七百九十二話 異端者ガルモデウスの真意

 ガルモデウスさんは俺を凝視。

 そのガルモデウスさんに、


「はい」

「本当ならば素晴らしい……ココ、エミサ……」


 ガルモデウスさんは涙ぐむ。

 ぶつぶつと呟いた。

 そして、一礼したガルモデウスさん。


 俺も一礼。

 ガルモデウスさんは嬉しそうに微笑む。

 そして、夜王の傘セイヴァルトをチラッと見て、


「飛行能力がある傘とは珍しい。槍でもある武器……」


 そう発言。


「はい、鑑定はまだですが」

「……魔界セブドラに関する物を扱えるとは……」


 そう発言しては……。

 俺の腰にぶら下がるフィナプルスの夜会と魔軍夜行ノ槍業を凝視。


 そして、銀色のチェーンが揺らぐ閃光のミレイヴァルを見ては、


「……ふむ」


 頷いた。

 納得した顔だ。

 更にガルモデウスさんは下の屋上の様子を見る。

 白い眉をピクッと動かすと、双眸から発していた魔法陣を消した。


 ヘルメと沸騎士たちを見て驚いたのか?


 紺碧の双眸の魔力が薄まる。

 魔眼を止めた。が、片方の目が光った。

 その片方の瞳の模様が八角形と三角が重なったような模様に変化。


 更に、その模様が変化した瞳の表面から筒型の魔力が縦に伸びた。

 瞳から伸びた筒型の魔力は生物的に上下に伸縮を繰り返す。


 一瞬、片眼鏡にも見えた。

 アイテム鑑定人のスロザを思い出す。


 その魔力の筒は瞬時にガルモデウスさんの片目の中に戻った。


 そのガルモデウスさんは不可解そうに首を傾げてから、俺に視線を向ける。

 また納得したような表情を浮かべていた。


 その片方の目の瞼を閉じて開けると、普通の紺碧の眼球に戻った。

 そのガルモデウスさんは、


「失礼したのじゃ。下の精霊のような存在と上等戦士のような存在は、シュウヤの配下かの?」

「はい」

「わしの名を知っていても動じないとは、冷静な男なのじゃな」

「ありがとうございます。異端者とありますが、そのことでしょうか?」

「ふむ。人工迷宮を使い、手段を選ばず闇神リヴォグラフの勢力を駆逐しているからの……」


 手段を選ばずか。

 だから異端者なのか。


「西の帝国にある人工迷宮も、その一環なのですね」

「そうじゃ」


 ならアドリアンヌ・リーカンソーとも接点があるのかな。

 そのことは聞かず、


「では、俺に接触を試みた理由は魔迷宮を潰したから?」

「そうじゃ。単純に興味を持った。魔迷宮を消し飛ばしたように見えたシュウヤたち。しかし、魔族は魔族で争いがある。だから、接触しようか迷っていたのじゃが……皆の顔を思い出してな……礼はすべきだと思い……」


 魔迷宮の崩壊をリアルタイムで外から観察していたのか。


 では、ガルモデウスさんの魔眼の能力は距離で性能が変わるんだろうか。

 それとも近距離専用の魔眼か?

 鑑定系なら、俺たちのステータスを見ることはできないはず。

 魔迷宮を潰したこと以外にも、人工迷宮を扱えるガルモデウスさんだけに、鑑定を弾く光魔ルシヴァルの種族に興味を持ったのかも知れない。

 

「……そうでしたか。俺もガルモデウスさんに興味があります」

「魔迷宮に拘る理由じゃな」

「はい」


 すると、ガルモデウスさんは杖の付近にボロボロのミスランの法衣を浮かばせる。


「それは、ミスランの法衣……」

「ングゥゥィィ!」

「なんと、肩の防具が……」

「あ、ハルホンクのことは気にせず」

「……しかし、知っているのか、【九紫院】と【ミスランの塔】を……」

「はい、名前と法衣は知っています。一部の関係者も」

「……納得だ。わしは魔法都市エルンスト出身で、魔迷宮を巡ることで、その【九紫院】である重大な違反を犯した……九紫院の一人のワーソルナと同じ……」

「だから異端者なのですね」

「そうだ。そして、皆を守るためであったが……大魔術師たちからは離脱者とも呼ばれて忌み嫌われる存在となった。が、離脱者や異端者と呼ばれようと、わしは構わない。他の者と違い、仲間の仇でもある魔迷宮を造る七魔将と闇神リヴォグラフを許すつもりは毛頭ないからの」


