六百七十六話 キサラの荒い息


「あの、あなたたちは?」

「俺の名はシュウヤ、貴女を助けた者だ。ここは上界の【魔塔アッセルバインド】の事務所。これから貴女を母親の評議員ペレランドラのところに送ろうと話をしていたところだ」

「え……」


 ペレランドラの娘さんは自身の体を見る。

 両手で、胸元とキレたスカートを捲って腹にあったであろう傷を確認。


「治ってる……」


 と、呟き、顔を上げて、


「……助けてくれてありがとう」


 視線を足に向け、


「はい。立てますか?」


 暗に、痙攣していた足は大丈夫か? 

 と、意味を込めたが彼女に通じたかは分からない。

 

 ペレランドラの娘さんは、自身の足を見て、すぐに俺に視線を寄越す。

 茶色と黒色が混じる瞳。

 鼻筋はそんなに高くないが、結構、綺麗な女性だ。


 そのペレランドラの娘さんは、


「大丈夫です」

 

 立ち上がったが、蹌踉けてしまう。

 俺が支える前にエヴァが彼女を支えた。


「ん」

「ありがとう」

「わたしはエヴァ。あなたの名前は?」

「ドロシー。ドロシー・ペレランドラです」

「ドロシー。俺たちは、君をお母さんのところに送り届けたいと思うが、大丈夫かな」

「勿論です」

「それと……」


 そのタイミングで、キャンベルたちをチラッと見てからドロシーに視線を戻した。


「評議員ペレランドラの立場に関して、賛成も反対もない。基本は不偏不党であろうとしていると、理解してくれると助かる。ドロシーの悲鳴が聞こえて、暴力を受けていたから介入した。君を救いたかっただけなんだ……俺のことは、少しは分かってくれたかな」

「はい、正義の味方がシュウヤさんなのですね」

「一概にはそう言えない。俺は血を好む。【天凜の月】の盟主、総長って立場でもある。冒険者でもあるから正義の味方の面もあるが」

「素直じゃないねぇ、英雄だろうに」

「小さなジャスティスン!」

「いや、ジャスティスだ」

「ふふ」


 レベッカはエヴァの物真似をするように、舌をちょろっと出す。

 わざとボケたか。

 ツッコミ屋がボケを覚えるとは。


 俺はキャンベルに向け、


「んじゃ、俺たちは、この子の母親のところに向かう」

「分かりました。ここは情報伝達が早い。お気を付けて」

「そう言うキャンベルもな、あ、これは傭兵商会の親玉に対して失言か」

「ふふ、シュウヤさんったら。気にせずに、わたしもそれなりに、戦えますので」

「それなりぃ?」


 と、リズさんが高い声で発言。


「リズ? 何か文句がある言い方ね? シュウヤさんだって好意は嬉しく感じてくださっているはず」

「当然だ。女は好きだ。俺は言っちゃなんだが、エロい」

「えろ大魔王」

「ん、えっちんぐ王しゅうや」

「……ふふ」

「……わたしもスケベ王になります」


 キャンベルが、そんなことを。


「ええぇ?」

「男を敬遠していた会長が……」

「クレインとリズ。さっきから不満そうねぇ……わたしだって女……。そして、愛別離苦と……恋人を失って何年だと思っているの……素敵な男性が現れたら、自然と心がときめくのは仕方がないことでしょう?」

「そうだねぇ……女としての心は大事さね」

「ボクもそう思うヨ~」


 カリィの声が甲高くて怖い。


「カリィは置いとくとして、クレインまで……」


 クレインは、リズさんを見て、


「……『身さえ心に任せぬ』って言葉もある」

「まぁ、それはあるな……」

「そうですよ、自分自身のことでさえ思うようにいかないのですから、仕方ないのです。うふ♪」


 と、会長さんのキャンベルが色っぽい仕種で……。


「会長が、女と化した! 色気を醸し出している……シュウヤはエヴァの男でもあるが……わたしも……」

「ちょっと、邪魔をするつもりなのかしら?」

「会長、エヴァの男だ。わたしも好いているが……」

「ん、だめ!」

「ちょっと、クレインさん? 奥でゆっくりと減給の件をご相談しましょうか」

「え、ちょ? か、会長。じょ、冗談さ、本気にしない……」


 歩合制ではなく固定給なのか。

 キャンベルの気持ちはありがたいが、ペレランドラの娘さんを送る以外にも用事はある。

 ここらで、然らば。と、挨拶するか。


 そう考えた、刹那――。

 ヒューイの魔素を外に感知――。

 ――急降下?


