七百二十八話 集団戦と観る者厭くこと無し

 脳内に微かな鐘の音が響く。


『ふふ、駒よ、我の褒美を得たな。我と関わるモノを探せ……』

『邪神セル・ヴァイパーか? 俺は駒じゃねぇ』

『分かっているわ。我の使徒も一緒に探してくれたら――』


 そこで思念は途切れた。

 鐘の音も静まった。

 邪神セル・ヴァイパーらしき反応も消えた。


 セル・ヴァイパーの鋏剣を覆う鬼のような魔力も散る。


 試しに鋏剣に魔力を送るとセル・ヴァイパーの鋏剣は二本の片手剣に戻った。

 この鋏剣には邪神セル・ヴァイパーは棲んではいないってことか。


 セナアプアとペルネーテは西と東。

 結構遠いから邪神セル・ヴァイパーの思念が途切れた?

 それともエセル界の影響だろうか。


 セナアプアには次元世界の一つ、エセル界の出入り口がある。

 その出入り口は黒き環ザララープの一種のはず。


 その黒き環ザララープの影響ってこともありえる。


 神獣ロロディーヌの前身。

 神獣ローゼスが、この惑星セラに転移する切っ掛けとなった大事件も、大賢者と大魔術師たちの時空魔法の失敗と黒き環ザララープが重なったのが要因だ。


 俺からしたら大事件ではなく感謝しかないが。

 このセナアプアには次元軸のズレがあると、アクセルマギナも前に分析していた。


 この惑星セラのある次元宇宙と近い魔界セブドラと神界セウロスの次元を繋ぐ狭間ヴェイルも、このセナアプアでは異なるのかも知れない。


 その影響もあるから、下界では、魔界セブドラの神々を信奉する者が多い?

 ま、それを言ったら何処にでも可能性はあるか。


 狭間ヴェイルの深浅、薄い濃いは世界中にある。


 セナアプアでは神々の加護の効果が薄まることもある。

 <神剣・三叉法具サラテン>の機動はそうでもないが……。


 <水神の呼び声>の効果もセナアプアでは効果が薄い印象だ。

 この前使った王牌十字槍ヴェクサードから出た怪人ヴェクサードさんの幻影も、何かに干渉を受けたように消えていた。


 それらの副次的な要因が重なった結果……。

 セル・ヴァイパーの鋏剣に千年植物のような通信魔道具っぽい効果はないと思うが、俺の魔力とミルデンの強い魂をセル・ヴァイパーの鋏剣が得たこともあって、邪界ヘルローネに棲まう邪神の一柱である邪神セル・ヴァイパーの反応を一時得たが、その反応は直ぐに消えてしまったのだろうか。


 そして、俺が持つ十天邪像は二つ。

 戦闘型デバイスの上に浮かぶアイテムの中には……。


 十天邪像シテアトップ。

 十天邪像ニクルス。


 が、ちゃんとある。

 しかし、十天邪像セル・ヴァイパーはない。

 邪神セル・ヴァイパーは自分の使徒との連絡が取れていない?

