七百十八話 暗躍する狂言の魔剣師

 ◇◆◇◆


 ここはエセル大広場。

 大広場の人通りのない階段下で睨み合う男たち。

 その男たちの中に端正な顔立ちの隻眼の傷が目立つ一槍一剣使いがいる。

 その隻眼の槍剣使いと対峙するのは嘗て背中を預け合った剣士だった。


 隻眼の一槍一剣使いは、


「恨むなよ」


 と発言。


「はっ、言ってろ。お前こそ、冥界か魔界に魂を送ってやらぁ」


 隻眼の一槍一剣使いは隻眼の傷が目立つ頬を吊り上げた。

 独特な笑みを見せつつ迅速に駆ける。

 剣士との間合いを詰めて<刺突>を繰り出した刹那――。

 <刺突>中の片手魔槍ロンハルバから金属音が響くと、その片手魔槍ロンハルバの射程がギュリッと延びた。

 剣士はいつもの伸びる<刺突>か! 

 と、切っ先の角度を変えつつ前傾姿勢で前に出る――。


「見慣れた――」


 が、片手魔槍ロンハルバの射程は更に延びた。加速した片手魔槍ロンハルバの矛の<刺突>が驚く剣士の魔剣の表面を滑りつつ剣士の胸を貫いた。


「ぐあ……見慣れた技だからかっ、些細な間合いの差で……」

「スナキ、済まんな」

「――はっ、イマサラだ。闇に生きた俺は魔界に、剣に生きた俺は……魔界の剣神が迎えて……くださ、ぐ……あ……」


 槍剣使いの胸甲に沈む剣士スナキ。

 彼は魔幻八相流に通じた剣士ではあったが、通じているだけでは強者同士の戦いでは生き残れない。こうした槍剣使いと剣士の、彼らのような存在は無数にいる。

 【白鯨の血長耳】側に回った闇ギルドと【血長耳】に抵抗を示す闇ギルドの戦いは、まだまだ続く。


 剣士スナキを倒した隻眼の槍剣使いは【王灰ベルジュ】幹部のノイアル。

 【王灰ベルジュ】は【血長耳】側に付いて【血長耳】と対決を決めた他の闇ギルドとその関係者の掃討戦に加わっていた。


 そのノイアルは二人の魔剣師と一人の槍使いを倒すと路地を駆けた。

 一般人と買い物客が多い市場を過ぎた先にある広場で、狂言の魔剣師と遭遇。

 互いの武器を見やって剣呑な雰囲気になった直後――戦いに発展。


 狂言の魔剣師とノイアルは互いの武器を数度衝突させた。


 ノイアルの武器は片手魔槍ロンハルバと魔剣イア。 

 一槍一剣を扱う武芸者。

 一方、狂言の魔剣師の武器は魔剣ミツミタマと魔剣フツタマ。


 片手魔槍ロンハルバの薙ぎ払いから加速する魔剣イアの上下に突き出る突き技に肝を冷やした狂言の魔剣師は距離を取る。

 ノイアルは追わず、魔剣イアの角度を変えて呼吸法を実行。

 <魔闘術>を纏い直した両者は間合いを詰めた。

 二人は武器を活かす――。

 一合、二合、三合、四合、五合――。

 ――ぶつかり合う武器から火花が散った。

 ――同時に二手三手と先を読む戦いだ。


 一見は互角――。

 強者同士の鎬を削る戦いに見えた。

 ノイアルが魔息を吐く。

 呼吸のリズムを変えた一弾指――。

 片手魔槍が独自に唸りを上げるような鋭い<刺突>を繰り出した。


「喰らえや――」

「素直に喰らうわけがない――」


 受ける狂言の魔剣師は嗤う。

 片方の魔剣を宙に放り投げた。

 片手で地面を突いた反動で身を捻り側転軌道――ノイアルの<先鐘>を避けた。


 突きと払いの連続技を華麗に避け続ける。


「――チッ、分身? いや素早いのか……跳んだのか?」

「うん♪ チキチキバンバンってねぇ?」

「あ? なんだそりゃ……不気味な野郎だ……」

「失礼だねぇ……」


 双眸に魔力を宿す狂言の魔剣師。

 眉間を寄せて怒ったような表情だ。


 チキチキバンバンの言葉に意味があるということだろう。


「……チキチキ野郎……たとえ俺を倒しても技喰いスキルイーターの盟主がお前を追うようになるだけだ。覚悟はあるんだろうな」


