九百七十八話 フクロラウドの魔塔から脱出


 レザライサはフクロラウドたちに会釈してから踵を返し、大舞台の端に完成したばかりの関係者用の通用口に向かった。


 ファスとクリドススも、


「では皆様方――」


 と皆に会釈してから身を翻し、レザライサの後を追った。

 すると、フクロラウドが俺に向け、


「シュウヤさん、法魔ルピナスに関する質問はありますか?」

「あります。俺の魔力が法魔ルピナスの餌になることは理解できましたが、他にも何か食べますか?」


 俺がそう聞くと法魔ルピナスは、


「パキュ~」


 と鳴いて宙返りを行っていた。エイだと思ったが、肉付き感はやはりマンタか。

 フクロラウドは気にせず、


「珪素樹脂、珪素鋼、マラカイト、二酸化珪素、有機化合物など、雑食です。成長と共に食性が変化するかは不明。シュウヤさんと契約したことで<吸血>を獲得し、動物モンスター問わず血を欲するようになるかもです。<血魔力>の……」


 そう言いかけたフクロラウドは、右腕から<血魔力>をわざと放出させた。

 俺の<血魔力>で法魔ルピナスが変化したことを察知していた?


 すると、北側の観客席側で爆発音。

 同時に一人の男が大舞台に乱入してきた。


 その男が、

 

「――罠に嵌めたなフクロラウド! お前も【天凛の月】と【白鯨の血長耳】ごと沈めやぁぁぁ!」


 炎の魔槍のようなモノを周囲に生み出して突っ込んできた。

 フクロラウドの部下数人が既に立ち上がっていて武器を差し向ける。

 

 フクロラウドは、


「皆さん、わたしが対処しますので手出し無用――」


 そう発言しつつ、右手から放出させていた<血魔力>を無数の血の杭に変化させた。

 フクロラウドの指示に従う部下たちは得物を消して、頭を下げている。


 フクロラウドは、濃密な魔力が内包された血の杭を、炎の魔槍を周囲に浮かばせている男へと飛翔させた。男は、三つの炎の魔槍を上下左右に動かし、血の杭のすべてを一瞬で両断せしめた。

 三つの炎の魔槍を<導魔術>で操作する男は、かなりの魔槍使い。


 その魔槍使いは、<導魔術>で操作する魔槍の一つを実際の手で握る。

 と、此方側を睨みながら構え直す。


 二つの魔槍の穂先は俺たちに向いた。


「――ここでお前たちを潰せば、我らが頂点に立つ……」

「<導魔術>で操作する魔槍の技術は……【天衣の御劔】の導魔術使いのマクナ・アジメンさんでしょうか……見事です。が、ここまでです――<千年姉妹の血臓宮殿サウザンドシスターブラッドビセラパレス>」


 フクロラウドは<始まりの夕闇ビギニング・ダスク>のようなスキルを発動。

 マクナ・アジメンの足下の床が消える。

 否、大舞台の一部の床自体が血の図書館のような建物の内部に変化を遂げていた。


 昇降台もない。が、俺たちがいる食事が並ぶ大舞台にはなにも起きていない。


「え?」


 驚いたマクナ・アジメンは、その地下か不明な、異空間の建物の中に落下。

 落下していく間、異空間の周囲の血が、ストロボの如く点滅していく。

 

 時間が止まったような感覚となった。


 マクナ・アジメンはトリックアート的な心象世界に取り込まれた?


 血の異世界的な館の中に落下したマクナ・アジメンは階段の手摺り付近で本を読んでいた司書らしき美しい吸血鬼ヴァンパイアに捕まる。


 と、その美しい吸血鬼ヴァンパイアの体が裂けて、前後に分かれた。

 あれが姉妹か? 二人の吸血鬼ヴァンパイアから出た千手観音を思わせる無数の手に掴まれたマクナ・アジメンは抵抗もなく体に噛み付かれる。


 怖い。


 更にどこからともなく大量の血と血の書物のようなものが出現し、その血の渦に飲まれるように、干からびていくマクナ・アジメンと二人の吸血鬼ヴァンパイアは消えた。


 エコーが掛かった魔声が響く。鳥肌が立った。


 ほぼ同時に大舞台の真上に対照的な光り輝く建物が出現し、その建物も消える。

 大舞台は元に戻った。


 <始まりの夕闇ビギニング・ダスク>系か?

