七百三十一話 猫好き空戦魔導師と狂言の魔剣師

 

 ガーデンを走った相棒――。

 傾斜した箇所に立つ彫像に跳躍。

 その彫像を蹴ってさらに跳んだ。


 背中から出した無数の触手を孔雀の羽のように広げた。

 その触手が皆に向かう。


「ンン――」


 喉を鳴らした相棒。

 黒豹のまま姿を大きくさせた。

 触手に絡めた皆を後頭部と背中に一瞬で乗せる。


 と、胴体の横から大きな翼を出した。


「「おぉぉぉ」」

「「巨大な黒豹になった!!」」

「「黒き神獣様だぁ」」


 血長耳の兵士たちの歓声だ。


「ンンン――」


 相棒も野太い喉音を響かせて応えていた。

 長い尻尾を真上に立てて、見事な肛門さんを皆に見せびらかす。


「「おおおお」」

「巨大な肛門だ!!」

「神獣様の尻尾は長い!!!」


 皆、興奮状態。

 俺は少し恥ずかしい。

 

「ん、ロロちゃんカッコいい~」

「出発~! 旭日が気持ちいい~」

「右手の方角に、空魔法士隊と空戦魔導師、左手に三人の強力な魔素を持つ存在も!」

「ん、日和見の評議員の勢力に、【魔術総武会】の大魔術師!」

「え? まさか吸血鬼集団とかはいないでしょうね」

「――今、太陽から鳥の形の魔力が!」

「鴉とか……あ、黄金の鴉だとしたら、太陽神ルメルカンド様と光神ルロディス様が、わたしたちを祝福してくれたのかも」


 皆が指摘した者たちは……。

 魔塔エセルハードで起きた戦いの成り行きを窺っていた勢力だろう。ここにいない評議員の配下の空魔法士隊と空戦魔導師。

 そしてここは【魔術総武会】の縄張りが強い。

 アキエ・エニグマとシオン以外の大魔術師、賢者などか。


 さすがにヴァンパイア集団や魔族って感じの敵はセナアプアに飛来してこないはず……。

 そして、キサラとレベッカは太陽神ルメルカンド様か不明な幻影を見たようだ。


 二人とも<筆頭従者長選ばれし眷属>で成長が続いているからな。

 神々の幻影も見やすくなったか。


 そう思考すると、巨大な相棒が――頭部を勢い良く下げる。

 俺の近くに顔を寄せてきた。


 風が発生。


 前髪が後部にもっていかれた。

 横に佇むヘルメも風の影響を受けて体から水飛沫が飛ぶ。


 魔法の衣が消えた。

 群青色の水着的な衣装が露わだ。


 おっぱいが見事に揺れている。

 魅力的なヘルメを鑑賞しつつ、


「ヘルメ、左目に戻っていいぞ」

「はい――」


 ヘルメを左目に格納。


 神獣ロロディーヌはジッとヘルメが俺の左目に入る様子を見ていた。

 その相棒の双眸を見る。

 神獣ロロディーヌは瞼をゆっくりと閉じて開くといった親愛のコミュニケーションを取った。

 俺も笑みを意識しながら瞼を閉じて開く。


 そうしてから、『ネバーエンディングストーリー』に登場しそうな後頭部に跳躍――。


 足をふさふさの黒毛の後頭部に付けたところで――。

 相棒の触手手綱を片手で掴み、少し手綱を引っ張る。

 巨大な相棒は頭部を上向かせると、魔塔エセルハードから飛び立った。


「にゃごぉぉぉ」


 怒ったようなニュアンスで加速する。

 ニューヨークのセントラルパーク的なエセル大広場を突き進む――。


 直ぐに、そのセントラルパークの壁のような魔塔の列が一瞬で過ぎ去った。

 街路樹の真上を飛翔する相棒――。

 その姿を見た真下の通りを行き交う人々から歓声が響いた。


 丁度いい向かい風が体を撫でる。

 気持ちいい風だ。


「――ん、ロロちゃん楽しそう~」

「にゃおぉ~」


 あはは、楽しそうな声の相棒だ。

 相棒はエヴァに返事をするように頭部を上下させた。


 後頭部にいた皆は揺れに揺れた。

 エヴァは俺の手をギュッと握る。

 そのエヴァは片手で頭部の髪の毛を押さえつつ笑顔を寄越してくれた。


 仕種が可憐だ。

 すると、急上昇した相棒――。


