六百八十九話 懐かしい巨蟹と秘境

 相棒はダッシュボードの上で、だらしなくゴロニャンコ。

 

「おうおう! ごろごろといい響きと、いい枕だぜぇ」


 寝ている相棒ベッドの上で、小さいアドゥムブラリが吼える。

 が、自身の丸い単眼球で相棒をマッサージ中でもある。


「ンン」

「なんだぁ、ここをもっと揉んでほしいのか」

「にゃお~」

「まったく、俺様に体を揉ませやがるとは……」

「にゃご?」

「……わ、わかったァァ。翼の根元の膨らみを、揉み揉みしてほしいんだな?」

「にゃ~」


 単眼球体のアドゥムブラリが、黒い毛並みと荒鷹ヒューイの翼の部分を転がる。

 球体だから揉めているのか?

 そう疑問に思ったがツッコまない。

 

 そして、荒鷹ヒューイが黒猫ロロの小さい翼となっている。

 合体中だが、相棒はゴロニャンコ中だ。


 翼の意味を成していない。

 しかし、まさか相棒と荒鷹ヒューイが合体するとは思わなかった。

 エヴァとのイチャコラにヴィーネに止められるまで夢中になっていたこともあるが……。


 船の操縦は、車と変わらない。

 動かせるから楽しい――。

 が、岩が増えてきたから、あまり速度は出さなかった。


 アクセルマギナは、助かった皆にこのフォド・ワン・ユニオンAFVこと、戦船の説明中。

 エヴァとヴィーネは、セナアプアのレベッカとユイに血文字連絡。

 

 血長耳のクリドススが【天凜の月】の【宿り月】に来たようだ。

 更に【魔塔アッセルバインド】の事務所には、同じく血長耳のレレイという幹部が来たらしい。


 そのレレイって人物は名前を聞いたことがあるだけの幹部。

 そのレレイとクリドススから、評議員ペレランドラ側から寝返った闇ギルドの処分と、ネドーに近い闇ギルドの処分を実行中と聞いたようだ。


 要するにまだ闇ギルド同士の戦争中。

 

 そして、評議員ペレランドラを狙った旗頭の上院評議員議長ネドー本人は、ホテルキシリアの世話人が直に殺した。

 と、クリドススがユイとレベッカに伝えていた。

 

 ペレランドラ親子は安堵した。

 俺も笑顔を、手を繋ぐエヴァも微笑む。

 肩に頬を当ててくれた。

 

 クレイン、キサラ、ヴィーネは厳しい表情だった。

 闇ギルドと評議員の争いは生半可じゃないだろうと予測済みか。


 ヴィーネは、魔導貴族同士の血生臭い争いを重に知っているからな……。

 キサラも黒魔女教団十七高手と犀湖十侠魔人との犀湖の覇権をかけた八星白陰剣法を巡る永きに渡る戦いに、血骨仙女たちと砂漠仙曼槍を巡った戦い、砂漠闘技大会、大魔術師アキエ・エニグマとの戦い、ホフマンとの戦いなど、経験が凄まじい。

 

 クレインもキサラと比較できないほどの修羅場を潜っている。

 クレインはアキレス師匠と友だし……。

 なんとも言えないが、あの偉大な師匠の色々な過去話を聞いてしまったし……。

 もし、アキレス師匠と再会したら、俺は、どんな顔をすればいいんだろうか……。

 ラグレンとラビさんは知っているのかな……。


 と、クレインを見ると、俺とエヴァが握り合う手をジッと見て、視線がギラついていた。

 少し怖いが、微笑むと、ドキッとした表情を見せて、微笑みを返してくれる。

 可愛いがな!


 が、すぐにエヴァが俺の頬に両手を当て、自分のほうに俺の顔を向かせる――。

 紫色の瞳ちゃんが、揺れて可愛い。


「わたしも血文字連絡をするけど、ユイとレベッカに、ちゃんと血文字で情報を伝えて!」


 と、嫉妬顔が可愛いエヴァに促された。

 俺は頬にエヴァの温もりを感じつつ、眉と鼻を意識しては、変な顔になっても構わないからと、エヴァに対して、真剣な姿勢を目力だけで伝える。エヴァは笑って応えてくれた。


 よし、と、そこから血文字連絡を再び開始。


 ユイたちは血長耳の情報を得ながら一夜のうちに上界の【ネビュロスの雷】と【岩刃谷】の拠点を粗方潰したようだ。が、さすがに上界の地下層と浮遊岩の施設に、巨大な下界の拠点はまだだった。