 

 魔界四九三書の〝血妙魔・十二指血始祖剛臓エピズマ・オリジナルズ〟のスキルの一つだろうか。

 

「……お見事です、フクロラウド様。しかし、上闘役だけでは警備は手ぬるいかと」

「そうですね、わたしもまだまだ甘い。ヤビロスガンデ、出なさい」

「はい、では――」


 魔界騎士風の男が立ち上がる。

 そのヤビロスガンデは、ラジヴァンや魔族風の男に美人魔法使いと会話してから飛翔。大舞台の宙空で胡坐をかく。


 おどろおどろしい魔力が包む魔槍を宙空に浮かせて巡らせていく。

 警戒を始めたヤビロスガンデは、標的を見つけたのか、胡坐姿勢のまま転移――。

 

 長柄の魔槍を手にしながら転移した先は、一階の大舞台に近い客席。

 そこにいたのは射手と魔剣師。射手は魔矢を此方側に放つ。

 飛来してきた魔矢は、他の部下が放った光線のような魔法を喰らい消滅。

 ヤビロスガンデは、その魔矢を放った射手の首に青龍偃月刀を思わせる魔槍の穂先を吸い込ませていた。あっさりと首を刎ねる。と、振り向くように魔槍を振るい隣にいた魔剣師を肩口から豪快に斬り伏せた。

 二人を倒したヤビロスガンデは、その射手と魔剣師の荷物を調べ始めた。

 

 二人の装備と血濡れたアイテムボックスを回収すると胡坐姿勢に戻る。

 

 そのままスローモーション的な動きで俺たちの上空に転移して、


「フクロラウド様と皆様、前方の通用口の周囲が激戦となり、一部の通用口は破壊されたようです――」

「――そうですか、それは仕方ありません。帰るシュウヤさんたちのお力次第でしょう」


 血濡れたアイテムボックスをフクロラウドの目の前に転移させる。

 その血濡れたアイテムボックスに、フクロラウドが手を触れた。

 一瞬で血濡れたアイテムボックスは分解されたように砂のようなモノに変化しつつフクロラウドの手に吸い寄せられる。

 フクロラウドの手には複数の眼が出現していた。


 その眼の中に砂は吸い込まれるように消えていった。

 宙に残ったアイテムは、金貨が入った魔法袋。と、


 紫色の魔力を発している長剣。

 蒼い魔力を発している短剣。

 黒々とした魔力を発している鎖帷子。

 小麦色の魔力を発している布。

 蠢く半透明な管と袋。


 それらのアイテムを仕舞ったフクロラウドは、


「シュウヤさん、話が途切れました。法魔ルピナスの話に戻しますがよろしいですか? それとも帰還を急ぎますか?」

「槍使い――さっさと話を終わらせろ。フクロラウドの部下が言ったように乱入者が通用口の中にいるようだぞ」


 とレザライサからの声が掛かる。


「まだ話があるから少し待て」

「さっさと済ませろ」

「了解。フクロラウドさん、法魔ルピナスの情報をお願いします」

「はい……大きな口から吸引した空気を綺麗な空気に変換して吐き出すこともできます。同時に酸や毒の吸引も可能。魔法防御の魔力の網と同時に使えます。ですから魔法防御能力は高いです」

「パキュゥ~」


 法魔ルピナスも『そうだ、ぱきゅ~』と言ったように鳴いた。


「毒素を栄養源にもできるようです。肺呼吸もしますが、生命活動に呼吸は要りません。深海の航行に噛み付き攻撃も可能。大きな口の中には鋭い歯牙がびっしりと生えています。その歯の形は変化が可能で、硬い獲物を上下の歯でスリ潰すこともできるようです」

「へぇ」


 感心しながら俺の頭上を回っていた法魔ルピナスを見ていると、その法魔ルピナスが振り返る。


 頭頂部の二つのあたまびれがきゅるきゅると可愛く回転。

 回したあたまびれで、パーマでも作るつもりか、俺の前髪に絡めてくる。


 法魔ルピナスが大きな口から吐いた息で前髪が持ち上がった。

 海の香りが漂うが、直ぐに清々しい風となる。


『ふふ』


 左目に格納中のヘルメも風を感じて楽しそうだ。

 法魔ルピナスは、つぶらな眼で俺をジッと見て、


「……パキュ!」


 と鳴いてから口を閉じつつ後転を行い、俺の足下に平たい体を展開させた。

 尻尾をクイクイッと動かす。


 背に乗れか。


「ンン」


 相棒が素早くその法魔ルピナスの上に乗った。


「法魔ルピナス、後で乗らせてもらう。今はロロを頼む」

「パキュ~」


 そう鳴いた法魔ルピナス。

 相棒を背に乗せたまま螺旋しながら上昇しては下降を行う。

 キサラとヴィーネとエヴァとクナの手に腹を触れさせながら、魔界沸騎士長たちの魔力を浴びるように魔界沸騎士長たちの頭上を巡ってから大舞台の右のほうに向かった。


 フクロラウドに、


「法魔ルピナスはフクロラウドさんが捕まえたのですか?」

「そうです。捕まえるのは得意なんですよ。しかも負担を掛けずにね」

「だから優勝賞品にできたのですね。すんなりと法魔ルピナスと契約ができた」

「契約に関してはシュウヤさんが優れた能力を持っている由縁の結果です。能力に見合わない方は、契約しようとしても、法魔ルピナスに取り込まれて死ぬか、爆発して散ったはず」