 探せとは十天邪像セル・ヴァイパーのことだろうか。


『――器よ、気にするな。ここは戦場ぞ』

『おう』


 <脳魔脊髄革命>の瞬間的な思考を止めた。

 セル・ヴァイパーの鋏剣を握りつつ周囲を見る。


「味方のフォローを行いながら敵を掃討だ」

「ん、イモちゃんたちが戦う左側も気になる」

「ガーデンも広いからな。ヴィーネのことを見ながら敵を倒そう」

「分かった、ガーデン内を一掃!」

「ん、了解」


 ペントハウス内の様子をチラッと確認。

 お偉いさんたちは俺の武器とタルナタムを凝視していた。

 そりゃ注目するか。

 暗殺一家のミルデンも強かった。

 ガルファさんは、俺に鋭い視線を寄越す。

 そして、周囲のお偉いさんを見回してから再び俺を凝視。

 拱手してから頭を下げて上げたガルファさんは……。


 したり顔。

 『血月布武』という文字を銀色の魔力で作る。


 なるほど……すべてを狙ったということか。 

 ガルファさんは有能だ。

 ……ベファリッツ大帝国の古貴族同士の内戦。

 人族を含む諸勢力が鎬を削った戦国時代にも、ベファリッツ大帝国の陸軍特殊部隊白鯨を率いていた者がガルファさんだったから、【白鯨の血長耳】の今があると分かる。


 娘のレザライサ、メリチェグ、クリドススなどの分隊長が極めて優秀だったこともあるとは思うが。


 とにかく、ガルファさんが相当な策士だと改めて認識した。

 レザライサの父親で、師匠にも当たる存在が世話人ガルファさんなのかな? レザライサからそんな話は一言も聞いていないから違うかも知れないが――。


 ――俺も拱手。

 お辞儀をしておいた。

 頭を上げるとガルファさんは優し気に微笑んだような気がした。


 そのまま身を翻しつつガーデン内を見回す。

 血長耳の兵士と戦う黒装束を着た兵士を確認。


 背中に、評議員たちの熱い視線を感じながら――。

 破壊された遺物の破片が散るガーデン内を歩きながら《氷矢フリーズアロー》を無数に繰り出した。


 黒装束を着た兵士を複数蜂の巣にした。

 続いて血長耳の兵士を狙う黒装束を着た射手の頭部をヘッドショット。


 キサラと【血長耳】の兵士たちがいる主戦場に向かう――。

 【血長耳】の貴重な女性兵士を斬ろうとした黒装束を着た兵士――。


 やや傾斜した床を素早く駆けた。

 黒装束を着た兵士との間合いを詰めた。


 <水車剣>を発動し、セル・ヴァイパーの鋏剣を振るって胴体を切断――。


 血長耳の女性兵士を助けることに成功。

 そのままセル・ヴァイパーの鋏剣を消す。

 右手に魔槍杖バルドークを召喚――。

 次の黒装束を着た兵士の下へと跳躍するように前進――。


 そんな俺の背後から、


「英雄の槍使い様――ありがとう――」


 血長耳の女性兵士の声援が俺の背中を押す――。


 左足で床を貫く勢いの踏み込みから――。

 魔槍杖バルドークを突き出した。

 <刺突>の嵐雲の穂先が黒装束を着た兵士の脇腹を突き抜けた。

 串刺しとなった黒装束を着た兵士は「ぐぁ」とくぐもった声を発しつつ絶命。


 ――魔槍杖バルドークを回した。

 柄にぶら下がる死体を振るい落としつつ飛来した矢を弾き落とす。

 反撃に<鎖>を放ち、その矢を放った黒装束を着た射手の頭部をヘッドショット。


 黒装束を着た兵士の死体を吹き飛ばしつつ――。

 血長耳の兵士を狙う黒装束を着た兵士を再び確認。


 素早く《氷弾フリーズブレット》を連射――。

 血長耳の兵士の胸元を剣で突こうとした黒装束を着た兵士の頭部を、ヘッドショットで潰した。


 キサラの姿を把握。

 匕首からダモアヌンの魔槍に瞬時に切り替えると――。

 俄に前傾姿勢に移行しつつ前進し、加速――。

 瞬く間に、黒髪の空魔法士との間合いを詰める。

 キサラは右腕が握るダモアヌンの魔槍がぶれる速度で突きを繰り出す。


 髑髏の刃が黒髪の空魔法士の胴体を穿った――。


「ぐぁぁ」


 黒髪の空魔法士はまだ生きていた。

 キサラはダモアヌンの魔槍を引きつつ左手で掌底を繰り出す。

 掌底は黒髪の空魔法士の顎と口を完全に破壊。

 黒髪の空魔法士は悲鳴も上げられず絶命。

 キサラの双眸は鋭い、血濡れたダモアヌンの魔槍を右に回す――。

 右斜め前方から迫った――風の魔弾の真芯を、その髑髏の刃が捉えた。

 キサラはそのまま体を回して風の魔弾を切断――。


「今だ――」

「短剣も出していない、チャンスだ」

「かかれ――」


 黒髪の空魔法士たちは、背中を見せて回転するキサラに群がる。

 キサラに迫る長剣の刃が稲穂のように見えた。

 キサラは回転を止めて待ち構える。


 蒼い双眸が光った。


 キサラは空魔法士の剣士たちが長剣を振るうタイミングを読む。

 自らに迫る無数の長剣の刃が白絹の髪に触れるぎりぎりで退いた。

 ダモアヌンの魔槍で懸垂するように無数の長剣の刃を受け持った――。

 

 見事にすべての長剣の刃を柄で受けきった直後――。

 ダモアヌンの魔槍の柄を押す。

 長剣を押し返すとダモアヌンの魔槍をくるっと下に回し――。

 右の黒髪の空魔法士の足を掬うように転倒させるや、左足の厚底の踵で倒れた空魔法士の頭部を踏み潰す。


 ストンピングを繰り出したキサラに、左から黒髪の空魔法士の敵が近寄る。

 <魔闘術>が巧みな空魔法士は袈裟懸けに黄緑色に光る魔剣を振るった。


 キサラは横回転しつつ、魔剣の刃を睨みながら避けて背後を取ることに成功。

 そこから両手が握るダモアヌンの魔槍を振るい上げて、柄頭をその黒髪の空魔法士の背中にぶち当てた。

 

 黒髪の空魔法士の背骨と腰骨はぐしゃりと破壊された。

 キサラは続け様に片手握りに移行したダモアヌンの魔槍を持ち上げる。

 回転するダモアヌンの魔槍が、右側の黒髪の空魔法士に向かった。


 その黒髪の空魔法士も魔剣師タイプ。

 魔剣でキサラの髑髏の刃を防ごうとしたが、間に合わず。

 髑髏の刃が、黒髪の空魔法士の肩を斬った。

 斬られた空魔法士は仰け反って倒れた。


 キサラはダモアヌンの魔槍を脇に抱えて、右斜め前方に跳ぶや――。


「――天魔女流<刃翔鐘撃>」


 と、キサラは<刺突>系のスキルを繰り出した。

 右腕ごと槍と化すような動きだが、下半身の動きと歩法のストライドが少し違う。

 初見だ――狙いは距離を保っていた黒髪の空魔法士。

 

 その黒髪の空魔法士の頭部を空間ごと劈くように魔力が迸る髑髏の刃が貫いた。


 ダモアヌンの魔槍の髑髏の刃に貫かれた黒髪の空魔法士の頭部は一瞬で破壊されて散った。

 

 血濡れた髑髏の刃から迸る魔力も……。

 魔力の刃と化しているのか硬化しているように見える。

 

 その右腕ごと槍と化したダモアヌンの魔槍から髑髏の魔力が浮かぶや、「カラカラ」と嗤い声が響いた。

 ダモアヌンの魔槍は周囲の血飛沫を吸い取る。


 すると、突き技を繰り出した直後の右腕が伸びきった槍使いの弱点を突くように――。

 右奥から大きいムカデの群れが襲来。


 右奥には黒ローブを着た蟲使いがいた。

 闇色の魔力で覆われて顔が見えない。

 宙空にムカデ以外にも無数の血が滴る虫が漂う。


 分かるのは爪が異常に伸びていることぐらいか。


 ――キサラは右後方に跳躍しムカデを避ける。

 また飛来したムカデを凝視しつつ左後方に跳躍しては、片膝を床に突けてムカデの飛来を避ける。


 更にムカデたちはキサラを追うように毒の霧を吐く。

 キサラは急ぎ立ち上がりながら斜め上空に避難。

 

 毒の霧を避けた。


 宙のキサラを追尾するムカデ。そのムカデにキサラは匕首を<投擲>。

 ムカデを宙に縫い止めた。

 そのままダモアヌンの魔槍を振るって匕首が突き刺さるムカデをぶった切る。

 匕首は鴉の群れに変身しながら周囲に飛び散って、ムカデたちを相殺。


 なんとかムカデを防ぎきったが……。


 多数の血長耳の兵士は、他のムカデの群れに襲われていた。

 鎧や防護服に関係なく体が爆発するようにムカデに喰われていくさまは激烈だ。

 