 その言葉を聞いた狂言の魔剣師は嗤う。


「――知らないねぇ。トップの渾名を出している段階で、弱者の戯れ言だよ……」


 ノイアルは闇ギルド【王灰ベルジュ】幹部。

 盟主と自分自身を馬鹿にした狂言の魔剣師を強く睨んだ。

 その狂言の魔剣師は嗤いながら……。

 背後の仲間の獣人に視線で合図して前に出た。


 ノイアルは、


「狂言野郎! 血長耳もバックにいるんだ。お前なんて――」


 そう叫ぶと、片手魔槍ロンハルバの魔力が高まる。

 更に、黄色と赤色の魔力が溢れ出た。

 ――ノイアルは<魔蛇連突刃>を発動。

 この<魔蛇連突刃>は王槍流と風槍流の習得が必須。

 尚、怪夜種族、怪魔種族、魔竜蒼種族の血の流れを有していないと覚えることができない槍スキル。


 黄色の魔刃が片手魔槍ロンハルバから蛇の如く上下左右に伸びながら標的に向かい、同時に穂先の<刺突>の突き技も威力が増す。


 狂言の魔剣師は冷然と微動だにしない。

 ノイアルの<魔蛇連突刃>の機動を見ても動揺を示さない。

 ゆらりと上げた片腕が握る魔剣フツタマを血色に輝かせつつ――。

 最初の<刺突>系の突き技を、その血濡れた魔剣フツタマの峰で防ぐ――「――チキチキバンバンってねぇ!!」と狂言の魔剣師は叫ぶと、前傾姿勢のまま横回転しつつ前進。

 狂言の魔剣師の足下から魔力の煙が噴き上がる。


 <闘狂言術>の加速技だ。


 加速しつつ魔剣ミツミタマを迅速に振るう。

 次々に黄色の魔刃を打ち消す魔剣ミツミタマから青白い魔力の波動が迸った。

 沸騎士たちを魔界セブドラに送り返した<三味世斬り>を繰り出す。

 ノイアルは反応。

 傾けた魔剣イアで<三味世斬り>を受け止めた。かに思えたが――。

 <三味世斬り>の魔剣ミツミタマは魔剣イアの表面を滑り流れてノイアルの手首を切断――。


 魔剣イアを握る手は勢いよく地面に衝突。


「ぐぁあ――」


 ノイアルは悲鳴を上げつつも片手魔槍ロンハルバの石突を、狂言の魔剣師の頭部に向かわせた。

 狂言の魔剣師は冷静に対処――。

 魔剣フツタマの峰で片手魔槍ロンハルバの石突を受けて横に弾くや――。

 間髪容れずノイアルの首に魔剣ミツミタマを滑り込ませていた。


 ――ノイアルの頭部が飛ぶ。


「……【ラ・シェル・バ】……」


 宙を飛ぶ頭部のみのノイアルの発言だ。

 ノイアルの最後の視界にはエセル大広場の一角にある【ラ・シェル・バ】の二階の光景が映っていた。


 ノイアルの首なしの体が倒れる。


 狂言の魔剣師はノイアルの死体は見ない。

 前傾姿勢の巧みな歩法のまま数歩前進。


 振り抜いた二つの魔剣を胸元でクロスさせつつ腰の鞘口に納めた――。

 腰元から二つのキィィンッという金属音が響いた。


 狂言の魔剣師は背後を振り向き、


「――【血長耳】が動いたと分かったらすぐこれだよ」

「そりゃ、【連羽ケネル・エネル】のやられ方を見れば、大概はびびるだろうよ」

「迅速な動きではあったけどさぁ……メイバルもびびったのかい?」

「いや、血が滾る。古いエルフ野郎の支配は俺が終わらす。冥王不喰の俺様が、直にエルフの兵隊共を喰らってやる」

「けけけ♪ やはり獣人はそうでなくちゃ、面白くない!」

「で、カットマギー。ベファリッツの、糞の吹きだまりの【血長耳】の連中はどこなんだ? この広場は広すぎるんだよ」

「あの魔塔の上さ♪ ここからだと……まだちょいと距離がある。あ、襲撃は、まだ。僕たちの仲間待ちだよ」

「そうかよ。で、右の隅の連中は、【血長耳】側か? 近づいてきているが、今度は俺が殺るぞ? いいな?」

「ご自由に。ま、チキチキバンバン、チキチキバンバンってねぇ?」

「あぁ? なんだそりゃ」


 獅子獣人ラハカーンのメイバルがそう聞くが、カットマギーはどこ吹く風。


