七百十七話 セナアプアでの合流

「ペレランドラ、血の儀式はまだあるんだが、続きは今度」

「血の儀式をしなければ、まだ<従者長>ではないのですか?」

「そうではない。もう光魔ルシヴァルの<従者長>の一人だ」

「はい、そうですよね。体の中がはっきりと変わった。と分かりましたから。心も変容したような……声と聞こえてくる音も変化を……」


 俺は頷きながら……。

 確認も兼ねて<ルシヴァルの紋章樹>を発動。

 ブラッディサージテラーが展開。

 異質な血文字が宙に浮かび一箇所に集まると、俺を模った。


 が、その俺の血の形は崩れた。


 崩れた血は細まりつつ宙に渦を形成し陰陽太極図を描く。


 上の半円部の血の渦は光る部分が多い。

 下の半円部の血の渦は暗い部分が多い。


 光る血と暗い血が混ざる部分は新たな星の誕生でも起こしているように眩い。


 光と闇を現す<光闇の奔流>の意味か。

 <銀河騎士の絆>の黄金比の意味か。


 そして、光る血と暗い血が構成した陰陽太極図は崩れて血の粒子となりつつペレランドラに引き寄せられて体に付着するや、俄に血の粒子的なモノが服の間から湧き上がる。


 体中から血の粒子的なモノを放出させたようだ。

 ブラッディサージテラー効果でペレランドラから発生させた血の魔力と分かるモノは、血のカーテンだろうか。


 血のオーロラにも見える。

 または血の薄い膜か……。


 その血のカーテン的な膜状のモノは、風を受けたカーテンのようにゆらりゆらりと怪し気に揺れていた。


 それら血の動きから<従者長>になったと分かるペレランドラは「腕を上げる――この動作すらも速い……素晴らしい……」と発言して、自らの光魔ルシヴァルの力を確認している。


 皆と同じくブラッディサージテラー効果に気付いていない。

 俺だけに見える効果か。

 <ルシヴァルの紋章樹>か<大真祖の宗系譜者>を内包した<光魔の王笏>を持つ者だけの。


 そのブラッディサージテラー効果の血のオーラはルシヴァルの紋章樹を模った。


 ルシヴァルの紋章樹の幹の中に大きな円が二十個並ぶ。

 魔法陣的な並び、が、前と少し形が変化。

 カバラ数秘術的な印象だ。

 大きな円の中に<筆頭従者長選ばれし眷属>たちの名がある。

 キサラの名もある。

 その、ルシヴァルの紋章樹を消してから、


 処女刃をアイテムボックスから素早く出した。


「――ペレランドラ。血の儀式に関して説明しとく。これが処女刃。腕輪の内側に刃が内蔵されていて、スイッチを押すと刃が飛び出す仕組み。腕の中に刃が食い込む」

「え……」

「当然、腕に傷を負うし痛い。血が流れる。が、光魔ルシヴァルは吸血鬼ヴァンパイア系新種族。その傷は再生する。腕にめり込んだ刃を押し返してな。そして、また処女刃から刃が出ては腕に食い込むんだ。その際流れる血が、要だ。そうして、処女刃から出る刃が腕に刺さる痛みを我慢し、血を流し続けて……血の操作を学ぶと<血道第一・開門>を獲得できる。これを、略して第一関門とか呼ぶことがある。血の操作の<血魔力>だ。同時に<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>も獲得できる」

「……それは絶対に必要なのですか?」

「絶対とは言えないが、必要だろう。んじゃ、皆のところに戻ろうか」

「はい」


 俺は船の端に立って、俺たちを守っていたヘルメに向けて、


「ヘルメ、《水幕ウォータースクリーン》をありがとう。戻るぞ」

「はいです」


 ヘルメと新しい<従者長>のマージュ・ペレランドラを連れて皆の下に戻った。

 ドロシーは上の空だ。


「お母様……お母様が!」

「ふふ、ドロシー、大丈夫。血行が良くなりました」


 と冗談的なことを言うペレランドラ。

 微笑むと、ドロシーの傍に向かう。


「これが<従者長>なのですね、歩く速度も変わりました――」

「ん、ペレランドラ。もう同じ家族。血文字もよろしく」

「わたしと同じ時期の眷属化。これからもよろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、皆さんに貢献したい思いが強まりました。よろしくお願いします」


