九百三十五話 魔塔ゲルハットとビロユアンにアグアリッツの看板猫

 エレベーターのような浮遊岩が止まった。

 一階、正確には二階の大きな踊り場だが、に到着。

 アルミ合金と樹が構成しているだろう扉が開く。


 鈴と鐘の音が踊り場の先から響いてきた。


 左の手前には黒板とチョークが合わさったような不思議板の裏側が見えている。その黒板とチョークの不思議板に近付けば魔女っ子キャラが自動的に出現するはずだ。


 魔女っ子は魔塔ゲルハットのコア。


 地下のコアが魔霊魂トールン。

 一階と二階から上の中層のコアが魔霊塊テフ=カテ。

 最上階付近のコアが第六天霊魂ゲルハットだったかな。


 さて、踊り場に出る前に、ちょいと――。


 王牌十字槍ヴェクサードを左手に召喚。重さは変わらない。魔線でランプの精の如く繋がっている半透明なヴェクサードさんもひさしぶりに出現。

 続けて肩の竜頭装甲ハルホンクを意識、凍った茨が絡む魔槍を右手に出現させた。

 

 凍った茨が手と前腕にも絡み付いてきて冷たいが、別段ダメージはない。

 その魔槍の柄を握る感覚に違和感はない。


 右腕に装備中のウェラブルコンピュータと似たアイテムボックスと肩の竜頭装甲ハルホンクの同時使用も大丈夫。


 そのアイテムボックスの風防硝子から高精細なホログラフィー技術で投影されているだろうアクセルマギナが敬礼を行っている。

 そのアクセルマギナの周囲は宇宙的なパノラマだ。宇宙戦艦、宇宙戦闘母艦、宇宙揚陸艦、中型戦闘機、小型戦闘機、輸送船と工船などが行き交う部分は面白い。更にアクセルマギナの近くにはOS起動メニュー各種と未来的なウィジェット類が多数浮かんでいた。足下にはガードナーマリオルスもいる。


 ガードナーマリオルスの回転中の丸い胴体の擦れているだろう面から、蒸気的な火花にも見えるモノが散っていた。

 ガードナーマリオルスもアクセルマギナと同様に極めて高精細なホログラフィー技術で表現されていた。


「シュウヤ?」

「あぁ、王牌十字槍ヴェクサードも玄智の森では使っていなかったから、その確認だ」

「うん。魔槍杖バルドーク以外にも、魔槍、神槍、聖槍と色々とあるからね」


 レベッカの言葉に頷いた。

 槍以外の血魔剣、魔軍夜行ノ槍業は勿論だが、獄星の枷ゴドローン・シャックルズ、隠天魔の聖秘録で強化されたミレイヴァルの召喚が可能な閃光のミレイヴァルとフィナプルスの夜会も試したいが、それはいつでも可能。

 

 試すなら魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスの召喚が先か。


 しかし、それも急ぐことはない。


 鬼魔人&仙妖魔の軍を乗せた大厖魔街異獣ボベルファの移動はかなり速いと思うが、グルガンヌ地方は遠い。

 

 担い手ミトリ・ミトンとボベルファは魔界の神々と諸侯との争いを避けるため、人口密集地を迂回する場面は多々あるはずだ。だから時間は掛かるはず。

 

 するとヴィーネが、


「瞳術を獲得なされたご主人様は、ホウシン師匠から幻術などを学ばれたのでしょうか」

「学んでいない。ホウシン師匠は幻術を使えたとは思うが、訓練では使わなかった」

「そうですか。正々堂々とした戦いを好む御方のようですね」

「その一面は強い。正義の人だ。しかし、戦いに関しては、卑怯と言われるようなフェイントを多用する武人の戦いを俺に示してくれた」


 俺に対して瞳術系が効かないと判断した故の戦い方だったかもしれないが。

 

