七百九話 戦神流<攻燕赫穿>

「皆、見ての通り、聖槍の形状が変化したが、もう一度、この聖槍ラマドシュラーに魔力を送ってみる。何かが起こるかも知れない」


 と警戒を促す。

 魔槍ではなく聖槍だから、大丈夫だとは思うが。


「にゃ」

「「はい」」

「ん」


 一匹を除いて、エヴァたちは真剣な表情だ。


 彼女たちに頷いた。

 そして、聖槍ラマドシュラーに魔力を送った直後――。

 聖槍ラマドシュラーから光と魔力が洩れると、天井からも強烈な十字架の光が溢れ出ては俺を射した。


 眩い十字架の光に包まれた。

 同時に少し体が浮いた。


 俺の胸からも神々しい光が溢れる。

 そう、<光の授印>だ。


 聖槍と天井の光に呼応したのか?


 俺の疑問に応えない胸元の<光の授印>の光は強まった。

 天の光と聖槍ラマドシュラーが放つ光に魔力と融合。


 俺を基点とする眩しい光だ。


「にゃお~」

「――シュウヤ様!」

「ご主人様、光が眩しいですが、攻撃ではない?」

「ん、契約の儀式?」


 眩い光の中から、皆に向けて、


「大丈夫、攻撃じゃない。儀式の一環だと思う」


 そう発言。


「光と一体化したシュウヤ様……」

「天井に穴はないし、神界セウロスの光がシュウヤに当たっているようだねぇ。神意の奇跡。わたしも似た体験には覚えがあるよ」


 クレインがそう語る。


「先生も? あ、皇帝の血筋に関わることで?」

「それも関係する。要するに〝神界セウロスに至る道の恩恵を齎す〟ってことさ。ま、今はわたしの過去より、シュウヤさ」

「ん」

「恩恵か。正義のリュートを弾いた時と同じかな。または神界セウロスに転移してしまう?」

「ん、センティアの手を思い出す」

「ご主人様、怖いことを言わないでください!」

「はい! 離れたくないです!」


 ヴィーネとキサラの顔色は分からないが、必死そうだ。


「おう、分かってる」

『閣下。光の精霊ちゃんと時空の精霊ちゃんがたくさんいます』

『光属性は分かるが、時空属性の精霊も関係しているのか』

『……器の心と繋がろうとしている聖槍ラマドシュラーの中身は神性を帯びているようだ。ならば、妾は大人しく沈黙しよう』


 ヘルメと沙の念話のあと――。

 聖槍ラマドシュラーを握った戦巫女イシュランが出現。


 半透明だから幻影だ。

 戦い易そうな衣装も半透明。

 衣装には、数羽の飛翔する燕たちと枝に止まる燕たちが水彩画風の筆遣いで描かれてあった。


 戦巫女イシュランは聖槍を持つ左手を引く。

 片鎌槍系の穂先を傾けて聖槍ラマドシュラーを構えた。 

 戦巫女イシュランは燕の鳴き声を口笛で表現しつつ聖槍ラマドシュラーを振るいながら踊ると、背後にゆらりと湯気的に動く魔力を発しつつ、魔糸をも体から放射状に展開した。

 その儀式的な湧いたような魔力は瞬く間に半透明な戦神ラマドシュラー様らしき幻影となった。戦神ラマドシュラー様は戦巫女イシュランと同じように踊りつつ、その戦巫女イシュランが出した魔糸が体に絡んでいった。


 戦神様は上で、下からだが、マリオネットのように戦巫女イシュランに操作を受けている?

