八百九十八話 玄智の森の幻瞑森

 イゾルデのカチューシャの頭部と札から発生している<土龍ノ探知札>の魔線を追う。


 魔線は無数に存在するが、アオモギの魔線だけが太い。

 ――藪の中を数十分は走るとイゾルデが止まった。

 山林の深い場所ではないが高低差はある。

 地面には動物が過ごしていただろう跡があちこちにある。前方に立つイゾルデの足下は色取り取りの植物の影響で見えない。


 俺とエンビヤとダンも足を止めた。

 クレハさんはまだだ。

 俺の足下には、巨大猪でも居たのか、大きな獣の足跡が多かった。糞の匂いとフィトンチッドの臭いが鼻を衝く。


 イゾルデは腕を上げた。


「――アオモギはあの方角だ」


 腕先の地面から樹が縦方向へ急激に成長。

 それが芸術性の高い龍の木像となった。

 木像の龍の口がアオモギの魔線を喰う形で双眸が点滅し、龍のコンパス的な目盛りが造形されている。驚きだ。軍隊で使うような三百六十度、そこから更に細分化したような数千単位の目盛りがあると分かる。


 天然のGPSか?

 とは聞かないが、そんな気分となった。

 これが<土龍ノ探知札>と<土龍禁籠札>の能力か。


「凄い! カチュちゃんとイゾルデのもう一つの能力、<土龍禁籠札>ですね」

「うむ!」


 イゾルデはカチュちゃんの名を受け入れたようだ。

 武威一辺倒のイゾルデの微笑み方が少し違う。

 褒められて嬉しかったようだ。木像を見ながら、


「土龍の形をした樹が育ち、目印となると語っていたが、その通りだ」

「シュウヤ様、カチューシャと我のスキルを気に入ってくれたのか?」

「あぁ、気に入った。優れた木工技術でもある」


 武人イゾルデを改めて尊敬。

 ダンも頷いて、


「イゾルデは<木工>スキルでも獲得しているのか?」

「ない!」


 となぜか勝ち気に語る。


「ま、美しいイゾルデだからな。そして、大本は龍神様でもあるから龍の造形が美しくなるのは当然だろう」

「あ、そうでした。つい……」

「……ダン、萎縮するでない。我には先ほどのような対応を望む。我は仲間であり、もう武王院の院生の一人なのだ」


 イゾルデの真摯な言葉にダンは少し面食らったような顔付きで、


「……あぁ、分かった」


 と照れていた。

 端正な顔立ちの青年なだけにモテそうだと分かる。

 一方イゾルデは頬を赤らめつつ俺を凝視して、


「シュウヤ様、我を美しいとは! 我を先ほどのように抱きしめてもいいのだぞ?」


 と語り、胸を張りつつ両手を広げた。

 巨乳さんをアピールするような姿勢だ。

 姿は異なるが、ビアの三つの乳房を思い出す姿勢。

 イゾルデはくびれた腰に両の掌を当てる。と、腰に手を置いた影響でプルルンと巨乳が揺れた。


 凄いおっぱいさんだ。


 正直、おっぱい大名として『三礼三拍手一礼』を行いたい気分となった。が、自重して、


「イゾルデ、勘違いするな。今は戦場だ」

「ふん! 分かっている!」

「――あ、皆、少し休憩ですか?」


 少し遅れていたクレハさんの言葉だ。

 遅れていた理由は、聞かない。それは野暮というもの。

 仙武人にも生理現象はある。

 俺にもある。

 玄智の森世界でも、ちゃんとオシッコは出ている。

 うんこは出ないが……。

 あ、魔塔ゲルハットで寝ている俺の本体は大丈夫か?

 寝小便をしているかもしれない。

 もし、むああん、と寝台のシーツなどがジョビジョバ状態だったら……施術を行っているだろうナミに謝らないとな……夢精とかしてたらどうしよう……ガクガクもんだ。


 と、オシッコの匂いを嗅ぐような気持ちで鼻を動かしていると――魔素の反応を察知――。


 形からして獣系のモンスターか。


「魔線を追うだけで楽は楽だが――」

「あぁ、ダンも気付いたか。会敵だ、皆――」

「おう。幻瞑森に近付けばモンスターも多くなる――」


 皆、頷く素振りで、得物の角度を回す。

 俺はエンビヤの死角を埋めるように動いた。


 エンビヤは小声で「いつもありがとう……」と背中越しに発言してくれた。「あぁ、エンビヤは俺の大事な師姐だからな、当然だ」と発言すると、エンビヤは「ふふ――」と横から俺の顔を見るように笑顔を見せてくれた。