「戦いを知る偉大なお師匠様。それは同時にアキレス師匠の教えにも通じているような印象を覚えます」

「凄いなヴィーネは。その通りで、俺はいつもアキレス師匠を思い出していた」

「ふふ」

「ん」

「そっかぁ……」

「師匠の師匠……」

「マスターにはいっぱい師匠がいる」

「はい」

「そのホウシン師匠は、最初に地形を変える幻術を披露したと聞いたけど」


 頷いた。


「ん、エンビヤがダンパンの手合いに追われて森から飛び出してくる直前の出来事」

「玄智山のてっぺんにある武王院のお屋敷が変化したのよね」


 皆、俺の話をよく聞いてくれている。


「そうだ。ホウシン師匠が使った術は<隠形・アブサミ>」

「ん、お屋敷の名は【武仙ノ奥座院】。ホウシン師匠と八部衆たちが住んで稽古をするお屋敷の一つ。その<隠形・アブサミ>は凄い幻術だった。地形が大変化。現実に見えた」


 さすがはエヴァ、俺の記憶を体感しているからこその言葉だな。


「ナミの<夢送り>が大本だし、最初からそんな体験をすると、玄智の森が詳細でも、ただの夢だと認識してしまいそう」


 頷いた。


「いきなりご主人様の精神力や魔力が試される場面だった?」

「そのように聞こえます。現実と夢の境目。その空間を把握しようとする精神力が必要だったはず。ですから、ビーサではないですが……強いマインドの精神力がなければ混乱したと思います」

「はい」


 ヴィーネとキサラが俺の分析をしていた。

 俺は皆に、


「俺には悪夢の女神ヴァーミナ様からの接触とミレイヴァルの過去を幻想的に体感した経験がある。だから直ぐに幻術と認識した。で、後々、ホウシン師匠と武王院の施設と関連した<仙魔術>系の幻術と知ったんだ」

「ん、魔防大御霊陣で守られた仙境が武王院。鬼魔人と仙妖魔の侵入をずっと防いでいた」

「あぁ」

「ん」


 エヴァは笑顔を見せる。癒やされた。

 そこで、沙・羅・貂を順にゆっくりと見てから三人に向けて、


仙鼬籬せんゆりの森と融合した玄智の森へ向かえたら、その時は道案内を頼む」


 と発言。沙・羅・貂は、


「うむ! 妾たちに任せろ」

「はい! 仙王槍スーウィンを得た器様は白炎王山と縁があるということです」

「神界セウロスに至る道の詳細は未だ分かりませんが、もし見つけたら、わたしたちが知る『うつほ・かせ・ほ・みつ・はに』の神事と儀式が、神界セウロスに至る道を辿る時に、役に立つかもしれません」


 期待しておこう。

 そして、イゾルデに神界セウロスへの行き方を聞いた時の言葉を思い出す。


『複数ある。神界セウロスの神々の影響が強い聖域で神界セウロスに至る道を辿る方法が、その一。その二が次元渡りの秘宝を使用することだ。その三が〝狭間ヴェイルの魔穴〟、〝魔穴〟や〝異次元の魔穴〟など無数の呼び名が〝魔穴〟にはあるが……その魔穴を利用しつつ魔神具なども利用できれば……神界セウロスへと転移を行うように移動できると聞く。そして、〝神界セウロスに至る道〟から離脱した風紀の王と壁の王の諸勢力は、これらの魔穴を利用できたと聞いていた』


 光魔武龍イゾルデが次元渡りのアイテムを入手したら……。


「うむ。その神界ではなくとも、わくせいセラの地上と地下に他次元界や宇宙など、冒険するところは無数にあるのだ。だからぁ、妾たちも眷属たち同様に、とことん付き合おうぞ!」


 沙の気合いが凄い。

 少し圧を感じたが、頷いた。


「よろしく頼む」

「うん。沙、良いこと言った!」

「はい。沙は美人ですが、漢らしい」

「ぬぬ? 妾ほどの、淑やかなで、良い子で、生娘ちゃんは、他におらんわ!」


 笑った。


「ふふ」

「まったく、褒めるとすぐこうなるんだから」


 レベッカがそんなことを。

 そんなレベッカにツッコミを入れたかったが、


「シュウヤ、何か?」

「い、いや、なんで俺を見る」

「ふ~ん」


 皆もだが、勘が鋭いんだよ。


「はは、マスターが少しきょどってる~」

「あは」

「ふふ」

「きょどる器も可愛いが、器よ。眷属たちに負けないぐらい特別なしとねのムフフを頼むぞ……更に『御剣導技』を妾たちから学びながら『神仙燕書』と『神淵残巻』を探す旅に出るのだ……肝心の〝天地の霊気〟は、〝さいきっくまいんど〟の強化であまり必要なさそうに見えたことが、実に、悔やまれるが……」


 ムフフはいつでもできるから良いとして。


「……〝天地の霊気〟と『御剣導技』を学べるなら学びたいさ。その『神仙燕書』と『神淵残巻』も獲得して秘奥の奥義などを学びたい気持ちはある。しかし、現状その『神仙燕書』と『神淵残巻』の手掛かりは皆無。王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードや二十面相の聖魔術師の仮面のように、目的の品がどこにあるのかを示す魔線などが放出されるのなら、探せるんだがな」


