六百九十話 髪結い師リツと夢取りのナミ

「俺は冒険者でもあるし、色々と都合がいい」


 と、アクセルマギナが、フォド・ワン・マインド・フィフィスエレメント・クリスタルと数値に幾何学的な模様をARディスプレイの中に展開。複雑な計算式は現れていると分かるだけ。フォド・ワン・マインド・フィフィスエレメント・クリスタルは魔線を放っている。そのアクセルマギナが、

 

「やはり、フォド・ワン・マインド・フィフィスエレメントの反応は西。遠ざかりました」

「ピピピ」


 チューブを体内にしまっていたガードナーマリオルス。

 小さい長方形のカメラをズームアップさせながら答えていた。

 西に遠ざかった魔線の反応と言うが……。

 俺から見えるARディスプレイは反転しているのか視覚の作用か反応と値に計算表も乱雑に絡み合って魔線の方角がどちらに向かっているのか、理解できない。そんなパイロットお姉さんと化した人工知能アクセルマギナは、双眸をパチパチさせつつガードナーマリオルスに向けて、


「マリオルスも気になりますか? この値は低いですから銀河騎士ガトランスの資質と特殊なマインドを持つ者とは呼べないかも知れないですが……銀河戦士カリームにはなれるかも知れない。マスターの弟子にはなれる。その反応は西……」

「ピピッ」

「ンン、にゃ」

 

 と、ガードナーマリオルスとアクセルマギナの会話に相棒も混ざる。

 フォド・ワン・マインド・フィフィスエレメント・クリスタルは自然と消えた。

 そのアクセルマギナに、

 

「西か。その反応、もしかすると……ま、今はいいか。で、アクセルマギナ。空から、今の俺たちを追跡する気配は?」

「人族生命体の反応はありません。安全地帯と呼べる地帯かと、気候も暖かい」

「確かに波も静かで良い場所だ。懸念はモンスターか」

「この村の範囲ですと、空のモンスターと先の巨蟹にナメクジモンスターぐらいでしょうか」

「鮫の反応は少ない?」

「そのようです。隘路のような場所に加えて、あの巨蟹とナメクジモンスターが鮫型の巨大魚を遠ざけている気配があります。ですから、ロロ様が捕まえてマスターが回収した鮫系の生物は沖合だけかと思われます。そして、空は、渡り鳥、ペリカン、鳶蛙グフタグRNA因子を持つような生物など、高度が高くなれば危険なモンスターが増えるようですね」


 何かしらの食物連鎖があるということか。

 鮫はあの毒で近寄ってこないのかな?


「分かった」


 と、皆を見て、

 

「皆、俺たちを追う空魔法士隊と空戦魔導師はいない前提で話を進めるとして、外の方々と交渉を開始する前に、何か意見はあるか?」

「ん、ここはもうレフテン王国側。レフテン王国側の貴族と交渉が必要になるかもしれない」

「民家と施設は多く、エヴァの言うことはもっともですが、レフテン王国の兵士兼衛兵は二人だけ。貴族と思われる方は……いないようにも見えます」


 と、ディスプレイに映る村の方々は身軽な革の服ばかり。

 冒険者以外は戦う装備ではない。冒険者の装備は、かなりしっかりしている印象。


「貴族が支配しているにしても、田舎のようだから心配は要らないか?」

「冒険者が利用できる狩り場が豊富にあるということは、貴族にも利用価値があるということに繋がるので、話を聞いてみないと、分からないことが多いかと……」


 エヴァとヴィーネの言葉に頷いた。

 すると、クレインが、

 

「そこまで身構える必要はないと思うがねぇ。ま、村の連中から注目を受けているから仕方がないか……なら、わたしらは、評議員ペレランドラが旅行するために雇った護衛ってことにするかい?」

「ん、いいかも! 先生も傭兵商会である前に一人の冒険者、わたしもイノセントアームズの一員!」

「だろう?」

「ん、先生と一緒の冒険者依頼!」

「はは、ギルドは通していないが、確かに!」

 

 と、師匠と弟子は互いにハイタッチしては、微笑む。

 二人の経緯を知るだけに……和む。俺も頷いた。


「そうしよう。俺たちはペレランドラ親子に雇われた冒険者パーティ『イノセントアームズ』ってことで」

「賛成です」


 ヴィーネも短い言葉だが、俺の肩に頬を寄せて納得顔。

 すると、キサラが、

 

