八百九十一話 勝利の舞
「法具系か」
イゾルデが小声で呟く。しかし、短槍から指貫グローブに変化とは驚きだ。
クレハさんが近付いてきて、
「短槍から瞬時に手袋になるとは驚きです。少し見させていただいても?」
「はい」
クレハさんは頷いて近寄ってくる、んだが、真剣な表情だ。
細い眉に鼻筋も高く、かなりの美人さんだとよく分かる……。
「あ、シュウヤ殿! 白蛇竜小神ゲン様の装備についての質問の前に言うべきことがありました!」
少し驚いた。
しかも、息が可愛いと思ったのは久しぶり。煩悩が刺激される。
「……え? なんですか?」
クレハさんはきょとんとしていたが、気を取り直したように、
「優勝おめでとう!」
クレハさんは、武に直道な方か。
「あぁ、とんでもない。クレハさんも強かった」
「ふふ、ありがとう。武双仙院の筆頭院生として、貴方と闘えたことは、とても誇らしい気分です。こうして話ができたことも嬉しい……」
笑顔が素敵なクレハさんだ。
黒髪の長髪もよく似合う。
二槍流の流派はなんていうんだろうか。
ホウシン師匠と同じ玄智武暁流なのだろうか。
すると、シガラさんも、
「私もクレハと同じ思いだ。水神アクレシス様が認める八部衆シュウヤ殿と闘えたことは同門として非常に誇らしく、嬉しく思う」
尊敬するシガラさんからそのような言葉を聞けるとは。
「シガラさんも、ありがとうございます」
続いて、メグ師範が、
「シュウヤ殿と真剣に戦ったシガラとクレハが羨ましいです。絆を得たと分かります……」
「絆、たしかに短い間の戦いですが、はい。シガラさんとクレハさんとは、武人としての心が通じ合ったような感覚がある」
皆が頷く。
メグ師範は、
「……素直に素敵です。そして、フウコとトモとは稽古をしたのに、わたしとの稽古の約束は……しかし、それはそれ……武王院霊迅仙院師範として、八部衆シュウヤ殿の門出を祝いましょう」
そう語る。その途中、ダンから冷やかすような視線が俺に突き刺さっていた。
しかし、フウコとトモとの訓練後、休憩がてら武王院の学び舎の見学を皆と行ったが……メグ師範は筆と硯に竹簡を使った習字のような授業を行っていた。そんな師範と教え子がいっぱいいる状況の中、突然、『一緒にど突き合いをやりましょう』と言えるわけもなく。
と、当時の言い訳をしても仕方ない。
今は無難に笑顔を送る。
すると、ダンが、
「シュウヤ、師範たちのこの反応は滅多にないからな? 貴重だぞ?」
「ダン、そう茶化すな」
シガラさんはダンの物言いに少し気恥ずかしさを感じたのか視線を逸らしていた。
一方、クレハさんは、俺が右手に装着中の白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブを凝視。
クレハさんの黒色の眼は真剣だ。隣にいるエンビヤは「ふふ」と微笑む。
すると、ノラキ師兄が、
「ダンが言うように、シガラとメグの、このシュウヤに対する食いつきっぷりは珍しい」
イゾルデは疑問気な顔色を浮かべて『そうなのか?』といった顔付き。
ダンは数回頷いて「さすが先輩」と小声で呟く。
メグ師範とシガラさんは目を合わせて『はは』と少し乾いた笑いを見せていた。
そのシガラさんはノラキ師兄に向け、
「メグは違うが、わたしはシュウヤ殿と直に戦ったのだぞ。当然の反応だと思うが?」
「あぁ、そうだな。若い頃を思い出していた」
ノラキ師兄の雰囲気から哀愁を感じた。すると、メグ師範が少し雰囲気を柔らかくさせて「ノラキ……」と呟く。シガラさんは目を細めて、
「たしかに、昔は連むことが多かった……」
「俺にとっては、二人とも、あの頃のままなんだぜ?」
八部衆としてのノラキ師兄がそう語る。
「ふっ」
「ふふ」
「そう、その笑顔は昔から変わらん」
シガラさんとメグ師範はノラキ師兄と阿吽の呼吸で笑顔を交換しあう。
良い雰囲気だ。三人が古い付き合いだと分かる。過去、武王院から小隊を組んで玄智の森に警邏に出かけたのだろうか。すると、ダンが、
「ま、シュウヤが凄すぎるに尽きるか。女共が騒ぐのも当然だな」
「――なに!?」
なぜかイゾルデが怒ったような反応を示す。
驚いたダンは、俺に『おい、このお嬢さん大丈夫か?』といったような不可解そうな視線を寄越すが、まさに、『知らんがな』だ。エンビヤは笑っていた。俺も笑う。
「ゴホンッ、侠気溢れるシュウヤ殿はモテモテか」
「たしかに、トモとフウコも……」
エンビヤはダンの冗談語りに合わせていると思いきや、クレハさんとメグ師範に視線を向けていた。
クレハさんは『え? わたし?』といったような表情を浮かべてから……俺に視線を向ける。
目が合うと、一瞬、きょどって視線を巡らせる。と、俺に視線を戻す。
と、黒い眼をふるふると震わせつつも俺をジッと見てきた。
頬と首下の皮膚が斑に赤くなっている。
「かっ! もてるシュウヤだなぁ、ええぇおい!」
ダンが俺をからかう。
別段怒ってはないと分かる言い方だ。
「ダン、俺に何を言わせたいんだ」
「ははは、気にすんな。しかし、大豊御酒の豪快な飲みっぷりに、四神柱からの盛大な魔力の受け取りだぞ? 更には、玄武の能力をチラッと見せては、最後に白蛇竜小神ゲン様のアイテムの獲得だからなぁ。人気が爆発するのも分かる」
そう語ると皆が数回頷く。
イゾルデは『当然だ!』と言うように胸を張って巨乳さんを揺らしていた。
更には武王龍槍を振り回し始める。若干、俺に向ける女性陣の視線を防ぐようにも見えた。少し必死なイゾルデが面白い。
そんなイゾルデの行動に驚きビビっていたメグ師範は俺の傍に来て、
