八百八十四話 修業と四神闘技場での予選の開始

 エンビヤとイゾルデと崑崙山について会話しながら武王院を出発。

 ホウシン師匠は一部の八部衆と仙影衆に指示するため、武王院に残る。

 玄智山のガレ場を走り、跳び、飛翔する俺たち。


 濃霧の【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】に突入。

 俺は<仙魔・桂馬歩法>と<闘気玄装>を用いた。


 ――体が軽くなったような印象だ。

 ――凄く気持ちがいい。


 濃霧に浮かぶような突兀を蹴り、軽やかに宙空を進む。

 浮遊島の如く出現する突兀は濃霧の影響で見えない時がある。


 少し恐怖を覚えるが――。

 突兀から魔印が浮上するタイミングを見定めた。


 すると――。


 濃霧の中からタケノコが生えるが如く突兀がにょきっと出現。

 その真上に浮かんだ魔印を片足で踏むように突兀を蹴った。


 ――斜め前方へと高々と跳躍を行う。

 ――不思議な場所が【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】だ。


 前方に幾つも突兀がドドッといきなり出現。

 そんな突兀と浮かぶ魔印をタイミング良く片足で捕らえて跳ぶ。


 前方のエンビヤとイゾルデに向けて、


「エンビヤとイゾルデ。〝玄智闘法・浮雲〟の修業をしながら、わざと失敗する。先に行ってくれ」

「――四神闘技場の本番があるというのに! またモンスターを倒す修業か!」

「鬼霧入道ドンシャジャを倒すのですね」

「おう、準備運動だ!」

「修業がなによりも好物か! 承知した。エンビヤ、先に行こう」

「はい!」


 体に纏う魔力を強めたエンビヤとイゾルデ。

 その二つの魔素が【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】の濃霧の影響で狂ったように分散して消える。さて、少し速度を落とす――。


 前方に見える、あの突兀を利用しよう。

 目の前の魔印が浮上する突兀は普通に蹴って前進――。

 ここだ――と、わざと狙った突兀を踏み外す。


 その突兀は崩れた。

 崩れた中から鬼霧入道ドンシャジャが三体連続で出現。

 その鬼霧入道ドンシャジャたちは口を拡げて、


「「「グォワァァァン」」」


 と、いきなり派手な火球玉を跳ばしてきた。

 飛来する火球玉を見ながら――。


 ――<闘気玄装>と<龍神・魔力纏>を発動!


 濃霧の中を軽やかに疾走――。

 飛来する火球玉を避けた。前と違って火球玉の速度はかなり速い。

 【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】は良い修業場所だ。


 そして、もう何度も訓練と模擬戦で使っているが、<闘気玄装>と<龍神・魔力纏>の凄さを改めて実感!


 機動感、速度感が明らかに違う――。


 火球玉のタイミングを見計らう。

 避ける直前――。

 半身の姿勢で<経脈自在>を発動――。

 グズグズと煮え滾る音を響かせる火球玉。

 その表と内部のエネルギー形態を観察しつつ斜め上の空へと急上昇――。


 背に翼を得たような伸身宙返りの機動を行ったが、そんな機動で飛翔を続ける俺を正確に追尾してくる火球玉――。


 背中に熱を感じる。

 素早く上昇を行い衝突してきそうだった火球玉を避けつつ、旋回機動へと移行して――火球玉を連射してくる鬼霧入道ドンシャジャを視界に捉える。


 炎に包まれた車輪の中央にある厳つい顔。

 見た目は『鳥山石燕』の妖怪画を超絶リアルにした印象。ま、輪入道にそっくりな怪物でモンスターだ。


 決して、『西田』さんの頭部ではない。

 それが鬼霧入道ドンシャジャだ。


 猪木ボンバイエ的なそいつに狙いを付けてから――。

 足下の<導想魔手>を蹴って宙空を前進。


 同時に体から<血魔力>を混ぜた<火焔光背>を放出。

 速やかに鬼霧入道ドンシャジャとの間合いを詰めながら体を捻り横回転――無名無礼の魔槍を振るう。

 蜻蛉切と似た穂先を活かす<龍豪閃>を実行、同時に<火焔光背>が鬼霧入道ドンシャジャを包む。


 光り輝く雲と似た魔力の<火焔光背>が包む鬼霧入道ドンシャジャから蒸発するような音が響く中――<龍豪閃>の蜻蛉切と似た穂先が鬼霧入道ドンシャジャを捕らえ、<火焔光背>ごとぶった切った。


