八百九十七話 ヒタゾウとアオモギ

 ◇◆◇◆


 白王院の善鳩宮階段を駆け上がる黒仮面を被る男、名はヒタゾウ。

 そのヒタゾウは階段を上りきったが、善鳩宮には入らず横に続く道を進み、白炎台の柱が中央に聳える白炎広場に向かう。そこで屯していた白武仙院の院生たちが近付いてくると、ヒタゾウは足を止めた。院生の一人が、


「ヒタゾウ、戻ったのか」

「今戻った」

「鬼魔人退治は成功か?」

「その通り、その一環で、白炎奥ノ宮に向かう」

「分かった」

「後で任務の詳細を教えてくれ」

「了解」


 ヒタゾウは院生と別れて、右の高台へ続く階段を上る。

 高台の白炎奥ノ宮の宝物庫に向かった。

 白炎奥ノ宮の宝物庫の正門に到着したヒタゾウは門番の院生たちに近付く。

 いきなり、眼力を強めた。

 <聖魔眼・惑想>を発動――周囲の空間が揺らぐ。それはゼロコンマ数秒の間のみ。

 院生たちの視界も揺れたが、誰一人ヒタゾウが使う魔眼の能力に気付かない。

 <聖魔眼・惑想>を喰らった院生たちの瞳には、微かな魔力の張りが出現していた。


 その院生の一人が、


「ヒタゾウか。ここになんのようだ」

「これだ。ゲンショウ様にお前が直接保管しろと命令を受けた」

「え? 鬼魔人討伐の一隊に加わったとは聞いたが……」

「そうだ、成功したんだよ。主に俺が鬼魔人ババアスを倒すことに貢献した」


 ヒタゾウはそう言うと――。

 目の前に白く輝く火鉢の上で燃え続けている炎の塊を出現させた。


「おぉ」

「そ、それが白炎龍脈か?」

「白炎龍脈を取り返したのか……お前が本当に鬼魔人を?」

「そうだ、倒した。そして白炎龍脈を取り返した」

「なんだと……それが本当なら凄いが……」


 すると、背後から、


「ヒタゾウ! 早すぎるのよ!」


 ヒタゾウを追い掛けていた女性院生が彼らの前に来る。


 ヒタゾウは振り返り、


「コハルか……」

「コハルか、ではないでしょう。一緒に戦って、わたしの命を救ってくれたのに!」

「あぁ、いたな」

「いたわよ! そして、お師匠様は、わたしとヒタゾウで宝物庫に向かうようにと言われていたことを忘れたの?」

「そうだった」


 ヒタゾウが静かな口調でそう語る。

 と、宝物庫を守る院生が、そのコハルという名の女性院生に向けて、


「コハル、今のヒタゾウの話は本当なんだな」


 コハルはポニーテールの髪を揺らしつつ、ヒタゾウに腕を向けた。


「そうよ。白武仙院筆頭院生のわたしが保証する。鬼魔人ババアスの一隊を倒したヒタゾウは強い。黒仮面は不気味だけど、白武仙院のメンバーと協力してくれた。複数の鬼魔人を捕らえることに成功したの。大戦果よ」

「マジか。ケイコ、エコダ、コバシ、ナナミたちと警邏に出ていたが、合流したのだな」

「うん」

「その鬼魔人たちは?」

「学院長ゲンショウ様や、白仙魔像門院長ハヤテ様、白銀蜷局門院長トヨハシ様に引き渡したわよ。今頃牢屋で、鬼魔人たちを拷問中のはず。だから、背後の白炎奥ノ宮の宝物庫の鍵をさっさと開けて頂戴」

