七百三十二話 カットマギーの真実

 

 黒猫ロロさんの驚き顔。


 カットマギーの真剣な態度は予想外だったか。


「シュウヤ様の言葉には力があります。心に響きました……」

「ん、シュウヤらしい。素直で力強くて、不思議とハッとする」

「たしかに、うん。わたしたちに向けての言葉でもあるような気がする」

「はい……」


 皆の言葉は嬉しい。

 さて――カットマギーとビロユアンに視線を戻す。


 杖を片足代わりに立つカットマギー。

 片膝を床につけたままのビロユアン。


 二人を見つつ左手に神槍ガンジスを召喚。

 手の内の柄の握り位置をずらすように柄を滑らせて神槍ガンジスを短く持った。


 槍纓の蒼い毛が手の甲を撫でてくる。

 その槍纓を退かすように神槍ガンジスの穂先を二人に向けた瞬間――。


 神槍ガンジスに陽が射す。


 窓からの一条の光だ。

 温かい一条の光は黄金色の輝く鴉に変化したり一条の光に戻ったりを繰り返しつつ神槍ガンジスを照らし続けた。


 陽の光の魔力を得た双月の矛は煌めきを強める。

 方天画戟と似た矛、まさに、スピア・ザ・ガンジス。


 神々しい。


「――ん、綺麗!」

「ご主人様の胸元からも光が!」

「片手の闇の炎と白銀色と黄金色に輝く神槍って、神秘的」

「はい、シュウヤ様の行為を、太陽神様と光神ルロディス様も祝福しているのでしょう……あの神槍ガンジスで<補陀落ポータラカ>を放ったら……」


 キサラは恍惚的にうっとりしていた。

 確かにキサラの<補陀落ポータラカ>は強烈だ。

 俺はカットマギーとビロユアンを凝視。

 二人に向けて、


「二人の言葉に応えよう。因みに【天凛の月】に入会の儀式とかはないからな。二人の気持ちに対しての言葉だ」

「「はい」」


 二人は頭を垂れた。

 俺はスゥッと息を吸って吐くように、


「……いかなる時も天凜の魔剣師カットマギーと隻眼の空戦魔導師ビロユアン・ラソルダッカに居場所を与え、名誉を汚すような奉仕を求めることもせず、自由の精神と笑いの精神を大事にするとしよう――今の言葉を……この神槍ガンジスと――光神ルロディス様と水神アクレシス様と<ザイムの闇炎>に……そして、皆にも誓おう!!」

「「はい! ユア・マジェスティ――」」


 二人の言葉に呼応するように窓に向けた神槍ガンジスの穂先に光が集約すると、胸元の<光の授印>が反応を強めた。


 更に、神槍ガンジスが放つ輝きも強まる。

 <光の授印>と神槍ガンジスから出た輝く光は魔力粒子となってカットマギーとビロユアンへと降り注ぐ。


 その光は水飛沫を発してから神々のような淡い幻想世界を見せるとパッと消えた。

 神槍ガンジスの穂先を確認しつつ、その神槍ガンジスを消す。


『妾の魔力を吸った戦神たちも混ざっていたぞ』

『ラマドシュラー様と戦巫女イシュランか』

『ふむ。嫉妬を覚えるが、器の心は愛されておる。良きことじゃ』


『光の精霊ちゃんがいっぱい飛び回っています』


 ヘルメの精霊眼の効果か。

 俺にはサーモグラフィー効果としか機能しないが、常闇の水精霊ヘルメには俺たちには見えない世界が見えている。


 ある種の神眼と呼ぶべき能力なのかも知れない。


 <筆頭従者長選ばれし眷属>たちは、


「……素敵な光景ね」

「ん、神様たちがシュウヤたちを祝福しているように見えた」

「うん、戦巫女のような方も見えた」

「はい」

光と闇の運び手ダモアヌンブリンガー様……」

「ンン、にゃ~」

「ングゥィィ! ウマカッチャン」

「キュゥ」


 相棒とヒューイも皆の言葉に同意するように鳴いた。

 ハルホンクはなんでウマカッチャン?