 俺の発言を聞いた皆が頷いた。


「それはたしかに! 仮面装備を集めれば器が強まる。だから器の判断に任せよう。さて、先に出るぞ――」


 沙・羅・貂が先に踊り場に出た。


 レベッカも「あ、わたしも~」と踊り場に出た。

 そのレベッカが振り向いて、


「――玄智の森で入手したアイテムをアイテムボックスに入れて、それらの入手したアイテムの名前を調べないの?」

「スロザにアイテム鑑定を頼んだ際に分かるだろ? だから今はいいや」

「それもそうね」


 レベッカの言葉に頷いた。

 ヴィーネとエヴァとビーサが浮遊岩から踊り場へ足を踏み入れていた。

 そのヴィーネは俺がプレゼントした長剣の柄を見ている。


 既に、フランベルジュのような大剣からグラディウス系の長剣に戻していた。

 

 すると、レベッカが、


「シュウヤの右手が持つ冷気を放つ魔槍は見たことがない。それが玄智の森の黄金遊郭で入手した魔槍?」


 俺が右手に持つ魔槍を指摘。頷いてから右手を上げて、


「そうだ。これが凍った茨を有した魔槍だ――」


 柄と穂先に凍った茨が絡む魔槍を皆に見せる。

 王牌十字槍ヴェクサードもゆっくりと上げた。

 ユイとミスティは凍った茨が柄に絡む魔槍を凝視し、


「穂先と柄から霜のような茨と霜柱のようなモノが宙空へと無数に放出されていて綺麗……」

「マスター、そのままで――」


 ミスティは手首の暗器械から掌へと飛び出たペンを活かすように凍った茨が絡む魔槍の絵と考察を羊皮紙に書いている。


 ミスティからもらった十層地獄の血鍵もペルネーテのスロザに鑑定してもらうか。ベニーの治療とヴェロニカに絡む神聖教会も気になるところだ。


「ミスティ、悪いが武器は消すぞ」

「あ、うん、了解」


 ミスティの返事を聞いてから二つの魔槍を消去。


 そのミスティとユイと一緒に踊り場へ出た。

 黒板とチョークが合わさったような不思議板を見てから振り返った。


 エレベーター的な地下と中層と最上階へ行き来が可能な浮遊岩が並ぶ。


 俺たちが利用した中層行きの浮遊岩の前の扉が閉まった。


 爪先半回転――。

 踊り場の端のエスカレーターのような斜め下へ続く魔機械の台と連なる浮遊岩を視認。


 そこにはまだ向かわず。

 

 皆がいる吹き抜けを見渡せるような二階の端に向かった。


 端にはアイアンの手摺りてすりさくが並ぶ。


 手摺りはお洒落しゃれだ。

 レベッカとヴィーネが、そんなお洒落な手摺りに手を当てながら一階を眺めていた。

 

 細い腕を下へ向けたレベッカ。

 その行動に応えているヴィーネの姿も魅力的過ぎる。


 二人とも【天凛の月】の新衣裳と融合したムントミーの衣服が似合うから、どこぞのファッション雑誌の表紙を飾れそう。

 

 レベッカは城隍神レムランから青白い炎を纏う骨の手と小さいナイトオブソブリンとペルマドンを出していた。

 ヴィーネは金属鳥イザーローンを出すと、その幼竜の二匹と遊ばせる。


 ミスティとユイは手摺りに背を預けて会話中。


 ユイはミスティに向け頷くと、新しい魔刀を鞘から抜いていた。


 魔刀に<血魔力>を送るユイ。

 先ほどと同じく刀身から梵字のような魔印が宙空に浮かんでは仄かに輝く。


 刀身に銀色の美しい刃文が走る。

 刃文の間に刻まれている浮き彫り状の梵字も朧気に輝いた。


 喜んだミスティは早速暗器械からペンを掌に出して、その魔刀とユイのことをメモる。


 沙と羅と貂は、ホバー状態で浮かぶゼクスとヴィーネの扱う金属の鳥のイザーローンについて会話をしていた。

 