「分かった。ついてこい」


 白武仙院の院生の門番が懐から魔力を帯びた鍵を取り出す。


「こっちだ」


 白武仙院の院生は背中を見せて歩き出す。

 ヒタゾウとコハルもついていった。


 白炎奥ノ宮の宝物庫の前に到着。

 白武仙院の院生は鍵穴に鍵を挿すと扉の仕掛けが作動した。

 丸い筋が幾筋も入ると、扉の前に魔法陣が出現。

 その魔法陣は一瞬で崩壊。術式は解除された。

 ヒタゾウは<聖魔眼・剽窃>を発動していた。

 コハルや周囲のだれにも気取られず――。


 その魔法陣の術式を模写、取り込むことに成功していた。


 白武仙院の院生は、


「さぁ、入れ。それを保管したらさっさと出てこい」

「了解」

「ありがとう」


 白炎奥ノ宮の宝物庫に入ったヒタゾウとコハルは、台座の上に並ぶ秘宝、秘術書、奥義書、武器、防具、各種アイテムを見ながら歩く。


「凄い数……。見て、わたしに似合う?」


 コハルは法具の白炎ノ簪に髪を寄せながらヒタゾウに聞いていた。

 ヒタゾウはコハルを見て、嘗てウサタカと呼ばれていた頃に愛し合った女、パイラの姿を思い出す。


「……似合わないから止せ」

「ふん、つれない男」


 コハルはそう発言しつつも黒仮面の奥の双眸が怪しく輝いていることに気付いていた。

 しかし<聖魔眼・惑想>の影響を受けているコハル。

 自分を助けて白王院の危機を救ったヒタゾウを信じ切っていた。そのヒタゾウは黒い鋼の台座に白炎龍脈を置く。


 そして、右奥の棚の下を少し見てから、コハルに向けて、


「出よう……」

「うん」


 二人は白炎奥ノ宮の宝物庫から外に出た。


 ◇◇◇◇


 その日の深夜、黒仮面を被るヒタゾウは白王院の学院長ゲンショウと師範宿舎の一室で対面していた。


「今日の働きは見事であった」

「とんでもない。俺を受け入れてくれた学院長に、恩を返すことができた――」

「な?」


 ヒタゾウは仮面を脱ぐや前進。

 掌から刃を出していた。

 その刃を白炎の剣刃で防ぐゲンショウだったが、ヒタゾウの<聖魔眼・惑想>の影響下だ。

 更に、床から黒髪が出現してゲンショウの足を押さえると、足の色合いが変化。


 同時にゲンショウの周囲に魔神式子鬼が舞うや、魔力の尻尾が、魔神式子鬼の周りから出現。

 

 ゲンショウは魔力の尻尾のような物に絡まれる。


「ぬげぇ、鬼魔人か!」


 体がぐらついたゲンショウ。 

 秘かにヒタゾウの<聖魔眼・咒連破>を浴び続けていたゲンショウは<千白銀仙>の発動が遅れ、そのまま背後に吸引されたように部屋の壁際に運ばれてしまう。

 

 更に、その壁際に漆黒の炎が縁取る穴が空いた。

 ゲンショウはその穴に吸い込まれてしまった。

 ゲンショウが吸い込まれた穴から肉が潰れる異音が響く。


 と、その穴から赤黒い獣の手が穴を拡大させるように出現。


 その直後、少し拡がった穴から、大きい数珠と鍵にゲンショウが現れた。


 大きい数珠と鍵を入手したヒタゾウは、ほくそ笑む。


「ククク、ハハハ」


 一方、ゲンショウは虚ろな表情。

 ボウッと体が弛緩したまま操り人形の如く立っていた。

 