 体が分断された鬼霧入道ドンシャジャ。


 光を帯びた二つの肉塊と化す。


 その二つの肉塊から失われようとしている全ての魔力を<火焔光背>で吸収した。


 ――続いて左斜め前方に魔素。


 もう一体の鬼霧入道ドンシャジャの魔素だ――。


 その鬼霧入道ドンシャジャは、俺に向けて大きい口を広げると、複数の火球玉を吐いてくる。


 先ほど倒したばかりの鬼霧入道ドンシャジャとは微妙に顔が異なる。


 細長い毬栗(いがぐり)頭。

 個性が豊かな鬼霧入道ドンシャジャだ。


 ――<水月血闘法>を実行。

 ――<仙魔・暈繝飛動うんげんひどう>も実行。


 <闘気玄装>と<水月血闘法>と<龍神・魔力纏>と<仙魔・暈繝飛動うんげんひどう>の魔力が重なり合う。


 基本の<血道第一・開門>の<血魔力>の血を、熱を帯びた砂のように感じつつ、根幹の<魔闘術の心得>を強く意識した。


 俺を液体、気体、捉えどころがない魔力層が包む。


 魔力層の中心は丹田。が、丹田が全身にあるが如く意識。

 魔力層、魔力の網と呼べるモノと<血魔力>が融合した不思議な感覚は喩えようがない。


 心の襞を感じるが如く――。


 俺の体と体から漏れ出た霧と龍の形をした<血魔力>を有した魔力のコントロールを行う。


 凄まじく難しい。

 が、俺には<経脈自在>がある。


 ゼロコンマ数秒も経たない間に――。

 自然と両腕で円を描いていた。


 両手の周りと霧のような魔力の間に陰陽太極図のような<光闇の奔流>を意味するだろう魔力の紋が浮いていた。


 その内、ホウシン師匠の<玄智・陰陽流槌>と似たスキルを獲得できそうな予感がする。


 そうした俺と俺の周囲の魔力を活かすように――。


 <仙玄樹・紅霞月>を発動。


 鬼霧入道ドンシャジャに向かう月の形をした魔刃が宙を直進した。


 直進する<仙玄樹・紅霞月>を鬼霧入道ドンシャジャは大きな歯で噛んで止める。


 が、額に一つの<仙玄樹・紅霞月>の魔刃が突き刺さった。


「グォワァン――」


 奇声を発した鬼霧入道ドンシャジャは横回転。


 変な方向へと火球玉を吐き出した。


 そんな鬼霧入道ドンシャジャ目掛けて宙空を駆ける。


 正直、<仙玄樹・紅霞月>の一つを止めるとは思わなかった。強いモンスターが鬼霧入道ドンシャジャだ。


 そんな強い鬼霧入道ドンシャジャの額には<仙玄樹・紅霞月>が刺さっている。


 月の輪熊を想起させるその鬼霧入道ドンシャジャは、


「グォワァン――」


 と、またまた火球玉を連射する。


 再び<仙玄樹・紅霞月>を繰り出した。

 二つの月の形をした魔刃が二つの火球玉を突き抜ける。


 そのまま鬼霧入道ドンシャジャの体を突き抜けた。


 良し――。

 そのまま前傾姿勢を維持。


 素早く体に穴が開いた鬼霧入道ドンシャジャとの間合いを詰めた。


 足下に<導想魔手>を出現させる。


 左足でその<導想魔手>を潰す踏み込みから、右手が握る無名無礼の魔槍を前方に突き出す――<血龍天牙衝>を繰り出した。


 ――血の龍を纏う穂先が鬼霧入道ドンシャジャを貫くやその体の内部から凄まじい血の閃光が迸る。


 その血の閃光は――。

 血の龍の群れ――。

 血の龍の群れに喰われた感のある鬼霧入道ドンシャジャは、体の内部から溶けるようにぐにょりと内側に窪みまくる。


 もう原形を有していない。


 ゼロコンマ数秒後、鬼霧入道ドンシャジャは蒸発するようにボッと音を立てて消えた。


 続いて<仙魔・桂馬歩法>を実行――宙空にまだ残る鬼霧入道ドンシャジャに背中を見せる機動。


 ――宙を駆けた。

 時折――この【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】の濃霧世界の遙か下にあるだろう自然の絶景が見える時がある。


 スカイダイビングをしているわけではないが――。

 そんな気分になる。

 あまりの高さに股間が一瞬ギュィンとなった。


 ――が、気を取り直して体を捻りつつ宙を駆ける。

 ムーンサルト機動を実行しつつ無名無礼の魔槍を少し引いた。


 鬼霧入道ドンシャジャの背後を取る。

 蜻蛉切と似た穂先には血の龍ではなく墨色の炎が宿る。

 その墨色の炎越しに――。

 振り返ろうとしている鬼霧入道ドンシャジャを見ながら――。


 ――素早く<龍異仙穿>を、その鬼霧入道ドンシャジャに繰り出した。


 ドッという風を孕む蜻蛉切。

 空間を切り裂くような紫電一突。

 無名無礼の魔槍の穂先が鬼霧入道ドンシャジャの胴体を穿った。


 穂先から迸る墨色の炎。

 その中を細かい白銀の龍が泳ぐ。


 その模様は極めて高度な芸術に見えた。


 鬼霧入道ドンシャジャの体が墨の炎と白銀の龍の魔力で燃える。

 と、ドッと鈍い音を響かせて爆発するように散った。


 ――よっしゃ!

 三匹を倒したところで――前方の突兀を注視。


 一際巨大な魔素を察知した。

 封印の札が貼られた突兀か。

 ――その封印の札付きの突兀に向かった。


 ホウシン師匠がいたら注意されたかもしれないが――。 

 ま、これも修業だ。

 そして、その巨大な魔素を内包している突兀。

 その突兀をわざと踏み外して、突兀に貼られてあった封印の札を<白炎仙手>の白炎の貫手で貫き燃やした。


 次の瞬間――。

 突兀が崩れて大きな鬼霧入道ドンシャジャが出現。


 こいつを倒す!


 <闘気玄装>を用いて――。

 <超能力精神サイキックマインド>を実行。


 大きな鬼霧入道ドンシャジャを<超能力精神サイキックマインド>で掴み、引き寄せることに成功。


 よっしゃ――。

 だが、大きな鬼霧入道ドンシャジャの息が凄く臭い。


 このまま<超能力精神サイキックマインド>で、臭い大きな鬼霧入道ドンシャジャを潰したい衝動に駆られたが――我慢。


 そこから『一の槍』の<刺突>を繰り出した。

 無名無礼の魔槍の穂先が大きな鬼霧入道ドンシャジャの頭部に刺さる。


 無名無礼の魔槍が刺さった周囲が撓むとドッと衝撃波が発生。


 鬼霧入道ドンシャジャの体長は二十メートルを超えて大きいだけに――柄を握る掌から伝わる感触は凄まじい。


 コンマ数秒も経たず――。

 無名無礼の魔槍を引くように伸びきった右腕を胸元に引きながら無名無礼の魔槍を消した。


 ――同時に<血液加速ブラッディアクセル>。


 更に<仙魔奇道の心得>を意識。


 続け様に格闘スキルの<虎邪拳・黒鴨狩>を実行した。


 右腕が猿臂の如く伸びる――。


 右手の甲の打撃を、大きな鬼霧入道ドンシャジャの頭部、顎付近に喰らわせる。

 甲に見合う形でグニャリと顎が砕けて持ち上がり、斜め上に唇ごと顔の肉が盛り上がっていく。


「ブラァアァァ」


 顔がくしゃおじさん的に潰れた大きな鬼霧入道ドンシャジャは異質な声を響かせる。


 <火焔光背>を実行。


 大きな鬼霧入道ドンシャジャの魔力を<火焔光背>で強引に吸いながら<刺突>のモーションに移行。


 引いた右手に無名無礼の魔槍を再召喚。


 柄の感触を得た、良し!

