八百十話 『善悪の報いは影の形に従う如し』


『妾の出番はなしか! が、勝ったから許す!』

『おうよ。が、奥の手は最後までとっておくもんだ。それに<瞑道・瞑水>と<瞑道・霊闘法被>は使用したからな。羅、ありがとう』

『はい!』

『むむ』


 沙の嫉妬を感じながら――。

 突っ込んで来る巨大な相棒に向けて両手を拡げた――。

 どーんと来いや! 

 アドゥムブラリが相棒の頭部の黒毛に絡まっているが、まぁいいや。


「にゃお~」

「主ぃぃぃぃ」


 巨大黒猫ロロはいつもと変わらず――甘えるように頭部を寄越す。

 アドゥムブラリの姿が見え隠れ。

 俺を呼ぶ声は竜頭金属甲ハルホンク的だ。


 しかし、相棒、小さくなるつもりはないのか。

 大きすぎる――頬、全身にドッと衝撃を受けた。

 相棒の頭部の黒毛は柔らかかったが、派手に吹き飛ばされた――。


 まぁ仕方ない。

 泡の浮遊岩の景色が巡る。


「ふはは、神獣アタック大成功!」

「ンンン――」


 ――アドゥムブラリと相棒の悪戯か。

 しかし、外は噴煙だらけか。

 陽で明るいが視界は悪い。


「ンン――」


 相棒の喉声が響くと同時に目の前に触手が飛来。


 その触手手綱を早速左手で掴んだ。

 掴んだ触手手綱の触手が少し拡大しつつ甲を覆うと、手首から肘にまで絡んできた。


 ロロディーヌは俺の腕に絡めた触手手綱を収斂すると、自身の後頭部にまで俺を運んでくれた。

 相棒の大きい耳がピクピク動くのを見ながら巨大な黒猫ロロの頭部に足を突けて着地――。


 触手手綱を右手で持ちつつ、巨大な黒猫ロロの頭部に膝をつけた。


 左手の掌で、その頭部と黒毛を撫でる。

 柔らかい艶のある黒毛も指で梳いた。

 抜け毛は少ない。同時に淡いピンク色が混じる地肌を撫でまくると、巨大な黒猫ロロからゴロゴロと喉音が響きまくった。


 少し足下が震動する。

 

「あはは、ゴロゴロエンジン加速中! 俺の気持ちは伝わったようだな!」

「ンンン――」


 はは、面白い喉声の返事だ。


 触手から気持ちは伝わって来なかったが、その喉声から、なんとなく黒猫ロロの気持ちが分かったような気がした。


 すると、眼前に単眼球のアドゥムブラリが寄ってくる。


「主、勝ったな。が、骨騎士軍団の復活が早くて、少々焦りを覚えたぞ」

「<武装魔霊・紅玉環>のアドゥムブラリもよく戦ってくれた、ありがとう」

「……主、素で語るな」


 単眼に涙を溜めながら語るアドゥムブラリ。


「しかし、倒しても倒しても復活する骨騎士軍団は手強かった」

「おう。まさに、泉の涌くが如しであった」

「だな。それでいて骨騎士は装備をしっかりと整えた状態での復活だ」

「俺と神獣は、そんな奴らをたくさん屠った!」

「にゃごぉ~」

「らしいな。で、骨騎士を倒したらすぐに砂となったんだが、硝子と鋼の粒が混じった魔力素材だった。だからこそ骨騎士軍団は強かったんだろう」

「優秀な冒険者が悉く倒されていた理由か。そして、あのまま軍団として成長していたら、塔烈中立都市セナアプアの被害は甚大か。そして、災厄となるできごとを未然に防いだ主は、英雄だ」

「英雄と呼ばれるのは……」

「気持ちは分かるが、主。主は三つの浮遊岩の乱を鎮めたんだ。それでいて七魔将リフルを屠り魔迷宮を潰した。ガルモデウスと通じ【魔術総武会】の案件も解決。で、冒険ギルドマスターの眷属化だ。英雄以外の言葉がでてこないのも頷けるぞ?」

「それもそうだな」

「ふ、照れろ照れろ。それもまた一つの勲章」

 

 ……勲章。

 高慢さには気を付けないとな……。


「ま、あまり変わらんと思うが、慣れておこう」

「主らしい言葉だ」

「三つの浮遊岩の乱を鎮めたし、ガルファさんもびっくりしているかな」

「ふむ。主の殲滅力をもってしても苦戦する相手が暁の墓碑の密使ゲ・ゲラ・トーだ。七魔将リフルと魔元帥級のラ・ディウスマントルに負けず劣らずのとんでもない敵であった。それらを倒したんだからな。それでいて、烈戒の浮遊岩の魔人ソルフェナトスとの交渉にも成功した。当然、驚いているだろう。冒険者のランクとやらも、また上がるのではないか?」