 凶悪なムカデ使い……ゼッタとはまた違う。


「――ん、キサラと【血長耳】たちと戦う空戦魔導師と空魔法士隊の敵に、黒装束を着た者たちも混じった。強い蟲使いもいる!」

「遺物が重なる縁際の奥を見て、飛行船に跳び乗っている黒装束を着た兵士がいる!」

「あぁ、飛行船からガーデン内に飛び降りている黒装束を着た兵士と空魔法士隊の面々もいるな」


 飛行船とかは気になるが――エヴァとレベッカの攻撃に合わせた――。

 《氷矢フリーズアロー》を連射。


 空魔法士隊の連中の体に風穴を作る。

 蟲使いにも《氷矢フリーズアロー》を飛ばす――。


 ムカデの群れに防がれた。


「増援の蟲使いは怖そう。けど、右でヴィーネと戦う大太刀を扱う空戦魔導師も気になる」


 レベッカはそう語ると――。

 ヴィーネを援護。

 細い槍の蒼炎と蒼炎弾を空戦魔導師に投げた。


 槍の蒼炎を避けた空戦魔導師。

 大太刀で蒼炎弾を両断――。


 俺も<鎖>を出すかと思ったがヴィーネが前進したから止めた。

 空戦魔導師はレベッカの蒼炎弾を避ける。

 と、大太刀を小刻みに振るいつつ蒼炎弾をすべて細かく切断するや、前進。


 鞘を掲げてヴィーネのガドリセスの刃を受ける。

 と、鞘を持つ腕を捻り落とす。


 ガドリセスを握るヴィーネの接地を狂わせる。


 その隙に反撃の大太刀を振るった。

 ヴィーネはさっと後退。

 靡いた銀色の髪が斬られて散った。


「――強い」


 レベッカは俺の言葉に頷く。

 再び真正面を見て、


「前の敵もいるから、後衛としての判断にも迷っちゃう……」


 と語りながら、蒼炎弾をキサラたちと敵対する空魔法士隊の連中に飛ばす。

 魔導車椅子に乗ったエヴァも、リムに触れずに車輪を自動的に動かし前進。 

 そして、紫色の魔力が包む緑皇鋼エメラルファイバーの金属の塊を幾つも前方に飛ばして、【血長耳】の兵士たちの背中を守る小型の盾を宙空に作った。


「おお、【天凛の月】の幹部の援護だ!」

「ありがとうエヴァさん、前にも助けられた!」

「エヴァちゃん、素敵!」

「俺、実は……エヴァさんのことが……」

「カローン、ここは戦場だぞ、前を見ろ――」


 血長耳の若い兵士たちがエヴァに萌えていた。


 優しいエヴァは「ん、あの大太刀使い――」と発言しながら右側で戦うヴィーネのほうを見て、白皇鋼ホワイトタングーンの槍を作って飛ばすが、あっさりと避ける空戦魔導師。

 ヴィーネに、その白皇鋼ホワイトタングーンの槍が衝突しそうになった。

 

 次の瞬間、エヴァは援護の攻撃を止める。


「――ん、ヴィーネと空戦魔導師は互いに動きが早い」

「フォローが難しい」

「ん、大太刀はユイの神鬼・霊風よりも大きい」

「そうね、あの鞘も特別そう」


 俺は二人に頷きながら――。

 段差越しに隠れながら血長耳の兵士を攻撃する黒装束を着た兵士集団に向けて――。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>――。

 一度に複数の黒装束を着た兵士の頭部をヘッドショット。


 そうしてからタルナタムと真上から付いてくる相棒とアイコンタクト。

 神獣ロロディーヌはタルナタムと同じく鼻息が荒い。

 その相棒はガーデン内と魔塔エセルハードの周囲を把握するように頭部を動かす。

 

 すると、


「よーし!」


 そう声を上げたレベッカは、手を上げた。

 その上げた手には城隍神レムランことレムランの竜杖が握られている。

 更に手の甲に刻まれた二匹のドラゴンとルシヴァルの紋章樹のマークが輝いた。


 マークがやや浮き彫りになった。

 手の甲が盛り上がるや、その手の甲の真上に、二匹のドラゴンとルシヴァルの紋章樹の幻影が浮かんだ。


 カッコいい。


 すると、竜杖の尖端に巨人の骨の手も出現。

 青白い炎が骨の表面を行き交っていた。


「ん、レベッカ凄い!」


 エヴァが興奮。


「主、ヘンナホネ、敵カ!」

「違うから、見とけ」

「承知!」


 タルナタムもレムランの竜杖を扱うレベッカを見て興奮している。


 気持ちは分かる。ドラゴンの母とか、格好良い!


 そのドラゴンの母のレベッカが竜杖に<血魔力>が混じった蒼炎の魔力を込めた直後――。

 竜杖の柄から二匹の小さいドラゴンが飛び出た。


 二匹の小さいドラゴンは巨人の骨の手を吸い込むと体を輝かせて大きくなる。

 

 二匹の小さいドラゴンは鱗に幾何学模様を生み出しつつ――。

 半透明の魔法鎧を纏う。

 と、パタパタと羽ばたきつつレベッカの周囲を飛翔――。

 翼が動く度に、小さい体と魔法鎧に不思議な魔線が迸る。


 小さい体が輝いた。

 半透明な魔法鎧の節々からも魔力粒子が迸った。


 赤色の魔力粒子は荒々しい。

 一方、蒼色と黒色の魔力粒子は静かだ。

 

 ペルマドンの荒い気質を現す魔力を現す小さい赤色のドラゴンもいいが……。

 静かな印象を抱かせる蒼色と黒色が基調の小さいドラゴンのナイトオブソブリンのほうが好みだな。


 全体的に可愛さもあるが渋さもある。

 目も黄緑色で可愛い。


「ナイトちゃんとペルちゃん、がんばろう!」

「――キュォ」

「――キュゥ」

「ふふ、ドラゴンの母!」

「母じゃないが、俺もヘルメを使うとしようか」

『はい――』


 液体ヘルメが左目から出る。

 ヘルメは瞬く間に女体化した。

 エヴァとレベッカは、


「やった! 精霊様がいれば心強い」

「ん、精霊様はさっき左目から出てシュウヤを守ってた!」

「キュォ」

「キュゥ」


 レベッカから離れた二匹のドラゴンだ。

 エヴァの頭部付近を回る。


 その様子を見たヘルメは、


「ふふ、二匹のドラちゃんと<筆頭従者長選ばれし眷属>たち! 閣下の活躍に続くのです!」

「ん!」


 ヘルメは微笑むと二匹の小さいドラゴンに向けてピュッと水飛沫を飛ばす。

 ヘルメの水飛沫は浴びた二匹。

 楽しそうなドラゴンたちだ。

 すると、ヘルメの水は魔法鎧の表面と地肌を這うように行き交う。


 瞬く間に二匹の小さいドラゴンの体内にヘルメの水が染み込んだ。


「キュ、キュォ~」

「キュ、キュゥ~」


 魔法鎧の節々から水飛沫が迸った。

 魔法防御が上がっている?


 その水の加護を与えたヘルメは両腕を振るう。

 両手は蒼い魔法の繭が覆っていた。

 その両手から《氷槍アイシクルランサー》を繰り出した。


 空魔法士隊の面々は防御魔法を展開するが、ヘルメの強力な《氷槍アイシクルランサー》は防御魔法を貫いた。空魔法士隊の面々は体に風穴が空く。


「「おおお」」


 血長耳の兵士たちは歓声を上げた。


「「【天凛の月】の盟主は魔法生物を使役するのか!」」

「あれは精霊の類いか?」

「え、綺麗な女で生きている、人族なのか?」

「「な!?」」


 血長耳の若い兵士たちは常闇の水精霊ヘルメの挙動を見て驚く。

 水飛沫で衣装をチェンジした悩ましいヘルメは『ふふ』と笑みを皆に見せてポージング。


「血長耳の兵士たち! 閣下たちにひれ伏すのです! 光魔ルシヴァルに降伏しなさい!」


 なんで降伏なんだ。

 すると、鼻血を流した血長耳の兵士。耳からでなく鼻か。

 一部の兵士はナヨって頭を垂れていた。


 しかし、ヘルメ立ちは魅力的だ。


 ヘルメは水飛沫を発しながら上昇。

 皆を救うように攻撃魔法を繰り出しながら片方の腕をペントハウスに向けた。


 蒼色と群青色の波のような魔力粒子を指先から放出。


「――ペントハウスでわたしたちに注目している方々に、このまま閣下の強さと光魔ルシヴァルの眷属たちの強さを見せる良い機会です! そして、閣下! あの老獪な世話人ガルファを光魔ルシヴァルの眷属とすることを強く勧めます」