「わっ」


 とエヴァも驚く機動だ。

 上昇した相棒だったが、飛行機のコンコルド的に頭部の先端を鋭く尖らせると、一気に急降下――。


 浮遊岩と浮遊岩の間を突き抜ける。

 上界の大通りを行き交う人々の間を通り抜けるようにスレスレを低空飛行――。


 アトラクション的な機動で面白い。

 マンホールとクリスマスを祝うような飾りが目立つ樹木が並ぶ街道を突き抜ける。


 樹木が震動を起こして、その風の影響に通りを行き交う人々が驚くが、被害は出ていない――。

 と、また上昇した相棒は体を傾けた。


 魔塔カンビアッソなどの角を曲がる。

 闘技場が多い場所の上空を通り抜けた。


 眼下に広がる江戸風の街並み。


 神獣ロロディーヌは、その真上を飛翔。


 ――加速が気持ちいい。


 リツさんが教えてくれた七草ハピオン通り、天狼一刀塔、帰命頂礼通り、荒神アズラ通りなどを一瞬で通り過ぎた。


 ――列車的な浮遊岩が並ぶところに出た。

 キサラとレベッカは相棒の横顔でも見るように下の街を覗く。


 そんな二人の周囲にユイとカルードの血文字が浮かんでいた。

 連絡中か。

 俺も短く『今、向かってる』と、血文字を送る。


 ――蒸気を発する巨大な壺がある浮遊岩を過ぎ去る。


 赤茶色の折れた魔塔が並ぶ一角も越えて、闘技場がある通りに出た――。


 空気が変わった。

 折れた小さい魔塔があちこちに並ぶ。 

 不思議ドワーフと気になる子供がいた場所。


 相棒は『エセル繁華街』が見えたところで、急激に速度を落とした。


 不思議とGはない。


 しかし、ヴィーネは巨大な相棒の耳にしがみついていた。


 相棒は、そのせいで片耳が痒くなったのか、その片耳をぶるぶると震動させつつ触手で耳の内側の皮膚を掻こうとした。しかし、ヴィーネが耳を掴んでいるから触手を自由に動かせていない。


 耳を掻けないでいた。

 思わず、相棒の耳掃除をしてあげたくなったが……しない。


 外に視線を移す。

 ここも魔塔と浮遊岩だらけ。


 魔塔エセルハードが聳え立つ摩天楼のようなエセル大広場周辺よりは、高度の低い魔塔ばかりだが、『ジェンガ』風の鉄骨が積み重なった魔塔が多い。


 すると、【宿り月】が見えた――。


「降りよう」

「はい」

「ん、了解」

「では、先に――」

「うん」


 ヴィーネとキサラが先に降りてレベッカとエヴァが続いて降りた。

 俺は「相棒、ご苦労さん。先に三人の捕虜を降ろしてくれ」と喋りつつ――。


 相棒の黒毛と後頭部を撫でていく。

 頭部を俺の掌の動きに合わせて揺らした神獣ロロは、


「ンン、にゃ~」


 と返事を寄越しながら触手手綱で俺の頭部を撫で返してくる。

 髪の毛をわしゃわしゃされつつも、その触手の肉球をツンツクして遊んでから――。


 相棒の触手から逃げるように後頭部から飛び下りる。

 宿り月の前に着地した――。


 鼬獣人グリリのトロコンが皆に挨拶中だったが、俺に気付いたトロコン。


 素早く敬礼を寄越すと、


「お前たち、総長のお帰りよ!!」

「「はい!」」


 【天凛の月】の衣装が格好いい兵士たちの声が響く。

 【天凛の月】の兵士たちは一斉に事務所の前に並ぶと、


「「お帰りなさいませ!」」

「皆、ありがとう。楽にしてくれると俺も助かる」

「「はい!」」


 兵士たちは気合いの溢れる声で返事をして、整列を崩さない。

 リスペクトには応えるが、このノリは、どうも俺には合わない。

 が、仕方ない……。


 ぶつけてくる黒豹ロロの頭部の感触を足から得ながら――。

 笑顔を皆に向けた。

 そして、トロコンを見る。


「トロコンもご苦労さん」

「はい、ユイさんとシウちゃんは中です。下界に出たゼッファ・タンガ、キトラ、カリィ、レンショウは、まだ上界には戻っていませんが……えっと、すみません、大きな方が浮いていますが……」