 しかしながら【岩刃谷】の総長はユイが倒し、反撃に出た【岩刃谷】の五番隊隊長と、その人員はカリィとレンショウが瞬時に片付けた。

 

 【岩刃谷】の副長もかなり強かったらしいが、レベッカが城隍神レムランを使って倒したようだ。

 その【岩刃谷】の副長助勤の各隊長と隊員たちは、トロコンと【狂騒のカプリッチオ】のゼッファ・タンガとキトラが率いる【天凜の月】の人員たちとリズさんの合同チームが倒した。


 しかし、その【岩刃谷】との争いの余波でメルが雇い入れていた【天凜の月】の人員の数名が倒されたようだ。

 これを聞いたエヴァはショック顔。

 

 ヴィーネとクレインがエヴァを慰めていた。

 

 レベッカの血文字は少なかったが、かなり怒ったんだと分かる。

 エヴァとレベッカ自身とも仲の良かった人員が死んでしまったことにショックを受けては、怒りに怒って、【岩刃谷】の拠点だけを二匹のドラゴンと自身の蒼炎弾で丁寧に燃やし尽くしたらしい。


 ヴィーネとエヴァに向けた血文字と俺にくる血文字が少し違っているし、詳細は分からないが、たぶん道案内をしてくれたり美味しい店を紹介してくれた方もいたんだろう。


 そして、幹部と人員のほとんどが倒された【岩刃谷】は完全に潰れたと言える。

 俺たちの圧勝な形ではあるが……。

 【ネビュロスの雷】も【岩刃谷】も上界の地下層と浮遊岩の拠点と下界の施設などはあるから、まだ完全に勝利を遂げたわけではない。

 

 一方、【ネビュロスの雷】の総長セレグアと八番隊隊長ラシュハルの部隊の行方は掴めず。

 下界に逃げたようだが……。

 尋問して施設の情報を吐いた【ネビュロスの雷】のひらの隊員も下界と地下街アンダーシティーの詳細は分からず。

 

 下界も上界も広いし上下に階層もある。

 様々な浮遊岩もあるから仕方ない。

 

 今は下界の港にある施設の安全を確認しては、皆で上界の【繁華街エセル】の【宿り月】で休み中。

 そして、評議員ペレランドラ一派と上院評議員議長ネドー一派との争いに連動した漁夫の利を狙う大規模な他の闇ギルドによる【宿り月】に対するカチコミはまだない。


 小規模な争いはあるようだが……。

 そのチンピラの争いはトロコンと【狂騒のカプリッチオ】のコンビが活躍したようだ。


「大柄のセンシバルと小柄の人族のコンビか。吟遊詩人のコンビは鉄板の定番だが……殺し屋も用心棒も兼ねる吟遊詩人コンビとはねぇ、いい人材を【天凜の月】は得た」


 クレインの呟きに頷く。

 そういえば、酒好きのクレイン。

 過去話にも、吟遊詩人は登場していた。


 続いて、フォド・ワン・ユニオンAFVを操縦しながら……。

 ペレランドラと関係する大商会の一部はまだ残っていたことを伝えると、ペレランドラ親子は凄く喜んでいた。

 

 キッシュとミスティとヴェロニカとカルードとメルと血文字連絡を行う。

 当然、その主な血文字会議の内容はセナアプアに関するものばかりとなった。

 

 俺がセナアプアに到着後……。

 リズさんとカリィの戦いと【魔塔アッセルバインド】の会長さんに挨拶するだけの予定が。

 評議員の娘ドロシーを助けて、ネドー一派との戦いに発展。

 それらの組織と連なる闇ギルドを返り討ち。

 続いて、ドロシーの母の評議員ペレランドラにドロシーを送り届けた際、その魔塔で、また闇ギルドの強者たちから襲撃を受けて、高い魔塔が大崩壊。

 その魔塔が崩壊しては傾く中をフォド・ワン・ユニオンAFVで、派手に駆け下りつつ大砲を連続的にぶっ放しては、浮いて、浮いての大飛翔、いや、大落下。


 そして、浮いて落下の途中からアクセルマギナがフォド・ワン・ユニオンAFVを改造。

 鳥人間コンテスト的に滑空しながら塔烈中立都市セナアプアを脱出。

 その後追跡を受けた空魔法士隊と空戦魔導師を倒しては、大魔術師アキエ・エニグマと遭遇。


 そのアキエ・エニグマに助太刀を受けるや否やアキエ・エニグマとも戦ったが、逆に仲良くなっては、セナアプアの上界に魔塔をゲットだからな。


『実にシュウヤらしい。で、簡単に片付くわけがない! 鳥人間とは荒鷹ヒューイのことか? いまいち分からないが、たった半日の出来事だぞ!』


 キッシュの驚きと怒ったような笑ったような呆れたような血文字に、皆が頷いていた。

 が、しらんがな――。

 