 ゲンショウの双眸が目まぐるしく回る。

 同時に背後の漆黒の炎が縁取る穴は消えた。


 ゲンショウはヒタゾウと視線が合うと、


「ヒタゾウ、今日はどうしたのだ? 玄智の森闘技杯の予選は終わったであろう。今日は何かあったか?」


 ゲンショウはズボンを黄色い液体で濡らしつつ語る。

 その様子を見たヒタゾウは、


「俺たちをいつも馬鹿にし、中傷していた存在がコレか。ぶざまだな?」

「ヒタゾウ? 何を言っておるのだ」

「……いえ、なんでもないですよ。宝物庫には、ちゃんと偽の白炎龍脈を仕舞いました」

「はて? まぁ良し良し。カソビの街の黒呪咒剣仙譜の争いに勝利し、武仙砦の総督ウォーライと副総督ドンボイとの連絡は取ったのだな」

「はい、ゲンショウ・・・・・様。その片目は大丈夫でしょうか」

「――ん? あぁ、これか」


 ゲンショウの片方の眼球が不自然に泳ぐ。その目頭から大きいムカデが這い出ては、鼻の中に入り込んでいた。


 ゲンショウはニカッと嗤うと、指を数本鼻の穴に突っ込む。そして、勢いよく指を引き抜いた。


 指は血濡れている。


「ほれ、大丈夫だ――」


 と、ゲンショウは双眸と耳から黒い液体を垂れ流しつつも、捕まえたムカデを食べていた。


「美味い――ははは」


 更に、自分の顔面を這うムカデを掴んで食べた。

 そしてまた掴んだムカデを、ヒタゾウに向ける。


「わたしは結構です、サイメル、いやゲンショウ様」

「サイメル? うはは、美味いぞ~。ヒタゾウ、これぞ美味!」

「それで、白炎鏡の欠片はどこにあるのでしょうか」


 ゲンショウは双眸がぐわりと回る。眼球が剥けると、


「白王院の霊氷朔院の地下だ。氷晶の地下である」

「……どうりで、あの地下とは……この鍵で途中の大扉は開くのですね?」

「そうだ」

「では、白炎鏡の欠片をお借りします」

「うむ。借りる? いらんから持っていけ」


 黒仮面を被り直すヒタゾウは動きを止めてから、


「分かりました。では」

「明日は玄智仙境会の会議だが、ヒタゾウはこないのか?」

「はい」

「わしは、そこでホウシンを……」

「武王院などの勢力には抵抗姿勢を取るだけでいいですよ」

「そ、そうであったな。会議で皆にムカデ料理を振る舞えば良いのだろう?」

「……サイメル、楽しむのは勝手だが……」

「はて?」

「……」


 ヒタゾウはゲンショウ擬きを黒仮面越しに睨んでから、踵を返すと、すぐに外に出る。


 その足で白王院の霊氷朔院に向かった。


 門番を気絶させることなく操り、難なく霊氷朔院の地下階段に侵入。氷晶の狭い洞窟の先を塞ぐような大扉を数珠と鍵で開けていた。


 大扉の先は氷の世界のような吹雪が吹き荒れた異界。

 岩場の奥、中央の氷竜レバへイムの像が並ぶ間に鎮座する白炎鏡の欠片をヒタゾウは凝視。


 <聖魔眼・剽窃>を発動。


 蛍火のような魔線には触れず。

 難解な歩法スキル<仙魔・桂馬歩法>を用いて、順序良く石場を踏みながら、罠を難なく突破。


 白炎鏡の欠片を獲得していた。

 懐に仕舞う。

 

 その後、何事もなく自室に戻ったヒタゾウ。

 棚と台座の仕掛けを順番通りに数回回していた。


 すると、円筒捻子の仕掛けが作動。


 長細い棚が自動的に下に引き込む。

 下に出現したのは、地下室に向かう階段。

 ヒタゾウは足下に現れた螺旋状の階段を見て、懐に仕舞ってあった白炎鏡の欠片を触る。


『後は、これをあの二人に見せるのみ』


 と考えたヒタゾウ。

 その長い螺旋状の階段を下りていく。

 肩の付近に魔神式子鬼のひょうが出現していた。


 ヒタゾウが着いた場所は地下室。

 遙か昔、白王院【白仙魔像門】院長モヨタが鬼魔人を捕らえ実験するために造りあげた地下室だ。

 その中央の台座には複数の燭台があり、火を灯す。

 灯りを受けている二人の黒仮面を被る人物。


 その内の一人が、


「ヒタゾウ、こっちだ」

「……」


 黒仮面を被るヒタゾウは片手を上げた。

 二人に近付くと、その二人はヒタゾウに顔を晒すように黒仮面を下ろす。

 二人は鬼魔人、獄猿双剣のトモンと香華魔槍のジェンナだ。

 香華魔槍のジェンナが、


「上手くいったようね」

「成功だ。白炎鏡の欠片も難なく奪取した」

「白王院の院生として長く活動しただけはある」

「あぁ……」


 と、二人と会話したヒタゾウは斜めの方角を見やる。

 獄猿双剣のトモンが、


「……バレたら白王院の連中がどうなるか」


 そう発言。ヒタゾウは視線を戻し、


「俺が死なない限りはバレることはない。が、お前らが用意した駒が心配だ」

「サイメルか……」

「バレたとしても陽動に使える。見た目は偉大なゲンショウ様だしな?」

「そうだが……で、アオモギたちの方の動きはどうなっている?」

「それは……」



 ◇◆◇◆



「――何が察しだ! 武王院の者ども!!」


 アオモギは体から雷属性の魔力を発した。

 雷鳴が響くと、<導想魔手>が溶けて、上着も溶ける。

 袴と脚絆に足袋だけだ。

 手にはイゾルデの手甲鉤と似た武器か防具が見えた。


 大杖を使用していたから飾りか?


「「「――ガルルルゥゥ」」」


 複数の獣の声も谺した。

 オーラのような雷属性の魔力からだ。


 アオモギは前に出ながら、


「鬼羅仙一派を舐めるなァ――」


 体から発していた雷属性の魔力を操作。

 雷属性の魔力が複数の獣の姿となった。

 それらが一瞬で融合し異質な丸いモノに変化を遂げる。

 自身も<黒呪強瞑>を強めたのか、肌に黒い魔印のような紋様が無数に発生。上半身の肌が鋼と化した?


