九百八十八話 魔人ハルベタと百足魔族の戦いと地下祭壇
櫓の階段を相棒と一緒に下る。
階段の天井までは十メートル前後か、横幅はもっと狭い。
踊り場を左に曲がって階段を下りていくと血の臭いが鼻をついた。
足下の階段と壁には血が付着している。
血濡れた剣と斧も壁に突き刺さっており、刃から血が滴り落ちていた。剣などの傷跡も多い。
漆黒色のローブを着た死体も転がっていた。
その死体を退けながら、血を吸収しつつ横幅が狭い階段を下りていく。
一階の踊り場にも多数の漆黒のローブを着た死体が転がっていた。
その一階の死体を踏みつけるように着地。
同時に体の内と外の<闘気玄装>を強めつつ、足下から<凍迅>を発動させた――足下の死体は、細氷のような凍える魔力を浴びて装備類ごと凍り付いた。
すると、俺の体重で一気に凍り付いた死体は粉砕されて散った。
凍り付いた装備類も衝撃を受けたように吹き飛んで通路内を転がって硬質な音が響く。
死体が一階の踊り場から無くなった。
「ンン」
背後の階段から跳躍して足下に着地した
黒猫の姿へ体を縮小させる。
<鎖>で拘束中の魔杖バーソロンを首下から出していた触手で叩いていたが、その触手を引っ込めて、ノーマルの黒猫の顔で見上げてきて、
「ン、にゃ、にゃお」
と語りかけてくる。
「相棒、地下にも【魔の扉】の連中が控えているようだ」
「にゃ~」
「魔素を把握する範囲が広い……探知系統も、相当な練度だな」
「魔杖バーソロン、俺を分析しているようだな」
「当然である……」
「ンン」
臭い付け作業だろう。
時折、歯を見せて角を噛む。
が、頭部を前後させてウィスカーパッドのひげ袋と頬を角で擦る回数のほうが多い。
白髭が落ちそうな勢いだ。
そんな
ひげ袋のウィスカーパッドと頬と首下を撫でつつ、前足の肉球をモミモミしたくなった。
が、我慢しよう。
地下祭壇行きの階段がある一階の通路の左側には十字路がある。右側にはT字のような通路があった。
螺旋状の階段の角で、一心不乱にひげ袋と頬を擦っている
喚き声が響いてきた左側の十字路を見る――。
正面の先には、庭の広場と明かりが見え隠れ、同時に【白鯨の血長耳】の兵士たちが駆けていく様子が見えた。
俺たちがバルミュグと戦った広場はもう大丈夫だろう。
レベッカの姿は見えない。
廊下を歩くと俺の足音が響く。
ここが洞窟のような壁の内部で響きやすくなっているのもあると思うが……。
床は花崗岩のような岩ではなく鋼鉄のような素材が使われているのだろうか。
アーゼンのブーツの靴底も結構硬いからな。
振り返り戻った。
そのまま「ンン」と鳴きつつ、角でひげ袋と頬を擦っている
魔素で左と右の廊下の先には敵はいないと分かるが、一応――肩を壁際に当て、左の廊下を覗く。
廊下には死体が多い。
ランプが転がり、そのランプの火で燃えている死体がぶすぶすと音を立てている。背後の廊下にも死体は転がっていた。
【白鯨の血長耳】の若い兵士の死体もあった。南無――と、地下祭壇行きの螺旋状の階段があるところまで戻る。
「ロロ、縄張りは大丈夫か?」
「ンン、にゃ」
つぶらな瞳ちゃんと、少しピンク色がある小鼻ちゃんはふがふがと動いて、元気もりもりだ。
その
『いっちに、いっちに、いっちにのさんっ』
と声が聞こえてきそうなダンスにも見える。
可愛いが、オシッコを角にかけそうな印象だ。
黒豹の時のように、オシッコをブシャッとかけるわけではないと思うが、縄張りを宣言するようなフェロモンの臭い付けだろう。
あ、ここで、<
そう考えると、
俺も地下祭壇行きの螺旋状の階段に足を踏み入れた。
数段下りると、複数の魔素を下から感じた。
大小様々――。
比較的近い位置にいる魔素の形からして、虫だと分かる。
「相棒、相手は虫だ」
「にゃご」
<無影歩>は……。
<鎖>で拘束している魔杖バーソロンがいるから止めとこう。
魔界セブドラ側にいる魔界王子テーバロンテとバーソロンに、俺の情報をかなり与えているが……。
気配殺しの情報は与えるつもりはない。