 その魔糸が絡む戦神ラマドシュラー様の幻影は下の戦巫女イシュランの体に引き寄せられると、戦神ラマドシュラー様と戦巫女イシュランが触れた瞬間、合体。


 戦神ラマドシュラー様と一体化した戦巫女イシュランは俺を見て、


『――我の戦巫女のイシュランを救った光魔ルシヴァルのシュウヤよ。我らが神界に帰還する前に礼をしたい』


 見た目は戦巫女イシュラン。

 が、念話は戦神ラマドシュラー様。


 恐縮する思いで、


『戦巫女イシュラン様を救えたことは嬉しく思います。ただ、聖槍ラマドシュラーに魔力を通して引き抜いただけですから』


 と発言した。

 戦神ラマドシュラー様は、


『ぐだぐだ言うな、礼は受けてもらう! 聖槍ラマドシュラーも当分の間はシュウヤが持つことになるのだからな』


 戦神らしく口調が乱暴だが、沙っぽい。

 沙は沈黙を貫くようだ。


 しかし、聖槍ラマドシュラーは当分の間か。


『……当分とは、では、聖槍ラマドシュラーには、本来の使い手がいると?』


 月狼環ノ槍のような扱いなんだろうか?


『戦巫女イシュランの一族が生きていれば、本来の使い手になる。が、選出方法は各神殿で異なる。命を懸けて槍の武を競う武術会で優勝した者が使い手に選ばれることもある。それらのことで、イシュランの血筋がどうとか、武神寺や戦神教の無粋な連中が文句を言おうと、気にするな。放っておけ。イシュラン本人がシュウヤを聖槍ラマドシュラーの使い手に認めたのだ。戦巫女イシュランの魂が宿る像から聖槍ラマドシュラーを引き抜いたのはシュウヤだ。それは同時に神界戦士としての資格を有しているのと同じこと。で、礼だが、我の姉とは違う<戦神ノ武功>に連なる槍武術を受け取ってもらおう。武術なら興味を持つであろう?』


 戦神らしく、俺の心を見透かしているが、構わん。


『それは受け取りたい。見たいです』

『『その意気だ! しかしながら、我の武功とわたしの体術をシュウヤが体得できるかは、分からぬぞ』』


 戦神ラマドシュラー様と戦巫女イシュランがハモる。


『挑戦したい! やる気が、心が熱いです!』

『うふふ、いい笑顔だ。戦神の心を滾らせる……のもいい! 分かった。が、今の我とイシュランでは精神力が足りぬ。ソナタに宿る常闇の水精霊ヘルメと<神剣・三叉法具サラテン>の力を貸してもらう』