 硬質化しているようにも見えた。


 ――<血道第三・開門>を意識。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動。

 

 〝黒呪咒剣仙譜〟を竜頭金属甲ハルホンク衣装に仕舞う。


「皆、俺が対処する――」


 <導想魔手>を構築し直す――否、


「ぐあぁぁぁ」


 わざと悲鳴を発して後退。

 雷属性の魔力でダメージを受けた素振りを見せた。


 肩で息をするような仕種を取る。

 更に<経脈自在>で自らの魔力の巡りを寸断させた。

 イゾルデは慌てて近寄ってきた。

 アオモギ以外は俺の不自然な動きがフェイクだと気付いたはず。

 アオモギは雷属性の幻獣のような魔力の塊を目の前に出したまま、自身の魔力を高めようと九字の印のような印を作る。

 普賢三昧耶ふげんさんまやのような印が見えたような気がしたが、魔界セブドラ側の鬼魔人が使う魔印だから、魔界の神々や諸侯と関係した印だろう。


 そこに、


「――シュウヤ様!」


 イゾルデだ。俺の演技に気付かなかったようだ。

 <土龍禁籠札>を発動させてしまった。

 アオモギの額の表面に半透明な札が浮かぶと、その札は小さい龍に変化を遂げた。


「――イゾルデ!」


 急ぎイゾルデに寄り掛かり抱きしめた。


「な、なぬ!」

 

 耳元で、

 

「このまま俺を抱いて助ける演技をしろ――」


 ついでにイゾルデに魔力を送る。

「アンッ」と感じた声を発したイゾルデ。

 背を反らして武王龍槍を落としてしまうと乙女座り。


 魅力的なイゾルデは急ぎ立ち上がり武王龍槍を拾うや、


「――アオモギぃぃ、よくもシュウヤ様を!」


 とアオモギを追う。おっぱいの揺れが凄まじい。

 いや、今はアオモギとのやりとりに集中しよう。

 

 アオモギは体から発した雷属性の魔力を活かすように後退。 

 イゾルデは今まで見たことのない速度で乱雑に武王龍槍を振り回す。

 木々を斬りまくる。

 幹や枝葉の切断面が燃えていた。

 アオモギは難なくイゾルデが振るう武王龍槍の穂先を避けていた。


 そのアオモギはこれ見よ顔で、


「――うはは! 先の大技といい、我を苦しめた<導魔術>系統の魔力の手は、体に無理のかかる術式だったようだな!」

「……」


 イゾルデは何も応えず。

 表情は強張っていた。嘘が顔に出ている。

 バレバレ過ぎるが、それが逆に真実味を帯びた表情にも見えたのか、アオモギはイゾルデから距離を取り間合いを保つ。

 

 ダンとクレハさんにエンビヤはイゾルデの不自然な顔を見て、今にも吹き出しそうな顔付きだった。


 アオモギは警戒を強めて足を止めた。


「くっ」


 と片膝で地面を突くアオモギ。

 アオモギは魔力、体力、精神力などを激しく消費したか。

 複数の幻獣のような雷属性の魔力を放出して<導想魔手>から脱し、更には、その<導想魔手>でアオモギの体をきつく握りしめていたからな。


 幾らタフでも消費が再生能力を上回ったか。

 否、フェイクか?

 片手の掌を付けた地面から魔力を吸い取っている?

 回復能力は高い。もう呼吸は整っている。


 吸血鬼ヴァンパイア並とはいかないまでも、回復能力は高い。

 

 その間に折り紙で作られたような小さい龍はアオモギの頭部と体に浸透するように何事もなく消えていた。


 イゾルデは微かに頷く。

 <土龍ノ探知札>と<土龍禁籠札>の効果は消えたように見えるが、まだ効果は続いているってことだろう。


 ――回復を終えたアオモギは立ち上がり、


「我には<スキル喰い>、<環封印>、<魔印封じ>などは効かぬ!」

「幻術は効いていただろ?」


 俺の言葉を聞いたアオモギは片方の眉を釣り上げ、


「あぁ? 螻蟻ろうぎのような羅仙族、仙羅族の幻惑スキルの一種には驚きを覚えたが、既に<魔起怒>で打ち破ったわ!」

「〝黒呪咒剣仙譜〟はいいのか?」


 そう聞くとアオモギは両手の掌を翳す。


「欲望塗れの仙武人と我ら鬼羅仙を一緒にするな! 魔界王子ライラン様とアドオミ様を裏切るわけがない」

「上役の名はアドオミか」

「だからなんだ。アドオミ様の名を覚えたところで、お前たちがここで死ねば終わり……」

「隊を壊滅させた俺たちにサシで戦いを挑むのか?」

「不意打ちを喰らっただけだ! <雷獣レギオン>、<雷獣フェソラー>、<幻獣グンダリオン>、出ろ! ――そして、<猟毒魔・連鋼杭>――」


 アオモギは両手の掌から複数の気色の悪い眼球を放出。

 気色の悪い眼球は魔法陣となった。

 その眼球魔法陣から血濡れた鋼の杭を複数発生させて放射してきた。

 皆に向かう鋼の杭は速い。

 先端から緑と黒の液体が滴り落ちていた。

 