 硝子が割れる音が響いた。


 荒鷹ヒューイだ。

 小さい窓の硝子をぶち破って俺たちの部屋に入ってきた。


「――ぴゅぁぁぁ」


 ――驚いた。

 傷を負っている。


「ヒューイ!」


 すぐに回復薬ポーションをかけつつ《水癒ウォーター・キュア》を発動。

 水球が弾けて水を浴びたヒューイは回復。

 <荒鷹ノ空具>で翼と化せば傷は消えたかも知れないが、ま、いい。


「ピュァ、チキチキ!! チキチキ!! ピュアァ」


 と、荒鷹ヒューイは翼を拡げては、焦ったように嘴を上下させて気持ちを伝えてくる。

 翻訳すると『ソト、に敵がイタ』、『ワタシに攻撃をあててきた!』、『いたかったぁぁ』だろうか。


 ヒューイは不満そうに鷲としての目を鋭くさせた。


「チキチキ」

「敵か」

「ンン」


 相棒は喉声を鳴らしつつ俺とアイコンタクト。

 黒猫のままだが、表情は警戒していると分かる。

 白髭の角度が若干違う。


「相棒、外を見る気か?」

「にゃ」


 黒猫ロロはヒューイが入ってきた窓を見た。


「分かった。俺もすぐに外に出るが、外の物は壊さないように、戦うのは慎重にな?」

「にゃお――」


 黒猫ロロは鳴きながら走った。

 棚に飛び移ると、狭い端を走り高い本棚へと飛び移る。


 その本棚を直ぐに蹴っては――。

 小さい窓から外に出た。

 

『――ヘルメも出ろ、施設は壊さないように適度に暴れていい』

『はい。ロロ様と連携します』


 瞬く間にヘルメが左目から出る。

 液体状のヘルメは宙に弧を描きつつ、小さい窓から出た。


 ヴィーネの操るイザーローンも、相棒とヘルメを追うように、その窓から一足先に出る。

 そのヴィーネは俺にアイコンタクト。


 銀仮面を外している。


「……盟主がいる、この事務所に喧嘩を売る阿呆ども……」

「ふふ、レンショウ。随分とシュウヤに惚れ込んでいるようだけど、眷属化とかを狙っているの?」


 ユイだ。<ベイカラの瞳>を発動させている。

 片方の肩に神鬼・霊風をかけていた。


 レンショウはガスマスクから魔息を発した。

 俺をチラッと見て、


「ルシヴァルの一門に加わりたい思いはある。が、そこまで図々しくはない。【天凜の月】のメンバー。そして、素直に強者の槍使いに対しての尊敬の念が強い。これは不思議なんだが、盟主と会うと、俺も武器を、武術を、極めたくなる……」


 カルードとはまた違う熱がある。

 どことなく、ダブルフェイスとバーレンティンと似た雰囲気だ。

 ユイは自身の神鬼・霊風を抜いては、魔刀アゼロスも抜く。

 二つの魔刀を見てから、「気持ちは分かる」と、呟く。


 そして、俺を見て微笑んだ。


「外の敵を倒しましょう」

「おう」

「外の連中はペレランドラ関係かねぇ?」

「上院評議会議長ネドーの一派が金を出している闇ギルドかな」

「それとも、たんに、わたしらを狙う【テーバロンテの償い】か?」


 クレインは追われているんだったな。

 ユイだって<ベイカラの瞳>があるから、ベイカラ教団に目を付けられている。

 

 ナナとアリスを追う奴らって可能性は低いか。

 俺が倒した奴らの残党か……。

 

 やはり、情報伝達が早いって線が濃厚だな。

 血長耳の装備にもあったように、遠距離通信が可能なアイテムが流通している?