 ペレランドラは皆に向けて挨拶した。

 ヴィーネも、


「よろしく。セナアプアの去就の件は聞いていないが、もう同じ一族なのだ。<従者長>として、セナアプアでの活動に期待しよう」


 と、ヴィーネが鋭い目つきで語る。

 ペレランドラは頷いた。

 そのペレランドラの真上に浮かんでいたヘルメ。


 ヘルメは水の衣から知恵の輪の形をした水飛沫を周囲に出していた。

 背中から迸る水飛沫は仏さんのような後光を発している。

 女神的だ。

 常闇の水精霊ヘルメだが光の精霊っぽい。


 その神懸かっているヘルメが、ふふっと笑みを溢しながら、


「――ペレランドラ、<従者長>化おめでとう。そして、閣下に尽くすのです」


 ペレランドラを祝うように、水飛沫をピュッとかけた。

 顔にかかった水分はダイヤモンドの飛沫でも含んでいるのか、キラキラと輝きを発して、皮膚に吸収される。

 刹那、ペレランドラのお尻が輝いた。


 いつ見ても面白いが、服越しに輝く尻とか……。

 どんな効果なんだろうか。


 そのヘルメが、


「――塔烈中立都市セナアプアに光魔ルシヴァル神聖帝国の礎を造りあげるのですよ。そして、いずれは、光魔ルシヴァル神聖帝国の宰卿となるはずです」

「えっと、神聖帝国とは……」

「気にするな。ヘルメにはヘルメの野望があるんだ。ヘルメは俺を光魔ルシヴァル神聖帝国の皇帝に据えたいらしい」

「皇帝……神聖帝国。宗教国家の神聖教会と関係が?」

「関係ない」

「サイデイルのような国造りということでしょうか」

「……それを言われると、そうかも知れないが、そんなヘルメ的な野望は皆無。サイデイルも女王キッシュが治めている」

「しかし、ご主人様、その女王も<筆頭従者長選ばれし眷属>の一人に過ぎない。ご主人様は宗主様。吸血鬼にたとえるならば、吸血神ルグナド様と同じ立場です」

「まあ! 吸血神ルグナド様と同じ! 神が生み出した十二支族の女帝たちは<筆頭従者長オリジナルズ>と呼ばれていることは知っています。セナアプアでも吸血鬼騒ぎは起きたことがあります」


 へぇ、セナアプアでか。

 戦争中に遭遇したヴァンパイア集団とか?

 違うか。


 すると、エヴァが、


「ん、精霊様は冗談か本気か分からないことが多いけど、キッシュを緑の剣帝、女王、女帝って予言していた。そしてキッシュは本当に女王になった。蜂式ノ具を取り返したのはシュウヤだけど、今のサイデイルの復興具合を見ると本当に凄い」

「そうですね、サイデイルはまだ街の規模ですが、一騎当千の強者が三十人を超えている。それは有能な特殊部隊を持つ国と同じ」


 それはそうか。五十人規模なら、いっぱしの部隊だ。

 何かの本で、五十人超一流で優秀な兵士が居れば、数倍の戦力相手に戦うことが可能と読んだ覚えがある。


 さらにキサラが、


「……ホルカーバムではホルカーの大樹を復活させて領主マクフォルと友に、ペルネーテではオセベリア王国の第二王子ファルス殿下及び大騎士たちと知り合いです。イノセントアームズのパトロン&副長メルと連動しているとも聞いています。樹海の南の狼月都市ハーレイアの古代狼族のハイグリアとは結婚しました。更に、アルゼの街の領民を救いフレデリカ領主から勲章をもらった。魔竜王討伐で指輪をもらったヘカトレイルの女侯爵シャルドネともシュウヤ様は仲がいい。そして、レフテン王国のネレイスカリ姫を助けて、姫を擁護する伯爵領に送り届けた。その送り届けた先でも闇ギルドの襲撃を防いだ。王女派の命脈を守ったのと同じこと。もし、ネレイスカリ姫がレフテン王国を掌握したら、シュウヤ様を必ず、権力を使い、探そうとするでしょう。更に、ヴィーネとロロ様が貢献した東の……国とは呼べませんが教団セシードの【レンビヤの谷】の獣人の集団もあります。そこで幻獣を得た。海では、ローデリア国のセリス王女。そしてクレインはベファリッツ帝国最後の皇帝の庶子。あの皇帝の一族の生き残りですよ? しかもレベッカは、近くにいるとあまり気付きませんが、そのエルフたちの更に上をいくハイエルフの血筋……蒼炎神の血筋が色濃く残った偉大すぎる血脈。そしてわたしの、北の砂漠の黒魔女教団。さらにアーカムネリス聖王国の御姫様たち。宇宙では、ハーミット艦長。選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスでもあります……サーマリア王国を除けば国の有力者と複数繋がりを持ち、惑星の範囲を超えている」


