九百二十三話 獄猿双剣のトモンと香華魔槍のジェンナ

 威風堂々のイゾルデの威圧を感じた二人の鬼魔人は怯える。

 背筋に震えが走っていそうだ。


 イゾルデは、


「ふん――」


 と発言しつつ武王龍槍を消す。


「二人とも降伏と受けとるが、いいな?」

「「はいッ」」

「イゾルデの君たちに対する態度には理由がある。イゾルデは過去は神界セウロスの武王龍神様だった。魔界セブドラの神々や眷属に諸侯の勢力などと長く戦い続けた故の思考。今は光魔ルシヴァルで俺の眷属の一人。光魔武龍にも変身が可能だ。だから、下手な態度を彼女の前で見せれば首が飛ぶと思え」


 俺の説明を耳にした二人の鬼魔人の黒目がぬるりと動く。

 

 鬼魔人の二人は呼吸を荒くした?

 俺の<魅了の魔眼>をナチュラルに見続けたせいか?


 俺の称号は、覇戈神魔ノ統率者。

 結構ヤヴァいレベルだと思うからな……。

 二人は呆けた顔となっているし、女のほうは恍惚さも入っているような印象を受けた。

 その二人に向け、


「返事がないが?」

「「は、はい!」」

 

 イゾルデは満足そうな表情を浮かべて両手を組む。

 巨乳さんが、両腕の中で押しくら饅頭をやり合う。


 まったくもって素晴らしい。


 ホウシン師匠とソウカン師兄とモコ師姐も改めてイゾルデのことを聞いて感嘆の声を発していた。


 黄金遊郭の外での戦いを傍で見ていたんだろう。

 しかし、直ぐホウシン師匠は暗い顔となる。


 ウサタカの件があったからな。

 仕方がない。ホウシン師匠にとってウサタカも武王院の一人の院生、息子のような感覚だったんだろう。

 

 だからこそ、その心中は……。 

 なんて声を掛けていいのか。


 ソウカン師兄も察したのか、逸早く動いた。

 険しい表情を浮かべながら、ウサタカの亡骸を調べていた。少し遅れてモコ師姐とエンビヤ、ダン、クレハが続く。

 

 アラは俺の傍に来て、鬼魔人の二人に会釈。


「ホウシン師匠……」

「ふ、シュウヤ、わしは大丈夫じゃ……」

「はい……」

「ウサタカのことはシュウヤが気にすることではない。むしろ、シュウヤがいなければ、わしらはウサタカの欲望に飲まれていたかもしれんのじゃからな? だからこそ、英雄シュウヤに感謝しかない……」

「……恐縮です」

「うむうむ。真に良い弟子を持ったものじゃ……そして、魔族たちをも救う行動は本気のようじゃな?」


 ホウシン師匠は、鬼魔人たちを見ながら語る。


「はい。俺だからこそできることもあるかと思いまして」

「少しでも救える命があるのならの心意気じゃな。真に心が洗われる思いじゃ」

「……血を好む野郎の気紛れですよ」

「ふ、エンビヤたちが笑っておる。シュウヤの照れ言葉には慣れたようじゃな?」


 皆を見ると優しそうに微笑んでくれた。

 恥ずかしいから話を切り替えよう。

 

 と、先にホウシン師匠が、


「シュウヤ、ノラキから聞いたのじゃ。玄智の森の大半の鬼魔人と仙妖魔は鬼羅仙洞窟から移動したと。武仙砦の内側の前にも集まりだしていると聞いている」

「武仙砦の前では、戦いにはなっていないですよね」

「うむ。ノラキから総督に情報は色々と伝わっている。更に、鬼魔人傷場での戦いを経験した零八小隊の副隊長カップアンが、血の気の多い仲間たちを命懸けで説得したようじゃ」


 そうだったのか。

 カップアン……。

 独鈷コユリもいたと思うが、ホウシン師匠には伝わっていないのかな。


「それもこれも、シュウヤが迅速に動いたお陰じゃ」

「イゾルデのお陰でもあります」

「うむ」

「では、鬼魔人たちに説明したいと思います」

「分かった」


 ホウシン師匠に拱手してから、鬼魔人たちを見て、


「既に知っていると思うが、魔界王子ライランの眷属アドオミは俺が倒した。君たちも洗脳は解けているのだろう?」

「はい」

「既に記憶は取り戻しています」


 記憶を取り戻している状態で、玄智の森に残ろうとした理由は、ウサタカと友だった? 