「――チキチキバンバン、チキチキバンバン♪」

「けっ、狂言か……」


 薬でもキメてんのか、頭のねじが数本とんでやがると、内心思ったメイバル。

 が、メイバルも冥王不喰の異名があるように普通の獅子獣人ラハカーンの傭兵ではない。



 ◇◆◇◆



 同時刻、魔塔エセルハード。

 最上階の天井の高いペントハウスの会議室に【血長耳】の幹部たちが集結した。

 ルーフテラスとガーデンが付いた全面硝子張りの見晴らしの良さは上界の魔塔の中でもトップクラスだろう。


 会議室の中心には、魔塔エセルハードを模した模型がある。

 模型の台はエセル界で手に入れた魔機械。

 その魔機械が外の一部の光景を映し、魔強化硝子製の床にそれらの外の光景が投影されていた。


 投影されていない他の魔強化硝子製の床は半透明で、魔塔エセルハードの標高の高さを物語るように、真下の光景が見えていた。

 天空に浮かんでいると錯覚するほどの光景。

 普通の者が見たら足が竦むことは確実だろう。


 そんな床に並ぶ机と椅子には、血長耳の面々が座っていた。


 中央の左に軍曹メリチェグ、右に世話人ガルファ。

 左横に戦闘妖精クリドスス、魔弓ソリアード。

 右横に魔速断レレイ、乱剣のキューレル。

 の最高幹部たち。

 更に、出入り口の横に鉄鎖エキュサル、法霊魔ヴェガ、短魔斧ベベサッサ。

 反対の壁際に東漸サード、光剣槍センパ、風来縛牙コトウ、集魔シャカ、憐剣ジェイリー。


 鉄鎖エキュサルと法霊魔ヴェガに短魔斧ベベサッサは、下界のホテルキシリアの従業員。

 裏稼業の現役兵長で、滅多に上界には来ない。


 東漸サードと光剣槍センパは、東の城塞都市レフハーゲンの軍商組合との交渉役&敵対勢力の制圧役。

 セナアプアに戻るのは五十年ぶりだ。


 風来縛牙コトウはベファリッツ大帝国【白鯨】の第十二番隊分隊長。

 二百年ぶりにセナアプアに帰ってきた。

 本来ならば最高幹部の一人として【血長耳】の活動に多大な貢献をしていたはずの男。


 が、渾名の一部に風来とあるように彼は【血長耳】の活動に固執していない。

 その点に限ってはシュウヤと合うだろう。

 今回は船の手配に協力してくれた大商会【聖灯具チリム】の友人に会うために立ち寄っただけだった。


 その風来縛牙コトウが姿を見せたという法霊魔ヴェガの報告を聞いたメリチェグが素早く、コトウを捕まえて、この上界の緊急幹部会の場に呼び寄せていた。


 憐剣ジェイリーと集魔シャカは、セブンフォリア王国で行っていた任務からの帰還だ。


 主な理由としては、セブンフォリア王国と繋がりの強い【七戒】の幹部が各地で一斉に消えたことに、セブンフォリア王家からあらぬ疑いを掛けられたことが大きい。

 内実は、あらぬ疑いどころか、オセべリア王国の諜報活動を兼ねての動きが多かった二人だから仕方がないが。


 軍罰特殊群の二番隊が、憐剣をしつこく追うことになった。

 しかし、憐剣ジェイリーは強い。

 ジェイリーの剣を浴びて、二番隊のメンバーは悉く返り討ちにあった。


 ジェイリーは飛剣流と絶剣流の使い手。

 風のレドンドと互角の勝負が可能。

 隊長クラスでないと、返り討ちは当然とも言えた。


 そして、総長のレザライサと血雨のファスはここにはいない。

 総長と血雨の表向きの任務は、エセル界に関わることと告げられているが……。

 二人は西のラドフォード帝国で暗躍していた。



 ◇◇◇◇


 その最たる結果は、【帝都アセルダム】の侯爵の暗殺だろう。

 更に、黒髪隊に関わる者たちを次々と処分。

 オセベリア王国からラドフォード帝国に裏切った残置諜者も次々に潰していく。


 このレザライサとファスの活動は帝国皇帝ムテンバード家が暮らす帝都内の事件。

