八百十二話 エヴァとレベッカとの短い空旅デート


『ご主人様、ロロ様の加速に追いつけません』

『悪いな、相棒の散歩を優先させる。先に浮遊岩に戻っててくれ。すぐに戻る』

『はい』


 斜め下のほうにいるだろうヴィーネの姿を見ようとしたが、見えなかった。

 相棒の加速は凄まじい。


 大きな豊旗雲に突入――。

 ――冷たい空気を感じた。


『ふふ、気持ちいい雲です~』


 左目に棲む常闇の水精霊ヘルメは喜ぶ。

 

 が、相棒は魔力粒子を展開しているから、そんなに冷気は感じない。

 大きな雲を抜けた。陽が目映い。

 ロロディーヌはそんな太陽に向けて無数の触手を伸ばす。


「ロロちゃん、すごぉ~!」

「ん、綺麗な空と雲!」

「ンン――」


 相棒は更に加速。

 神獣ロロディーヌらしく好きなように飛んでもらった。

 半円を全身で描くような戦闘機軌道――。

 ロロディーヌは頭部を上下させると頭部を隼のように変化させる。


 そして、「ンンン、にゃおお――」と大きく鳴いて直進しながらバレルロールを実行。

 上下に移動を繰り返す。

 と、突然弛緩したロロディーヌは『プガチョフズ・コブラ』を実行――。ロシアの名パイロットか相棒は!


「「きゃぁ」」


 可愛い悲鳴を上げたエヴァとレベッカ。

 彼女たちの体には相棒の触手が絡まっているから安全だ。

 が、目の前のレベッカは、まだ不安そうだったから――。

 

 細い体を左手でギュッと抱きしめてあげた。


「シュウヤ……」


 と喜ぶレベッカは後頭部を俺の胸元に預けている。

 プラチナブロンドの髪が、鼻先に掛かる。

 シトラスの香りはやはりいい――。

 

 頬を少し、そのレベッカの頭に当てた。


「ふふ」

 

 小声を発して喜ぶレベッカ。

 その息遣いと微かな振動さえも愛しい。


「シュウヤにも、少し髭が生えてる」


 何を見ているんだか、と、おっぱいを摘まんでツッコミを入れようと思ったが、前方にクラゲの群れが見えた。

 

 相棒は首と胸元から無数の触手をクラゲの群れに向けて繰り出した。

 ここからだとミサイルを発射したように見える。


「ん、ロロちゃんの触手が凄い!」

「空飛ぶクラゲは大好物なのよね」

「ん、前にボン君が魔法を空に撃って、落っこちてきたクラゲの肉!」

「宴会クラゲ祭りの時か、懐かしい」

「ん」

「前に空旅をした時、『ぴかぴか』『おいしい』『たべる』って気持ちを寄越してきた時があった。その光っている大きいクラゲを食べた時の相棒は相当感激していたようで、『おいちぃ』って気持ちを寄越してくれたんだ」

「ふふ、ロロちゃん、喉音をシュウヤの声に合わせてる、可愛いんだから」

「ンン」


 その相棒が操作する多数のクラゲを突き刺した触手が戻ってきた。

 相棒は頭部を揺らしつつクラゲたちを食べる。

 速攻でゲップのような火炎が混じる息をプハッと前方に吐いた。


 もう食べ終えたのか。

 