「この村の方々が、塔烈中立都市セナアプアの評議員を知るならば、空魔法士隊と空戦魔導師の存在が気になるはず」

「評議員も様々だよ? 空魔法士隊の数が異常に少ない武闘派と呼ばれる存在に、わたしらのような小さい傭兵商会を好む評議員もいるさね」

「はい、武闘派評議員ヒュリコ・ソルベルッシですね。メルさんの所用を含めて、セナアプアで活動中に何回も耳にしました。有名なペイオーグ、ラスアピッド、ルマルディの名も」

「そのペイオーグ。大魔術師アキエ・エニグマも、ペイオーグはいなかった。と、ボソッと呟いていた」


 と、指摘。

 

「迷想不敗ペイオーグ、武闘派評議員の懐刀で、渾名は空極。【アルルカンの使い手】を超えるか同等の強さを持っていると噂だった」


 クレインとキサラがそう語り合う。二人と、話を聞く皆に向けて、

 

「なら、俺たちは冒険者を兼ねた空戦魔導師ってことにしようか? 俺は<導想魔手>か<鎖>で飛翔できるし、相棒の背中と合体中の荒鷹ヒューイもいる」

「それもそうですね。ヒューイちゃんがまた翼を貸してくださるのなら、わたしも空魔法士隊のメンバーになりすますことは可能。どちらにせよ冒険者カードもありますから」

「わたしも鴉を用いた飛行術に、ダモアヌンの魔槍に乗っての飛翔も可能。そして、冒険者カードもあります」

 

 キサラも嬉しそうに、冒険者カードを見せる。

 クナと一緒にイノセントアームズに入ったキサラ。


 パーティ名にイノセントアームズと記されてあった。


「ん、シュウヤ。話がずれるけどヘカトレイルで依頼を受けた大魔獣デスパニと迷宮戦車のことは、レベッカにも話をした。ベファリッツ大帝国とレベッカの獲得した城隍神レムランの竜杖は関わりが深い」


 確かにな、クレインも頷いていた。

 キサラも、


「わたしも気になります。クレインが語っていた旧ベファリッツ大帝国の旧神街道を守る要衝の一つがレムラン……過去、そこには古代エルフの霊廟があったとか」


 クレインは頷いた。

 

「今では【魔境の大森林】だがね」

「そして、その城隍神レムランを手にしたレベッカは、ハイエルフの血筋です」


 聡明なヴィーネも、そう語る。

 皆、頷いた。

 

「小さいドラゴンちゃんたちは可愛かったから、もっと見たかった」

「そうさねぇ、ナイトオブソブリンとペルマドンの卵が孵ったのには驚いたよ」

「ん、ミニチュアの翼をぱたぱたさせて可愛かった」

「あぁ……まさにハイエルフの伝承を地でゆく。蒼炎神の血筋のレベッカ様だねぇ」


 エヴァとクレインは頷き合う。

 俺は、


「その竜の母となったレベッカが怒って【岩刃谷】の建物のみを、派手に燃やしたようだ」


 と、告げると、クレインは数回頷いて、


「【天凜の月】としては、総長を屠ったユイのほうが名前が売れたことは確実だとは思うが、レベッカも、セナアプアで暴れたことには変わりない。そして、その名が、多少は闇の界隈に知れたはずさね……」


 語尾のタイミングで、怪訝顔を作るクレイン。


「先生、レベッカが心配?」

「そうさねぇ……どうしても、皇帝の庶子の、わたしを追いまくっていた一団が、最近パタッと姿を消したことと関係があるんじゃないかと邪推してしまうのさ……」


 【スィドラ精霊の抜け殻】か。


「ま、レベッカたちと再会して、いきなりのこの展開だからな」

「ん、わたしも予想できなかった」

「ふふ、シュウヤに、お菓子とかセナアプア独自の珍しくて美味しい食べ物を売る店の案内をしようと、色々・・と用意していたんだがねぇ。とくに、エヴァが……」


 そう語るクレインは俺をジッと見る。どことなく責められている?

 ペレランドラ親子は苦笑顔。すると、クレインの手をひっぱるエヴァは微笑んだ。


「ん、先生」

「あまり言うな?」

「ん」


 エヴァは『もういいの』と言うような顔つき。

 クレインとエヴァは視線を合わせて微笑み合うが、クレインは再び俺に視線を向けると「だ、そうだが?」と、顎を上げて偉そうに語った。

 美人さんだから絵になる。

 が、またすぐにエヴァが、そのクレインの手を握って引っ張った。

 クレインは『いいのかい?』と言った感じで、エヴァに表情だけで気持ちを語ると、エヴァは紫色の瞳を僅かに揺らして、頷く。


 エヴァも、何か俺に向けてサプライズを用意していた?