 帝国内務省の面子を潰す形になった。

 勿論、【白鯨の血長耳】のレザライサとファスと諜者だけでは限界がある。

 内実は【星の集い】と外部商会の力が大きい。


 帝国内務省のお抱えの【皇武公縛】の機関員たちが動く。

 が、レザライサとファスの動きを止めることはできなかった。

 傭兵軍事商会のサン・イズ・エベルハン伯爵を特別監督官に任命するが黒髪隊の行方不明者は増えるばかり。

 一行に解決の兆しは見えなかった。


 帝国内務省は黒髪隊で名を挙げていた存在たちの死を隠すことができないようになると……。

 クローゼットで自殺を行ったと内務省が直々に公表。


 有耶無耶に臭い物に蓋をする。

 国民の一部は黒髪隊の存在を知っているだけにオカシイとは思ったが……帝国内務省の管轄でもある帝国新聞と布告人の殆どは情報統制を受けていた。

 一部のフロルセイル六王国、オセベリア王国、セブンフォリア王国と通じた盗賊ギルドの情報網では『Q』という言葉をキーワードにした真実の情報と『Q』を利用した詐欺師の情報がそれなりに国民に出回っているが……。


 情報を制限された帝国国民の大半は真実の情報を知る由もない。

 

 しかし、ラドフォード帝国もライマルの英雄が事件解決に名乗りを上げると黒髪隊の事件は急激に鎮火する。

 レザライサとファスを止めた人物がいたことの詳細は、別の話となるだろう。


 更に、大貴族と仲がいい各都市の【魔術総部会】も同時に反目。

 レザライサとファスに協力していたアドリアンヌの【星の集い】が【玲瓏の魔女】からせっつきを受けたこともある。


 レザライサとファスは途中で仕事を終えることになったが、後爪のベリ、魔笛のイラボエの遺品を回収できたことに満足していた。



 ◇◇◇◇



 右の椅子に座る世話人ガルファ。


 自らの娘が遠い西のラドフォード帝国で、仲間の仇を果たしたことはまだ知らない。

 が、娘ならば、必ずやり遂げると信じていた。


 そのガルファはジロッと軍曹とクリドススとレレイを凝視。


「……軍曹、クリドスス、レレイ。シュウヤ殿に、この幹部会への出席を求めるように、ちゃんと伝えたのだな?」

「はい。【天凛の月】の最高幹部の二人に伝えました」

「うん。ワタシもユイさんとレベッカさんにちゃんとお伝えしましたよ」

「ふむ」


 ガルファは、短い言葉のまま軍曹メリチェグを睨む。

 相貌が強面の世話人ガルファ。


 陸軍特殊部隊【白鯨】を率いていた現役時代そのものの顔だ。


 幹部たちは珍しくそわそわとして落ち着かない。

 レザライサが総長の時にはない動揺を示していた。


 普段飄々としているクリドススもそうだ。


 ……シュウヤさん、ビッグになりすぎですネ。

 ……シュウヤさんを呼ぶ前から百戦錬磨の元【白鯨】の隊長が、ここまで緊張する態度を見せるとは……。


 と、元隊長の世話人ガルファを見て、そう思考するクリドスス。


 その銀色と緑色のメッシュの短髪のクリドススをチラッと見たメリチェグ。

 メリチェグの視線に応えたクリドススは表情を変えた。


 クリドススは頷いて、視線を傾け『そろそろ、皆が来る?』という意味を込めてメリチェグに視線を戻した。

 メリチェグは鷹揚に頷く。そして、


「……そろそろ、同盟関係にある関係者が到着する頃合いかと、シュウヤ殿も来られるはず。クリドススにレレイも【天凛の月】に連絡を取りましたから」

「ならば良し……」


 またも、ガルファの言葉は短い。

 共に戦争の死線をくぐり抜けていた血長耳の幹部たちは皆、唾を飲み込む。


 先の言葉『ならば良し、為さねば成らぬ何事も……戦は常に心で行うべし……』と、他にもまだあるが、ベファリッツ大帝国陸軍特殊部隊白鯨を率いていたガルファ隊長の口癖だったからだ。