「タルナタムだ。気にするな」

「主、ココ、アソコ、人ガ、イッパイ。テキカ?」

「敵じゃない。目の前の鼬獣人グリリは仲間。名はトロコンだ。攻撃はするな。同じ衣装の兵士たちは、お前と同じ命だと思って大切に扱え」

「ワカッタ! トロコン、コンゴトモヨロシク」

「は、はい!」


 トロコンも凄腕の剣士と分かるがタルナタムにはびびるか。


「タルナタム、この屋敷の前で待機」

「ワカッタ……」


 タルナタムは地面に着地するとノシノシと歩いて、【天凛の月】の兵士たちを見ながら【宿り月】の前に立つ。


 兵士たちは六眼を見てビビる。

 四腕は猫獣人アンムルで見慣れているだろうからあまり気にしていないと思うが……。

 俺はタルナタムを凝視しているトロコンに、


「ゼッファとキトラは、ペレランドラが絡む商会と倉庫の件だろ。詳細は知らないがまだ時間が掛かるはず。で、俺たちが向かった魔塔エセルハードで行われた【血長耳】の緊急幹部会だが……襲撃を受けて凄まじい戦いとなった。その戦いで、そこのタルナタムを眷属化したんだ」

「は、はい、そうでしたか……【天凛の月】の勝利だと聞いています。その捕虜と関係が?」

「そうだ。捕虜の一人はネドー側の狂言の魔剣師だ」

「え、マジですか……ネドー側で無敵を誇った……あの……」


 <破邪霊樹ノ尾>で雁字搦めのカットマギーは、トロコンの言葉を受けて、視線を強める。瞳にはタルナタムとトロコンが映っていた。


 彼だと思うが女にも見える綺麗な瞳。

 不思議な感情の色を感じた。


 そのカットマギーが、


「……ケケケッ、マジだよ。この槍使いは、あの冥王不喰のメイバルを倒して、わたしを殺さず、捕らえた。本当に強い男だ。オマエタチは幸せモンだよ……ホントウに……」

「「おぉぉ」」

「総長撃強!!」

「おう、なんとか倒せた。んじゃ、ユイと会う」

「はい」


 俺は片手を上げてトロコンと【天凛の月】の兵士たちに挨拶。

 そのまま事務所兼宿屋の【宿り月】の玄関を開けて中に入った。


「主、扉、ジャマ! ハイレナイ!」


 タルナタムの声が響いた。


「タルナタム、無理して入ってこないでいい――」


 と、言いながら中央を見る。


 ユイは食堂の手前で皆と踊るようにハイタッチ中。

 キサラともハイタッチ。

 <血魔力>を交換しあうように両拳を何回か突き合わせてジャンケンみたいな遊びをしてから、俺を見たユイ。


 暗号的なコミュニケーションもありそうで面白い。

 そのユイが、


「――シュウヤとロロちゃんもお帰り。激戦の連続で痛い思いもしたようだったけど、やったわね!」

「おう」

「にゃ~」


 相棒はユイの足に頭部を寄せる。

 魔靴ジャックポポスの匂いをふがふがと嗅ぐ。

 と、匂いに満足したように猫パンチを一発ユイの足に当ててから、宿り月の建物の様子を窺いつつトコトコと廊下のほうに歩いていく。


 ユイは、


「ガルファさんもガルファさんよ……敵を呼び寄せる策を実行しているとは……」

「んだが、絶好の機会だからな」

「うん、けど、さすがにシュウヤたちに頼りすぎ。で、さっきも言ったけどさ、レベッカ、エヴァ、キサラも、本当にご苦労様。そして、わたしも戦いに参加したかった」


 不満はそこか。皆、はにかむ。

 ユイの気持ちは分かる。


「あぁ、ユイがいれば楽になったとは思う。それでシウは?」

「まだ寝ている。シウちゃんは職人としての腕を見せるように、樹木を削ってわたしの小さい像を作ってプレゼントしてくれた。善い子ね。でも、夜は怖くなって寝られなかったみたい。歯の精霊の話をしてあげたら寝てくれたけど……やはり、シュウヤたちの戦いと下界のペグワースたちの様子が気になるみたいだった。何回も宿り月の兵士たちと外回りの兵士たちに、その件を聞いていたから……」


 そっか。シウには心配かけたな。

 心のあり様は、子供も大人も関係ない。


 父のような存在のペグワース。そして、家族としての【魔金細工組合ペグワース】のメンバーを心配するのは当然だ。もし、死んでしまったらと考えて身が竦む思いを感じてしまったに違いない……そう考えるとサイデイルに避難してほしいと考えてしまう。