 と、発言した。

 皆、キサラの発言を聞いて、俺を凝視しては、唾を呑み込んだ。

 また、持ち上げる流れか。


 相棒はエジプト座りで俺を見る。

 その眼差しの無垢さに癒やされた。

 すると、クレインが、


「精霊様の発言もあながち、間違いではないね」

「そうか?」

「そうさ。わたしをシュウヤが眷属化したら、ガルファたち、レザライサはどうでると思う? 嘗ては【スィドラ精霊の抜け殻】と同じくわたしを担ごうとした【白鯨の血長耳】だよ」

「怒りそうだ」

「レザライサは怒るというか嫉妬するだろうねぇ。が、ガルファなら、シュウヤの能力を見て気付くのではないか? その神聖なんたらではなくとも、人を自然と導く才能があると」

「ん、先生、それはシュウヤが皇帝になるべきだと?」

「いや、シュウヤ自身の気質は理解している。わたしも武芸者として誇りを持つからね」

「でも、人を導くって」

「済まない、言い方がまどろっこしいか。ガルファやメリチェグなら、再び、わたしを担ごうとするはず。ベファリッツ大帝国の女帝にね」

「あ……キッシュのように……」


 と、エヴァは気付いたように俺とクレインを交互に見る。

 クレインは頷いた。


 皆、俺とクレインを交互に見て、ペレランドラも見る。


 ヴィーネも、俺をじっと見てから、


「そうか。ご主人様の気質を利用するつもりか」

「そうだ。権力嫌いのシュウヤ。ま、その点はわたしも嫌だが、皇都が見られるのなら…再興の夢を思い出してしまう」

「ん、先生はベファリッツ大帝国の再建を考えたことがあったの?」

「あったさ。仲間かその家族がまだ多くいた頃だ。数千回は考えたさ。【スィドラ精霊の抜け殻】は嘗ての仲間でもある。寿命が長いエルフだからねぇ。わたしは邪教と揶揄するが、そのスィドラの皆が、あそこまで固執する考えに至った理由は理解しているつもりさ……が、まぁ……これは語るに落ちるか」


 クレインの表情には哀愁があった。

 エヴァは涙を流す。

 師匠と弟子の間でしか分からないこともあるだろう。


 少し前、クレインとエヴァが会話していた時……。


『当たり前さ。皇帝の庶子。皇帝直属のインペリアルガードたちによって、わたしの存在は長いことベファリッツ大帝国内部では秘匿されていた。極秘中の極秘。だから知らなくて当然。記録も残っていないはず。帝都は爆発して、今は【魔境の大森林】と化しているからねぇ』


 と、語っていた。

 ベファリッツ大帝国の内戦で失った仲間たちは無数にいたんだろう。

 インペリアルガードとかに仲間も……。


 軍閥が入り乱れ、人族や他種族との戦争か。


 ヴィーネが数回頷いてから、


「……そういうことか。皇都キシリアを目指す依頼を風のレドンドと約束していることも踏まえての話。皇都周辺の魔境の大森林、魔界に進むことが可能な〝傷場〟の確保も、ご主人様の武力なら可能。魔界騎士や軍団が現れても、わたしたちもいるのだからな。そして、実際に魔王の楽譜を手に入れて、魔界セブドラを目指しているからこその現実的な話……同時に魔界に向かうことが可能な傷場を確保できれば、【魔境の大森林】の広大な領域と【皇都キシリア】の跡地が手に入ることになる。その元ベファリッツ大帝国の領域を利用している、北の聖王国と西の宗教国家の橋渡しにもご主人様の力を利用できると……」