 そして、ペレランドラ親子に、いつでもサイデイルに来てもいいとキッシュが血文字を寄越す。

 そのペレランドラ親子の件で塔烈中立都市セナアプアに戻れるかどうかの判断では……。


 ペレランドラの名があった魔法学院も襲撃を受けていた。

 俺は、いや、俺の怒りよりも、ドロシーの表情で、その怒りはどっかに消えた。


 悲しみの表情を見てしまうと、なんとも言えない。


 そのドロシーは震えてしまった。

 が、自分の娘の表情を見た母のペレランドラこと、マージュさんはドロシーを抱きながら……。


「ごめんなさいねドロシー。すべてわたしのせい。魔法学院も……」

「ううん、お母……様。お母様が真実を知って、皆の生活のためにがんばって評議員活動を続けていたことは理解しています。だから、お母様のせいじゃない」

「うぅ、ありがとうドロシー」

「お母様、泣かないで……でも、ネドーたちが憎いわ。どうしようもなく憎い……」


 ドロシーの気持ちは分かる……。

 ミアとの会話を思い出した。

 

「わたしもよ。でもね、その感情を抱けるだけでも幸せだと思うことが重要よ。わたしたちは、どうして助かったのかしら?」


 母の言葉を聞いたドロシーは、ハッとして、俺と皆を見る。


「……シュウヤさんたちがいるから、助かった。見ず知らずの、わたしとお母様を……」

「そう。今のシュウヤさんたちに抱く気持ちを感じると……憎しみは薄れて消えていくはずよ」

「はい……お母様。その通りです、強い感謝しかない」


 ドロシーは泣く。

 助かった人々も泣く。

 あのペグワースもだ。


「そう。だからこそ、強い勇気を持ちましょう。魔塔は失いましたが、ペグワースも彼女たちも生きていてくれた。わたしと関係する商店もある。取引先の商会もまだ多く残っている。わたしの魔塔が崩れたことで、取り引きを止める商会もあるとは思いますが……」


 彼女たち? 

 ペレランドラは、一瞬ドワーフたちの背後にいた女性たちを見る。


「市井の方々には、お母様を必要とする方々が多い。商会もまだあるなら再出発は可能」

「そうね。でも、ドロシーがセナアプアを嫌うなら……必要最低限の仕事をしてから、違う都市に拠点を移すとしましょう」

「え! お母様、それは……」

「ふふ、いいの、わたしの大事なドロシー。貴女の幸せが一番。困っている人も多いとは思うけどね……今回の娘の誘拐は堪えたわ。空魔法士隊と空戦魔導師の強さを過信して、何もできないまま、わたしは紅茶を飲むことしかできなかった……歯がゆさしかない。自分の力のなさを痛感しました。上院評議員ペレランドラなんて、ただの肩書きでしかない……頼りない母だけど、ドロシー、貴女が大人になるまで、わたしに付いてきてくれる?」

「お母様! はい!」


 いい親子だ。

 だが、ペレランドラの視線には気になるものがあった。

 ドロシーに対して喋ってはいたが、途中での視線は……。

 そして、肩書き、頼りない、か……。

 マージュ・ペレランドラの気持ちは理解はできたが、それは口にしなかった。

 俺だって失敗はする、すべてはできない。

 ペルネーテで治療中のベニー・ストレインも気になっている。

 体内から魔薬を抜くために、ペルネーテの本部地下にある……とある神を祀った像の中入ってもらってゼッタの蟲と……集めていた光神系の武具、魔道具、グッズ、ミスティにも協力してもらった聖十字金属も同時に使うとか、なんとか、血文字で報告は受けたが、俺には分からないことが多すぎる。