「……」


 それはそれで怖い。

 そのことは深く聞かず、


「法魔ルピナスを魔造超生物と仰っていましたが……魔造虎のように造られたモノであると?」

「詳しくは不明です。わたしが魔造超生物とカテゴリー付けしたのは、地下の環境からの推測です」

「法魔ルピナスを捕まえた場所は地下でしょうか」

「はい。魔霊魂と同じく地下の深い場所で、鋼鉄と珪素鋼の柱と梁と有機ケイ素化合物ばかりの金剛堅固の世界。出現するモンスターもゼリウムボーンやゼリウムボーンの亜種に見たことのない自動魔導人形ウォーガノフが多かった。かなり危険な地下の領域です」


 ペル・ヘカ・ライン大回廊の地下の深い場所か。

 頷いた。


「暁の帝国の大賢者が、何かの実験用に法魔ルピナスを造り上げたのでは?」


 クナが金髪の女性をチラッと見て、そう聞いていた。


「……断定はできません。もし法魔ルピナスが造られた存在なら、その法魔ルピナスの中に暁の時代の技術が活かされている可能性は高いとは思います。しかし、それが分かったところで……遠大な設計図の一部が分かる程度でしょう。法魔ルピナスの種に付いての全体を識るスキルと魔神具、秘薬などが必要になるはずですから、到底分からないことだらけです」

「エルンストを知るフクロラウドさんなら造れるかと思いましたわ」


 クナがそう発言。


「……さすがに無理ですね。改良なら施せるかもしれませんが。嘗て【九紫院】の離脱者を追う者たちを統率していたことで、次元を渡るような超生物や魔造超生物を見る機会が多かったですが……捕まえるだけでも難しいですから」


 フクロラウドの発言に頷いた。


 が、クナは視線を鋭くさせると、話を続けた。


「……生命の神アロトシュ様を信奉する一派が扱う魔造生物系スキルも多種多様にあり、秘密の神ソクナーもそれに準ずるものなり。更には魔界側と通じて邪派に転落した一派も存在する。と、エルンストのとある魔塔の書棚に保存されていた魔造生物の古本に載っていた内容を少し思い出しましたわ……」


