七百八話 聖槍ラマドシュラー

 音階段を上がり、神殿の内部に戻った。

 すると、ゲッセリンクが光神の封印扉越しに、


「シュウヤ、<音守・大楽譜魔封>はどうであった! あ、それより早くこっちに!」

「おう、ただいまだ」

「ん」

「はい」


 俺たちは光神の封印扉を潜って神殿のホールに入る。

 ゲッセリンクが歌いつつチェロを弾くと、すぐに背後の光神の封印扉は閉まった。


 音階段から不気味な声が響いていたが、ま、大丈夫だろう。

 まずは、興奮しているゲッセリンクに荒魔獣モボフッドと骨剣魔人ブブルー勢力の様子を伝えた。


 責っ付くように質問攻めが始まったが。

 キサラが落ちついた口調で説明を開始。

 ゲッセリンクは眠ったように目を瞑り……深く頷く。

 そして、金玉を膨らませて浮遊しては、金玉絨毯の上でコロコロ寝転がりつつ、キサラの説明を夢中になって聞いていた。時折、揺れているおっぱいさんに視線が集中するエロ狸だが、まぁ、仕方ない。


 キサラも分かっているらしく、胸元を手で隠しつつ目が泳いでいた。

 俺はそのキサラが可愛くて見蕩れてしまう。

 が、「ん!」とエヴァにばれた。


 俺の手をぎゅっと握るエヴァっ子も可愛い。

 俺は俄に真面目な顔を作って、骨剣魔人ブブルー勢力との戦いのことを聞いていく。

 そうして、荒魔獣モボフッドと骨剣魔人ブブルーの素材をゲッセリンクに見せた。


「キサラ殿……ありがとう。そして、シュウヤと仲間たちのイノセントアームズ、素晴らしい結果だ! この<音守・大楽譜魔封>も暫くは安泰であろう。わしは……」


 と間を空けてヘルメを凝視。

 ヘルメは、スパッとした動きで片腕を伸ばし、


「許可します、ゲッセリンク・ハードマン! どっきりんこの弟子としましょう!」


 一瞬、膝から崩れそうになったが、ゲッセリンクは笑顔満面。

 金玉も膨れて跳躍しては華麗な金玉の裏側を見せる。


 否、華麗ではないな……。


「では、どっきりんこでかるちゃー! としての感謝の気持ちを皆に送る――」

 

 ゲッセリンクはそう喋ると、皆の笑った声に呼応するような快活な声でリズムを取る。

 と、歌い始めた。

 即興で作ったとは思えないが、楽器は使わず、アカペラを披露。


 相棒が片足を交互に上げてデボンチッチを追うような仕種を繰り返す。

 キサラとヘルメがゲッセリンクの歌に合わせてダンシング。

 俺もリズムを取りつつ相棒の尻尾を掴む悪戯をしたら、「シャァア」と怒られた。

 

 が、すぐに俺が「カソジック?」と発言すると「にゃぉぉ~」と甘えた声に早変わり。

 頭部を俺の膝に擦り当ててきた。


「あはは、黒猫ロロはこれに弱いからなぁ」

「にゃおぉ」


 と、甘えてクレクレポーズを繰り出す黒猫ロロにカソジックの切り身の餌を上げた。

 そうしてから――。

 

 ゲッセリンクと別れた俺たちは冒険者ギルドに向かう。

 常闇の水精霊ヘルメは左目だ。

 空いているギルドの内部を歩きつつ、受付に素材とギルドカードを提出。

 冒険者ギルドで報酬を得た。

 荒魔獣モボフッドと骨剣魔人ブブルーの討伐依頼は終了だ。


 ほくほく顔でギルドを出た。


 ギルドカードの冒険者依頼達成数が五十四になった。

 港、テラスを歩きながら、


「案外早く終わった」

「ん、半日ぐらい?」

「はい」

「ンン、にゃ」


 皆と話をしながら板の階段を上がる。

 端に並ぶ石像に集結していたネーブ村に暮らす猫たちが黒猫ロロを出迎えるように近寄ってくる。


 どうやら黒猫ロロは短い間にネーブ村の猫たちの一部を虜にしてしまったか。

 それとも縄張りを獲得してしまったのだろうか。


 そんな親分気分の相棒ちゃんは、俺の耳朶を叩く悪戯に夢中。

 尻尾が首に掛かってくすぐったいが、我慢しながら皆が待つ『水鴉の宿』に戻った。

 