 それとも思想が同じだけか。


 玄智の森に対する恨みが強い鬼魔人たちなのだろう。

 そのことを考えてから、


「鬼魔砦は俺の支配下だ。魔将オオクワと副官ディエも一時的に部下となった。君たちも知っているだろう鬼魔人のザンクワとヘイバトと鬼魔・幻腕隊ガマジハルも一緒にいる。そして、先日、鬼魔人&仙妖魔連合の俺たちは魔界王子ライランの勢力を打ち倒したばかりだ」

「……そうでしたか。知りませんでした」

「はい……」

 

 鬼魔人の二人がそう喋る

 頷いてから竜頭金属甲ハルホンクを意識。


 素っ裸にならないように気を付けながら――。


 鬼魔砦統帥権の証明の鬼闘印を胸元に出現させる――。

 二人の鬼魔人は竜頭金属甲ハルホンクの防護服が微妙に変化したことには気付かない。


「――後ほど二人は嫌でも分かると思うが、証明しておこう。これが鬼魔砦統帥権の証明の鬼闘印だ」

「おぉ、鬼魔砦の統帥権を……俺はシュウヤ様に従います」

「魔界騎士の頭領としてシュウヤ様に従います。改めてよろしくお願い致します」


 二人はあっさりと恭順。


「よろしく頼む。俺の名はシュウヤ。正式な名は、シュウヤ・カガリ。で、二人の名前は?」

「俺はトモン。トモン・アルバトス。獄猿双剣のトモンと呼ばれていました」

「わたしはジェンナ。ジェンナ・キナミビア。香華魔槍のジェンナと呼ばれていました」

「二人は魔界セブドラ出身の魔族か?」

「はい」

「トモンもジェンナも、魔界王子ライランに負けた勢力の一員だったんだな?」

「はい。魔界王子ライランに負けたのは、諸侯の一人、魔公爵ゴグー・ジェリアス。業魔雷平原を支配する業魔雷槍を扱う強者でしたが……無念です」

「わたしも同じ業魔雷平原出身です。魔界騎士として仕えていました」

「理解した。敢えて聞くが、玄智の森への恨みは捨てるんだな?」


 二人は唾を飲む。

 間が空いた。

 

 ジェンナのほうは……。


 ホウシン師匠とエンビヤを強く睨んでいる。


 エンビヤは『はっ』とした表情を浮かべる。


 過去に何かあったか。


 トモンのほうの視線にはブレがない。

 そのトモンは、俺を見て一礼。

 頭部を上げて、


「捨てます。俺は魔界に戻りたい。な? ジェンナ」


 と、ジェンナに話を振る。

 トモンの視線と態度には、ジェンナにしか理解できないような阿吽の呼吸があるように思えた。


 そのジェンナは、溜め息を吐いた。

 そして、


「……シュウヤ様の誘いには乗ったけど……ごめん、トモン。一緒に戻れそうもない」

「な、よせ……」

「無理……」


 ジェンナはトモンを突き放すと、俺に向けて、


「正直に言います。そこのソウカンとエンビヤに、友のダイゲルとホムリルが殺された恨みは忘れない」

「仇を取りたいって言うのか?」

「……」


 沈黙するが、肯定だな。


 エンビヤがこちらに来て、


「ダイゲルとホムリル……鬼魔人と仙妖魔のコンビですね。武王院が守るビビ村などやカソビの街でも仙武人を殺しまくった魔族でした。そして、ソウカン師兄たちと一緒に警邏した際に倒した覚えがあります」


