・オパル・イズ・パズスの古城】は【ケーゼンベルスの魔樹海】よりも西側か。遠いが、魔皇シーフォの手掛かりはゲットできた。
すると、イモリザが、
「光魔騎士グラド、わたしも光魔ルシヴァルの眷属、<光邪ノ使徒>イモリザといいます。よろしく。お馬ちゃんベイルもよろしく~♪」
「あ、はい。先ほどは見事な歌声でした」
「ブブゥバァゥ~ヒヒーン」
「ふふ、グラドにベイルもありがと♪ 後、わたしの中には、<光邪ノ使徒>のピュリンとツアンも同居しているのです。わたしはスキルの<使徒三位一体・第一の怪・解放>を持ちます」
「三位一体、イモリザ殿の中にピュリンとツアンという方が?」
「はい――」
イモリザは
コンマ数秒の変身時間か。
成長を感じる変身時間の速さだった。
「旦那、お久しぶりです。新しい魔界騎士グラドの旦那とベイルという頭がいい黒馬も、よろしく。俺の名はツアン――」
と、手を差し出すツアン。
グラドは直ぐに会釈し、
「はい、驚きましたが……ツアン殿、よろしく――」
「おう」
と握手。
ツアンは出っ歯があるが端整な顔立ちの中年だ。
グラドもエルフのように端整な顔立ちだから、映える。
握手をした両者は手を離した。
ツアンは、俺の隣に戻りながら、
「――グラド殿の手を握っただけだが、かなりの強さと分かる。旦那と槍の勝負が可能なようだ。そして、旦那、俺のことをもう少し説明したいが、いいかい?」
俺に許可を求めてきた。
ツアンは一瞬、周囲に視線を巡らせている。
時間的な余裕はあるのかと聞いているのだろう。
頷きつつ、
「おう。そこの森が騒がしいぐらいで、まだ外の勢力の侵攻は遅れているようだからな」
とバーソロンに視線を向けた。
バーソロンは会釈し、
「報告が遅れましたが、ウルゴロシとベマトリアは崩落した城壁を吹き飛ばすように復活を果たしましたが、魔界王子テーバロンテが倒れた影響で、体から大量のオプシディアン・魔虫が溢れ出て盛大に爆発死を遂げました。ウルゴロシとベマトリアはオプシディアン・魔虫と体が融合していたようです。バビロアの蠱物とは異なる呪いにかなり侵されていたようですね。……そして、親衛隊長のメヌーアも同じように侵されていたと思います」
バーソロンはメヌーアとは少々付き合いがあったようだな。
顔色が少し暗い。
「……魔虫と魔族の融合、改造人間、ショッカー怪人的な魔改造か……了解した」
バーソロンは顔の炎のマークを少し煌めかせると、
「外の状況ですが、魔界王子テーバロンテが倒れたことで混乱は必至かと。テーバロンテの眷属の百足魔族デアンホザーは血気のまま暴れ回る。蜘蛛魔族ベサンの軍も、三千人長以上の者にはバビロアの蠱物を埋め込まれている者もいたはず。その者は爆死したことでしょう。百足や魔虫を活かした呪いの影響を多大に受けていた蜘蛛魔族ベサンたちも、暴れている百足魔族デアンホザーに続くでしょう。更に、此方側についたバーヴァイ城にもいる魔傭兵集団は、魔素、金、贄など自分たちの得にならない戦場は直ぐにでも離脱を試みる。侵攻してくる悪神ギュラゼルバンと恐王ノクターの勢力側と交渉している余裕もないはずなので、魔傭兵たちも撤退戦となると予想されます。その魔傭兵とテーバロンテの残党狩りで、各地域から侵攻してくる悪神ギュラゼルバンと恐王ノクターの進軍は遅くなると予想されます。軍も分散しますし、ゲリラ戦となれば、魔傭兵の中には勝利を重ねて、一波乱を起こす者が現れる可能性もあります。また、このバーヴァイの空の閃光は、魔神殺しの現象です。それも神界側が魔神を屠った際に起きる現象……ですから、悪神ギュラゼルバンや恐王ノクターの勢力も、バーヴァイ城に近い領域への進出には、二の足を踏む可能性もある。また、恐王ノクターと悪神ギュラゼルバンが直にやってくる可能性のほうが高いと推測できます」