「イゾルデ殿の武器も神々の能力を秘めた法具の槍なのですね……そして、シュウヤさん、改めて、その法具だと推測できる手袋防具を拝見させてください……」
メグ師範の息遣いと匂いが色っぽい。近いから鎖骨の窪みが丸わかり。
いかん、と、少し視線を下げた。
もっといかんいかん。
ほどよい膨らみのおっぱいさんを見てしまった。
おっぱい奉行として拝みたくなったが、行わずに、
「はい、どうぞ」
と右腕を差し出す。
「ふふ、ありがとう――素材は短槍の時のままなのですね。でも変化具合が凄いです! あ、仙万変具のような能力も有している?」
メグ師範の『仙万変具のような能力も有している?』の喋り方は皆に聞くような印象だ。
直ぐにシガラさんが頷いて、
「ありえる」
「元々四神柱に嵌まっていた硝子の欠片だからな」
ダンも続いた。
シガラさんも『そうだ』と言わんばかりに頷いて、
「白蛇竜小神ゲン様の手袋で短槍。神々の能力が少しでも残っているのなら、仙万変具と似たような能力を有していてもおかしくはない」
皆が頷く。
仙万変具とは……。
この白蛇竜小神ゲン様の手袋と似たようなアイテムということか。
「しかし、装備の質と違って、魔力の内包量はそれほどでもないようね。なにか秘密があるのですかね?」
「秘密と言われても……」
「たしかに、鱗と鋼の質から見ても魔力を多く内包しているはずだが……」
メグ師範とシガラさんがそう発言。
ダンは、
「メグ師範、シュウヤはその装備を獲得したばかり。あまり実感がないのでは?」
「その通り」
「あ、言い方が悪かったですね。装備には隠れた能力があるのではないか? という推測からの言葉です」
「なるほど」
皆頷く。
ダンは続けて、
「なら、仙万変具や法具なのかもしれないな。単に燃費が良い証拠? 使い手に優しい装備品の可能性もある。使い続ければ魔力を吸収して、更なる成長を遂げるアイテムかもな?」
と発言。
そうかもしれない。
「はい、その可能性は高い」
エンビヤがダンの言葉に同意。
そのダンは頷いて、
「小さい白蛇竜の模様も渋くていい」
と指摘。たしかに。
手の甲の親指付近にある白蛇竜の小さいマークは良いアクセントだ。
続いてエンビヤが、
「……掌の鱗と鋼の編んだような造りと色合いも見事です」
そう言ってくれた。
白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブを見て少しうっとりしている。クレハさんと師範たちも頷き合う。
「もしや、短槍より手袋防具の形態のほうが白蛇竜小神ゲン様の能力は強まる? 神界セウロスの装備類に多い法具ならそれで辻褄が合う」
シガラさんがそう指摘。
続いて、メグ師範が、
「そう言われたら、短槍よりも手袋のほうが豪華で頑丈そうに見えますね。拳骨の白銀の鱗と漆黒の鋼の突起物は素敵、白炎拳に合いそう……でも……」
メグ師範は俺を凝視。
が、先ほどの、俺を睨み付けるような視線ではない。
シガラさんがその視線に気付いて、
「メグ、先ほど『白王院とシュウヤ殿は関係ない』と説明したばかりだが――」
と、腕を出してメグ師範を牽制。
メグ師範は、
「……分かっています。武魂棍の儀の時から『もしかして?』と秘かに思っていました」
「あぁ、仙値魔力の位に〝白炎仙〟があったからな」
「はい。他にも、シュウヤ殿は水神アクレシス様の加護を持つ。そして、修業蝟集道場、二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道、仙王ノ神滝、仙王の隠韻洞での修業と奇跡的な武王龍神様の復活を果たしたシュウヤ殿だからこそ……水神アクレシス様などの魔力が濃厚な水の法異結界を取り込み玄樹の珠智鐘を授かった。ですから、シュウヤ殿が神界セウロスと白炎王山を知らずとも、仙王家の秘奥義を神の御業で獲得していてもおかしくはない」
メグ師範はそう発言。
が、少し溜め息を吐いていた。
白炎王山の仙王家の秘奥技はそれほどに重要なのか。
メグ師範はシガラさんに慰められたような印象で、俺から離れた。
その様子と白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブを見ていたダンは、
「鱗と鋼に魔線で編み込まれたような掌と甲は見事。そして、白炎系の様々なスキルと使い方を見たメグ師範が、シュウヤのことを羨むのも分かる」
「――ダン、わたしは別に羨んではいないです」
「それは失敬」
メグ師範はダンを睨む。
が、直ぐに微笑む。
ダンも笑みを返す。
嫌みな笑顔ではない。
皆も少し笑顔を見せていた。
なにか心が暖まる。皆、仲間で家族か。
武王院は良い場所だ。
「しかし、右手のみか。シュウヤ様の一の槍には好都合だが、それはそれで敵対者には分かりやすくなる」
光魔武龍イゾルデの言葉だ。
自然と頷いた。
「その好都合が間合いの差異を生むだろ?」
「ふっ、武の妙だな」
頷く。イゾルデも武人としての笑みを返してくれた。
この白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブは右手のみ。
色合いは白銀と漆黒。
指の根元の模様はゼブラの段だら模様が多い。
甲は漆黒が占めている。
親指の近い位置にはダンが褒めてくれた、白銀の白蛇竜の小さいマークが輝いていた。
そして、竜のマークと言えば……。
今は消えているが、バルミントとの契約の証しと似ている。
そう白蛇竜小神ゲン様の短槍が変化した指貫グローブと小さい頃の
