六百七十五話 魔塔アッセルバインド

 建物外に怪しい魔素が増えたが、まぁ人通りもあるからな。


 気にせず歩く。

 マットを踏む度にいい匂いが漂う。

 白檀系かな。他にレモンの匂いもあるが、あとは分からない。

 その魔力のあるマットを踏みながら廊下を進む。


「ンン、にゃ」


 相棒は踊るように歩く。

 楽しそうな黒猫ロロさん。

 が、何回か立ち止まった。


 柔らかいマットに向けて『こんにゃろ~』といった勢いでポンポンと肉球アタック。

 マットに手足を引っ張られる感覚を受けたのか?

 

 すると、ドスンと、マットから音が鳴るように尻をマットに突けてのスコ座り。

 腹を舐めつつバレリーナのように後脚を伸ばす。

 足の毛を整えるようにペロペロと足裏の肉球も舐めた。

 

 そして、肛門に顔を突っ込む。

 お尻ちゃんが、むずむずしたようだ。


「ンン」


 自分の肛門の匂いで『くちゃ~』な顔を披露する相棒さんだ。

 白髭がピクピクと動いて、鼻ふぐりが膨らむ。


 はは、しかし、面白い。

 黒猫ロロは天然のコメディアンかよ。


 ウィスカーブレイクって言うんだったっけか。

 鼻のω、金玉のωじゃない。

 

「ふふ、鼻を膨らませて、可愛い」

「あは、もう、タマラナイ」

「ん、レベッカ、前を見て」


 背後でエヴァから注意を受けるレベッカさん。

 俺と同じく黒猫ロロの毛繕い&フレーメン反応にウケたレベッカさんだ。


 立ち上がった相棒は、再び、跳ねるように歩き出す。

 先ほどとはまた違う跳び方だ。

 マットの柔らかい部分を避けている?

 変な歩き方。


 ……新しい、今まで見たことがない。


「ふふ」

「おかしい」

「ん、ふふ……」


 皆、黒猫ロロの姿に笑う。


「ロロちゃん、柔らかいマットと匂いが気になるのね」


 相棒の座っていたマットが、お尻の形に窪んでいた。


 そのマットが徐々に元のマットの形に戻る。

 相棒も可愛いが、お洒落で可愛いマットだ。


 黒猫ロロも肉球から受けた感触が不思議らしい。

 何回も足を止めては、その足裏を、また舐めていた。

 

 マットの素材は魔力の漂うモンスターの皮か?

 底は珪藻土っぽい。不思議なマットだ。

 んだが、その楽しさのある柔らかい感触は、徐々に硬くなった。

 

 すると、背後で、


「ん、ペレランドラの足の痙攣が治まらない」


 と、エヴァが助けた女子生徒のことを指摘。


「回復薬ポーションと回復魔法はかけたんだが」


 俺がそう言うと、エヴァは顔色を悪くした。


「ん、なら先天性の病気かも知れない。様子を見ながら行く」

「頼む」

「奥のソファなら、寝ることができるし、そこで一時的に横になってもらう?」

「そうね。あと、皆も理解していると思うけど、あえて忠告。その子を、わたしたちが助けたことは、もう闇の界隈に知れたと判断したほうがいい」


 闇に生きたユイはさすがに鋭い。

 ヴィーネもハッとした表情を浮かべて、頷く。


「ん、分かった。ここは敵が多い」

「うん。評議員の娘さんだしね。商店巡りは、暫く止めとく」


 ユイは心配そうにエヴァが抱く女子生徒をチラッと見てから、レベッカを見る。


「新メンバーもいるし、見回りを兼ねることもできるから、買い物は大丈夫だと思うけど」

「そうね。けど、今は、シュウヤの行動に合わせるつもり」

「ん、トロコンは、サザーみたいな剣術を使うから頼りになる」

「うん、わたしの剣術についてこれる逸材、勘もいい」


 へぇ、さっきの鼬獣人グリリの剣術家。

 小柄獣人ノイルランナーだったサザーとはまた少し違うのか。


「ンン、にゃお」


 黒猫ロロも反応していた。

 だからか、獣の習性だけではなかったか。


 トロコンのお尻の匂いを嗅いで、強さを認識していた?