「上がるのなら、Aの次はSかな。A+とかあったのはモンスターだけだったか。ま、ギルマスのキッカに今度聞くさ」

「おう……で、倒したゲ・ゲラ・トーだが、キサラと関係している」

「元ゴルディーバ族ってだけだろう」


 単眼球の丸みを帯びた背中側に生えている翼をバタバタさせているアドゥは、どこか悲し気に、


「黒魔女教団を邪教と蔑んでいたぞ」


 と語った。


「支配層との争いか。当時は色々とあったんだろうな、黄金都市ムーゴでは」

「……どこも同じか。塔烈中立都市セナアプアのような権力闘争」

「悪には悪の道があるんだろうか。カルトの教えに染まり、偽りの正義を正義だと思うカルトの者たちに救いはあるんだろうか?」

「【テーバロンテの償い】などの邪教の信者たちのことか。敵を心配してどうする」

「いや、まぁ色々な」

「主、難しく考えるな。で、悪には悪の道はあるだろう。だがな、血濡れた悪のままなら、なにかしらの報いはあるもんだ」

「たしかに、『善悪の報いは影の形にしたがうが如し』だと思いたい」

「……ふ、主よ」

「なんだ」

「いや、な? 深い言葉を知る主は、既に魔君主としての器を得ているようだ。とな」


 コミカルな姿のアドゥムブラリだが……真面目な雰囲気を醸し出すアドゥムブラリだと、不思議と渋くなる。


 魔界セブドラの元魔侯爵か……。


「アドゥ、お前にその面は似合わんぞっ」

「おいぃ、俺の単眼は肉球じゃねぇぞ!」

「ふはは――」

「うひぃぃ、親指で押すなや!」


 アドゥムブラリといちゃついていると、巨大黒猫ロロさんは旋回を開始――。


 泡の浮遊岩の景色を相棒と一緒に見て回った。


 噴煙は骨の魔塔が崩れた結果か。

 他の冒険者の魔素はここからでは探知できない。たぶん、暁の墓碑の密使ゲ・ゲラ・トーと、その骨騎士軍団を倒した結果かな。下を確認。

 皆が手を振っている。


「シュウヤ様~」

「勝った~」

『降りてこないの~?』


 手を振りつつ血文字を皆に送った。


『少し景色を堪能する』

『ずるい!』

『ふふ、これで、泡の浮遊岩の解放者ですね! 勝利、おめでとうございます』

『おう』

『キヴさんとゲツランさんに、助かった冒険者たちが興奮して質問攻めが……』

『ミスティ。そこは講師として生徒に説明するつもりで上手い具合に説明を頼む』

『分かった。簡潔に説明しとく』

『ご主人様、お任せを』

『おう、ヴィーネなら安心だ』

『シュウヤ様が闇と光の運び手ダモアヌンブリンガーであることも教えておきます』

『キサラ、暁の墓碑の密使ゲ・ゲラ・トーと関連する歴史のすべてを喋らんでもいいからな』

『はい』

『ふふ、ゲツランさんたちに、新しい冒険者カードを自慢したった!』


 レベッカの腰に手を当てながら指を差す光景が目に浮かぶ。


『レベッカの鼻が膨らんでる!』

『そこの隠れおっぱい魔王! わざわざ血文字で報告しない!』

『わかった』


 エヴァの『わかった』って血文字が可愛い。

 隠れおっぱい魔王ってキャラではないような気がするが、まぁいいか。


 そして、下が騒がしくなった。

 説明は皆に任せよう。


 段差がある祭壇を凝視。


 センティアの部屋が派手にぶち壊したようだ。

 【幻瞑暗黒回廊】の出入り口は見えない。


 七魔将リフルが管轄していた魔迷宮にあった【幻瞑暗黒回廊】と同じか?


 単にセンティアの部屋が【幻瞑暗黒回廊】の出入り口を防いで見えなくなっただけかな。


 魔迷宮と化した上院議員ドリサンが持っていたドリサン魔法学院の屋上と同じなら、この泡の浮遊岩のネドーが所有していた魔法学院にあった【幻瞑暗黒回廊】の出入り口は見えないのかも知れない。


 それとも【幻瞑暗黒回廊】の出入り口を大きい祭壇ごとセンティアの部屋が壊してしまった?