 そう語った。

 ヴィーネは俺を凝視。

 その視線には深いリスペクトがあった。

 愛ならいいが、まだ結果も出していないってのに気が早い。


 しかし、【魔境の大森林】の生の現場を知らない皆は納得しているようだ。


 期待するのは勝手だが。

 俺は【魔境の大森林】に溢れかえる魔族の軍団を見ている。

 正直、皆の戦力を結集しても広大な領域を確保できるとは思えない。


 皇都キシリア……。

 魔界に進むことが可能な傷場の占拠なら……。


 が、実際に現場を見てからだろう。

 無理なら無理で諦める。


 シーフォには悪いがな……。


 皆は暫し沈黙。

 クレインが沈黙を破った。


「そうだ。メルと同様に、さすが頭が切れるね、ヴィーネ」


 そして、神々しい雰囲気を醸し出すヘルメが、


「ふふ。気付きましたか……」


 そう語った一瞬、水神アクレシス様を想起した……。

 皆も同じ思いなのか、ペグワースさんと職人たちの表情が強張った。


 リツさんとナミさんも同様。


 一方、ペレランドラは胸元に手を当て感動したような表情で俺を見ていた。


 キサラは、


「……光と闇の運び手ダモアヌンブリンガーのシュウヤ様とわたしたちなら、魔境の大森林の魔族の駆逐は可能なはず!! しかし、わたしはゴルディクス大砂漠の……」


 感情が篭もった言い方だ。

 キサラは<筆頭従者長選ばれし眷属>となったからな。

 そのキサラがいることによって、魔界に進める傷場の確保が楽になることは確実だろう。


 いつも皆を、俺を信じてくれているキサラに『ありがとう』という気持ちを込めて、


「キサラ、分かってる。黒魔女教団の総本山、ダモアヌン山に行きたいんだろう。犀湖都市とかな」

「はい……」


 キサラの瞳が潤む。

 俺は頷いた。


「向かうさ。宗教国家の鏡か空旅か。ツアンの奥さんがいる【外魔都市リンダバーム】にも、聖槍アロステも丘に戻す。が、今だ、今。そろそろ夕方だぞ。皆、シャキッとしろ。切り替えだ。血長耳の緊急幹部会は今夜なんだからな、気合いを入れろ――」


 と、発破を掛けた。


「はい」

「そうね。少し感傷的になった。ごめん」

「ん、先生……いいの」


 エヴァの優しい表情を見ると癒やされる。

 そのエヴァはペレランドラを見て、


「ん、時間的にまだ処女刃はやってない?」

「はい、説明を受けましたが、まだです」


 俺は皆に向けて、


「ではナミさんとリツさん、あとで合流ということで。ペレランドラとドロシーもいいか?」


 ペレランドラ親子は、


「「はい」」


 とお辞儀をした。


「よし――」


 黒豹ロロとアイコンタクト。


「じゃ、俺たちは上界だ」

「にゃお~」


 相棒は触手をシウに絡めると、胴体に付着させていた。


「わぁぁぁ――」


 小さいシウの体が黒豹ロロの胴体にぴたっとくっ付く。

 シウが人形に見えた。


「ん、先生と皆、またあとで」

「了解さ」

「はい、エヴァさん。髪薬の予備は渡してありますが、あまりかけ過ぎないように、そのままでも一週間は持ちますので」

「ん、ありがと。このままにしとく!」


 と、頭部を振るうエヴァ。

 揺れるミディアムの黒髪、髪に艶が出て綺麗だ。


 クレインは視線と頭部の動きと表情だけで、【狂騒のカプリッチオ】のコンビに指示を飛ばす。

 そのゼッファとキトラのコンビは、


「「おう――」」


 と、気合い溢れる声を発した。

 その声を聞いたクレインは俺をチラッと見てから、皆に向けて、


「――ペレランドラにリツとナミ。【血銀昆虫の街】を通るよ? 覚悟はしているかい?」

「勿論です」

「はい」

「ふふ。大丈夫ですよ。【天凜の月】の仲間になる予定のセンシバルと人族の方は正直、あまり聞いたことがないですが、クレインさんは違う。【銀金火鳥のフェンロン】、【銀刺金刺】、【金死銀死】などの無数の異名を持つ方ですから」