 エヴァは手摺りから少し引き、魔導車椅子に乗りながらターン。


 回る車輪の金属とリムが少し輝く。


 エヴァは紫色の魔力の<念動力>を体から放出させつつ新しい一対のトンファーを下から上へと振り上げていた。


 ミスティと一緒に弄っていた金属の粒も周囲に浮かせていた。


 そのエヴァの様子を見てから振り返り――。

 手摺りの上に腕を置いて、一階を眺めた。

 吹き抜けロビーは前とかなり違う。


 中央の床には蓙と毛布の養生ようじょうめられてあった。


 スタイリッシュな魔鋼のオブジェには布が被せられてある。


 養生が敷かれた上には、大小様々な岩が並ぶ。


 砂とモルタルのような素材が詰まった巨大な樽と、ダンボール素材のような物に、タイル材と生地などが大量に積まれてあった。


 運搬器械の数は、アグアリッツの店の荷下ろし作業の時より少ない。


 もう荷物は運ばれた後だってことだろう。


 そんな積まれた荷物を照らす魔法のランプを持つアギトナリラの管理人もいた。

 他のナリラフリラの管理人たちはボールを投げるように光る魔法の玉を投げ合う。


 『リゼッチドロウズボウル』のような競技を行うアギトナリラナリラフリラの管理人もいる。

 

 それらのランプと丸い玉の光源類と、窓硝子から差す斜光が重なっている部分では、光の十字架が発生し、極彩色豊かな色を発した十字架となっていたが、直ぐに散る。

 が、また光の十字架が宙空に生まれ出て、目映いネオンを発し、十字架のエフェクトの残光を発して消える。


 コンスタンティヌス型の十字架の群れにも見えた。


 そんな幻想的な十字架の光と大小様々な浮遊岩の量に少し圧倒される。

 

「ピュゥ~」


 あっ、荒鷹ヒューイ!

 そのヒューイは高々と積まれた荷物と浮遊岩の間を縫うように周回している。


「ヒューイ!」


 そう呼びかけるとヒューイは片翼を傾け旋回を行い、此方側へと方向転換してくれた。

 ヒューイは目映い十字架の群れを蹴散らすように飛来――。


「ピュゥ~」


 素早く肩の竜頭装甲ハルホンクを意識。

 ――右肩に竜頭を生み出してから、右腕を鷹匠の如く前方へ伸ばした。

 宙を飛翔するヒューイは両足の爪を前に伸ばしている――。

 鋭い爪と嘴を持つヒューイには怖さがあったが、構わない――。


 ヒューイは両足の爪でガシッと肩の竜頭装甲ハルホンクを掴むと、爪とハルホンクの装甲が衝突した面から火花が散った。

 ヒューイは、バッサバッサと大きな翼を羽ばたかせる。

 ヒューイの重さが可愛いが、結構重い。


 ヒューイは見事にバランスを取って静止。

 この辺りは猛禽類その物。 

 

 三つの眉毛と双眸は変わらない。

 

 かなり可愛い。


「ングゥゥィィ!」

「キュ? キュィ~」


 あれ?

