七百十六話 新しい<従者長>の誕生

 触手手綱が俺の首に付着。

 相棒はハイム川の上に出た。


「ンン――」


 ――神獣ロロディーヌの加速には時が止まった感がある。

 更に加速した神獣ロロディーヌ――。

 ネーブ村を見ようと振り向いたが、もうネーブ村は見えない。ただの崖が並ぶリアス海岸としか分からなかった。


 そのリアス海岸を見て――。

 ネーブ村の皆さん、またいつか!

 ラ・ケラーダ! 

 と感謝の気持ちを送った。

 前に向き直る。

 と、神獣ロロディーヌの頭部が震えた。

 そのまま武者震いでも起こすような振動を繰り返し、巨大な頭部を上向かせるや体を旋回させる。


 当然、相棒の頭頂部にいる俺たちも揺れた。


「――きゃっ」


 ヴィーネの可愛い声だ。

 ひさしぶりに聞いた。

 二の腕にヴィーネの胸の感触を得る。

 抱きついてきたヴィーネ、長耳が萎んでいた。高所恐怖症は<筆頭従者長選ばれし眷属>だとしても変わらない。安心させようとヴィーネの手の甲に手を重ねた。


 ヴィーネは「あっ」と声を洩らし、上目遣いを寄越す。目を瞑り、


「ご主人様……」


 と、薄紫色の唇を向けてくる。

 エヴァとキサラが反応する前にヴィーネの唇を奪った。

 舌でヴィーネの上唇と下唇を割いて口内に舌を入れると――素早くヴィーネも呼応。


 俺の舌を唇で引っ張るディープなキスを返す。唾液と微かな温もりが宿る息が愛しい。そんなヴィーネの上唇の襞を唇で押しつつ『愛している』と、気持ちを込めて労った。

 そのまま互いの舌を絡めつつ血と唾液を交換――深いヴィーネの愛を感じた。

 ヴィーネは煩悩のままなのか、腰を前後上下に動かし、自らの恥部を――服越しだか、俺の腰に押し付けつつ――俺の腋に顔を埋めてくる。


 そのまま、


「ご主人様の匂い……」


 そんなことを呟く。

 ヴィーネの項の生え際が色っぽい。

 その項にキスをしながら血を頂いた――。


「あんっ」


 刹那、ヴィーネは体が仰け反る。

 が、素早く反った背を戻して、俺を凝視してきた。

 銀色の虹彩に宿る魔力のうねりが欲望の火に見える。

 ヴィーネからバニラの匂いと女の匂いが漂った。


「……夜を思い出しました」


 そう語ると、ヴィーネは自らの胸を俺の腕に押し付けてくる。

 突起した乳首のコリッとした感触がたまらん。

 股間が反応しまくりだ。


「ん、ヴィーネ。シュウヤはロロちゃんを操縦中。えっちなことは禁止!」

「そうですよ! 夜のお楽しみで、さんざん、シュウヤ様に愛でられていたはずです!」

「それはお互い様と言いたい。いや、そうでもないか。お楽しみの時間、キサラはご主人様に一番長く突かれて愛でられていたではないか!」


 夜のことを思い出したヴィーネさんが少し怒っている。

 すると、左目の中にいるヘルメが、


『キサラが眷属化してから、また嫉妬塗れになりそうですね。ツッコミ女王のレベッカもいませんし、わたしが出ますか?』


 そんな念話を寄越しながら腕先を皆に伸ばす。


『大丈夫だろ』


「喧嘩はしまいだ。相棒――」

「にゃ」


 俺の声に呼応した神獣ロロディーヌは加速――。

 瞬時にヴィーネ、エヴァ、キサラは喧嘩を止めた。

 ま、他愛ない痴話喧嘩だ。

 エヴァは天使の微笑。ヴィーネとキサラも互いを見て笑顔だ。

 痴話喧嘩の会話そのものを三人は楽しんでいる。

 さり気なく俺の手を握っていたエヴァは「ん」と微かな声を出して頷いていた。


 俺の気持ちは正解だったようだ。


 刹那――相棒は回転。

 アクロバティックな機動で上昇気流に乗った――。

 雲が続くエリアを抜けたいようだ。

 が、また急降下――ヴィーネが悲鳴。

 背後の神獣ロロの広い背中で寛ぐ皆も悲鳴的な声を発した。

 相棒の触手と黒毛が皆の体に絡むからアクロバティックな飛行中でも落下する心配は皆無ではある。


 が、さすがに、今の神獣ロロの機動は驚くだろう。


 すると、


『たのしい』『そら』『くも』『あそぶ』『おいしい?』『いっぱい』『あそぶ』『くも』『くも』『あめだま?』『ふきとばす』『そら』『くも』『あいぼう、みて』『すきる』『きさら』『こえ』『たのしい――』


 相棒が気持ちを連続的に伝えつつ方向を示す。

 ん? 雲にキサラにスキル? 