 まぁ、ハルホンクらしいか。


 と、笑いながら右肩の竜の頭の金属防具を見ると、足下に来た黒猫ロロが体を大きくさせる。


 黒豹か黒虎に近い姿に変身。

 豹より大きいから黒虎か。


 その神獣ロロはカットマギーの周りを回る。


「黒虎にまで……神獣様、わ、わたしはもう仲間だよ?」

「にゃごぉ」


 神獣ロロは気合いを込めた声を返す。

 カットマギーは驚いて「ヒィッ」と可愛い悲鳴を発して背筋を伸ばす。

 神獣ロロはカットマギーの驚く仕種を見て、両耳をカラカル的にくるくるっと回す反応で応えた。


 可愛い耳の動かし方。

 相棒はそのまま楽し気に耳をくるくる回す。


「ンン――」


 喉声を発した。

 続いて両耳のリンクスティップ的な房毛を揺らしつつ――。

 カットマギーの無傷の片足に自らの胴体を寄せる。

 尻尾も絡ませつつ見上げていた。


 黒虎だが、カットマギーを見つめるお目目は可愛い。

 ゴロゴロという大きな喉音も可愛い。


 しかし、カットマギーは怯えたままだ。

 杖を握る手の震えが止まらない。


「ひゃ、わ、わたしは……」


 そう喋ると、杖ごと体が傾いて倒れ掛かった。

 カットマギーを支えようと前に出たが――。


 ロロディーヌが反応。

 黒虎の大柄な胴体でカットマギーの体を支えた。

 神獣ロロは触手で杖を拾って、その杖を咥えると――頭部を上下左右に動かした。

 咥えた杖の先っぽで、カットマギーの手を突いて杖を渡そうとしている。


 カットマギーは、


「あ、うん、は、はい、ありがとう……」


 震えた手で杖を掴んでいた。


「にゃ」


 神獣ロロは優しい。

 そんな神獣ロロはカットマギーの失った片腕に頭部を寄せた。

 カットマギーの肘回りの傷は回復しているが、元々の皮膚と腕の一部が削れて、皮膚も乾燥してひび割れが起きている。

 皮膚が捲れているところもあった。


 その皮膚が気になったか。

 優しい神獣ロロはその傷にも見えるぼろぼろな肘と腕の周囲をペロペロと舐める。

 前腕を失った肘の先端には<破邪霊樹ノ尾>の樹の塊があるが、そこに鼻先を付けて、匂いも嗅ぎ始めた。


 更に、カットマギーの失った片方の足にも頭部を向けると、


「ガルルゥ」


 と、レアな獣らしい声を発しつつ下腿の回りを舐めてから――。

 膝から下の足の代わりにある<破邪霊樹ノ尾>の樹の塊と膝周りの匂いを嗅ぎ出した。

 続いて、足回りと防護服の切れ端を毛繕いでもするように舐めていった。


「ンン」


 神獣ロロはカットマギーの足の確認を終えた。


 凜々しい黒虎バージョンのドヤ顔だ。

 すると、鼻の孔を拡げて窄めるのを繰り返した。


 更に、そのまま鼻を動かしつつカットマギーのお尻に頭部を向かわせた。


「あぅ――」


 カットマギーが変な声をあげた。

 神獣ロロさんは構わずカットマギーのお尻の臭いをふがふがと嗅いでいた。


 カットマギーは助けを求めるような表情を浮かべて、


「……ど、どうすれば……」

「ん、大丈夫」

「あはは、あの強かったカットマギーが! これからはカットマギーちゃんと呼ばないと!」

「「ふふ」」


 と、皆は笑って『大丈夫』と笑顔で応えている。


『お尻ちゃんチェックは重要です!』


 視界に浮かぶ幻影ヘルメだけは真剣だ。

 お尻教の教祖なだけはある。


 神獣ロロに尻の臭いを嗅がれ続けたカットマギーの表情と仕種が面白い。


 たぶん、カットマギーには人生初の経験だろう。


 神獣ロロはお尻の匂いを嗅ぐことに満足したのか「ンンン――」と喉声を鳴らしつつカットマギーのお尻辺りをポンと叩くと、肉球パンチを繰り出した。


 そして、カットマギーの周囲をまた一周。


「にゃお~」


 鳴きながら俺の足下に戻ってきた。

 頭部を膝に衝突させる。

 魔造虎の黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミを出したくなったが、


「相棒なりにカットマギーを調べたんだな?」


 と、聞くと神獣ロロは頭部を上向かせた。

 口先が尖った印象を受ける。


 狼が遠吠えを行うようなポーズで、


「にゃごぉぉ~」


 と、気合いのある返事を寄越した。 

 そんな凜々しさ溢れる相棒の鼻をよく見たら……。


 鼻先に魔力が集結。

 鼻から極めて小さい魔力粒子が放出されていた。


 形は燕の炎?

 しかも、鼻息の音が燕の鳴き声?

 ……そう言えば、戦巫女イシュランは燕の鳴き声を口笛で表現していたが……。


 すると、視界に小さいヘルメが出現。

 ヘルメは指を相棒の鼻に向ける。


『――神獣ロロ様の新しい能力は戦神様の影響を受けている? 魔塔エセルハードでの戦いでも進化した能力の一端を見せていたようですが』

『たぶん、戦神ラマドシュラー様か戦巫女イシュランの効果だろう』

『閣下と神獣ロロ様は<神獣止水・翔>でも繋がっています。そして、前身のローゼス様の魂と、閣下の魂の一部と血肉を代償にしてロロディーヌ様は誕生された。ですから、閣下の経験が神獣ロロ様の経験にも繋がる?』