 そして、ユイから、


『ペレランドラの勢力下にあった闇ギルドの混乱に乗じて、他の魔塔と上界の施設と浮遊岩の権利を巡る争いに発展した闇ギルドたちもある。エセル大広場のあちこちで、その抗争が続いているわ。でも、派手ではないわね。エセル大広場も普通に営業している店が多い』


 レベッカも、


『ペレランドラの魔塔の瓦礫で下敷きになった人もいたけど、被害はそこまで多くない』


 と……血文字の内容をペレランドラ親子に伝える。

 次に、闇ギルドの抗争で暗躍した存在のカットマギーの名が上がった。

 

 思わず、キサラとエヴァにクレインを見る。

 皆頷いていた。


「カットマギーってのは、この戦いで初めて知ったが、確実に強者だねぇ。わたしの金火鳥天刺に感じた魔刃の重さは、尋常じゃなかったさ。もしかしたら【闇の枢軸会議】側の【八指】とか【八本指】かも知れないよ」

「ん、先生のトンファーに魔刃を飛ばしてきた。ゼメとアドを倒した強者」


 エヴァの言葉に頷く。

 カットマギーは黒沸騎士ゼメタスと赤沸騎士アドモスを倒した。

 強力な魔刃を飛ばしていたが、狭い廊下の戦いではヘルメの加護を得た頑丈な沸騎士たちにアドバンテージがあったはずだ。そして、あの魔塔の崩壊を生きて<神剣・三叉法具サラテン>の沙・羅・貂の攻撃を凌いだ。


 カットマギーは尋常じゃない強者か。


「魔人系の暗殺者か。もう一人の暗殺一家の【チフホープ家】と目される存在は派手に倒したが……」

「最初の狙撃手だねぇ。魔導鎧も驚いたが」

『閣下、わたしの魔法を弾き、鋼鉄の弾を浴びせてきた相手ですね』

『あぁ、キャノン砲で木っ端微塵となった』


 すると、ユイからの血文字が浮かぶ。


『クリドススからシュウヤと話がしたいって、伝えてくれって頼まれていた』

『話か、レザライサの帰還か?』

『そのことではなく、今回のネドー一派に関すること……クリドスス本人は、〝ホテルキシリアの世話人、軍曹、他のセナアプアの幹部と同盟にある方々が出席する下界管理委員会とは違う、緊急幹部会があるんですが、シュウヤさんに【天凜の月】の盟主、総長という立場でドレスコードもなし(同伴自由)の出席をお願いしたいんですがネ〟って、ウィンクしながら語っていたの。クリドススの表情は和やかだけど、少し凄みを感じた』

『出席するのは、構わないが……戻り次第だな』

『うん。ペレランドラ親子次第ってところかしら』


 俺がペレランドラ親子に視線を向けたことを理解しているように血文字を寄越すユイ。

 そのペレランドラが、

 

「すみませんが、もう少し時間をください」


 ペレランドラがそう語る。

 俺は頷いて、ユイに、


『今日、明日って感じではないんだろ?』


 と、血文字を送る。


『うん。三日後、夜』

『場所はどこだろう、血長耳の本部はまだ行ってなかった』

『上界、エセル大広場を囲う魔塔の一つで、名はエミハール、エセルハード? 他にも本部と呼べる魔塔があるようで、会議の場所はその日に決めるとか。どちらにせよ、最上階って聞いたわ』


 ペレランドラは頷く。

 遅れてドロシーも頷いていた。

 ペグワースさんは最初から頷きまくっている。

 相棒がその動作に興奮して、じゃれ始めていた。


『分かった。しかし、あの血長耳の連中が、俺を呼ぶって、余程のことか』

『わたしも気になって、わたしではだめなの? って聞いても〝ユイさんでもダメですネ! うちの世話人、ガルファ元司令官の言は、総長不在時には、絶対、だったりするんですよ。今、うちの化け物総長は遠くに出張っていますから……世話人は特殊部隊を指揮していた頃を思い出したのか、余計に怖くて……〟と語るクリドススは本当に怖がるように手が震えていたの……わたしも怖くなって納得した。あと、〝シュウヤさんには、ネドー一派の評議会の上界管理委員会と分霊秘奥箱とだけ伝えておいてください〟って言われたわ』

『ほぉ……』


 その血文字を見ている皆は、


「上界管理委員会はネドーの他にも、評議員ドイガルガなど複数の副議長が関わっています。分霊なんとかは知りません」

「分霊秘奥箱ってのは聞いたことがないねぇ……」


 評議員ペレランドラとクレインがそう語る。

 魔界か邪界かエセル界か獄界か、分からんが……。

 

 得体の知れない魂でも分けて保存していたのか?