と教えてくれた。
バーソロンに、ラ・ケラーダの挨拶を送る。
「バーソロン、色々と情報をありがとう」
バーソロンは頬を朱に染めて、
「……はい!!」
と返事をしてくれた。可愛い。
そのバーソロンからツアンたちに視線を移し、
「ツアン、時間はまだ大丈夫なようだ」
「了解しました」
ツアンはバーソロンにも会釈し、
「光魔騎士バーソロンの姐さん、俺の名はツアン。よろしくお願いします。先ほど、イモリザが言っていたように、普段はイモリザの中にいるんです。以後お見知りおきを」
と、丁寧にお辞儀をしていた。
バーソロンも胸元に手を当て、軍隊式の挨拶を行う。
ヘルメも同じくポーズを取る。
相棒と魔界沸騎士長たちは互いに気合いを入れるような発声を繰り返していたが、無視。
「こちらこそ宜しく頼む。ツアン殿のことは、親衛隊の百足高魔族ハイ・デアンホザーを狙撃していたピュリン殿から少し聞いています」
「あ、そのようで、先ほどは見事な戦いでした。炎の紐の攻撃は俺の<血甲光斬糸>に近い能力にも見えました」
「ツアン、前は<甲光糸>だったが、成長したのか」
「はい」
「あ、邪魔をした、自己紹介を続けてくれ」
「はい、では、グラドの旦那とバーソロンの姐さん……」
<光邪ノ使徒>たちは、やはり相当にポテンシャルが高い。
三人の精神が融合って相当だろう……。
それでいて、右腕の肘で第三の腕としての運用が可能なんだからな。
ツアンは、
「出身はセラの北マハハイム地方、宗教国家ヘスリファートという名の国が支配する外魔都市リンダバームという都市だ。若い頃、教皇庁三課外苑局に所属していた教会騎士だったが、仕事でミスって離脱。南のゴルディクス大砂漠を経由して迷宮都市ペルネーテに渡ったんだ。そこで、使者様、旦那のシュウヤ様と出会ったのさ。俺がイモリザとピュリンと合体した理由は、あまり語りたくないから、簡単な自己紹介はここまで」
「分かりました、ツアン殿」
「はい、セラの地名は分からないことだらけですが、覚えておきます」
ツアンは頷いた。
そのツアンは、
「しかし、
「まぁ、そうだよな。ツアンと言えば、外魔都市の秘密の外魔都市リンダバームの地下の魔穴に関する呪文書のこともあるか。俺も、まさか、この目で
「はい」
「まぁ、お陰で、この壊槍グラドパルスを入手できた。外魔都市の地下に関することも、この壊槍グラドパルスがあれば……」
「あ……旦那……俺のことをちゃんと……」
ツアンは泣きそうになる。
参ったな。〝列強魔軍地図〟をハルホンクに取り込ませてから――。
急ぎ魔煙草をアイテムボックスから取り出した。
健康にいい魔煙草を一つ咥えて、ツアンにも一つ差し出した。
「旦那……」
「いいから吸っておけ」
「……はい」
気を利かした額にAを刻んだままのアドゥムブラリが<ザイムの闇炎>の小さい闇炎を吐いて、咥えていた魔煙草の先っぽに火を付けてくれた。
ツアンの魔煙草にも火を付ける。
「あ、私にも?」
「陛下……から嗜好品を……」
グラドとバーソロンにも強引に魔煙草を手渡し、皆で暫しの一服タイムとなった。
バーソロンは顔を真っ赤に染めて、唇が微かに震えながら魔煙草を吸っていた。
「バーソロン、魔煙草はダメなら……」
「い、いえ! た、たいへんにありがたい想いです!!」
苦手ではないのならよかった。忠誠心が高すぎる故か。
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