『どうぞ』


 戦巫女イシュランと重なる戦神ラマドシュラー様は、全身から魔糸を放出する。

 魔糸が俺の体と絡むと、戦神ラマドシュラー様と合体中の戦巫女イシュランと重なった。


 二人と俺は一体化。

 戦神ラマドシュラー様の一部を感じた。

 今にも消えそうな戦巫女イシュランの魂も感じとる。

 二人の魂か魔力は小さい。


 聖槍ラマドシュラーに宿した俺の魔力を糧にした最後の状態だと分かる。


 すると、戦巫女イシュランだが、俺の口が自然と動く。


『まずは、槍天は背、刀背は天……天は戦神! <戦神ノ武功>――』


 魔力が活性化。

 戦神教の<魔謳>かスキルか不明な呪文だ。

 すると、<戦神ノ武功>の効果の一部なのか、聖槍ラマドシュラーの一部が溶けてできた粘土質状の物質が、俺の両手と体の一部を覆うと、輝く籠手と鎧に様変わり。


 籠手には燕のマークが浮かぶ。

 鎧の胸元には燕と刃の群れが造形されていた。

 燕たちの翼から輝く魔力が噴出。


 聖槍ラマドシュラーに魔力を吸われた。

 続けて、俺と一体化状態の戦巫女イシュランと戦神ラマドシュラー様からも、内部から魔力を吸われる感覚を受けた。


 俺の魔力を直に吸収したからか、鎧の形がまた変化。


『うぬぬ、妾の魔力を吸いよった!』

『閣下! 鎧にわたしの水飛沫が!』


 常闇の水精霊ヘルメの魔力を吸収したであろう鎧の一部の造形は水の刃に知恵の輪が重なっていて芸術性が高い。

 <神剣・三叉法具サラテン>の魔力を吸収した鎧の造形はミニチュアの三つの神剣に変わっている。

 桃色の蛸足もあるし、鎧の所々に俺と関わりのあるモノの刃が造形されていた。


 沙・羅・貂はいないが、面白い。


 同時に周囲の景色が一変。

 地下の戦場か――。

 敵は地底神セレデルの一派。


『『――征くぞ、加速からの攻撃スキルである』』

『分かりました』


 戦神ラマドシュラー様と戦巫女イシュランは、内部にいる俺に向けて思念で語る。

 見た目は戦巫女イシュランの体は前傾姿勢を取った。

 その内部にいる戦神ラマドシュラー様と俺も戦う気分となる。


 大小様々な骨剣魔人ブブルーたちに向けて駆けた。

 凄まじい加速だ。

 <戦神ノ武功>は<血液加速ブラッディアクセル>に近い加速技でもあるようだ。


 更に聖槍ラマドシュラーから燕が発生。

 燕の翼から小さな翼の形をした魔刃が放出されていく。


 周囲の骨剣魔人ブブルーは燕の魔刃を浴びて散った。


 戦巫女イシュランと戦神ラマドシュラー様に俺は前進を続けた。

 大柄の骨剣魔人ブブルーとの間合いを詰めた。


 左足の踏み込みから、


『戦神流<攻燕赫穿>――』


 突き出た聖槍ラマドシュラーの穂先に赫く燕が出現。

 聖槍の穂先と重なった赫く燕が、幻影の骨剣魔人ブブルーの胴体を穿つ。

 穂先から赫く燕が迸る。


 ――暁闇を突き抜ける不知火的な燕。


 幻影の骨剣魔人ブブルーは穿たれた胸元から青白い光を発して、爆発。

 聖槍ラマドシュラーの穂先に赫く燕は収斂。


 その聖槍ラマドシュラーから連続的に飛び立っていく他の燕の動きも、コマ送りとなってから止まった。

 戦巫女イシュランは青白く散った残骸を払うように聖槍ラマドシュラーを振るう。

 周囲の幻影の骨剣魔人ブブルーは消えた。


 ※ピコーン※<攻燕赫穿>※スキル獲得※


 おぉ、やった。

 <刺突>系っぽいスキルを獲得できた。


『<攻燕赫穿>を獲得できました』


 聖槍ラマドシュラー用でもないようだ。


『実に見事だ』

『戦神様にそう言っていただくと恐縮です。しかし、<戦神ノ武功>は無理でした』

『<戦神ノ武功>はまだ高みがあると思えばいい。その<攻燕赫穿>は戦神流の基礎技スキルだが、並の槍使いでは獲得できんスキルである。更に我の魂は、極めて小さいが神性を帯びている。どんなに優秀な戦巫女であろうと神降ろしを行うと精神力が乱れてしまうことが常。が、シュウヤは平気であった。そして、イシュランの魂も同期していたのにもかかわらずだ。心が平らにして気が乱れず一切の雑念がなかった……まさに明鏡止水……水の神髄を水神アクレシスではなくシュウヤから学んだような気がする』

『わたしもです。シュウヤの曇りの無い武術を学ぼうとする不動の心は、本物。戦巫女として心がトキメキました』

『うっしゃい……』


 俺と重なっていた二人がそう語ってくれた。

 沙が我慢できずに小声で文句を語るところが可愛い。


 戦神ラマドシュラー様と戦巫女イシュランは上半身だけ姿を出す。

 俺は二人に向けて、ラ・ケラーダのポーズを取る。


『戦神ラマドシュラー様と戦巫女イシュラン様。ありがとうございます。戦神流の槍技の一端を学べたことは大きいです』

『あっぱれな男。正式に主神たちに紹介しては、神界の諸侯として迎え入れたいところだ』

『……ラマドシュラー様』

『そうであるな。我とイシュランには時間がない。同時に、我らを慕う信奉者、神殿の者たちの気持ちに応えられず、悔いは残るが仕方あるまい』

『はい』

『戦巫女イシュラン様と戦神ラマドシュラー様を、この聖槍ラマドシュラーに宿らせ続けることはできないのでしょうか』

『定命の感覚が強いシュウヤよ、勘違いするな。我が健在であろうとこのままであろうと、聖槍も所詮武器は武器。それ相応のアイテムでないと永らく留まることなぞ無理だ。今回は、様々な要因が重なったからこその奇跡であり、セウロスに至る道である。さて、イシュラン、神界セウロスに帰るぞよ』