 クナがそう語ると、フクロラウドはクナをジロッと凝視。

 魔眼を発動させていた。


 剣呑な雰囲気となったが、フクロラウドは、


「……クナさんも詳しい。<ノクターの篝火>を用いた人族の恐怖神経を活かす魔造生物生成もありますね」

「……信奉者の死体と土着している旧神などを使う怖い方法ですわね……」


 クナが顔色を悪くするほどだから、ホラーな展開か。

 フクロラウドは笑みを浮かべて、


「ふっ、クナさん。わたしを刺激し、目新しい情報をシュウヤさんに聞かせようとする努力は買いますが、少し加減を覚えたほうが身のためですよ?」

「ふふ、フクロラウド、これはわたしの性分なのよ、知っているでしょう」

「……」


 フクロラウドの表情に怒りが出ていた。

 が、直ぐにフクロラウドの近くで浮遊している金髪の女性が耳打ち。

 フクロラウドは怒りを鎮めて、数回頷く。


 俺は、


「クナ、もう挑発するような言い方は止せ」


 と口では言ったが、クナには労いの笑みを送る。


「はい♪」


 レザライサたちに視線を向けると、通用口の付近でまだ待っていた。

 俺たちも行こうか。

 クナとヴィーネをチラッと見てから、ルシエンヌに、


「ルシエンヌたち、俺たちも外に出ようと思うが良いかな」

「わたしたちも外に出ます」

「「はい」」


 頷いてから、


「フクロラウドさん、そろそろ俺たちも帰ります。食事と貴重なお話をありがとうございました。優勝賞品も大切にします」

「はい、こちらこそ。法魔ルピナスも紅孔雀の攻防霊玉も、シュウヤさんたちならば使いこなせるでしょう」

「はい。あ、魔塔ゲルハットや、学術都市や魔法都市と呼ばれるエルンストに、ゼレナードやグレイホーク家のことを、また聞きにくるかもしれません」


 そう発言すると、フクロラウドは片方の眉が不自然につり上がる。

 片目の大きさがまた変化していた。

 頬の周囲に黒い紋様が浮かぶ。


 そのフクロラウドは黒い紋様を手の中に収めて、眉間の皺を指でのばすように顔を整えると、


「……ふ、レインと戦っていましたからね……分かりました。いつでもお待ちしています。そして、下界の掃除の健闘を祈りましょう」

「はい――」


 立ち上がる。


「秘薬系の取り引きはないですね……」


 ボソッと語るクナも立ち上がった。


「クナ、残念がってないで、普通に帰るぞ」

「はい!」

「行きましょうか」

「ん」


 ヴィーネとエヴァは俺と同じタイミングで立ち上がる。


 キサラ、マルア、ミレイヴァルと魔界沸騎士長たち、リサナも続く。

 相棒を乗せた法魔ルピナスに向け、


「ルピナスとロロも戻ろう――」


 と言ってから、通用口の前でレザライサたちと合流。


「待たせた」

「あぁ……それが法魔ルピナスか……結構大きい……」

「今の姿から更に大きくもなれる」

「パキュ!」

「にゃお~」


 法魔ルピナスのあたまびれに相棒の触手が絡んでいた。

 悪戯慣れしていない法魔ルピナスは、体勢を崩す。

 落下した黒猫ロロは、四肢を床につけて着地すると、トコトコと歩いて、レザライサとファスとクリドススに頭部を寄せている。尻尾も擦り当てていた。


「あぁ……毛が柔らかくて、フフ……」

「わたしたちにも甘えてくれるなんて……」

「神獣に……助けられた恩は忘れない……頭部の毛は柔らかい……のだな……あぁ……」


 クリドススがしみじみと語る。

 レザライサは照れながら語った。

 そのレザライサ、黒猫ロロに手を伸ばさずジッとしていたが、黒猫ロロの可愛さに根負けしたのか、途中から黒猫ロロの頭部を撫でていた。


 法魔ルピナスはエヴァたちの頭上に移動。


 さて、大舞台の端にできた通用口は……。

 肉と骨でできているような洞窟に見える。


 中は明るい。

 横幅は六人以上は余裕で同時に進める大きさ。


 天井は大人二人分以上はあるか。

 幅は途中で変わっていそうだ。

 

 奥に感じる魔素の反応は結構多い。


 この大舞台と出入り口を繋ぐ通用口は派手に作成されたからな。

 出入り口から進入すれば、自ずと俺たちと衝突できる。

 その目的は【闇の八巨星】の幹部たちの復讐や襲撃の可能性が高いか。

 

 アイテム狙いの強者か未知の存在の可能性も否定はできない。


 背後にいる皆に向け、


「皆、この通用口の内部でも戦いとなりそうだ。俺が前衛として対処するから後から付いてきてくれ」

「「「「「はい」」」」」

「「分かりました」」

「「承知!」」

「ん、子供たちはわたしたちに任せて」

「【剣団ガルオム】に後方はお任せを」

「はい――」

「おう」


 エヴァは体から<念導力>の紫色の魔力を発して子供たちを守っていた。

 ヴィーネは翡翠の蛇弓バジュラを持つ。

 子供を抱えているキサラはダモアヌンの魔槍からフィラメント状の魔線を周囲に発している。


 すると、レザライサが、


「わたしも共に進もう。【血月布武】は絶対だ」

「「血月布武!!」」


 背後にいるファスとクリドススが同じ言葉を復唱した。


「了解」

「クリドススとファスは【天凜の月】の他の幹部と連携を強めろ」

「分かりました」

「はい、総長――」


 二人は後退。


 レザライサと笑みを交換してから魔槍杖バルドークを右手に召喚。

 魔剣ルギヌンフに魔槍杖バルドークの穂先を当てた。


 レザライサと洞窟のような通用口を進み始めた。


 この通用口の外側は赤い絨毯が敷かれた通路辺りだろうか。

 すると、隣を歩くレザライサが、


「遅れたが優勝おめでとう。そして、わたしがいない間【白鯨の血長耳】が世話になった」


 だからこその今回の動きだろう? と笑みを送りつつ、


「あぁ、お互い様だ。血月布武の名はより高まった」

「ふっ、そうだな……さて……」


 レザライサは足を止める。


「前方の敵は魔族か? フクロラウドが造り上げた通路の天井をぶち抜いた存在……」

「……あぁ、エセル界の者ではない。周囲の死体は……胸にある印から【闇の八巨星】の【五重塔ヴォルチノネガ】と【ラゼルフェン革命派】か。まったく、予想を超えることばかり続く――」