「それだけなのですか?」と、仄かに赤らむ頬を見せて語るエンビヤ。少し震えた唇から、エンビヤが勇気を出して語っている言葉だと分かった。その唇を見て更に心臓が高鳴ったが、今は戦場――。


 エンビヤに『ありがとう』の意味を込めて笑顔を送り、無言のままダンに視線を向ける。


「シュウヤ……」


 微かなエンビヤの声を耳にしながら、ダンの足下を凝視。彼の足下から墨色の魔線が放射状に伸びていた。


 ダンの掌握察のような能力。

 風獣仙千面筆流のスキルかな。

 または、霊魔仙院で学べる<仙魔術>か。


 そのダンは大きな筆を左右に振る。


「こっちの方角からの方が速い。接敵だ――」

「あ、はい――」

「はい」

「おう」


 ダンは大きな筆で点点と魔印と悉曇文字のようなモノを魔力で宙に描くと、筆先から漏れた墨の魔力を吸収したような悉曇文字たちが瞬く間に幾つかの小型の鯱に変形を遂げる。


 それらの小型の鯱はダンの上空を漂ってから――。

 モンスターの反応を示す放射状に拡がる墨色の魔線の幾つかの真上を飛翔していく。

 と、地面の魔線が浮き上がり、それらの飛翔中の小型の鯱たちと重なる。その鯱は鯨のように大きくなりながら、鯨が海面から跳び出るような動作を行って大きい樹木を打ち倒しながら奥へ直進、視界から消えた。


 一瞬、闇鯨ロターゼを思い出した。


 樹が打ち倒された方角に散る波飛沫のような墨は消える。

 更に、ダンの足下に展開された放射状の墨の魔線の幾つかが消えた。


「――ダン、見事な攻撃です」

「左はわたしたちが――」


 エンビヤとクレハさんが左に出る。

 俺とイゾルデは頷き合って三人の動きを見守った。

 ダンは大きな筆の柄頭を地面に置く。


 ダンの衣装も武王院のもの。

 和風的な陰陽師と似た制服で、洋風と和風をミックスしたように、魔術師の衣装と似た部分もあって、かなりカッコいい。


 そのダンに、


「今の墨の鯱のスキル名は?」

「<海獣戯画・福神ルリ>」


 福神ルリってところから女性の名を想像してしまう。


「へぇ、女性的」

「……あぁ、少し恥ずかしいが、風獣仙千面筆流を学ぶ霊魔仙院の仲間に同じ名前の子がいるんだ」

「恋人か?」

「そうなりたいと思ってるが……」


 気恥ずかしいのかダンは頬が斑に朱に染まる。

 そのゼロコンマ数秒後、<海獣戯画・福神ルリ>が消えた辺りから「ガァァァ」と唸り声が響く。


「お?」

「あぁ、安心しろ」


 と、そこから傷だらけのモンスターが現れた。

 ダンが示唆したように、そのモンスターは直ぐに倒れた。

 その倒れたモンスターの見た目は……。

 獣人、人族と似た仙妖魔的。

 骨の魔人も融合したような印象。

 更に尻尾も無数にあった。 

 見た目から貂と似た仙王鼬族を想起するが、骸骨も多いから異なる種族かな。それらの血を引くモンスターって線が濃厚か。

 俺の地球の生物の進化も様々だからな。

 進化論は一つのカテゴリーでしかない。

 ダーウィン、ファーブル、メンデルの法則、遺伝子変化に細胞質遺伝を含めれば色々だ。

 ジガバチの幼虫の食料を確保するための『狩り』をする習性という生命の根幹に関する本能、記憶は俗にいう進化論とは異なるモノに近いが、その狩りを行う過程でさえも進化があったのなら、色々と考えさせられる。

 遺伝子の発芽による突然変異の可能性などもあるか。


 CRISPRが有名なゲノム編集技術は様々に発展していたから、いずれは些細な本能に関する部分も分かるようになったのだろうか。

 だがしかし、オフザターゲット変異のリスクが残ったままの食品の品種改良は心配の種だった。

 医療に関しても、変異のリスクを0.1%でも残したまま利便性だけ追求したら、先の人類の子孫たちがどうなってしまうのかと、無駄な心配をしていた覚えがある。


 更に遺伝子ノックアウト、導入遺伝子ノックイン、遺伝子タグなどの技術の極まりでもあったデザイナーベイビー、スーパークローン兵士の研究は実際に一部の国や機関では研究されていた。


 そんなことを思考していると――。

 クレハさんとエンビヤが戻ってきた。


「左辺のモンスターは倒しました」

「はい」


 その皆と頷き合う。

 イゾルデを凝視して、


「行こう――」

「「はい!」」

「おう」


 暫く、皆とイゾルデの<土龍ノ探知札>の魔線を頼りに玄智の森を駆けた。


 水気が増えた?