「シュウヤ殿が白蛇竜小神ゲン様の短槍を操作して防具に?」
クレハさんがそう聞いてくる。
俺は、クレハさんの黒い眼をチラッと見て、
「操作していません。俺も白蛇竜小神ゲン様の短槍が、このような指貫手袋に変形を遂げるとは思わなかった。短槍を腰に差そうと意識した直後、突然手袋へと変化を遂げたんです」
「そうでしたか」
クレハさんのすぐ後ろにいるシガラさんが、
「では、仙万変具よりも上位、神万変具か、やはり法具か。その大層な短槍には白蛇竜小神ゲン様の意識が宿っている?」
シガラさんがそう聞いてくると、皆が頷きつつ、
「もしそうならとんでもない」
「あぁ、魔力の内包量は少量だから、それはないと思うが」
「はい」
少し間を空けてから、
「……この右手の指貫手袋から僅かな魔力は感じますが、白蛇竜小神ゲン様の意識は感じません。元々四神柱の下のほうに嵌まっていた小さい硝子片でしかなかったですからね」
シガラさんが、メグ師範と離れて、
「使い手のシュウヤ殿がそう言うのだからそうなのだと思うが」
「魔力も少ないし、不思議な手袋だ」
「抜けている指の部分は防御能力に不安がありそうです」
「槍を扱うことを想定した手袋だろう」
「なるほど、仙万変具か法具の白蛇竜小神ゲン様の手袋には、握力の向上効果がある?」
「ありそうだな」
「それに伴い、神槍、魔槍の能力をも向上させる? 少ない魔力ですが、様々な効能を秘めている?」
「白蛇竜小神ゲン様のアイテムだ、可能性はある。ダンが言ってたように、使い続けたら成長する部類のアイテムかもしれない」
「……シガラと皆の意見に同意します」
メグ師範がそう発言。
「短槍と手袋には……なにかしらの共通項があるのか?」
ダンがそう発言しては、クレハさんが、
「もしくは、手に関するスキルを、使い手に齎す?」
「ふむ、洒落か?」
「い、いえ」
シガラさんは微笑むが、クレハさんは半笑い。
ダンは、
「仙大筆と相性が良い可能性もある」
そう発言。イゾルデ以外の皆が頷いた。
そのイゾルデの顔には、
『早く鬼魔人を倒しに行きたいんじゃぁ』
という文字が浮かんで見えた。
そんなイゾルデに笑みを送ると、コロッと笑みが似合うビューティスマイルを寄越してくれた。
その間に、皆の武王院会議的な会議が始まった。
三味線的な楽器を扱うタダツグさんとエイコさんの演奏が強まる。
笛と太鼓を吹く院生たちの演奏も良いアクセント。
暫し、和風の音楽をバックに皆の意見を聞いていく。
魔煙草が欲しくなった。
この玄智の森にも煙草はあるはず。
「……手袋から短槍に戻せるのですか?」
そう聞いてきたのはクレハさん。
「まだ分からないです。何分、
そのタイミングで、ダンが、
「シュウヤの肩の防具とは関係がある? 今、龍か竜の頭部を模した肩の防具は消えているようだが……」
ダンの言葉に皆が俺の肩を見る。
頷いてから、右肩を少し前に出す仕種を行った。
そして、
「
指貫グローブを凝視しつつ――。
『武器に戻れ』と強く念じた刹那――。
指貫グローブが輝く。
手の内の鱗と鋼と甲の鱗と鋼が捲れて、それぞれが上向き、真珠の貝殻のような光沢を生み出す。
と、それらの素材がキュルルと音を発しながら巻かれ融合するや否や、白蛇竜小神ゲン様の短槍へと変化した。
融合の具合はポスターを巻くような動きで、形状記憶合金と似た動きだった。
非常に面白い動きの変化だ。
「「おぉ!」」
「戻った!」
皆の反応に合わせた和風ロックの三味線と和太鼓のリズムが面白い。
「シュウヤ、今、念で操作を?」
「おう。試しに――」
白蛇竜小神ゲン様の短槍は一瞬で右手のみの指貫グローブと化した。
「「おぉ!」」
「このように、俺の思念で操作が可能なようですね」
「素晴らしい。やはり仙万変具であり、法具!」
法具か。
<神剣・三叉法具サラテン>もそうだった。
試しに無名無礼の魔槍を召喚。
指貫グローブで、小指から薬指、中指、人差し指、親指で柄の握りを確かめた。
タダツグさんの三味線が面白い。
俺の蛇腹機動で動く指の動きに合わせた三味線の音楽。
白蛇竜小神ゲン様の能力が加わっているのか、指の動きが加速し、今までにない、掌が柄に吸い付くような不思議な吸着感を得ながら皆から離れた。
両足が滑るような機動から――。
迅速に左足で踏み込みを行う。
腰を捻り、丹田から右腕へ魔力を伝搬させながら無名無礼の魔槍を握る右手を突き出す<刺突>を実行――。
片腕が一本の槍の如く伸びたポーズで止めた。
「おぉ、穂先から……墨の炎が凄まじい」
シガラさんの声を聞きながら、頭部を上げ、無名無礼の魔槍を見る。
穂先から墨色の魔力の炎が
更に、蜻蛉切と似た穂先の表面に刻まれている『バイ・ベイ』のような梵字から白炎が洩れていく。
炎の色合いは水墨画のようで不思議だが、熱量は感じるし、現実だ。
「「おぉ」」
甲高い笛と野太い太鼓音で和風の音楽がストップした。
「シュウヤ、また一段と鋭くなっています!」
「一切無駄のない突きスキル。これが一の槍か……私はそれを受けたのだな」
シガラさんの言葉に恐縮しつつ――素早く爪先半回転を行う。
――俺の動きに合わせて三味線ロックが奏でられるのも良い。
皆の様子をチラッと見てから右手の白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブを凝視。
掌の吸着感は掌の中央――竜の鱗の輝きが元か。
ガトランスフォームの掌と似た機能がある?
リパルサー的な円の形をした金属部位を想起した。
試しに、左手に無名無礼の魔槍を移す――と、柄が加速?