 ヒューイは直ぐにチキチキ文句を言うと思ったが、言わない。


「ヒューイちゃんもハルちゃんを待っていたのね~」

「楽しそうですね~」


 皆の楽しそうな声に合わせるように肩の竜頭装甲ハルホンクは青白い炎の魔力をヒューイ目掛けてピュッと放出した。


 その青白い炎をヒューイは全身で吸い込む。


「あ、ハルホンクがヒューイに魔力をプレゼントするなんて」

「キュゥ~」

「はい、珍しい。成長の由縁でしょうか」

『主、我も魔力を……』

『おう、いいぞ』


 左掌の<シュレゴス・ロードの魔印>から透けた桃色の魔力が放出されると、その魔力は右肩に止まるヒューイへ向かう。


 ヒューイは、その透けた桃色の魔力を楽しそうに嘴から吸い込んでいた。


「シュレはヒューイ誕生と関係があるからね~」

「ヒューイちゃんもハルちゃんも可愛い~」


「キュッ、キュゥゥ♪」

「ングゥゥィィ!」


 シュレは肩の竜頭装甲ハルホンクにも透けた桃色の魔力をプレゼントしていた。


「キュゥゥ!」

『主、ヒューイ好き、ハルホンクはついで』


 <シュレゴス・ロードの魔印>に棲むシュレゴス・ロードはそんな気持ちを伝えてくる。


『おう。無理をしない範囲でプレゼントしてやってくれ』

『承知!』


「ハルちゃんは食いしん坊だけど大丈夫?」

「大丈夫だろう」

「キュゥ♪ キュゥ♪ キュオキュゥールゥ♪」

「ングゥ、ングゥゥィィ、ングゥゥ♪」

「キュゥ♪ キュゥ♪ キュオキュゥールゥ♪」

「ングゥ、ル、ングゥルゥ♪ ングゥゥィィルゥ♪」

「キュゥ♪ キュゥ♪ キュオキュールゥ♪」


 リズミカルに桃色の魔力を吸い取ったヒューイ&ハルホンク。


「楽し気な音楽です。同時に立派な嘴が小鳥に見えました……ふふ」

「はは、うん」

「どことなく魔竜王の蒼眼の回転速度も上がったような……」


 キサラはそう言うと、人差し指を肩の竜頭装甲ハルホンクへ伸ばす。

 ヒューイは肩の竜頭装甲ハルホンクを嘴で突いてから、キサラの人差し指に嘴を優しく当てていた。


「キュゥ~」

「ふふ、挨拶ですね」

「キュッ」


 キサラに向けて嘴を開く。舌を見せていた。

 笑顔と返事かな?

 可愛い荒鷹ヒューイ。


 その両足の爪が開いて閉じて肩の竜頭装甲ハルホンクの上を歩いていく。


「カユイ、カユイ、ゾォイィ~」


 面白声な肩の竜頭装甲ハルホンク

 歩いていたヒューイはいきなり、


「チキチキ――」


 と鳴きつつ嘴で肩の竜頭装甲ハルホンクをリズミカルに突く。

 その度に肩の竜頭装甲ハルホンクは変な鳴き声を発して魔竜王の蒼眼をクルクルと回していた。


 この辺りは前と同じだ。

 ヒューイは飛び立つ。


 そのヒューイが飛翔する姿を皆で追った。

 ヒューイが旋回を始めた付近には、巨大な浮遊岩が幾つかある。


 が、そんな浮遊岩など関係ないというぐらい魔塔ゲルハットの一階と二階の吹き抜けは大きい。――ヒューイは宙空を行き交う光源を追うかに見えたが、内壁と地続きの開いた窓から魔塔ゲルハットの外に出て見えなくなった。


 窓の動きはヒューイのことを認識しているような動きだった。

 センサーでもあるのか、コアは俺たちの動きを把握している?


 管理人と連動したセンサーが反応して窓硝子が開いたのかもしれない。

 さて、


「一階に降りよう。下の大規模な工事ルームは、ペグワースたちのだろう?」

「はい。【魔金細工組合ペグワース】の面々たちが活動中。本格的な作業はまだこれからのようです」

「へぇ、結構進んでいるような印象だが」

「資材の搬入は終えたと聞いたからね」

「ペレランドラの商会か大商会が仕事を果たしたのか」


 俺がそう聞くと、皆は頷いた。


「うん、覚えていたのね。上院評議員のコネを使って直ぐ貴重な品を集めた」

「ホルカーバムの聖碑石、タレルマゼル神石、サザーデルリ魔鋼、シャンドラ秘石、栄光の霊透樹などです」

「妾たちの力となった栄光の霊透樹を再度入手するのは大変だったろうに」

「上院評議員ペレランドラのコネの力は凄い」

「ん、それだけではないと思う」

「そうねぇ、ネドーが消えて、ペレランドラは【天凜の月】の副長補佐の噂も広まっているから」

「ん、あと、【白鯨の血長耳】の幹部たちとガルファさんとの付き合いも良好だから、ペレランドラの評判は急上昇」


 皆の言うペレランドラの評判を聞いて納得した。


 ユイも嬉しそうに微笑む。

 ペレランドラのお陰で仕事が楽になったって顔だ。

 ヴィーネ、ビーサ、キサラ、エヴァ、レベッカも数回頷いていた。

 ってことは、皆でキッカと仕事をやったのかな。


 すると、横にいる沙が跳躍、華麗に手摺りの上に乗った。

 細い腕を下に差し、


「ドワーフ共はがんばっている。ディアは外か!」

「あ、沙――」

「ではわたしも――」


 沙・羅・貂は手摺りを蹴って高々と跳び、飛翔を開始。

 <神剣・三叉法具サラテン>たちは、背中に背負っていた鞘に納まる剣を足下に召喚し直し、その剣に乗りながらサーフィン機動で空を直進。


 スカート状の衣装が靡く。

 衣装の端から微かな魔線が仄かに散っていた。


 すると、常闇の水精霊ヘルメが視界に出現し、笑顔を見せる。


 笑顔のヘルメは、三人の空を飛ぶ機動を見て、『わたしも飛翔したい』と言うような雰囲気を醸し出すが、そんな念話は送ってこない。


 ヘルメも外へ出たいなら直ぐに俺に気持ちを伝えてくる。


 伝えてこないってことは、俺の左目の中にいたいってことだ。


 そのヘルメの気持ちはよく分かる。

 玄智の森の出来事を黙って聞いていたヘルメ。

 