<
が、<血魔力>のスキルはもう使っているし、魔界セブドラにも
そう考えながら、螺旋状の階段を相棒と共に下りていく。
相棒の尻尾が時折、俺の足に絡む。
すると、虫の形をした魔素は俺たちに反応したのか、階段か壁を這うように移動しながら上がってきたと察知した。
――右手で古の義遊暗行師ミルヴァの短剣を抜く。
左手で魔竜王バルドークの短剣を抜く。
敵に俺の居場所を宣言するのと同じだが……<
濃厚な光魔ルシヴァルの血が周囲に拡がった。
頭胴長七十センチメートル、尾長三十センチメートルぐらいはあるかな。
大山猫と体に斑点がないオセロットを合わせたような動物の姿に変身した。
その神獣ロロディーヌと一緒に螺旋状の階段を下りていく。
「ロロ、分かっていると思うが虫共がくる」
神獣ロロディーヌは俺を見て、
「にゃご」
と鳴いた。瞳孔を散大させているロロディーヌは少し興奮しているのか、ひげ袋が少し膨れていた。
白髭ちゃんが可愛いが、口を開けたら『くちゃ~』といったフレーメン反応なんだが、と笑顔になった。
階段を下りる度に視界が暗くなり、寒くなるし、得体の知れないモノがいると思うと怖さが増してくるが、相棒が傍にいるだけで、自然とリラックスできる。
<夜目>を使い下りていると――。
虫が――。
百足にエイリアンの胎児かよ――。
「にゃご――」
百足とエイリアンの胎児を相棒の炎がとらえた。
ボアッと爆発。
壁が一気にギラついたように映るが、壁には蟲だらけだぁぁ――。
「にゃごぁぁぁ――」
《
壁面に貼り付きながら蠢いていた無数の蟲、虫は吹き飛ぶように炭化。
一気に紅蓮の炎は宙を伝うように蟲、虫を燃やし尽くしていく。
「ナイスだ相棒。まさに汚物は消毒だな」
「ンン、にゃお~」
と調子をよくした
「あ、俺が先に行くから――」
<闘気玄装>と<黒呪強瞑>を強めて一気に下りていく。
と、
相手は、魔素を察知させないでいた漆黒色のローブを着た強者――。
短剣とレイピアを持った魔人か?
細長い左右の腕が持つ短剣とレイピアで、触手骨剣の連撃を防ぎながら後退した。
後退しているように、螺旋状の階段は終了だ。
「ロロ、そいつは俺が対処する――」
左手の魔竜王バルドークの短剣を胸ベルトに戻し、神槍ガンジスを召喚。
古の義遊暗行師ミルヴァの短剣はそのまま。
「にゃご!」
相棒は魔雅大剣を盾にし、飛来していた短剣を防ぎながら斜め上へと跳躍し、壁を蹴って三角跳びを行い――上の階段に移動していた。口から少しだけ炎を吐いている。
「――ハハハ、あいつは魔人ハルベタだ。【魔の扉】がバルミュグだけでないことを知るがいい――ぐあァァ」
魔杖バーソロンを拘束している<鎖>を壁に向かわせ、魔杖バーソロンの一部を壁に擦り当てながら跳躍するように螺旋状の階段を下る――。
床は泥濘みか――
と、早速、短剣とレイピア持ちが俺に向け――。
シュッと音を立てながらレイピアを突き出してくる。
その先端が鋭いレイピアの切っ先を古の義遊暗行師ミルヴァの短剣で受けた。
同時に、再び<水神の呼び声>を意識し、実行しつつ、神槍ガンジスの<水穿>で反撃を繰り出す――。
漆黒色のローブを着た魔人ハルベタは、自身の胸を突き刺そうとする神槍ガンジスの<水穿>に反応。
短剣を掲げて方天画戟と似た双月矛の<水穿>を防いだ。直ぐに後退。
追わず神槍ガンジスを引き、古の義遊暗行師ミルヴァの短剣を胸ベルトに戻し――雷式ラ・ドオラを召喚してから前進――。
魔人ハルベタへ――速やかな左足の踏み込みから雷式ラ・ドオラで<牙衝>を繰り出した。
漆黒色のローブを着た魔人ハルベタはレイピアを斜め下に突き出す。
雷式ラ・ドオラの杭刃の<牙衝>は、魔人の足の前に出たレイピアの刃と衝突し防がれた。
細いレイピアの剣身だが頑丈だ。構わず神槍ガンジスで<水穿>を繰り出す。
魔人ハルベタは、レイピアと短剣で胸元に迫る<水穿>を防いだ。
双眸が赤く煌めき反撃を試みようとしたようだったが、水飛沫の衝撃波を受けると、
