九百四十一話 サイデイルに一時帰還とキッシュの匂い


「〝黒呪咒剣仙譜〟は責任を持って預かるから」

「ンン」


 相棒と一緒にユイの言葉に頷く。そして、


「頼む。さて、二十四面体トラペゾヘドロンを使うか、ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡を使うか――」


 サイデイルに戻るなら、一応意識するか。

 左腕にフェニムルの紐腕輪を装着。


「にゃお、にゃぁ~」


 地面に降りた黒猫ロロは俺の股の間にくると姿を大きくさせた。左右の太股の内がロロディーヌの背に持ち上げだれるように、その神獣ロロディーヌの背に尻を落とし、跨がった。


 下のロロディーヌは黒馬versionかな。

 黒馬ロロディーヌの鬣の毛を撫でてから皆に、


「じゃ――」


 と挨拶。

 頭巾にいる銀灰猫メトも、


「にゃァ~」


 と鳴いて挨拶を行う。


「ンン」


 黒馬ロロディーヌは四肢を少し沈ませる。

 と、一気に地面を蹴って高々と跳躍――。


 跳んだ黒馬ロロは胴体から一対の翼を生やす。


 同時に、その翼と翼の根元付近から橙色の燃焼しているような魔力粒子を放出させる。


 ペガサスversionの神獣ロロディーヌか。


 その相棒は片方の翼を傾けつつ旋回機動を取りながら魔塔ゲルハットへ寄った。

 

 体にGを感じるほどの加速力で、かなり速い――。


 管理人たちを寄せ付けない速度の相棒――。

 魔塔ゲルハットの窓と壁の表面スレスレを飛びながら上昇する勢いが更に加速した――。


 魔塔ゲルハットの壁が震動しているように見えた。

 ――ぼろい魔塔ならば壁や窓が吹き飛んでいるかもな。


「にゃおお~」


 飛翔速度がまたも上昇。

 相棒は楽しくなったと分かる。


 瞬く間に魔塔ゲルハットの周囲を二周。

 小型飛空戦船ラングバドルの帆の付近を横切るように急上昇――。


 あっという間に魔塔ゲルハットの頂上を越え雲を突き抜け――ランナウェイ。


 微かな風と蒼穹の光景が気持ち良い――。

 俺は、青空目掛けて、


「――ヒャッホ~~」


 と叫んでいた。


 魔塔ゲルハットの遙か上空に到達した神獣ロロディーヌは俺の声に反応し、体を震わせながら、ゆっくりと雲の上を飛翔していく。

 

 乗馬で言えば常歩の速度の空中散歩――。

 サイデイルへ二十四面体トラペゾヘドロンを用いて直ぐに移動と考えていたが、相棒は空が好きだからなぁ。


 あ、黒馬ロロ的に俺と空を楽しみたかったのかもしれない。

 ――僅かな向かい風を察知。その風が気持ち良い――。

 風を感じながら……。

 相棒の胴体の黒毛を指と指の間で梳くように――胴体を撫でてあげると、「ンン」と僅かな喉音を鳴らす返事を寄越す。やや遅れてゴロゴロと重低音を響かせてくれた。


 神獣ペガサスと似たロロディーヌだが、ネコ科の可愛い鳴き声は俺が寝る前と大差ない。


 すると、銀灰猫メトが頭巾から俺の右肩へと移動してきた。


 銀灰猫メトは変身しない。その子猫のメトの足元が光った。


 ――蒼眼を光らせた肩の竜頭装甲ハルホンクは、


「ングゥゥィィ、ピカピカ光ル、ハルホンク、ゾォイ!」


 そう喋ると、ピカピカ光る蒼眼を右の眼窩の中へと転移させるが、直ぐその魔竜王の蒼眼は消えて、左の眼窩の中に再出現させた。


 あ、また消える。

 そのまま左右の眼窩の中を魔竜王の蒼眼が行き交うように移動を繰り返した。


 ハルホンクは銀灰猫メトをじゃらすつもりか。


 案の定、前足から爪を伸ばした銀灰猫メトは、じゃれた。


「ンン――」


 興奮し、体勢を屈めて、鼻息を荒くした銀灰猫メトの双眸は、まん丸おめめ。


 銀灰猫メト肩の竜頭装甲ハルホンクの左右の眼窩の中を転移するように出現を繰り返す蒼眼を狙う――。


 前足を伸ばし、爪が左の眼窩と衝突。

 じゃりっと金属音が響く。

 が、魔竜王の蒼眼は右の眼窩に移る。


「ンン――」

 