直ぐに左手で無名無礼の魔槍を掴んだ。
白蛇竜小神ゲン様の掌からは、白色と黄色の魔力波が少し放出された。
へぇ――。
白色と黄色の魔力波は宙空の魔力を掌に吸い寄せた。
おぉ、微かに空気、空間、水気から魔力を得ると、その魔力が掌からグローブ全体へと拡がる。
――この指貫グローブは魔力を吸い込む能力に長けている。
同時に左手首を動かした。
無名無礼の魔槍を縦回転させる。
そして、爪先半回転を左足と右足で交互に行う。
――皆と観客に仙王ノ神滝を見ながらもう一度――。
風槍流『爪先回転』で回ってから、正中線を維持した、左足を前に出した半身で足を止めた。
左手が握る無名無礼の魔槍を横や斜めに回転させつつ、その柄を左の脇腹に当てるように腰から背中へと通して、無名無礼の魔槍の柄頭の近くに右腕を乗せた。
他の場所から俺を見たら、背中に預けた無名無礼の魔槍により掛かるような見た目だろう。
背骨を無名無礼の魔槍で伸ばすように背筋を伸ばす。
更に、右足を少し前に出すように、半身を正対に戻すように向けた。
同時に左手を広げた――当然、握っていた無名無礼の魔槍の柄は右腕と背中と右脇腹を擦るように落下。が、右腕を少し傾けている。
その角度に合わせて二の腕、肘、前腕の表面を泳ぐように移動を遂げる無名無礼の魔槍――。
この動きは見ずとも感覚で理解している。
そのまま右手の手首を上げて、無名無礼の魔槍を右手の掌で拾うように握り直した。
良し――。
白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブの掌に無名無礼の魔槍の柄が吸い付く。
これは、他の武器の柄でも同じだろう。
そして、その右手が握る無名無礼の魔槍を掲げるように、白蛇竜小神ゲン様のグローブを見せた。
無名無礼の魔槍の柄と右手の指越しに、
「――持ち手の感覚が今までと異なる。少し訓練を行います。皆さん、いいですか?」
そう聞くと、エンビヤとイゾルデが直ぐに笑顔を浮かべてくれた。皆は、
「あ、はい、是非! シュウヤ殿の槍武術を見れば、玄智武暁流、玄智炎槍流、武双槍流、武王厳流などの二槍流の向上に繋がる。勉強させてもらいます!」
クレハさんの二槍流は様々な流派を学んで取り入れていたのか。
尊敬しながら、
「クレハさんも凄い武術家だと分かります」
「ふふ」
「わたしも嬉しい。楽しみです」
「あ、メグ師範も?」
「はい。霊迅仙院師範のわたしは拳が主力ですが、相対する者に槍武術を扱う存在は多い」
メグ師範はクレハさんとエンビヤにイゾルデを見ていた。
頷く。
「たしかに」
「ですから、一流の動きを見るだけで参考になります!」
元気溢れるメグ師範の声。
拱手して応えた。
すると、ダンが、
「ついでだシュウヤ、四神柱から得たスキルなども少しだけ観客に見せてやれ!」
そう大声を上げていた。
観客席の院生たちは、帰っている方もいるが、まだ俺たちの様子を見て声援を送ってくれている院生もいる。
「はは、シュウヤ殿をそう急かすな」
「ダンは自分が見たいだけでしょう」
「はは、バレた」
「ふ、実はわたしも見たい。そして、皆も同じはず。あのように院生たちが観客席に残っているんだからな」
「はい。圧倒的な強さで優勝を果たしたシュウヤ殿。四神柱のことといい、新しい武器と防具のことが気になって仕方がないのでしょう」
「皆、シュウヤ様の武術に魅了されたか。ふふふ」
イゾルデが自慢気に語る。
「わたしも四神から特殊な能力を受け取ったシュウヤが気になります」
エンビヤの言葉だ。
なら少し見せるかな。
そして、タダツグさんの音律が良いなぁ。
「しかし、いつになくタダツグが熱心だな」
「はい、仙具弦楽器の扱いが素晴らしい」
ノラキ師兄とシガラさんの言葉だ。
すると、ジャジャンとタダツグさんは三味線の音で返していた。
調弦法は独特だ。
本調子・二上り・三下りなどの他に、魔力にスキルを用いた方法がある?
「んじゃ、訓練を行います」
「シュウヤ様! カソビの街に突撃しないのか」
「ふふ。イゾルデ、少し待ちましょう」
「この後だ」
「ふむ、分かった!」
エンビヤとイゾルデに笑顔を送る。
そのまま<魔闘術>と<滔天内丹術>を意識。
最初は<槍組手>の訓練から行く。無名無礼の魔槍を消去。
右手、左手で宙空に円を描くような腕の動きから変則的に掌底を上下方向に繰り出し――。
幻想の敵二人の胸元と下腹部を掌底で穿ち、倒す。
体幹の魔力を全身に行き渡らせた。
刹那、目の前で、刀で切腹を行い、不意打ち攻撃を繰り出す幻想宇宙忍者の攻撃が迫る。
急ぎ、爪先半回転。
<仙魔奇道の心得>を実行。
魔印が俺の眼前に生まれる。
白銀色の鱗が混じっている霧魔力を纏いつつ横移動。
<仙魔奇道の心得>は少し視界的に邪魔だが、慣れるかな。
横に軸をズラす感覚で刀の攻撃を避けてから、右手と左手で交互に――<蓬茨・一式>の正拳突きスキルを実行――幻想宇宙忍者の二人の胴体と頭部を茨のような魔力が迸る拳で潰して倒す。
敵の幻想の剣師はまだ多い。
機動力を活かすように前進。
加速した俺は半身から
幻想剣師がフェイクに掛かった直後、<悪式・霊禹盤打>の打ちおろし打撃スキルを繰り出した。
トンカチを連想する右掌の下側で幻想剣師の肩を潰した。