『たぶんな。共有していることは多い。戦神ラマドシュラー様の効果かも知れない。俺は戦神様たちとも相性がいいとか』


 だとしたら、聖槍ラマドシュラーをもっと使うべきかな。

 そして、<戦神ノ武功>は覚えることができなかったが……。


『槍天は背、刀背は天……天は戦神! <戦神ノ武功>――』。


 と、戦巫女イシュランの<魔謳>的な謳を思い出す。  


 戦神様と戦巫女と合体したことを思い出していると……。


 神獣ロロは俺の足に頭部を寄せた。

 甘えてくるから、相棒の頭部を手の内で撫でた。


 片耳を引っ張りつつ――。

 親指で、耳の短い黒色の房毛と桃色の皮膚の感触を楽しむ。


 すると、


『耳が可愛い神獣もカットマギーを認めたならば、妾も認めるとしよう』


 <神剣・三叉法具サラテン>の沙が思念を寄越した。

 カットマギーを倒したのは<神剣・三叉法具サラテン>たちだからな。


『おう』


 と、沙に思念を送ってから、皆を見て、


「ということで、昨日まで敵だった二人だが、今日から【天凛の月】の新しい仲間となった。皆、よろしくな」

「うん。闇社会ではよくあること」

「猫好きな空戦魔導師と天凛の魔剣師の誕生!」


 レベッカが元気よく喋りつつ拳を天に突き出す。

 拳には蒼炎が灯っていた。


 ガドリセスの鞘に手を当てていたヴィーネは頷く。

 体に薄らと赤い魔力を纏うと、


「二人の加入は【天凜の月】のセナアプア支部にとって大きい。【魔塔アッセルバインド】と【白鯨の血長耳】との連携も容易になりましょう」


 と発言。

 エヴァも頷いて、


「ん、下界の先生たちがいるペレランドラ組も【天凛の月】に編入する予定」

「ナミさんの【夢取りタンモール】とリツさんの【髪結い床・幽銀門】との同盟予定ですね」


 キサラがそう告げると、ユイが、


「ペレランドラの友の方々ね。血文字での報告を聞く限り、【夢取りタンモール】と【髪結い床・幽銀門】の組織から、【天凛の月】に編入したいって聞いているけど」

「ペレランドラたちも、そんなことを語っていたが……リツさんとナミさんの組織の都合もあるはず。そして、ペレランドラたちの倉庫街の所用が終わり次第ってところだろう。あと、ペレランドラの処女刃の儀式もしないとな」


 ユイたちは頷いた。


 ヴィーネは「はい」と告げると、秘書らしい仕種で壁際に向かう。

 歩いた先には小さい車輪が付いたスタンドがあった。


 ヴィーネは、そのスタンドを俺たちの前に運んできた。 

 そのスタンドには塔烈中立都市セナアプアを中心とした南マハハイム地方の地図が貼られてある。


 闇ギルドの縄張りが細かく記された付箋が貼ってあった。

 【天凛の月】が手に入れた浮遊岩にも大きな付箋が付いている。


 俺たちの専用浮遊岩は【繁華街エセル】の右のほうか。


 その地図に手を当てたヴィーネ。

 皆に向けて、


「塔烈中立都市セナアプアは三カ国に囲まれた三角州。同時に西ハイム川と東ハイム川を結ぶ重要な中継地点。ここの拠点が拡充されれば東と西を行き交う副長メルの仕事もやりやすくなる」

「そうね。黒猫号と魔導船の銀船にカーフレイヤー。もう船団規模だし」

「ん、ミスティが黒猫号の改造に挑戦したとか前に血文字で聞いた」

「あぁ、言ってたな。船長と喧嘩したとか」

「うん」

「戦争状態が続く古都市ムサカにも近い。そして、【闇の八巨星】の【テーバロンテの償い】に【狂言教】が絡む城塞都市レフハーゲンにも比較的近い距離にある」


 ヴィーネの言葉に頷いた。

 上界下界と魔塔に浮遊岩かと考えたところで、アキエ・エニグマからもらった魔塔ゲルハットがあったことを思い出す。


「魔塔ゲルハットも見ないとな」

「あ! そうよ うん!」

「はい。どんな魔塔か、楽しみですね」


 ヴィーネも期待している。

 特にレベッカは鼻息が荒い。


「うふふ」

「嬉しそうだな」

「当たり前よ! シュウヤやん!」


 はは、俺に〝やん〟がついた。


「ん、買い物の前に魔塔を探す? あ、アキエ・エニグマさんに魔塔ゲルハットの場所を聞くの忘れてた」

「上界のエセル大広場なら道案内を行うガイドさんがいるから大丈夫。わたしも魔塔エセルハードの位置を知っていたように、それなりにエセル大広場の美味しい店を探すために調べたから。そして、そして、魔塔エセルハードの建物を実際に見ているからね! 魔塔ゲルハットが余計に楽しみなんだけど! 屋上にペントハウスとかあるのかなぁ。魔塔エセルハードのガーデンの縁にあったような動く階段とかが備わっているのかな? 期待度が高まるわぁ……内装も楽しみ! どんなお宝的なアイテムが貯蔵されているんだろう……ぐふふ~ん」


