六百七十七話 【流剣】リズ・フラグマイヤー

 ◇◆◇◆


 シュウヤたちの戦いより過去の塔烈中立都市セナアプア。

 シュウヤたちが東の旅へと出ている時。


 ここは下界の東、倉庫街の通称【血銀昆虫の街】。

 無数に浮かぶ岩と、宙に浮かぶ魔塔、浮かぶ岩に立つ魔塔。

 魔塔と魔塔が重なる重層的な魔塔。

 浮遊岩と重なって崖を形成しては、その崖にしがみつくかのように爪のような木々が垂れ下がる林を有した浮遊岩。地上からは、龍の頭部を再現したように見える魔塔。

 

 無数の顎髭的な珠の光源を有した魔塔が四方八方へと伸びていた。

 それらの構造物を構成する岩と崖と岩の棚と龍のような魔塔の節々から赤茶色の魔水が流れて散る。


 散った赤茶色の魔水は雨となって下界に降り注いでいた。

 魔力を内包した赤茶色の雨により、血銀昆虫の街の空は赤茶色に染まる時がある。

 

 街中にも湿った空気が満ちるが、エセル界の影響を受けて、不思議と乾燥する地域もある。

 浮遊岩と魔塔によって、特殊な磁場も至る所に存在する。

 そんな塔烈中立都市セナアプアの【血銀昆虫の街】には、下界の港街と同じくあらゆる種族たちが住まう。シャナのような人魚もいるだろう。しかし、樹海獣人ポルチッドはいない。

 

 樹海獣人ポルチッドの人形は何故か流通し売られている。


 そして、中立の名があるように、【血銀昆虫の街】は、他の国々のスパイ組織が暗躍する地域でもあり、権益に繋がる地下街アンダーシティも存在する。


 その地下街アンダーシティを含むエレベーター的な巨大浮遊石の権利を巡る勢力争いでは、季節問わず激しい戦いがあった。


 戦いの主軸は評議員の勢力と複数の闇ギルド。

 しかしながら、巨大浮遊岩の周囲では、一種のエンターテインメントと化す広間もある。

 

 闘技場も幾つがあるが、道端で賭け試合を行う武芸者。

 その武芸者を纏める商会が出資した屋台も多く、その多くが闇ギルドと繋がる。


 小規模の闘技場は下界と上界の大闘技場で行われる八槍神王戦、八剣神王戦、魔塔神王を巡る予選会場を担うこともある。

 ファダイクの剣闘士とペルネーテの武術街出身の魔物使いが、とあるモンスターの卵を巡る争いもある。

 魔剣師が残した魔剣術の書を巡る遺恨など。


 直接浮遊岩と関係のない戦いを含めると、多種多様だ。


 そんな戦場染みた血濡れた巨大浮遊岩を祝福するかのように……。

 陽夏と厳冬の四十五日には、魔界王子テーバロンテと魔界王子ライランの血沼の幻が出現することがある。信者たちには途轍もない奇跡的な現象だ。


 これは狭間ヴェイルの干渉を受けずに、魔界セブドラから魔将級や魔侯爵級などのデミゴッド級の召喚に成功を果たすぐらいの偉業的な出来事。


 しかし……通常の知覚能力では、まず感知ができない。

 多少優れた勘とスキルに称号を持っていたとしても、ただの圧力的な精神波を感じる現象に過ぎないからだ。


 そして、血銀昆虫の名の通り、この倉庫街は魔の昆虫を育てることに適した環境でもあった。

 【血銀昆虫】、【大いなる魂の魔虫】、【オプシディアン・魔虫】、【ブラック・マルク魔虫】など多種多様。虫使いたちが密かに集う街でもある。


 その血銀昆虫は、特殊な魔力を有した銀の糸を生むことで有名だ。

 飼育に長けたケルソネス・ネドー大商会と傘下の商会が持つ闇ギルドの建物が多い。


 その界隈では闇ギルドと傭兵商会と繋がるライカンスロープも多く暮らす。

 

 この塔烈中立都市セナアプアに流入したライカンスロープは、二つの月と惑星セレリナウルが重なる四十五日に活発化する。それはライカンスロープ独自の血筋能力の変異体と特異体。


 豹獣人セバーカ虎獣人ラゼールとは少し異なる。


 ライカンの活性化の症状は多岐に渡るが……。

 同時に、聖王ホクマータや神虎セシードの教えを忘れて、フジクの掟を破るほどに、血を求めることになる。特にライカンの、とある一族は尋常ではない力を得るのだ。


 戦場では、覚醒したライカンスロープを止めることは難しい。


 しかし、抑えようのない怒りが、彼らライカンスロープの心を狂わせる。 

 センシバルを超えた凶暴な種族と化す。

 傍目からは狂ったと思われることが多く、故郷のフジク連邦の獣人たちからも煙たがられる存在。だからこそライカンスロープは、グルドン帝国の人族から強い差別の対象となった。 


 あらゆるところで迫害を受ける原因ともなっていた。

 そんなライカンスロープの多い【血銀昆虫の街】の東には……。

 そのライカンスロープと街独自の虫を理由に、【魔の扉】を操る【テーバロンテの償い】の幹部バルミュグが君臨する魔塔がある。


 【血銀昆虫】で儲けている評議員ネドーとバルミュグは通じているが、おぞましい【魔の扉】に関しては、ネドーほか、評議員も、そのバルミュグと【テーバロンテの償い】の本当の信仰については深く知り得ていない。