 本当は俺と一緒に玄智の森に行きたかったんだろう……。

 

 俺が寝ている当初、寝ている俺にずっと語りかけて泣いていたかもしれない。


 そう思ったら、心が少し痛んだ。


 ヘルメに少し魔力をプレゼント。

 すると、小さいヘルメは背筋を反らしてロデオスタイルのまま『ぁん』と喘ぎ声を響かせて、視界から消える。

 

 小さいヘルメだったが魅惑的だった。

 そのまま手摺りから手を離し、


「じゃ、下に行こう」

「「はい」」


 二階の踊り場から一階へと続く魔機械風の浮遊岩エスカレーターに乗る。


 その下から――。


「ンン、にゃごおぉ~」


 黒猫の相棒が魔機械と浮遊岩を連続的に蹴って高く跳んでくる。

 その黒猫ロロの背後には黄黒猫アーレイと白黒猫ヒュレミもいた。


 二匹は黒猫ロロの跳躍を繰り返す動きを真似るように跳んできた。


 パレデスの鏡を異界軍事貴族たちと守るはずの二匹だが――。


 ま、可愛いから良いか。


 ベルトコンベアやエスカレーターのように斜め上と斜め下に行き交う浮遊岩と魔機械から降りながら、


「よぉ~! アーレイとヒュレミの猫ちゃんズ!」


 と出迎えた。


「ニャァァ」

「ニャォォ」

「相棒も外から一階に下りたんだな――」

「にゃ~」


 三匹は小さい頭部を足にぶつけてきた。

 俺が浮遊岩と魔機械を降りるタイミングに合わせリズミカルに頭突きを行う。


 そして、器用に、俺の脹ら脛に己の尻尾と背中をこすり当てる三匹。

 

 俺が浮遊岩を降りる動きに合わせるように、左右の足の間をリズミカルに行き交う動きは可愛くて面白い。


 途中で足を止めて、


 ――黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミを交互に抱き上げた――。


 柔らかいお腹とお毛毛を堪能。

 二匹の肉球をモミモミしてから黒猫ロロを抱く。


 アーレイとヒュレミの二匹は、俺の足下に降りると一気に虎へと成長。


「ふふ、アーレイとヒュレミもシュウヤを待ってたのね」

「はい。いつもよりも激しく甘えているように見えます」

「でも、ロロちゃんの感触のほうが好きらしい」

「それは相棒ちゃんだからでしょう~。玄智の森にロロちゃんはいなかったからね、気持ちは分かる」


 皆の声を背後に感じつつ――。


 相棒の黒猫ロロを抱き続けた。

 そんな相棒の指球と掌球の間に親指を入れながら――。


 その親指で、黒猫ロロの指球と指球の間を拡げて閉じるように肉球マッサージを続ける。


 そして、瞳と瞳のちょい上辺りの黒毛が薄い頭部にキスをプレゼント。


 その相棒の黒猫ロロはゴロゴロと喉音を鳴らしてくれた。

 

 が急に「ンン――」と鳴いて天邪鬼を起こす。

 俺の手から前足を引っこ抜くと――。

 

 俺の顔を反対の前足と後ろ脚の裏で踏みつけ、肩に跳び乗ってきた。


「にゃ~」


 ……少し爪が痛かったが、その爪の痛さも嬉しい。そして、相棒の後ろ脚の肉球の感触は少し冷たかった。


 温度は普通の猫だな。

 その黒猫ロロは楽しそうに、俺の耳朶に猫パンチとフックを浴びせてきた。


 そこから頬に頭部を寄せてくる。

 ふがふがと俺の揉み上げ辺りの匂いを嗅いできた。


 鼻息がくすぐったい。


 そのまま相棒の好きなようにさせつつ、浮遊岩エスカレーターを階段を普通に降りるように降りた。


 左右の足の横から離れず付いてくるアーレイとヒュレミの大きな虎の毛も触る。


 そんなモフモフを堪能しながら一階に到着。


 左斜め前方の出入り口の近くには鋼鉄製の受付台が並ぶ。

 受付台は、アルミか鋼鉄かな。【天凛の月】を意味するマークといい、かなりお洒落だ。


 そこには見知らぬ【天凜の月】の兵士たちがいる。

 