 アオモギは更に雷属性の魔力を体から放出した。


 皆散開――。

 俺は待ちの姿勢で動かず。


「ははは、動けまい!」


 アオモギは嘲笑。

 俺はそのまま笑顔を送る。


「ハッ、油断が命取りなんだよ!」


 アオモギは何を語っているんだ?

 深呼吸しながら下半身を少し沈めた。

 飛来してくる鋼の杭を左手で掴むような姿勢となった。


 背中側に向けた右手に無名無礼の魔槍を召喚――。

 凄まじい魔力が掌から無名無礼の魔槍へと伝搬していくのを感じながら……。


 飛来してくる<猟毒魔・連鋼杭>の鋼の杭を凝視。

 その鋼の杭の先端に向けて<光穿>を繰り出した――蜻蛉切と似た穂先から光と墨色の魔力が迸る。

 

 その穂先が鋼の杭を物の見事に切り裂いた。裂けた鋼の杭は地面に刺さる。

 

 他の鋼の杭が飛来――。

 無名無礼の魔槍の柄を引き、その無名無礼の魔槍を右へ左へと振るい回した。

 

 石突と柄で鋼の杭を打ち落としていった。

 周囲の根っこに複数の鋼の杭が突き刺さる。


 ――鋼アートの森ができあがりそうだな。

 そして、鋼の杭を弾き飛ばす度に――。


 ――無名無礼の魔槍の柄に刻まれている『バイ・ベイ』の梵字がこれでもかと強く光り輝いた。


 ――その幻想的な悉曇しったん文字を触るように短く持ち直した無名無礼の魔槍を下へと振るう。


 <龍豪閃>――。

 俺の股間に迫る鋼の杭を両断。


 柄を掌の中で滑らせるように持ち手を石突側に移行させつつ、二つの鋼の杭を柄で弾いた。


 鋼の杭が周囲の樹の幹に突き刺さる。爪先回転を行いながら、皆の様子を把握。皆も鋼の杭は正確に弾いていた。


 アオモギに穂先を向けながら、正眼の構えに近い構えを取る。

 

 蜻蛉切と似た穂先を凝視。

 かなり渋い穂先だ。


 戦国時代の武勇の誉れ高い名将、本多忠勝の逸話を思い出す。


 そして、その穂先から燃え滾る魔力の音が心地良い。

 穂先が溶けてしまうぐらいに勢いを持った魔力の炎を振り払うように無名無礼の魔槍を振るい、鋼の杭を両断。


「――ちょこまかと! <猟毒魔・連鋼杭>を喰らえ!!!」


 鋼の杭が一度に無数に飛来。

 その軌道と間合いを掌握察と魔察眼で予測。


 俄に無名無礼の魔槍を消去。


 再び召喚するや否や<豪閃>を実行――右斜めから飛来してきた鋼の杭を斜めに切断するが、鋼の杭の一部が腹と太股にぶっ刺さる。


 ――いてぇ!

 が、そのまま素早く無名無礼の魔槍を返す――。


 左側から飛来した鋼の杭を穂先と螻蛄首で打ち返した。


 跳弾の如く跳ね返った鋼の杭はアオモギに向かう。


 アオモギは、


「――げ、なんて槍使いだ!」


 と発言しつつ雷属性の魔力の獣のようなモノを盾にしながら横に跳躍。

 