 かなり珍しい気持ちの伝え方だ。

 相棒は自身の魔力を高めつつ体を振動させた。

 そして、口を大きく広げる。


 シュゥッと周囲の雲を吸い取る勢いで空気を取り込んだ。

 呼吸音と心臓の鼓動が俺たちの足下から響いた。


 キサラのビート的なノリにも聞こえた瞬間――。


「にゃごぉぉぉぉぉ~」


 気合い溢れる相棒の魔声シャウト――。

 刹那、目の前の雲が消し飛ぶように晴れるや否や塔烈中立都市セナアプアの全景が見えた――。


「ん、凄い!」

「――神獣ロロ様のシャウト!」

「そして、美しいセナアプアです!」


「シュウヤ殿~。神獣様が叫んだぞぉ、どうしたのだぁ」


 と背中側からペグワースの声が響く。

 黒毛に包まれているのか姿が見えないペグワースに向けて、


「気にするな。セナアプアにもうじき着く。だから、今の内に神獣ロロのソファーを楽しんでおけ」

「おう!」

「ふふ~、神獣様ベッド~」


 シウも楽しんでいる――。

 手綱を引くように片腕を引きながら視線を前に戻した。

 しかし、先ほどの相棒のシャウトは凄い。

 空の王者が、空を支配するかの如き神獣シャウトだった。


 お陰で雲も消えたし。

 相棒の雲飛ばし? スキルとか?

 挑発系か、それとも……。


 神獣ロロディーヌ流魔声技術系統:中位シャウト。


 とか、あるのかも知れない。

 それにしても塔列中立都市セナアプアは綺麗だ。

 上界を構成する巨大浮遊岩に無数の魔塔。

 下界の三角州の大地を利用する港の造形も芸術性が高い。


 セナアプアの北側の景色は綺麗だ。きっと他の方角からセナアプアを見ても絶景なんだろうな。

 相棒は三角州を見据えるように旋回中。

 下界の南側に向かう――。

 上界と下界に無数に聳え立つ魔塔が一種の乱杭歯に思えたが、それは一瞬。


 下界の魔塔はどちらかと言えばアスレチックフィールドだ。


「ん、何度見ても、綺麗」

「はい……」

「不屈獅子の塔のような魔塔が無数に……上界の魔塔は際立っていますね」


 キサラの言葉に頷いた。

 ヴィーネは唾を飲み込みながら、


「あの魔塔の中にご主人様が手に入れたゲルハットが……」


 と呟く。


「おう、ゲルハットの外観と中身が楽しみだ」

「ん、わたしも楽しみ。レベッカとユイも内装をチェックしたいって。必要なら家具を皆で買いに行きましょうとか色々と血文字で盛り上がった。でも、その魔塔ゲルハットの詳細は分からないと、血文字で言ってた」