 <血穿・炎狼牙>を実行――。


 右腕ごと一つの槍となったようなモーション中に、俺の光魔ルシヴァルの燃え滾るような血が、無名無礼の魔槍を喰らうように拡がった刹那――。


 俺の血は巨大な血の炎狼へと変成を遂げる。


 血の炎狼は無名無礼の魔槍と合体。


 蜻蛉切と似た穂先から炎狼の頭部が出ると、炎の牙を晒すように口を広げ、


「グォォォ――」


 と咆哮を発した。

 その<血穿・炎狼牙>血の炎狼は突進するように宙を駆け、大きな鬼霧入道ドンシャジャの体を『オマエノ体マル囓り――』と言うように喰らうと、炎の飛沫を周囲に散らしつつ宙空を直進してから消える。


 体が喰われて原形を失った大きな鬼霧入道ドンシャジャは燃えたまま落下して炭化。


 塵となって消えた。


 さて、実戦はここまで。


 【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】の突兀を歩む修業に切り替える。


 歩法修業の一つ〝玄智闘法・浮雲〟をがんばろうか。


 魔印が出現する突兀を――。

 リズム良く捕らえて蹴って前進を続ける。


 と、濃霧が晴れた。

 【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】は終了。


 エンビヤとイゾルデに院生たちがいる武王院の岩棚が見えた。


 広い岩棚には院生たちが多い。

 そんな岩棚と地続きのガレ場と山道は結構ある。

 今もガレ場から普通に武王院の岩棚に登っている院生たちがいた。


 そんな岩棚の奥に聳える仙王ノ神滝の絶景が荘厳極まりない。

 ――まさに神滝と名が付くのも分かるぐらいに水の迫力が凄まじい。


 俺たちが通ってきた【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】を使う院生はいないようだ。

 しかし、滝の音以外にも色々な楽器音が響いて騒がしい。


 笛と太鼓と鉦と琴か。三味線の音もある。

 その音を聞くと……。


 キサラのダモアヌンの魔槍を思い出す。

 柄孔がテールピース。

 ギター風に変化したダモアヌンの魔槍。


 有名なギタリスト『ジミー・ペイジ』がギターを弾くような感じの音は素晴らしかった。いや、それ以上にキサラの魔声……。


『ひゅうれいや、謡や謡や、ささいな飛紙……』


 微笑を湛えたキサラの謳が脳内に響く。それはともかく、【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】を利用する院生がいないってことは、【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】はかなり特別ってことか。


 ま、当然か、鬼霧入道ドンシャジャを内包した突兀が突然出現するんだから。

 しかも突兀から魔印が浮かぶとか。

 突兀を想起しつつ、けん、けん、ぱっ。のような遊びではないが、そのまま武王院の岩棚に両足を突けて着地――。


 エンビヤとイゾルデに、


「――よッ」

「遅いぞ~、シュウヤ様!」

「シュウヤ、お待ちしていました」

「おう。鬼霧入道ドンシャジャを倒して修業をがんばった」

「あ、話をするのを忘れていましたが、【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】で不自然に突兀ばかりを踏み外していると、とんでもない鬼霧入道ドンシャジャが出現することになるのですが……」


 自然と頷いた。


「中々強い鬼霧入道ドンシャジャが出た」

「なに!」


 イゾルデは周囲を窺う。

 その反応の仕方が姫武将。右手に持つ武王龍槍が渋い。

 しかし、大丈夫だっての。


「……落ち着け、不思議な突兀には札が貼られてあったが、その札を外して大きな鬼霧入道ドンシャジャを出現させた。で、そいつを含めて倒しまくった」

「……普通ではない亜種の鬼霧入道ドンシャジャをあっさりと……シュウヤにしかできない芸当ですね」

「強い鬼霧入道ドンシャジャか。我も戦いたかったぞ」

「たしかに共闘訓練には良いかもしれない。最初、ホウシン師匠とエンビヤと一緒に倒した鬼霧入道ドンシャジャ戦は何気にいい連携だった」

「我も参加したい!」

「今度な? というか、戻ろうとするな」

「むう……」

「ここには四神柱と酒のために来たんだぞ」

「シュウヤ、〝玄智の森闘技杯〟の予選です」

「あぁ」

「そうであった。では、今度、我に乗り、鬼霧入道ドンシャジャを倒しまくる修業を行おう」


 相棒のように光魔武龍イゾルデに乗っての移動は楽そうだ。


「龍に騎乗しつつ突兀破壊か。しかし、突兀を破壊しまくると、【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】の突兀がなくなって修業できなくなると思うが、大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】の突兀は、なくなることはない」

「……本当なのか?」


 エンビヤに聞いてみた。


「分からないです」


 イゾルデは、


「本当だ」


 マジのようだ。


「だから突然下から突兀が伸びてきたりしたのか。あの濃霧世界は一種の異世界?」


 イゾルデの表情は険しくなり、


「そうかも知れぬ……神界と魔界が混ざった影響かもしれん」

「鬼霧入道ドンシャジャが封じられている突兀がやけに多いとは思っていた……」

「そうだったのですね……」


 エンビヤも知らなかったようだ。

 少し顔が青ざめている。


 他の院生が【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】を通らない理由か。

 エンビヤは、


「原初の頃にも【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】が?」

「あった。突如として出現したといえる。だからこそシュウヤ様の予想は凄い」


 たまたまの発言なんだが……。

 次元の裂け目が【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】にあったりして。


 二人とそんな会話をしながら――。 

 前回にはなかった竹の階段に向かう。


 他の院生たちも竹製の階段を下りていた。風神セードの地下回廊と地底湖へと続いている壁際の階段を下りる院生はいない。


 その新しい竹の階段を見ながら、


「エンビヤ、真新しい竹の階段は――」


 そのまま下の滝壺を見て、


「――おぉ、滝壺が、四神闘技場の周囲が様変わりしてるじゃないか! そして、擦弦楽器とカスタネットに太鼓の音が騒がしい」


 エンビヤは俺の言葉を聞いて頷いた。


 が、【仙王ノ神滝】が目の前だ。

 院生たちが奏でる楽器よりも滝の水音のほうが激しい。


 そんな流れ落ちる滝と突兀の岩が衝突して宙空に跳ねる水飛沫も大量だ。


 滝の横に出ている幾つかの突兀の岩は上昇する龍に見えた。


 そして、水飛沫は不思議と螺旋階段にはふりかかってこない。


 水を弾く風の魔印が表面に刻まれているからかな。


 下を見るイゾルデも、


「……この妙な音、いや、それよりも竹を活かす建築スキル。これは武王院の建設にも使われた『仙魔造・絡繰り門』のスキル系統を用いたのだな……特異空間の術式の<仙魔術>などの魔技は、我が知る頃よりも発展を遂げている」

「……水の法異結界も、特異空間の術式が得意な仙武人が秘密裏に造り上げていた?」


 イゾルデは頭部を微かに振るう。


 エンビヤはイゾルデを凝視。

 イゾルデは、


「分からぬ。水の法異結界と玄樹の珠智鐘は元々存在していた? または、長年の間、地底湖に玄智聖水が溜まり続け、我の生命力と水神アクレシス様の奇跡の集約が水の法異結界を形成した。そして、それが玄樹の珠智鐘となった可能性もある」