 膝から五点着地法的に回転を繰り返して着地。

 そのアオモギは俺を凝視して、


「……毒が入った<猟毒魔・連鋼杭>を槍一本で跳ね返すとは! そして、腹に<猟毒魔・連鋼杭>は刺さったままだぞ! なぜ動ける!」

「あぁ、これか――」


 と、無名無礼の魔槍を消しながら腹と太股の鋼の杭を抜く。


「このように痛いが平気だ」


 盛大に腹と太股から出血。

 が、それは一瞬で蒸発したように消える。


「チッ、毒素を中和する体とはな。<内丹術>系統を極めた八部衆か……」


 そう語るアオモギを蜻蛉切の穂先越しに凝視。


「……魔界セブドラ側が持つような魔槍もオカシイ」


 アオモギは右に跳躍。

 雷属性の魔力の獣を操作。

 その獣の一部は宙空で花火の如く炸裂した瞬間――。


 稲妻の矢となって飛来してきた。

 更にアオモギは右の掌から鋼の杭を射出。


 まずは稲妻の矢――。

 無名無礼の魔槍を右に振るう<龍豪閃>――。

 稲妻の矢を両断。

 同時に、爪先半回転を数回繰り返しつつ――。

 数歩斜め後方に移動しながら、無名無礼の魔槍の柄で鋼の杭を叩き落とし続けた。

 

 鋼の杭を弾く度、掌に震動が伝わる。


 左右の掌で無名無礼の魔槍を押し――下げる――を数回繰り返し、鋼の杭を両断、叩き潰し続けた。


「――チッ、強めた<猟毒魔・連鋼杭>をこうも悉く処理されるとは、自信が揺らぐ。強い……我の中隊とバンドアルが潰された理由か」


 アオモギは肩で息をした。

 鋼の杭の量が減った。

 

 横に移動しながらアオモギと間合いを詰めるとアオモギは後退。


 無理に距離を詰めることはしない。

 

 再び待ちの姿勢で体勢を低くした。

 蜻蛉切と似た穂先でアオモギの体を捉えるように動かす。

 穂先から迸る炎がアオモギを燃やしているように見えた。その墨色の燃えている魔力は一種の芸術だ。


 水墨画、劇画、浮世絵の絵柄を巧妙に混ぜつつもリアルに不思議に燃えている魔力。


 そんな炎越しに見えたアオモギは皆を見据えて、


「<猟毒魔・連鋼杭>も効かずか……ならば」


 そう語るアオモギは複数の獣の頭部と腕の雷属性の魔力を操作した。雷属性の魔力は一つに融合。

 

 大きい雷属性の魔力の塊となる。

 やや丸いが、形は不規則に揺らぐ。その雷属性の魔力の塊を俺に向かわせてきた。


 俄に<仙玄樹・紅霞月>を五発発動――。

 三日月状の魔刃が、大きい雷属性の魔力の塊と衝突するが、三日月状の魔刃は雷属性の魔力の塊を突き抜けた。

 雷属性の魔力の塊は綿飴か雲か。五つの穴ができたのみ。

 <仙玄樹・紅霞月>は背後の樹木を打ち倒して消えた。

 <仙羅・絲刀>も五つ以上繰り出すが、魔力の糸のような刃は雷属性の魔力の塊をすり抜けることもなく、触れたら蒸発したように消えてしまう。


 <仙羅・絲刀>も通じない。

 その大きい雷属性の魔力の塊に発生した五つの穴はもくもくという動きで塞がると、その雷属性の魔力の塊は様々な獣へと変化を遂げながら飛来してきた。


「――雷獣と幻獣よ、喰らえ! 喰らうのだ!」


 斜め横に移動していたアオモギは吼える。

 雷雲のような魔力が構成する未知の雷獣と幻獣か。

 ――避けるつもりはない。

 竜頭金属甲ハルホンクに、


『鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼を装着だ』

「ングゥゥィィ!!」


 ハルホンクがいつもの掛け声を発すると、一瞬で――。

 

 鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼の胸甲。

 鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼の腰当。

 鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼の手甲。

 

 鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼が装着された。

 そして、雷雲なら雲で対抗という気概で<火焔光背>を発動――。

 

 俺の体から前方に出た<火焔光背>の目映い雲海のような魔力が、複数の獣の頭部と腕のような雷属性の魔力と衝突するや否や、その雷属性の魔力を吸い取った。


 体の至る所から雷鳴が響く。

 その雷属性の魔力は鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼にも伝わった。

 

「え――骨の鎧!?」

「シュウヤ、鬼の骨鎧に雷属性の魔力を吸収?」

「そのようです。シュウヤ殿の装備は見たことがありません。エンビヤたちは見たことが?」

「ないです。ハルちゃんが装備の保管をできることは知っていますが……」

「我もない。しかし、魔界セブドラの装備でもない? 分からぬぞ!」

「お前は、<雷獣レギオン>、<雷獣フェソラー>、<幻獣グンダリオン>を吸収したのか?」

 