 と鳴いて転移した蒼眼に反応する銀灰猫メトは、モグラ叩きを行うように片方の前足でその右の眼窩を叩く。


 興奮のあまり銀灰猫メトは上半身を少し上げていた。


 可愛くて面白い。

 

 すると、相棒はハルホンクの竜頭の装甲でじゃれる銀灰猫メトの動きは気に留めず、頭部をぐわんといきなり下げた――。

 

 九十度近く下に傾いている急角度。

 前髪が垂れるどころではないが、体には相棒の触手が自然と絡んでいたから落ちない。


 銀灰猫メトも大丈夫なようだ。

 

 しかし、神獣ロロディーヌの鬣の毛の上に展開されている【塔烈中立都市セナアプア】の絶景は、やはり凄いな。


 ――摩天楼の魔塔。

 ――無数の浮遊岩。


 飛空艇らしき物も行き交う。


 浮遊岩の中には、魔機械の工場が複数建つおそらくエセル界風味の浮遊岩もある。


 滝を有した大自然の浮遊岩も多い。


 前も見たぽつねんとした郵便ポストが風情を醸し出している浮遊岩もある。


 様々だ。


 神獣ロロディーヌはそのまま一気に急降下を行った。


 あ、銀灰猫メトに触手はない――。

 急ぎ片手を銀灰猫メトの体に当てて押さえたが杞憂だった。


 肩の竜頭装甲ハルホンクの一部から玄智宝珠札の束が出て銀灰猫メトの足を拘束していた。

 

 玄智宝珠札の中央の孔に縄のような繊維がさし通されて束となっている銭差ぜにさしが、銀灰猫メトの四肢に合う専用の草鞋か、鐙か、小さい靴のようなモノとして、銀灰猫メトの四肢を押さえてくれていた。


「ナイスだ! 取り込んだ能力を活かすとは」

「ングゥゥィィ!」 

 

 停泊中の小型飛空戦船ラングバドルと魔塔ゲルハットが、もう目の前だ。


 小型飛空戦船ラングバドルの操縦席に乗って操縦を行いたくなる気分となったが、今は素直にサイデイルに行こう。


 陽夏の九十日に行われるサセルエル夏終闘技祭の出場資格もあるんだし、今日は九十日だ。


 できるだけ急ごうか。

 血文字で、


『大物の大商人フクロラウド・サセルエルの魔塔の場所は皆、分かるのか?』

『はい、知っているのでご安心を』

『もし迷っても〝泡の鈴〟を使ってオプティマスを呼べば良いでしょ』

『ん、ドン・アブソールの空門魔塔を越えた先で、商業魔塔ゲセラセラスの近くらしい』

『それより、ルシェルには伝えてあるけど、フルーティミックスジュースを忘れずにね』

『了解』


 屋上の庭で低空飛行を行いながら、ペントハウスの前に移動した。そこで相棒から降りた。

 

 相棒は黒ペガサスのままペントハウスに入らない。

 

 相棒はペントハウスの窓の前で黒猫に戻ると、右肩に乗ってきた。


 銀灰猫のメトは左肩。

 窓硝子に反射していた黒猫ロロに戻る瞬間がなんとも言えない。


 そのペントハウス内にいた黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミは俺たちを見て、


「にゃァ」 

「にゃォ」


 と挨拶してくれた。

 走り寄ってはこない。

 パレデスの鏡の十八面とゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡の門番の役割を果たすつもりなんだろう。