 だったら、悪いことしてしまったかな。

 いきなり評議員の争いになるとは思わないよなぁ。

 すると、ペグワースさんが、


「で、ドラゴンが生まれたとかお菓子がどうとか、話が分からないが……その護衛に雇われたという外向きの演技に、わしらも必要か?」


 俺も、キサラと同様に、そのペグワースさんと皆に向けて冒険者カードを見せつつ、


「必要はないと思いますが……ま、演劇を行うつもりで」

「ふむ、演劇か。面白い発想だ」


 ペグワースさんは笑顔で語る。皺が実にドワーフらしい快活な笑顔を作る。

 そのペグワースは腰の装備品の鑿を触りつつ、


「しかし、あれほどの戦闘能力を持ちながら、力で屈服させず、穏便に済ませようとする。その心根は実に素晴らしい。本当に闇ギルドの盟主なのか?」

「そうだよ。成り行きだ。俺は冒険者で、槍使いだ」

「ン、にゃ」


 と黒猫ロロも鳴く。

 宙に浮かんでいるガードナーマリオルスからは離れていた。


「この相棒も、神獣様と呼ばれているが、俺と同じ黒猫のままってことだ」

「にゃ」


 相棒は片足を上げてくれた。


「魚とか肉も大好きなんだよな?」

「ンン、にゃお~」


 と、黒猫ロロは上半身を上げながら、両前足を上下させる。

 あはは、可愛い。『餌をくれにゃ』というような印象。

 が、途中で俺の言葉に賛同するように、そのまま華麗に一回転。

 ダッシュボードの上で、身軽な動作を示す。あの機動は神獣ロロディーヌらしい。

 すると、周囲の笑いと笑顔の中で、ぱちぱちと拍手音。

 主にエヴァの拍手音だが、中には小さい拍手音があった。


 音的に小さい掌? と思いつつ音の発生場所を凝視。

 そこは、ペグワースの背後の、ドワーフの職人たちの背後だ。

 魔素は人族の子供くらいの大きさ。

 助かった八人に+して子供もいたか。

 ペグワースさんは、その子供がいる背後の仲間たちに顔を向けると、

 

「よーし、わしらも、その劇団ペレランドラに混ざろうか! あ、ペレランドラの使用人ではなく、その小旅行に呼ばれた職人たちってことにしよう!」

「そこまで凝らないでも大丈夫だとは思いますが、頼みます」

「うむ。平和な村のようだしな。そして、三日後にはセナアプアに戻るのだろう?」

「はい、そうなるかと」


 すると、評議員ペレランドラが、

 

「……セナアプアに戻るにしても、ペグワースに制作を頼んでいた神像は見たかったわ。造りかけの神像でしたが、見事な出来映えでした」


 娘のドロシーも頷いていた。


「済まんが……もう無理だ」

「はい」


 ドロシーも残念そうな表情だ。

 神像か。【ペグワース魔金細工組合】が造る像を楽しみにしていたのかな。

 そのペグワースさんは気まずそうな表情のまま、俺の左手を一瞬チラッと見てから、

 

「……ホルカーバムの聖碑石、タレルマゼル神石、サザーデルリ魔鋼、シャンドラ秘石、栄光の霊透樹は失われた。もらった前金も素材調達で、そのほとんどが消えた。そして、たとえ同じ素材を揃えたとしても、時間を掛けて造り直しても……もう二度と同じ神像はできないだろう」


 ペグワースさん以外の職人の方々も全員が頷く。

 俺はそのペグワースさんと、ペレランドラに向けて、

 