 と、ナミさんが語ると、クレインは照れたように視線を逸らすと、ゼッファに視線を向けた。


 ゼッファが肩にかけた巨大ホラ貝的な楽器を鳴らすと、ペレランドラたちは歩き出した。

 シウを背中に乗せた相棒がペレランドラたちに釣られている。


 さて、ペレランドラ親子たちと別れた俺たちも進むか。


「ん、共用の浮遊岩から上がる?」

「そうだな」


 エヴァが座る魔導車椅子がすいすいと先に進む。

 車輪とリムを回す回数が速いのは、レベッカと早く会いたいって気持ちが表れているような気がした。


 しかし、黒豹ロロは……。

 歩くゼッファの尻毛か太股辺りの匂いを一生懸命に嗅いでいる。

 あ、戻ってきた。


 そのままペレランドラたちの背中が見えなくなる。

 俺たちも波止場付近を出た。

 二階建ての建物が隅にある曲がり角を曲がる。

 石畳みの道から小さい階段を下りて、街路樹が並ぶ通りの端を歩いた。


 通りには、大小様々な馬車や魔獣が行き交うと、どこかで見たドワーフの女性が見え隠れ。あ――<銀河騎士の絆>が反応した。


 だが、人集りに消えてしまった。


 すると、右腕の戦闘型デバイスから機械音が響く。


「マスター。フォド・ワン・マインド・フィフィスエレメント・クリスタルと『ドラゴ・リリック』が反応を示しています。銀河戦士カリームから出た魔線が、人集りのほうに、あ、遮蔽を受けた? いや、ずれたような……反応が消えました……この都市の次元軸が異なるせいでしょうか……」


 アクセルマギナがそう発言した。


「エセル界が近いってのもあるのか」

「そのようです」

「消えたドワーフは、もしかして、エウロパかな。ハートミットの部下の」

「可能性は高いです。他にもトールハンマー号の誘因性の高いビームのトラクタービームを利用したのでしょう。ハートミットから連絡はないので詳しいことは分かりませんが」


 アクセルマギナの言葉を聞きながら周囲を探すが……分からない。

 半透明なハンバーグを売るけったいな露店もあった。相棒が興味を持つが、無視。

 そのままユイとレベッカが待つ【宿り月】に向かう。


 と、ユイの血文字が浮かぶ。


『シュウヤ、下界に到着した?』

『おう。今向かっている』

『分かった。【天凜の月】が手に入れた下界から上界に向かう浮遊岩を利用すれば【宿り月】に近い上界に出るから』

『あ~、ゼッファとキトラに、【天凜の月】が獲得した浮遊岩が何処にあるのかを聞くのを忘れていた』

『なら、共用浮遊岩か、血長耳の浮遊岩で上界に上がって。繁華街エセルを抜けた先の【宿り月】の位置は、キサラとエヴァがいるから大丈夫かな、一度シュウヤは来たけど』


 ユイの血文字を見たキサラも、


『はい。【天凜の月】が手に入れたであろう浮遊岩はだいたい想像できますが、シュウヤ様についていきます』


 と、血文字を送る。


『おう。普通に向かう』

『ん、浮遊岩は多くて、皆が手に入れた浮遊岩は分からない。ユイかレベッカ、今度【天凜の月】専用の浮遊岩を教えて』

『うん』

『わたしは、まだ不慣れだ』

『ヴィーネはセナアプアであまり活動してないからね、仕方ない』

『ん、わたしは先生たちと一緒に、この都市で少し活動していたから慣れがある。けど、浮遊岩と魔塔が新しくいきなり出現したりするから、迷う時があった』

『そうねぇ、あ~、それよりシュウヤと早く会いたいな~』

『おう! 俺もだ。待ってろレベッカちゃん。脇腹をくすぐってあげよう』

『えぇぇ! ふふ、えっちなシュウヤに期待する!』


 怒らないでノリがいいレベッカの血文字だ。

 不思議と元気になった。


 エヴァとヴィーネとキサラは血文字を続ける。

 俺は相棒のモッサモサの太股を見ながら歩いた。

 通りを行き交う人々の数が増えてくる。


 共用の浮遊岩もかなりの人集りだ……。


 待ち合わせのカップルやら、露天商やら。

 駅前の広場って感じだ。


 共用の浮遊岩に他の利用客と一緒に乗り込んだ。浮遊岩はゴツイゴンドラリフト風。他の利用客の邪魔にならないように、その端に移動――空を行き交う空魔法士隊と空戦魔導師の姿が見えた。