「んじゃ、二十四面体トラペゾヘドロンを使うとしようか――」


 戦闘型デバイスのアイテムボックスの表面を指の腹で突くように起動させた。

 素早くメニューを弄り――。


 二十四面体トラペゾヘドロンを取り出す。

 

 一面が迷宮都市ペルネーテ。

 武術街の屋敷の一階寝室に設置してあるパレデスの鏡。


 三面のパレデスの鏡はベルトザム村の教会地下だ。


 四面のパレデスの鏡は……。

 荒野が広がる【サーディア荒野】の魔女の住処だったな。


 バルミントに会いたいなぁ。


 十一面のパレデスの鏡が地下都市ダウメザラン。

 助けたミグス・ダオ・アソボロスはどうしているのやら。


 十二面のパレデスの鏡が、空島の鏡。

 ここはいつも気になる、俺と相棒でこっそり冒険を楽しんだら、皆に怒られちゃうな。


 十三面のパレデスの鏡が、何処かの大貴族か、大商人か、商人の家に設置された鏡。


 十六面のパレデスの鏡がサイデイル。


 少し前まで、十六面のパレデスの鏡は、ペルネーテの邪神シテアトップの像のある部屋に設置し、迷宮へのショートカットとして利用していた鏡だった。


 そして、ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡の片方もサイデイルだ。

 

 十八面のパレデスの鏡が、ここ【塔烈中立都市セナアプア】の魔塔ゲルハットの最上階。


 ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡のもう片方もここだ。


 ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡だけが、対となる鏡で、サイデイル←→セナアプアを繋ぐ転移装置。


 さて、普通に二十四面体トラペゾヘドロンの十六面をなぞろう――。


 なぞった赤い部分が緑色に変化。

 即座に二十四面体トラペゾヘドロンが光を発して急回転――。


 二十四面体トラペゾヘドロンは面と面が重なりつつ光の塊となってパッと拡がった。


 光のゲートが出現。

 そのゲートの先にサイデイルが映る。


 寝台と小さい机に、またまたぷゆゆの小熊太郎が映り込む。テディベアのような樹海獣人。


 少し遅れて、ルッシーも映った。

 はは、面白い。

 

 両肩に黒猫ロロ銀灰猫メトを乗せて、そのゲートに入った。

 

 サイデイルに帰還。


 なんか凄くひさしぶり感がある。


「ぷゆ!!!」

「あるじ! 出現!」

「あ、この魔素はシュウヤ!!!」

「シュウヤ様~」

「陛下!」

「あ、来たのですね!」

 

 ログハウスの一階からキッシュたちの声が聞こえてきた。


 もうセナアプア組から血文字で連絡済みか。


「よ、ぷゆゆとルッシー」

「ぷぅ~ぷゆゆ、ぷゆ!」

「あるじと、しんじゅうとねこちゃん、あそぼ~」

「悪いが急ぎだ。キッシュたちにも挨拶する」

「にゃお、にゃ、にゃ~」

「にゃ、にゃァ?」


 足元に降りた黒猫ロロ銀灰猫メトは、ぷゆゆとルッシーに頭部を寄せていた。


 パレデスの鏡から外れた二十四面体トラペゾヘドロンを仕舞う。


「ぷゆゆ~」

「わかった~」


 ルッシーたちと離れるように一階に降りた。

 ログハウスの一階にいたキッシュたちが階段の側に集まってくる。


「「「シュウヤ!」」」

「「「シュウヤ様」」」

「わたし、は、ねーむす!!」

「てやんでぇぇ、ネームス、邪魔だ、そこをのけぇぇ」

「シュウヤ様……見えませんが、会いたかった」

「シュウヤ、元気~? あ、よっと――やっと見えた、あ、紐腕輪、嬉しい……」

「――あなた様!」

「あぁ、わたしたちのあなた様です!」

「っ……」

「へ、陛下だ!」

「にゃお~」

「ンン」


 ジョディとシェイルもいた。

 というか大所帯だ。


 相棒と銀灰猫メトが皆に挨拶するように片方の前足の肉球を皆に見せていた。


 神虎セシードの御守り箱から出てきた琥珀はいない。ママニがいないからか。

 銀灰猫メトや相棒との絡みは少し楽しみだったが、仕方ない。


 オフィーリアとツラヌキ団たちは微笑む。

 ナナとアリスにエルザも笑った。

 