 俺がそう思いながら柔らかいマットを叩く黒猫ロロを見ると、相棒は俺を見上げる。


「ンン」


 ドヤ顔の黒猫ロロさん。


「で、シュウヤ。皆は廊下の奥の広間にいる」

「シュウヤ様、カリィとレンショウも奥です」

「あぁ」


 ユイとキサラのあとに続く。

 背後からヴィーネとエヴァとレベッカも続いた。


 幅の広い廊下を歩く。

 大きな扉が出迎えた。


 扉の表面には、魔塔を見上げる男女の姿と船の意匠が施されてある。

 その扉を開けるユイ。

 斜めに奥行きのある作りの空間が拡がった。

 外観は斜塔だ。それを活かす内装。


 壁際と真ん中に手摺りが付いたバリアフリーの傾斜が続く。

 手摺りの下には傾斜を利用する収納を兼ねた燭台もあった。

 見せる収納には細かな装飾品が飾られてある。

 

 大小様々な石像類。

 樹海獣人ボルチッドのぷゆゆ人形。

 他には、エセル人の翼。

 輝く妖精が閉じ込められた角灯。

 動物を模ったインディアン系のマスク。

 ミニチュアの帆柱。

 フォド・ワン・プリズムバッチ的なバッチ類。


 天井には、硝子的な素材の魔力を放つ光源もある。


「ングゥゥィィ……マリョク、アル、アイテム、ゾォイ」


 ハルホンクが反応。


「これらは、【魔塔アッセルバインド】の物だ、あげることはできない」

「ングゥゥィィ」


 手摺りの収納と他の内装アイテムは珍しい物もあるようだ。

 【宿り月】にはなかった。


 ま、ここは宿屋を兼ねた施設ではないし、当然か。


 すると、背後から、


「……誘拐とか許せないんだけど」

「……レベッカ、大丈夫?」

「うん、昔のことをね」


 レベッカは昔のことを思い出したようだ。

 すぐに救ったが【梟の牙】に拉致されたからな。

 すると、キサラが、


「その子も心配ですが、シュウヤ様、行きましょう」

「あぁ」


 と、キサラに頷いてから、手摺りの表面を触っていた隣のヴィーネと『行こうか』とアイコンタクト。

 ヴィーネも頷く。

 魔力を内包したマットを踏みつつ内部を進む。

 

「ンン、にゃ」

 

 相棒もなぜか鳴く。

 壁には何処かの海図とタペストリー。

 

 セナアプアの周辺地図と分かる三角洲の地図もあった。

 闇ギルドの勢力図を意味する縄張りマークの付いた周辺地図もある。


 上界と下界を意味する地図もある。

 セナアプアはめちゃくちゃ広い……。

 

 施設に、要と書かれた付箋の印がある。

 付箋が多いのは【魔塔アッセルバインド】との取り引き相手が多い場所かな。

 

 浮遊岩にも速度とか運べる量とか、浮遊岩独自の権益があるようだ。

 トロコンと新しい吟遊詩人のメンバーに奮闘してもらうか。


 他にも、勲章の飾りと、宝物的な長剣と盾。

 リズさんとテツさんの流剣のコンビの絵。


 笑顔を浮かべるエルフのクレインと流剣コンビの絵。

 その流剣コンビと、クレインの背後で並ぶ男性と女性。

 会長さんはどっちなんだろう。

 

 女性のほうは海賊っぽい印象だ。

 

 壁を見ながら進むと――。


 皆の姿を把握。

 カリィとレンショウ。

 リズさんとクレイン。


「やはり、来た。ボクの盟主様!」

「チッ、負けた――」


 と、銀貨を指で飛ばすレンショウ。

 それを指先で受け取ったカリィ。


 ニヤリとした悪態笑顔カーススマイルのカリィだ。

 レンショウは、


「本当に盟主たちだ。カリィ、さっきのは、スキルなしの察知か?」

「内緒♪」

「……魔素云々を超えた、超感覚か」


 カリィとレンショウは賭けでもしていたのか。

 そして、カリィは、動物的な勘で、俺を察知したようだ。


 バリアフリーの坂の床が臙脂色に変わる。

 俺は手を上げながら、坂を上がった。


「シュウヤと、神獣様!」


 クレイン!