 と、皆に宣言するヘルメ。

 レベッカのハイエルフとしての伝承とクレインに絡む組織の思想を慮っての発言だな。


 しかし、ガルファさんを眷属化か。

 尊敬の念しか浮かばない、あの渋い爺さんを眷属化とか、考えもしなかった。

 ヘルメもお尻ちゃんでボケることが多いが……。

 神聖帝国云々と眷属化に関することだと妙に頭が回るんだよなぁ。


 すると、レベッカが微笑みながら、


「精霊様は勇ましいけど、同時に平和に繋がるってことでもあるからね――」


 ニュアンス的にヘルメの言葉に同意する感じのレベッカ。

 細い指先に蒼炎を灯す。

 そのレベッカは俺とヘルメをチラッと見てから微笑むと、ヘルメが出した蒼い魔力粒子に、その蒼炎が灯る白魚のような指を当てて、指を小刻みに動かした。


 レベッカの蒼炎が宙に煌めくと――。

 ヘルメの群青色の波が反応した。


 レベッカはヘルメの蒼い魔力粒子を下地に<血魔力>を有した蒼炎でルシヴァルの紋章樹を宙に描いていった。【天凛の月】のマークもあった。


 あれは光魔ルシヴァルの旗印か。

 戦場に靡く俺たちの旗印でカッコいいし、幻影だが、凄く上手な魔法の絵だ。


 レベッカは魔法絵師を目指していただけはある。

 そして、やはりレベッカには魔法の額縁は必要なかったってことだな。


 その蒼炎の光魔ルシヴァルの旗印と鼻先が重なった相棒が大きな鼻をむずむずとさせながら、


「にゃごぉぉ~」


 と気合いの入った声を上げた。

 神獣ロロディーヌの口から溢れた火炎が光魔ルシヴァルの旗印に混ざる。


 旗印は七色に輝いて揺らめく――。

 美しい。何時ぞやの空飛ぶ鯨が放った虹のような光だ。


「――ん、わたしたちの旗!」

「ふふ」


 旗印が宙を彩る中での、皆の笑顔が美しすぎる。

 神々しい蒼い水の衣を羽織るヘルメと皆はハイタッチ。


 思わず鳥肌が立った。

 黒装束を着た敵と制服を着た空魔法士隊の面々は驚いて見上げている。


「ぼさっとするな、今だ――」


 血長耳の幹部の声が響く。


「「はい!」」


 血長耳の兵士たちは躍動――。

 黒装束の者たちと空魔法士隊の者たちを順当に倒していった。


「わたしたちも!」

「ん! フォローがんばる」

「はい!!」


 三人の美女は注意深く敵勢力を窺いつつ遠距離攻撃を行う。

 沸騎士たちとミレイヴァルも呼ぼうと思ったが……。


 ペントハウス内からの視線が激アツだ。

 止めておく――が、皆と同じく【血長耳】の兵士たちの援護は続ける――。


 ――<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>。

 ――《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》。


 黒装束を着た兵士たちと黒髪の空魔法士隊の兵士たちを倒していった。

 二匹の小さいドラゴンも、黒髪の空魔法士隊に向けて、火と風と雷の魔法を放つ。


 タルナタムは動かない。

 三本腕が持つ武器を振るいつつ、残りの腕の掌から八支剣を出し入れしていた。


 そんなタルナタムから激戦中のヴィーネに視線を移す。


 退いた空戦魔導師――。

 大太刀で黒い小さい精霊ハンドマッドを敲き斬る。


 間合いを詰めたヴィーネ。

 仕込み魔杖の刃で空戦魔導師を斬るかと思われたが、空戦魔導師は飛燕の早業で軽々と避けた。


 凄い機動だ。

 飛行術の扱いが並ではない。

 機動はカットマギー級か。

 大太刀を持つ右手と鞘を持つ左手を燕になったかの如く広げて飛ぶ。


 と、いきなり反転。

 <導魔術>の衝撃波をヴィーネに向けて放つ。


 俺もヒヤッとするほどの圧力。

 ヴィーネはガドリセスと魔杖で衝撃波を防御。

 おお、と歓声が上がるほどの防御だったが、それを見越した空戦魔導師は加速。

 ヴィーネとの間合いを詰め切れていないが、空戦魔導師は大太刀を振るう。

 

 間合いを外したかに思えたがフェイクか。

 その大太刀の柄頭から閃光が迸る。


 と、空戦魔導師は下段蹴りを行う。

 ――目潰しからの連携技か。


 しかし、ヴィーネは目潰しに余裕で対応――。

 ガドリセスを下げ引く。

 その下げたガドリセスの刃で空戦魔導師の蹴りの足を撫で斬った。


 が、空戦魔導師の足の防御層は硬い。

 金属音が響いて火花が散っただけだった。


 蹴りを防がれた空戦魔導師は横回転しながら鞘を振るう。

 ヴィーネは鞘を魔杖の刃で受けるや下からガドリセスを振るい上げた。

 空戦魔導師は横回転しつつ身を退いてガドリセスの刃を避けるや、ヴィーネの側面に移動して、その避けた機動を活かすようにダイナミックに大太刀を振るう。


 反った大太刀の刃を身に巻き込むような一閃。

 見ている俺まで避けたくなる機動と迫力。

 ヴィーネは一閃を受けず距離を取る。


 素早い所作で翡翠の蛇弓バジュラを構えた。

 緑色の弦に青白い指が触れるや緑色に輝く矢が瞬く間に自動生成された。


 ヴィーネは光線の矢を連続的に放った。

 空戦魔導師は<導魔術>の衝撃波で最初に飛来した光線の矢を相殺。

 次に飛来した光線の矢は後転して避け続ける。


 ヴィーネは構わず、連射系の弓スキルを発動。

 無数の光線の矢が空戦魔導師に向かう。

 空戦魔導師は燕のように素早く身を翻す。


 更に跳躍し、空中での捻りから、飛来した光線の矢に<導魔術>の衝撃波を衝突させた。

 あの<導魔術>の運用の仕方は……。


 俺の<超能力精神サイキックマインド>と似ている。


 大太刀と鞘を振り回しつつ防御に回る空戦魔導師。

 と、体勢を崩した?