 そう分析したレザライサに、魔族が「ウヌラか、標的――」と繰り出した血濡れた魔刃が飛来――。

 俺にも血濡れた魔刃が飛来。

 魔槍杖バルドークを下から振るい――。

 飛来してきた魔刃を柄で打ち上げた。

 血濡れた魔刃は跳ね返り、通用口の天井に突き刺さる。

 レザライサは魔剣ルギヌンフを振るい血濡れた魔刃を両断。


 そんな血濡れた魔刃を寄越した者は黒髪。

 額に角い角があり、左右の耳を隠すような巻き角が存在した。

 肌は赤黒い。大柄で背に赤黒い翼を生やす。

 漆黒のゴシック系の西洋鎧か。

 

 両手の爪先は血濡れている。

 五本の爪が、剣のように伸びていた。


 その魔族の背後の天井には結構な大きさの穴が空いている。

 

 だれかが、この角の魔族を召喚したのか?

 血塗れたアイテムボックスのために使役していた存在を解き放ったか……。


 否、最初から漁夫の利を狙うため、このタイミングを狙っていた線もある。


 どちらにせよ……。

 フクロラウドが造り上げた通用口を破壊できるほどの存在ということになる。


 レザライサに、


「――仲間たちが通っている通路もぶち抜かれる可能性がある以上、手っ取り早く仕留めるぞ」


 そう発言してから走り出した。


「――ふっ」


 レザライサも付いてくる。

 <闘気玄装>を発動。

 <血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>――。


 左手に魔槍杖バルドークを移す。

 右手に白蛇竜小神ゲン様の短槍を召喚。


「――にゃご~」

「パキュルルゥ――」


 黒猫ロロと法魔ルピナスも俺たちに合わせようとしてくれたようだ。

 背後から付いてこようとしていると分かる。


 が、今は場所的に距離は空けてもらっておいたほうが良い。

 少し速度を落としつつ、


「――相棒と法魔ルピナスは皆を頼む。距離は俺たちが進むまで詰めてくるな」

「ンン、にゃ~」

「パキュッ」


 掌握察で、相棒と法魔ルピナスの動きが止まったと理解。


 すると、再び血濡れた魔刃が飛来してきた。


 左足で踏み込む――。

 右腕から<血魔力>を周囲に発して白蛇竜小神ゲン様の短槍を突き出した。

 <血穿>を発動――。

 白蛇竜小神ゲン様の短槍の穂先が、血濡れた魔刃を貫いた。


 手応えは、溶けたような感覚だ。

 ――俺の血が弱点となる魔族か?


 角あり魔族は、血の爪剣を構え直すと――。

 その血の爪剣から魔刃を次々と繰り出してくる。


 前進しながら魔刃を凝視。

 白蛇竜小神ゲン様の短槍を下から振り上げる。

 <豪閃>で上下に並んだ血濡れた魔刃を切断――。

 更に正面から飛来してきた三つの血濡れた魔刃を<双豪閃>で一度に破壊するようにぶった切った。


 やはり、白蛇竜小神ゲン様の短槍で斬ったほうの血濡れた魔刃は、豆腐でも斬ったような感覚だ――。

 と、右から俺の前にレザライサが出ると、魔剣ルギヌンフを振るう。


「――<速剣・喰い刃>」


 魔剣ルギヌンフから喰い刃の化け物が飛び出た。

 喰い刃の化け物は、無数の血濡れた魔刃を喰らいながら直進――。


「グゼフル、フゼフル……魔界八賢師ノモノトハ、異ナル武器カ……」


 角あり魔族が異質な魔界セブドラの地方の言葉を喋る。


 <翻訳即是>で理解できたが、今までとはまた違う発音。

 キュイズナー語と同じく有声子音と無声子音の聞き分けは極めて難しい。


 俺は体に纏い発動中の<闘気玄装>を更に強めた。

 更に<魔闘術>系統の<龍神・魔力纏>を実行。

 

 左手の魔槍杖バルドークを神槍ガンジスに変更――。 

 二槍流で前傾姿勢で前進――。


 通用口の横壁を昇るように横壁を駆けた。

 そのまま角あり魔族に近付いていく。


 角あり魔族は、両手の指先から血の爪剣を無数に伸ばす。

 上下に張り巡らせて喰い刃の化け物に対抗していた。


 喰い刃の化け物との衝突場所以外では、血の爪剣が通用口を貫きまくる。

 乱雑な血のジャングルジムに見える。


 血の爪剣の先端は喰い刃の化け物にどんどん喰われて失ったのか、角あり魔族は後退を続けた。


「我ノ、<グゼフルフゼフル>デ――オ前ラヲ、喰ライ尽クシテヤル――」


 そう発言した角あり魔族の両手の魔力が強まる。

 と、血の爪剣の再生能力が高まった。

 血の爪剣の強度も増しているのか、喰い刃の化け物と衝突している面から火花が散り始めて、喰い刃の化け物を押し返し始める。


 <速剣・喰い刃>の勢いは止まった。


 刹那、<仙玄樹・紅霞月>を三発発動。

 《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》も無数に放つ。


 樹の月の形をした三つの血濡れた魔刃の<仙玄樹・紅霞月>と――。

 複数の《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》は喰い刃の化け物を僅かに越えて角あり魔族に向かう。