 皆が驚く中――。


「そうだ。雷獣と幻獣をもらい受けた。覇王が喰ったと言えるか」

「覇王? 武王院にそのような秘術と装備があり、覇王がいるとは聞いていないぞ!」

「お前が知らないだけだろう」

「くそがぁぁぁ――」


 アオモギは切れて突進してくる。

 雷獣と幻獣は切り札だったか、愛用していたのか。


 イゾルデとクレハさんとエンビヤが、俺の前に出てくれた。その間にダンが大きな筆を振るう。


 大きな筆で宙に描いた墨色の魔法陣から無数の墨色の魔刃が生まれ出る。

 その無数の墨色の魔刃がアオモギに向かった。


「――チッ」


 舌打ちしたアオモギは速度を落とす。

 右の掌から無数の連なった眼球を召喚。

 その連なった眼球は瞬く間に不思議な方盾のようなモノに変化した。

 その眼球製の方盾で墨色の魔刃を防ぎつつ、背後に目があるような跳躍を敢行したアオモギ。


 後方の根っこの上に着地すると、俺たちを睨む。

 額に備わる赤黒い小さい角が光っていた。

 そのアオモギが、


「本当に雷獣や幻獣が取り込まれたのか……武王院、尋常ではない強さだ」


 そうアオモギが語る間にも、取り込んだ雷獣と幻獣の雷属性の魔力は、俺の体中の血管、内臓、筋肉、経脈を切り刻んでいた。


 が、光魔ルシヴァルの再生能力はピカ一。

 すぐに回復。


 そして、


 ――<闘気玄装>。

 ――<経脈自在>。

 ――<魔闘術の仙極>。

 ――<滔天内丹術>。

 ――<四神相応>。

 ――<青龍ノ纏>。

 

 を連続発動した。

 上半身が濃い青色へと変化を遂げる。

 質感は鋼のような滑らかさだ。色はヘルメの群青色と似ている。


 やや遅れて――。

 

 鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼の手甲の表面に濃い青色で稲妻のような斜めの絵柄が刻まれた。


 更に青龍が『ギュォォォ』と思念を寄越した。

 その青龍に<雷獣レギオン>、<雷獣フェソラー>、<幻獣グンダリオン>の雷属性の魔力を喰らってもらった。

 そして、青龍が喰らった雷属性の魔力を右腕へと集約させることに成功――。


 ピコーン※<青龍蒼雷腕>※スキル獲得※


「なんだ、その蒼い稲妻を宿す腕は!!」

「そのままだ。で、アオモギ、そこを動くなよ?」


 と、<青龍蒼雷腕>を発動しつつ無名無礼の魔槍を右手に召喚――。


 無名無礼の魔槍に蒼い稲妻が迸る。

 墨色の燃えた魔力と融合した蒼い稲妻が別種の蒼龍に見えた。


 驚愕し、怯えたアオモギは数歩後退。


「この恨みはいつか晴らす!」

 

 アオモギは林の奥に逃げた。

 視界から消えたアオモギ。

 皆、追わない。


 イゾルデとカチューシャの<土龍ノ探知札>のスキルは発動中だ。

 

 カチューシャの頭部はアオモギが逃げた方向を示す。


 その頭部に浮かぶ札から宙空に放たれている細かな魔線が集中している方角が、そのアオモギが逃げた方角だった。


「素直に鬼魔人の巣への帰還を願う」

「少しここで待機か? カソビの街を見学っていう選択肢もあるか」

「直ぐに追わないのか!」


 イゾルデは興奮状態。


「追ってもいいが、アオモギの掌握察、または探知系スキルが優れていた場合、俺たちの行動を察知してくる可能性がある。少しは時間を置いたほうが良いかも?」

「幻瞑森の方角には魔線が多いように思えます。その方角にアオモギが移動しているのでしたら、焦らずとも良いですね」


 エンビヤが冷静に語る。

 その姿に一瞬ヴィーネの姿を重ねてしまった。会いたい。


「……なら、少しここで待機しよう」

「はい」

「ふむ」

「で、シュウヤ、その蒼い稲妻を宿す無名無礼の魔槍と腕に、上半身の肌色は青龍の鱗? いや、鋼の筋肉鎧に骨装備は青龍と関係しているのか?」

「肌と筋肉……ま、<青龍ノ纏>のスキルの一部。スキルも<青龍蒼雷腕>を獲得した。しかし、かなり魔力を消費するから――」


 スキルを解除。

 鬼神キサラメ骨装具・雷古鬼を格納させて、素早く上半身を竜頭金属甲ハルホンクの夏服に変化させる。


 と、エンビヤとクレハさんは、


「きゃ……」

「あ、シュウヤ殿の……」


 と色っぽい声が聞こえた。


 そんな二人に向けて、乳首と胸筋をピクピクと動かせば笑ってくれるかな。

 