『はい。では神界に向かう前に、シュウヤ……』

『なんでしょう』

『シュウヤが知るように戦神教には敵が多い。が、この聖槍ラマドシュラーがあれば、戦神教との無益な争いは減るはずだ……ではラマドシュラー様、行きましょう』


 刹那、戦神ラマドシュラー様と戦巫女イシュランの気配が消えた。

 周囲の光も消えた。


「ん、光が天井に吸い込まれた?」

「学院にあった七不思議の部屋みたいでした。それに、欠けた女神像が分解されては、分解された素材を活かすように新しい聖槍に変化を遂げるなんて、凄すぎる」


 と興奮しているドロシー。

 紙風船的な魔道具を退かして聖槍ラマドシュラーを見ようと近寄ってきた。


「ングゥィィ! キラキラ、光ッタ、ゾォイ!」


 ハルホンクも反応。

 しかし、魔法学院の七不思議か。

 レベッカとミスティにセンティアの手と関わるアス家のお嬢様も語っていた。


 俺の<覚式ノ理>と通じている<覚式ノ従者>になったアス家のお嬢様。

 ミスティが言うには普通に授業に出ているようだ。

 もし、<覚式ノ理>を使ったら……。

 また、アス家のお嬢様と繋がって、ペルネーテの魔法学院のトイレに転移するかも知れない。


 ま、後々だ。


 聖槍ラマドシュラーに内包されていた魔力も霧散。

 石の籠手も分解されると聖槍ラマドシュラーの表面に付着していく。


 聖槍ラマドシュラーと光に満ちた現象を見た評議員ペレランドラも近寄ってくる。

 リツさんもナミさんも続いた。


「女神像を取り込んで、穂先が一瞬で変化したし、眩しかった光……」

「魔金細工師の魔細工腕アームド、または<魔鉱鋳造マッシブプル>の魔鋼技術?」

「シュウヤさんが? 他にも錬金術師の<聖鋼鉄錬金>、エンチャント技術、鍛冶スキルの<鍛冶・解>……等もあるけど……」


 リツさんとナミさんは聖槍ラマドシュラーを見ながら早口で語る。

 ペレランドラは頭部を左右に振って、


「生産系の戦闘職業や生産スキル等はシュウヤさんは持っていないと聞きました。どちらにせよ、白命炉厰キリアノハース的な魔力複合炉が必要。だから……」


 そう語った瞬間、皆が、頷いた。


「……奇跡の現象ってことね」

「はい、神意が関わる奇跡的な現象です」

「ナミ、貴女は色々と鏡を通じてて、体感している。今回の現象と似たような経験はあるでしょう」

「種類によって様々だけど、まぁそうね」

「では、シュウヤさんに<夢取鏡師>の戦闘職業で得た経験を少しお話ししたら?」


 と、ペレランドラとナミさんは同意を求めるように、俺をチラッと見る。


「失敗談ですが……」

「いいよ、興味がある」

「分かりました。【霧の申し子】の幹部、トッドマリスの呪いを解く依頼を受けた時です。その幹部の部屋で〝ホウオウの鏡〟を用いて呪い解除の作業に取りかかった際に、トッドマリスが持つ〝ゼアの憤怒面〟と〝刹断悪神縄〟のマジックアイテムが、突然、狂気の王シャキダオスのアイテムらしき片腕のマジックアイテムと融合。その三つのアイテムが合体した影響で、大爆発が起きました。【霧の申し子】の施設の一部とわたしたちも爆発に巻き込まれました。依頼主は死に、仲間も三人死亡。わたしも死にかけました」


 とナミさんが残念そうな表情で語る。


「奇跡ってより、抗争に巻き込まれたのか」

「はい、示し合わせたようなタイミング。スキルや魔道具を使った形跡もなかった。奇跡的なアイテムの融合を用いた爆発。その後、爆発現場に戻りましたが、三つのアイテムの痕跡はありませんでした。死んだ者たちの魂が必要な魔神具の形成に利用されたのかも知れませんが……」