 徐々に衰えていく武王龍神イゾルデは、琴の演奏を行う仙武人たちに生命力を渡していた。


 それは玄智の森にイゾルデが魂を分け与えていたことになる。


「……長年の蓄積か……」

「縁を感じます」


 エンビヤがそう発言。

 ホウシン師匠がいたらなんて言うだろう。


「傷付いた我も吸い寄せられるように玄智聖水のたまり場に移動したのだからな」

「だが、そんな水の法異結界に敵が入ったことになる」


 その指摘にエンビヤは『あっ』という表情を浮かべていた。


「……ふむ。仙王ノ神滝と四神の能力を活かせる<魔造家>や<仙魔術>を操る強者の鬼魔人がいたのか。が、玄智山は聖域。鬼魔人が素直に入れるとは……いや、水の法異結界に侵入したのは仙武人なのか……?」

「もしかしてヒタゾウ?」

「……ウサタカが、あの水の法異結界に……?」


 エンビヤはショックを受けたような表情だ。

 頷いたが、もう一つの可能性を告げておくか。


「鬼魔人かもしれないぞ」

「でも……」

「普通ではない鬼魔人。魔界王子ライランの眷属なら強いはず」


 二人は頷いた。

 そして、


「玄智の森は、神界セウロスと分離しているが、魔界セブドラ側とは〝鬼魔人傷場〟を通して繋がっている。そんな玄智の森に潜む魔界王子ライランの眷属は、鬼魔人傷場を通して魔界セブドラ側からパワーを得て強くなり、更に水神アクレシス様の玄智聖水などの神界セウロス側の魔力を自らの体に活かそうと自己研鑽しながら、仙武人や神界セウロスの種族を狩り続けて自らの進化を促していた? そうして実際に進化した後、水の法異結界の中に入ることができたのかもしれない」


 俺がそう語ると、イゾルデは驚く。

 俺を凝視。エンビヤも同様だ。


 ……魔族の体に遺伝子のような設計図があれば、突然変異で変化が起きた可能性はあるだろう。同時に遺伝子ターゲッティングを想起。

 遺伝子改変の『デザイナーベイビー』は俺の世界でも有名で、問題となっていた。更に脳オルガノイドの研究は、倫理を超えて、人工生物、疑似人体、クローン、スーパーソルジャーの軍事研究に至る。


「大いなる敵側の視点、明察です。凄いですが……恐ろしい予測」

「ありえる。弱っていたとはいえ龍神の我に気付かせず地底湖に入った敵だ」

「はい」

「同時にシュウヤ様の予測が正しいのならば、<仙魔・大龍水転移>などの龍系や白蛇系の秘奥義に、死霊術も使える諸侯並みの敵となる」


 イゾルデが敵の存在を予測。


「<仙魔・大龍水転移>とは?」

「転移スキルだ」

「魔界王子ライランの眷属は、岩場の奥、水の法異結界の中へと転移が可能なスキルを持つ?」

「うむ。その可能性はある。銀龍の骸を利用した存在だと思うからな」


 イゾルデは悔しそうに語る。

 エンビヤは少し怯えて、


「お師匠様は圧倒的な強さで倒しましたが、あの魚モンスターは恐ろしかった……しかし、それほどの力を持つ鬼魔人なら、玄樹の珠智鐘の奪取、或いは破壊を試みるはずでは?」


 エンビヤのもっともな問いだ。

 イゾルデと目が合う。

 エンビヤは俺とイゾルデを見比べるように視線を巡らせている。


 その二人に、


「単に玄樹の珠智鐘が神聖すぎて触れることができず、遠距離攻撃だけでは破壊ができなかった? それか……玄樹の珠智鐘に力が宿っておらず、無視された……または、イゾルデが生命力を皆に分けていたことを知っていて、玄樹の珠智鐘に玄智聖水で力が宿ることを……水神アクレシス様の力が玄樹の珠智鐘に集約することを待っていた? または、自らの欲のために玄樹の珠智鐘と玄智聖水を利用していた? その欲が不明だが」

「……今の一瞬でそれらの推察を?」

「おう」

「さすがは光魔ルシヴァルの宗主だ! そして、そのすべてが当てはまると思うぞ」

「はい……シュウヤが一瞬でそう思考できるのは凄い」


 頷き合う二人。


「思えば銀の扉も普通ではない封じ方であった」

「はい。注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチも普通ではなかったです。シュウヤは<白炎仙手>を用いて破壊していました。そして、わたしを守ってくれた」

「うむ。相当の存在が敵側にいる――」


 イゾルデとエンビヤは思案顔。

 少しして、イゾルデは手摺りに移動した。


 手摺りに寄りかかるように下を覗いて、


「――滝の玄智聖水を利用できる鬼魔人を考えると……しかし、朱雀、青龍、玄武、白虎の四神の岩柱とは、四神の特徴をよく捉えた作りだ。その真上に浮かぶ水神アクレシス様を奉る大豊御酒か……懐かしい。サデュラ様も酒造りが得意であった。酒は槍武神の戦神イシュルル様の大好物である」


 イゾルデは滝壺の〝玄智山の四神闘技場〟を凝視。

 下の岩柱と大豊御酒のことを指摘してきた。


「四神の岩柱は当初ここにはなかった?」

「そうだ、なかった」


 酒が大好物の戦神イシュルル様のことは初耳か。


「槍武神の戦神イシュルル様は、酒好きらしいこと以外はあまり知らない。四神と関係があるのか?」

「ある。サデュラ様や水神アクレシス様が造る酒が無類の好物。が、酒癖は悪い。そして、槍武神の戦神イシュルル様が乗った四神軍団は強かった。魔界セブドラの上等兵士の軍勢を塵の如く蹂躙。魔界セブドラの領域と重なるガルデバラン地方に多い溶岩流に掛かるゲーシュラの神橋では、四神を使わず一人だけで魔界騎士を多数仕留めていた」

「そりゃ凄い。朱雀、青龍、玄武、白虎を使役している神様が戦神イシュルル様ってことかな?」

「そうだ」


 あ、相棒との連携スキルを調べた時。


 ※魔連・神獣槍翔穿※

 ※神獣槍武術系統:上位亜種突き※

 ※<神獣止水・翔>と<水雅・魔連穿>が必須※


 ※槍武神の戦神イシュルルが神獣パデルに乗り用いたことがモデル※

 ※神獣と契約した戦巫女の槍使い、二槍流を会得した者が獲得する可能性がある※


 とあった。

 神獣パデルって存在が相棒のロロディーヌのような存在か。

 そして、朱雀、青龍、玄武、白虎は神獣ってことかな。


 あぁ、相棒のことを考えたら、途端に胸が……。 

 いかん。あ、<血龍天牙衝>を調べた時……。


 ※血龍天牙衝※

 ※血槍魔流技術系統:独自奥義※

 ※水槍流技術系統:最上位突き※

 ※水神流技術系統:最上位突き※

 ※神々の加護と光魔ルシヴァルの<血魔力>が龍の形で武器に宿る※

 ※奥義の質は数多あり、千差万別。が、<血龍天牙衝>は『一の槍から無限の枝(技)が生まれ風の哲理を内包した一の槍をもって万事を得る』という風槍流内観法極位の是非が問われ、巍巍たる風槍流の真髄が求められるであろう※