「そうだな。いったいどんな外観なのやら」


 シンプルな高層タワーかな。

 名前のゲルってのは、月の裏側にあったゲル状の物体とかではないだろうな。


 ま、そんな青蜜胃無スライムタワーがあるわけがない。

 セナアプアに近付くほど詳細が見て取れる。

 浮遊岩も多いなぁ……。

 が、やはり上界の列塔の群れが目立つか。

 標高が高い魔塔が壁のように並んでいるのは凄まじい。

 まさに摩天楼。

 崩落した評議員ペレランドラの魔塔があった地域か。


 列をなしているから、もう一つの呼び名の塔列も納得だ。

 塔烈、塔列。似ているようで微妙に発音も違う。

 蒸気を発するような浮遊岩と魔塔もたくさんある。


 そして、複数ある浮遊岩。

 無数の小さい浮遊岩が環状に集積している浮遊岩もあった。

 土星の環のように見える浮遊岩だ。


 エセル界の影響が強いようだな。


 神獣ロロディーヌは直進を強めた。

 背後から悲鳴が響いた。

 が、さすがに慣れたのか、じきに悲鳴は聞こえなくなった。

 楽しそうな声に変化。


 背後を見ようとしたが、エヴァとキサラが目に入る。

 相棒の長い耳に包まれる形で抱かれている。

 エヴァの膝にはヒューイが眠っている。

 気持ち良さそうだなぁ、と思いながら、ヴィーネの手を握りつつ背後を確認――。


 神獣ロロの背中に乗っている皆は、黒毛ソファーに埋もれて寛ぎ中。


「気持ちいい~」

「このお毛毛がたまらない~」


 ペレランドラとドロシーにリツさんとナミさんが何とも言えない表情だ。

 シウを含めて、【魔金細工組合ペグワース】の職人たちの声が聞こえるが、さっきと同じく黒毛の中に埋没中で姿が見えない。

 神獣ロロの柔らかい毛のベッドと毛布に包まれているんだから、さぞや気持ちがいいことだろう。


「……神獣様のお毛毛と触手の肉球ちゃんが……背中をマッサージしてくれています」

「あん、そこは……」

「うふふ、あぅ……うぅぅん……あ……」


 美女たちの悩ましい声が……。

 相棒は天然のリラクゼーション機能を有している。


 その声の主たちに注意するように、


「そろそろセナアプアに到着するから、準備を――」


 すると神獣ロロディーヌは、


「にゃおお~」


 そう鳴くと加速。

 斜め下に出た黒色の魔塔と魔塔の間を潜る。


 上界を構成する魔塔と浮遊岩。

 その大本は小惑星的な浮遊岩の集合体なんだろうか。

 岩盤を擁した的な巨大な浮き島か。


 魔塔と複数の浮遊岩で地下層なんて見えないが。

 上界に来て早々、マンホールから出現したチンピラがいたからな。上界の地下層にも地下道だけでなく商売施設があるのかも知れない。


 その上界から下界に向けて出た魔塔に近寄る相棒。

 長細い龍のような魔塔だ。


 その魔塔の天辺から赤茶色の液が流れていた。

 エセル界の影響か風を受けたのか、赤茶色の液は散る。

 散った液は赤茶色の雨の一部となった。


 ぶつかる寸前で相棒は急降下――。

 すると、その魔塔から飛び出した存在が、


「きゃ――」


 女性だ、俺たちの機動に驚く。

 もう通りすぎたが、振り向いて確認。


 魔塔から出た女性は魔杖を跨いで飛行中。

 回転しながら飛行体勢を整えている。

 背負っていたバックも制服と同じ色合い。 


 こちらのほうを見ていると分かる。

 その制服姿の女性に、


「すいません~」


 と謝っておいた。


「今のは、魔法飛脚局か、空魔法士隊だねぇ」


 クレインが教えてくれた。


「上界の地下層から飛び出たような魔塔だったが、あの魔塔に住まう者に手紙でも配達していたのか」

「たぶんそうだろう。それか魔塔の持ち主かも知れないよ」


 クレインの言葉を聞いて魔塔ゲルハットをイメージ。

 が、魔塔ゲルハットは上界の真上。上界の地表側の北側だ。


 摩天楼側と呼べる地域の何処かに存在する魔塔だったはず。

 アキエ・エニグマが所有する魔塔の中には、あんな魔塔もあるんだろうか。


 そうして、塔烈中立都市セナアプアに到着――。

 相棒は皆を素早く降ろす。

 最後に、頭部の特別席的な位置に固定されていた魔導車椅子に座るエヴァが丁寧に波止場に降ろされていた。

 エヴァに癒やされていたヒューイは飛び立った。


 ここの波止場は黒猫海賊団の船が近くにある。


 オットーが船長ではないが、ちゃんと作戦を実行中か。

 王都ハルフォニア、湾岸都市テリア、ローデリア海に向かうことが可能なハイム川東ルート。

 マジマーンを船長とする船団はまだ準備中だ。

 俺とヴィーネがその船を見ていると、エヴァが、


「ありがと、ロロちゃん」

「にゃぁ~」


 エヴァに褒められてご機嫌なロロディーヌ。

 黒猫の姿に戻る。


「にゃお~」


 鳴いた相棒はヒューイを追うように午後の空を見上げていた。


「わぁ~」

「ん、ロロちゃん変身が速い!」

「神獣ロロディーヌ様が、黒猫の子猫ちゃんになった~」

「なんて可愛いの!」


 興奮した女子軍団と【魔金細工組合ペグワース】のおっさん軍団が相棒に近寄った。

 黒猫ロロは素早く身を翻す。

 見事にくるっと回るや前進――。

 巧みな動きでシウの手を避けた。


「ンンン――」


 と喉を鳴らしつつ駆けた。

『捕まってたまるかにゃ~! ふふーん』


 相棒的にそんな感じだろうか。


 黒猫ロロはエヴァの魔導車椅子の車輪に頭部を擦りつけて、エヴァの掌をさっと避けると、また波止場を走った。


 走りながら低空飛行中のヒューイが近寄る。

 相棒はヒューイ目掛け肉球パンチ。

 ヒューイは華麗に避けた。


「ピュウ――」


 高い声を発したヒューイはエヴァに向かう。


「ん、ヒューイちゃん! ここ!」


 エヴァはヒューイ用の巣箱的な屋根を備えた白色の金属棒を魔導車椅子のアームパイプ部分に作り上げている。

 ヒューイは白色の金属棒に爪を伸ばした足先を向け、

「ピュウ――」

 と、鳴きつつ止まった。

「ん、やった! 偉いヒューイちゃん!」

「キュ!」


 エヴァは鷹匠か!