 ダブルフェイス、クエマ、ソロボ、ヒナ、サナ、サルジン、<光魔ノ蝶徒>のジョディ、シェイル、ムー、イセス、ネームス&モガ、エブエ、ジュカさん、フー、トン爺、レネ、ソプラ、ロゼバトフ、サザー、ベリーズ、ブッチ、トーリ、サラ、クナ、ルシェルもだ。


 皆、一定の間隔を保つ。サザーは黒猫ロロを見ては微笑んでいた。

 ジュカさんはキサラが気になると思うが……。


 皆、ネームスに邪魔をされているわけではないが、女王キッシュに遠慮しているようだ。

 

 ジョディとシェイルは抱き合って泣いていた。

 大袈裟だな。

 

 そして、キッシュが前に出た。


 黄緑色の髪に変化はない。

 小さい黄金の冠と花の髪飾りも昔と同じ。

 女王の黄金の冠とエールワイス。


 透明感のある肌。

 その笑顔は、とても素敵だ。


 サイデイルの司令長官様の衣装も変わらない。


 そのキッシュと笑みを交換しあう。


「……愛しき友のシュウヤ! 眠っていたと血文字で聞いていた……とにかく良かった――」

「――あぁ、ただいまだ」


 キッシュと抱き合った。

 そのキッシュは耳元で「シュウヤ……」と小声で呟きながら抱きしめを強めてきた。


『ふふ、キッシュ……寂しくて不安を覚えていたようですね』

『あぁ』


 ヘルメの思念に頷きを返した。

 

 キッシュから、ホワイトムスクと混ざったようなシトラスの香りが漂ってくる。

 

 気分を良くしてくれる匂い。

 

 ……キッシュ。

 ヘカトレイルでの出会いからの展開を一気に思い出す。


「にゃおお~」

「にゃ?」


 足元に来ていた黒馬ロロ銀灰猫メトが俺たちを見上げている。


「あ、ふふ、ロロ。新しい銀灰色の猫は、異界軍事貴族のメトか?」


 そうキッシュが質問。

 相棒に聞いたようだったが、とりあえず、


「そうだ」

「にゃお~」


 黒猫ロロも『きっしゅ~』と言うように鳴いている。


「他にも異界軍事貴族はいると聞いたが、銀灰猫メトだけか」

「そうなる。で、今回は悪いが、直ぐにセナアプアに戻る予定だ」


 俺から離れたキッシュは、不満そうに、


「……あぁ、聞いている。サセルエル夏終闘技祭だったな」


 と発言。

 が、すぐに微笑んでくれた。


「エヴァたちも、ここに寄りたがっていた」

「ふふ、血文字でうるさいほど、色々と盛りだくさんの内容を聞いているさ……豪商五指の『ポル・ジャスミン』の店主とサキアグルの店主には、わたしも挨拶したいぐらいだ」

「あはは、そりゃそうか」


 女同士の血文字のコミュニケーションは激しそうだなぁ。


「わたしの王冠に引けを取らない無名無礼の魔槍に王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードは凄まじい品だ。正直、ポル・ジャスミンより、【ローグアサシン連盟】と関係があるサキアグルのほうが気になる」


 キッシュはそう発言。

 トン爺とクナに目配せして頷き合う。

 

 そのトン爺と会釈。


「トン爺も御元気そうで、なによりです」

「ふぉふぉ、気さくな英雄シュウヤ。フェニムル村のリエズ商会との交渉はスムーズに進み、貿易が始まりましたのじゃ」

「おぉ、タンダールにも通じると」

「そうですのじゃ、ヒノ村の商会も活かす陸と海の両面貿易の開通でサイデイルは力を増しておりますのじゃ」


 自然と拱手。

 軍師トン爺の存在はキッシュもありがたいだろう。

 内務の仕事がそれだけ減っているはずだからな。


 クナとルシュルと目が合った。

 月霊樹の大杖を握るクナ。

 