「ん、猫ちゃん軍団再結成!」


 エヴァは猫軍団が増えて喜んでいた。

 宿の出入り口付近で、ヒューイと金属鳥のイザーローンが遊ぶのを見上げていたヴィーネが、振り向く。


 と、パッと笑みを浮かべて、階段を少し下りてくる。


「――ご主人様、お帰りなさいませ!」

「おう、ただいま。ヒューイとイザーローンもな」

「ピュゥゥ」


 ヒューイは俺の肩には戻らず空を舞う。

 ヴィーネと視線を合わせて、


「詳しくは中で」

「はい」


 『水鴉の宿』に入ると受付にはお爺さん。

 そして奥のチェアに座るお婆さんがいた。


 裁縫中のゼンアルファさんだ。

 そのお婆さんが、


「いらっしゃい。何処かで、正義を成すお仕事が終わったのかい?」

「正義かは分かりかねますが、冒険者ギルドの依頼を終えたところです」

「にゃ」

「そうかい。黒猫様も、こんにちはだよ」


 相棒を凝視するゼンアルファさんか。

 温和そうな印象だが、何かの圧力を持ったような雰囲気がある。

 

「水のモルセルと地下で会い、そこでゼンアルファさんのことを聞きました。予言のような力をお持ちのようですね」

「ふふ、わたしゃ婆、ゼンアルファで結構だよ。黄昏を地で征き歩く騎士様……。予言の力はある。風神様と水鴉の石魔器の力と、その石魔器に住む子仙亀アーロンの力も利用した能力だがね。そして、〝水鴉の祝福の儀式〟を終えたことも知っている……やはり、未知の水鴉と槍の通りだった」


 アーロンって名前はどっかで聞いた覚えがあるが……。


「守護老猫長ミャロ造と喋れるとか」

「そうさ、ある程度なら猫語を理解できる。それにミャロ造は占いの力になってくれる。この村の長老様の一匹さ。見た目は老猫だが、可愛いよ」

「ン、にゃ」


 相棒が反応した。

 その黒猫ロロに笑顔を向けるゼンアルファ。


「ロロの言葉もでしょうか」

「少しだけさ。ミャロ造とは特殊な繋がりがあるから、理解できることが多い。ミャロ造とは会っているだろう。廊下の通りと空き地の集会の出来事は聞いたよ」


 そう教えてくれたゼンアルファ。

 相棒は尻尾をふりふり中。

 

 ヴィーネとエヴァとキサラの足の間を行ったり来たり。

 その黒猫ロロはゼンアルファを見ては、肉球を見せるように片足をもう一度上げて挨拶。


 ふふ、と笑うゼンアルファ。


 俺はその様子を見てから、


「はい、空き地で行われていた猫の集会にお邪魔したことがありました」

「そうかい。ミャロ造は、そこの黒猫様に縄張りを与えたようだねぇ。黒猫様も、正義を成したんだろう?」

「そうなのか?」

「ンン、にゃご」


 とあまり聞いたことのない声で返事をする相棒。

 どこか気品のある動きで廊下に出た。

 振り返る姿は黒猫女王の名を想起する。


「では、相棒が急かしているように、皆が待つ部屋に向かいます。そして、そのままセナアプアに戻るかも知れません」

「分かったよ。お金はたっぷりともらってるから、いつでも『水鴉の宿』は歓迎さね」


 そして、部屋にいたペレランドラ親子とクレインたちと合流。


「素材の回収だ。シュウヤたちなら楽に終えるだろうとは思ったが、早かったねぇ」

「ん、先生。シュウヤは強い一本角の荒魔獣モボフッドを倒した!」

「エヴァとキサラも骨剣魔人ブブルーの勢力を倒したようだ。見た目は骨騎士。四本腕ばかりだったが、個性のある骨剣魔人ブブルーもいたようだ。俺が倒した荒魔獣モボフッドたちも様々だった」


 と俺は語る。

 クレインはエヴァを見て、


「いい経験になったんだね」

「ん」


 笑みの交換だが……。

 何か心が温まる。


 師匠と弟子の阿吽の呼吸か。

 【魔金細工組合ペグワース】のメンバーたちは、まだネーブ村の見学を続けているようだ。


 早速、魔封層の戦いの結果と、手に入れた新しいアイテムを見せ合う。

 エヴァは大きい女神像と小さいヘンテコな像を出した。


「ん、これが、女神像とヘンテコな像!」

「確かに槍を握っている」


 女神像は上半身が欠けた状態だが、大きい。

 天井スレスレ。槍も長いが斜めで、天井にはぶつからず。


 すると、クレインが、


「エヴァの<念導力>は凄いねぇ。強くなっていることは重に承知しているが、これほどの重い石像をアイテムボックスに入れることが可能とは」

「ん、がんばった」


 エヴァは鼻の孔が少し膨らむ。

 先生に褒められて嬉しかったのか、少し興奮しているようだ。


「地下での集団戦でも活躍していました。フォド・ワン・ユニオンAFVがあるからこそですが、エヴァさんの範囲攻撃は素晴らしい。そして、古い槍ですが、神話ミソロジー級の代物かも知れないですね」