「皆様、あ、盟主! 初めまして!! シンと言います!」

「初めまして!! 新しく雇われることになったコイスです」

「きゃ、盟主! わたしはラエシンです!」

「素敵な黒髪と黒い瞳……あ、わたしはトメラです!」


 俺に向けて一斉に挨拶してくれた。

 更にお辞儀もしてくれた。

 俺もお辞儀を返してから、ラ・ケラーダを送る。


「よろしく」

「「「「はい」」」」


「ご主人様、四人は、ペレランドラの大商会と【髪結い床・幽銀門】のパムカレが紹介してくれた人員です」

「そっか、彼ら彼女らは戦えるのか?」

「うん。【天凛の月】の人員」


 【天凛の月】の制服は幹部候補とは違い簡素ではあるが、これはこれでありだな。

 

 受付の兵士たちに笑顔を向けてから、中央のほうに再度視線を向けた。


 運搬機械が上下に並ぶ奥の右側はボードスタンドが囲う展示台。

 その奥には、ガイドポールが囲うステージ台。


 ステージの横にはアルミトラスが組むフィッティングルーム。

 

 そこから【アグアリッツの宿屋】を見ようと、右側へ移動した。


 すると、その【アグアリッツの宿屋】から出てきた【天凛の月】の人員がいた。


「「あ、盟主!」」

「あ~、盟主様!」

「盟主が起きられた! 整列!」


 ラタ・ナリ。

 ラピス・セヤルカ・テラメイ。

 クトアン・アブラセル。


 その三人が走り寄ってきた。

 

 ビシッとした敬礼を寄越す。

 俺もラ・ケラーダの挨拶を返した。


 そして、


「楽にしてくれ。心配をかけてごめん。先ほど起きたんだ。で、早速だが、カットマギーに狂言教の連中が絡んできたと聞いたぞ」

「はい、撃退しました」

「長老はいなかったようです」

「そうなんです。そして、そのカットマギーとレンショウは新人たちを連れて下界です」

「はい、地下トンネル網と【テーバロンテの誓い】の邪教などの魔族関係と争っています」

「おう。カットマギーたちが忙しいのはヴィーネたちから聞いている。地下のネドー一派が残した案件だな」

「「「はい!」」」


 カットマギーの連れの三人は元気だ。

 カットマギーが三人を地下に連れていかなかったのは、偶然かな?


 そんなカットマギーの優しい一面を考えながら、ユイたちを見て、


「……地下トンネル網は、グリーン下院評議員の邸宅、ヒメリア大商会とピサード大商会の倉庫と店舗、【魔獣追跡ギルド】、【幻獣ハンター協会】、【ミシカルファクトリー】などの非合法の大手巨大組織と関係した拠点と血銀昆虫の街の倉庫と民家に繋がっていたとか」



「そうなんです。わたしたちも魔塔ゲルハットの人員を維持しながら、下界へ手伝いに出たりしました」

「はい、上界の【宿り月】の縄張りの維持もありますが、皆のフォローも重要ですから」

「そして、地下ではキサラ様、ユイ様、ヴィーネ様、ビーサ様、キッカ様と裏仕事人の依頼のフォローも行いました」

「へぇ~」


 キサラたちを見る。

 キサラは頷いて、ユイをチラッと見てから、


「はい。ネドーとも取り引きしていた【ミシカルファクトリー】と関係が深い【バアルリミデッド】を組織ごと潰しました。大魔獣を使役していた魔獣使いたちは中々強かった」


 と発言。

 ユイも、


「うん、中々ね。そして、わたしは冒険者Aランクへの昇級もついでに。キッカさんの<血魔力>を活かす剣術もじっくりと見たから、ふふ~」

 

 ユイは剣術の腕がまた上がったのかな。

 

「はい。キッカの<血魔力>を活かした剣術は参考になりました! ですから――」


 ヴィーネは新しい長剣に魔力を通す。

 長剣は幅が拡がると、特大剣となった。


 その特大剣を右手一本で迅速に振るうヴィーネ。

 背中に靡く長い銀髪が美しい。


 ラタ・ナリたちは驚く。


「「「おぉ~」」」


 ヴィーネは満足そうに頷く。

 俺をチラッと見てから、


「これは、ご主人様が、夢魔世界の玄智の森から持ち帰ってくださった強力な魔剣だ」

「素晴らしいです!」

「間合いが急激に変化するどころではない……長剣から特大剣とは……」

「最高幹部のヴィーネさんがまた強くなられた!」


 ラタ・ナリたちの感心を寄せる態度と言葉に、ヴィーネは誇り顔。

 