 エヴァの先生、師匠だ。

 金色と朱色のメッシュ。

 髪が綺麗に煌めく美人さん。

 腰の金具と金色と銀色のトンファーを納めた筒も渋い。


「天凜の月の盟主!」


 袖が長い服が似合うリズさんだ。

 金髪に青目。


「お待ちしていました――天凜の月の盟主様。ようこそいらっしゃいました」


 最後の方は大きい机の奥に座っていた。

 

 絵に描いてあった女性。

 長い黒髪の彼女が【魔塔アッセルバインド】の会長さんか。


 肌はメキシカン風。

 アジアと南米の血筋が半々って印象。


 その会長さんらしき女性は、リズさんとクレインに目配せ。


 会長さんと思われる女性は、肩掛けのペリース的な高級衣裳を羽織っている。

 近代風ケープの半マントにも見えた。


 そのペリースを片手で内から外へと払った。

 チラッと煌めく胸甲と防護服が見える。


 会長さんは、大きい机を迂回して、こちらに来た。

 ――身長が高い。

 会長さんは天井のレールとフックに繋がるボードを押す。

 ボードがレールに沿って移動していった。


 センスのいい内装がお洒落だ。

 商品類が記載されたボードか。

 小さい魔塔的なデザインの棚がある。

 棚には、これまた意味がありそうな人形類と海賊の旗に、ミニチュアの像の欠片。

 

 船首に装着するアイテムの一部か?


「ふふ、気になるアイテムがありますか?」


 と、聞きながら寄ってくる。


「はい、色々とあります」

「わたしたちも傭兵商会ですが、貿易の仕事をこなす時もあるんです」


 と、語る会長さん。

 

 歩き方が、モデルさん的。

 立ち居振る舞いに、独特のセンスがあった。


 思わず、横にいるヴィーネをチラッと見た。

 また、すぐに視線を会長さんらしき女性に戻す。


 ヴィーネの呼吸のリズムが変化。

 寒気を出す殺気を含む視線を感じたが、気にはしない。

 

 会長さんを注視。

 

 肩に掛けて着る衣裳は、ユサール的で、軍人さんって印象。

 長い黒髪と合う。マントの下には貴族が着るようなベルベットの薄着。

 下着は花柄と魔塔のマークが入ったワンピースと推測。

 シルクかな?

 

 色合い的に、ゴシック調も入った海賊風の衣裳にも見えた。

 ユサールも合わせた装具を纏める胸元の留め金と、ボタンも渋い。

 

 指輪も色々だ。

 俺の闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトのような派手さはないが……。


 特殊な魔宝石を嵌めた指輪を装着。

 無詠唱で魔法を射出できる指輪のマジックアイテムかな。

 

 或いは、召喚とかなら……。

 闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトと同じ?


 だったら相当な代物だ。

 装備は魔力を宿す物ばかり。


 その会長さんの背後からクレインとリズさんも近寄ってきた。


 カリィとレンショウも寄ってくる。 

 視線が鋭いレンショウ。

 ガスマスクの縁から魔力粒子をドヴァァッと勢いよく放出した。

 

「――盟主!」


 片膝で床を突くレンショウ。

 カリィも、悪態笑顔カーススマイルから、


「ンン――ボクの盟主様♪」


 カリィは相棒的な猫撫で声を発しながら、片膝で床を突く。

 声が、怖いし、態度がわざとらしい。

 

 そして、これ見よがしに魔闘術を導魔術のように体から放出してきた。

 ゾワゾワと殺気を放つボサボサの髪の毛の一部が逆立つ。

 最初から全開モードか?

