九百二十二話 ウサタカの真実

 ホウシン師匠は、項垂れるウサタカに対して、優し気な視線で、


「ウサタカ、お前はわしをまだ恨んでいるのか」


 と聞いていた。


 ホウシン師匠の問いには気持ちが込められていた。

 聞かれたウサタカは憮然。

 膨れた顔はもう元通り。

 ウサタカは、


「当たり前だ……」


 血濡れた頬を折れていないほうの腕で拭った。

 回復能力も高い。

 

 槍使いとしての動きも強者。


 感知能力も桁外れの能力者だろう。

 精神防御能力も高いかもしれない。


 だとするならば、ホウシン師匠たちが望む答えとは違ってくるか……しかし、俺から洗脳に関することは聞かない。


 アラに向けてアイコンタクト。

 アラは『?』といった疑問符を額に浮かべている。


 そんな顔は少し可愛い。


 アイコンタクトの意味は、そので、ウサタカへの攻撃準備をお願いしたんだが。


 アラは俺の視線の動きで理解した。


 頷いてからコンパウンドボウを構えた。

 自然と魔力の矢を番える。


「アラ、ウサタカが怪しく動いたら即座に射貫け」

「はい!」


 ホウシン師匠たちは頷いていた。

 ウサタカは俺の指示を聞いて、


「……ふっ」


 と笑う。

 ウサタカの近くにいるホウシン師匠が、


「なにを笑う」

「……自分を嗤ったのさ。負け犬の自分を……」

「「「……」」」

「そんな顔で俺を見るな……皆も見るな!!!」


 ウサタカの目元の皮膚の色が黒みを帯びる。

 魔力も活性化していく、<黒呪強瞑>の証明か。


 ホウシン師匠は、


「ウサタカ、お前が白王院が守る秘宝の一つ、白炎鏡の欠片を持っていたのだな。そして、弟弟子のゲンショウを殺したのはお前か」

「そうだ。秘宝はその吸血鬼ヴァンパイアに奪われたが……なぜ、お前は吸血鬼ヴァンパイアと連んでいるんだ」


 ホウシン師匠は溜め息。

 周囲はざわついた。


 俺に対してではないだろう。

 ゲンショウ師叔の痕跡は、もう、黄金遊郭の屋上にはどこにもない。百足魔人の多脚の一部と空霊クラゲの残骸が少し散らばっているだけだ。


「ウサタカ、魔界王子ライランの眷属アドオミから洗脳を受けていたのか?」

「……あいつか。操られていたのか……分からない……」

「……おぉ」

「本当ですか!」

「だから魔族と手を組んだのだな」

「……そんなことはどうでもいいだろ。俺の原動力は憎しみと力だ。そのお陰で、武王院は潰せなかったが……成長し、憎たらしい白王院の連中を潰すことができたんだからな!」


 ウサタカはそう語気を荒らげた。


「その物言いはなんだ!」

 

 ソウカン師兄が怒る。


「あぁ? 筋肉馬鹿は黙れよ」

「――ウサタカァ」


 ウサタカに向けソウカン師兄が前進。

 怒りを滲ませた拳の再来。

 ウサタカの顔面に右拳がクリーンヒット。

 ドゴッという重低音がウサタカの頭部から響くと、ウサタカは地面に転がったが、受け身を取る。


 片膝で床をついて体を支えていた。

 そんなウサタカに向け、ソウカン師兄は、


「――お前は魔族を毛嫌いしていただろう!」


 と叫ぶ。

 続けて、ソウカン師兄は嘗ての同門に向け、


「ホウシン師匠がどんな想いで血が掛かる掛け軸をずっと残してると思っているんだ!!!」


 と泣きながら語る。

 モコ師姐が、


「そうよ! その態度……やっぱり許せない! 小さい貴方を受け入れてくれた大恩あるホウシン師匠に対して……本当に……それにパイラは……なんで……うぅぅ」

「モコ師姐……」

「……わたしも同じ気持ちです」


 エンビヤとクレハが寄り沿い合う。

 両者とも泣いていた。

 ダンも頷きつつ、片方の目から涙を流していた。

 が、仙大筆に魔力が籠もっている。

 墨色の魔力はもう既にウサタカの回りに展開されている。

 

 ウサタカを殺すタイミングを測っていると判断。

 ウサタカは、


「ハハハハ――」


 と呵々大笑。

 ソウカン師兄は前に出て、


「まだ笑うか! 殴られたりないようだな」

「おう、笑う笑う、笑いまくる! 滑稽、滑稽、あっはははは!」


 嗤いながら、一歩、二歩、前進。

 ソウカン師兄が怒りの形相を浮かべて、


「ウサタカァァ!」


 また突貫し、右ストレートがウサタカの頬に決まる。


「ぐあお――」


 また吹き飛んだウサタカ。

 石灯籠に背中をぶつけていた。

 が、難なく片膝で地面を突いて立ち上がる。


 そして、


「――いてぇぇ。が、まだ筋肉が足らんようだ。筋肉馬鹿のソウカン師兄よ。さぁ、もっと俺を殴れ。殴って殴って殴り殺せよ……」


 迫力を持って語る。

 血濡れた顔のまま視線を鋭くさせたウサタカ。

 