 お宝センサーを発動させたレベッカさん。

 鼻血を出す勢いだ。

 レベッカはエヴァの耳にキスのような勢いで顔を寄せる。

 エヴァは耳がくすぐったいのか。


「ん――」


 と声を出して体を震わせてから、


「ん、レベッカいい匂い! じゃなくて、楽しみなのは分かるけど、首がくすぐったい~」

「いいじゃない、エヴァも楽しみでしょ~、気にしない~」

「ふふ、そうだけど~」

「もう! 可愛いんだから!」

「あぅ――」


 とエヴァとレベッカが怪しいことをおっぱじめる。


「キュゥ~」


 まったく、ヒューイ・ケシカランだ。

 そのエヴァは自身の体に注目を受けていることに気付くと、自分の胸を両手で隠す素振りをしながら、


「……新しい魔塔ゲルハットは楽しみ。でも、今はシュウヤを呼ぶ魔人さんが待つ浮遊岩の事件を優先。そして、カットマギーの手足を治してあげたい。あと、猫ちゃん好きのビロユアンの加入はわたしも嬉しい。魔猫たちが見たい!」


 俺もだ。

 と、ビロユアンはお辞儀をした。


「ありがとうございます、エヴァ様……」


 と、隻眼を活かすようなイケメン紳士の態度を貫く。

 レベッカも数回頷いて、


「隻眼のビロユアンさんは空戦の専門家。でもまずはルシュパッド魔法学院のことを聞きたいかも」


 レベッカはペルネーテのロンベルジュ魔法学院の卒業者。

 当然気になるか。

 七不思議とかあるんだろうか。

 俺もセンティアの手が繋がる魔法学院には少し興味がある。


「当然同じ気持ちだけど、シュウヤ、そっちの片腕が再生しかかっている怪しい男は誰かしら……装備の質も魔機械が多い。他の二人とは違う」


 ユイがカボルのことを指摘。

 俺は光学迷彩の機能を持つマントを凝視しながら、


「そいつは魔力豪商オプティマスの部下のカボル。魔塔エセルハードの戦いが終結したあと、絡んできた」

「戦いのあとに絡む?」

「そうだ。戦いのあとガルファさんやマコトががいるペントハウスに戻る最中に、ハルホンクが、敵味方の死体が持っていたアイテム類に反応した。それで、ハルホンクにアイテムを食べさせるかと……死体が積み重なった場所に向かった。そして、死体をどかしてのアイテムの物色中に、綺麗な女性の死体が握りしめていた魔力袋を回収した。そうしたら……右の空間が突如揺らいだんだ。で、揺らいだ空間から腕が延びてきた。その腕は回収したばかりの魔力袋を狙ってきた」

「だからカボルは片腕に傷を負ったのね」

「そうだ。カボルの腕を血魔剣で派手に斬った。で、その光学迷彩の機能を備えたマントを着るカボルは逃げたが、直ぐに捕まえて尋問を行なった。カボルの目的は、魔法袋の中身の一つ。聖櫃アークの飛行船か飛行艇の鍵であるカードだった。そのカードをカボルに返す代わりに、カボルに命令を出した魔力豪商オプティマスに会わせてもらう約束を取り付けたんだ」

「そういうことね。魔力豪商オプティマス。最近小耳に挟んだ名よ……ここで絡んでくるなんて」


 ユイはそう発言すると、カボルを睨む。


「魔力豪商オプティマスの名は知りませんでした」

「ん、わたしも知らなかった」


 ユイ以外は知らないようだ。

 ヴィーネが知らないんじゃ、裏で暗躍するフィクサー系?

 クナのような存在か?


「魔力豪商オプティマスは聖櫃アークを集めることが可能な優れた組織を持つ大富豪。が、有名な存在ではないのか」

「うん。魔力豪商オプティマスが持つ【大商会トマホーク】の代表も別人。オプティマスは裏で暗躍することが多いけど、セナアプアの豪商五指に入る存在とも聞いた。その【大商会トマホーク】も不思議と海運の船が異常に少ないの。倉庫街もあまり利用していないようだし、メルも知らなかった」

「飛空挺か飛行船を利用しているのかな。それか特殊な転移陣が主力か。カボルは光学迷彩の機能を有した装備を持つから、人員は皆隠れて活動しているから知らない者が多い?」

「たぶんね」


 ユイはそう言うと、エヴァに視線を向ける。


「エヴァ、またお願いできる?」

「ん、任せて」


 エヴァはカボルの腕に触れた。

 カボルは『またか』と溜め息を吐くと心が読まれることを覚悟したような面を浮かべた。


 ユイはエヴァとアイコンタクト。

 エヴァは「ん」と頷いた。


 ユイはカボルを凝視しつつ、


「カボルの目的は飛行船の鍵の回収が目的と聞いたけど、シュウヤを襲って勝てる自信があったの?」

「ない。が、素早さに自信があった。が、槍使いは尋常ではない速度と反応速度、そして、鎖の技を使ってきた……俺の認識が甘かった。そして、回収するべき高級なアイテムはそこら中に転がっていたが、まさかピンポイントで聖櫃アークを狙うとは思わなかったんだ……焦っていた」