その想定から右斜め前方へ駆けた。
魔素を遮断する伏兵の敵に囲まれたことを想定。右手に無名無礼の魔槍を召喚。
右斜め前方の幻想の伏兵に向けて――右手が握る無名無礼の魔槍で<刺突>を繰り出し、倒す。
即座に無名無礼の魔槍を消しつつ伏兵の死体を蹴って跳躍。
宙空から俺を狙う幻想の敵集団目掛けて<仙羅・絲刀>を繰り出した。
魔力の刃の糸の<仙羅・絲刀>が幻想の敵集団の一人一人の体を捕らえ、斬り刻む――。
が、<仙羅・絲刀>を掻い潜ってくる敵の凄腕集団が存在していると想定。
宙空を突進してきた凄腕集団から槍衾のような槍と剣の<刺突>系と<豪閃>系の攻撃を受けそうになってしまっていると想定。
即座に<召喚闘法>。
<霊纏・氷皇装>と<氷皇・五剣槍烈把>を実行。
両腕から五つの白銀の刃が突出。
<氷皇・五剣槍烈把>の白銀の刃を上下左右に打ち分ける。
敵の凄腕集団が延々と繰り出す<刺突>系と<豪閃>系の攻撃をすべて相殺することに成功。
「おぉ」
「……白熊と合体?」
「<召喚闘法>……すげぇ」
「あぁ、見事な<神威>も内包している」
「ほう、仙武人シガラは鋭いな……」
イゾルデは俺ではなくシガラさんの言葉に反応を示していた。
皆の感嘆の声には悪いが――。
この<霊纏・氷皇装>と<氷皇・五剣槍烈把>は魔力消費が激しい。
胃と小腸、大腸。
内臓が捻れて切れるような激しい痛みを感じた。
が、構わず<闘気玄装>を実行。
加速と力強さを得ながら――。
無名無礼の魔槍を召喚。
そして、左前方の幻想剣師が繰り出した袈裟斬りの軌道を予測しつつ、無名無礼の魔槍を斜めに掲げ、その柄で剣刃を受け流す。
同時に――。
<仙魔・
<仙魔・
刹那、幻想剣師の一閃が、俺の分身体に決まる。本体の俺は避けた。
俺の分身的な霧が二つに分かれて消えていくのを横目に、爪先半回転。
続けて横回転。
その最中、無名無礼の魔槍の柄頭を下斜めに振るい下げた。
幻想剣師の足を柄頭で引っ掛け転倒させることに成功。
その転んだ幻想剣師の首を蜻蛉切と似た穂先の<刺突>で刺した。
穂先と衝突した床から火花が散る。
実際には幻想の敵はいないから当然だ。
そこから――。
<水月血闘法・水仙>を発動。
更に風槍流『風蝉』の歩法を実行――斜め後方へと跳ぶように移動して、飛来してきた矢と礫を避けた。
数回矢と礫を避ける。
と、反復横跳びを数回実行。
矢と礫を避けまくりつつ――。
ジグザグに前進を繰り返す。
幻想の射手に近付いた。
その側面に出た直後――。
<龍豪閃>を発動。
幻想の射手の首を刎ねた。
続けざまに<豪閃>――。
風槍流『風軍』のステップを加えた返す刀を彷彿とさせる穂先で礫を何度も飛来させてきた魔法使いor仙魔使いの首を刎ねた。
そのまま風槍流『風軍』のステップワークから無名無礼の魔槍を振り回した。
柄の持ち手を――。
左手へとスムーズに交換。
その速度はナイフトリックを行うが如くの速さだった。
凄い。
この白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブには、掌の吸着以外にも、指と掌に不思議な加速を得られる効果がある。
そんな<豪閃>の終わり際――。
ワザと踵で床を突く。
エヴァの足捌きを想起。
が、あのような華麗さを保ったターンピックは冴えない。
足を止めた。
そんな俺の隙を狙うように――。
ワーワーと残りの幻想の敵集団が一気に俺を仕留めようと群がってきたことを想定。
それらの敵の得物と間合いを魔察眼、掌握察で把握。
――<魔闘術の仙極>を実行。
加速した俺は姿勢を下げて、幻想剣師が繰り出した袈裟斬りを避けるやいなや、無名無礼の魔槍を突き上げる。
そう、風槍流槍突の『風研ぎ』を実行――カウンター気味に幻想剣師の顎を蜻蛉切と似た穂先が捉えた。
そのまま顎から頭部を真っ二つに穿つ無名無礼の魔槍。
幻想剣師の頭部が左右にお別れ。
そして、一歩二歩と右前に出ながら――無名無礼の魔槍を引き回す<血龍仙閃>を繰り出した。
一度に幻想の敵三人を薙ぎ払う。
幻想の敵が吹き飛び、散る。
その光景を想像しながら……。
――<滔天神働術>を実行。
――<霊仙酒槍術>を実行。
刹那、足下の水飛沫が一斉に持ち上がった。四神闘技場の空間の上下が逆さまになったが如く。
降り注ぐ水飛沫に合わせて半透明の俺の姿がチラホラと周囲に出現を繰り返す。
「「「おおおおおお」」」
「なんだ、水が、滝の水が持ち上がったぁぁ」
それらの水飛沫の一部が濃厚な魔力となって俺に飛来した。
同時に半透明な俺は消える。
時が止まった、酔う感覚。
飛来してくる魔力は攻撃ではない。それらの水飛沫が混じる魔力を吸収するや否や、酔う感覚が強まるが、体は加速。
<
大豊御酒の匂いが鼻を衝いた。
そして、すべての水気が俺の味方となったが如く――。
「凄い、シュウヤの動きが……」
「……訓練に見えない」
「シュウヤ様の勝利の舞だ!」
「なんという戦闘機動か!」
「ホウシン師匠から『玄智・明鬯組手』の手ほどきを受けているのだろうか……」
皆の言葉を耳にしながら、幻想の槍使い二人が左右から迫ることを想定。
――<四神相応>。
――<青龍ノ纏>。
――<白虎ノ纏>。
三つのスキルを発動。