『わかった。三日後にセナアプアに向かう』

『うん。調整しとく』


 メール的な宙空に描く血文字連絡はそこで一端終了。


 <武装魔霊・紅玉環>を意識。

 アドゥムブラリを紅玉環に戻して、操縦に集中。

 

 ここはもうレフテン王国の領域だろう。

 ハイム川に境界線があるのか公海的な川なのか不明だが……。


 そして、ネレイスカリを思い出す……。

 どうしているのやら……。

 サーマリアと同盟を結んでオセベリアとの対決姿勢を強めた。


 俺としてはサイデイルとシャルドネとも繋がりがあるからな。

 そのことは告げずに、


「このままハイム川沿いに北に向かうとレフテンの王都。が王都には向かわず、そこの北東にある入り江、あの支流の一つに入ってみようと思うが」

「ん、シュウヤに任せるけど、もし王都の港に入ってしまったら、レフテンの船から検閲を受けると思う。ネレイスカリの勢力はまだまだ少ないはず」

「そうさねぇ。って、あのネレイスカリの件は本当なんだねぇ。エヴァから聞いていたが、シュウヤ……」

「その視線はなんだ。姫様も助けて送ったぞ。そこで強者の槍使いを含めて猫獣人アンムルの三兄弟を倒した。時漠ってのも助けたな」

「……波群瓢箪と【ノクターの誓い】との絡みだね。ま、それは置いておくとして、この船の見た目は、銀船以上の魔導船を超えた宇宙の戦車船だ。先の大砲でぶっ放せば、軍もある程度は、倒せると思うが、王都近辺に進むと、まず間違いなく、陸、川、問わず魔法攻撃を受ける可能性は高い。あと、その北東、右上のハイム川のほうは座礁しやすい場所でもある。入り江は多く、小さい村もあるはずさね。モンスターも多いが……ま、戦車でもあるから平気か」


 クレインの言葉に頷きながら、このまま北東へ。


「――ご主人様、方角は北東に……では、あの岩が連なる先の入り江ですね?」

「おうよ、このまま行ってみようか! 地図にないハイム川の支流の探索だ!」

「ん、世界屈指の特殊探検団ムツゴロウ!」

「はは、エヴァ、それは俺の言葉だ!」

「ふふ、地下ではないですが」

「なんだいそれは、むつごろう?」

「ん、先生、シュウヤは地下都市探索の旅に出ていたの」


 クレインは俺を見て、『なんで名前がソレなんだ?』という顔つきだ。


「内輪ネタすぎた、昔だな……」

「――ンン、にゃお~」


 荒鷹ヒューイのちっこい翼を得て得意気な相棒だ。

 俺の喋りを邪魔するようにダッシュボードの上に戻る。

 

 クレインに過去の地下世界の冒険を掻い摘まんで説明しつつ……。

 ハイム川の北にある崖が近付いてきた。


「この支流の先がレフテン王国王都のファダイクの港に直に続いていたら、逃げる!」

「ん! 逃げる!」

「なんだい、逃げるのかい」

「レーザーパルス180㎜キャノン砲の威力がくせになったか」

「……」


 クレインは眉をぴくぴくっと動かしてから「さ、さぁねぇ」と誤魔化すが、傍にいるエヴァが、


「ん、先生、衝撃が少し胸にくるって、下に引き込まれる感覚は、朱華帝鳥の衝撃に近い……って」

「エヴァっ子! わたしの気持ちを!」

「あゅ――」


 と、エヴァが変な声をあげているように、クレインからおっぱいを、むぎゅっとされていた。

 俺はもちろん、おっぱい管理委員会の審査員二号として心のメモ帳に――。


 と、断崖が見えてきた。

 手前に反り立った岩が並び立って、奥の崖が見え隠れ。


 魔塔のセナアプアって印象ではないが、縦に突出した岩がハイム川の支流を支流たらしめる所以か。

 奥は、聞いていたように、地形的に入り江。

 

「皆、ファダイクの南、このハイム川沿いにレフテン王国の港町があるのか?」

「ん、分からない」

「モンスターが多く付着する崖と岩が、わんさかあるから……秘境と呼ばれたネーブ村かねぇ。海賊か傭兵隊が利用していた廃墟ならガルーダ。他にもレフテンの海軍が利用している秘密の入り江もあるかもねぇ」