 俺たちの存在には気付いていない。


 塔烈中立都市セナアプアの魔塔と浮遊岩が織り成す景色を堪能しながら……上界の【繁華街エセル】に上がった。


 空気が綺麗になったような印象。


 前に通った広場を通る。

 【宿り月】に向かった。

 チンピラが利用していたマンホールを視認。


 あのマンホールから地下層を調べることもできるが――。

 そんなことはしない。


 黒豹ロロはシウを体に乗せて走る。

 途中で止まって、俺たちを待っていた。


 そうして、見知った魔素の感覚を得る。

 【宿り月】の建物も見えた。

 そろそろ夕方も終わりそうだ。


 魔法の明かりが照らす店の前にレベッカとユイがいる。

 二人は手を振ってきた。


 笑顔の二人だ。

 俺は嬉しくなって早歩き。


「ん、早歩き?」

「キュ?」

「にゃお~」


 と、先を走る相棒。

 ヒューイが翼を広げていたが、エヴァが紫色の魔力を発して、ヒューイを止めていた。


「あわわわわ~。ロロちゃん、はやいよ~」

「――にゃ~」


 と、シウの声を聞いて止まった。

 ゆっくり歩きに変えた相棒。

 触手でシウの髪の毛をわしゃわしゃとしてから、シウを地面に降ろす。

 シウから離れた。

 シウは口に指を咥えて寂しそう。


 が、シウは黒豹ロロの走る姿を見て、指を離して笑った。

 シウは傍に来た俺を見上げて、


「シュウヤ兄ちゃん。あそこにいっぱい人がいる」


 頷きつつ、


「おう、背後の事務所が【宿り月】だ。あの中でシウは留守番な」

「分かった」

「ふふ、ロロ様とご主人様も寂しかったようです」

「短い間でしたが、わたしもです」

「皆同じ気持ちだ――」

「ん」

「レベッカの快活な性格と清涼感は気持ちを浄化させてくれる時もありました」

「分かる。なんかこうスッキリするんだよな」

「ん、そう。レベッカは気持ちが真っ直ぐなの。乱暴な面もあるけど」

「頼りになるユイとの会話も楽しかった」


 すると、前方の私兵たちが騒ぎ出した。

 その私兵の中から鼬獣人グリリのトロコンが前に出る。


 俺を凝視しながら、


「――総長、お帰りなさいませ」


 そう挨拶を寄越す。

 続いて、レベッカが「今よ!」と大きな声を発した。


 刹那、【天凜の月】の私兵たちが一斉に杖剣を掲げた。

 儀仗兵のような敬礼か?


「「お帰りなさいませ――」」

「「お帰りなさいませ――」」


 びびった。声と態度に迫力がある……。

 仗剣の先端に明かりが点いて綺麗だ。


「仲間の兵士が増えて、新しい衣装が素敵です」


 と、ヴィーネが指摘。

 キサラも


「はい、素敵な衣装です」

「あぁ」


 左右の私兵たちの表情を見ると緊張感を持った顔色だ。


 衣装を注視。

 色合いは黒と紅色を基調としている。

 ワッペンは残骸の月か。

 細かい。腕章には二つの月に猫と狼の意匠が施されてある。

 魔力はないが、魔裁縫師に頼んだんだろうか。精巧だ。


 ミニマントには槍と剣のマークがある。

 カッコイイじゃないか。


 急拵えの感はあるが、抜け感的なセンスがある。

 そして【天凜の月】としての統一感はあった。


 メルたちが報告してきたペルネーテの新衣裳とは違うようだが、さて。


「ん、わたしもびっくり。練習しているとか言ってたけど、迫力がある」

「練習? 聞いてないが」

「ん、済まない。レベッカが、シュウヤに内緒って『びっくりさせる』とか言ってたから黙ってた」

「別にいいさ」


 レベッカなりのサプライズだろう。

 私兵の衣装はレベッカの案か。


 その私兵たちを見て……。

 改めて俺は【天凜の月】の総長、盟主なんだ、と実感した。


 すると、私兵たちが散るやユイとレベッカが走り寄ってくる。

 ――速い。


「――シュウヤ!」

「シュウヤ――」


 ユイのほうが速い。

 俺に向けて跳躍するや、胸に抱きついてきた。

 ユイの体重はやはり軽い!