「ロロちゃん、美味しかった?」

「にゃおお~」


 まだ残っていたクラゲの肉をレベッカに向けてきた。


「う、わたしはいい」

「ん、ぐにょぐにょ、これも一応、肉?」

「そうだ。前にディーさんの店に使えるかもと話をしたことがあっただろう」

「ん、〝心太〟の食材の話」

「あ、毒があるかも知れないから食材として使えるかは分からないって話」

「俺は食べても大丈夫だったが……」

「わたしたちが食べて平気でも、他の方々にとっては分からないわね」

「そうだ。平気なら、ペルネーテのイザベルたちが運営する店に卸すのもありではあるが、人体実験はしない」

「うん」

「ンン」


 少し速度を落とした相棒はゆったり飛行。 

 真上を見た。


「宇宙か、星々が綺麗だな」

「うん、茄子紺の地に宝石が鏤められているよう……」


 星々の輝きが美しい。

 相棒の魔力粒子と重なって余計に宇宙空間が綺麗に見えた。


「ん、神々の星座も強く光ってる!」

「二人に似合う景色だ」

「ふふ、嬉しいこと言って! くすぐったことは許してあげる!」

「ふがふがは?」

「項のキスもよ!」

「おっぱいもみもみは?」

「許す!」

「ん、レベッカの位置がよかった」

「たしかに、二人に挟まれる位置ならよかったな」

「シュウヤ、今、なんとかサンドイッチとか考えて、鼻を伸ばしているでしょ?」

「バレテーラ」

「ふふ」

「「はは」」


 そのまま、遊覧飛行を楽しむ。


「シュウヤとデート気分♪」

「ん、空旅&デート」

「おう。エヴァとレベッカとの短い空旅デートだな。あ、左上にエイリアンっぽい集団が飛行中。相棒、近付かないように」

「ンン、にゃお」


 相棒はゆっくりと右のほうに向かう。


 と、レベッカが、


「高度が高いところほどモンスター集団が強くなるのだとしたら、宇宙のモンスターは凶悪な存在ばかり?」

「あぁ、たぶん。大気圏摩擦を楽しんでいるような集団だ。高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアのサジハリにはいいごはんらしいが……」

「避けて正解~」

「ん、サジハリさん、バルちゃんに会いたい」

「俺もだ」

「うん、皆も会いたいはず。けど……」

「ん、バルのため」

「あぁ、高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアとして強く生きるため。長い目で見ようか」

「うん」

「ンン、にゃお」

「ふふ、ロロちゃんも会いたいって言ってる?」

「そりゃ、一時期はバルの母親代わりとしてミルクをたっぷりと飲ませていたからな。ロロも会いたいはずだ。同時にサジハリの教えも大切だと分かっていると思う」

「にゃ~」


 相棒は頭部を縦に揺らす。


「シュウヤに返事した、可愛い~」

「うん。撫で撫でしてあげる!」


 相棒に跨がっているエヴァとレベッカ。

 両手で、その相棒の背中と胴体を撫でていった。


 ロロディーヌはくすぐったいと言うように胴体をぶるぶると震わせる。

 と触手をエヴァとレベッカに向かわせる。

 二人の髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜた。


 女性的に髪形は大切だと思うが、ま、いいか。


「ロロちゃん、分かったから、頭撫でるの止めて~。って、真上の宇宙空間には、ハートミット艦長の乗るトールハンマー号がいるのよね?」


 レベッカの疑問の声と同時に相棒も触手の動きを止めた。


「バルスカルとの争いで移動してなきゃ、どこかにいるはずだ」

「心臓と髑髏のマークのバッジで、ハートミット艦長に連絡は?」

「宇宙空間に近いから連絡は可能かも知れない。トラクタービームのような波動で宇宙戦艦から誘導を受けるのも、面白い経験だとは思うが……」

「ん、宇宙戦艦、おっきいなら分かる?」


 エヴァは頭部をキョロキョロと回してトールハンマー号を探す。

 ミディアムな黒髪が揺れる。


「見つかるかも知れない――」


 一瞬左の真上に銀色の光が見えたような気がした。


「……ゴルディーバの里から宇宙を見た時に、惑星セラを周回軌道しているような衛星か、宇宙戦艦的な物が見えたことがある……」


 アキレス師匠たちはどうしているかなぁ。


「前に聞いた。ゴルディーバの里って標高が高い場所だから、宇宙戦艦か、それらしい物が見えたのかも知れないわね」

「そうだな。そして、ここはその里より高度が高い。しかし、周回軌道上の宇宙戦艦には光学迷彩機能もあるだろうから、有視界で見つけるのは難しいかも知れない」

「周囲の景色を体の表面に投影する技術が、光学迷彩と聞いた」

「ん、カメレオンとタコには擬態のような特性があるって教わった」

「偽装的な働きなら魔力の流れがあるから魔察眼である程度は分かると思うけど」

「<無影歩>的に魔素を遮断する方法もあるだろうし、海老、トゲエビ亜綱系のモンスターなら複眼と網膜に視覚中枢が異常に発達している可能性もあるから光学迷彩も通じないかも知れない。特にシャコは円偏光を察知する光受容体を持つからな、シャコ系モンスターはたぶん、かなり強い。俺の知る地球では甲殻類最強と言われていた」

「ん、しゃこ? しかくちゅうすう? えんへんこう? ひかりじゅようたい? シュウヤの言葉は難しい」

「シャコはエビと似た生物。視覚中枢は、人の頭の中にある脳の部位を差す。大脳皮質の左右後頭葉」

「他は分からないけど、しかくちゅうすうは頭の中の器官ね」


 頷いた。


「ん、しかくちゅうすうは、人族も光魔ルシヴァルも同じ?」

「光魔ルシヴァルも基本は人型だ、同じだろう。脳内を駆け巡る樹状突起やシナプス、RNA、DNAが絡む生命の組織図は異なると思うが……特に大脳辺縁系、海馬と松果体は、光魔ルシヴァルらしく発達しているかもな。夜王の傘セイヴァルトを使う時、大脳が熱くなった感覚があった。光受容体は、その数が多いほど、より多くの光を察知することができる。一種の優れた魔察眼系能力、魔眼と呼べる。俺の知るシャコがこの惑星セラにいたらの話だが」