 そうして、港の波止場から下界の街に繋がる道を進む。

 走る相棒は足を止めた。

 同時に黒豹に変身。


 ピンク色の鼻先が向かった先には二人組が立つ。


 【天凜の月】の【狂騒のカプリッチオ】だ。

 メルが前に雇ったゼッファ・タンガとキトラ。


 トロコンは【宿り月】でユイとレベッカと一緒だろう。

 その二人が、相棒に挨拶している。


 ゼッファとキトラは、俺たちを見て走り寄ってきた。

 相棒も一緒に走る。

 ゼッファの毛むくじゃらの体毛が気になるようだ。


「総長!」

「総長、お帰りなさいませ!」

「おう、ただいま」


 ゼッファは防護服のあちこちから体毛が飛び出ている大柄獣人センシバル

 毛が包む顔の造形は犬系と分かるが、迫力がある。


 巨大なホラ貝と弦楽器を肩にかけていた。


 一方、相方のキトラは、人族で細身。

 首に喉と両足に魔力溜まりがある。

 面頬とまではいかないが、ハイネックのインナーを装着。

 喉仏を隠すようにピンバッジ的な魔力を内包した装飾品がある。

 ネックレスでもないし、シークレットウェポンか?


 そして、腰に魔力を内包した笛を差している。 

 そのキトラが頭を下げて、


「ユイさんとレベッカさんから話は聞いています。俺たちが護衛するのは、ペレランドラ親子とナミさんとリツさんに、【魔金細工組合ペグワース】の面々ですね」


 と、発言。

 そのキトラの発言に対して、ペグワースが、


「わしと幾人かはペレランドラに同行する。が、シウと数名の職人はシュウヤ殿に預けることになる」


 そう話をした。

 シウは不思議そうな表情だが、話は事前に聞いていたはず。

 ペグワースは俺をチラッと見ては周囲を見て、頷いている。


 ゼッファ・タンガも頷いている。

 人族のキトラも頷いてから、


「分かりました」


 そう発言。

 隣のゼッファが、シウを見ながら、


「下界は危ないところが多い。子供は上界まで総長と一緒のほうがいいだろう」

「うん! 親方を頼みます、大きい獣人さん!」


 シウの元気のいい声だ。

 大柄獣人センシバルのゼッファは豪快に頷く。


 ゼッファは毛むくじゃらで表情は分からない。

 その頭部の角度と、双眸の位置は毛が覆っていないから、何となく気持ちは分かるが。そのゼッファが、


「……小娘。俺の名はゼッファ・タンガだ」


 と名乗った。

 重低音だ。いかにも大柄獣人センシバルらしい声質。


 口元を覆う犬毛が息で浮き上がっている。

 言っちゃ何だが、口は臭そうだ。

 んだが、ぷゆゆの樹海獣人系と同じく、歯は真っ白い。

 だから、そんなに臭くはないだろう。


「ゼッファさん! 肩の道具は武器?」

「おう。楽器でもあるが」

「へぇ」


 シウはゼッファが肩にかけている楽器系の鈍器に興味を持ったようだ。


 俺はクレインをチラッと見た。

 そして、ゼッファ・タンガとキトラに向けて、


「二人とも、このクレインも、ペレランドラ親子に同行する。下界の商店と倉庫を確認する側だ。三人でペレランドラ親子の護衛を頼む」


 【狂騒のカプリッチオ】の二人は恭しい態度でお辞儀。

 続いて拱手してから、


「「はい」」


 と、気合いある声で返事をしてくれた。

 新しい【天凜の月】セナアプア支部の幹部たちは頼もしい。

 ペレランドラ親子も、


「この度はお世話になります。わたしはペレランドラ」

「わたしはドロシー。よろしくお願いします」


 と、挨拶。

 クレインはゼッファ・タンガとキトラに対して、


「【狂騒のカプリッチオ】の二人。今日もよろしく頼むさ。それと、下界の荒くれ者が絡んできたら、わたしが前に出るから、背後は頼むよ」


 当然、セナアプアで活動していた三人だ。