 前と同じくお尻をがっちり握った。

 魔力も送り、コンパクトなお尻を堪能。


「あんっ」


 と、声をあげるユイを抱っこしながら回転。


「ふふ、シュウヤの匂い大好き――」

「おう。俺もユイの汗の匂いが好きだ」


 ユイの首筋にキスを「ァ――」しながら地面にユイを下す。

 ユイは少しふらつく。

 腕を持ち腰を支えて上げたから大丈夫だった。


「ありがと。優しいシュウヤ、そして、お帰りなさい」

「ただいまだ。で、ユイ。【天凜の月】の活動ご苦労様だ。諸々ありがとな」

「うん。シュウヤもよ。キサラの眷属化に、ペレランドラの眷属化とか、痛いのを我慢したんでしょう。あと【天凜の月】のことだけど、メルがいかに総長代理で普段がんばっているか理解したわ。父さんも物好きな野望を持ったなぁってね。ま、その闇ギルドも結局は、シュウヤに捧げる野望ではあるけれど」


 ユイは微笑みながら語る。

 片目を瞑ってウィンクを繰り出す。

 髪形は前と変わらず。

 あ、右髪が耳の裏に通っていた。

 少しだけ変化しているが、可愛いおかっぱ系の髪形は変わらない。


「わたしが一番の予定が! ユイは速いのよ!」


 叫ぶレベッカだ――。

 俺の脇腹にツッコんできた。

 ユイは爪先半回転を駆使するように踵を軸に回転をしつつ離れた。その直後――。

 俺はレベッカを受け止めた。

 ドッとした衝撃を脇腹に受けたが、本気の肩タックルではないからあまり痛みはない。


「ふふ、シュウヤ、おかえり~」


 レベッカの首は俺の腋の下に嵌まっている。

 俺の脇腹辺りに口を付けては、もぞもぞと俺に抱きつくレベッカさんだ。

 首に掛かるネックレスのチェーンに薄着の間から肩甲骨を覗かせてもらった。背中の肌がなんとも言えない。ブラをしていないし、なだらかに腰まで続く背骨が魅力的。

 同時にシトラスの香りが漂った。 


 顔が見たい。


 レベッカの体重を感じながら横回転――。

 そのままスイング式DDTをレベッカに喰ら、わせない。

 丁寧に腋を上げつつレベッカの表情を見ながら、地面にレベッカの足を降ろしてあげた。パチパチと瞼を開閉させたレベッカは蒼い瞳を潤ませつつ、


「ふふ、寂しかった?」


 と、聞いてきた。

 短い言葉に感情が詰まっている。


「おう。寂しかったさ」

「もうっ――」


 顔を赤くしたレベッカ。

 俺の胸に顔を寄せる。

 レベッカの背中を撫でていると皆が集まってきた。

 足下から、


「にゃお~~」

「あ、ロロちゃんもお帰り!」

「にゃ~」


 相棒はレベッカの足下を行ったり来たり。

 レベッカは俺から離れて、その黒豹ロロの頭部を撫でながら背筋の毛並みを楽しむように尻尾までを撫でる。

 レベッカに、頭部から背中に尻尾までを引っ張るように弄られた相棒はレベッカの掌に合わせるように体勢を上下させていた。

 黒豹ロロは気持ち良さそうに目を細める。

 すると、お返しか、レベッカの股間に、ミニスカートの中に頭部をツッコんだ。


「はぁうあ――ロロちゃん、わたしの股間は餌じゃないから――あぅん」


 興奮した相棒から逃げようと股を動かしたレベッカの動きが、エロい。しかし、マーカス的な相棒は犬かよ。いや、これは違う。

 ま、黒豹ロロなりの挨拶か。


 その黒豹ロロはレベッカの匂い付け作業に満足したようで、ユイに向かう。


「――うわっ」


 と、笑って油断していたユイは押し倒されていた。

 顔を舐められまくりなユイ。


「あぅぅ、しゅ、しゅうやぁ、たすけて~」


 ユイの弱々しいレア声だ。

 ユイには悪いが、面白い。


 そのユイの衣装も新調されていた。

 黒色を基調とした紅色が混ざる防護服。

 脇腹と右腕のほうに肌に密着した網タイツ系の新防具があった。