「……ま、どこだろうと、戦いに来たのなら望むところだ。素早いヒューイに傷をつけた奴は……直に、魔槍杖バルドークでぶっ叩く」

「盟主様の魔力が怖いヨ、あと、ボクも戦う」

「分かった。しかし、カリィと共闘するとはな」

「♪ イつ以来だイ?」


 ん? 左手から右手がぶれた。

 短剣が消えたり現れたり……。

 ヤヴァいなカリィ……相当強くなっている。


「……さあな……で、外に出るとしてエヴァ。その子を守りながら外に出てくれ。皆もいいか?」

「「はい」」

「ん」

「了解」


 俺は<荒鷹ノ空具>を意識。

 ヴィーネの背中に翼として装着させた。

 ユイは魔靴ジャックポポスを履く。

 体が少し浮いた。


「二人は空中戦も可能だ」

「――ご主人様、お任せを」


 翡翠の蛇弓バジュラからは光の弦が出ている。

 あの光の弦は近接武器にもなるからな。


「空中戦は慣れていないから、普通に戦う予定」


 と、ユイは着地。


「じゃ、外に出るぞ」


 バリアフリーの長い廊下を駆けた。

 途中、ぷゆゆの人形を叩きたくなる衝動にかられたが、我慢。


 玄関から一気に、外に出たところで集団の魔素がわらわらと――。

 

「出てきたぞ!」

「あいつらが例の新入りか、掛かれ――」


 クロスボウの矢がいきなり多数飛んできた。

 魔槍杖バルドークか、<超能力精神サイキックマインド>か、<導想魔手>か。

 

 と――「なんという愚考! シュウヤ様に触れるな――」そう叫んだのはキサラ。

 荒い息を吐いてダモアヌンの魔槍を<投擲>。

 血色に煌めくダモアヌンの魔槍から迸った魔風が俺の体を吹き抜ける。

 一瞬、ゾクッとした。

 

 その魔風は、樹と髑髏が絡む模様を発していた。

 威力あるダモアヌンの魔槍の<投擲>。


「ぎゃああぁぁ」


 <投擲>されたダモアヌンの魔槍が射手を一度に三人も貫く。 

 咄嗟に避けた槍使いと剣士のコンビは優秀。特に帽子をかぶる二槍使い。

 足下の魔闘術の動きが巧み。左へと独特の歩法で歩く。

 キサラは、右に出ながら腕を掲げた。

 その右腕に、ダモアヌンの魔槍の柄の孔から出たフィラメントを絡ませて、魔槍を引き寄せた。

 右腕でダモアヌンの魔槍を掴む――。

 同時に、柄の孔から放射状に展開したフィラメントの一部を、『籐牌とうはい』のような鬼顔の盾に変化させた。盾で、百八十度の方向から飛来する矢を弾いていく。


「さすが、キサラさん――」


 レベッカも前に出た。

 飛来する矢のほとんどを蒼炎弾と片腕に装備するジャハールで弾く。

 

 俺も<シュレゴス・ロードの魔印>から出した桃色の蛸足で矢を防いだ。

 ユイも数本の矢を二刀流で斬り落とす。

 

「ん、敵がいっぱい」

「【ネビュロスの雷】と【岩刃谷】の連中と全身黒装束か。【テーバロンテの償い】だな」


 エヴァは紫魔力を纏う緑皇鋼エメラルファイバーでドロシーを守る。

 クレインはエヴァを守るように十字受けの構えだ。


「盟主、右側はわたしが」

「ボクもそうしよう」


 レンショウとカリィは右の通りに集まっていた黒装束の剣士たちに向かっていく。

 さて、俺は目の前の剣士と槍使いかな。

 ヴィーネの放った翡翠の蛇弓バジュラの光線の矢が額に突き刺さった兵士を把握。

 俺は丹田の魔力を礎に――。

 <魔闘術の心得>。

 体内の魔穴を巡る魔力の流れを続けざまに意識。

 <魔人武術の心得>。

 皆を信用して強者に集中しようか。

 前傾姿勢で前進―――。

 魔槍杖バルドークを召喚。


 槍使いと剣士はそれぞれオーラのような魔力を発して反応。


「ソウザ、あの槍使いに仕掛けるぞ。<連筋脈甲>――」

「おう。ライブン! <隼・闘風>――」

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