 カボルの言葉にエヴァは頷いて、


「ん、本心」


 ユイは頷いた。


「うん、シュウヤは冒険者依頼の仕事以外では無頓着なことが多いからね。信じる……それでカボルの所属するの商会は【大商会トマホーク】で当たり?」

「そうだ」

「ん、本心」


 エヴァが嘘発見機となった。


「レフハーゲンの豪商五指の【不滅タークマリア】と仲が良かった・・・・・・はず……よね?」

「そ、そうだ」

「ん、嘘が半分。商売だけの関係らしい。裏では争い合うライバル組織でもある。古都市ムサカの運び屋たちが戦争で多数死んだから互いに利用し合っているだけらしい。利益に繋がるから仲が良いと思われるだけだ。と、カボルは考えている」

「その通りだ……」


 カボルは怯えながらエヴァを見る。


「そこから推測すると……死んでいた女性は【不滅タークマリア】の幹部か裏切り者? またはオプティマスの聖櫃アークを盗んだフリーランスの強者とか?」

「その両方だ。【不滅タークマリア】の幹部でありながら、【御九星集団】など、あちこちの組織と通じていた。名はクマコリ。まさか死ぬとは思わなかったが、【血長耳】の幹部も【天凛の月】も【血長耳】の同盟グループも皆が強者だったってことだろう」

「ん、本心……ユイの推理を本気で褒めている。同時に、わたしとユイを怖がっている」


 エヴァの言葉を聞いたユイは微笑む。

 優しい表情だが<ベイカラの瞳>は維持したままだ。

 美人さんで笑顔のユイだから怖さはない。


 が、視線を鋭くさせた。

 ユイは一気に怖さが増す。


「褒めてくれるのは嬉しい。けど、心を読まれているからといって、エヴァを怖がるなんて理解できないわ。とても優しいのに」


 ユイはそう言いながらカボルを凝視。

 カボルの体を赤く縁取ったらしい。

 これでカボルが逃げても、ユイなら確実に追える。


 ユイはビビるカボルから視線を外してエヴァを見て、


「カボルの件は理解した。エヴァ、離れていい。ありがと」

「ん」


 エヴァはカボルから離れた。


 ユイとエヴァは笑みを交わす。

 すると、大人しくしていた荒鷹ヒューイが、


「キュ」


 と鳴いた。

 ヒューイは、魔導車椅子の取っ手と繋がる金属の足場にいる。

 ユイは微笑んでから、


「ヒューイちゃんも、皆を助けてくれたのね、ありがと」

「キュゥ」


 梟のように翼を少し広げたヒューイ。

 麻呂っている眉毛を輝かせていた。


 ユイは笑顔のまま俺に視線を戻し、


「それで、カットマギーの手足の治療は黒髪の錬金術師に頼むの?」

「その予定だ。魔塔エセルハードで連絡手段を聞けば良かった」

「ん、血長耳の兵士たちの治療中だったし仕方ない」

「そうよ。ムサカの戦地以上に過酷な状況だったし、血長耳と闇ギルドの助っ人に評議員たち、皆が殺気立っていた……わたしも……」


 レベッカは最後に言葉を濁す。

 現場で命の奪い合いをしていたんだ。

 レベッカの感情の揺れは当然だろう。


 むしろ強いほうだ。


 一種の種族特性だが、光魔ルシヴァルは光と闇に強い影響を受けやすい。


「評議員の一部には、降伏した敵兵士に対して詰め寄って罵っている方もいました」

「はい、正直、良い気分ではなかったです」

「たしかに、わたしもあの時はいやな気分になった。しかし、評議員たちは戦えない者ばかりで回りは敵だらけの状況。心を乱すのは当然とも言える」


 ヴィーネとキサラはそう語ると頷き合う。

 俺も頷いてから、


「近くにガルファさんとメリチェグにアキエ・エニグマが控えていたとしても、自ら頼りにしているボディーガードと同程度の強さを持つ空戦魔導師と空魔法士隊の隊長クラスに闇ギルドの強者と凄腕の暗殺者たちの襲来だ。さらに血長耳の兵士たちが死んでいくのを見れば不安に思うのは当然だろう。だからこその、俺たちへの拍手喝采でもあった」

「はい、安堵と労いの心は嬉しかった」


 そう話す紫色の唇が綺麗なヴィーネの表情を見ながら、


「で、カットマギーの手足の件だが、まずは黒髪の錬金術師マコトに血長耳経由で頼んでみるつもりだ。今すぐ魔塔エセルハードに向かえばマコトはまだ居るかも知れない。が、先に魔人ソルフェナトスに会いに向かう」

「うん。魔人の件は分かってる。でも、手足の治療ってだけなら光魔ルシヴァルの眷属となったほうが、手っ取り早い?」


 レベッカがそう聞いてきた。

 すると、ヴィーネが、


「光魔ルシヴァルの種族としての力で、手足は再生するのでしょうか」

「手足は再生するとは思う。が、どうだろう。欠損状態からの眷属化はないからな」


 ……そう考えながらカットマギーを見る。

 カットマギーの双眸が揺れた。


「その眷属ってのは、光魔ルシヴァルという種族の?」


 そう聞いてきた。

 ビロユアンとカボルも興味深そうに俺たちを見比べる。


 光魔ルシヴァルの情報についての、ペレランドラの警告が脳裏を掠める。

 ヴィーネは俺の思考を読んだように、


「ご主人様、情報を出しても損はないかと」

「そうだな」


 カボルに情報を与えることで、カボルの上司の魔力豪商オプティマスに、俺たちは敵対する意志がないことを暗に示すとしようか。カボル自身に通じるかは分からないが、魔力豪商オプティマスが怜悧な思考を持つなら、俺の意図に気付くだろう。