「チッ――」
舌打ちを行いながら、また退いた。
その退いた魔人ハルベタを前傾姿勢で追った。
が、足下が煌めく、罠か――浅い水面を裂くように無数の魔法の剣刃が上がってきた。
直ぐに<仙魔・
爪先で下から迫る剣刃の切っ先を蹴って前方へ跳躍を行う。
<仙魔・
<仙魔・桂馬歩法>を実行――。
魔法の剣刃は、宙空にいる俺目掛け次から次へと上昇してくるが、その魔法の剣刃の切っ先を再びアーゼンのブーツの靴底で捉え蹴りながら前方へと軽やかに跳ぶ。
シャッシャッと持ち上がる魔法の剣刃を足場に利用して楽々と罠を跳び越えた。
「――な! <魔獄千刃陣>に触れながら跳ぶだと!?」
と魔人ハルベタは驚愕顔を浮かべながら言い放つ。
その魔人ハルベタとの間合いを宙空から詰めた。
その魔人ハルベタの頭部に向け――。
神槍ガンジスで<星槍・無天双極>を繰り出した。
<刺突>に近い神槍ガンジスの方天画戟と似た穂先は魔人ハルベタの短剣で防がれた。
が、神槍ガンジスの真上に出現した銀色に輝く十文字槍は十字架の閃光を発して直進。
螺旋回転した十文字槍は前方の空間ごと魔人ハルベタの上半身を穿つ。
閃光を柄に集約させた十文字槍は<星槍・無天双極>の威力を示すように魔人ハルベタの背後の岩壁を貫き溶かしながら直進――。
更に、輝いている十文字槍から巨大な花が咲いたような魔力の花弁が上下左右に拡がって岩の通路を削りまくる。
十文字槍の柄を中心とした巨大な花曼荼羅のような魔力を発してから、十文字槍は岩壁に突き刺さり止まる。と、爆発して十文字槍は消える。
刹那、岩洞窟の右側が吹き飛んだ。
その先に拡がっていた広い洞窟空間が露出。
すると同時に蟲、虫の切り裂かれた死骸も吹き飛んでいく。
<星槍・無天双極>で切り裂かれていたようだ。
「魔人ハルベタが……」
魔杖バーソロンは無視して、広い空間に出た。
「ンン」
背後から
広い洞窟は水の気配が濃厚となった。
更に左の崖の先に明かりが点々と見える。
柱と柱の間の奥に歪な灯台のような岩柱を発見。
その岩柱の背後には、段差のある岩で形成された地下祭壇が見えた。
石畳には、百足とエイリアンが融合している兵士たちがいた。
人族っぽい体の部位に背には硬そうな甲皮がある。
腹の多脚は、まさに百足。が、多脚の上部付近は大きな鎌のような腕か、大きな斧槍にも見える。
ま、鎌腕を有したエイリアン兵士か。
素直に蟷螂百足モンスターと呼ぶべきだろうか。
そのエイリアン兵士がいる壇の最上段には、丸い天体のような魔道具? が二重に重なった不可思議なモノがあった。
周囲には蟲、虫が飛んでいる。
魔界セブドラと通じた傷場?
新月に近い月の重なり合いにも見える。
蟲と虫が形成しているゲートか?
その壇上は強大な魔素を有した魔力の膜で覆われている。
『盟主、血長耳の総長と連動して強者を仕留めたさ、わたしも地下に移動するよ』
『了解、俺は螺旋状の階段を下りて、そこにいた強者を仕留めて、もう着いた。地下の位置は高台かな。地下祭壇が左側から見下ろせる位置。で、地下祭壇の中央にはエイリアン兵が無数にいる。そんな祭壇の最上段にはゲートのようにも見える丸い何かが存在している』
『了解、螺旋階段が見えた、急ぐよ――』
クレインの血文字を消すように前進。
相棒の近くに寄って左側の崖から下を覗いた。
崖には水が流れていて小さな滝となっていた。
真下は泉ではなく、前に出っ張った幅広の岩場だった。
そこには鎌を持った百足と魔族が融合したような怪物がいた。
その怪物は、俺と相棒の姿を把握しているのか、見上げるような素振りを取った。
頭部は百足の幅を持っているが双眸の位置に人族のような眼球を有している。
髪と髭は触手なのか蠢いていた。
「相棒、あの百足魔族は俺がやる。空きスペース的に足場は限られているから、無理に攻撃は加えないでいいからな」
「ンン」
相棒の喉声の了承を聞きながら、一旦両手の武器を消し、右手に魔槍杖バルドークを召喚し直す。