 えぐいが、闇側では奇跡か。


「……遠隔からアイテムを融合させる能力者が、その【霧の申し子】と敵対する組織にいたと?」

「その可能性は高いです。すみません。暗い話ですね」

「とんでもない。よく話をしてくれた」

「……そんな出来事があったとは知らなかったわよ。一時的にわたしから離れていた時があったけど」


 ペレランドラがそう言うと、ナミさんは頷く。


「そう、その時よ。わたしは肩を……」


 ナミさんは肩を傾けておっぱいを見せる。

 いや、服をずらして右肩の装備品を外す。

 と……肩の半分、骨が削れていた。


 肩甲骨に穴がありそうな勢いだ……。

 ……暫し、沈黙。

 魔素の流れもスムーズだし……。

 露わになった肩の骨を隠せる右肩の装備品。

 表は人工の肩と肌を精巧に再現している。

 だからまったく気付かなかった。


 裏側は、エセル界の品っぽい魔機械と集積回路的な魔法陣の上に青蜜胃無スライム状のネバネバしたモノが規則正しくハンダ付けされて付着していた。


 ペレランドラは泣きそうな表情となる。

 ドロシーはエヴァに抱きついていた。

 リツさんは知っていたのか、仕方ないって顔だ。

 ヴィーネとミレイヴァルとクレインとキサラは驚いて、ナミさんの肩を見ている。


 そのペレランドラが、


「なんで、今まで黙ってたの!」

「ふふ、マージュ。野暮なことは聞かないでちょうだいな」


 と、二人で言い合いが始まった。

 リツさんも加わると親友同士なのか、少し激しい口調に変わっていく。


 その三人とドロシーも部屋の隅に移動した。


 少し話が脱線した。

 エヴァは三人の話に夢中だったが、直ぐに聖槍ラマドシュラーを握る俺を凝視。


「シュウヤ、聖槍ラマドシュラーと契約を?」


 と聞いてきた。


「契約はないが光属性の<攻燕赫穿>という突き系のスキルを獲得できた。そして、戦巫女イシュランと戦神ラマドシュラー様の魂は神界に戻ったようだ」

「戦神ヴァイス様を主神とする眷属神の戦神様とは驚きです! が、やりましたね。ネーブ村はご主人様のいい修業場所となりました。そして、スキルと聖槍ラマドシュラーの獲得、本当におめでとうございます!」

「おう。で、欠けた女神像に宿っていた存在は朽ち果てる寸前の戦巫女イシュランの魂だった。その戦巫女イシュランが愛用していた聖槍がラマドシュラー。聖槍ラマドシュラーは戦神イシュルル様の妹で、その妹の戦神ラマドシュラー様の体と魂に光の精霊が宿っていた聖槍だったらしいが、もう、その戦神ラマドシュラー様は、神界セウロスに旅立ったようだ。だから、今はただの聖槍ラマドシュラーってことだな。闇属性特効武器、聖槍アロステと同じだろう」