「……ペレランドラの魔塔の内部に特別な神像を造る予定だったと?」

「五十五階にな……。主題は『戦神たち』だ。まだ仮で、神界セウロスの神々の一部を造っていた途中であった」

「はい、お願いしていました。神像を造っている最中にも、わたしたちが無理をいって見たいと言うと、特別に見せてくれていたのです。ペグワースは最高の職人だと思います」

「がはは、嬉しいことを!」

「ふふ」

「友達も褒めていたし、わたしも楽しみだった……」


 ドロシーがそう言って悲しげな表情を見せると、ペグワースがすぐに、明るい表情を作って、


「あ、どうせなら、その神像の素材採取と、わしらの報酬を兼ねた少旅行でもあるとも、付け加えるか? なぁ、皆よ!」


 と、ペグワースは話を切り替えるように、仲間たちに発言。

 優しい男の職人さんだな、ペグワース。


 【魔金細工組合ペグワース】の方々は皆、頷きながら気合いのあふれる声をあげる。

 老若男女、皆職人と分かる面のドワーフ。

 そして、気になっていた、少女の声が響く。

 ドワーフたちに隠れていた少女。

 その少女は、顔をドワーフの体の横から出す。

 赤色の丸い眼で、俺のことを不思議そうに凝視してくる少女。

 テンたちは、この無垢な少女も助けていたことになる。俺がその子に微笑みを向けたらペグワースさんの背後に隠れてしまった。


 ペグワースさんは、その子の背中をさすりながら、


「ガハハ、シウよ。このシュウヤ殿は真の英雄……わしたちの命の恩人なのだ……隠れていないで、ちゃんとお礼をいいなさい。今、わしたちが笑って語らっていられるのも、この英雄シュウヤ殿が、サラテン様たちを使ってくれたお陰なのだからな……あの崩れる中を……」


 ペグワースさんはそう真剣な面で語る。

 少女の名はシウか。シウは、ペグワースさんに促されて、背後から出た。

 腰にこれまた小さい鑿を装着している。

 あの道具は、飾りではないだろうし……。

 小さいなりにも、【魔金細工組合ペグワース】に所属しているようだ。

 ……そのシウは、不安なのか恥ずかしいのか……。

 ペグワースのベルトの端を小さい手で握ったまま、反対の小さい手は唇に当てていた。

 が、俺を見ると、子供なりに、お辞儀を行ってくれた。

 そして、頭を上げると、


「……あ、ありがとう」


 と、恥ずかしいのか、小声だ。


「おう。シウ、よろしくな」

「うん!」


 シウは笑顔。


「いい笑顔だシウ。まだまだ見習いではあるが、わしらは生きたんだ。そして、神々の思し召しでもあるのかもしれん……職人としての道は、このシュウヤ殿に捧げるべきと……」

 

 そう語るペグワースさんは渋い。

 他の助かった方々も、皆、何かを考えるように神妙な顔を浮かべていた。


 各自、頷いてから笑顔を寄越す。

 ドワーフの職人の方々だ。


 んだが、俺的には、ドワーフ以外の美人さんたちが気になった。

 その人族っぽい二人の美人さんが、俺の視線に気付いたのか、笑みを見せる。

 そして、前に出ると、

 

「シュウヤさん、助けてくれてありがとうございます――沙さんが助けてくれたんです」

「わたしは羅さんに救われました。本当にありがとうございます。神剣に乗りつつ飛翔して、凄かった……この恩は、いつか絶対に返します」


 俺は二人を見ながら、


「とにかく助かってよかった」


 そう素直に発言してから、子供の職人見習いのシウとペグワースさんも見る。

 ペレランドラたちを優先してきたが……シウはまだ子供だ。


 サイデイルに移り住んでくれたほうが安心なんだが……。

 それは俺の我が儘か。


 子供だろうが、皆、当然、それぞれに意志がある。

 命の危険があると分かっているとは思うが……。

 セナアプアでやりたいこと、達成したい目標があるんだろう。

 目標というか、生きる指針的な物はあるとは思う。

 その邪魔はしたくない。二人の女性は、


「……運がよかった」

「うん。シュウヤさんが評議員ペレランドラを救いに動かなければ、わたしたちの命はなかった……全員が死んでいた。これで、髪結いの仲間たちにも会える……」

「……うん。夢取り人の他の仲間にも会える……さきほどペグワースが語っていたようにシュウヤさんには感謝しかない。ですから、わたしなりの、特別な礼がしたいわ」


 そう語る二人は涙ぐむ……礼か。生きて涙を見せてくれていることが、もう既に、十分な礼なんだが……俺もその気持ちを込めて笑顔を送る。美人さんに涙は似合わない。

 笑みを見せてほしいが、あまり俺がここで美人さんに注意を向けると、ヴィーネ、キサラ、エヴァ、クレインから壮大なプレッシャーが迫るから、指摘はしなかった。


 ……さて、外に出るか。

 と、また、ガードナーマリオルスのチューブにぶらさがっていた相棒を見る。


「ンン――」

「ピピピ」


 チューブに両前足を引っ掛けては、その前足を前に動かして遊具で遊ぶようにチューブを渡るロロディーヌ。黒猫ロロは可愛くて、本当に面白い。

 色々と新しい遊びを思いつく。

 すると、

 