 クレインの言葉を聞きながら、岩を避ける。

 奥の入り江が見えてきた。

 ハイム川の波は荒くないが、波が削ったような縦に細長い岩があちこちにある。


 その岩と岩の間を進むたびに川下りのカヌーをしている気分になった。

 しかし、岩の群れがあるから――。

 フォド・ワン・ユニオンAFVの操作が難しい。

 レーザーパルス180㎜キャノン砲で、巨大な岩ごと削れば楽かもしれないが――。

 エネルギーの無駄な消費はよくないし、環境破壊もな……。


 操縦が難しくなったから、


「アクセルマギナ、操縦を頼む。岩を避けながら奥の入り江に行こうか」

「はい」

「ん、見て、あそこ、あ、こっちにも船が座礁している」

「海賊船の他にも商船もあるさね。廃墟のガルーダか」

 

 アクセルマギナはスイスイとフォド・ワン・ユニオンAFVを動かす。

 岩と岩の狭い間をどこにもぶつけることなく通り抜けた。

 皆から拍手を受ける。が、人工知能なだけに無表情。


 が、俺に視線を寄越すと笑顔を見せてくれた。

 ARディスプレイと傍に浮くガードナーマリオルスの簡易地図ディメンションスキャンと瞳が連動しているのか、色々と地形のデータが瞳に浮かんでは消えていた。

 

 そのまま、断崖絶壁にフォド・ワン・ユニオンAFVは近寄った。

 入り江に突入。

 砂浜と民家。手前の入り江に小舟が無数にあった。

 

「ネーブ村?」

「たぶんだが、そうさね」


 右側に砂浜と奥に民家。

 その砂浜の左奥には海食洞がある――。

 海食洞の上は巨大なアーチ状の岩壁。


 そのアーチ状の岩壁の天辺には祠のある教会的な建物があった。

 左は完全に陸地だ。

 

 岩と岩の間を木橋で繋げた住居層もある。

 教会的な建物の祠に向かう人々がいた。

 

 人族、エルフ、魚人、獣人、分かる範囲だが、種族は様々か。

 人口はそんなに多くない。小さい村だ。


 そのアーチ状の岩壁の下と入り江は繋がって、簡易的な小さい港を形成している。

 こちら側のハイム川の奔流には、岩と岩、崖と崖の橋に備わる太い杭と連結したバリケード的な板が無数に張られていた。

 あれで、波を調整しているのか、魚を捕る罠も兼ねているのか。


 小舟は無数だ。

 

 岩に貼り付いたように並ぶ家屋を発見。

 岩と岩を繋ぐ小さい橋もある。

 海食洞の手前には、テント小屋があった。


 ペグワースさんも、懐から出した魔力の籠もった鑿を一つ掲げながら、


「――わしは、セナアプアの北に、このような支流と入り江があることは知らなかった。あの細かな道具と像が気になるぞ!」


 と、指摘するように砂浜から崖上に登る階段と階段の横の壁に愛の女神アリア的な像が彫られてある。


「わたしもです。レフテン王国の旗は知っていますが、家屋の形は珍しい。群島諸国サザナミの影響が色濃く出ている? クレインさんはネーブ村と仰っていますが、聞いたことがない」

「お母様、わたしもです。学院の教科書には載っていません」


 と、ぺグワースさんとペレランドラ親子が語る。

 助けた方々の八人も、口々に同じようなことを語った。

 セナアプアから近いが、国が違えば案外そう言うもんだよな。


 クレインは頷きながら、


「わたしも噂を聞いただけで、実際は来たことがない。陸側のほうでも結構入り組んでいる場所と聞いた」


 そして、左の岩の上部に、巨蟹が大量に付着していた。

 上下に行き交う巨蟹。


「――ンン、にゃ、にゃ? にゃぉぉ」


 巨蟹を見て、ダッシュボードの上から相棒が興奮。

 ディスプレイとARディスプレイに両前足を当てて巨蟹を凝視。


 岩の下部には、これまた大量のカタツムリ型のモンスターがこびりついていた。

 そのカタツムリ型のモンスターと巨蟹モンスターは争っているようだ。

 