無手の左腕と右腕と右手が持つ無名無礼の魔槍からそれぞれ青龍の魔力と白虎の魔力が迸った。
二人の幻想の槍使いは、青龍と白虎の魔力を受けながらも前進。
無名無礼の魔槍の墨色の魔力が縮むような感覚。
一旦、無名無礼の魔槍を消す。
左腕と右腕が真っ青と真っ白だった。青龍と白虎の魔力が光魔ルシヴァルと融合したような感じか。
跳躍――。
二人の<刺突>をギリギリの間合いで避けながら、<蓬莱無陀蹴>を繰り出し、右側の槍使いの頭部を蹴りで破壊。その死体を蹴る想定で<導想魔手>を蹴って宙を反転。
逆さま視点から<湖月魔蹴>を左側にいた槍使いの肩口に喰らわせ吹き飛ばし――。
即座に身を捻る着地をして、吹き飛ばした槍使いに近付いた。
幻想の凄腕槍使いは――。
俺を迎え撃つように<牙衝>のような下段突きを繰り出す。
それを横に移動しながら避けた。
即座に無名無礼の魔槍を右手に召喚。
その右手の握力は増したと分かる。
力強い無名無礼の魔槍で<光穿>――凄腕槍使いの頭部を光の一閃で穿ち倒す光景を思い描いた。
が、そんな俺を狙う複数の矢。無名無礼の魔槍の柄を回して、飛来してくる矢に備えた。続けて右手の白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブを活かすとしよう。
幾本の矢を、回す得物と指貫グローブで、防ぐことに、なんとか、成功か。
否、すべての矢は防げなかった。
数本の矢を体に喰らった。
反撃に跳躍しながら<仙羅・絲刀>を実行――。
俺に矢を射出してきた幻想の射手集団を<仙羅・絲刀>の魔力の糸の刃で串刺しに処した。
<仙羅・絲刀>が消えるのを把握しながら正眼の構えで着地。
すると、影のような魔力を発動して<仙羅・絲刀>を消してきた敵集団、それらの敵集団が、俺を囲うように動いてきた。
ゆらゆらと蠢く敵集団を睨みながら無名無礼の魔槍を両手持ちに移行。
その無名無礼の魔槍を引き、両肘を上げた。無名無礼の魔槍の柄頭を胸元に上げる動作から――俄に無名無礼の魔槍にぐわりと螺旋回転を行わせた。
蜻蛉切と似た穂先がぐわりぐわりと宙空に変わった形を数回描く。
穂先の動きを凝視すれば、その軌跡がZの字、乙の字に見えるはず。
そうした動きの無名無礼の魔槍の穂先と螻蛄首で、前方から迫る無数の斬り払いを打ち払った。
次の瞬間――。
左側から<闘気玄装>を用いた剣師が間合いを詰めてきた。
魔剣を振るい下げる速度は速い。
相手は凄腕剣師、シュヘリア的な剣速を想定――。
俄に左の背中側へと無名無礼の魔槍の柄を流した。
振るい下げてきた魔刃を柄で防ぐ。
火花が散ることも想定。
そのまま火花ごと、凄腕剣師の頭部を払うイメージで<龍豪閃>を繰り出すが――。
<龍豪閃>は凄腕剣師の剣刃で防がれた。それは想定済み。
無名無礼の魔槍の柄を右の掌で押し出すと同時に<仙魔・桂馬歩法>を実行。足下から噴き上がるような風を意味する魔印は見ない。
右手の掌底を突き出した。
凄腕剣師は、俺の掌底と無名無礼の魔槍の柄を魔剣の柄で防ぐ。見事な防御剣術で俺の攻撃を防いだ凄腕剣師の構図だ。
しかし、それは同時に凄腕剣師が持つ魔剣を無名無礼の魔槍と掌底で封じる形だ。
その想定から――。
左手で<魔人武術・光魔擒拿>を実行。
凄腕剣師の左腕の肘を極め折る。
そのまま身体能力向上効果を遺憾なく発揮するように――凄腕剣師の上半身を強引に左手で引く。凄腕剣師の上半身を俺の胸元に寄せつつ右膝蹴りを実行――。
凄腕の剣師の顔面を右膝で破壊。
仰け反った凄腕剣師の魔剣から落ちようとしている無名無礼の魔槍を右手に吸着させるように柄を掴み直す。
そのゼロコンマ数秒後――。
<刺突>のモーションを取る。
槍の間合いから<龍異仙穿>を実行――。
右腕ごと無名無礼の魔槍が龍になるが如く――龍異仙流技術系統:上位突きが凄腕の剣師の胴体を穿った。
――よっしゃ、幻想の敵集団を壊滅させた。
無名無礼の魔槍を振るいながら――。
『爪先半回転』と『爪先回転』を実行して回り続けた。
そして、足を止める。
その刹那、
「「「オォォ」」」
ここが四神闘技場だったことを思い出させる院生たちの声援が響きまくった。
少し気恥ずかしさを覚えながらも――無名無礼の魔槍を上げて皆の声に応えてから――。
右手を凝視。
――この指貫グローブは指を加速させつつ柄の握りを強化してくれる。武術家には有能な指貫グローブだろう。
その白蛇竜小神ゲン様の指貫グローブを装着している右手が握る無名無礼の魔槍を消してから皆のところに戻った。
「見事な演武でした、シュウヤ殿――」
シガラさんに拱手。
続いてクレハさんが、
「演武、実戦を想定した訓練ですね」
「あぁ、シュウヤ殿と戦う敵の集団が見えた」
「はい……シュウヤ殿の背中、左側を狙った敵剣師は凄腕、その剣筋を防いだと分かる槍機動には惚れ惚れする……」
「……あぁ、上段受けのような動きからの一閃、そして、締めの突き技は実に見事だ……」
「たしかに背筋が凍る。が、武術への心が刺激されるな。見ているだけで高揚感が得られる訓練の様子だった。エンビヤが魅了されるのも分かる」
「わたしが敗れたのも納得しました。仙極神槍の位は伊達ではない!」
「その白蛇竜小神ゲン様の手袋は武術と相性が良さそうだ」
皆の言葉に頷いてから、