 見知った仲か。


「はい、金死銀死」

「了解した。後ろは任せてくれ」


 ゼッファ・タンガとキトラは頷き合う。

 俺はペレランドラ親子に向けて、


「では、ペレランドラとドロシー。セナアプアの去就を決めたら【天凜の月】の宿り月に来てほしい。その際、改めて貴女たちの判断を聞こうと思う」


 ま、二人ともセナアプアに残るっぽい印象だが。


「分かりました」

「はい!」


 ペレランドラ親子の視線には熱いもんがある。

 気持ちは嬉しい。

 少し照れながら、リツさんとナミさんに視線を向けた。


「リツさんとナミさんはどうしますか?」

「【髪結い床・幽銀門】の髪結い床に戻り、今回の経緯を話します」

「わたしは【夢取りタンモール】の事務所に戻るわ。仲間に無事を知らせる」


 二人の所属先か。

 是非とも仲良くしたいところ。

 塔烈中立都市セナアプアで一旗あげた【天凜の月】ではあるが、まだまだ新参の部類。


 そのリツさんが、俺を凝視してから、


「シュウヤさんと、沙さんと羅さんと貂さんのお陰で、セナアプアに戻ってくることができた。本当にありがとうございます」

「はい、ありがとう」

「おう。力になれてよかった」


『うむ。もう何度も言われているが、リツは、よほど器のことが気に入ったのか……』


 礼を言われた沙が反応してきた。


「ナミもマージュもドロシーも……シュウヤさんたちがいなければ死んでいた。このことを、髪結い師の仲間たちにちゃんと伝える!」


 リツさんは細い片腕を上げて宣言。

 二の腕に小さい力こぶを見せる。

 あの辺りはレベッカ的だ。

 細い腰と豊かな胸が揺れる。


 リツさんに魅了されながら、


「【髪結い床・幽銀門】は盗賊ギルドのような組織でもあるんだっけ」

「はい。基本、髪結い床で美容師の集団としての【髪結い床・幽銀門】です。そして、髪結い床は一種のサロン場。そのサロン場には色々な方々が集まります。情報も凄まじく行き交う」

「なるほど」

「しかし、あくまでも、髪結い床。わたしの血脈と関係した者が多く所属する大手盗賊ギルドの【幽魔の門】のような専門的な情報収集&拡散能力はありません……」


 見た目は人族のリツさん。

 幽鬼族系の種族ということか。

 ま、ハーフかな。


 フランも幽鬼族系の種族だった。

 そのリツさんは、


「しかしながら、上界の繁華街エセル、七草ハピオン通り、天狼一刀塔、帰命頂礼通り、荒神アズラ通りなどのローカルな周辺地域では【髪結い床・幽銀門】も大手盗賊ギルドに優る面があります」

「優る面とは、地域に密着した情報網かな」

「はい。それと、これは秘密ですが、戦髪結い師の呼び名と、わたしの渾名の一つに紅の暗殺髪師があるように、暗殺業も請け負っているのです……勿論、ちゃんと精査してからの仕事となります。正義としての仕事人に誇りも持ちます」


 リツさんはそう語ると、両手に持った髷棒を見せる。

 眼前に掲げた髷棒。

 その髷棒越しにリツさんの瞳が見えた。

 可愛いリツさんは、ニコッと微笑んでから、両手を左右に開く。

 握る髷棒からカチッと音が響くや、髷棒の中に仕込まれていた刃と柄が露出。

 そのまま鞘的な髷棒からドス刀を引き抜いた。

 キラリと光る刃には、紅色の魔力が宿る。


 やはりドス刀だったか。


「その武器がリツさんの主力武器の一つか。<魔闘術>系の独自の闘法に拳法も獲得していると踏んでいたが……二剣流、一剣流の魔剣師でもあると」

「はい。気付きましたか。魔剣師系でもあります。拳法は、<天魔闘法>を獲得済み。魔力を隠蔽しつつ戦いに活かす、少し変わった<魔闘術>系統。魔穴を突くスキルに、指先に魔力を溜めて指弾を放つ<投擲>スキルもあります」