 世話人ガルファの言葉を聞いた軍曹メリチェグは過去を想起。


 ガルファが部隊を分けて隘路に敵の大軍を誘い込んだ一戦を……。

 間延びした敵の軍を四方から襲って一気に崖際に追い込み壊滅させたことを。


 すると、魔弓ソリアードが耳元に手を当てた。

 数回頷いている。

 魔弓ソリアードの耳には【血長耳】が独自に改良を重ねている魔通貝が嵌まっていた。


 魔通貝を通した部下からの報告だ。


「一階に同盟関係者が到着したようです。【天凛の月】のシュウヤ殿はまだ到着していないとのこと」


 と、魔弓ソリアードが発言。

 ガルファは頷いてから、溜め息。

 そのまま、なぜかクリドススを睨む。


 クリドススは頭部を震わせて、


『えぇ? ワ、ワタシは……うぅ。レドンドと代わりたい。本来ならヘカトレイルでまったりと紅茶を飲みながら【大鳥の鼻】の連中を蹴散らすだけなのに……シュウヤさん、早く来てください……』



 ◇◆◇◆



 何か声が響いたか?

 まぁ、風か……。


 俺は、相棒の背中に乗った皆に向け、


「ペレランドラの魔塔には相棒に乗って空から迅速に近づいたが、今回は地上から魔塔エセルハードを目指す」

「うん」

「ん、分かった」

「行こう」

「キュゥ~」

「ングゥゥィィ」

「ンン、にゃおぉ」


 神獣ロロディーヌが鬣を靡かせながら鳴いた。

 今の相棒の姿はグリフォンに近いが、鬣があった。


『行きましょう!』

「はい――」

「いってら! 会議の結果を待っているから」

「おう」

「シュウヤ、寄り道はなしよ? 夜だし、もう始まっているかも」

「分かった」

「わたしは、父さんとキッシュに血文字で連絡しとくから」

「頼む。何かあったら血文字で」

「うん」


 ユイは神鬼・霊風を持つ片手を上げた。

 俺も片手を上げて応える。

 相棒も小さい触手を出した、肉球を翳す。


 その肉球が光ったような気がしたが、謎だ。

 まさか、新スキルか。


 ※光る肉球(触手タイプ)※

 とかあるんだろうか。


 同時に触手手綱の握りを強めた。

 相棒は俺の気持ちに応えて、ゆっくりと足を進める。

 力強い歩みだ、四肢の筋肉の動きが手に取るように分かる――。


 ユイはシウに語りかけていた。

 【魔金細工組合ペグワース】の一部の職人たちは【宿り月】に残す形か――。


 と、俺たちはエセル大広場に向かった。

 相棒は、まぁまぁの速度に加速――。


「ん、もうユイたちが見えなくなった」

「キュゥ」


 背後のエヴァの声とヒューイの鳴き声だ。

 エヴァの声に釣られて横と背後を見た。

 『エセル繁華街』の範囲内にある【宿り月】はもう見えない。


 セナアプアは他の都市と同様に夜間でも明るい。

 むしろ、魔法の光源が多い。


 ネオン街的、眠らない都市でもある。新宿か。


 神獣ロロディーヌは跳躍を行った。

 バルーンが多い標高には向かわない。

 相棒は斜め上に跳んでいた。


 ここはまだ『エセル繁華街』の範疇だが、上界の空は基本的に混み合っている。


 ――魔法学院の学生たち。

 ――杖を跨いで飛翔する『リゼッチドロウズボウル』のチームの面々だ。

 ――端正な男子に雅びな女子もいる。

 ――自らの美貌を振りまいていそうな高飛車女子もいた。


 ――空魔法士隊の面々か。

 魔法飛脚局の方々もいる。


 ――飛行術を持つだろう存在たちも。


 ――相棒は速度を落とした。


 神獣ロロディーヌは人混みをなるべく避けた。

 触手を時々出しては、俺を擽る悪戯娘のロロディーヌ。


 そんなロロディーヌは、小さい魔塔が乱立する路地を駆ける。


 水平ダイアフラム的な形の魔塔が見えた。

 魔塔は色々とある。


 針鼠っぽい尖った無数の鋼が魔塔の内部と外部を行き交う『ジェンガ』的な不思議魔塔。


 周囲には不自然な機動で回転しまくっている浮遊岩があった。

 人族の魔術師か魔法使いの方々が、その不思議魔塔に魔力を送っていた。


 魔塔の内部にエンジンでもあるのか?