「はい、俺に合う。槍以外にも使えそうです」
そう発言。
すると、シガラさんは、
「はは、いい面、良い武術。私ももっと修業しなければ」
「師範、私もです」
クレハさんがそう言うと、シガラさんは俺をチラッと見てから頷いて、
「これからは修業ではなく実戦で良い経験を積めるだろう。ま、それはシュウヤ殿の許可次第だが」
「二人が強くなるなら俺も強くなるぞ」
ダンの言葉だ。
そのダンは大きな筆を握る腕に力を入れて、
「シュウヤが〝玄智の森闘技杯〟で白王院を破り優勝するところが見たい」
「〝玄智の森闘技杯〟は正直後回しだ。見知らぬ武術や<仙魔術>などには興味はあるがな」
「それも当然か。玄智の森を神界セウロスに戻す聖なる戦いが本命。武王院会議の主な話題だった冥々ノ享禄と白炎鏡の欠片の収集が最優先事項だ」
ダンの言葉に皆が頷いた。
「そして、玄樹の珠智鐘を合わせた三つを鬼魔人傷場で俺が使う」
エンビヤ以外が頷く。
「あぁ、聖戦だな。で、シュウヤ。俺もその聖戦に、八部衆たちと同じく参加したい。先ほどの風獣仙千面筆流の件も合わせて協力させてくれないか」
ダンの言葉にイゾルデ以外の皆が驚いていた。
風獣仙千面筆流は興味深い。
「おう、OK牧場! 歓迎だ、ダン!」
「よっしゃ! おけー? ぼくじょう? がわからんが、嬉しいぜ!」
「改めてよろしく頼む」
「おうさ! 武王院の院生たちが武王院で指をくわえて敵を待っているだけではないってことを示す! 霊魔仙院筆頭院生としてがんばるつもりだ」
エンビヤ以外の皆が頷いた。
そして、ノラキ師兄が、
「カソビの街、玄智の森にはダンパンの手合いと鬼魔人は多い。俺も今まで通り協力しよう。そして仙境は一枚岩ではない」
「エンビヤたちとも前に語り合いましたが、ホウシン師匠が重視する玄智仙境会はあまり機能していない?」
皆、沈黙。
ノラキ師兄は、
「……残念ながら、そうだ。カソビの街では、鬼魔人相手以外でも争いが起きている。そして、お師匠様は、立場上仕方ない。規律を遵守するのが道理」
皆、頷いた。
俺は、俺の近くに戻ってきた腰に注連縄を巻くデボンチッチを見てから――。
「では、早速、玄智の森に向かいます」
「了解した。が、シュウヤにこれを――」
ノラキ師兄が黒色の霧に覆われた独鈷を放ってきた。
それを受け取る。
「これは武器?」
「武器でもあるが、遠隔からの連絡手段に用いるアイテムだ。名は黒独鈷。因みに全部で五つある。それが最後の一つ。黒独鈷を持つのはホウシン師匠、ソウカン師兄、武仙砦の総督ウォーライ様、俺。そして、俺は<仙魔連絡帖>を用いて、黒独鈷を持つ人物と連絡をとりあえる。使い方は、魔力を通しながら念じるだけでいい」
「へぇ、何気にノラキ師兄、重要人物ですね」
黒独鈷を観察していると、
「……おい、何気とか余計だろう」
「ふふ」
「ぷ」
「ははは、ノラキ先輩の個性は大事だ。ツルツル……」
「ダン! なにが個性でツルツルだ! 干すぞ?」
「え、ノラキ先輩、地獄耳! 聞こえていた――」
ノラキ師兄の体から出た黒霧の魔力を見たダンは、そそくさと四神闘技場を走り出す。
ノラキ師兄は、
「たくっ……<魔能印・双剣ソール>なんてもんを勝手に得やがって……」
と半笑いのまま両手を広げるジェスチャーを取った。
皆笑う。
ダンとノラキ師兄はけっこう仲が良いのかな。
「シュウヤ、ダンは仙値魔力が新兎だった頃にノラキ師兄に鍛えられていたのです」
「へぇ」
「はは、その通り。昔のダンはへなちょこだったが、今では霊魔仙院の筆頭院生だ。随分と立派になったもんだ」
目を丸くしたダンは、
「ノラキ先輩から褒められるとは! ははは」
本当に嬉しそうだ。
そのノラキ師兄は微笑むと、
「あ、大筆のダンと渾名があるように仙大筆者といったほうが良いか。風獣仙千面筆流の使い手の中でもかなりの強者だろう」
端正な顔立ちのダンは、
「当然! 風獣仙千面筆流のハジメ師匠や、霊魔仙院師範ラーメリックには、まだまだ敵わないと思うが」
「ハジメ師匠とは?」
と聞いた。
武王院にはいない方か。
「風獣仙千面筆流の先生だ」
ノラキ師兄がそう発言。
皆が頷いた。
そして、ダンが、
「ハジメ師匠の住まいはカソビの街で、道場もカソビの街」
そう教えてくれた。
続いて、ノラキ師兄が、
「そのハジメ先生は、ホウシン師匠と霊魔仙院長ハマアム、ラーメリック師範、鳳書仙院長ペアグとの古くからの知り合いの一人。そして、昔から仙大筆の素材収集のため武王院に来訪していたんだ」
「そうだ。玄智山には、藤、竹、羊、鼬、馬、水、岩、フィンクルが豊富にあるし、いる。その調達費用の代わりに、武王院の院生たちの風獣仙千面筆流と水墨画の授業を行ってくれている。偉大な仙大筆者の先生。更に仙工大芸師の一人がハジメ師匠なんだ」
得意顔のダンがそう説明。
「へぇ」
ダンは俺の顔色を見て、ニヤリとすると、
「仙大筆の天秤棒を用いた師匠も激強いぞ? 風獣墨法仙帖と仙魔硯箱の扱いも当然、俺以上」
「それは興味深い」
「だろう? あ、<魔能印・双剣ソール>を用いれば、俺にも好機はあるかもしれない」
「おい、あのスキルの使い所には注意しろよ?」
「勿論、カソビの街や、各仙境の相手には控えるさ」
ノラキ師兄がダンに注意していた。