 ※酒豪の槍武神の戦神イシュルルも〝玄智山の四神闘技場〟を通じて未知の奥義を察して、新たな独自奥義を開拓した武術家を注視する※


 更に戦神イシュルル様は戦神ラマドシュラー様の姉だった。

 ネーブ村で、当時、その戦神ラマドシュラー様を信奉する戦巫女イシュランの魂と念話を行った……。


『俺の名はシュウヤです。ここは地上のネーブ村。魔封層と呼ばれる地下深くに貴方様が眠っていた欠けた女神像がありました。その像が握っていた槍に俺が魔力を通したら、貴女様の幻影が出現したんです。貴方様はどなたでしょうか』

『……わたしの名は戦巫女イシュランだったはず』

『だったはずとは……確かではない?』

『ふむ……シュウヤとやらは神界の戦士かえ? 同胞の匂いがするが、魔界の匂いも濃い……』

『戦巫女イシュラン様。俺は俺。神界も魔界も関係します。光魔ルシヴァルという種族です』

『黄昏のような種族か。が、朽ち果てるしかなかったわたしは、その闇がある光魔ルシヴァルのシュウヤに救われたことは事実である。ありがとう』

『どういたしまして。それで、この槍の名前は?』

『聖槍ラマドシュラー。戦神イシュルルの妹ラマドシュラーの体と魂に光の精霊が宿ると言われる聖槍である』


 そんな念話を思い出した。

 聖槍ラマドシュラーがここにあれば……。


 また違った結果になったかもなぁ。

 と色々考えながら螺旋階段を下りていく。

 竹の階段や通路と観客席を構成する建物は岩壁に沿っている部分が多い。しかし、踊り場に沿わず添水や水車と宙空で浮きながら並ぶ竹もある。竹と竹の間には細かな水球も漂っていた。


 あの竹と水球は修業蝟集道場の庭にもあったな。

 そんな竹が織り成す芸術じみた螺旋階段を下りて、


「イゾルデも先ほど少し話をしていたが、『仙魔造・絡繰り門』を用いた竹の素材と骨組みが見事すぎる」

「はい。階段と竹の踊り場と観客席も見事ですよね」


 滝壺の自然の地形に合う竹の螺旋階段は……踊り場と渡り廊下に観客席へと続いていた。


 魔の糸を通した竹と竹。

 その圧縮材は互いに接触していない。

 フグの膨らんだ骨のような仕組みはフィボナッチ数列?


 風の魔力を利用した共鳴テンセグリティのような技術構造で造られた建築物。岩場から出た竹の水車と添水にも繋がっていた。


 『仙魔造・絡繰り門』の奥義書のスキルを活かしたようだ。


 とにかく不思議な竹と魔力の糸の機構だ。


「……極めて小さい竹が重なり合って、滝の水と風を活かしたテンセグリティモデルの骨組み。仙王ノ神滝と滝壺の地形も活かされた一大建築だな」


 少し興奮しながら話をした。

 エンビヤは優しく微笑むと、


「ふふ。てんせぐりてぃもでるが分かりませんが、一大建築だなんて。でも、気持ちは分かります。わたしも初めて見たときは、とても驚きました」


 納得。見事な螺旋階段だし、細かな竹が交差している部分は見事だ。

 しかし、


「これほどの竹の建築物は、いったいだれが作ったんだろう。ホウシン師匠は俺との訓練以外は八部衆や仙影衆と連絡を取っていて忙しかったから違うとして……霊魔仙院だとハマアムさんかな?」

「そうです。が、一人では無理です。師範ラーメリックと霊迅仙院長タイラと師範メグと鳳書仙院長ペアグと師範ラチの力。院生たちも手伝ったようですね」

「へぇ、共同の建築スキルってことか。<仙魔術>が大本?」

「<仙魔術>と<魔造家>系統の特異空間の術式。他にも多数のスキルが使われているはず……詳細はあまり知りません」

「さすがは院長と師範だ。実力者だと分かる」


 そういえば前に霊迅仙院は<仙魔術>や<魔造家>などの特異空間の術式が得意だとエンビヤが言っていたな。


 更に武王院を守るための魔防大御霊陣。 

 武魂棍と各建物が連動する御霊多陣の名は聞いている。


「はい。霊迅仙院と霊魔仙院の院長は代々優れています」

「知っている範囲で竹の建築を行うスキルを教えてくれ」

「はい。えっと……すべてが使われているか不明ですが、<特異共鳴・仙築>、<仙魔・竹大化>、<風竹メリラル>、<鴉天狗・竹蜻蛉>・<霊能印・網竹組>、<仙魔造・風水共鳴>、<風印・網竹霊陣>、<仙魔造・絡繰り門>など、他にもあると思います」


 多数のスキルの応用、タイミングとか戦術とかあるのかな。

 イゾルデもエンビヤの言う無数のスキルを聞いて驚いていた。


 エンビヤは、


「武王院の各建物とも関連しているので奥が深い。イゾルデも知っているように武王院の建築にも用いられたスキルです」


 エンビヤの言葉を聞いているイゾルデは頷く。

 竹の手摺りを触りつつ俺たちをチラッと見て、


「白蛇仙人、仙甲人、仙武人、鴉天狗の種族が竹や樹枝で建物を作ることを得意としていた」


 そう発言。続けてイゾルデは、


「が、我の知る『仙魔造・絡繰り門』に、このような細やかさはなかったと思う」

「過去の使い手たちが連綿と努力を続けた結果、『仙魔造・絡繰り門』の奥義書とスキルが残った? そして、今の院長と師範たちの『仙魔造・絡繰り門』のスキル熟練度が優秀ってことかな」