 異端者で離脱者のガルモデウスさんか。

 離脱者なら知っている。

 【輪の真理】か【九紫院】に所属していた白色の貴婦人ことゼレナードだ。


「しかし、シュウヤは随分とあっけらかんと聞いているが……わしのことが怖くないのか? 魔法ギルドの関係者は忌み嫌う存在であるはずだが……」

「初対面ですから少し緊張していますが、忌み嫌うとかはないですね。そして、ガルモデウスさんが異端者、離脱者だから【魔術総武会】のセナアプア支部と揉めたんですね」


 ガルモデウスさんは片方の白い眉を動かした。

 そして、


「そうじゃ、交渉も少しあったが大いに揉めた。セナアプアは評議員の勢力争いのせいか、【魔術総武会】の大魔術師たちと各魔法学院の空戦魔導師たちは頭の堅い連中ばかりでな」



 ガルモデウスさんと【魔術総武会】が揉めたか。

 大魔術師シオンと大魔術師アキエ・エニグマの二人は、どう関わっているんだろうか。


「シュウヤは【幻瞑暗黒回廊】を利用できるほどの【魔術総武会】の大魔術師ではないのか?」


 そう聞いてきた。

 ガルモデウスさんには、まだ怪しさもあるが……悪い方に見えない。

 正直に、


「【魔術総武会】に知り合いはいますが、俺は所属していません。そして、魔法は王級などを複数使えます。しかし……『お前は大魔術師なのか?』と問われても、正直俺には分かりません。槍使いとしての武術になら、かなり自信があります」


 と素直に話をした。


「ふむ。先の槍使いの動きが本筋だと分かる。魔槍使いとして、信じよう」

「ありがとうございます」

「ふぉふぉ、礼儀正しい男じゃ。シュウヤが【魔術総武会】のセナアプア支部の連中ではないと分かる」

「はい。その融通が利かないセナアプア支部との争いは、ここにあった魔迷宮を巡ることで?」

「そうじゃ。魔迷宮を崩すには【幻瞑暗黒回廊】と通じた魔法学院から直に乗り込むほうが手っ取り早いからのう」

「【幻瞑暗黒回廊】の移動はリスクがあるはずですが」


 俺がそう聞くと、ガルモデウスさんは頷いた。


「わしも大魔術師。更に、とある理由で魔迷宮に干渉できるのじゃ。だからこそ近い距離にある【幻瞑暗黒回廊】を使いたかったのじゃが……更に言えば、ここの魔迷宮は浮遊岩そのものだったからのう……人工迷宮を造れる場所がないことが一番の理由じゃ。更に、大魔術師の一派、いや、魔法ギルド全体がわしを毛嫌いしているのもあって、大魔術師たちは、【幻瞑暗黒回廊】がある他の魔法学院の守りも固めてしまった……交渉は決裂し、戦いになった。わしも戦いには自信があったが、大魔術師たちも強い。上手くいかず、仕方なしに、直に魔迷宮リフルがある浮遊岩に乗り込もうと、防衛部隊の空魔法士隊などの警護を掻い潜って、魔迷宮にちょっかいを出した。魔迷宮側からもガーゴイル系のモンスターが無数に出現して、大乱戦になったのじゃ」


 カオスな戦いか。


「……では、三つ巴の戦いに?」

「ふむ。主に強欲のリフルが率いているモンスターは強力だった。大魔術師、空戦魔導師、空魔法士隊も迎撃。だが、一部はモンスターを無視して、わしに挑んできた」

「そのガルモデウスさんと戦った大魔術師たちを倒したのですか?」

「すべてではないが……かなり倒した覚えがあるのじゃ。落下して死んだ者もいたはずじゃ。倒した魔法使いたちの名は聞いていない」


 道理で……。

 大魔術師ラジヴァンの言葉を想起。


『チッ、なんのために……異端者ガルモデウスの問題は内緒にしとけよ。まったく、口が軽いんだよ、阿呆ケメルスが!』


「理解しました。大魔術師アキエ・エニグマと大魔術師シオンとは、揉めましたか?」

「分からん」


 空中戦だろうし、当然か。

 