魔界セブドラ側の能力だから、あらぬ誤解を生むか。
とりあえず、
「この黒独鈷を試したいんですが」
「了解、いいぞ」
頷いてから――。
黒独鈷に魔力を込めつつ『聞こえましたか?』と思念を送った瞬間、ノラキ師兄の額の六文銭が輝く。
信州真田家のような家紋なだけに渋い。
「聞こえたさ――」
ノラキ師兄は黒独鈷を見せると、
『俺の思念は聞こえたか?』
『はい』
ノラキ師兄は頷いた。
すると、隣にいるエンビヤが、
「準備は完了ですね。今直ぐカソビの街へ?」
「その予定だ。ノラキ師兄、ホウシン師匠に伝えておいてください」
「俺は武王院の師範宿舎か、【武仙ノ奥座院】でホウシン師匠と落ち合う予定だ。そして、エンビヤ、仙影衆・暗部のヒリュウと連絡を取ったんだな?」
「仙影衆のキンとなら連絡を取りましたから、ヒリュウさんにも伝わっているはずです」
「了解」
「シュウヤ殿、わたしも聖戦を手伝いたい……」
クレハさんがそう発言。
「霊魔仙院と武双仙院の院長や師範とは話はついている?」
「クレハには許可を出しておる!」
外からのお爺ちゃん声だ。
蓮の上に立つ武双仙院長ハルサメさん。
「私も許可を出しました。クレハならシュウヤ殿たちの足を引っ張るような行動もしないはずです」
「分かりました。しかし、八部衆エンビヤから聞いているように、印章や女性の体を狙うクソ野郎たちが多い。ダン共々危険だと思いますが、それは承知の上なのですね?」
「はい」
「無論、私も知っている」
シガラさんの武双仙院の師範としての言葉。
頷いた。
「わたしも手伝いたいです。でも、シガラと同じく武王院に残ります」
メグ師範がそう発言。
シガラさんも「うむ」と頷いていた。
俺は皆に拱手。
「はい、武王院を頼みます」
「うん。今まで通り、院生たちと協力してがんばるから」
すると、イゾルデが、
「当然、我も一緒だぞ、シュウヤ様!」
イゾルデは当たり前のことを大声で発言。
そのイゾルデは上半身の武装をこの間と同じく変化させている。拳と両腕の真上に円筒印章が浮かんでいた。
手甲鉤だ。
「おう。<土龍ノ探知札>に期待している」
「お? 我のスキルを覚えていたのか」
「そりゃ、イゾルデの有能スキルだ。ある程度は覚えているさ」
ホルカーの欠片を取り込んだ能力が大本だろうと予測している。
イゾルデは頬と首筋を斑に朱に染めた。
「うふふ。では、用いるぞ! あ、ここで光魔武龍に変身はマズイか。【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】の手前まで普通に行こう!」
喜ぶイゾルデが可愛い。
「おう。皆、行こうか」
「はい」
「了解! では、霊魔仙院の皆、八部衆シュウヤを手伝ってくる!」
「武双仙院の皆、わたしクレハもシュウヤを手伝います。玄智の森を救いに動きますから!」
「「クレハッ、クレハッ、クレハちゃぁぁぁん――」」
観客席の院生たちの応援は、どこぞのアイドルを応援する団体みたいだ。
「では、行こうか」
黒独鈷を
「承知――」
イゾルデが跳躍。
遠くの大きな蓮まで跳躍して踏みつけると――。
衝撃波を周囲に生む。ドッと重低音を周囲に響かせながら――。
高々と真上に跳躍を行った。
共鳴テンセグリティ構造と似た技術で造られてある竹製の観客席が僅かに揺れていた。
さすがに勢い負けした大きな蓮は水が覆う。
が、不思議と沈まず。
水は表面を伝って外に出ていた。
その様子を見ながらエンビヤとアイコンタクトを行ってから、
「俺たちも行こう」
「はい――」
<闘気玄装>を強めたエンビヤの手を握る。
二人同時に蓮を蹴って真上に飛翔。
エンビヤの唇を見ながら――キス、否、呼吸を合わせるように<導想魔手>を足場に利用して二段ジャンプ。
「ふふ」
エンビヤの楽し気な声が耳を擽る。
滝壺にある四角い〝玄智山の四神闘技場〟が遠のく。
四神柱の中心に浮いている大豊御酒が輝いた気がした。
仙王ノ神滝の水飛沫が気持ちいい。周囲の岩場にある添水と水車の音も良い。
そして、『仙魔造・絡繰り門』で造形された観客席と螺旋階段にいる院生たちから様々な声をかけられた。キハチの姿は見えないが、会えば奢ってくれるかな。
ま、カソビの街で悪者に狙われないように祈っておこう。
――下からダンとクレハさんが俺たちを追うように跳躍していた。
二人が体に纏う魔力は、質の高い<闘気玄装>が主力。
<魔闘術>もある。それぞれの個性あるスキルを発動させて、岩場と滝から突き出た突兀を蹴っては、高々と跳躍を繰り返していた。
クレハさんは素晴らしい仙槍者と分かる動きだ。
もう俺たちに近付いた。ダンは少し遅れている。
あ、タダツグさんたちと一緒だからか。
【仙王ノ神滝】の水飛沫を浴びまくるダン。
「ははは――玄智聖水! 白蛇竜大神イン様の白蛇聖水インパワルと水神アクレシス様の聖水レシスホロンが気持ち良い! 最高の水垢離修業だ――」
「ふふ、雷神ラ・ドオラ様の雷撃ドアラソウルを喰らわないように――」
「はは、ここで雷撃の奇跡はそうそう起きないさ――」
そう言ったダンとクレハさんの声が下から響く。
皆で武王院の岩棚に向かった。
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