「へぇ、なんか面白い話! でも、シュウヤは魔導人形ウォーガノフ専門家のミスティとの会話や魔機械とナ・パーム統合軍惑星同盟の話についていける時があるし、知識量が凄いと思う」

「ま、<脳魔脊髄革命>のお陰だろ」


 と、自分の脳を指で差す。


「エクストラスキルね、まさに、神々に選ばれし存在」

「ん、あ、だからわたしたちにも、神界セウロスから智恵の焔が降り注いだ?」

「キッカたちが行った憲章オリミールの<聖刻星印・ギルド長>のスキルのお陰でしょ?」


 エヴァとレベッカは宇宙に腕を射す。


「それはそうだが、大本は、ギルド秘鍵書のことが大きいかも知れない」

「あ、シュウヤはギルド秘鍵書を無償で……聖ギルド連盟のファルファさんに渡していたっけ。だからかぁ」

「ん、白色の貴婦人から取り返して、自分の物にせず、返しに行った」

「そうそう。今思えば、ほんと英雄よね、シュウヤって」

「ん、今思わなくても英雄」

「きゃ――」

「レベッカに悪戯するエロい槍使いで結構」

「ばか!」

「ん、ふふ、レベッカ喜んでる」

「あ、もう!」


 エヴァとレベッカが笑い合うところは好きだな。


「秩序の神オリミール様と智恵の神イリアス様の星座はあっちのほう?」


 レベッカも星座に向けて腕を差す。

 が、ここからでは分からない。


「星座か。魔法基本大全に書いてあったように、神界セウロスの次元と連動した神の魔法力〝式識〟の息吹の範疇だと思うが」


 古代の魔法書の〝黒の塊〟については<翻訳即是>で解読した効果もあるかも知れない。


「魔法基本大全。エルンスト大学のパブラマンティさんが書いた辞書ね」

「そうだ。ゾルの家で読んだ本。パブラマンティ直筆の注釈付き」

「パブラマンティさんもガルモデウスさんのように生きている?」

「権力争いに巻きこまれても平気なぐらい強かったら生きているだろうな」

「ん、ミスティのお兄さんはエルンスト魔法大学のパブラマンティさんと知り合いだった?」

「あとで聞いたらいいが、さすがにミスティの兄とは面識はないだろ、ずっと研究していたらしいし」

「うん」

「それで、聖ギルド連盟の話に戻すが、リーンが言っていた、オリミール神の心臓が宿る幽世部屋に行けば、また違うことが起きるかな?」

「起きると思う。洗礼がわたしたちでも可能ならだけど」

「ん、旧王都ガンデは遠い西」

「おう。いつかは、魔軍夜行ノ槍業の師匠たちの願いである八大墳墓の破壊のついでに、旧王都ガンデに寄るのもいいかなとは考えている」

「ん、今は魔塔ゲルハットが優先」

「魔力豪商との交渉もある」

「そうだな。それじゃ、下に戻る前に血文字でキッカに報告しとくか」

「キッカさんとキッシュたちには、ある程度情報は伝えてある」


 頷いてから、


『キッカ、皆から血文字で情報を得ていると思うが、俺だ。分かるか?』

『分かります。閣下、シュウヤ様』


 キッカの血文字は、少しヴィーネとユイの形に似ている。


『皆から聞いていると思うが、伝えておこう。センティアの部屋で泡の浮遊岩に到達した俺たちは、暁の墓碑の密使ゲ・ゲラ・トーを撃破。Aランク冒険者パーティ【ノーザンクロス】を救出した』

『はい、皆から聞きました。副ギルドマスターのキアルキューに報告済みです』


 キッカの血文字越しにレベッカの蒼い視線と目が合った。

 俺の指先と顔を交互に見る仕種が可愛い。


 同時にキッカに向けて血文字を、


『分かった。それで、センティアの部屋を用いた移動の件なんだが、網の浮遊岩の【幻瞑封石室】と違って、泡の浮遊岩では【幻瞑暗黒回廊】の出入り口が見えない状態だ。センティアの部屋が【幻瞑暗黒回廊】の出入り口を塞いでいるのだとしたら、俺たちがセンティアの部屋を使用し転移することで泡の浮遊岩の【幻瞑暗黒回廊】の出入り口が外に出て、【幻瞑暗黒回廊】から力のある魔族が出現してくるかも知れない』

『可能性は色々とありますが、たぶん、【幻瞑暗黒回廊】が外に出たとしても一瞬で消えるはず』


 ミニブラックホールが蒸発するように?