 ユイとエヴァもラタ・ナリたちにアイテムを見せていた。

 ヴィーネとユイとエヴァの武器を見たラタ・ナリは、


「それらの武器の名は?」

「まだ鑑定はしていないから名前などは不明だ。その件も踏まえてペルネーテに戻る予定なのだ」

「そうですか。とにかく、盟主のご帰還おめでとうございます」

「おう。んじゃ、カットマギーと連係して上手くやってくれ」

「「はい!」」

「承知いたしました!」


 【アグアリッツの宿屋】の近くを歩く。

 看板を擁した店構えもアルミ素材でかなりお洒落だ。


 硝子越しに、システム什器などが置かれた【アグアリッツの宿屋】の厨房を見る。

 中で仕事を行うアグアリッツ夫婦と猫好きの空戦魔導師ビロユアン。


「ビロユアン、仕事してるのね」

「酒を飲んでるわけではなかった、意外」


 ユイとレベッカの言葉に頷いた。


 隻眼のビロユアンは料理仕事もできるようだな。

 と、ザフバンとフクランの夫婦が俺に気付いた。


 一応、片手を上げて挨拶。

 そして、『そのまま仕事を続けてくれ』とジェスチャーで伝えようとしたが、伝わらず、ビロユアンと一緒にザフバンとフクランは作業を中断して走り寄ってきた。



「盟主!」

「シュウヤ殿!」

「シュウヤ様~」

「よう、皆。では、ビロユアンから話をしよう」

「はい!」

「ルシュパッド魔法学院から飛行術の魔法書を入手したと聞いている。そして、皆にその魔法書を配ってくれてありがとう」

「ハッ、盟主から礼の言葉を頂けるとは、恐縮です」

「当然だ。で、ルシュパッドにも【幻瞑暗黒回廊】は存在するのかな?」

「魔改造部屋はルシュパッド魔法学院にも存在します。【幻瞑暗黒回廊】と通じた秘密の部屋はあるかもです。しかし、狙って探すのはわたし一人では不可能でした」

「分かった。ならそのままで、【天凛の月】の仕事を優先してくれ」

「はい!」

「では、ザフバンとフクラン。二人はもう宿屋兼酒場を開いているんだな」

「【天凛の月】の活動を手伝おうと思ったが、皆に魔塔ゲルハットに留まることも【天凛の月】を守ることに繋がると言われてな」

「はい、わたしもです。あと、わたしは【宿り月】のほうの調理にも挑戦させてもらってます」

「おう。その辺りはお任せだ」


 右側の【アグアリッツの宿屋】の食堂には、外の硝子に接した机の上に、茶トラの猫と、白黒の斑の猫に、灰色の猫がいた。


 押っ広げ状態の灰色の猫は銀灰猫メトと似ている。可愛い。


 そして、あの猫ちゃんたちについて、ビロユアンに、


「机の上で休んでいる猫はビロユアンが飼っていた?」

「はい。リックン、ラン、トマーです。呼びますか? 餌を出せば来るかもです」

「あ、無理にはいいさ」

「ん、アグアリッツの看板猫と化した」

「は、はい」

「ビロユアン、わしは嬉しいぞ」

「あぁ」

「お魚と鳥肉の餌も豊富にありますから、気になさらず」


 フクランもそう発言。

 ビロユアンは頬を朱に染めつつ、己の後頭部を掻いていた。


 恥ずかしいらしい。 

 愛猫を連れてきたが、看板猫にするつもりはなかったようだな。


「んじゃ、ペグワースたちと会うから、三人とも、またな」

「「「はい!」」」

「ん、またね、フクちゃん」

「皆、また!」

「では、失礼します」

「ビロユアン、わたしたちは【幻瞑暗黒回廊】で迷宮都市ペルネーテに戻る予定。だからカットマギーと【髪結い床・幽銀門】たちが帰還したら会議を開くように。そして、血文字で連絡が行き渡らない末端には、盟主は元気に活動中だという話を広めるのだ」

「了解した」

 

 ヴィーネがビロユアンに指示を出していた。

 最高幹部らしい姿で渋い。

 

 長耳に息を吹きかけたくなった。

 が、我慢しよう。


「シュウヤ、こっち」

「分かった」


 ユイたちと進む。

 しかし、魔塔ゲルハットの施設、店舗が凄すぎる。

 ここ、俺の家なんだよな……。


 一階と二階もめちゃ広い。

 更に、中層までが巨大な吹き抜けだからなぁ……。


 感心しながらユイたちの背後を歩いた。

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