「隙がある――」

「ん、フォローは忘れない――」


 エヴァとレベッカが反応。

 蒼炎弾と白皇鋼ホワイトタングーンの刃を飛ばす。


 しかし、ヴィーネと戦う空戦魔導師の隙はワザと残心を崩したもののようだ。

 体勢を直しつつ<導魔術>をヴィーネに当てて加速。


 ヴィーネとの間合いを詰めて大太刀を振るう。

 ヴィーネは紙一重で袈裟斬りを避けると同時にガドリセスを右下から左上に振るい上げた。

 その下から迫るガドリセスの刃を鞘で受けた空戦魔導師は退いた。


 互いに動きが速い。

 その空戦魔導師はヴィーネと戦いつつもエヴァとレベッカの遠距離攻撃に悉く対処していった。


 すると、肩で息をし始めた空戦魔導師。

 しかし、防護服に備わる魔力を得ているのか直ぐに回復する。 

 疲弊はしていると思うが……タフだ。


 タフ云々ってことよりも、やはり鞘と大太刀と<導魔術>の扱いが巧みすぎる。

 すると、レベッカが細い体を横に動かしつつ遠距離攻撃を止めた。


 レムランの竜杖に二匹の小さいドラゴンを呼び寄せる。

 と、小難しい顔を作りつつ俺をチラッと見て、


「ヴィーネも動きが速くてフォローが難しい」

「ん、ヴィーネに任せる」

「ヴィーネは接近戦で何かを狙っているようです?」


 宙空にいるヘルメが指摘。


「それは分からないです。シュウヤがヴィーネの側で戦いつつ近距離戦で連携したほうがいいかも?」


 それは一度考えた。

 んだが、ヴィーネの面に焦りはなかった。


「ヴィーネの判断を尊重しよう」

「ん、ヴィーネなら勝てないと判断したらシュウヤを呼ぶか素直に逃げる。ヒューイちゃんも呼んでない」


 確かに、ヘルメの指摘にもあったが、ヴィーネには考えがあるんだろう。

 エヴァが話したヒューイは――。

 ペントハウスの天井付近をぐるぐると回っている。


 ここからだとよく見えないが――。

 時々左側のガーデンの外に出て黒装束を着た兵士を攻撃している?


 集魔シャカさんか、イモリザの援護かな。


「あ、うん、それもそうね。ヴィーネから北マハハイム地方と、地下の冒険話は聞いている」

「ん、地下の経験は凄い。超巨大な大鳳竜アビリセンの大きさは想像できない」


 エヴァとレベッカはそう話をしながら真上から付いてくる相棒を見上げた。

 神獣ロロディーヌは黒毛がふさふさな腹を晒している。


 大きい四肢の裏にある肉球は健在だ。

 飛翔中のヘルメからピュッと水を足裏に浴びていた。

 その水を得る度に、相棒が「ンン」と喉を鳴らして足が反応。


 爪の出し入れを繰り返す。

 動きが可愛いから――面白い。


 相棒の肉球を見ていると……。

 ふと、グリフォンにも相棒の足裏のような肉球があるんだろうか。


 と、疑問に思った。

 その神獣の相棒ちゃんは、俺たちの視線に気付く。

 黒豹を大きくしたような頭部を傾けた。

 長い耳の内側にある桃色の肌が可愛い。


「ンン」


 相棒は喉声を鳴らすと、俺たちから視線を逸らす。

 歯牙の間から炎の息が漏れた。

 神獣ロロディーヌは頭部をぶるぶると震わせつつ鼻息を荒くした。


 ふがふがと鼻を動かしつつ口から牙をキラーンと出す――。

 ガーデンの右側で戦うヴィーネと空戦魔導師を凝視。


 その戦いを見ながら、


「にゃごぉ~」


 気合いの溢れる声を響かせた。

 触手から触手骨剣を出し入れしていく。


 その相棒はキサラと【血長耳】の兵士たちにも視線を向けた。


「ンン」


 と、満足そうに喉声を鳴らす。

 カットマギーとビロユアン・ラソルダッカは背中の上だ。

 ここからでは見えない。


「ロロちゃんもヴィーネとキサラを心配している?」

「うん、わたしたちもできる限り倒せる敵は倒して、フォローをがんばろう」


 レベッカとエヴァの表情を確認しながら、


「おう」


 と、返事をしながら歩みを早めた。

 キサラと【血長耳】の兵士と敵対する黒髪の連中か。

 その黒髪連中を見ながら、


「キサラたちが戦う黒髪の空魔法士隊にはニッポンって国の出身が多いかも知れない」

「ん、キリエと同じような?」


 厳密にはパラレル世界の異世界日本。

 ま、そんなことは言わず、


「そうだ」

「精霊様は<珠瑠の花>を使うようだから捕らえることを優先?」

「交渉は無理そうだ。できたらでいい。向こうが殺しに来ている以上容赦はするな」

「了解」


 その黒髪の空魔法士隊の制服は渋い。

 強者も多いようだ。

 そんな空魔法士隊と黒装束を着た兵士たちの中で際立つのは……。


 空戦魔導師と蟲使い。

 黒髪の空戦魔導師は、両手から火炎と風弾の連続的な魔法を繰り出す。


 火炎の柱を繰り出して、右の【血長耳】の兵士を燃やす。

 風の弾丸を繰り出して、左の【血長耳】の兵士の体に風穴を作る。


 あの黒髪の空戦魔導師は強い。

 そんな黒髪の空戦魔導師をキサラの鴉礫が襲う――。


 黒髪の空戦魔導師は籠手の魔道具に浮かぶ魔法の盾で鴉礫を防ぐ。


 すると、白色の魔力を纏う【血長耳】の兵士の一人が突貫。

 黒髪の空戦魔導師との間合いを詰めた。


 白色の魔力を纏う【血長耳】の兵士は腕から白色の魔力ソードを出すが――。

 黒髪の空戦魔導師が宙空に出した魔法の盾がそれを防ぐ。


 すると、白色の魔力ソードを出した血長耳の兵士に礫が飛来。


 白色の魔力を纏う【血長耳】の兵士はマントから白色の魔力風を発生させた。

 右側から飛来した礫を、その白色の魔力風で吹き飛ばして退く。


 その退いた【血長耳】の兵士に違う方向から魔法が襲来。


 白色の魔力を纏う兵士は白色の魔力ソードを振り回す。

 火球と風弾を切断――。

 雷撃は左手のグローブにある孔に吸い寄せていた。

 空魔法士隊の隊長クラスが放った無数の魔法を防ぐ白色の魔力を纏う【血長耳】の兵士は強い。


 白色の魔力を纏う【血長耳】の兵士は幹部の一人か。

 キサラの側で戦う【血長耳】側には三人の幹部がいるようだ。


 会議の時にいた。

 すると、


「……炯々なりや、砂漠鴉。ひゅうれいや」


 キサラだ。

 古語染みた魔声の謳が響いた。


 前進したキサラは匕首を黒髪の空戦魔導師に向けて<投擲>。

 同時に血の鴉が両手から迸る――。


 魔鳥風の血の鴉が空戦魔導師を喰らうように襲い掛かった。

 黒髪の空戦魔導師は炎を周囲に発生させつつ、両腕から魔力のブレードを出すと腕をクロス。

 空戦魔導師は匕首と血の鴉を防ぐ。


 キサラはその様子を見て、俺をチラッと見る。


「――ご主人様たちが来ました!! 反撃はここからです! 前線の黒髪の空戦魔導師は接近戦もこなす、多属性の魔法を扱う万能タイプ。気を付けて!」


 キサラの声が響いた。

 キサラはわざと敵の注目を集めている?