 可愛さと美しさを併せ持つ美女のクナ。


「……シュウヤ様、わたしとルシェルは準備万端ですよ」


 クナはミニチュア化したマハ・ティカルの魔机を見せる。


「分かった。セナアプアの魔塔ゲルハットに転移ルームを設置してもらう。魔塔ゲルハットの内部には三つのコアがあるから、見て回ってくれ。アギトナリラの管理人は……見れば分かるか」

「はい、屋上には植物園、地下には【幻瞑暗黒回廊】と試作型魔白滅皇高炉もあるようですし、ミナルザンという名のキュイズナーが閉じ込められていた異次元部屋もあるようですからね。色々と楽しみです♪ うふふふふ」


 クナの目が少し怖いがな。

 無難にルシェルに視線を向け、


「ルシェルも頼む」

「はい!」

 

 同じ<従者長>だが、遠慮しているサラとベリーズにも、


「ルシェルを借りるぞ? サラとベリーズ」

「うん。ってもう、どうせならわたしたちも借りなさいよ!」

「あ、それ良い案~」

「セナアプアの【天凛の月】の仕事と冒険者の依頼は、わんさかある。しかし、サイデイルも今、ルマルディ、ハンカイ、シュヘリア、ママニ、異獣ドミネーター、バーレンティン、スゥンなどがいないように、戦いは起きているんだろう?」


 ビアとヴェハノはラミアの赤ちゃんと一緒かな。

 デルハウトがここにいるからまだ余裕がある戦いと分かるが。


「うん、そうなのよねぇ。樹怪王の勢力だけでも結構大変」

「ママニは琥珀ちゃんと一緒にがんばってる」

「はい。血獣隊とシュヘリアも強い。ハンカイさんも斧の技術がデルハウトさんとの訓練で上昇しまくりです。大地の魔宝石の扱いの新技を獲得したとか……しかし、鶏冠ゴブリンたちの集落は気付いたらできていますし、旧神ゴ・ラードの蜻蛉軍団もいますし、オーク帝国も、ですからバーレンティンたちも忙しいです」

「なら、サラたちはこのままで」


 ハンカイとは話がしたかったんだが、まぁルマルディと同じく今度だな。


「了解」

「うん、対オーク戦線を知る以上は気軽に抜けられない。けど……シュウヤの濃厚な血を体感したかった……」


 ベリーズがそんなことを――。

 素早く間合いを詰めた。


「ひゃぅ――ァア――」


 ベリーズの片腕に触れた手から<血魔力>をベリーズへ送ったら、そのベリーズは体を反らして失神。ベリーズの体は俺が支えるまでもなく、サラとクエマが支えていた。



「あれぇ、マフォンお姉ちゃんが倒れちゃった………」

「うん、シュウヤさんの<血魔力>でイってしまったのですね」


 アリスとナナがそう語る。

 ナナは意外に平然としていた。


 エルザは、アリスとナナの目を交互に隠していた。

 

「シュウヤ、愛を送るのは結構だが、場所を考えてくれ」

「すまん」

「ふふ」


 エルザの渋い声も久しぶりだな。


「――陛下、今の速度はかなり速い。武術の歩法を更に高めたようですな」


 さすが武人デルハウト。


「おう。聞いたか、玄智の森の話を」

「はい、ある程度は。ナミの眷属化は行わないのでしょうか」

「ありえるが、眷属化といえば、ルマルディが先かな~」

「ルマルディとアルルカンはロターゼを連れて樹海パトロール中だ」

「サイデイルの周囲が敵だらけなのは変わらないな」

「うん。外は地獄、けど、一歩でもサイデイルの中に入れば、天国? 凄く平和なんだから」


 いつの間にか気を取り直していたベリーズが語る。

 皆が頷いた。

 