「争いは度々?」

「そうじゃ。女子と男子の区別が難しい可愛らしい大魔術師もいたのじゃが……その子は、戦いの場では見ていない」


 あ、シオンだと分かる。


 交渉していたのなら、アキエ・エニグマの一派とガルモデウスさんは戦っていないはず。


「そうでしたか。たぶん、その交渉していた大魔術師はシオンかと」

「知り合いじゃったか……もし、戦いとなっていたのなら、すまなんだ」

「責めるつもりはないのでご安心を。だとすると、ガルモデウスさんがこの魔迷宮リフルに挑もうとした時……周囲の空域では空戦魔導師と空魔法士隊の姿が消えていた?」


 魔塔エセルハードの争い。

 アキエ・エニグマが魔塔ナイトレーンに囚われてからの魔塔ゲルハットを巡る争いとタイミング的に合う。

 三つの浮遊岩の乱もあるか。


「そうなのじゃ。不思議と大魔術師、空戦魔導師、空魔法士隊などの警邏部隊が急激に減った。わしは、またと無い機会だと思い、この魔法学院ごと魔迷宮リフルを崩そうとしたが、強欲のリフルも強い。モンスターも多種多様でのう。半透明な魔族も強かった。人工迷宮を創ることが可能な地上ならばもっと違ったと思うが……しかしじゃ! 目の前で魔迷宮が崩壊するのを見た。逃げる魔族モンスターもいなかった。そして、先も話をしたが、元ドリサン魔法学院の屋上には、シュウヤたちがいたからの……」


 納得だ。

 ガルモデウスさんの気持ちは理解できる。


 そして、皆がいたから対処できたが……ガーゴイルに巨大なゴドー系のモンスター。

 キサラが倒した半透明な魔族モンスターなど無数にモンスターが出現してきた。


 直ぐに拱手。そして、もう知っていると思うが、


「状況は理解しました。七魔将リフルは、俺が倒しましたよ」


 そう告げると……。

 ガルモデウスさんは瞳を揺らし……。


「……魔迷宮の消え方からして迷宮コアも消えている。本当の話だと思うが……強い七魔将の一人は逃げなかったのじゃな?」

「はい。あ、七魔将リフルとの戦いで、そのリフルは、肉の粒の、肉スライムになりました。その肉スライムの姿で逃げようとしたのかも知れません。が、しっかりと、その散った肉スライムは滅した。倒したはず」


 俺がそう告げると、ガルモデウスさんは、瞳を揺らしつつ、


「闇神リヴォグラフの干渉はどうだったのじゃ」

「闇神リヴォグラフからも色々とありましたが、なんとか大丈夫でした」

「ふむ。シュウヤの体に傷がない……仲間たちが多かったからだとは思うが……その七魔将リフルを倒した話は、本当なのだな? 迷宮コアごと転移で消えてもいない?」

「そのはずです。俺は自然と体が回復しますから傷はないです。そして、戦いには自信がある――」


 左手の夜王の傘セイヴァルトはそのままで、右手に魔槍杖バルドークを召喚して、魔力を右腕に集めた。


 ――魔槍杖バルドークから無気味な唸り声が響く。


「おぉ……<武器召喚>! では本当に七魔将の一人が倒れたのか……なんということだ……わしは……」


 ガルモデウスは涙を流し始めた。

 

「ココ、エミサ、リザル、アメル、ジェズ、皆……ついに魔迷宮とその管理を行う七魔将の一人が倒れたぞ……わしがこの手で倒したかった。が……まだだ。七魔将はまだいる……大本の闇神リヴォグラフも部下は無数だ……いつかこの手で……」


 そう語るガルモデウスさんは怖い。

 瞳は憎しみの心でいっぱいのようだ。

 昔のハンカイを思い出すが……。

 一雫の光のようなモノが見えた。


 そして、その一雫の光がガルモデウスさんの周囲に散ると、散った宙空に、ミスランの法衣を着た者たちが見えた。


 そのミスランの法衣を着ている方々は、心配そうにガルモデウスさんを見ながら消えた。


 ガルモデウスさんには見えていない。

 