 リズさんと戦う気は満々?

 しかし、会長さんも理解のある方でよかった。

 傍に流剣コンビの片割れを殺したカリィを置いているんだから、信頼している証拠。


 だから、二人は、既に何かあったとは思う。

 ……カリィとリズさんは、もう戦ったのか?


 そのことは告げず、


「レンショウとカリィ。かたっくるしい挨拶は不要だ」

「承知」

「了解♪」


 二人は立ち上がった。


「ん、にゃお」


 相棒が肉球を見せる挨拶を皆に繰り出している。

 レンショウはビクッとびびっていた。


 カリィは細い目を見開く。

 悪態笑顔カーススマイル黒猫ロロに向けた。

 そして、自身のベルトに装着しているアイテムボックスの小箱の中に指先をツッコむ。


 その手を素早く引く。

 と、相棒の目の前に、その手をヒョイッと出した。

 細い指先を巧みに泳がせる。


 鮮やかな手品師のような指捌き。 

 と、指先の間に、怪しい小魚と丸薬を出現させる。

 

「――神獣様♪ ボクが見つけた、オ魚を食べますか?」 

「にゃごァ」


 相棒の声が面白い。

 相棒と絡むカリィの所は不可思議空間。


 その間に、リズさんとクレインに視線を向けて「よっ」と挨拶。


「シュウヤ殿、待っていた」


 リズさんは指先で十字架を作りつつ挨拶。


「会長は、この綺麗な女性さ」


 クレインが腕を伸ばして紹介した女性。

 俺は、その身長が高い女性に頭を下げてから、


「初めまして、シュウヤといいます」


 名乗ると、会長さんらしき女性は、涙ぐみながら、


「はい、わたしの名はキャンベルです。【魔塔アッセルバインド】の代表、仲間からは会長と呼ばれています。よろしくお願いします」


 余韻を残す口調だった。

 気にせず、


「こちらこそ、よろしく。俺は【天凜の月】の盟主、総長と呼ばれることもあります」

「では、正式にお礼を!」


 キャンベルは、両膝で床を突く。

 土下座だ。


「会長!」

「あ、会長、いきなり――」


 リズさんとクレインもキャンベルの傍に寄った。

 俺も、


「頭を上げてください――」


 そう発言してから、俺も片膝を床につけて、会長さんの手を取った。

 相棒もカリィに強烈な肉球パンチを喰らわせてから、会長さんの横に移動。


「にゃお~」


 首下から出した黒触手と片方の足で、キャンベルの手を下から持ち上げている。


「お優しい盟主様と黒猫様? ありがとう……このお手の感触からしても、女性を労ることのできる方と推測します。そして、塔雷岩場で大事な仲間の命を救ってくれた恩人様で……あると分かります」

「ンン」


 黒猫ロロはキャンベルの足に頭部を衝突させる。

 続けて、キャンベルから離れて、小さいテーブルの角に頭部を寄せた。

 テーブルの上には香を焚く薫炉がある。


 魔煙草と同じく健康にいい魔力の香り。

 キャンベルさんに、


「さ、立ってください」

「はい」


 キャンベルさんの腕を支えながら立たせてあげた。

 キャンベルさん独自のいい香りが漂う。


 机の薫炉が焚く香りとは違う。


「ンン――」


 相棒は、机に集中。

 匂いが気になるようだ。


 単に『見知らぬ、匂いにゃ、警戒ち』とか、そんな気持ちで自分の縄張りを宣言か?