 危険そうだ。


 他にも、同じように剥き出した鋼が乱雑に組み合わさって構築された魔塔もあった。その魔塔の屋上から人が落下。

 下の鉄骨に、串刺しになった人がいた……。

 串刺しになった人物は紺色の法衣を着ていた。

 ○印と黄色十字は、神聖教会のマーク。

 光神ルロディス様を信仰する神聖教会だ。


 しかし、司祭が串刺しとか、『オーメン』かよ。

 神聖教会関係者が、このセナアプアに来ていたのか。


『閣下、気になりますね』

『あぁ、だが、緊急幹部会のほうを優先しよう』


 剥き出した鋼で構築された魔塔は魔界関係者の魔塔か。

 怪し気な連中が集まっていることは確実か。


 更に隣の小さい浮遊岩では、蒸気を発する巨大な壺が鎮座していた。その壺から赤茶色の液体が流れて、霧が湧いていた。

 下界と似て、あの浮遊岩の周囲の魔素の巡りが妙だ。


 他にも無数に気になる場所がある。

 が、神獣ロロディーヌは通り過ぎた。

 家屋、通りに並ぶ商店の前を通った。


「ンン――」


 ロロディーヌは赤茶色の折れた魔塔が並ぶ一角に突入――。


 折れた魔塔が織りなす魔塔街か。

 ここも不思議な雰囲気だ。

 少し重力が違うのか、浮いた感があった。

 すると、折れた小さい魔塔に住んでいるだろう不思議ドワーフたちと子供たちが、神獣ロロディーヌに乗った俺たちを指す。

 その子供たちの中に異常に足が速い子供がいた。

 駆け回り、遊んでいる。

 更に、その足の速い子供は、大人が混じる闘技場っぽい魔塔が並ぶ場所に向かった。

 異常に足が速いが、なんだろう。

 魔界、神界の関係者とか? 子供のようだが……。


 再び、その足が速い子供の姿が見えた。

 子供は周囲の的当てゲーム大会に参加するつもりのようだ。

 賭け事か。

 足が速い子供は短剣で的に<投擲>を行う。

 的を破壊。短剣は背後の壁を貫いていたが、威力があるな。

 即座に投げた短剣を拾いに戻る子供……。

 その投げた短剣だが……どこかで見覚えがあるのは気のせいか。


「ングゥゥィィ」


 ハルホンクが反応――。

 餌か?


「キュオ」

「キュォ」


 小さいドラゴン系の声がレベッカのいる方向から聞こえた。

 あぁ、そういえば城隍神レムランの杖をプレゼントしたな。

 別名レムランの竜杖。


 そのレベッカが、


「ふふ、ナイトちゃんとペルちゃん。もう通り過ぎちゃったけど、闘技場が多い場所は危険だから遊びに行くのはだめよ?」

「キュオ」

「キュア」


 レベッカは自らの腰元にそう話しかけていた。 

 腰元のウエストポーチには二匹のドラゴンがいた。

 二匹のミニドラは頭部を上向かせている。

 幼い鳥が、母に餌を求めるように口を少し開けている二匹のミニドラゴン。

 メチャクチャ可愛い。

 その可愛いミニドラゴンのディティールは、かなりしっかりとしている。

 強面のリアルなドラゴン。

 あの二匹のドラゴンが成長するのかは不明だが、大きくなったら……。

 カーズドロウが使役していた高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアのような姿になるかも知れない?