『それは【幻瞑暗黒回廊】の出入り口には、何かしらの魔法の枠が必要ってことかな』

『閣下は察しが早い。なんらかの特異な魔法力がない限り【幻瞑暗黒回廊】が安定することはないと聞いています』

『だからこその【幻瞑封石室】などの多重結界か』

『はい。各都市にある魔法学院の秘密の一つ。それぞれ異なる高度な封印術式。自動改築魔術などで【幻瞑暗黒回廊】を囲う部屋が改築されている。その秘匿された情報を巡る権益が発生し、【魔術総武会】側と各都市の権力者、個人、派閥で争いがあるようです』

『この【塔烈中立都市セナアプア】の現状だな』

『各都市も同じですが、その通り』

『ありがとう。ならセンティアの部屋を使って転移するとしよう。その際、泡の浮遊岩に何かしらの影響があるかも知れないから、頭に入れといてくれ』

『分かりました。泡の浮遊岩は大丈夫なはずです。そして、依頼達成者となる【ノーザンクロス】の方々の昇級と合わせて、イノセントアームズのSランク昇級の準備ができ次第、連絡をします』

『了解。遺品回収などに時間がかかるだろうし、俺たちの件は後回しにして構わない。冒険者ギルドマスターとしての仕事を優先してくれ』

『……閣下……承知いたしました』


 キッカとの血文字を終わらせる。

 キッカの笑顔が見えた気がした。


「よし、そろそろ下に戻ろうか」

「了解。でも、改めて冒険者ギルドマスターのキッカさんを眷属化って凄いことよね」

「たしかに、噂が広まれば影響は多大かも知れない」

「ん、神界セウロスの神々に認められたシュウヤ」

「それは、わたしたちもよ。アルゼの街の聖ギルド連盟のリーンたちが見たら」

「ん、シュウヤは光魔ノ仁智印バスターの称号を得た!」

「あ、うん。凄すぎる称号よね」

「ん、イノセントアームズは名実ともに聖ギルド連盟側」

「なら、闇ギルド【天凛の月】としての名が響いても、他の冒険者たちも沈黙せざるをえないわね」

「副ギルドマスターが数人いるようだし、ギルド側の幹部から不満がでるかも知れないが、ま、俺たちの黄金の冒険者カードを見たら、黙るだろう」

「うん」

「ん、裏仕事人たちも、結構有名な方々が多いようだから、大丈夫」

「そうだな。相棒、塔烈中立都市セナアプアに戻ろう」

「ンン――」


 神獣ロロディーヌは急降下。

 両前足から橙色の魔力が迸る――。

 

「速い――」

「ん、ロロちゃん、ごー!」


 一気に魔塔が連なる塔烈中立都市セナアプアが見えた。

 神獣ロロディーヌ。

 その魔塔が連なる上空で一旦動きを止めた。 

 匂いを嗅ぐように頭部を揺らす。

 と「ンン――」と喉声を鳴らして直進――。


 ――速い、もう泡の浮遊岩が見えた。

 壊れた祭壇付近にいる皆。

 その近くで浮いていたヴィーネが手を振ってくる。

 神獣ロロディーヌは素早く降下。


 四肢をセンティアの部屋の天井に擦らせながら、皆の下に着地。 

 相棒から降りて、ヴィーネたちの傍に寄った。


「皆、ただいま」

「ん、ただいま~」

「帰還~」

「――お帰りなさい!」


 ヴィーネが抱きついてきた。


「いい感触をありがとう。そして、相棒の楽しみを優先させてしまったな。ヴィーネも来たかったと思うが、すまん」


 ヴィーネの背中を撫でてあげた。


「ふふ。短い間ですから、お気になさらず。しかし、神獣ロロ様は迅速。新たな冒険の地へと遊びに行ってしまうのではないかと……少し不安を覚えました」


 ヴィーネはそう語ると体を離した。

 キサラとミスティも寄ってくる。


「はい、シュウヤ様の場合、〝ちょいと遊ぶか?〟と喋る姿が容易に想像できます。そして、ロロ様の加速は凄まじいですから、シュウヤ様も少しぐらいなら大丈夫だろうと考えてしまう」