「シュウヤさん。まだ名前を……」

「あ、はい」


 そういえば、美人さんたちの名をまだ聞いていなかった。


「名はリツと申します。通称は、紅のリツ。戦闘職業は<天魔髪結い師>を獲得しています。【髪結い床・幽銀門】の筆頭髪結い師が一人」

「聞いたことのない戦闘職業と組織ですが、戦えるのですね」

「ふふ、勿論! 戦えます」

「組織も含めて、普通の床屋ではない?」

「そうですね、髪結い師、美容師、床屋の一種で盗賊ギルドの一種。上界下界問わず髪結い床には多種多様なお客さんが集まります。そこは色々な情報が行き交う」

「一種のサロンか」

「はい、庶民も含めた社交場。待合室は一種の議事堂のように感じるはず。マージュとは個人的な付き合いで、髪結い床の出床としての仕事。用心棒ってことでもあるかしら」

「そうね。リツは腕がいい、わたしの髪形も彼女のお陰。特別な髪薬とボディクリームのお陰で健康が保たれています。命が救われたことも」

「わたしも、髪質と匂いがいいって、友達に言われたことがあります」

 

 ドロシーの言葉に頷くペレランドラ。

 リツさんはペレランドラと親しいのか。

 ま、だからこそ、ペレランドラの魔塔にいたんだな。

 リツさんの隣の女性も、ペレランドラは、見知った顔といった印象。

 しかし、用心棒には見えない。

 印象的に細身だから、戦士って感じはしないが……魔剣師タイプか。

 魔力操作や血流操作を含めて、一瞬で筋力を倍増させるとかならありえる。


 髪結い師のリツさんか。紅色の髪の毛がイイ感じだ。細いシュッとした鼻。

 頬に赤みが差していた。唇も細く、顎も小さい。

 唇の近くに小さいホクロがある。そして、リツさんが持つ魔道具が気になった。


「その髪結い師の道具は特別そうですね」

「はい、幸いアイテムボックスと同じく商売道具も特別ですから」

 

 リツさんは、鬢盥を見せる。

 中には、ハサミに髷棒以外の美容師の道具に、パーマに使う薬品類等が無数。

 すると、たくさんの髪形が載った魔力の布紙が自動展開された。

 へぇ、布紙の質感は絹っぽいし、魔宝地図的で面白い!


 その布紙に描かれてある髪形の種類は、様々で豊富だ。

 女性中心の髪形ばかりだが男性用の髪形もある。

 色々な髪形は多種多様。

 俺の知る美容雑誌に載っている種類より多いかも知れない。

 魔力を備えた特別な鬢盥も意外にコンパクトだし……。

 表面には銀色の銀杏の印が輝いていた。あ、モガが持っていた鬢盥と似ている。リツさんは、もしかしたらシジマ街出身とか? そのことは指摘しなかった。


「シュウヤさんも髪に興味がありますか?」

「そりゃ勿論。時々自分で切って髭を剃ります。戦いで切られることも。店に行く機会はなかったかな」

「そうでしたら、今度、セナアプアの上界にある、わたしの個人店にいらしてくださいな。シュウヤさんのために、特殊な髪薬も用意して、最高の魔力を備えた髪形をご用意させていただきます」

「そりゃ凄いが、髪形にそんな効果が……」

「ふふ、セナアプアの髪結い師を知らない方は、皆同じことを言いますね」


 そりゃそうだろう。

 ペルネーテにも床屋はあったが……。

 リツさんの紅色の髪には、何処となく艶がある。


 そのリツさんは、

 

「……私にも師匠はいますが、師匠曰く『髪形一つで戦いは決まる』……『髪の毛一本一本に備わる魔力と、その髪質が武器になるのだ。そして、それを施せる髪結い師の戦闘職業は特別なのだぞ!』と、よく言われました。そして、わたしたちには裏家業も多い……〝戦髪結い師〟と呼ばれることもあります……」

「リツ……〝紅の暗殺髪師〟とも渾名があるでしょう……? そして、下界ではなく、上界の個人店への誘いは……【天凜の月】の盟主のシュウヤさんだと知っての誘いですか?」


 ペレランドラがそう聞いていたが、どういうことだろうか。

 リツさんは眉をピクッと動かしてペレランドラを睨むと、


「あら、マージュ? 野暮なことは聞かないで頂戴」


 リツさんの渾名からして、強者の一人なのか。

 魔力操作はあまり巧みさを感じなかったが……。

 髪質が武器になるって言葉から、<光魔ノ秘剣・マルア>を思い出すが……暗殺髪師……の渾名からして、アイテムを用いた強者の可能性はある。


 だとしたら普段の魔力操作自体がフェイク……俺の魔察眼を超えた能力者……。

 ヴィーネもそこで初めて気付いたような面を浮かべてリツさんを凝視していた。

 この地下と地上を生きたヴィーネが気付かないってのは相当だ。

 クレインは知っていたような面だが、エヴァは気付いていない。

 キサラの蒼い双眸にはあまり変化がない。俺の視線に気付くと、頬を朱に染めながら、微笑んでくれた。可愛い。

 【髪結い床・幽銀門】か。あ、まさか盗賊ギルド【幽魔の門】の関係者か?