 ソウカン師兄に近付いた。

 ソウカン師兄は両拳に魔力を込める。

 アラも魔力の矢を放ちそうになっていた。

 俺はアラに向けて頭部を左右に振るう。

 イゾルデも魔族に向けていた武王龍槍の穂先の向きを変えていた。


 すると、「……ソウカン」と言って、ソウカン師兄の肩に手を当てたホウシン師匠。


 ソウカン師兄は、


「はい……」


 と半身の姿勢になって頷く。拱手していた。

 ソウカン師兄はモコ師姐と共にウサタカの背後に移動した。


 ホウシン師匠は、ウサタカを見て、


「ウサタカ、既にトマルアル村は調べたであろう?」

「あぁ……随分前に調べたさ」

 

 ウサタカは探りを入れるようにホウシン師匠を凝視。

 俺はエンビヤに視線を向けた。


 エンビヤは頷いて、


「トマルアル村は魔族の襲撃で全滅したウサタカの故郷です」


 頷くとホウシン師匠が、


「そのトマルアル村について……お前はわしを責めていたが、当時のわしが本当に、なにもしていなかったと思っておるのか?」

「少しは動いたんだろう。しかし、再興にはほど遠い。そして、エンビヤ、魔族の襲撃は事実だが、白王院と武王院の諍いが要因なんだ。現に俺の母と父は白王院の連中に殺された。皆、己と己の組織ばかり。仙境同士でいがみ合って殺し合う」

「……トマルアル村のことを調べ直したようじゃな」

「あぁ」

「じゃが……魔界王子ライランの眷属アドオミに洗脳を受けていようと受けていまいと、ウサタカが起こした武王院の惨劇こそ、己中心の思想じゃぞ」


 そのホウシン師匠の言葉を聞いたウサタカは、たじろぐ。


 体を揺らして瞳が散大し収縮。

 ソウカン師兄の拳の暴力も分かりやすいが、ウサタカには、ホウシン師匠の語りのほうが心に効くようだ。


「重も承知。己の欲望と憎しみを糧にしたからこそ、故郷の仇の一つ、白王院の連中を潰すことができたんだからな」

「ゲンショウを殺したか……パイラやタタンを殺した理由も、武王院の院生でありながら白王院に親戚がいたからか?」

「そうだ。しかも秘密裏に白王院の連中と連むことがあった」

「「……」」

「え……でも、家族ですから連絡ぐらいは……」

「だからといって……」

「うん。同門を殺していい理由にはならない」


 エンビヤとクレハとモコ師姐がそう発言。


「俺にも白王院の親戚がいるが?」


 ダンの言葉にウサタカは頷いて、


「すべてがすべて殺せるわけではない。お前は強かった、それだけだ」

「……」


 暫し沈黙。

 ダンは睨みを強めている。


「ウサタカよ。白王院の手練れが、わざわざウサタカと父と母を殺そうと狙った理由……そのすべてをトマルアル村の乳母から聞いたのか?」


 ホウシン師匠が尋ねた。

 ウサタカは動揺。


「……すべてだと? ホウシン……乳母から何を聞いていた」

「最初からトマルアル村の真実を知っている」

「真実だと?」

「そうじゃ、乳母のエリから聞いておらなんだか……」

「その乳母は、だいぶ前に亡くなっていた」

「……そうじゃったか。エリ、すまなんだ……」

「父と母が武王院に代々仕えた仙影衆の一族であること以外に何があるんだ。そして、乳母と知り合いだったのか。答えろホウシン!」


 ウサタカの問いにホウシン師匠は頷いた。


「……知り合いじゃ」

「もったいぶらず、真実を話せ!」

「エリがお前の本当の母親じゃ。お前が母と慕うトシコは面子のために母親のふりをしていた」

「な、なんだと……」


 ウサタカは驚愕。

 皆も唖然、二の句が継げない。

 初耳らしい。


「エリは、乳母の役回りとなって、幼いお前を支えていた。父キジマルはお前が知っていたように仙影衆。しかし、仙影衆に入る前は白王院の者じゃった。武仙砦に向かわず病弱なエリを支えるためトマルアル村に戻った男。当時のキジマルは『細くしなやかな指を思う……』とエリを思う歌を捧げると、エリは承諾、仲良く暮らし始めた。しかし、白王院で仲良くなった女が、トマルアル村に来た。そこから三角関係が暫く続いた後……エリが身を引くことになる。ややこしい諍いがあったようじゃな。そんなエリからウサタカ、お前が生まれたのじゃ……」


 ホウシン師匠はそこで一呼吸。

 話を続けた。


「生まれたばかりの幼いウサタカは魔族の血が濃厚に出た状態であった。トシコはゲンショウの従姉妹……面子を大事にしたのか、キジマルへの愛があったのか不明じゃが、そんな状態のウサタカを自分の子として育てることにした……じゃが暫く経った頃、エリとお前が許せなかったトシコは、お前とエリを殺そうとしたのだろう……暗殺者たちを、エリと幼いウサタカに差し向けた。ウサタカは魔族の血が濃厚に出たこともあるからのう?」