 角あり魔族の上半身と衝突した。

 三つの血濡れた魔刃は角あり魔族の体を突き抜けた。

 

「ぐぉ――」


 複数の《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》も角あり魔族の上半身に突き刺さる。

 角あり魔族の上半身の一部が凍り付いた、その直後――。


 通用口の横壁を蹴って跳ぶ――。

 宙空から角あり魔族へ向かう――。

 宙空から角あり魔族との間合いを潰すことに成功、その槍圏内から――。

 白蛇竜小神ゲン様の短槍で――動きが鈍った角あり魔族目掛け<白蛇竜異穿>を繰り出した。


 右腕ごと真っ直ぐ突き出た白蛇竜小神ゲン様の短槍から白蛇竜の魂魄を宿した複数の魔刃が前方に飛び出た。レザライサの喰い刃の化け物は魔剣ルギヌンフに戻っていく。


 角あり魔族の扱う血の爪剣が反応。

 複数の血の爪剣が<白蛇竜異穿>の白蛇竜の魂魄を宿した複数の魔刃と衝突――。

 が、血の爪剣は蒸発するように消える。

 そのまま<白蛇竜異穿>の白蛇竜の魂魄を宿した複数の魔刃は直進――。


「げぇ――!?」


 白蛇竜の魂魄を宿した複数の魔刃が、角あり魔族の体を貫いた。

 角あり魔族の体は穴だらけの蜂の巣と化した。

 その穴だらけの体の至る所から蒸発したような音を響かせる。

 更に白蛇竜小神ゲン様の短槍の穂先が、極大魔石のような大きな心臓を打ち砕き破壊――。


 角あり魔族は残りの体から閃光を発して爆発して散った。


 即座に神槍ガンジスに魔力を通す。

 蒼い毛の槍纓が刃と化して宙をそよぐ。


 <超能力精神サイキックマインド>も実行――。

 無数の刃の群れの蒼い槍纓と<超能力精神サイキックマインド>で、飛来してくる血肉と骨と筋肉繊維の欠片を斬り刻み、止めて防いだ。


 背後の皆が進んでいる通用口は無事だが――。

 俺たちが戦った通用口は完全に破壊された。


 が、もうフクロラウドの魔塔の外は見えている。

 前方、距離にして二十メートル強ぐらいか。

 その前方を含めた周囲の地面には残骸が多い。

 

 左右の地面は、死体と骨が重なって小山のような地形になっていた。

 屍山血河か。

 このフクロラウドの魔塔に入ってきた時とはまったく異なる光景だ。


 左右の死体の山の先に複数の魔素の反応あり。

 背後のレザライサは、通用口を拡げるように破壊している。


「――槍使い、角あり魔族を倒したか」

「おう、それより、右は俺がもらう」

「――もらったァァァ!」

「――そこかぁぁ!」

「あぁ、わたしは左を担当しよう――」

「了解――」


 右の残骸の山から駆け下りてきた武芸者の一人。

 