 が……ペグワースは職人。

 シウも職人だ。

 己の道を貫く思いを優先しよう。


 二階をチラッと見てから……。


 捕虜たちと皆を見て先の戦いを想起しつつ、


「ガルファさんの策は、俺の実力を信頼してくれた証しでもある」

「うん。確かにそうね。幹部を呼び寄せて評議員たちと自らも囮となった。身を切る覚悟の作戦でもある」

「永く戦い続けた【白鯨】を率いていた隊長だからな」

「うん。闇に生きた【白鯨の血長耳】の最古参。だから、毒を食らわば皿までといった悪事も行ってきたはずだけど……味方のためなら義を貫く方だとも思う」

「そりゃそうだろう。清濁併せ呑むを実践してこなければ、シャルドネのような策士が多い人族の国と渡り合えるとは思えない。で、この捕虜たちなんだが……」


 カットマギー、ビロユアン、カボルを少し前に出るよう誘導する。


「……利用価値があるからこその人材確保」

「そうなるかは、この捕虜たちの考え次第だ」

「……この樹木、シュウヤの<破邪霊樹ノ尾>よね……かなりの魔力を消費する拘束方法の一つ……」


 そう分析するユイ。

 カットマギーから何かを感じたようだ。


「三人いるけど、やはり、強者よね、この方……」


 腰を下げつつ神鬼・霊風の鯉口を握る左手の人差し指が鍔に掛かる。

 その左手が握る神鬼・霊風の鞘を内側に捻り込む。

 右手は柄巻、目抜きを握る。

 フローグマン流抜刀術の構えの一つか。

 両手と腹の力で相手を斬るイメージかな。

 剣呑な雰囲気だ。


 ユイは<ベイカラの瞳>を発動させた。


「ケケケ……その双眸と溢れた白銀色の魔力……【天凛の月】の最高幹部の一人、〝死の女神〟か……わたしはここで拷問されて死ぬのかねぇ」

「――死にたいなら、すぐに殺してあげるけど?」


 ユイは神鬼・霊風の刀身を抜く。

 抜刀術の演武を行うような滑らかな一閃から<破邪霊樹ノ尾>が絡まるカットマギーへと神鬼・霊風の刃を差し向けた。


 俺はその神鬼・霊風の刃を差し向けているユイとアイコンタクト。

 刀が似合うユイは、笑みを見せる。

 神鬼・霊風の柄の握りを変えつつ片目を瞑って、ウィンクするや、神鬼・霊風の抜き身を返すように回してから鞘に刃をさっと戻した。


 神鬼・霊風の鍔と、はばきの金属音が小気味よく響いた。


 ユイの笑みに応えるように頷く。

 捕虜たちを拘束していた<鎖>と<破邪霊樹ノ尾>を解いた。


「……え――」


 カットマギーは転けるように地面に転がった。

 自由になったビロユアンとカボルは周囲を見回す。

 カボルは片手を斬ったが、回復スキル持ちのようだ。


 腕は再生している途中だった。


「……ここでか」

「わたしは……」


 ビロユアンは急いで魔風木天蓼をポケットから出して握りしめている。

 続いて《水浄化ピュリファイウォーター》。

 《水癒ウォーター・キュア》を続けざまに唱える。


 瞬く間に水球が生まれ出てパッと弾けると、水球だったシャワーがカットマギー、ビロユアン、カボルにふりかかる。


 治療を行った。

 闇属性の紋章魔法の《闇枷グラバインド》は使わない。


 ……カボルはカードが目的だ。