 あの上の、巨蟹の多脚に一対の鉗脚かんきゃく鋏は、見覚えがある。

 黒猫ロロもそうらしい。

 あの腹と、わしゃわしゃとしていそうな口といい……。

 なつかしい。


黒猫ロロ、あの巨蟹は、昔食べた美味しいモンスターだな」

「にゃおお~」

『閣下、倒しに行きますか?』

『おう』

「あのモンスターなら、このバレルマシンガンで倒せますが、岩ごと破壊してしまいますね」

「銃は使わず、ちょっくら壁で巨蟹狩りをしてくる。皆はここの沖で待機。ドアを開けてくれ」

「はい」


 アクセルマギナが早速、後部のドアを開ける。

 ガルウィングドアの機動で開く。

 フォド・ワン・ユニオンAFVは船から装甲車になりかけの形態だった。


 車高が高い。


「相棒、出るぞ」

「にゃお~」


 と、急いで外に出ては<導想魔手>を蹴って蟹狩りを開始――。


『ヘルメも出ていいぞ』

『はい~』


 ヘルメが左前方に向かう。

 早速、氷礫を無数に飛ばして氷漬けの巨蟹を作った。

 相棒は黒豹の姿になりながら右の崖に向かって伸ばした触手骨剣で巨蟹を攻撃していた。

 

 俺は右手に鋼の柄巻を召喚。

 左手に血魔剣を召喚。

 

 早速両手が握る柄に魔力を送る。

 ――ブゥゥゥン、ブゥゥゥンとダブルブレードの音が連鎖した。

 その音に攻撃を察知した、巨蟹軍団。

 下のカタツムリ型は、俺たちをスルー。


 俺もスルーだ。

 カタツムリは毒がありそうだし、相棒しか食べられないだろう。

 巨蟹が放つ毒を避ける――。

 カタツムリは――寄生虫が怖い。ま、それを惑星セラの生物について考えても仕方がない――。

 そして、幸いにも俺の胃は分からないが、腸は特殊だ。

 <真祖の力>が吸収した<超腸吸収>を備えている。

 ――その<真祖の力>も<光魔の王笏>に吸収されているが。

 腸は第二の脳とずっと前から言われていたし、そして、共生細菌こそ進化論の鍵だとずっと考えていた。ヴァンパイアの腸、血液に作用する腸内細菌もあるだろう。

 

 眼前を、巨蟹の放った毒が通り抜けていく。

 わしゃわしゃしたヘドロ気質な毒弾だ。


 ――転生直後の腸内の細菌も、普通ではなかったはず。

 ――ヴァンパイア独自の腸内細菌を持っていたはず。

 

 一年の地下生活では黒寿草を喰いまくったからな……。

 消化&体内に吸収されているから、細菌がいるのか不明だが……細菌がいるとするならば、超が付くほどのルシヴァルナノパワーを備えているはずだ。


 だからこそ、遺産高神経レガシーハイナーブに適応できたとか?

 松果体の内分泌器と脳幹が光魔ルシヴァルに進化したことで、他と違うってのもあるとは思うが……。


 スキルがないからまったく関係ないかもしれないが……。

 血を欲する遺伝子、血が無ければ干からびてしまうヴァンパイア。

 生態的特徴でいえば肺魚か? 干からびて化石と化しても水を得て復活する古代魚の肺魚。その古代魚もイモリと同じく遺伝子を豊富に持つ。俺は蜘蛛王の因子を得ているから、サイデイルで魔王と化しそうな巣作りをがんばっている蜘蛛娘アキに会いに行くのも……。


 とかを、一瞬で思考――。

 壁を這う巨蟹たちが吐き出して飛ばしてきた毒を<導想魔手>を蹴って連続的に避けては――。

 即座に前進しながら<飛剣・柊返し>を実行――。

 下から上昇するような<飛剣・柊返し>で巨蟹の両脚を切断。

 同時に左手の血魔剣の突きで巨蟹を突き刺し――。


 早速一匹倒す――。

 が、これだと時間が掛かる。

 

「ヘルメと相棒、派手にぶちかますから俺の背後に――」

「にゃお~」

「はい~」


 ヘルメと相棒は既に倒した巨蟹の白身を食べていた。

 それを見てから《氷竜列フリーズドラゴネス》を放つ。

 狙いは、巨蟹ではない、下のハイム川の一部。

 崖に群がる巨蟹に直撃したら威力がありすぎて白身の組織まで壊してしまうかもだからな――。


 血魔剣とムラサメブレード・改の切っ先の先から、龍頭を象った列氷が発生――。


 それらの龍頭一つ一つは瞬く間に多頭を持つ氷竜に急成長。

 下に向けて、氷の刃を体中から発しながら、螺旋突貫――。

 