 その考えの下、


「そうだ。俺はヴァンパイア系でありつつ光属性もある光魔ルシヴァルの宗主。<筆頭従者長選ばれし眷属>と<従者長>という眷属たちを作ることが可能」


 カットマギーは『え?』と俺の言葉を聞いて驚いたような顔色を浮かべた。

 茶色の瞳も揺れている。


 カットマギーは、


「こんなわたしを……【天凛の月】の仲間に加えるだけでなく、そんな大層な血脈を持つ一族の末端に加えてくれるつもりなのか……」


 カットマギーは片方の目から涙をこぼす。


「おう。しかし、先も述べたが、欠損した者を眷属化したことはない。だから光魔ルシヴァルの眷属となって手足が本当に再生するのかは不明。だから聖花の透水珠のような神聖回復薬エリクサーを手に入れて使うか、先ほども言ったように凄腕の錬金術師に新しい手足を造ってもらうか……俺としては錬金術師を推す」

「わたしもそのほうがいいと思います」


 ヴィーネの言葉に頷いてから、


「両手に出した異質な炎。あの錬金術は調合以外に戦いにも使えるはず……そして、血長耳の傷ついた兵士たちの治療は見事だった。乱剣のキューレルに片腕を移植したように黒髪の錬金術師マコト・トミオカの能力は本物だろう。だからカットマギーも、強力な手足の移植を受けてから光魔ルシヴァルの眷属化を行ったほうが、色々とお得かも知れないってことだ」


 カットマギーは杖に寄りかかりながら、


「……ペントハウスにいたあの黒髪の錬金術師か……しかし、盟主……」


 カットマギーの表情は恥ずかしそう。

 頬と首の周囲が斑に朱へと染まる。


「なんだ?」

「……弓折れ矢尽きたわたしのことを、深く考えてくれているんだねぇ。虚虚実実でもなく、武威も屈する能わずの精神だったが……まったくだよ……逆に温かい心で、わたしの心は溶かされた……同時に、わたしにもまだこんな心と熱情が残っていたことに気付かせてくれるなんて……改めて優しき盟主のために、この命を捧げると誓う……」


 カットマギーはまた涙を流しつつ頭を下げてくる。


「いいさ」


 頭を上げたカットマギーは俺を見つめてくる。

 熱が籠もった視線だ。


 笑顔で応えた。

 カットマギーは照れたように、はにかむ。


 いい笑顔だ。


 少し前まで命の奪い合いをしていた存在とは思えない。


 ユイ以外も感慨深げだ。

 ユイは闇の仕事を繰り返していたから、こういった状況は何回も見たことがあるんだろう。


 と考えてから……改めてカットマギーを凝視。

 男だと思っていたからあまり意識していなかったが……。


 カットマギーの顔は美形なほうかな。


 しかし、額と鼻に傷がある。

 顎と片耳は少し削れていた。

 顎の削れは、あまり目立たないが……。

 ソレグレン派の吸血鬼としての俺の眷属のキースと少し似た印象だ。


 そのカットマギーは俺の視線を受け続けて照れたのか、視線を泳がせる。


 女性らしい仕種で可愛い。

 すると、


「主! わらわらと味方! ふえた!」


 野太くて面白いタルナタムの声が外から響いてきた。


「え? 見知らぬ大きい魔声?」


 ユイの発言だ。

 外からの声に疑問顔を作っていた。


 そのユイに、


「今の外の大きな声はタルナタムって名の存在の声だ。元は狂眼タルナタム。魔界セブドラの神格落ちしたが神だった狂剣タークマリア様の眷属だった」


 ユイは驚く。


「魔界セブドラの神の眷属……」

「おう。で、俺がゴドローン・シャックルズを狂眼タルナタムに用いつつ<ザイムの闇炎>も使って、そのタルナタムの奪取に成功したんだ」

「へぇ、飄々と語っているけど……神の眷属の奪取って凄すぎる。しかも<導想魔手>を使ったテクニカルな空中戦闘中に、ゴドローン・シャックルズを用いたんでしょ?」

「そうだ。三百六十度の空中戦闘は千日手となるから大変だったが……なんとかな」

「もう! 一々カッコいいんだから。でも、そんな華麗に空中戦を熟すシュウヤを敵が見たら、空戦魔導師とか大魔術師に思われるのも無理はないわね」


 ユイの言葉には熱が籠もっていた。

 興奮したような表情のユイは<ベイカラの瞳>を解除――。


 すると、キサラが、


「はい、見事な空中戦。シュウヤ様と<神剣・三叉法具サラテン>様の連携攻撃がカットマギーに決まったんです」

「にゃお~」

「そこから<破邪霊樹ノ尾>を用いて拘束か。タルナタムの奪取は<脳魔脊髄革命>があるシュウヤだからこそね」


 すると、<武装魔霊・紅玉環>のアドゥムブラリの単眼球が膨れる。


「グハハ、ユイちゃんよ! 俺様が主に助言した効果でもある!!」

「アドゥムブラリの言葉は本当だ。狂眼タルナタムの内部にあった魔狂源言ノ勾玉を奪った際に<ザイムの闇炎>を使用した。闇の炎が燃える片腕で、貫手技<死の心臓>を使ったんだ」