 この泡の浮遊岩の魔法学院も、暁の墓碑の密使ゲ・ゲラ・トーの軍団のせいで、跡形がないほど破壊されている状況だ。仕方がないか。


 七魔将リフルが管轄していた魔迷宮も、【幻瞑暗黒回廊】の出入り口を破壊してしまったから、俺たちに攻撃を仕掛けてきたのかも知れない。


 リフル側からしたら、いきなりの侵入者の俺たちだ。当然の反応と言えるが……。

 ま、敵の心理分析をしたところでな。

 考えていたら切りが無い。

 

 大きい祭壇の外は、もうもうとした噴煙が至る所で発生中。

 雲の浮遊岩かって勢いだ。


 泡の浮遊岩の全景は流れる噴煙で見えないが、風の影響で噴煙が横に流れていくさまは美しい。


 すると、噴煙の一部が魔力粒子となった。

 ――同時に<光の授印>が反応。


 続いて煙のすぐ真上を漂う魔力粒子が、虫のような幻影に変化した。


 ここからだと小さすぎて分からない。

 虫は、纏まって動いて集団行動をすると、煙の真上に大きい水鴉のようなマークが浮かぶ。


 集団行動中の虫は魔力粒子となって散った。が、再び、虫の幻影となって出現するや蛍のような淡い輝きを発した。


 その虫が近付いてきた。


 ――天道虫か。

 その天道虫は俺たちの周囲を巡り出した。

 天道虫は淡い輝きを発している。


 輝きの点滅の仕方が……。

 モールス信号?

 見ていて、切なさを感じる。


 あ・り・が・と・う。

 か・ん・しゃ。


 意味はこんな感じだろうか。

 自然とラ・ケラーダを天道虫に送った。


 あ、天道虫は、泡の浮遊岩にいた魂たちだろうか。

 淡い輝きを発した天道虫は相棒の鼻先に移動――。


「ンン、クシュッ!」


 あはは、くしゃみが凄い。

 淡い輝きを発している天道虫は、幻影だから相棒のくしゃみの影響は受けていないが、儚い気持ちを抱かせる飛び方で相棒の鼻先を離れて、俺の周囲を回り出した。


 その間にも、ゆっくり飛行中の相棒は、体を震わせると黒馬の姿に縮んだ。

 

「にゃ~」

「黒ペガサスってか?」

「ンン」

「そういえば、マバオンってのがいたなぁ、今はどうしているのやら」

「にゃ~」


 魔界セブドラの傷場で呼ぶつもりではあるが、【幻瞑暗黒回廊】から魔界セブドラに行けるなら……。

 

 すると、周囲の煙の至るところで渦が起きる。

 渦は泡の浮遊岩の大地にある細長い突兀(とっこつ)に吸い込まれたようだ。


 突兀は先端が丸いのか。

 その突兀から、泡のような魔力を含む水蒸気が湧き上がっていた。


 水蒸気的な乳白色と緑色が混じる色合い。

 なんか、あったかそうな印象だ。

 泡の浮遊岩は温泉地?

 どんな構造なんだ、泡の浮遊岩とは。


「ンン――」


 相棒は喉声を鳴らすと、その突兀が多い大地に向かう――。


 突兀の下には泉がある。

 湯気がたつ水の流れがくねるように続いていて、前方の泡の浮遊岩の端にまで続いている。

 

 滝でもあるのか。

 そして、泡の浮遊岩とは温泉地か?


 ヘルメが喜びそう。そして、貝殻水着の出番か!!

 うはは――。


「にゃごぉ――」


 俺のやらしい妄想を察知した黒馬ロロディーヌが走る走る。浅瀬から離れて、皆のところに直進した。


 ん、ツッコミかと思ったが、相棒も貝殻水着が好きなのか?


「ンン」

 

『おっぱい』『くろまてぃ』


「ぶは――」


 だれのことを想像してんだロロ!

 面白い相棒ちゃんめ。そして、俺の冗談を覚えてしまった、少し反省しなければ。


 すると、笑ったような喉声を鳴らすロロディーヌ。


 すぐに皆が談笑している祭壇に到着。


「あ、シュウヤさん! ゲ・ゲラ・トーを!」

「おう。倒した」

「ふふ、やったわね」

「「助けてくれて、ありがとうございます」」

「シュウヤさん! わたしとデートを――」


 と、仲間に背中を引っ張られていた女性。


 いきなりデートとか。面白いな。


 ヴィーネとキサラの視線が鋭くなる。

 レベッカは蒼炎のハンマーを宙空に浮かべる仕種は、いつものことだが、『えっちぃのは大禁止』とか蒼炎で文字を書くなっての。

 エヴァとビーサにディアはその文字を見て笑っていた。

 

 それにしても、ちょくちょく助ける時に話しかけていた美人さんの冒険者だ。

 

 身なりはしっかりとしているが、不思議と、なんか助けたくなる女性だったんだよな。


 さて、デートはさすがにな。ディア次第だが、センティアの部屋で魔塔ゲルハットに着けるかどうかをたしかめるほうが先だ。

 

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