 指揮官のように掛け声を発していた。 

 そんなキサラに対して、


 黒髪の空魔法士隊の一人が、


「血長耳に味方する四天魔女! 覚悟――」


 突進する黒髪の空魔法士は魔剣師タイプか。その空魔法士は雷模様の魔力を全身から発すると更に加速――。


 魔剣の切っ先でキサラの胸を狙う。


 キサラは対応――。

 右斜め前方に方向転換しつつ両手に匕首を再召喚――。

 <血魔力>が宿る匕首を前に突き出す。

 黒髪の魔剣師の剣突を匕首の刃で受けた。


 キサラは匕首の角度を変える。

 と、匕首の刃の表面で魔剣の刃を流す。


 匕首は短い刃だが、凄い技術だ。

 そして、匕首の柄に流れた魔剣の刃が柄に当たる寸前、キサラは前に踏み込む。

 と、もう片方の匕首の刃が黒髪の空魔法士の首に吸い込まれていた。

 匕首の刃が、黒髪の空魔法士の首の半分を斬るや、その首を通り抜けた匕首から血の魔線が放出される。

 斬られた黒髪の空魔法士の首がズレて傷口から鮮烈な血が迸った。

 キサラは素早く振り返るように横回転しつつもう一つの匕首で、黒髪の空魔法士の背中、肩、胸元を続けざまに撫で斬る。


 そこから、くびれた腰を活かす回し蹴りを繰り出す。

 <血魔力>が宿る左足の甲が、その斬り刻んだ黒髪の空魔法士の腕と胴体をへし折る。

 そのまま左足を振り抜いて黒髪の空魔法士を豪快に吹き飛ばした。


 キサラは俺の魔手太陰肺経の先生でもある。

 格闘センスもズバ抜けて高い。


 すると、黒髪の空魔法士隊の面々が、


「――テツロウの仇!!」

「複数でかかれ」

「「うぉぉぉぉ――」」


 黒髪の集団が一気呵成にキサラを襲う。


 咄嗟に<鎖>を発動――。

 ティアドロップ型の先端の<鎖>が一人の空魔法士の頭部をぶち抜く。

 続けて背後の空魔法士の胴体を貫いた<鎖>を操作。


 <鎖>を絡めた空魔法士の体を――。

 他の空魔法士に衝突させて転倒させる。


 転倒させた空魔法士に向けて《連氷蛇矢フリーズスネークアロー》を連射。


「――ぐあぁ」

「邪魔だ」

「げぇ」


 機関銃で銃弾を撃つように空魔法士隊の連中を倒しまくる。

 

 キサラは匕首を両手首の黒数珠に収納。

 ダモアヌンの魔槍を出現させた。


 砂漠鴉ノ型の兜の形を少し変化させる。


 <血魔力>を強く練ったようだ。

 あの兜は初見だ、もう進化の兆しが?


「シュウヤ様――援護をありがとうございます」


 そのキサラは新しい兜を披露するように加速。

 背中から血が放射状に散る。

 ――<血魔力>を活かす加速だ。

 まだ<魔闘術>の色合いが強いが、俺の<血液加速ブラッディアクセル>を真似している?


 その加速したキサラは俺が作ったスペースに出る。

 と、ダモアヌンの魔槍を迅速に振るいつつ前進――。


 空魔法士隊に向かう髑髏刃の穂先がぶれた直後――。

 空魔法士三人の頭部が宙に飛ぶ――。


 頭部を失った空魔法士隊の面々は、壊れた人形のように力なく倒れた。

 キサラはダモアヌンの魔槍に魔力を込めた。

 柄孔からフィラメントが三方向に飛び出るや、フィラメントは三つの矛を模った。


 その三つ矛のフィラメントの刃槍が黒髪の空魔法士たちを襲撃――。

 空魔法士を数人一度に串刺しに――。


 キサラは<筆頭従者長選ばれし眷属>として血飛沫を自分の身に吸い寄せる。


 その女帝らしさが際立つキサラの背後に忍び寄る影――。

 <隠身ハイド>か?