 と、<ザイムの闇炎>が燃えている右腕をユイに向けて出す。

 ユイは頬を朱色に染めて俺の姿を凝視。


「ふふ。闇の炎もカッコいい……同時に不思議と魅了される……狂言の魔剣師があっさりとシュウヤに恭順した理由の一つ」


 俺はユイの言葉に頷く。

 すると、カットマギーは、


「そうさ。聖なる闇の炎を持つシュウヤ様のお陰……」

「カットマギー。個人的な尊敬は受け留める。が、シュウヤでいい」


 笑顔を向けるとカットマギーも微笑む。


「忠誠を誓ったんだがねぇ。ふふ、ま、磊落な盟主様か……または盟主と呼ぶとしよう」

「おう」


 笑顔のカットマギーは真面目な面を作るとユイに視線を向けて、


「ユイさん。説明すると……このノンシャランスで磊落な偉大な盟主様が、わたしが狂言教の十三長老になるしかなかった宿命を取り除いてくれたんだ」


 そう語る。

 ユイは視線を斜め上にあげつつ、


「宿命……シジマ街の界隈で狂言教の名は聞いた覚えがあるけど、詳しくは知らないわ」

「ん、狂言教。ペルネーテでもナイトレイ領のハームの町でも聞いたことがない」


 ナイトレイ領か。

 エヴァの故郷。【葉脈墳墓】がある地域だったな。

 アキレス師匠たちと一緒にレフテン王国かサーマリア王国の周辺を旅していたクレインなら狂言教の名は知っているかもな。


 キサラも、


「【血骨仙女】、【血印の使徒】、【闇教団ハデス】、【セブドラ信仰】の類いでしょうか。黒魔女教団の総本山の周囲や犀湖都市では聞いたことがなかったです」


 狂言教はゴルディクス大砂漠にはいないようだ。

 狂剣タークマリア様の信奉者が多いのはサーマリア王国近辺ってことか。


「その狂言教のことを教えてくれるかしら。そして、なぜ、【血長耳】たちを襲う魔塔エセルハードを攻める側に加わったかも」

「はい。【狂言教】は、【八巨星】グループの【テーバロンテの償い】たちと同様に今後の敵になることは必定」


 皆、ユイとヴィーネの言葉に頷いた。

 ガルファさんも気になっていたことだ。


 ……カットマギーは静かに頷く。


「ネドー側に男と偽装しながら潜伏して魔塔エセルハードを攻めた理由は、エセル界の聖杯だよ。聖杯は魔塔エセルハードの源と聞いた。魔神具にもなる代物と聞く。狂言教の長老会議で、その聖杯を奪うことが決定した。で、都合のいいわたしが尖兵となった。【血長耳】側についた連中を倒した理由は、強者たちの魂がわたしには必要だったこともある……」

「強者たちの魂が必要とは、贄か? それが殺し屋として生きる理由か?」

「そうよ……」

「過去を聞かせてくれるか?」

「……つまらないよ」

「聞かせてくれ」


 皆も頷く。

 カットマギーは溜め息を吐くと……頷いた。


「……今のわたしからは想像できないと思うが、当時のわたしは、サーマリア王国を旅する武芸者の一人だった」

「へぇ」

「サーマリア王国出身?」

「そうよ。レフハーゲンの南東のクレナフの峡谷にある小さい街に旅をした。そこで、亡霊大剣豪と狂言教が行う生贄の儀式と関連した魔力のある割り札と魔導札の籤を巡る事件に介入した時から……わたしの人生が狂った。その亡霊大剣豪は〝チキチキバンバン〟と言いながら、部下を引き連れて、籤の金目当てに集まった亡者たちを表裏問わず殺しまくる存在だった。わたしは酒場、寺院、盗賊ギルドを利用して……その亡霊大剣豪の痕跡を辿り無数の部下を倒して、亡霊大剣豪を追い詰めて戦った。内実は腕の立つ魔剣師だった。亡霊大剣豪は、最後に狂眼タルナタムを使ったが、その亡霊大剣豪を倒すことに成功した。同時に、魔力のある割り札と魔導札の籤を使った詐欺を行いつつ裏で生贄の儀式を繰り返していた狂言教の連中と儀式を破壊してやった……そうして無事に難事件を解決したと思ったが……宿屋で寝ている時に狂言教の十二長老の一人のチョウカクの能力<霊夢動馬>に捕まった……気付いたら、数日後の深夜……レフハーゲンの南東にある狂言教の秘境【狂剣賢山】の巨大焙烙ほうろくの底に、わたしはいた……」