 今のところは俺たちに寝返ることはないだろう。

 その思いでビロユアンとカットマギーを凝視。


「ビロユアンとカットマギー。単刀直入に言うが、【天凛の月】のメンバーになるつもりはないか?」


 ビロユアンは活路を見出したような面を浮かべて、


「――おぉ、首が繋がった! 勿論、ありますとも! 上司の評議会副議長ラモンド・ルシュパッドは、【緑風艦】の空魔法士隊にルシュパッド魔法学院を捨てて逃げた卑怯者です――」


 ビロユアンは素早く片膝を突ける。

 騎士が忠誠を誓うように、頭部を下げてから、


「今、この瞬間からこのビロユアン・ラソルダッカ! 古今の神界の神々セウロスホストにかけて、【天凛の月】に忠誠を、盟主のシュウヤ様に忠誠を誓います――」


 と、忠誠を誓ってくれた。

 よっしゃ! 

 隻眼の空戦魔導師という優秀な人材をゲット。


 これは大きい。飛翔できるし、空戦のエキスパート。

 そして、ルシュパッド魔法学院とのコネがあるだろう。


 飛行術の魔法書の融通が利く可能性が高い【魔術総武会】にも通じているかも知れない。


 そう思考すると、相棒が走り寄ってきた。

 ビロユアンに近付いて肩に前足を置いた。


「ンン、にゃ、にゃお、にゃお~ん」


 その鳴き声の意味は『ビロユアン~、認めるにゃ~、マタタビ、いっぱいくれにゃお~』だろうか。


「し、神獣様……」


 ユイの視線は鋭いまま。

 頷いてから、エヴァをチラッと見た。

 エヴァは、『うん』と頷いてから、ビロユアンの肩に乗った相棒の前足を撫でてから、ビロユアンの肩に一緒に手を置く。

 そのタイミングでユイは、


「……ビロユアン。忠誠を誓ったことはありがたいし、シュウヤなら、今の言葉だけで貴方を信用すると思う。けど、わたしは疑問がある。その【緑風艦】の空魔法士隊のメンバーは? 空戦魔導師は、その隊長よりも位は上になるはず。だとしたら、【天凛の月】に恨みを持つはずだけど」

「恨みはありません。互いに命を賭けた戦いですから……そして、隊長と副長は戦死しました。仲はよかったですが、皆、覚悟してネドー側に賭けた結果故です」


 隻眼の空戦魔導師ビロユアンはそう語る。

 エヴァはユイに向けて頷いた。


「ビロユアンは本気。そして、屋敷の庭に住む魔猫リックンと、魔猫ランに、普通の猫のトマーのことを心配している」

「……えっと……ペット?」

「そう、茶トラがリックン、魔猫ランが白と黒の斑。トマーが灰色らしい」

「……そ、そうです……愛猫たち……」


 ユイは緊張感が失せて「ぷっ……ごめん」と笑ってから皆に謝ると、


「ビロユアンさん。猫好きなら心底信用できる。【天凛の月】加入おめでとう。よろしくね。わたしの名はユイ。総長、盟主のシュウヤの恋人で、女の一人だからよろしく。あと、種族は人族ではなく光魔ルシヴァル。その<筆頭従者長選ばれし眷属>の一人。そして、信用したからこそ……【天凛の月】を、わたしたちを裏切ったら、即――」


 と、親指で首を斬るポーズを取る。


「……分かりました、ユイ様」


 ビロユアンは怯えているが頬を朱に染めていた。

 ユイは美人さんだからな……。

 というか、魔猫って猫と違うのか?