 <無影歩>的な隠蔽術を使う黒装束野郎を看破――。


 黒装束野郎が気付く間も与えない。

 <血道第三・開門>を意識――。

 <血液加速ブラッディアクセル>――。


 血を纏った俺は、右腕から魔槍杖バルドークに血を吸わせつつ――。

 黒装束野郎との間合いを詰めた。

 唸る魔槍杖バルドークの<血穿>を繰り出した。

 その黒装束野郎の胴体を魔槍杖バルドークの嵐雲の穂先が派手に喰い破った。


 キサラの背中に背中を合わせた。


「あ――シュウヤ様、助かりました……」

「いつものことだ」

「はい……」


 同時にキサラの<筆頭従者長選ばれし眷属>としての熱い<血魔力>を感じた。

 キサラも俺の<血魔力>を体に感じたのかビクッと体を揺らして反応した直後、


「アンッ」


 感じる声をあげた。

 同時に女のフェロモンを強く放出。

 香水の匂いも混ざる。

 〝チャンダナの香水〟か。

 更に俺の<血魔力>を吸ったキサラは体を震わせ続ける。

 と、立っていられなくなったのか、俺の背中に体重を預けた。

 が、俺の背中に自身の背中を当てた直後、ビクッと体を強く揺らして肩で息をし始める。


 背中越しにキサラの発情を感じた。

 感じ入ったであろうキサラは俺を見るのを我慢するように――。

 頭部を揺らし、近付く黒装束を着た兵士たちを見る。


 黒髪の空魔法士隊よりも、黒装束を着た兵士たちが増えてきた。

 その黒装束を着た兵士たちは……。


「おい、あの四腕は……」

「顔は人族っぽいが、まさか、カットマギーさんの?」


 カットマギーと知り合いか。

 すると、キサラの呼吸が荒くなる。

 腰も少し揺らすと、俺にお尻を当て「ん……」と小声を漏らす。


「……ぁん……シュウヤ様、右側はわたしが」

「おう、大丈夫か?」

「は、はい。シュウヤ様の愛を感じました。光魔ルシヴァルの天魔女流を実行します……」


 キサラは声を震わせて語る。

 気持ちを込めていると分かる。

 俺は背中越しに、


「なら、俺は左側の敵をもらう」


 ――キサラの背中から離れた。

 直ぐに黒装束を着た兵士を凝視。

 そのまま魔槍杖バルドークを<投擲>――。

 黒装束を着た兵士は剣で魔槍杖バルドークを防ごうとする。

 が、魔槍杖バルドークは、その剣を弾き飛ばすと、魔剣師の腹を嵐雲の穂先で派手にぶち抜いた。


 次は<超能力精神サイキックマインド>を繰り出す。

 右から近付いてきた空魔法士を衝撃波で吹き飛ばした。


 遺物と壁を貫いて止まった魔槍杖バルドークを<超能力精神サイキックマインド>で掴んでから操作――。


 魔槍杖バルドークは宙を旋回。

 ぐわりぐわりと回りつつ黒装束を着た兵士たちを襲う。


 ――足を嵐雲の穂先が切断。

 ――頭を竜魔石が潰す。

 ――胴体に竜魔石が衝突。

 ――喉を柄が叩く。

 ――頭と肩を嵐雲の穂先が撫で斬る。


「武器を遠隔操作してやがる」

「本体を狙え――」


 左から俺に迫る黒髪の空魔法士。

 右手から魔力のブレードを生やす。

 俺は<超能力精神サイキックマインド>を維持したまま左手に鋼の柄巻を出現させた。


 煌びやかな魔力のブレードを見ながら――。

 ブゥゥゥゥンと音が響くムラサメブレード・改を斜め下から斜め上に振るった――。


 <飛剣・柊返し>を実行。

 魔力のブレードを生やした腕を青緑色のブレードが切断――。


「げぇ――」


 腕を失った黒髪の空魔法士は悲鳴をあげた。

 構わず<超能力精神サイキックマインド>が操作する魔槍杖バルドークをその黒髪の空魔法士に向かわせた。


 竜魔石が頭部を捉えて破壊した。


 魔槍杖バルドークを引き戻しつつ、隣の空魔法士を牽制。

 タルナタムとの感覚共有を生かす。


「――主」


 黒装束を着た兵士に向かうタルナタム。

 魔剣ビートゥを振るった。

 赤みを帯びた刀身が黒装束を着た兵士の頭部を捉える。

 反った赤みの刃は、その頭部ごと体を真っ二つ。

 断面は滑らかに分かれたが、タルナタムの豪快さが際立つ。

 闇神リヴォグラフが喜びそうな血飛沫が周囲に散った。

 その血飛沫の一部を吸い寄せる魔剣ビートゥ。


 更に、もう片方の腕が持つ魔槍グドルルが――。

 もう一人の黒装束を着た兵士の胴体を薙ぎ払った。


 次の相手は黒髪の空魔法士。

 槍を持つ相手だ。

 が、紺鈍鋼の鉄槌の豪快な一撃を受けきれる訳がない。

 振り下ろされた紺鈍鋼の鉄槌は、鋼鉄の槍をへし折り、槍使いの頭部と胴体を陥没させて倒していた。

 タルナタムとの感覚共有は凄い。


 が、まだ秘密がありそうだ。

 コントロールユニット的な魔法陣の中央に幾つかある窪みが気になった。


 これは、神槍ガンジスと同じく秘密があるか。


 戦闘型デバイスに浮かぶ――。

 とあるアイテムをはめ込んでみるか?


 そう思考した俺とタルナタムとキサラに、空魔法士隊からの魔法攻撃が集中――。

 エヴァとレベッカがフォローの蒼炎弾と緑皇鋼エメラルファイバーの金属の刃を寄越してくれた。


 しかし、副長クラスが集結しているのか、黒髪連中の魔法攻撃は半端ない。

 <シュレゴス・ロードの魔印>を意識。


『――シュレ、魔法防御を優先』

『承知――』


 半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロードが左手から出る。

 半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロードは無数に分岐。

 ルシヴァルの紋章樹の枝模様のように拡がりつつ、無数の魔法と衝突を繰り返す。

 

 半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロードの魔法防御が薄くなったが、俺に集中する魔法をすべて吸収。お陰で少し活力を得た。


『シュレ、戻っていい』


 すると、「ピンクン、主――」と、大柄のタルナタムが前に出て壁となった。


 ピンクン?

 半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロードが左手の魔印に戻ると、ピンクの言い方が面白いタルナタムが八支剣などの武器を振るって俺たちを守ってくれた。


 俺自身も数歩下がりつつ――。

 半透明の蛸足集合体シュレゴス・ロードで防げない強力な魔矢と魔法攻撃を柄で弾く。


「閣下――」


 ヘルメだ。

 俺が防御を優先したことを感じ取ったのか違うところで戦っていたヘルメが身を翻す。

 強力な魔矢を放つ射手に向けて突進しては、魔槍と化した腕を活かして倒してくれた。


 一方、キサラは援護を利用して巧みに突進。

 黒装束を着た兵士たちを一人二人とダモアヌンの魔槍で屠りつつ――。


「<邪重蹴落>――」


 の踵落としを実行。

 黒装束を着た兵士の頭部を踏み潰す。

 と、その頭部を潰した兵士の胴体を蹴って高く跳躍。

 自身に飛来した火球を避けた。

 風と雷が混じった強力そうな魔法攻撃がキサラを追う。


 が、キサラはダモアヌンの魔槍でその魔法を弾き斬る。


 しかし、全身に雷撃の余波を受けて修道服が破れて傷を受けていた。

 その刹那――。

 <魔謳>の旋律を奏でるや踊るような仕種からおっぱいを震わせつつ――百鬼道の魔導書を触る。

 と、一瞬で丈の短いシフトドレス系の魔導服に変身。

 衣服をチェンジしたキサラは全身から<血魔力>を放出。


 血の粒子を散らしつつストライドを活かすように宙を駆ける。

 背中の反りと、腰の括れが美しい。


 夜空を血の天使が彩っているようで、美妙だ。

 まさに、『る者くこと無し』だ。


 そのキサラは蒼い双眸に血色が混じる。


「<光魔ノ血鳴矛>」


 小声だが聞こえた。

 白いパンツが気になるが、瞬く間にダモアヌンの魔槍の穂先が変化。


 八角形の血濡れた髑髏刃が無数の髑髏刃が一カ所に密集した穂先と化す。


 幾重にも刃が重なって芸術的。

 双曲タイリングパターンのような魔力の波紋が宙に放出。

 前にも見たがパターンの模様が少し変化。


 ルシヴァルの紋章樹の模様も混じっていた。

 キサラはそのダモアヌンの魔槍を持ちつつ加速。


「――速い! 俺の<風雷刃>が通じていないのか――」


 黒髪の空戦魔導師が叫ぶ。

 その黒髪の空戦魔導師が放つ巨大火球に《雷鎖チェーン・ライトニング》を避けるキサラ。


 重そうな風弾をぶった切ると停まる。

 そして、


「ふふ、貴方は強い。ですが、黒髪の空戦魔導師! 強いからこそ血は美味しいのです! そして、お覚悟を! 姫魔鬼武装最高宝具ダモアヌンの魔槍と光魔ルシヴァルの一門の血を味わうといい――」