 魔刀の切っ先を突き出してくる。

 その魔刀を神槍ガンジスの螻蛄首で受けた。

 迅速に、白蛇竜小神ゲン様の短槍で<白蛇穿>を放つ。


 魔刀使いの胴体を白蛇竜小神ゲン様の短槍の穂先が貫いた。


「ぐお――」


 まだ息のある魔刀使いに向け――。

 左手の神槍ガンジスを消しつつ、体を捻りながら放つ風槍流『左背攻』を繰り出した。

 魔刀使いの頭部に左肩と背中の打撃を喰らわせた。


「げぇぁ――」


 同時に床を蹴り、吹き飛ぶ敵に突貫――。

 白蛇竜小神ゲン様の短槍を指貫グローブに変化させつつ左足で<悪式・突鈍膝>を実行――。

 飛び膝蹴りを魔刀使いの腹に喰らわせた。

 更に前のめりになった魔刀使いの鼻先に右膝をぶち当てた。

 そのまま腰を捻り――。

 変形右回し上段足刀を繰り出し、魔刀使いの頭部を蹴り潰す――。


 横回転しながら滑るように着地――。

 レザライサも左側の残骸の山から襲撃してきた魔剣師を倒していた。


 が、あまり見ていられない――。

 着地しながら、左右から迫る魔剣の刃を仰け反って避ける。

 と、床の死体の群れが爆ぜた――槍衾が下から迫る。


 即座に<血鎖の饗宴>を足下に展開――。

 複数の死体ごと、槍使いたちの無数の穂先と体を<血鎖の饗宴>の血鎖で貫き破壊しまくった。

 <血鎖の饗宴>の反動を利用し前方に飛翔するが、二人の魔剣師が一閃を繰り出していた。


 左手に霊槍ハヴィスを召喚。

 白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブを瞬く間に短槍に変化させて、二人の魔剣師による一閃を防ぐ――。

 痛ッ――霊槍ハヴィスを握る指が数本飛んだが、<血魔力>で滑りを良くしたと思えば――背中に回した霊槍ハヴィスで袈裟斬りを防ぎつつ右手で回した白蛇竜小神ゲン様の短槍の柄を叩いて背後に飛ばす。

 

 ――白蛇竜小神ゲン様の短槍が、魔剣師の胸を貫いた。

 同時に右に半回転しながら<超能力精神サイキックマインド>で白蛇竜小神ゲン様の短槍を引き戻す。

 右に移動していた魔剣師が繰り出した斬撃を避けつつ<黒呪強瞑>を発動。

 続けざまに<霊仙酒槍術>を実行。


 霊槍ハヴィスで魔剣師に<霊仙八式槍舞>を繰り出した。

 魔剣師の胸と腹を白蛇竜小神ゲン様の短槍と霊槍ハヴィスで連続的に突く。

 魔剣師の体に風穴を作り、その魔剣師の胸を霊槍ハヴィスで斬ったところで、白蛇竜小神ゲン様の短槍で魔剣師の胸と首を切断――薙ぎ機動の霊槍ハヴィスの柄で魔剣師の足を潰すように払う。

 魔剣師は体がバラバラになって倒れた。


 周囲の死体が邪魔だから<超能力精神サイキックマインド>で吹き飛ばす。

 更に<凍迅>も左斜め前方に繰り出した――。


 と、フクロラウドの魔塔の後方と斜め前方から振動が響く。


 新たな攻撃ではない。

 天井の落とし格子が落ちたような重低音だった。


 同じような仕種で驚いていたレザライサと思わず視線が合った。


 互いに「はは」と笑い合う。


 だれが落としたのやら――。

 まだまだ血塗れたアイテムボックスを巡る戦いは続いているようだ。


「ご主人様――」

「にゃご~」


 背後のレザライサが拡げていた通用口から皆が出てきた。

 クリドススとファスに、子供を胸に抱えているキサラも見えた。

 