 二人の考えはビンゴすぎる。

 

「うん、マスターらしい。でも、ロロちゃんの加速は、また一段と速くなってない? ゼクスの全力機動でも追いつけないと思う」

「はい、戦神ラマドシュラー様の加護と成長、砂大蛇カルラの頭部を食べましたから、砂大蛇カルラの能力も取り込んでいるかも知れない」

「にゃおお」


 ドヤ顔の相棒。

 姿は黒豹に戻っていた。

 少しサーベルタイガーっぽい犬歯が伸びたが、あれは前からのはず。


「さて、【ノーザンクロス】の方々も外に出た。センティアの部屋に入ろうか。今度こそ魔塔ゲルハットだろう」

「「はい」」

「にゃお~」


 ロロディーヌは罅割れた箇所が多い壇を上がって祭壇に向かう。

 センティアの部屋は突き出た形。

 

「ディア」

「はい」


 正義の神シャファ様のワッペンを胸元に付けたディアが歩いてきた。

 彼女の手を握って階段を上がる。


「お兄様♪」

「跳躍するぞ」

「はい」


 ディアを抱えて、跳躍――。

 <導想魔手>を足場にした。

 センティアの部屋の黄金と銀の扉の前に到着。

 センティアの手を意識。

 速やかに、俺とディアのセンティアの手の籠手が光る。

 籠手にぶら下がる角灯が揺れてチェーンごと絡まっては二つの角灯が融合。


 俺とディアのセンティアの手の籠手も半透明となった。


「センティアの手の変化する様子は面白い」

「はい」

「ん、雉の異獣の飛び方が面白い!」

 

 皆の声が背後から聞こえた直後。

 半透明のセンティアの手の防具が女性の手に変化。その女性の手が、センティアの部屋の黄金と銀の扉に触れた直後、黄金と銀の扉は開いた。

 

「さぁ、開いた。皆、センティアの部屋に入れ」

「はい、センティアの部屋は浮いてますね」

「いっきまーす」

「ん、下に【幻瞑暗黒回廊】は見えない」

「にゃお~」

「では、お先に――」

「うん、泡の浮遊岩に影響はないみたい。ただ、この魔塔があった魔法学院跡地は【幻瞑暗黒回廊】と通じることが可能な場所ってことだから、覚えておかないとね」


 そう語るミスティは人型のゼクスの肩だ。


「そうだな。ミスティも先に入れ」

「あ、うん――」

「師匠、お先に失礼します――」


 ビーサが遅れてセンティアの部屋に入った。

 俺とディアも中央部に向かう。


「行くぞ、ディア」

「はい――」


 ――<覚式ノ理>。

 ディアと俺はセンティアの手に血と魔力を吸われた。

 そして、俺とディアのセンティアの手からぶらさがる角灯が床に付着。その刹那、前と同じくセンティアの部屋と、二つのセンティアの手から閃光が迸った。

 

 ――ディアの足下がセンティアの部屋の柱となるように融合。

 目の前のディアの心の中に俺がある。

 センティアの部屋をコントロール。


『ぁ……お兄様と、いっしょぉ……』


 ディアの健気な心を労りつつコントロールは慎重に。

 従者となって、俺を兄と呼ぶが、若い娘に変わりはない。

 すると、センティアの部屋の四方の壁が一瞬で【幻瞑暗黒回廊】と化した。


 出入り口の黄金と銀の扉は消えている。

 このセンティアの部屋の上下しかない光景には恐怖を覚えるが、慣れないとな。

 暗闇からガス星雲の中を突入しているような景色が周囲に生み出されていく。

 同時に、明るい閃光が左から右に走った。

 魔界セブドラか神界セウロスか不明な異世界の光景がチラッと見えた。超巨大なシーラカンス的な怪物魚が、巨大な瞳を擁した巨大な魔神のもののような腕に捕まっている。

 

 【幻瞑暗黒回廊】は怖すぎる――。

 さぁ、次こそ、魔塔ゲルハットだろう!


 魔界セブドラとかは勘弁だ。

 オークションで買った品が無駄になってしまう。

 

 そう思考した刹那――微かな振動が響いた。

 

「ん、振動?」

「着いた!」


 周囲のセンティアの部屋の壁は元通り。

 ディアもセンティアの部屋との融合が溶ける。

 熱を帯びた視線で俺の股間を凝視中だが、指摘はしない。


「さ、あの黄金と銀の扉を開けようか。ディア、起きているか?」

「あぁぁ、あぁ? あ、はい! お兄様!」


 ディアの眼鏡の位置を直す仕種は可愛い。

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