 人族だと思ったが……リツさんは紅色の髪……。

 レムロナ、フラン、エルザと同じく幽鬼族の系譜を持つ一族?

 左腕にガラサスが宿るエルザからはタザカーフの血脈と聞いたが……。

 そう思考していると、隣の女性も俺を見て、

 

「次はわたしですね。名はナミと申します。通称、夢取りのナミ、戦闘職業は<夢取鏡師>。鏡研ぎ師の一種。アシュラー教団とも関係がある【夢取りタンモール】という組織の一員です」

「それは驚きだ。カザネたちとアドリアンヌと関係がある?」

「はい。関係はあった。といったほうが正しいかと。アシュラー教団東部局長が叛乱を起こしてからは付き合いはないです。ペルネーテの付き合いでは、コレクターとの繋がりの深い闇ギルド【霧の申し子】たちとなら取り引きをしたことがあります」

「タンモール……」


 と、エヴァが呟く。

 そういえばタンモール語について何か前に話をしていたな。


「【夢取りタンモール】とはどんな集団なんですか? 運命神アシュラーを信奉している?」

「勿論、運命神アシュラーを信奉しています。他の神々も……。【夢取りタンモール】とはタンモール語の解析を行いつつ、人の夢を操作したり人の夢を取ったりと……夢魔世界の事柄を追う集団と言えば早いでしょうか」

 

 夢魔か。一瞬、首を触る。<夢闇祝>が反応した訳ではないが……どうしても、そのフレーズはこの首の印を想起させる。


「ん、カザネが地下オークションで売ってたアイテムに、あった」

「夢魔の水鏡などだな、覚えている」


 エヴァとヴィーネがそう発言。


「キーラ・ホセライが落札したアイテムですね。カザネもどうして、地下オークションに大切なアイテムを売ったのか、売ることでの、先の未来が見えていたのか、キーラ・ホセライと裏取引でもしていたのか……」


 そう発言するナミさんの表情は暗くなった。


「ナミさんはどういう理由でペレランドラと……」

「マージュとは、古い付き合いなんです。彼女が持つ商会で売っていた、ある古い銅鏡を気にいったことが出会いでした。そして、私用で使う鏡と、魔力が内包した貴重品の鏡を磨く仕事を受け持つようになりまして、悪夢の相談にも乗りました」

「ナミは、悪夢を祓ってくれたんです」


 と、ペレランドラは語る。

 へぇ、ナミさんは、霊能力者みたいな存在か。

 コレクターといい、キーラ・ホセライやカザネといい、他にも秘密を持つかもな……。

 ナナのことも……知っているのかもしれない。そのことは聞かず、


「では、二人は、ペレランドラの使用人ってことでいいですか?」

「はい、劇団に加わります」

「私も当然、演技するから。ふふ、シュウヤさんのためならなんでもしたくなっちゃう」


 と言った途端、ヴィーネがさっと前に出て、


「では、そろそろ、外に出ましょう」

 

 と、発言。俺も頷いた。

 リツさんとナミさんは評議員ペレランドラをマージュと呼び捨てで呼んでいた。

 ペレランドラ親子に視線を向けて、


「それじゃ、その流れってことで」

「はい。皆様、よろしくお願いします――」

「お母様ともども、皆さん、頼みます――」

「ガハハ、そこの女たちの仕事と関係は知らないが、既に、俺たちは彫像作りのための金はもらっているから、なんのことはない。なぁ皆?」

「「はい」」


 【ペグワース魔金細工組合】の方々が、そう返事をした。


「アクセルマギナ。外に出る。右腕に戻ってくれ。ガードナーマリオルスはどうする」

「はい」

「ピピピ」


 アクセルマギナは戦闘型デバイスに戻った。

 ガードナーマリオルスは外に出ようと射出機カタパルト付近に移動。

 小さい丸い胴体からチューブが出入り中。

 外に出たいってことか。


 常闇の水精霊ヘルメは左目に入ったまま。


「よし、俺と相棒とガードナーマリオルスが先に出て、村の方々に挨拶してくる。皆は、少し遅れて出てくれ」

「はい」

 