 そのベリーズが熱っぽい視線で俺の愛を求めてきているが、我慢しよう。


「そのようだ。では、クナとルシェル、先に上がってくれ、俺も直ぐに向かう」

「「はい」」

 

 クナとルシェルは素早く階段を上がった。

 俺は一同を見渡して、


「キッシュから聞いていると思うが、一度、俺は魔界セブドラに入った」

「「「はい」」」

「「「聞いた」」」

「「「聞きました」」」

「ナミさんの<夢送り>などのタンモールの秘技と水神アクレシス様の奇跡が重なった異次元転移とか聞きました!」

肩の竜頭装甲ハルホンクが強まったとも!」

「おう」


 そう言いながら肩の竜頭装甲ハルホンクを意識。


 右腕だけを長袖にチェンジ。

 色合いは暗緑色。

 縁の細い線は目立たないが、白銀色の植物の蔓模様が描かれてある。


 その袖の中からハルホンクに格納させていた〝列強魔軍地図〟を取り出した。


「聞いていると思うが、これが魔界セブドラの地図。名は〝列強魔軍地図〟だ。デルハウト、この地図に知る範囲の魔界セブドラを思い出しながら魔力を送ってくれ」

「承知――」


 デルハウトが〝列強魔軍地図〟に触れる。

 と、〝列強魔軍地図〟の左のほうに暗雷の槍墓場、闇雷ルグィの森、グルキヌスの谷、決死崖、目牙、瀝青の闇、ムグの森、バージデランの山嶺、地獄の大平原、魔蛾ノ大塔、蛾の傷場、天魔鏡の大墓場などの地名が刻まれていく。


 続けて、暴虐の王ボシアドの領域が拡がる。

 闇神アーディン、悪神デサロビア、恐王ノクター、王魔デンレガ、魔蛾王ゼバル、魔神ソール、闇神アスタロト、悪神ギュラゼルバンなどの、領域と呼べるのか分からないが、諸侯や神々の名が浮かんでは消える? 暈けながら、あ、消えたが、また霞んで出現していた。

 

 デルハウトの記憶と現在の魔界セブドラの地形などが大きく異なるってことかな。


 この〝列強魔軍地図〟のあやふやな部分を見ていると、観測者が箱を開けるまでは中身が分からない。とされる思考実験『シュレーディンガーの猫』を想起する。


 コペンハーゲン解釈、ヒュー・エヴェレットの多世界講釈、など色々と……。

 俺がその場に行くか、実際にその地方の最新の記憶を有している存在が〝列強魔軍地図〟に触れたら、ちゃんと記されるんだろうか。


「おぉ、闇雷ルグィの森は健在か! 蛾の傷場の周囲には城と砦が多い。魔蛾王ゼバルの勢力は強まっている……」

「魔蛾ノ大塔がその魔蛾王ゼバルの本拠か」

「はい……」


 デルハウトを捨てた魔蛾王ゼバルは嫌だよな。

 デルハウトのトレードマークの髭のような長い器官が震えて点滅を繰り返す。


「デルハウト、触ってくれてありがとう。これからも光魔騎士として頼むぞ」

「恐悦至極に存じます」


 と片膝を床に突けるデルハウト。

 〝列強魔軍地図〟を仕舞う。


「それじゃ、皆、また今度。キッシュも」

「あぁ! セナアプアで暴れてこい」

「おう。ロロ、メト、戻るぞ」

「にゃ~」

「にゃァ」


 皆と別れて二階に向かう。


 待っていたクナとルシェルに向けて、


「んじゃ、セナアプアに向かうぞ――」

「「はい!」」


 二十四面体トラペゾヘドロンの十八面をなぞり起動させた。

 光るゲートに皆で突入――。

 

 一瞬で魔塔ゲルハットに到着。


「「にゃ~」」

「ここが……」

「素敵なペントハウスです」


 ルシェルは嬉しそうだ。

 

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