「へぇ」

「興味深いです」


 キサラは少し前から注視していた。

 ヴィーネも頷くと、俺とアイコンタクト。そのヴィーネが、


「リツとナミは中々の逸材かと思います」


 俺は頷いてから、リツさんを見て、


「リツさん、【天凜の月】の代表として、そのリツさんの所属する【髪結い床・幽銀門】に同盟を申し込みたい」

「はい。ありがたい申し出です。師匠に伝えます。それと、わたしは同盟があろうとなかろうと……シュウヤさんの傍にいたい」


 リツさんが告白するように告げてくる。

 それは嬉しい。

 周囲は冷めたような面ばかりだが、リツさんは勇気ある女性だ。


 クレインの告白に影響を受けたのかも知れないが。


「俺は構わん。が、それは【天凜の月】に入りたい。と言うこと?」

「そうです」

「リツがシュウヤさんの闇ギルドに……」

「ん、もう仲間! トロコンたちも喜ぶ」


 エヴァの言葉に同意だ。

 ヴィーネも柏手を打つ。


「賛成です。まだリツの戦う現場を見ていないので、詳細は分かりかねますが、強者の雰囲気がありますし、【天凜の月】の味方が増えることは好ましいです」


 と、言ってくれた。

 視界に浮かぶ小型のヘルメも頷く。


『そうですね。ヴィーネに賛成です。リツとナミが【天凜の月】に入れば、セナアプアの活動に余裕が生まれる』

『おう。セナアプアの【天凜の月】では、ユイとレベッカが流れから活動しているが、二人とも限定的な存在だ。カリィ、レンショウも流動的。ゼッファ、キトラ、トロコンだけが主要メンバ-ではな』

『はい、それもそうですね』


 一度、間を開けてから、上界で待つユイとレベッカの顔を思い浮かべながら、


『それに、ユイはカルードの活動を手伝いたいだろうし、俺と一緒に旅もしたいはずだ。レベッカもそれは同じはず。それに、ペルネーテにベティさんもいる。サイデイルで仲良くなった皆や、エヴァとも本当は離れたくないはず。そして、血濡れた戦いはレベッカの性格に合わないだろう。【天凜の月】や俺のために無理していると思うと、頭が上がらない』


 俺がそう念話をヘルメに送ると、ヘルメはいつもの大人バージョンの幻影として視界に出現した。


 そのヘルメは、


『レベッカの優しさです。皆のため、眷属たちのため、ひいては閣下のための行動。レベッカの深い愛を感じているのでしょう?』

『あぁ、その通りだ』

『ふふ。では、人材の件ですが、わたしはペレランドラ親子、或いは、マージュ・ペレランドラの眷属化を勧めます』

『ペレランドラか。本人次第だが、そうか、それは、そうかもな……』

『クレインも納得するでしょう。そして、ペレランドラがセナアプアに残った場合、ペレランドラ親子の伝は有効活用できるかと。彼女は財産を失いましたが、土地勘と評議員としての経験は失っていない。今後の光魔ルシヴァルにとって、有益かと』


 常闇の水精霊ヘルメがマジモードで語る。


『鋭い……意見だ』

『ありがとうございます。個としては戦闘能力がすべてではないですからね』


 確かに……その通りだ。

 マージュ・ペレランドラが眷属化したら……。

 不死の評議員ペレランドラになる。

 戦闘能力はあまりないと思うが、暗殺を受けても大概は生きていられる。

 魔塔ゲルハットを利用して評議員ペレランドラとして活動を再開できる。

 能動的に庶民に優しい政治家として弱者を助ける活動をずっと続けられる。


『しかし……』

『閣下の懸念は、親子共に強者の閣下に魅了を受けている状況と、まだ出会って日が浅い点……』

『そうだが、ま、縁だ。あとで話をしてみようか』

『はい』

『そして……ヘルメ。気付かなかった視点だ。ありがとう』

『ふふ。閣下に貢献できることがなによりの幸せです。しかし、閣下なら、いずれは気付いたかと思います』


 ヘルメはそういって俺を立ててくれる。

 素直に善い子だ。

 そして、愛が伝わる。


『あぁ――』

『あんっ』


 と、左目に棲むヘルメに魔力をプレゼントしてあげた。 

 そうしてヘルメとの念話を終わらせた。


 すると、クレインが、


「それがいい。評議員ペレランドラの戦力はないんだ。【天凜の月】ならリツもリツの組織にも得がある」


 クレインがそう指摘する。

 皆、頷いた。


「メルに連絡しとく。しかし、リツさんの師匠に相談とかは? 【髪結い床・幽銀門】はリツさんが抜けて大丈夫なのかな」

「大丈夫です。わたしは筆頭髪結い師。元々個人で店を持つ立場。組織から抜ける云々は元々ないのです。マージュと同じく出床として、シュウヤさんに専属美容師として雇われているのと同じ。ですから、マージュ同様わたしはシュウヤさんの用心棒となります。シュウヤさんには必要ありませんが」