「ふふ」


 エンビヤは笑顔を見せる。

 イゾルデも頷いて、


「武王院の<仙魔術>系統が飛躍的に発展した成果でもあると……我は誇らしい」


 武王龍神イゾルデとしての言葉だ。

 鷹揚とした雰囲気を醸し出すイゾルデ。


 イゾルデの視線の先は俺たちを越えて【仙王ノ神滝】を見ているが……武王院の母に見えてくる。


 エンビヤは少し感激したような表情を浮かべて、


「ふふ、イゾルデさ、あ、イゾルデに言われると嬉しく思います」

「うむ」


 イゾルデとエンビヤは視線と表情で語り合う。

 エンビヤはイゾルデ様と言いたかったんだろう。


 はにかむエンビヤと少し照れたイゾルデの表情。

 二人は階段を下り始めた。

 なんかほっこりとした気持ちとなったまま、俺も階段を下りつつ、イゾルデに、


「戦っている最中に『仙魔造・絡繰り門』を使い、要塞のような物を突如戦場に出現させることが可能だったのなら、戦況は一変したはず」

「さすがは無類の武人シュウヤ様。その通り、成功すれば状況は変わる。しかし、スリーマンセルなどの小隊規模ではまず『仙魔造・絡繰り門』の成功はない。軍団ならば成功するだろう。数は力だ」


 まさか元武王龍神様からランチェスターの法則を聞くとは思わなかった。ま、数が増えたら強くなるのは当然か。


 だが、完全ではない。

 俺の知る近代戦の『第二法則』はここや惑星セラでは当てはまることは少ないだろう。


 続いて先を下りるエンビヤに、


「エンビヤ、鴻旗仙霊陣の第三陣の訓練を校庭で見かけたんだが、霊陣には、あのように声を揃えながらタイミングを合わせることが必要なんだな」

「声と動きは呼吸を揃える一環ですね。本番で用いる場合はもっと違う声の掛け方となり短いです。その防衛部隊の【霊能印・破防】の能力は結構多彩ですよ」

「へぇ、ホウシン師匠の幻術のようなモノもある?」

「はい。小隊用、中隊用、大隊用と、結構あります」


 <仙魔術>を活かした軍隊としての一面か。


「【武双仙・鉄羅】が前衛で、後衛の【霊能印・破防】。あ、武仙砦が突破された場合を想定した部隊が、防衛部隊の【霊能印・破防】でもある?」


 エンビヤは頷いて、


「突破されることは考えたくないですが、もし突破されたならば、簡易的な砦を築くスキルはたしかに流用可能。必須になります」


 昔を知るイゾルデも、


「発展しているが、昔の名残のスキルでもある。が、守りよりも攻めが重要」


 その言葉に頷いた。

 エンビヤとイゾルデとそんな風に会話をしながら螺旋階段を下りた。


 滝と滝壺の四神闘技場に集結している出場者は少数。

 が、観客席に集まっている院生たちは多い。


 すると、先を下りているエンビヤが、


「水が気持ちいいです――」


 手摺りに両手を付けて上半身を滝へと伸ばした。

 シャワールームでお湯を浴びている印象。


 髪の毛が濡れて、体がびしょ濡れ。

 が、そのエンビヤは実に気持ち良さそうだ。

 笑顔も眩しい。

 エンビヤの透き通ったような餅肌は秋田美人を彷彿とさせる。


 が、あまりジロジロと見るのも……。 

 エロ紳士を貫いて、イゾルデをって……。

 イゾルデの乳房を隠すコスチュームも、当然水飛沫を浴びているがな。


 思わず敬礼したくなるほどに、偉大な乳房の大統領が震動を起こしている。両者が共に素晴らしい。


 おっぱい神に感謝を――。

 そんな二人を連れて幅広な竹の螺旋階段を下りていく。


 滝壺の四神闘技場にはまだ到達しない。

 途中の踊り場と渡り廊下も幅広いし、院生が多くなってきた。

 その院生たちは、螺旋した竹の階段を下りては、踊り場から広場に向かう。渡り廊下から不思議な形の観客席へと歩いていた。


 武王院には何人の院生たちが暮らし、学んでいるんだろう。


 修業修業の日々で、まだちゃんと聞いていなかった。

 と、観客席は下に連なるように複数あるのか。


 しかし、竹の階段といい、竹だけに強度を心配するが……張力が凄い。


 多人数が載ってもビクともしない。

 まさに『百人乗っても大丈夫』だろう。


 けっして『うあぁぁぁ』と崩れたりしないはずだ。

 それはそれで見てみたいとか、考えてはダメだ。


 そんな風に竹の施設が崩壊しては、全員で滝壺に突っ込むというギャグ漫画的なノリを考えて……。

 心の中で笑ってから、エンビヤと手摺り越しに仙王ノ神滝の景色を眺めつつ階段を下りた。


 踊り場と渡り廊下を進む。

 広場を経由して四神闘技場に近付いた。


 すると、名を知らない院生たちが笑顔を見せて、


「八部衆のシュウヤ、がんばれよ~」

「俺はシュウヤの優勝に智宝珠札五十枚かけたからな!」

「がんばってくださいね~」


 わらわらと院生たちから声をかけられた。

 アイムフレンドリーを意識して、無難に笑顔を送る。


 すると、モヒカンの院生が、


「おぉ! 気さくな仙極神槍のシュウヤ! お前の全勝に智宝珠札五百枚、全財産を賭けたからな! がんばってくれ!」

「「「マジか!」」」

「おう、キハチの名にかけて、この戦を乗り切ってやる! そして、カソビの町で倍にした智宝珠札を【黄金遊郭】で使い切る!」


 黄金遊郭? 公許の遊女屋的な場所か。

 花魁、太夫とかいるのだろうか。


 しかし、俺の全勝に全財産を……大丈夫か?