 俺がそう説明すると、皆、頷く。

 が、相棒は、


「にゃお~」


 と鳴いて、ヘンテコな像の匂いを嗅ぐことに飽きたようで傍に寄ってきた。

 俺の脛に頭部を寄せて甘えてから、俺をジッと見る。

 と、前足を上げて、聖槍ラマドシュラーに猫パンチを当てようとしてきた。


「ンン――」


 が、聖槍ラマドシュラーには肉球は当たらない。


「相棒、ヘンテコな像は臭かったか?」

「にゃお」


 と真ん丸い黒い瞳を寄越す。

 紅色の虹彩にある黒い瞳ちゃんが、輝いて見えた。

 髭は少しあがっているから、機嫌は良さそう。


「臭くなかったが、像の中身か、中の魔力の匂いが気になったってとこか」

「ンン、にゃ」


 黒猫ロロは『正解にゃ』といったように鳴いた。

 俺の膝に頭部を寄せてくる。


「こっちの大魔石か極大魔石が集積したヘンテコな像は呪いとかはないと分かる代物だが、鑑定したほうがいいかな」

「像の足の裏には職人の名前的な魔法陣が刻まれてあるから、何かしらの効能があるとは思う」

「はい、欠けた女神像のこともありますし、この変な形の像にも秘密があるかも知れない」


 極大魔石なら、アイテムボックスに納める魔石に利用できたが……。

 今度、鑑定屋で調べてもらってからにするか。

 『ドラゴ・リリック』の中に入れたら、どうなるだろう。

 ま、今はいいか。


「んじゃ、今日と明日にかけてキサラの眷属化、それからセナアプアに帰還だ。ペレランドラ親子もいいかな。セナアプアは様変わりしている状況だと推測できるが……」

「十分です、商会が駄目になっていても秘匿状態だった倉庫さえ残っていれば」

「分かった」

「その倉庫の件は、不透明なことが多い。わたしが護衛についてあげよう」

「いいのですか、クレインさん」

「いいさ。下界の倉庫街は危険だからねぇ。ドロシー、リツ、ナミ、まだ戻ってこないペグワースの皆と仲良くなったってのもある。【魔塔アッセルバインド】ではなく個人の活動だ」

「ありがとう……」


 クレインは優しいな。

 エヴァも満足そうに頷いている。


「まだ上界と下界で闇ギルド同士の抗争が続いているようだから、不安定かも知れないが……上界には【天凜の月】の【宿り月】の宿屋兼酒場もあるから、ペレランドラたちも手狭だとは思うが寝泊まりできるはず。そして、アキエ・エニグマからもらった魔塔ゲルハットもある。まだ調べていないから分からないが、もし使えるなら、ペレランドラたちが住むか利用できるテナントとして一部の階層を貸すこともできるだろう。金がないなら暫く賃料なしで使っていい」

「それは正直、嬉しくて泣きたいぐらいありがたいお話ですが、一時的にセナアプアに戻るだけです」

「そのほうが良さそうだ。闇ギルドの私怨を含めた争いは避けられないし、尾を引く」

「はい、襲撃を受けた魔法学院の学生たち、争いの余波は、その家族と親類に及んでいる。守護する空戦魔導師に空魔法士隊は闇ギルドと同様に被害者でもあり加害者でもある。傭兵商会もあるでしょう。そうした負の連鎖は、到底拭いきれないモノになるはず。わたしも、評議員としての地位は失ったのとほぼ同じ。空魔法士隊の人員に成れそうな実力のある娘ですが、それしかない。今後の娘が心配です」