 ダッシュボードの上で休んでいた相棒に、


「ロロ、また外に行こうか」

「にゃ」


 俺と相棒はフォド・ワン・ユニオンAFVから外に出た。

 ハイム川の匂いで満ちた砂浜を駆けるように、村の方々に近寄った。


 すると、衛兵らしい衣服を着た方と冒険者風の方が、それぞれに、武器を構えた。

 まずは、挨拶。

 

「こんにちは、俺たちは南の塔烈中立都市セナアプアから来ました」

「にゃお」

「セナアプアか。どうしてこのネーブ村に?」


 そう聞いてきたのは中年の冒険者の方。

 レフテン王国の衛兵らしき格好の方はだんまりだ。

 その中年の冒険者は、両手に持つ槍に魔力が宿る。

 薄汚れたマントと革鎧で素足。膝当てと肘当てに右手の腕甲の色合いが渋い。


『閣下、あの槍には水の精霊がたくさん付着しています。ふふ』

『水属性の魔槍か』

『はい』


 俺は、頷いてから……。

 その中年の冒険者の方に向けて冒険者カードを見せつつ、


「はい、警戒させたのなら、すみません。背後の評議員ペレランドラの小旅行。俺の名はシュウヤ。三日くらいここで過ごしたいと思っているのですが……あ、俺は、冒険者パーティの『イノセントアームズ』のリーダーです」


 そう喋った途端、村の方々がざわめいて、静かになった。

 村の方々は安心したような表情。


「そうか。護衛中ってことかな」

「はい」

「了解した。俺の名はモルセル。同じく冒険者Bランクだ。ネーブを治める領主ラミエル様と古い付き合いなんだ。で、このネーブでは、俺が一番高ランクだから、こうして前に出ただけだ。旅行なら、自由に過ごしてくれ。宿なら、そこの階段を上った先に数件小さい店がある。そして冒険者なら、冒険者ギルドも小さいなりに存在する。依頼もちゃんと受けられる。そこの洞窟は広大な地下に続くしモンスターも多種多様。崖沿いには、巨蟹プルグンとババドンも出現する。観光なら、崖の上にある神殿がお勧めだ。古い愛の女神アリアと水神アクレシスを奉る神殿からの景色が抜群だ……中には、変わった司……ま、セナアプアを遠くに、ハイム川の夜景と、旭日も美しい」

「はい、丁寧にありがとう」

「いいってことだ。同業者だしな。酒場も宿の隣にあるから、俺はそこにいることが多い。ラミエルのおっさんと会いたいなら、俺に話しかけてくれればいいさ」


 笑顔のモルセルさんはそう快活に喋ると、振り向く。

 彼は、村人と衛兵に向かって、


「皆、話を聞いただろう。帰った帰った。この方々は、南のセナアプアの評議員様のお忍びのご一行。ラミエル様への報告は俺がしとく」

「はは、そんなんだろうと思ったさ。空飛ぶ魔法使いの集団もいないしな!」

「優秀な護衛ってことだろう。あのセナアプアだ。詮索はしないことが賢明だな」

「そうだな。仕事に戻るか。楽しい祭りもおしまいか」

「何が祭りだ。門番らしく、陸地に戻って仕事しろ、馬鹿ギャンス!」

「け、阿呆のモルセルの酒飲みが! 了解、んじゃな」


 ギャンスと呼ばれた衛兵は笑いながらそう言うと、踵を返す。

 砂浜に槍の石突で線を描きながら、階段のほうに向かう。


「俺たちも戻ろうか。採った素材を纏める作業が残っている」

「うん」

「わたしも帰ろっと」

「……こんな田舎に旅行とはな」

「レクサン、田舎だからいいもんがあるんだよ」

「そうだよ~、レクサンはいつも不満ばかり、モルセルさんみたく、がんばって努力しないと!」

「努力だ? いつも酒を飲んでいるじゃねぇか」

「うあ。怒るなよ」

「そうだそうだ、ビン婆の言うとおり! さ、釣りを再開だ。チルル、向こうに行こう」

「うん」

「ピピ。わたしたちは、まだ藁結びもあるし、水神様のお祈りをしてくる!」

「分かった。またあとで」


 と、村の方々はモルセルを残して砂浜から散った。

 背後の海食洞に向かう数人。

 崖に備わる階段を上る数人。置いた荷物を背負って近くの民家に入る数人。

 網を回収しては、舟を押し出す漁師たち。岩肌に備わるロープと結ばれた板に足を乗せた方々もいる。その方々は、上を向いて、断崖絶壁の頂上付近にいる人々に呼びかけていた。すると、ロープが引っ張られて、板に乗せた方々を一気に崖の上に運ぶ。