 その瞬間……。

 

 悲しい想いが胸を衝いたように、冷たい粒が心に沁みたような気がした。

 

「……では、俺は下に戻ります」

「あ、シュウヤ。七魔将リフルを屠ってくれたのだ。そして、わしを忌み嫌わず、会話もしてくれた……礼がしたいのじゃが」

「たまたま七魔将リフルを倒したに過ぎない俺ですよ?」

「十分だ。これを受け取ってくれ」


 ガルモデウスさんは宙空に三つのアイテムを出した。

 輝く骨と蜂蜜?

 二つの指に嵌められそうな指輪。


「これは……」

「輝く骨の名はアニメイテッド・ボーンズ。蜂蜜のほうの正式名は分からんが、昔からプレインハニーと呼ばれている。そのアニメイテッド・ボーンズにプレインハニーを塗ると、アニメイテッド・ボーンズは溶ける。その溶けた物を飲めば、生命力が得られるだけでなく、魔法の盾を生成できるようになるはずじゃ。スキル化もあるとは思う。が、スキル化せずとも、死ぬまで思念で魔法の盾を自分の体から発生させることができる。そして、魔力も消費するが、かなり価値があるアイテムじゃ」

「おお」

「指輪のほうの名はマグトリア。魔界の諸侯の名だが、呪いはない。言語魔法か紋章魔法かを問わず、魔法を蓄積できる指輪じゃ。指輪を嵌めて意識すれば、指輪に蓄積された魔法を無詠唱で放てるようになる」

「それは凄い……しかし……」

「シュウヤ、受け取ってくれ」


 厚意だ、頷いた。

 右腕に出現させた魔槍杖バルドークをアイテムボックスに戻した。即座に右腕の戦闘型デバイスの上にアイコン状態の魔槍杖バルドークが浮かぶ。

 左手の夜王の傘セイヴァルトを<血想槍>で浮かせつつ、


「ありがとう、もらっときます」


 ガルモデウスさんは、俺の<血魔力>を見ても動じず、笑顔を見せる。そして、


「いい面じゃ。では、シュウヤ、わしは次の標的を……」


 ガルモデウスさんは、天を見る。

 いや、頭上の鏡か。

 浮かばせていた魔法の鏡から魔力が構成する望遠鏡のようなモノが展開した。

 その望遠鏡の中にガルモデウスさんが吸い込まれるや、姿が半透明と化した。

 

 同時に半透明のガルモデウスさんの足下に魔法陣の巨大な円が浮かぶ。見たことのない質。

 <古代魔法>か?


 魔法陣には星々の図形が描かれてある。

 惑星セラの夜空にある星々とリンクするようにオーロラのような魔力の波動のようなモノが周囲に展開される。


 ガルモデウスさんはその巨大な円の中へと望遠鏡のような魔力の筒ごと吸い込まれて消えた。

 長距離転移魔法なのか?

 魔眼と星々と神々の魔法力を応用したような印象だった。

 

 凄まじい大魔術師が、異端者ガルモデウスさんか。

 

「閣下~」


 下で見ていたヘルメが飛翔してくる。


「あぁ、今のはガルモデウスさんだった。アイテムをもらった」

「では、閣下と共闘を?」

「共闘はできると思うが、まだなんとも。アイテムを進呈してくれた理由は、俺が七魔将を討って魔迷宮を壊したからだ」

「そうでしたか」

「皆に、アイテムとガルモデウスさんと接触したことを伝えよう」

「輝く骨は少し大きいですね」

「あぁ、アニメイテッド・ボーンズ。プレインハニーを塗ると、アニメイテッド・ボーンズは溶けるとか。そして溶けたアニメイテッド・ボーンズだったモノを飲めば生命力が付いて、魔法の盾を生成できるようになるらしい。下の沸騎士たちにも見せるか」

「はい。ボーンズと盾だけに、沸騎士たちに?」

「そうだな。これなら魔界セブドラに持ち帰ることも可能だろう――」


 <血想槍>を意識しつつ――。

 ヘルメと手を繋いで降下。

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