「ん、レベッカ、ただいま」

「あ、エヴァ!」

「ん――」


 抱き合うレベッカとエヴァ。

 ネーブ村の小旅行からの帰還って感じだが、なんか心が温まる。


 ヴィーネは相棒になすがままのユイに近付いて、手を差し伸べていた。

 キサラは俺の横に来る。

 俺は腕を出した――。


 キサラは頷いてから、俺の手を握るとニコッと微笑む。

 そのキサラの細い手の指に――。

 俺は指を通し、握り直した。


 キサラは、アイマスク越しの蒼い双眸が揺らぐ。

 恋人握りを求められたことが嬉しかったようだ。


「……シュウヤ様。サイデイルの一時を思い出します」


 と、発言。


「あぁ、よくキサラを抱いたな」

「……はい」

「まーた、油断するとすぐこれよ!」


 と、レベッカさんの鋭いツッコミ。

 はは、嬉しい。


「そうか? 手を握り合っただけじゃないか、なぁ? キサラちゃん」

「はい。愛のある握りです。ふふ」

「はいはい~今回はレベッカに賛成。そして、キサラ、<筆頭従者長選ばれし眷属>化おめでとう」

「ユイ、ありがとうございます!」


 レベッカとユイはキサラを凝視。


「あの四天魔女が、わたしたちと同じ一族化。ダモアヌンの魔槍を用いた槍武術にスキルも大幅に強くなってそう」

「まだ慣れが必要です」

「父さんも苦戦してた頃を思い出す……」

「ペルネーテの迷宮で戦った頃ね」

「そう。呼吸法も随分変化するし、筋肉と魔力操作も研鑽して積み上げてきた土台が変わるってことだからね」

「そっか。わたしもクルブル流を研鑽しよう……?」

「なんで、疑問形」


 と、ツッコミを入れるユイ。

 ツッコミを期待したレベッカはニカッと笑う。


「ふふ」


 ヘルメも楽しそう。

 水飛沫を相棒に飲ませていた。

 ヴィーネはヘルメと相棒が戯れた影響で受けた水飛沫から避難。

 ヒューイにも、水を飛ばすヘルメ。

 相棒は腹が減ったか。

 アイテムボックスから食材袋を出して口を開けるや素早くタッパーを取り出した。


「にゃご」


 相棒が餌を見てギラ付く。


「――んじゃ、もう夜だし、ユイとレベッカ、血長耳の魔塔まで案内してくれ。ロロは直ぐに食べちゃうから、な――」

「にゃお~」

「ングゥゥィィ」


 ハルホンクも欲しがったが。

 相棒にカソジックとササミの自家製の餌をプレゼント。


「分かった」

「美味しそうな匂い……で、シュウヤ、同伴は?」


 俺は相棒の餌の食いっぷりを見ながら、


「全員は無理か。トロコンだけが守りではな」


 そう言うと、


「ん、わたしがシウを……」

「エヴァ、悪いが交渉に発展する可能性がある」

「あ、うん」

「なら、わたしかな、シュウヤともっと触れあいたかったけど」


 レベッカがそう発言。

 と、ユイが前に出て、


「残るのは、わたしでもいい。闇ギルドの事務所にはわたしが似合う。シウも皆も守るから。それにシュウヤにはヴィーネにキサラもいる。二人は戦闘能力が極めて高い。精霊様もいるし、ミレイヴァルさんも、フィナプルスさんもマルアちゃんもいる。沸騎士たちに黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミも。だからレベッカはシュウヤと一緒にいきなさい!」

「あ、いいの? わたし……」

「うん。わたしは大丈夫。さっきギュッとしたから。お尻も揉まれたし、気持ち良かった……」

「ん、えっちんぐ大魔王!」

「あはは、分かった。えっちんぐ大魔王の傍にいる!」


 と、レベッカが傍にきた。

 エヴァとキサラもヴィーネも寄ってくる。


「じゃ、レベッカ、案内を頼む」

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