 その二匹を見つめるレベッカの顔は微笑ましい。

 笑顔はなんとも言えない。

 母の表情だろうか、俺が相棒に向ける視線っぽさもある。


 金髪のハイエルフのレベッカは蒼炎神の血筋で、今見ると、どこか高貴さがあった。

 そんな美人とミニドラゴンが見つめ合う。

 絵になるなぁ。


 そのレベッカの衣装は、紅と黒の羽のムントニー装備の上着。

 下は新しいスカートかな。

 黒猫のバックルが付いたベルトも新しい。

 二匹のドラちゃんが頭部を出しているウエストポーチの横には、城隍神レムランの杖と魔杖グーフォンを差していた。

 ジャハールが納まる入れ物は初見だ。

 ジャハールの拳から出た剣は、剣帯から出て、抜き身の刃が見えている。

 拳の甲と手首を覆う籠手部分は、専用の剣帯に納まった状態だ。

 魔力も内包した剣帯。

 表面に、魔紋と銀と金のチェーンが絡んだ金具留めがある。

 六芒星と五芒星が一体化したような刺繍の印もあった。


 納めたジャハールをレベッカの拳に素早く装着できるような工夫も施されてあるのかも知れない。

 ジャハール用に拵えた感もある剣帯だが、レベッカが新しく買った品か。

 レベッカは、お宝とお菓子とお店巡りが好きだからな。

 きっと、嗄れた鳥声の『フンピッピー』が特徴的な店主の店のような魔道具店で、新しく見つけた装備品だろう。

 お金はどこで手に入れたのやら。ま、【ネビュロスの雷】と【岩刃谷】を潰しては、【テーバロンテの償い】を蹴散らしたからな。

 結構手に入れたか。


 すると、


「キュゥ? チキチキチキッ」


 ヒューイだ。

 魔導車椅子にヒューイ用の巣箱を造った鷹匠エヴァに抱っこされていた。

 荒鷹ヒューイの鳴き声的に、二匹のミニドラとハルホンクを見て、声を聞いて、機嫌を悪くした?


「ん、ヒューイちゃん。今はジッとして」

「キュゥ」


 ヒューイは鳴くと俺を見る。

 額と眉の三つの勾玉的な形の麻呂った眉を輝かせた。

 ∴の眉も可愛いが、つぶらな瞳も可愛い。

 そのヒューイは、エヴァに頭部を撫でられると上向く。

 エヴァを見つめる目はまるで無垢な赤ちゃんだ。

 くぅぅ、たまらん。

 <荒鷹ノ空具>でエヴァの翼になりそうな感じだ。


「ふふ」


 その光景を見て、微笑むヴィーネ。

 ヴィーネの扱う金属鳥のイザーローンは見当たらない。

 ポケットに仕舞ったかな。


 一方、キサラはさっきから<血魔力>を操作中。

 上半身と両腕を使った格闘演舞を実行。


「砂牛形手、砂木形手、砂火形手、砂土形手、砂枯れ形手、砂厳形手――」


 右手で上に半円を描き左手で下に半円を描く――。

 右拳を作り肘を前に出し、同時に左手の掌底で目の前の宙を突いた――。

 肘を出した右手の拳を解きつつ右腕を右側の横に回し伸ばす。

 掌底を出した左手を胸元に引きつつ、拳を作り瞬時に解いてから、その左腕を左側へと回し伸ばした。


 キサラは両手を広げた。

 豊かな胸が揺れる。


 先ほどの言葉は、季節の意味だろうか。

 森羅万象を意味する拳法っぽい。


 キサラは広げた両腕を頭上に運ぶ。

 両腕を真上に伸ばしたまま両手を合わせた。

 ヨガポーズ的に、合掌のポーズのままお辞儀をしては、頭を上げつつ両手の合掌を解いた。

 その解放させた両腕でゆらりと中空に円を描く。


 そのままゆったりとしたリズムで幾つもの円を左右の手で中空に幾つも描いていった。

 ○印を描く魔力の軌跡が綺麗だ。


 太極拳の技術に見える。


 キサラは体から血を放出して収斂させる。

 魔力のうねりが、前とは比べものにならない。

 <筆頭従者長選ばれし眷属>化は四天魔女キサラを、どの程度強くしたんだろう。

 そして、俺もまだスキル獲得に至らないキサラの魔手太陰肺経の操作も変化を遂げていると予測はできた。

 ……キサラの巧みなおっぱい、いや、巧みな上半身の動きに魅了されていると――。


 闘技場が多い場所を通り過ぎた。


「ンン――」


 神獣ロロディーヌは無人の浮遊岩を踏み台に利用。

 壊れかかる魔塔を避けて、また違う通りに出た。


「右のほうよ、ロロちゃん」


 と、レベッカの指示通り右に向かう。

 踏み台のような坂道を利用して、釣り堀を備えた浮遊岩と銭湯を備えた浮遊岩を越えた。

 色々な浮遊岩があるから面白い。

 浮遊岩が一つの露天の店になっている浮遊岩もあった。


 小さい浮遊岩に焼き肉屋の商店がある。

 居酒屋の浮遊岩は、雰囲気があった。

 【幽魔の門】御用達と書かれた居酒屋風浮遊岩の客には、大柄獣人のセンシバルたちが座る。

 縦長の机と椅子もほとんどが硬い岩だからか、大柄獣人のセンシバルが暴れても壊れることはなさそうだ。


 その浮遊岩が行き交う中空の下の町並みには、江戸の街のような雰囲気があった。

 リツさんが語っていた七草ハピオン通り、天狼一刀塔、帰命頂礼通り、荒神アズラ通りなどのローカルな周辺地域って感じか?