 先頭のヴィーネに、


「ヴィーネ、キサラでもいい、【剣団ガルオム】の皆を魔塔の出入り口に誘導してくれ」

「――ご主人様、わたしは偵察を行います、キサラ、頼みます」

「はい、皆さん、目の前が鋼鉄の門です! 前進しましょう――」

「にゃお~」

「パキュ~」


 法魔ルピナスの両翼から魔力の網が周囲に展開された。

 魔法防御力が高まったから、急な攻撃があっても大丈夫だろう。


 【剣団ガルオム】の方々も足場が悪いが走る。


「――皆、【天凜の月】と【白鯨の血長耳】の方々の手を煩わせるな、迅速に移動しよう!」

「「はい!」」

「鋼鉄の門に戻れそうだな……しかし、今年の大会は異例だ――」

「あぁ、が、俺たちは生き残った――」

「ん、子供たちは全員大丈夫」

「シュウヤ様、先に行きます――」

「子供ちゃんを葉っぱで隠します~♪」

「おう、ってか言わないでいいから」

「は~い」


 エヴァとキサラとリサナが子供を抱えていた。

 レザライサと頷き合う。宙空からヴィーネが降りてきた。


「死体の山からわたしたちを追う者はいますが、乱戦模様で近づけないようです」

「了解、んじゃ、俺たちも撤収しよう」

「はい」


 ヴィーネと笑みを浮かべ合う。


「行こうか、槍使い」

「おう」


 レザライサとヴィーネと一緒にフクロラウドの魔塔から外に出た。

 巨人と鋼鉄の門を無事に通り――巨大石灯籠をも通り過ぎた。


 皆がいるフクロラウドの敷地外で法魔ルピナスが展開している魔法防御のほうに向かう。


 最後まで残してあった偵察用ドローンを確認。


 まだ魔塔の中では激しい戦いが行われていた。

 そこで偵察用ドローンを消去。


 と、フクロラウドの敷地にいたであろう血長耳の兵士たちが集まってきた。

 共に敷地の外に出たところで、皆と合流。


「ん、脱出成功!」

「ご主人様、周囲に伏兵の気配はありません」

「はい。どの組織も乱戦に巻きこまれている。同時に利用し合っている状況ですからね」

「そうだな」


 すると、【白鯨の血長耳】の面々が、


「「総長!」」

「総長、ご苦労様です――」


 レザライサは魔剣ルギヌンフの刃を地面に刺し、柄頭に両手を当てながら、


「――諸君、ご苦労。が、これからが本番だ!」

「「「はい!」」」

「エキュサル隊、下界で他の下界兵長の隊が展開している。我らも、このフクロラウドの敷地から出て下界の【血銀昆虫の街】の連中の追跡と狩りに向かうぞ」

「お任せを!」

「「はい」」


 レザライサは【白鯨の血長耳】の兵士たちに指示を出すと、俺に向け、


「槍使い、つもる話は後にするとして、このまま下界に一緒に向かうか? 再編成してから合流するか?」

「俺も共に行こう」


 エヴァたちに視線を送ると、


「ん、わたしは子供たちと一緒に魔塔ゲルハットに戻る。ユイたちには血文字で知らせてある」

「わたしも魔塔ゲルハットに戻ります」


 頷く。


「ルシエンヌたち【剣団ガルオム】も一旦魔塔ゲルハットに来るか?」

「良いのでしょうか」

「遠慮は要らん」

「そうですね。何か急ぎの案件があるのなら別ですが、状況が落ち着くまで【天凜の月】の勢力範囲にいたほうが安全だと思います」


 ヴィーネの発言にルシエンヌは頷いた。

 副長たちも頷いていく。


「その通り、数日間滞在してくれて構わない」

「ありがとうございます。では、エヴァさんたちと共に! そして、今は……その子供たちを守りたいです」

「ん!」


 ルシエンヌとエヴァは笑顔を見せる。

 キサラとリサナが抱える子供たちも笑顔を見せた。

 法魔ルピナスから降りた相棒も「にゃお~」と鳴いていた。


 【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】に苦しめられていた【剣団ガルオム】だ。

 同じように苦しめられていた子供たちのことは気になって仕方ないだろう。


「ミレイヴァルとマルアもリサナとヴィーネたちと共に魔塔ゲルハットに帰還しろ。が、魔界沸騎士長ゼメタス&アドモスは一旦魔界セブドラに帰還だ」

「閣下! 承知致しました――」

「閣下ァァ――」


 魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスは全身を星屑のマントで包むと水蒸気のような魔力を周囲に散らして消える。

 消え方が、また渋くなった。

 レザライサたちが、魔界沸騎士長たちの消え方を見て、少し唖然としていた。

 知っている情報だとしても、実際に見て聞くとまた違うからな。リアルなゼメタスとアドモスを見たら、まず忘れられない。


「ヴィーネ、皆を頼む」

「はい。ご主人様に合流できればしたいと思います」

「分かった。が、【闇の八巨星】だけではなく【闇の枢軸会議】という大枠で考えると油断はできない。上界の縄張りの人員にも気を配るべきだろう」

「そうですね。分かりました」

『シュウヤ、先にレベッカと下界に行くから。ついでに〝黒呪咒剣仙譜〟をカットマギーたちに見せておくつもり。読む余裕があったらだけど』

『了解』

「ユイとレベッカは、訓練と留守番が不満そうでしから」

「あぁ」

「ンン、にゃお~」


 黒猫ロロは俺の右肩に乗ってきた。

 一緒に地下に来るつもりか。


 良し、法魔ルピナスを見て、


「ルピナス、エヴァとヴィーネにリサナなどを乗せてあげてくれ」

「パキュゥ~」

「わたしは乗せてくれないのですか~」


 クナが法魔ルピナスに寄っていく。

 法魔ルピナスはクナから逃げた。


 そのまま体を大きくすると、ヴィーネたちの足下に降下しホバリング状態で止まってくれた。


「レザライサたち、行こうか」

「ンン、にゃお~」


 肩にいる黒猫ロロも前足を上げて『いくにゃ~』と挨拶している。

 レザライサは笑みを見せて黒猫ロロの肉球を凝視。


 触りたそうに見ているが、総長としてのプライドが勝ったようだ。

 厳しい表情を浮かべて、


「……うむ、下界へ行こう」

「では、総長とシュウヤさん、わたしが案内します――」


 クリドススが先を走る。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る