 狂言教の十二長老のチョウカクは強者か。


「しかし、巨大焙烙?」

「そうだ。巨大な土鍋と言えばいいか。巨大な洞穴、処刑場でありながら魔神具でもある」


 土鍋……。

 カットマギーの表情と言葉から、えげつない感が伝わってくる。


「……絶望的な状況よ。倒れた者は顔や体に火傷を負って悲鳴をあげてのたうち回る。足下は燻されたような状況だった……周りは、わたしと同じような武芸者、冒険者、魔法ギルドの者、優秀そうな連中ばかりだった。そして、巨大焙烙の頂上にある銅の椅子に座る十二長老たちの愉悦に満ちた顔は、今でも忘れない……そこで、長老の一人のサイカクが、『オマエタチ、イキノコリタカッタラ、タガイノ、イノチヲ、ウバイアエ――』と、蛆虫のような蟲が形成している気色悪い口を動かして叫んだのさ」

「死のサバイバルか」

「そう。最初は皆戦わなかった。しかし、痺れを切らした十二長老の何人かが宙を飛翔しながらわたしたちを攻撃してきた――」


『タタカエ、タタカエ、狂言教、チキチキ、鳴ラシテ、バンバンッテネェ――』


 更に、


『生き延びたかったら狂ったように戦え』


 と、


『チキチキバンバンと叫ぶように戦え』


 と……叫んで、更に、


『殺した者たちには褒美を与えよう』


 と……そんな狂った儀式が始まった。

 その狂った儀式は、狂剣タークマリア様へと魂を捧げる〝狂剣の贄〟の儀式だったとあとから知った。


 一人、二人、戦いを始める。

 と、なし崩し的に戦いが始まった。

 狂ったような戦いは激しさを増した。

 わたしも襲われたさ……。

 戦うしかなかった……。

 死体が増え続けて死屍累々たる惨状となった。


 そして生贄として戦う者たちが少なくなった時。

 十二長老たちは無数の魂を糧に狂眼タルナタムを召喚。

 その狂眼タルナタムを使い……苦労して生き残った者たちをも殺しまくった。わたしも襲われた……。


 狂眼タルナタムの魔剣が……。

 わたしの心臓か肺に突き刺さった。

 激しい痛みだった。


 これで死ぬ……楽になれると思ったところで記憶はない。


 気付いたら、星空。

 巨大な焙烙の真上に浮かんでいた。


 背中に何かが突き刺さる感覚を受ける。

 声だ、不気味な呪文の声が連続して背中を突き抜け皮膚を焦がす。

 下の強大な焙烙から聞こえる十二長老たちの不気味な嗤い声が、わたしの体を揺らして汚す……更に長老たちは何か強力な魔法を発動。


 それは狂眼タルナタムとの誓約の儀式だった。

 背中に強い衝撃を受けた瞬間――。


 狂眼タルナタムが、わたしの体に、魂に刻まれたと分かった。


 そして、狂眼タルナタムが持つ〝魔狂源言ノ勾玉〟と〝狂怒ノ霊魔炎〟がわたしの心と繋がったことも認識。


 わたしは狂うように叫んでいた。

 同時に魂を欲するようになった。


 そう、わたしは本心から狂言教に染まった。

 長老たちは、


『『お前は狂言教の十三番目の長老だ。狂剣タークマリア様に選ばれた眷属であるのと同じこと。嬉しいだろう! そして、狂眼タルナタム様はお前を守り武器となる。同時に無数の魂を、狂言教と狂剣タークマリア様に捧げなければならない!』』


 そんな長老たちの念話が、わたしの心を更に汚染した。


「同時に<狂魔眼>、<闘狂言術>、<三味世斬り>などを獲得した。凄まじい強さを得た……更にチキチキバンバンという言葉が自然と口から漏れていた……そうして、無数の魂を欲するまま行動するようになった。そこから狂言の魔剣師という渾名がついた。これが狂言教の十三長老の一人になった理由よ……」


 言葉を失う。

 皆、カットマギーの言葉を聞いて息を飲んだ。

 そのカットマギーは微笑んだ。

 傷だらけの上半身の一部を見せて、


「……この傷だらけの体を見てよ。こんなわたしを……狂うしかなかったわたしを、穢れた魂を、救ってくれたのが……槍使いなのさ……」


 カットマギーはまた泣いていた。

 泣きながら、


「偉大な盟主なのよ……狂眼タルナタムとわたしの魂の間にあった魔界の神が介在している因果律をねじ曲げて、宿命的な契約を取り除いてくれた……だから、強い感謝しかない――」


 カットマギーは無事な片手で地面を突きながら強く泣いた。


 俺は涙が流れるまま自然と動いた。

 カットマギーの片手を取り、「いいんだ。よく生き続けてきた……これからは天凛の魔剣師なんだ。もう泣くな……」と告げるが、俺は涙が止まらない。


 皆も涙ぐむ。


「はは、盟主が泣いてどうするんだい」

「そうだな」

「が、鬼神な強さを誇る優しき虎は嫌いじゃないよ……」


 と、頬にカットマギーからキスされた。

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