 キハチってモヒカンのおっさんは。

 モヒカンが武器になりそうなヒャッハーな方だと思うから、好感度は高い。ま、がんばろうか。


「あ、シュウヤさんたち~」

「この間は稽古ありがとうございました~」


 見知った顔がいた。

 その女性の院生たちが寄ってくる。

 名はフウコとトモ。


「よ、フウコとトモ」

「この間の激弱の女子たちか」

「鬼のイゾルデさん、こんにちは!」

「強者のイゾルデさん!」

「鬼だと!?」

「ひぃ」

「あぁ、怒らないでぇ~、冗談ですよ~」


 この間、フウコとトモはイゾルデに稽古してもらった際に、こてんぱんに打ちのめされていた。


「イゾルデ、この間の稽古が厳しかったんじゃないか?」

「そんなことで我を鬼とは! だいたい、フウコとトモがシュウヤの友というから、強者だと期待したのだぞ!」


 エンビヤ以外だと、まともに会話しているのは数えるほどだからな。


「……」

「強者を期待した我が馬鹿だったのだ」

「あぅ……期待に添えず、すみません」

「……激弱・・で、すみません……」


 イゾルデ相手に視線で文句を言うトモ。

 結構勇気がある。


「ほぅ、良い面だ。フウコとトモよ。今度は特別な<龍異仙穿>を伝授してやろう」

「え、あ、はい!」

「……凄い突き系スキルだと思いますが、わたしたちでも学べるのでしょうか」

「さあな?」


 イゾルデは冗談だと思うが、俺に視線を寄越す。


「無理だろ。この間、フウコとトモは<風突>というスキルを獲得したようだが、まだまだ」

「はい!」

「がんばります!」


 まだまだと言ったが、この間二人の稽古を見た時……。

 二人は急成長を遂げていた。

 仙値魔力も新兎から戦徒となっていた。


 エンビヤも俺がフウコとトモに風槍流の基礎を丁寧に教えてあげる際に、イゾルデと共に嫉妬してイライラしていたが、


『二人は驚くべき成長ぶりです』


 と機嫌を直すように語っていた。

 すると、下のほうから、


「「――出場者は舞台に集合してください」」


 と、グアァンッと――。

 空間が震えるほどの声量。


 八部衆のノラキ師兄の厳つい魔声が轟く。


 足下の竹が揺れていた。


 頑丈だと分かるが、竹製だけにちょいと不安を覚える。


 因みに、ノラキ師兄は武王院に滞在している時間は少ない。

 主に使者として各仙境と武仙砦を行き交う師兄。


 実力者だ。

 が、ソウカン師兄よりは弱いと本人から聞いている。


 体格は八部衆の中でソウカン師兄よりも大きく一番高い。

 二メートルぐらいだ。


 頭部はつるぴか禿げ丸。

 額の中央には六文銭の魔印が刻まれている。


 もしかしたら、腕を生やすスキルとかあるのかもしれない。


「シュウヤ、呼ばれたぞ」

「おう。それじゃ、下に向かう」

「行きましょう! 今回はシュウヤの応援に回りますから」


 エンビヤがそう発言。

 武王院会議の内容はおおよその内容を院生たちは知っている。


 だから今回の〝玄智の森闘技杯〟を目指す出場者は少ない。

 玄智の森の命運が掛かった時でもあるし、武魂棍の儀の結果も噂として広まっている。


 更に校庭で行ったイゾルデと俺のタイマン勝負を見ていた院生も多いから当然か。


 〝玄智山の四神闘技場〟の滝壺に近付く。


 宙に浮かぶ大豊御酒がここからだと凄く大きく見えた。


 酒の匂いも漂ってくる。

 階段を下りて滝壺に到着。


 出場者は〝玄智山の四神闘技場〟に集結していた。


 四神闘技場の上に立つ八部衆のノラキ師兄が、


「シュウヤも籤を引け」

「はい――」


 他の出場者の方々も、ノラキ師兄が持つ長杖のような箱から木片の籤を引く。


 神社のお御籤と似た箱か。

 引いた木片の籤には――八の文字が記されてあった。

 八人目、最後ってことか。


 マハハイム共通語ではない。

 神界セウロスで使われているだろう文字。


 <翻訳即是>があってよかった。

 そのノラキ師兄が、


「皆、札の番号を呼ばれたら闘技場に上がり戦ってもらう。二組に分かれた勝ち抜き戦となる。八番のシュウヤはシード扱い。一人は辞退予定だ」

「「了解」」


 〝玄智山の四神闘技場〟で行われる〝玄智の森闘技杯〟に向けての予選で戦う者たちは八人か。一人は辞退予定らしいが。

 玄智山の四神闘技場は方形の盤と近い。

 素材の名は極黒仙鋼岩。黒曜石っぽい見た目。

 表面にはそれぞれ独特の魔力を発する縦横一九本ずつの線が引かれ、三六一個の目が設けられており、異常なほど水はけがいい。


 四角い闘技場の中心には天元の意味のある星印もある。

 碁盤格子の魔法陣。


 武王院や【武仙ノ奥座院】には碁盤と碁石があった。


 玄智の森では囲碁のような遊技、競技があるんだろう。

 儲けられた線から朧気に出現中の魔力粒子の中に風神セード様の紋様が見え隠れ。


 魔力粒子は水を弾いているのか。


 武王院の岩棚から覗いた時は、仙王ノ神滝の玄智聖水で床が濡れて見えていたが、違うようだ。


「それでは八人で今から〝玄智の森闘技杯〟に向けての予選と仮の〝幻瞑森の強練〟の出場者を決める予選大会を開始する!!」


 ノラキ師兄の魔声が響いた。

 ドドドドッという音が四神柱から響く。

 と、それらの四神柱と魔線で繋がる大豊御酒から細かな液体が周囲に噴射された。


 観客席に煌びやかで細かな霧のような水気がふりかかる。


 キラキラ光る情景はまるで紙吹雪。

 アルゼンチンのサッカー会場を彷彿とさせる。


「「「おおおお」」」

「「「始まったァァァ」」」

「「ウェェィ」」

「メグ師範~、がんばってくれぇぇ」

「メグさんがんばれぇぇ」

「メグさんの白炎拳で優勝は決まりだぁぁ」

「「サビキさん、愛してます~」」

「サビキの兄貴ぃぃぃ」

「俺の尻はアンタのもんだぁぁぁ」

「ひぃぃ、傍にこないでよ!」

「サビキさんに対して、もう、不潔!」

「そうよそうよ!」

「院長ハルサメ様の勝利は決定的だぁぁ!」

「ハルサメはひっこんでおけぇぇ」

「師範シガラ様ぁぁぁぁ」

「「シガラ様素敵~~」」

「キャァ、今こっちを向いたわ!」

「シガラ様~、結婚してくださいぃぃ」

「クレハちゃん、がんばってくれぇぇ」

「「「クレハッ、クレハッ」」」

「がんばれ、がんばれ、クレハさん!!」

「クレハ、愛しているぅぅぅ」

「「クレハァァァ、一番~、クレハッ、クレハッ」」

「クレハ親衛隊隊長として、この応援に命をかける!!」

「エンビヤちゃんは俺のものだぁぁぁ」

「「エンビヤァァ」」

「側にいる新入生を懲らしめろ~」