 相棒が視線を寄越したから、相棒を見るが、頭部を傾げる相棒ちゃんだ。


 すると、カットマギーが、


「ケケケ……こんなわたしを本気で誘っているようだねぇ」


 少し強気な心意気を見せるカットマギー。

 片足と片手に魔剣を失っているのに。


 そのカットマギーに、にじり寄る。

 カットマギーは怯えるように腰をずらして下がった。

 無事な片手で、自らの体重を支える動きは、少し可哀想に思えたが……強さはまだ健在のはずだ。


 <武装魔霊・紅玉環>を意識。

 単眼球のアドゥムブラリが指輪から半分だけ出る。

 その半分出た額にエースを刻んでから<ザイムの闇炎>を発動。


 その闇の炎で燃えた片手の先を――。

 カットマギーの頭部に向けつつ、


「――そうだ。それと、はぐらかすのはナシだ。選択肢が限られているのは理解しているだろう?」


 と発言すると、カットマギーは俺の闇の炎が包む指先を見て恍惚とした表情を浮かべて、


「その闇の炎は……わたしの宿命を取り除いた神聖な力……」


 カットマギーは無事なほうの片手を伸ばす。

 体を支えていた手を失って倒れかかった。

 直ぐに体を支えてあげた。


「あ……」


 胸に少し膨らみがあったが……。

 まさか、女なのか?

 そのカットマギーは顔を赤くしながら、


「……理解しているさ。どのみち【天凛の月】に入るしかない。しかし、こんな狂って手足を失ったわたしを身内に加えようとする男がいるんだねぇ。ケケケ……」


 と発言。

 そんなカットマギーに――。

 瞬時に<邪王の樹>で杖を作った。


 その杖を手渡してから、俺は立ち上がる。


 そして、震えた片手で持つ杖を見つめているカットマギーに、


「その手足も【天凛の月】にいれば、治してやれるかも知れない」

「……本当かい?」

「俺にはそんな力はないが、そういうことが可能な薬や錬金術師は知っている」

「……世話人も言ったが、狂言教の連中と、残りの長老たちに、狂剣タークマリア様は、たぶん、わたしと【天凛の月】を許さないよ?」

「許すも許さないもねぇ。俺は俺だ。神もまた神。お前の心のすべては神様のモノなのか?」

「……」

「お前の意志はどこにある。信仰の否定はしないが、その考える力と思考に精神は誰の物でもないんだ。お前だけ、そう、お前が持つ唯一無二の宝が心で精神のはずだ」

「……言うねぇ」

「言うさ。お前にも幼い頃があっただろう。子供の頃から狂剣タークマリア様の意に従ったままの狂言の魔剣師だったのか? 違うだろ? それともチキチキバンバンをずっと言いながら人を殺し続けて生きていたかったのか?」

「あぁぁ、ワカッタ、分かったよ……負けたよ、槍使いのシュウヤ……なんて男だ。わたしの心を貫きやがって……」

「何か言ったか?」

「――言ったさ!」


 すると、カットマギーは<邪王の樹>の杖を使って立ち上がる。


 とエヴァに視線を向ける。

 エヴァは「あ、うん」と少し動揺を示してからカットマギーの失った腕の根本を触った。


 カットマギーは頷いて微笑むと、俺を凝視してきた。

 頬には朱が射しているがマジな顔だ。そのカットマギーが、


「聞いてもらおう。古今より伝わる狂剣タークマリア様の名にかけて……この狂言の魔剣師カットマギーは……今、この場で、【天凛の月】の盟主のシュウヤに忠誠を誓う。そして、天凜の魔剣師カットマギーに生まれ変わると誓おう……皆が証人だ。コンゴトモ、よろしく頼む……」


 エヴァは唾を飲み込む音を立てて、俺を見る。

 紫色の瞳は揺れているが、頷いた。


「ほ、本気で語ってる」


 皆、エヴァの言葉を聞いて唖然として、沈黙。

 シーンと静まり返った。

 相棒が口を少し開けて、目を丸くしていたのが面白かった。

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