 そう考えた直後――前方に崖が現れた。


 峡谷か――。

 皆より加速して先に崖に向かう。

 峡谷の下は川、川を挟んで崖の向こう側は濃霧の森が続く……その濃霧具合から、魔霧の渦森を思い出す。


 隣にきたエンビヤが、


「シュウヤ、あの峡谷から先が幻瞑森です」

「迷子になりそうな印象を抱くが、モンスターも多そうだ。そして、〝幻瞑森の強練〟が行われる場所でもあるんだよな」

「はい。〝幻瞑森の強練〟では各仙境のチームが競い合いますから」

「詳しく教えてくれ」

「生存能力が求められます。更に【玄智仙境会】が選出した幻瞑森管理官が設置した旗と玄智宝珠札の数、桂皮、はいまゆみ、甘草、方樹仙草、芍薬、天凜の蓮、鬱金、万年草、にんにく、玄智の朱玉、益母草、木犀草、霊草、聖孔雀の尾、神樹などの各種素材とモンスターの素材数を競う強練です」

「へぇ」

「では、我らは、その幻瞑森の強練とやらの選抜メンバーということだな?」


 とイゾルデが語る。 


「はは、確かに」

「はい」

「そう考えると、楽しくなってきた」

「ふふ、ダンの笑顔は、四神闘技場からですが、増えているように思えます」

「おうよ、普段は師範と院長たちが組んだ修業を行う日々だからな?」

「はい。わたしも仲間との冒険は楽しいです」

「あぁ、信頼できる仲間はいいもんだ……」


 ダンは昔を懐かしむような面で語る。

 ダンの過去は白王院辺りと揉めたことなど以外にも色々とある。玄智の森の出身の村でのチョメチョメ話は聞いたが……正直、武術談義しているほうが楽しかったから、スルーしたのが多かった。


「良し! 鬼魔人退治に行こう!」

「おう、イゾルデに任せたいが、エンビヤ、ダン、クレハさん、幻瞑森の案内を頼む」

「任せろ。と言いたいが、クレハのように幻瞑森の強練には毎回出場していたわけではないからな」

「はい」

「我が先に行く――」


 <魔闘術>などを強めたイゾルデは一瞬で峡谷を越えた。


「あ――」

「行こう」

「はい――」


 エンビヤの手を握る。

 一緒に宙を跳んだ。

 <導想魔手>を蹴って――幻瞑森に突入。


 <経脈自在>を弄りつつ<闘気玄装>を強めた。

 <血液加速ブラッディアクセル>――。

 エンビヤの手を離してイゾルデを抜かす。

 が、<血液加速ブラッディアクセル>を止めてイゾルデを先に行かせた。

 エンビヤとクレハさんとダンをちょい待ってから、皆で幻瞑森を直進――。


 ――この世界が玄智の森と名が付く理由か。

 ――川や平原もあるが、基本は木々が構成する世界なんだろう。足下の極彩色豊かな植物にはサデュラの葉が普通に生えている。

 羽虫、蝶、蟷螂、蜻蛉、昆虫に動物も多い。

 それら自然豊かな動植物を見ていると……。

 エルフの領域のテラメイ王国やアーカムネリス聖王国の魔境の大森林、サデュラの森を旅してきた記憶が走馬燈のように脳裏を流れていく。

 玄智の森には植物の女神サデュラ様や大地の神ガイア様の力が息衝いている。

 だからこそ元気溢れるホルカーの欠片がイゾルデの復活の要の一つになったんだろう。


 と、アオモギの魔線の進行速度が落ちた。

 他の鬼魔人を指し示す魔線の量は五十以上か。


 俺たちも速度を落とした。

 標準の<血液加速ブラッディアクセル>を有に超えた速度だったからな。


「そろそろか」

「あぁ……」


 アオモギが通った森は不自然に木々が倒れている。

 モンスターの反応も消えている。 

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