左手に神槍ガンジスを召喚し直した直後、飛び下りた。
周囲の水飛沫を感じながら――。
着地――背後に滝を有した洞窟があると分かる。
洞窟の先は、俺たちが上で制圧中の魔塔と繋がっているんだろう。
そして、出っ張りの長い岩の先にいた百足魔族が、
「フシャァァ――」
と叫びながら突進してきた。
百足魔族は突きスキルを発動したのか鎌のような斧槍の腕を突き出してくる。
紅斧刃で、百足魔族の頭部を隠すように魔槍杖バルドークを掲げて前進し、鎌のような斧槍の腕を受けた。
直ぐに左手が握る神槍ガンジスで<光穿>を放つ。
<光穿>は鎌腕の一つに防がれた。続けて、魔槍杖バルドークで<豪閃>を繰り出す。
爪先半回転機動の<豪閃>の紅斧刃で、二つの鎌腕を斬り落としながら右側に出て、百足魔族が繰り出した斧槍の鎌腕を避ける――。
百足魔族は退いた。
その退いた百足魔族に向け<鎖>を右手首から射出――。
百足魔族は鎌腕で<鎖>を弾こうとするが間に合わない。
ティアドロップの<鎖>の先端が百足魔族の体の上部に突き刺さる。
直ぐに<鎖>を収斂させ、百足魔族との間合いを詰めながら神槍ガンジスから始まる<水雅・魔連穿>を繰り出した。
左手の神槍ガンジスと右手の魔槍杖バルドークを交互に突き出す。
連続<刺突>と呼ぶべき<水雅・魔連穿>で百足魔族の鎌腕を貫きまくり、胴体に傷を付けていく。
蹌踉けた百足魔族だったが――。
体から魔力を噴出させると、
「――ウギュァァ!」
と叫びながら背中から鎌腕を生やした。
と、左右からその鎌腕の刃を寄越してきた。
その左右一閃の攻撃を<黒呪強瞑>を強めて加速、斜め前に前転を行いながら避けた。
刹那、横下から――<双豪閃>――。
百足魔族の縦長な腹と多脚のような鎌腕を斜めに切断。
が、百足魔族は体と鎌腕を斬られながらも、
「ウゴァ――」
と叫んで体から真新しい鎌腕を生やしながら鎌腕を振り下ろし、振り上げてきた。
その鎌腕の一閃乱舞を神槍ガンジスと魔槍杖バルドークの柄で受け、防御していくが――鎌腕の一閃乱舞の威力は殺せない――。
右後方に吹き飛ぶが、背後に相棒を感じた。
即座に両足を揃えて、
「ンン――」
相棒の声に合わせるように、相棒が押し出していた大きい触手に両足を付けて、その肉球を蹴って真っ直ぐ百足魔族のいる方向に反転し、百足魔族に近付いた。
即座に<霊仙八式槍舞>を繰り出した。
突き出した神槍ガンジスの穂先で百足魔族の数本の鎌腕を貫くと同時にその鎌腕を蹴り、上昇しつつ振り抜いた魔槍杖バルドークの紅斧刃で百足魔族の体と鎌腕を斬り上げた。
上昇気流に乗るような勢いで斜め上へと回転した神槍ガンジスの穂先が百足魔族の触手を生やした頭部と多脚を吹き飛ばすように斬り上げ、更に、打ちおろし気味の魔槍杖バルドークの螻蛄首が百足魔族の頭部の下顎のようなモノを含めた頭蓋骨を粉砕――。
百足魔族の上半分がバラバラとなって崖下に落下していくのを見ながら、崖に着地。
「……魔人ハルベタといい、テーバロンテ様の守護兵長の百足魔族デアンホザーをもあっさり屠るとは……槍使い、お前は強い……その槍武術は壮大な歴史を感じる、まさに風韻の如し……」
「ほめ言葉は素直に受け取ろう」
すると、崖の斜め下に存在している地下祭壇から不気味な蟲の声が響いてきた。
シャッシャッと音も遅れて響く。
斧槍を持つようなエイリアン兵士たちが俺を凝視していると分かる。
相棒の気配を足下に感じた。
「にゃ」
「バーソロン、あの地下祭壇の蟲の兵士は魔界王子テーバロンテの直属の魔界兵士か何かか?」
「……そうだ……」
「にゃごぉぉ」
崖に立つ相棒は口から炎を吐きながら、崖下にいるエイリアンたちを見ていた。
「で、地下祭壇の最上段にある丸い天体、丸いゲートのようなモノはなんだ?」
「……あれは、我と魔界王子テーバロンテ様が持つバーヴァイとバードインの鏡と通じている魔の扉だ……」
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