「了解した。リツさんを歓迎しよう」

「良かった。マージュとシュウヤさんに貢献したいですから」


 紅色の髪を靡かせるリツさんは頬が赤い。

 笑顔が素敵だ。ナミさんも、


「リツに負けてはいられない。シュウヤさん。【夢取りタンモール】の盟主に話を通してからとなりますが、わたしも【天凜の月】に編入させてくださいな」

「おう。来る者拒まず去る者追わず。どんと来い」

「嬉しい……では、リツの【髪結い床・幽銀門】と連携しつつ、【夢取りタンモール】の組織を活かした反撃に移ります。個人の反撃もしたい」


 リツさんとナミさんの言葉を聞いてペレランドラ親子は頷いていた。

 エヴァとヴィーネは拍手。


「キュ、キュ、キュ、キュゥ〜」


 ヒューイもエヴァの拍手に呼応。


 クレインは頷いてから、俺をチラッと見る。

 視線が合うと、一度、顔を逸らしてから、また俺を凝視。

 ニコッと微笑むクレイン。


 笑窪が可愛い。


 しかし、ナミさんは個人でも反撃か。

 鏡研ぎ師ならではの攻撃方法とは……興味を持った。


「反撃とは、ナミさんは鏡を使った戦闘が可能なんでしょうか」

「ある程度は可能です。勿論、リツのようには戦えない。<夢取鏡師>は後衛。魔法絵師的に戦います」


 魔法絵師的か。鏡に封じ込めたモンスターでもいるのか。

 ラファエルの魂王の額縁とかみたいな?

 牛顔の魔法絵師もいたな。


 頷いた。


 ナミさんはリツさんに視線を向ける。

 そのリツさんが、


「それじゃ、【髪結い床・幽銀門】の仕事をして、ナミと合流。そこからマージュの護衛に参加して、マージュたちと一緒に【天凜の月】の事務所の【宿り月】に向かいます」


 ナミさんも頷いた。


「了解」

「シュウヤさんに助けて頂いたお礼は必ずしますから。鏡の特別スキルで……ふふ」

「わたしもよ! シュウヤさんに特別な礼をしたい」

「おう。それは落ち着いてからだ。最高の魔力を備えた髪形とエヴァが受けていたマッサージの施術を頼む。個人の店も見たい。ナミさんの鏡から受けられる施術も期待している」

「「はい!!」」

「楽しみに……」


 リツさんは笑顔を見せた。


「ん、あのリツさんの指圧は気持ちよかったです。体が軽くなりました」


 エヴァが真顔で語りつつ『うんうん』と頷く。

 ワンピースの布を膨らませている巨乳さんが微かに揺れていた。


 微かに上下するおっぱい。

 その動きに釣られるように『うんうん』と頷く。

 その分かりやすい行動を見た皆は微笑む。


 エヴァは天使の微笑だ。


 ペグワースたちはシウの目を塞ぐ。

 子供の教育によくないってか。

 べつに塞がなくてもええやんか!

 エヴァのおっぱいは美しい芸術だぞ!

 と、歌舞伎役者的にツッコミ張り手を繰り出したくなった。


 が……あ、俺のエロ顔を見るなってことか。

 すると、リツさんとナミさんが、ペレランドラに近寄って、


「マージュもこれでシュウヤさんに甘えやすくなったでしょ」

「そうそう。評議員のプライドが邪魔してるっぽいからね」

「……二人とも」

「ふふ、マージュ、そんな顔をしないの」

「そうよ、腐れ縁でしょうに。友としてできる限りはお世話するからね、覚悟はよくて?」

「……ありがとう。二人の協力は忘れないわ。あとで合流しましょう!」

「うん、あとで」

「商会関係者と、肝心の倉庫が残っていることを祈りましょう」


 ペレランドラとナミさんとリツさんか。

 いい関係性だな。

 女性同士の親友か。

 さて、そのペレランドラに向けて、


「ペレランドラ。突然で悪いが、光魔ルシヴァルの眷属になるなら迎え入れるつもりがある」

「え、お母さんを?」

「わ、わたしを!?」

「そうだ。マージュ・ペレランドラを<従者長>に迎え入れたい」

「う、嬉しいですが……急ですね」

「はい……お母さんが……」

「ドロシーも俺の直の眷属になりたい思いは分かるが、お母さんは命を狙われている面を考慮した。更に、評議員の経験を買った面もある。俺たちと関係を続けるにしろ、離れるにしろ、情が移ったと思ってくれていい」

「ご主人様……なるほど。評議員ペレランドラの経験を……今気付きました――」


 と、ヴィーネは片膝を突く。

 いや、俺ではなくて、ヘルメの気づきなんだが。


「ヴィーネ、頭を上げてくれ。ヘルメが助言してくれて気付いたんだ。で、クレイン、先約していたが、いいか?」

「ふっ、最初に言ったろう。順番はいくらでも待つと。だから、構わないさ。それに、シュウヤと精霊様の判断は正解だよ。時勢は【天凜の月】と【白鯨の血長耳】に傾いているが、まだ状況は不透明なんだ。暗殺者はいくらでもいるんだからね。それに、眷属となれば、不死系だ。致命傷を受けても、時間があれば回復する。同時にわたしの仕事が楽になる」