 キサラはダモアヌンの魔槍と、欠けた女神像が持つ槍を比べていた。

 ダモアヌンの魔槍は柄にフィラメントを出せる穴があるからな。


 俺も女神像が持つ槍を凝視。

 槍のほうは壊れていない。


 穂先は矛戟の月刃。

 螻蛄首と太刀打はシンプル。

 神槍ガンジスの蒼い毛が集結したような槍纓はない。

 その螻蛄首の中心は少し窪んでいる。

 握り手がある柄は、神槍ガンジス風かな。

 表面にルーン文字的な文字がある。

 柄頭は六角形の円錐。


「ンン」


 微かな喉声を発した相棒はヘンテコな像の匂いを嗅ぐ。

 欠けた女神像よりも、ヘンテコな像が気になるようだ。


『ヘンテコな像は分からんが、欠けた女神像は多少分かるぞ。妾だけでなく羅と貂も、微かに戦神ヴァイスと植物の女神サデュラの匂いがあると言っておる。その眷属なことは確かとも。ただし眷属神と精霊は多い。妾たちの匂い・・は間違いかも知れぬ。荒神大戦の結果廃れた神々は数が知れないのだからな。で、その槍のほうだが、器が魔力を通せば、何か分かるかも知れぬな』

『そっか、ありがとう』

『ふむ!』


 その沙との念話の内容についてを皆にむけ、


「皆、<神剣・三叉法具サラテン>の三人娘は、この欠けた女神像から微かに戦神ヴァイス様と植物の女神サデュラ様と似た感覚を覚えたようだが……ま、見た目通り神界セウロスの品ってことだろ。槍に関しては俺が槍に魔力を通したら、何か分かると沙が教えてくれた」

「魔封層の地下に眠っていた神界セウロスに住まう女神の像。どのような曰くが……」

『見たことのない光の精霊ちゃんが多いです。闇の気配はありません』


 と左目のヘルメが思念を寄越す。


「ん、荒神大戦とか神々が争った結果、あの地下に?」

「ありえるな。ゲッセリンクの祖先は、地下に討伐に向かった神界セウロスに住まう神々の眷属だったとか?」

「……シュウヤの考察は浪漫があるねぇ」

「素敵なお話です」

「同時に面白い。地下も地上もわたしが知らないことだらけだ」


 ドロシーの言葉に同意するヴィーネだ。

 素の言葉で少し気持ちが昂ぶっているようだな、見知らぬ文化が好きなヴィーネ。

 そして、寝台横のサイドテーブルに香水のアトマイザーの隣に置かれた四つ目綴じの紙片集があった。

 和綴じっぽい。紙の背を、何かの糸で綴じてある。

 裁縫の能力が高そうな、ゼンアルファの作品とかだったりして……。

 または、このネーブ村で手に入れた古い書物かな。

 ペレランドラ親子かリツさん&ナミさんの品かも。


 その隣にいるキサラも、俺に蒼い目を向けてニコッとしてから、


「はい、地下世界に纏わる話は多数ありますから、シュウヤ様の推測が正しいかも知れません」

『キサラの言うとおり、光神の封印扉があるハードマン神殿は、不思議な場所です』

『あぁ』


「ということで、閃光のミレイヴァルも出してみるか」


 素早く閃光のミレイヴァルを出す。

 腰から取った杭を掌の中で回転。

 杭の銀チェーンにぶら下がる十字架。

 <霊珠魔印>を意識。

 魔力を杭に通した瞬間――閃光のミレイヴァルが現れた。


「陛下――」

「よう。呼んだ理由だが、戦いではない。この欠けた女神像が持つ槍を調べようかと思ってな」


 ミレイヴァルは女神像を凝視。


「……素晴らしい聖槍か神槍。表面の文字は、戦神ヴァイス様に関わりのある文字と推測します。主神とする戦神は多いですから、シャルマッハのような曰くがあるかも知れないですね」