 その螺旋氷竜は周囲に吹雪的な氷の刃を飛ばしながら――。

 ハイム川に直撃。衝撃で噴き上がった水が爆発したかに見えたが、それは一瞬。

 ハイム川の噴き上がった部分は凍り付きながら巨大な氷柱と化す。


 ハイム川のすべては無理だが……。

 限定的に、かなり下の水域まで凍って層と化したはず。


 螺旋氷竜から直に氷の刃を喰らった巨蟹の一部は爆発。

 が、巨蟹の大半は凍り付いて、ハイム川に落ちていった。


「閣下、凄い! 巨蟹ちゃんとナメクジちゃんを全滅させました!」

「ンン、にゃ、にゃ、にゃお~~」

「おう、上手くいった。早速、下の巨蟹を回収だ。今日の夕飯は蟹と目白鮫鍋にしようか! 香辛料と酒もあるし、みりんはないが、砂糖代わりの黒い甘露水もある。相棒の火加減次第だが、サメの唐揚げもいけるはずだ。フカヒレは乾燥させる手順がいるから今は無理だが……」

「ふかひれ……とは、分かりませんが、閣下の作る鍋料理は美味しい!」

「にゃ、にゃにゃおぉぉ~」


 ご機嫌な相棒は捕まえた巨蟹の蟹味噌を食べまくっている。

 口元が黄色い。


「さて、下の凍った巨蟹を回収してくる。ヘルメは左目に」

「はい~」

「相棒は食べ終わったら俺の肩かフォド・ワン・ユニオンAFVの中に戻ってくれ――」

「ンン」


 ヘルメを格納しながら、凍ったハイム川に降り立った。

 瞬く間に凍った巨蟹を食材袋の中に回収。

 大量だから、販売とかもできそうだが、ま、今は調理しつつ皆で味を確かめながらだな。

 皆に楽しんでもらおうか。蟹と目白鮫の料理を!

 そんな意気込みで、フォド・ワン・ユニオンAFVに戻った。


「ん、ハイム川の一部が凍ったのは凄かった! 前よりも、魔法威力が上がってる。氷の魔術師! 氷の魔法使い!」

「あぁ、驚きさね。見てていきなり氷の滝が誕生したのかと思ったさ……そしたらハイム川の一部が凍り付いた。もう、溶けている場所もあるが……魔槍使いとしてのタフな魔力源を見た気がするねぇ」


 クレインに続いて、ペグワースさんも、


「驚きだ……槍使いと聞いていたが、大魔術師のような氷の魔法だったぞ」


 そう発言。


「はい……シュウヤさんは槍、剣、魔法も使いこなす。戦闘職業をどれほど獲得しているのか……魔法学院の優秀な先生や特別な講師でもそうはいないと思います」

 

 と、ドロシーも褒めてくれる。

 皆の感想は嬉しかったが、アクセルマギナに向けて、


「さて、俺たちの船を見たか、魔法の影響か、小舟も退いてしまった。攻撃が来る前に、砂浜に上陸させて外に出ようか。アクセルマギナ、頼む」

「ラジャー、艦長!」


 いつの間にか、俺が艦長に。ま、いいか。

 装甲車タイプに変形したフォド・ワン・ユニオンAFVが砂浜に上陸。

 

 当然、この村の方々は警戒する。

 前方に冒険者風の方々が集まっていた。

 レフテン王国の兵士も少数いるが、衛兵って感じではないな。


 ま、大丈夫だろう。

 異星人初訪問ってのりではないし――。


「普通にアイムフレンドリーで、降りようか」

「はい、ダモアヌンの魔槍は仕舞います」

「一応は腰に、あのもらった仕込み魔杖を……あ、ふふ、ガードナーマリオルスが釣り道具的にチューブを出しています」

「にゃ~」


 と、チューブにぶら下がる相棒がなんとも。


「あ、あの、わたしたちも……」

「ん、わたしの背後に」

「シュウヤが言うように、皆で出れば、大丈夫さ。ネーブ村だと思うが、レフテン王国の兵士もいるようだがね……ま、塔烈中立都市セナアプアの評議員の名は通じるはずだよ。中立の名は大きい」

「あ、それもそうですね」


 俺の場合は冒険者で通すか。

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