 と、笑顔を見せるクレイン。


「分かった」


 俺はエヴァを見た。


「ん、大丈夫。賛成。ペレランドラは善い人。弱者をたくさん救っていた……セナアプアの光のような存在。ネーブ村へと神界セウロスの神々が誘ったことも偶然とは思えない」

「わたしも賛成です。ペレランドラの評判は聞いたことがあります。戦闘能力は皆無ではありますが、このセナアプアには必要な人材かと。わたしも気付くべきでした。自分本位、自分ばかり、眷属になりたい思いが強すぎました。反省です」


 キサラは、自戒の念を持って話すところが、また健気だ。

 待っていたのに。

 俺はありがとうの思いを込めて、そのキサラの蒼い瞳を見てから頷く。

 キサラは微笑んでくれた。

 そこで、ペレランドラを見る。


「ペレランドラ、眷属になるつもりがあるなら、そこの船に来てくれ」

「あ、はい! なります!」


 ペレランドラは俺に近寄った。

 そのペレランドラの腕を掴んで引いては、御姫様だっこ。


「あッ――」

「皆、すぐに済ませてくる。ここで待っててくれ。ヘルメ、出ろ」

『はい!』

「「はい――」」 


 と、ヘルメが左目から出る。

 ヘルメは先に飛翔するように【天凜の月】が所有する船に向かい、着地。

 素早く水を撒いては《水幕ウォータースクリーン》を張る。

 その魔法効果をみながら、船のほうに駆けた。

 ――港の端から船に向けて跳躍。


 黒猫海賊団の旗が天辺に靡くメインマストを見ながら甲板に着地。

 ペレランドラを降ろして周囲を確認。

 周囲の視界は水の幕で遮蔽された状態だ。

 俺はペレランドラを見ながら、


「慎重に考える時間もあるが……」

「ふふ、優しいシュウヤさん。もう覚悟は決めています。キサラさんの眷属化の前から……命を救われた時点で、運命という言葉が頭から離れなかった。そして、素敵な男性だと……お慕いしていました……もうおばさんの年齢ですが……」

「卑下するな。マージュは魅力的な女性だ」

「……ありがとう」


 と、片目から涙をこぼす。

 俺はさっと近付いてから、ペレランドラの頬を伝う涙を親指で拭いてあげてからハグした。


「……シュウヤさんの体は温かい……」

「マージュ、眷属化を行うぞ」

「はい……」


 そのペレランドラの顔を見ながら――。

 <光魔の王笏>――。

 全身から迸る俺の血がペレランドラを襲うように降り掛かる。

 瞬く間に周囲は血で満ちた。

 高波に襲われて海の中にいるように、甲板上が血の海と化した。

 ペレランドラがその血の中に浮かぶ。

 ペレランドラの口元から空気の泡が漏れた。


 周囲を囲う血の形が心臓か子宮に変える。


 そのペレランドラは苦しそうな表情だ。

 俺はペレランドラを安心させるように頷いた。


 ペレランドラも頷く。

 俺をちゃんと見つめ続けている。


 同時に光に満ちた血と――暗黒に近い血が――ペレランドラの周囲を巡る――。


 <光闇ノ奔流>と<大真祖の宗系譜者>を意味するような血の波紋も浮かぶ。すると、下のほうの血の海が消えてルシヴァルの紋章樹が出現。


 更に、ペレランドラの目元が光ると――。


 ルシヴァルの紋章樹はぺレランドラと重なった。続けて胸元が光り服も透けた――。

 が、いきなりペレランドラの体に亀裂的な光の血の筋が走るや否や、光の血の筋は瞬く間に魚に変化――。


 え? 魚? 


 疑問に思うが……。

 光の魚は服の表面を泳いだあと、浮かぶ。

 ペレランドラを囲う血の周囲をぐるりと回ったところで、ペレランドラの体中から光が無数に迸った。


 迸る光は周囲の血を散らす。

 散った血は霧となった。


 今までと違う。

 血の霧の中にルッシーたちが踊る。

 同時にルシヴァルの紋章樹の絵柄の小さい紋章があちこちに浮かぶ。

 <従者長>の意味だろうか。

 更に、魚と鳥? が泳ぎ出した。

 それらの魚と鳥? を宿した血の霧はペレランドラの体内に吸収されると消えた。

 周囲の光魔ルシヴァルの血もすべて吸い込んだペレランドラは……倒れる。


 すぐに駆け寄った。


「シュウヤさん、ううん、シュウヤ様……わたしの宗主様……<従者長>になれました」

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