 少し剣呑な雰囲気となった。

 直ぐに、そんな雰囲気をぶち壊す。


「……ジェンナ、状況は理解できていると思うが?」


 わざと魔力を全身から放出。

 力尽くでもここでは争わせない思いだ。


「……はい。ですから、恨みは忘れないだけ。魔界セブドラで生きるチャンスがあるのに、今ここで暴挙に出るつもりはないです……」


 ジェンナの大人な言葉を聞いて少し安堵。

 が、油断を誘っているだけかもしれない……。

 

 ジェンナの<魔闘術>系統の動きには変化がない。

 腰ベルトの横には、獣の皮を鞣した物と金具で固定されている束の棒手裏剣が大量にぶら下がっている。


 動きの邪魔にならないような工夫が施されていた。

 槍使いであり、<投擲>使い。

 基本は俺と似たスタイルのジェンナか。


 そのジェンナからの殺気がないことを確認してから、直ぐにエンビヤへ下がれと視線で指示。


 頷いたエンビヤ。

 トモンとジェンナに向けて丁寧に挨拶。


 トモンとジェンナは面食らっていた。


 エンビヤは後退してモコ師姐と話を始める。

 一方、ダンは安心していない。

 仙大筆を回転させつつ、ジェンナの背後に移動していた。

 ソウカン師兄は気にしていない。

 ウサタカの遺骸に残るアイテムを調べては回収していた。

 

 イゾルデも武王龍槍を出現させている。


「イゾルデ、武王龍槍は仕舞っても大丈夫だ」

「ここで首を刎ねたら、憂いはなくなるぞ」

「あぁ、そりゃそうだが、俺から誘いを掛ける以上はジェンナとトモンをある程度は信用しようか。そして、ジェンナ、皆への恨みを忘れろとは言わないが……もし、玄智の森に行く手段を見つけて、エンビヤたちに攻撃を加えるつもりなら……俺が、必ず、お前を見つけて、殺すことになる」

「……安心してください。そんなリスクは負いませんし、できません……」

「了解」


 ここはさっさと出たほうが良いが……。

 少しだけ探索したい。


「シュウヤ、〝黒呪咒剣仙譜〟を返しておきます」

「お?」


 〝黒呪咒剣仙譜〟を受け取ってクレハを見た。


「ご安心を、<黒呪強瞑>は学べました。専用の剣舞はまだ学べていませんが」


 クレハの露出している二の腕の部分に黒い紋様が浮かぶ。

 黒曜石のような輝きを放つ紋様は芸術性が高い。


「……クレハ、天才かよ!」


 ダンが怒る。

 ダンも暇を見てちょくちょく見ていたようだが、まぁ、時間が必要か。


「俺も学びたいが、今は、ダンが学んでおけ――」


 ダンに放る。


「お! ってシュウヤはいいのか」

「あぁ、俺も何事も学びたい思いは強いが、今は今。また戻ってくるから、その時に返してくれればいいさ」

「分かった! よーし、俺は仙剣王になる!」


 どこかで聞いたフレーズに、思わず笑顔になった。


 さて、皆に向けて、


「では、ホウシン師匠と皆。黄金遊郭の屋上を探索してから、魔界セブドラへと皆を送ってきます」

「分かった。無事に帰ってくるのだぞ。水神アクレシス様の願いを完遂させることを忘れるな」

「シュウヤ、ご無事で……」

「はい」


 ソウカン師兄とモコ師姐に皆が頷いた。

 

「イゾルデ、光魔武龍に変身するのは少し待て。今、王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードを出して、黄金遊郭の怪しい雨樋を調べる」

「承知。最初に向かうのは武仙砦の手前か?」

「その通り。終結している鬼魔人と仙妖魔たちを魔将オオクワがいる鬼魔砦に移動させよう」

「では、調べ次第、我は光魔武龍となろう」

「おう――」


 竜頭金属甲ハルホンクを意識。

 素早くポケットから王氷墓葎キングフリーズ・グレイブヤードを取り出した。

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