 笑顔は見たいが自重した。


「骨装備ごと防護服が変化か。あ、先の<導魔術>は雷属性の魔力を受けて溶けるように消えてしまったが、大丈夫なのか?」


 ダンがそう聞いてくる。

 頷いて、


「<導想魔手>は何回でも使えるから平気だ」

「そっか」

「シュウヤはアオモギの行動を想定していたのですか?」

「咄嗟だよ。〝黒呪咒剣仙譜〟が重要なら誘いに乗るかと思っていたが、甘かった」

「それにしても見事な判断力です。アオモギは、わたしたちも消耗しているように見えたはず」


 アオモギはかなり前から目覚めていて、俺たちの話を聞いていた可能性もあるが、そのことは言わず、


「あぁ、皆も俺の行動に合わせてくれた。礼を言う」

「はは、あれぐらい簡単さ。シュウヤの戦いは間近で見ているからな?」

「はい」

「おかしいと思ったんだ」

「わたしもすぐに分かりました」

「クレハは決勝で直にシュウヤと戦ったから尚のことか」

「はい、シガラ師範と、わたしとの戦いの時に用いていた<魔闘術>と<水仙>系統を使用していなかった。でも、風槍流で鋼の杭を切断しまくる武術は、とても素敵でした」


 熱が籠もった言葉に少し恥ずかしさを覚えた。そう語ったクレハさんは微笑みつつイゾルデを見て、


「そして、イゾルデの武王龍槍を振るいつつ突進する姿は鬼気迫っていました」

「アオモギも迫力を感じていたようですね。見事です」


 クレハさんとエンビヤの言葉を聞いたイゾルデは嬉しそうに勝り顔となる。ダンは、


「俺は逆に演技がバレるかと思ってヒヤヒヤしたぜ。そして、その前にシュウヤがイゾルデを抱いたところでシュウヤの演技だと確信した」


 ダンの言葉を聞いたイゾルデは、一瞬で、顔が茹で蛸になったように真っ赤だ。


「我は、あの時……」

「はは、今の顔色に近いそのイゾルデの姿を見て、俺は鋼の杭を喰らいそうになった」


 と笑うダン。


「ふふ、たしかに」


 エンビヤも笑う。皆の視線が集まったイゾルデは、視線が泳ぎ、


「……ふん」


 と不機嫌そうに俺を凝視。

 そんなイゾルデに笑顔を送ると、イゾルデはまたも視線が泳ぐ。


 その仕種が可愛い。


 が、直ぐに勝り顔を浮かべていた。

 キリッとした顔付きで俺を凝視。


 表情、気持ちの高低差が激しい。

 すると、エンビヤが、


「シュウヤとは模擬戦や<槍組手>を何回も行いましたから、シュウヤがわざと失態を演じていると理解できました。でも、イゾルデを抱きしめた時は……少し、動揺してしまいました……」


 そう女心を語るエンビヤは真剣な表情だ。

 途中で胸元に手を当てていた。

 

 エロ紳士の心がざわついたが、


「我もシュウヤ様が不自然だと、さ、最初から、わ、分かっていた!!」


 なぜか語尾で強く声を高めているイゾルデ。

 皆、そのイゾルデの発言を聞いてシーンと静まる。


 イゾルデは頭部を左右上下にぎこちなく動かして、


「ま、魔線の反応はカソビの街にも多い!」


 <土龍ノ探知札>の魔線が指し示す方角に腕を向けた。皆、笑顔を見せつつ頷いて、

 

「やはりアオモギが向かう方角は幻瞑森か……他の魔線の数も多い。鬼魔人の本拠なら話が早いが」

「あぁ、だが、アオモギは鬼羅仙一派と名乗り、黒呪咒剣仙譜の誘いに乗らずアドオミを様付けで呼んでいた。忠誠心が高いのなら自ら囮となって罠のある場所に俺たちを誘い込む作戦を実行する可能性もある……」


 と俺は発言。

 皆は考える。


「鬼魔人にそのような感情があるのなら驚きだ。そして、その場合、アオモギが途中で方角を変えたら囮の線が濃厚か」


 ダンの言葉だ。

 頷いてから、


「どちらにせよ<土龍ノ探知札>の魔線の反応で、ある程度の推測は可能だろう。では、カソビの街は後回しで、そろそろアオモギの追跡を行おうか」

「了解」

「「はい」」

「うむ!」

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