「お母様……」

「ドロシー、大丈夫。ですから、今後のため商会と小さい倉庫だけは確認したい」


 負の連鎖か。

 ネドー一派とペレランドラ一派の争いだが……。

 他の評議員と、それぞれの魔法学院の生徒たちと、その家族。

 それらを襲った闇ギルドたち。

 雇った雇われていた商会が絡むと……。

 ミアの父と母が持っていた【ガイアの天秤】が潰されたときのような中小の闇ギルドの争いもあるということか。


「……分かった。さて……」


 ヴィーネとキサラを見る。


「緊急幹部会。あ、キサラの眷属化ですか」

「おう。幹部会は、何処かの魔塔の天辺か」

「はい、【白鯨の血長耳】以外に同盟関係にある方々とは他の闇ギルドでしょうか。だとするならば襲撃の心配も……」

「レザライサがいつ戻るのか分からないが、警戒するべきだろうな」

「にゃ」


 と相棒が鳴いた。

 その鳴き声が合図のように猫たちが、皆に甘え出す。


『閣下!』

『おう』


 左目から出たヘルメ。

 猫たちを祝福するように水飛沫を発するが、嫌がられてしまった。


 猫たちは、


「シャァァ」


 と怒っていたが、途中から気持ちよくなったのか「にゃ」とゴロニャンコ。


 ご機嫌モード。腹を押っ広げた三毛猫に、ヘルメを追う白猫。

 茶トラの猫は、踊るように水飛沫を浴びにいく。


 猫たちが「にゃあ」、「にゃお」と騒がしくなったところに、ペグワースたちが戻ってきた。


 ヘルメが猫を数匹連れて歩きつつシウの傍によると、腕を伸ばして水飛沫をピュッピュッと飛ばす。


 そのヘルメが自慢気に、


「――ふふ、輝く猫ちゃんのお尻軍団です!」


 そう発言。

 直ぐにシウが笑って、


「わたしも輝くー」


 とヘルメの水飛沫を浴びに自ら跳躍――。

 ヘルメの扱う水飛沫はナミさんやリツさんだけでなく、ヴィーネやエヴァのおっぱいさんにもピュッピュッと当てていく。


 双丘さん、揺れて揺れての天国や。


 と、てんやわんやの騒ぎとなった。


 俺は笑いながらも、珍しく大人しい相棒と一緒に寝台に座った。


 黒猫ロロは皆の楽しい様子を見ているが、どこかすべてを見据えたように達観したような表情だ。


 そんな黒猫ロロを見て、不安を覚えてしまった俺は、膝に掌を当てながら、


「相棒、少しここに来るか?」


 と提案。


「にゃ」


 黒猫ロロは膝に乗ってくる。

 その相棒の頭を撫でて、片耳を伸ばして、のべぇっと頭部を引っ張る。

 相棒の間抜けな顔だ。

 その黒猫ロロは瞼を閉じて、気持ち良さそうだ。

 その瞼を人差し指と親指で強引に開く。

 相棒のお目目がギョロッと動いて、俺を捜す。

 また、お目目の瞼を人差し指と親指で弄って、強引に閉じた。また開いて閉じてを繰り返す。

 相棒は一瞬、白目のまま「ンン」と、喉声を出したが、のべぇっとしたまったり顔のままだ。

 そんな遊びをしながら相棒の頭部をマッサージ。


 暫し……。


 まったりタイム。

 そうしてから、キサラを見た。


「キサラ。セナアプアへと帰る前に、光魔ルシヴァルの眷属化を始めよう」

「はい……」


 キサラは動揺したように蒼い瞳を揺らす。そのキサラを落ち着かせようと、手を握ってから優しくハグ。


 キサラの白絹のような髪からいい匂いが漂った。

 そのキサラを離してから、皆に向けて、


「皆、キサラを新しい<筆頭従者長>に迎え入れてくる。で、明日はセナアプアだ」

「はい」

「了解したが、ひっとうじゅうしゃちょう?」

「ん、ペグワースさん、シュウヤはね、光魔ルシヴァルという種族の宗主なの。血を分け合う種族。魔、闇、光、聖、でもある。わたしも<筆頭従者長>の一人」

「わたしもだ。キサラはわたしたちと同じ家族になるのを待っていた。ご主人様をお慕いしつつ、ずっと待っていたのだ」


 とエヴァとヴィーネが説明を開始。

 ヴィーネの瞳は潤んでいた。

 ヴィーネも暫しの間【魔霧の渦森】でミスティとハンカイと修業しながら過ごしていたからな。


 待ち焦がれていたキサラの気持ちを理解しているんだろう。

 俺はキサラと一緒に大きい木の窓から外に出た。

 キサラを腋に抱えてダイブ的に飛翔したところで直ぐに<導想魔手>を足場に利用して宙を跳ぶ――。


 向かった先は空き地――。

 野良猫たちはいない。

 六幻秘夢ノ石幢の『獄魔槍譜』が内包されていた四面を独鈷魔槍で突いた場所でもある。

 その結果、<獄魔破豪>を獲得した。

 壊槍グラドパルスのような機動で自らも槍と一緒に突貫する魔槍技。

 空き地に着地したキサラもアイマスクを解除した。白絹のような髪の間から覗かせていた小さい角に、そのアイマスクが格納された。


 髪質と同じく細い白い眉毛に蒼い双眸。

 美しいキサラだ。


「……キサラ、<光魔の王笏>を使う。<光闇の奔流>と<大真祖の宗系譜者>を受け止める気概はあるんだな?」


 と、分かりきっているが、あえて、柔らかく聞いた。

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