 人と【オプシディアン・魔虫】をも実験材料に用いたソレは……。

 

 そして、そんなライカンが暮らす【血銀昆虫の街】にも小さいながら【魔塔アッセルバインド】の事務所がある。近くにはクナのセーフハウスもあるが、まだシュウヤは訪れていない。クナからシュウヤに報告済みではあるが、分身体のクナが暗躍した時期に、セナアプアのセーフハウスは使われた形跡があり、今、生きている本物のクナはシュウヤにセーフハウスを勧めることは控えていた。

 更に、この頃のクナはサイデイルの地下でキッシュと女王サーダインの部下と激闘中であり、その後も、転移陣の作成に身命を賭して忙しかった。


 その赤茶けた建物の前には、灰色のローブを纏うリズと相対する男がいた。

 リズは【ペニースールの従者】と合流予定。


 ――その灰色のローブを纏うリズが舞う。

 蒼い目と美しい顔。

 そう、流剣のリズは争いに巻き込まれていた。


「チッ、相棒のロウがいねぇと、どうもしっくりこねぇ」

「ロウ? その飛剣流といい……」


 リズがそう喋ると――。

 帽子をかぶった剣士は、半透明の魔力の腕から金の針をリズに飛ばす。


 リズは蒼い魔剣を真横に振るい、金の針を往なす。


 迅速に駆けたリズ。

 帽子をかぶった剣士との間合いを零とした。

 前屈みから<風魔突>のスキルを出す。


 帽子をかぶる剣士は蒼い魔剣の切っ先を凝視。

 右手が握る銀色の魔剣を上から下に振るって、リズの蒼い魔剣を叩き往なすと――。

 ――横回転。

 同時に、下段構えに移行した帽子をかぶる剣士は、右手の銀色の魔剣を下から斜め上に振るう。


 袈裟懸けに「<切速破>」を繰り出す。


 飛剣流の技術から獲得可能なスキルだ。

 ペルネーテで暫し活躍していたロウという名の男が得意としていた剣術でもある。


 リズは、その銀色の魔剣の剣筋を見つつ、魔剣から迸る魔力の刃を受けない。

 横へ横へと体を独楽のように回転させた刹那――。

 帽子をかぶる剣士に水面蹴りを繰り出す。


 帽子をかぶる剣士は、足を退く。

 すぐに反撃の魔力の腕による殴りが、リズに向かった。

 リズは、その魔力の腕の拳を避けて、右手の蒼い魔剣を袈裟懸けに振るった。

 

 その魔剣の切っ先を、帽子をかぶる剣士は銀色の魔剣で受け止める。

 硬質な音が響くと同時に魔剣と魔剣が衝突する部分から火花が散った。


「速い剣術だ……」

「帽子かぶりの剣士、三つの腕……三剣のビスコンか?」

「袖が長い灰色ローブに魔塔の絵柄……【流剣】のリズだな――」


 不意打ちの<飛剣・嘶き>の最初の突きを屈んで避けたリズ。

 ダッキング状態で魔闘術を活性化させている。


「そうよ――」


 リズは加速し、三剣のビスコンが繰り出した<飛剣・誘馬>も避けた。

 その避ける動作と一体化した鋭い水面蹴りを繰り出す。


「ぬ――」


 三剣のビスコンは、剣の持ち手を素早く変える<飛剣流・三度>のモーション中。

 当然、リズの蹴りに反応できない。

 足先に、リズの水面蹴りを喰らった帽子をかぶる三剣のビスコンは蹌踉めく。


 リズは蒼い目を輝かせると――。

 右腕が持つ魔剣を振るった。


 が、三剣のビスコンは「<飛剣流・大角豆>」の動きで、その魔剣を避けた。

 三剣のビスコンもまた強者。


 リズは『強い、けど――<流剣・速王>――』と、スキルを発動。

 左腕の袖の中に、その右手が握る魔剣を仕舞うように入れた。

 リズの両腕はぶれる。やや遅れて体もブレるように加速。

 袖が揺れる不思議な加速術を繰り出すリズ・フラグマイヤー。

 

 蒼い魔剣を握る、その細い右腕を、左腕の袖の中から引く――。

 シュウヤの<血液加速ブラッディアクセル>のような加速――。


 続けて、リズは必殺技を繰り出した。


 蒼い魔剣を追うように――。

 風を纏う左腕が握る黄色の魔剣が宙を奔った――。

 ――三剣のビスコンは、魔力の腕と銀色の魔剣で、リズの速度のある魔剣を防ごうとするが、間に合わない。


 瞬時に、蒼色の魔剣の軌跡と黄色い魔剣の軌跡が、六つも生まれ出た。


「――ぐあ」


 血色に染まった三剣のビスコン。

 その血が付着した防護服が滑りながら落ちて、僅かに体を晒す。

 僅かに血濡れた防護服の間から覗かせた体には、赤い線があった。


 その細い赤い線から勢いよく血飛沫が迸る。

 同時に、切断されて血で付着していた防護服が溢れ出たビスコンの血によって落ちた。


 リズの<秘六・流剣陣>が決まった。

 リズは、ビスコンが倒れたのを見て、二振りの魔剣を素早く袖の中に仕舞いつつ回転。


 その回転機動の足下から土煙があがる。

 ローブが持ち上がって、袖の中を覗かせた。

 腕に格納された魔剣の柄頭が光っていることが分かる。


 その光った柄頭は不思議な風を起こしていた。


「――ふぅ……強かったけど、<秘六・流剣陣>に対応するのは、まず無理よね」

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