「「おう! ワッショイ」」

「「ワッショイじゃコラァ!」」

「ケブロー、気合いを入れろ!!」

「ダンさん~」

「ダンさん、こっち見てぇぇ」

「新入生のシュウヤ! お前に賭けたんだ。優勝しろぉぉ」


 色々な応援団が面白すぎる。


 しかし、エンビヤの応援団は……。

 エンビヤは出場しないんだが。


 すると、観客席を見上げている俺に対して、エンビヤが俺の傍に寄って、


「シュウヤ、あの声は気にしないでください。わたしはシュウヤを応援します」


 と発言しつつ、俺の背中、脇腹辺りの竜頭金属甲ハルホンク衣装を恥ずかしそうに摘まんで引っ張るエンビヤ。


「――おう、ありがとう」

「「ひぃぃぃぃ」」


 と観客席から悲鳴が轟いた。気にせず、


「エンビヤの応援は素直に嬉しい。胸がときめく」

「……はい」


 頬を朱に染めて微笑むエンビヤ。

 可愛いから抱きしめたくなったが、エンビヤの鎖骨を見るだけに留める。


 エロ紳士を貫いた。

 すると、イゾルデが俺の腕を握り、


「――我もシュウヤ様を応援する!」

「ありがとう」

「うむ! <龍神・魔力纏>の威力を皆に見せつけてやるのだ」

「おうよ!」


 イゾルデは武王龍槍を上げて穂先を見せる。

 見事におっぱいさんが揺れていた。

 うむ、あの上下に揺れるおっぱいで……いや、いかんいかん。


 しかし、応援の中に、わっしょいの声が混じっていたが……。


 すると、そのわっしょいと騒ぐ観客たちは神輿のようなモノを担ぎ出す。


 神輿に乗っている方はお爺さん?

 偉そうなお爺さんだ。ホウシン師匠ではない。

 戦国武将の大谷吉継でもない。今川義元でもない。


 仙院を示す胸元のマークは霊魔仙院か。だとするとお爺さんは院長のハマアムさんか。


 すると、闘技場に立つノラキ師兄が、


「では、最初は一番と二番が残れ。他は下りろ」

「「はい!」」


 俺たちも四角い四神闘技場から下りた。

 足場は大きな蓮。当然、蓮の周囲は滝壺の水面。

 滝の水流を受けて流れは速いが、不思議と四神闘技場から離れることはない。


 魔力を有した小さい竹が周囲に幾つか浮いている。

 光源? 観客席や螺旋階段と通じている?

 凝視すると、あ、魔法防御の霊陣の一部なのか。

 <導想魔手>的に極めて小さい魔線が幾つも連なって重なっている。


 観客席に戦う者たちが繰り出すスキルの影響を受けさせない仕組みか。

 闘技場に残ったのは……クレハさん。

 そのクレハさんと戦う相手は……端正な顔立ちの男。男は人気がある方だ。が、野郎だし、正直、武術以外には興味がない。


 クレハさんを凝視していると――。

 イゾルデが闘技場に残った二人を見て、


「最初は二槍流の女と二剣流の男か」

「武双仙院の筆頭院生のクレハと霊迅仙院の紅のサビキですね。たぶんクレハが勝つと予想します」

「ふむ。二槍流の女は中々の強者」


 二人はクレハさんが勝つと予想。

 その直後、審判役のノラキ師兄がクレハさんとサビキさんに向け、


「クレハとサビキ! 規則は理解しているな?」

「はい」

「勿論」

「良い顔だ。が、掟は掟。いつもの口上を述べるとしよう……」


 少し間が空く。

 ノラキ師兄がカッコいい。

 そして、静かな音楽が渋い。

 笛の音と重い太鼓に三味線ロックが静かに響く。


 だれとだれが弾いているんだろう。

 と音色の方向を見る。

 蓮の上に胡坐姿勢で浮きながら三味線のような楽器を奏でていたのは侍のような男性だ。


 武王院の衣装は和風だから余計にそう見える。


 そして、彼は出場者の一人。

 かなり強いと分かる。


 その方の三味線ロックが静かになったところで、ノラキ師兄が、


「――強者同士の戦い、命を失うこともある。が、言い訳に聞こえようとも、この戦いは殺し合いではない! 玄智の森を生かすため、我らのため、武王院のため! 武王院の誇りのための戦いだ!」

「「ハッ! 武王院の誇りを胸に!」」


 クレハさんとサビキさんは胸元に手を当て、敬礼をするようなポーズのまま声をハモらせた。


「おう! 両者が玄智の森を守る武仙砦に赴く勇者とならんことを願う! では試合を開始する!!」

「「はい!」」

「――両者の健闘を祈ろう!!!」


 ノラキ師兄の野太い声の気合い一閃――。

 斜め後方に跳躍。


 闘技場でクレハさんとサビキさんの戦いが始まった。


 宙を飛翔するノラキ師兄の口と足下に霧のようなモノが発生していた。


 口と足下と繋がった魔霧に足を乗せたノラキ師兄は大豊御酒付近で止まる。


 と、不思議な能力を使う師兄よりも――。


 今は試合を見ようか。

 観客席からの声援はどちらも多い。イケメンのサビキさんもそれなりに声援を受けていた。


 俺は美人のクレハさんを応援しよう。


 二剣で突き、<水車剣>のようなスキルを繰り出すサビキさん。

 二槍で<刺突>と<豪閃>のようなスキルを繰り出すクレハさん。

 

 三味線ロックのBGMに合う戦いは一見互角。

 が、随所で二槍を扱うクレハさんが二剣を扱うサビキさんを押していく。


 勝負は十合過ぎた辺りで――。

 サビキさんの剣を弾いた月の幻影が浮かぶ槍スキルから、右手が握る槍でサビキさんの脇腹を突いて、左手が握る槍で足を突いたクレハさんの勝利。


「やはりクレハが勝ちました」

「うむ。<闘気玄装>を基本に二槍を活かす槍武術。そして、他の武術もあるように思える」

「あぁ」


 エンビヤとイゾルデはそうクレハさんを分析。


 次の試合は武双仙院のケブローさんと、霊魔仙院の筆頭院生の大筆のダン。


 数百合打ち合う激戦。

 時間にして数十分後――。

 ダンの大きな筆が宙に描いた鯱の墨絵が立体化してケブローさんに突進。


 ケブローさんは二剣をクロスさせて鯱を防ぐが、鯱が消えた直後に周囲に拡がっていた墨色の魔力で視界を失ったケブローさんの足下にダンの大きな筆がクリーンヒット。場外に飛ばされたケブローさんは滝壺にドボン――。


 すぐに武双仙院の仲間たちが滝壺に飛び込んでケブローさんを救っていた。


「勝負あり! ダンの勝利だ」


 とノラキ師兄の声が響く。

 そうして、いくつかの試合の後、一人辞退して俺の番となった。


「次は八番、八部衆のシュウヤ、闘技場に上がれ」

「はい」


 俺が戦う相手は先ほど一撃で鳳書仙院のエイコさんを倒したシガラさん。


 二剣を扱う武双仙院の師範シガラさんだ。


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