「そっか」


 すると、エヴァが、


「ん、ロロちゃん。首がくすぐったい」


 エヴァは黒猫ロロを抱いていたが、相棒が悪戯したようだ。

 その片足を掴んだエヴァ。


「ん、この片足の肉球ちゃん!」

「にゃ~」


 エヴァの首に当てていた片足の肉球を揉みに揉む。


「ふふ、肉球、いや、槍が気になります」

 

 ヴィーネも冗談的に語ると、笑ったクレインと目配せ。

 クレインは頷いて「女神の持つ槍は当然だが、肉球の感触は、癖になるからねぇ」と語る。


 リツさんとナミさんを含めた皆も笑いながら猫の会話に発展。

 ま、当然か……。

 ネーブ村に暮らす猫たちも窓から出たり入ったりと、皆の足下を行き交う。


 ここは猫カフェか。

 足下にきた猫たちの相手をしたい。


 が、まずは石像を調べる。


「さて、触るが……この槍、女神像の手から外せるのか?」

 

 と発言しながら槍の柄に触れつつ魔力を通す。

 直後、槍が光る。


『……だれ、ここはどこ?』


 念話が来ると、槍から半透明な槍を持つ女性が現れる。

 戦巫女的な存在か。


「ん、ミレイヴァルが正解? 女神様?」

「それっぽいが、魔力の高まりはあまりない。精霊様に関係する幻影か?」

『たしかに魔力はないですが、光の精霊ちゃんを従えるような高貴さがあります』


 ヘルメが指摘。

 光の精霊ではないようだ。


「……陛下のお導きに感謝を」


 神が降臨したと思ったミレイヴァルは頭を垂れていた。


『ふむ。槍が器の覇槍神魔ノ奇想に反応したのだろうな……』

「どちらにせよ力のない幻影だとは思うが、シュウヤには声が?」


 クレインがそう聞いてくる。


「あぁ、聞こえたが……」


 まずは槍を触りながら念話で、


『俺の名はシュウヤです。ここは地上のネーブ村。魔封層と呼ばれる地下深くに、貴方様が眠っていた欠けた女神像がありました。その像が握っていた槍に俺が魔力を通したら、貴女様の幻影が出現したんです。貴方様はだれでしょうか』

『……わたしの名は戦巫女イシュランだったはず』

『だったはずとは……確かではない?』

『ふむ……シュウヤとやらは、神界の戦士かえ? 同胞の匂いがするが、魔界の匂いも濃い……』

『戦巫女イシュラン様。俺は俺。神界も魔界も関係します。光魔ルシヴァルという種族です』

『黄昏のような種族か。が、朽ち果てるしかなかったわたしは、その闇がある光魔ルシヴァルのシュウヤに救われたことは事実である。ありがとう』

『どういたしまして。それで、この槍の名前は?』

『聖槍ラマドシュラー。戦神イシュルルの妹ラマドシュラーの体と魂に光の精霊が宿ると呼ばれる聖槍である』

「槍の名は聖槍ラマドシュラーですか」


 と実際に言葉を出す。

 皆は、女神像と女性の幻影を見て驚いている。


『そうだ。光魔ルシヴァルのシュウヤよ。この槍に再度、魔力を注いでから引き抜くのだ』

「引き抜けるのですか?」

『調和は取れている。そして、わたしと精神が通じた状態は長くは持たない。時は、今しかないのだ! わたしの思いを無下にするでないぞ……』

「分かりました――」


 と、聖槍ラマドシュラーを引き抜くことができた。

 刹那――。

 欠けた女神像が一瞬で粒子状の塵に分解。

 石像だった細かな石材は円を描くと、俺が持つ聖槍ラマドシュラーに引き込まれた。

 聖槍ラマドシュラーの表面に女神像を構成していた石材が付着。

 微かに魔力が増加すると、穂先が少し伸びて、柄の表面に新しい名のような紋が刻まれていく。

 

 欠けた女神像は消えてしまった。

 さきほどまで意思疎通ができていた声は聞こえない。

 が、聖槍ラマドシュラーは穂先の三日月の形をした刃が少し変化しては、穂先から順繰りに柄頭まで銀色が増えて、さっきよりも輝きを帯びていた。


 片鎌槍系とも似ているが、違う。

 穂先の横の鎌刃が、中心の穂に蛇が絡まるように短く螺旋している。

 ドリル的な蛇鎌刃か……。

 バルドークの嵐雲の穂先に似ている。

 <刺突>の威力が倍増しそうだ。

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