「……その暗殺者は!」


 エンビヤが焦って聞いていた。

 可愛い。


「その暗殺者はわしと仙影衆が倒した。エリは、こういった状況がくることを事前に予想していた。ウサタカを守るため武王院に『この子を守ってください』と事前に頼んでいたのじゃ。その流れで、キジマル、エリ、トシコを仙影衆の一員としてトマルアル村で雇い、活動してもらうことになった。当時、揺り籠で眠る可愛いお前の顔は、今でも覚えている。額には、魔族の証明としての角が複数生えていた……背中には<幼天七星師の刻印>も刻まれていたのじゃ……」

 

 皆、ウサタカとホウシン師匠を見比べるように視線を行き交わせる。

 ウサタカは、


「俺が魔族の血を引くだと? 信じられるかよ……が、背中の刻印は……そんなことは一言も……あぁ、だから……」


 ウサタカは両膝で黄金遊郭の床を突く。

 茫然自失。その様子をホウシン師匠は見ている。


「武王院の仙影衆が動いたことで、白王院の連中は動きを止めた……しかし、数年後、事件は起きてしまった。その事件から生き残ったお前の本当の母親の乳母、エリから……『この子を助けるのならば、ウサタカの出自について、一切だれにも公言しないと約束してください。そして、できるだけ、トマルアル村からウサタカを遠ざけてください……お願い致します』と念を押されたのだ。であるから、ずっと言えなんだ……そして、わしの厚意がお前の足枷となってしまった。そのことについては謝ろう……すまなんだ」


 ホウシン師匠は謝った。

 頭部を震わせるウサタカ。


「……嘘だ!」


 と唾が飛ぶ勢いで言葉を発した。


「ウサタカ、お師匠様が嘘を言うと思いますか?」

「……」

 

 ウサタカは視線が定まらない。


「……」

「……でも、お師匠様。その話は初めて聞きますが……」


 エンビヤは少し怒っていた。

 皆も当然知らなかったのか、ホウシン師匠を見やる。

 ホウシン師匠は、ばつが悪い顔となった。


 驚きを通り越しているだろうウサタカは俯いたまま、ブツブツと小声を発していく。


「パイラ……コハル……俺は――」


 ウサタカは懐に手を突っ込み白炎の塊を取り出すと口に含む。

 嗤いながらゼロコンマ数秒の間に、自らの頭部、首、胸を連続的に両手の指で突いていた。


 ――誰も止めることができず。

 一瞬でウサタカは白炎に包まれると、上半身が溶けてしまった。


「「なっ」」

「……自殺」


 皆、沈黙。

 

 すると、鬼魔人の男女を拘束していた<邪王の樹>が外れ掛かった。

 イゾルデは手甲鉤を装着している左腕を鬼魔人たちに向ける。


 その真上には半透明な小型の龍のカチューシャが浮いていた。 

 カチューシャは<邪王の樹>が覆う二人の鬼魔人へと付着。二人の真上に半透明な札が浮かぶ。札は一瞬で小さい半透明な龍となり、二人の鬼魔人の中に浸透した。


 <土龍ノ探知札>か。


 鬼魔人の女を固めていた<邪王の樹>が完全に剥がれた。

 イゾルデは武王龍槍の穂先を、その鬼魔人の女の首に当てた。


 ――鬼魔人の女は動じず。


 武王龍槍の穂先と柄を見る。

 視線を上げてイゾルデを睨む。


 溜め息を吐いた鬼魔人の女。


「負けた……煮るなり焼くなり好きにしろ」

「理解が早い。が、それを決めるのはシュウヤ様だ」


 イゾルデがそう発言。

 俺はホウシン師匠と目配せ、


「鬼魔人に関しては構わぬ」

「はい」


 拱手。エンビヤとモコ師姐は頷いた。

 温顔を向けてくれている。

 一方、ソウカン師兄は腕を組む。

 渋面とまではいかないが、不機嫌と分かる顔つきだ。


 顔に『聞いてはいるが、魔族を助けるのか?』と言う文字が書いてあるようにも思える。


 ウサタカのこともあるとは思うが……。

 鬼魔人と仙妖魔と戦い続けてきた八部衆のトップ。

 

 あまりゆっくりと交渉している時間はなさそうだな。

 男のほうを拘束している<邪王の樹>を解除。


 睨む鬼魔人たちは己の魔力を高める素振りを見せた。

 その鬼魔人たちに、


「……よう。争うならタイマンで勝負してもいい。が、魔界セブドラに帰りたいなら止めない。むしろ送ろう」

「どういうことだ。吸血神ルグナド様の眷属が、なぜ、武王院のホウシンたちと親しげにしている……」


 転生した当初は吸血神ルグナドの眷属と呼べる範疇だったが、


「悪いが、吸血神ルグナドの眷属ではない。俺は光魔ルシヴァル。光と闇の種族で、神界セウロスと魔界セブドラの神々と通じている。名はシュウヤだ」

「……そんなことが……」

「そうだよ。で、話に乗るのか乗らないのか」

「「乗る!」」



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