 キサラはそう言い放つと急降下――。

 ジグザグ機動で飛来する無数の魔法を避けるや――。

 ダモアヌンの魔槍での突きのモーションのまま風を切り裂く速度で黒髪の空戦魔導師との間合いを詰めた直後――。


「<血万恒河沙叭槍ちまんごうかしゃぱっそう>――」


 ダモアヌンの魔槍から血飛沫が迸る。

 穂先を構成する髑髏刃の群れが一瞬で幾重にも分かれつつキサラごと回転する一撃が、黒髪の空戦魔導師を派手にぶち抜いた。


 黒髪の空戦魔導師だった肉体は、肉片と化した。


 ――凄まじい一撃を繰り出したキサラは隙もなく着地。


「そ、そんな……イノウエさんが……」

「四天魔女の必殺技……天馬空を行く槍使いに、鬼に金棒か……」

「くそが、が、キレイスさんに、まだシンさんもいる!」

「慌てるな、数なら俺たちが上。バルミュグ様の片腕、スガロッチ様も参戦中だ」

「あの不気味な存在を様とは……」

「この状況だぞ? 不気味だろうと味方は味方だ……」

「いけぇぇぇ」


 敵の連中が様々なことを言いながら、魔法を放つ。

 キサラは自分に迫る魔法攻撃と【血長耳】の兵士たちに向かう魔法攻撃を、籐牌とうはい形の大盾に変化させていたフィラメントで防いだ。


 キサラが守った【血長耳】の幹部と兵士たちは、


「「――ありがとう」」

「強い!」

「礼を言う!」

「【天凛の月】の四天魔女は頼りになる!」


 すると、血長耳の幹部たちが前進。


 茶色髪の鎖使い。

 黄緑色の髪の斧使い。

 金色の髪の魔剣師。


 鎖使いは鎖分銅と小型の円盤武器を扱う。

 ママニが扱う大型円盤武器アシュラムを小さくしたような感じか。


 斧使いは両手に魔短斧。

 天凛堂の戦いで戦死した幹部とスタイルが似ている。


 魔剣師は淡い白色の魔力を全身に纏う。

 腕から白色の魔力の刃を出していた。

 さっきマントから白色の魔力風を放っていた方だ。

 

 あの三人の【血長耳】の幹部の名は知らないが、会議に出席していた。


「激戦区! 黒髪の空魔法士隊と黒装束を着た兵士たちを倒す!」


 レベッカが蒼炎弾を放つ。

 エヴァは魔導車椅子から金属の足に移行しながら滑るように前進。

 ――ヌベファ金剛トンファーを振るう。

 エヴァのトンファーが向かう黒髪の空魔法士たちは魔剣師タイプ。

 両手に魔剣を持つ強そうな者たちの斬撃を、エヴァは紙一重で避けながら――。

 袈裟懸けから逆袈裟斬りに胴を払い抜く。

 エヴァは複数人の魔剣師を屠ると、ターンピックを活かすようなターンから――。

 紫電一閃――エヴァの体から放つ紫色の魔力が剣線に纏わり付く強烈な一閃技が魔剣師の一人に決まった。


 そのまま俺たちの周囲を滑るように回る。


 エヴァの両踝にローラーが付いていた。

 ローラースケートのような機動が巧みなエヴァが足下から火花を散らして立ち停まる。


 すると、蟲使いがゆらりと飛翔しつつ近付いてきた。


 ローブから覗かせる顔は闇の魔力としか分からない。

 闇の魔力の中ではバチバチと音が響く。

 血長耳の兵士たちの頭部が宙空に無数に浮いていた。

 しかも、その血長耳の兵士の頭部には蟲の群れが蠢いている。

 エルフたちの頭部を喰らっているのか。


 刹那――。


 蟲たちの一部が血長耳の兵士の頭部を取り込んで巨大化。

 それは瞬く間にローブを着た人型を四つ模る。


 膨大な魔素を内包しているが、造形は人っぽい。

 最初に飛来してきた蟲使いと似たローブの質だが、色が若干濃いか。


 そのローブ姿の一人が前に出る。

 枯れた枝のような細い腕を出すと、手に蟲を集結させた。

 その四人ともが蟲使いか。


 その蟲はムカデかゴキブリか……。

 蟲が集合した歪な長剣となった。


 他の三人もそれぞれ特徴ある歪な長剣を持つ。


 そして、最初からいた中央の蟲使いは巨大なムカデを背後に出現させる。

 更に、目の前にシックル刃的な魔刃を浮かせていた。

 本体か不明な蟲使いの頭部は……。


 闇の魔力の集合体でやはり判別ができない。

「閣下――」


 ヘルメが《氷槍アイシクルランサー》を繰り出す。

 が、蟲使いの背後の巨大ムカデが背を伸ばす。


 甲羅で《氷槍アイシクルランサー》を弾いた。

 その巨大ムカデを操る蟲使いが、


「――オマエが『無魔心剣のルルセス』とメメクを倒した、あの槍使いか」


 聞いたことのある渾名と名。

 思い出した、塔雷岩場か。

 ユイと一緒に倒した。


「……倒した覚えはある」


 しかし、俺が倒したと判断できる根拠は……。

 千里眼か、透視か、テレパスか。

 そんな能力を持つ存在が敵にいるってことかな。


 他の四人の蟲使いはヘルメとレベッカとエヴァを見てから、俺に視線を寄越し、


「八本指の一人を殺した存在……」

「我らの師匠、バルミュグ様の取引相手でもある〝隼六紋〟にも喧嘩を売った野郎だ」

「バルミュグ様の敵……」

「魔界王子テーバロンテ様と魔界王子ライラン様に捧げる贄の素材に調度いいではないか」

「あぁ、呪神ゲルテルの素材とも合うだろう」


 テーバロンテって魔界王子なのか。

 すべての黒幕に通じる【テーバロンテの償い】の連中か。


「お前ら、【テーバロンテの償い】だな?」

「……魔金だろうと」

「命だろうと……」

「「分け前は必ず剔り得る」」


 そう言い合う蟲使いたち。

 すると、周囲に浮かぶ蟲たちが集結。

 巨大なムカデが二体増えた。

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