 そんな【塔烈中立都市セナアプア】の上界の街の様子を見学しながら移動を続けた。

 巨大な浮遊岩と魔塔の一つ一つが上界の景色を様変わりさせる。


「ロロちゃん。魔塔カンビアッソを越えた左のほうだから」


 レベッカが方向を相棒に告げる。

 左に傾く、ピサの斜塔的な魔塔カンビアッソが現れた。

 その魔塔を潜って左に続く和風と洋風がミックスされたような不思議な建物が多い商店街を進む。


 さっきの魔塔は、同じ名前のサッカー選手で名MFがいたな。

 ボランチでなかなか渋かった選手だった覚えがある。


 相棒は大通りを速やかに走る。

 通りの人集りも増えたが、上の、中空を行き交う浮遊岩を注視した。

 浮遊岩が連なる列車的な乗り物に圧倒される。

 上界の空も混雑しているが地面の大通りを歩いている方々も増えてきた。

 マンホールと地下層行きの幅の広いトンネルもあった。

 そのトンネルの中を杖を跨ぐ魔法使いたちが飛翔していく。


 一方、下の地面と地下に向かわない大通りでは……。


 甲冑を装備した虎獣人ラゼールの集団。

 ドワーフと人族の混成商人グループ。

 人族とエルフの冒険者風の方々。

 魔獣が入った檻を備えた馬車。

 などなど、魔塔が壁のように聳え立つエセル大広場に近づくほど、通りも賑やかになった。

 魔塔と魔塔が巨大な門に感じる通りの左右には街路樹が立ち並ぶ。

 樹木の通りは、下界と似た雰囲気。

 樹の形は魔塔を模している。中には、クリスマスを祝うような飾りが複数付いた樹木もあった。

 天辺に飾りを付けている職人風のドワーフと人族がいる。


 魔法の光源も多数浮いているから、夜間とは思えないぐらい明るい。 


 門的に左右に並ぶ魔塔の間からエセル大広場に出た。

 大広場は緑地もある大公園的な印象だが、要所要所に極大の魔塔もある。

 基本は二階建ての建物が多いようだが、例外もあるようだ。

 エセル大広場の外を囲う摩天楼エセル大広場の市場は夜の街と化して華やかだが、見学はせずに、レベッカの案内に従った。


「到着、魔塔エセルハードよ。もう血長耳の幹部たちは集まっているようね。他の同盟的な関係者たちも」


 とレベッカが指摘。

 一階のカフェに魔道具店や魔薬商店はおしゃれだ。

 【白鯨の血長耳】のマークらしき紋章が至る所にある。


 黒服のエルフの兵士。

 迷彩服のエルフの兵士。

 皆【血長耳】の関係者だろう。


 が、テラス席でフラペチーノ風の甘そうなドリンクを飲んでお菓子を食べている方々がいる。

 レベッカが凝視しているようにケーキを食べている方は幸せそうな表情を浮かべていた。


 ここは本当に闇ギルドの施設なのか。

 そんなオシャンティーな魔塔エセルハードの正面には浮遊岩が三つある。

 上下に行き交う浮遊岩か、見たまんまエレベーターだな。

 その昇降機に【血長耳】のエルフ兵士に案内を受けていた闇ギルドの関係者が乗り込む。


 あの方々が同盟者か。

 【血長耳】は、どの程度の範囲で面子を呼んだんだろう。ま、上れば分かるか。


「よし、皆、行こう――」

「ん」

「はい」

「行こう! 美味しそう!」


 お菓子大魔王は、緊急幹部会のことを忘れているようだ。ナイトとペルのミニドラゴンが宙に浮いていた。


「にゃおおお~」


 と、黒猫ロロさんも甘いのが好きか。

 レベッカと二匹のドラゴンと相棒が一緒に向かった先はカフェ。

 仕方ない、つまみ食いと行くか。

 サウススター系なら、いい訓練になるからな!


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