 簡易的なエレベーターか。すると、背後でその様子を眺めていたペレランドラが、


「シュウヤさん、交渉は終わったのですか」

「はい、あっさりとした対応。評議員と旅行と聞いたら皆、納得していました。過去にもこういう事例はあったのかも知れないですね」

「よかった」

「ん、なら、皆で釣りでもする?」


 エヴァは釣りがしたいようだが、クレインは眠そうにあくびをしていた。

 緊張感がいっきに失せたからな。先に宿か。


「なんだなんだ、せっかく、いいセリフを思いついたんだが、演技をせずにおしまいか!」

「ペグワース……」

「おっちゃん! わたし、砂浜で遊んでみたい」

「シウ……」

「おやっさん。それより、あそこの女神像の作りを見学しましょうや」


 階段付近の像か。


「ふむ。興味深い! シウも見るか!」

「うん――」

「よーし、まて、シウ。わしも行く! シュウヤ殿とペレランドラ、わしらは自由に過ごさせてもらうぞ」

「はい、では、日が過ぎたら、一端、宿的な場所で集合ということに、シュウヤ様もそれでよろしいでしょうか」

「いいよ、三日後にセナアプアに戻るまで、暇だしな」

「では、ドロシー、リツとナミもペグワースと一緒に行きましょう」

「そうね、像には興味ないけど」

「ふふ、でも、ペグワースの顔が面白いです」

「はは、そうね」


 と、リツさんとナミさんはペレランドラ親子と歩いていく。

 するとエヴァが、


「ん、マリオちゃんが釣りを始めてる!」


 砂浜をセグウェイモードでスゥッと移動を始めた。

 

「では、わたしもエヴァと一緒に砂浜を!」


 ヴィーネは腰からキサラからもらった仕込み魔杖を取って握っていた。

 新しい武器の訓練かな。ペグワースさんたちは砂浜を駆けていく。

 早速、階段付近に到着したペグワースさんたちは、像を見ては、わちゃわちゃと叫び合う。興奮しているのはここからでも分かった。懐からアイテムを出す。

 魔力の籠もった鑿を一つ掲げていた。

 組合のお弟子さんのドワーフが紐で像を計り出していた。

「――この様な遺跡的な古代像が!!」


 興奮した声がこっちまで届いた。

 近くにいる村人も『変わったドワーフだ』

 といったようにペグワースさんの一団をチラッと見ていたが、とくに気にしていない。

 古くて所々が削れているが……愛の女神アリア的な像は確かに美しい。

 ここって古代の人々の憩いの場所だったりして……。

 そう考えるとロマンティックな場所だな……。

 すると、じっと砂浜と周囲を眺めていたクレインが、あくびをしてから、俺を見て、


「……わたしは猛烈に眠い……悪いが、先に宿を探させてもらうさね」

「了解」


 と、先に手を振りながら歩いていくクレインの後ろ姿は、どこか哀愁がある。


 何故か相棒も一緒だ。

 足下に猫パンチを受けているクレインは、気だるそうに、ブツブツとロロディーヌに語りかけているが、相棒は無視して先に階段を上っていく。

 

 相棒の目的はすぐに理解した。

 この村の野良猫たちの臭いチェックだろう。

 荒鷹ヒューイは相棒から離れている。

 どこにいるのかと――空を見た。

 いい青空だなぁ。この砂浜に吹く風も心地いい。

 押し寄せる波も、またいい……。

 しかし、ヒューイはどこだ?

 あまり高度をあげるとモンスターに狙われるぞ……?

 ま、荒鷹ヒューイなら逃げるし、大丈夫かな。

 と、俺はガードナーマリオルスのほうを見た。

 フォド・ワン・ユニオンAFVの上にポツネンといる。

 その隣に荒鷹ヒューイは止まった。ヒューイは、ガードナーマリオルスがハイム川に向けてチューブを伸ばしているのを凝視している。

 あれで釣れるのか疑問だが……ヒューイは、釣りだと分かってるのか?

 魚が見えているのかな。


「シュウヤ様、釣りを?」

「キサラ、眠気は大丈夫か?」

「はい、四天魔女ですから。多少は眠気はありますが平気です。魔女修業の中には五日眠らず、魔力の宿る魔書を読みながら教団鋼鉄槍を振るい急勾配の階段を昇る訓練があります」


 ……凄まじいな。だからこその強さとタフか。

 そのキサラのアイマスクの奥から覗かせる蒼い双眸を見て、


「なら、あの天辺にある教会的な神殿に行ってみる?」


 と、デートに誘う。


「はい!」


 微笑むキサラの手を握っては飛翔。

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