 相棒は、机の角に、頬と首を擦り当て……。

 胴体と尻尾も当てていく。

 

 再び、頭部を角に当て……。

 一心不乱に頭部を上下させた。

 

 黒猫ロロさんは、匂い付けに夢中だ。

 机が揺れる。


 皆、その机の揺れよりも……。

 黒猫ロロは尻尾を上げる。

 尻尾をピンと立てて、傘の尾のような形にした。

 同時に、太股の毛と菊門を露出する。

 

 ふっさふさのお毛毛ちゃんとお尻ちゃんを見た皆は笑った。


 俺も自然と微笑む。


『ふふ、いいお尻ちゃんです!』

『ヘルメはいつも通りだ』


 俺は気を取り直すように、キャンベルさんを見て、


「……偶然でしたが、塔雷岩場で、リズさんたちを救うことができてよかった」


 キャンベルさんは、相棒に魅了されていたが、ハッした表情で、俺を見てから、


「あ、はい! 今後は、シュウヤ様とお呼びしても?」


 断り難いから、


「様は……できれば、さんで」

「分かりました。シュウヤさんとお呼びします。わたしはキャンベルと呼んでください」

「はい、では……」


 と、ユイをチラッと見た。

 すぐにキャンベルに視線に戻す。


 そのキャンベルに向けて、拱手。


 そして、ラ・ケラーダの挨拶。


「――ユイとの交渉は聞いています。同盟を結んでいただいて嬉しい限り」


 キャンベルも拱手してから、


「それはこちらの言葉ですよ。本当に喜ばしいこと」

「そうですか?」

「はい、シュウヤさんは器が大きい方とお見受けしました」


『ふむ。妾と同じく器だと分かるのか』

『器の意味が違うと思う』

『器は器じゃ。気にするでない』


 沙の念話はシャットアウト。

 俺はキャンベルに向けて、


「器ですか?」


 と、聞いた。


「はい、照れずに聞いてください。わたしたち【魔塔アッセルバインド】は、【白鯨の血長耳】とは知り合いですが、傭兵稼業を主軸にした小さい商会に過ぎません。だからこそ、ペルネーテを支配しつつ各都市にも拠点を設けている闇ギルド【天凜の月】との同盟は願ってもないこと……八頭輝を超えた称号でもある【血星海月連盟】に血を刻む【血長耳】、月を刻む【天凜の月】。更にホルカーバムにも新しい事務所を構えて貿易が順調とも聞いています。だからこそ、槍が降っても結ぶべき同盟なのです」


 ここじゃ、天凜の月の名はあまり通じていないようだが。


「分かった。互いの利となる同盟だな」

「――そう。ただし、このセナアプアの上界や下界では、血長耳の名がでかすぎて、天凜の月の名は、あまり浸透していない。キサラさんの活躍で多少は有名になってきたけどね。それでも極々一部のみ」


 リズさんが指先で十字架を作りつつ語る。

 そのリズさんは、キサラを見ている。

 共闘していたキサラはニコニコして頷く。


 アイマスク越しでも分かった。

 表情だけのコミュニケーション。


 互いに多彩だ。


 ま、塔烈中立都市セナアプアも広いからな。

 

 キサラは、アイマスク越しに綺麗な蒼い目を寄越してきたから――。

 俺は、そのキサラに対して微笑んだ。


「シュウヤ様……」


 と、小声で呟きつつ微笑んでくれた。

 ウィンクをしてから、唇を細めて、チュッとしてくる。

 

 俺も唇が動いてしまったがな!

 素直にキサラは可愛い。


 が、クレインが邪魔をするように、腕を振って、


「――仕方がないさ、このセナアプアの裏社会の代表格は、【白鯨の血長耳】。そして、その血長耳の本拠地がセナアプア。ペルネーテの裏社会を支配する【天凜の月】だろうと、遠い都市を支配する闇ギルドとしての名でしかない」


 すると、キャンベルが、


「血長耳の影響は多岐にありますから」

「そうだねぇ。血長耳と関係した評議員と、その評議員の傘下にある商会。その闇の仕事が大量にあることと関係がある」


 クレインがそう告げる。


「護衛や派遣以外にも仕事はある?」

「はい、評議員以外の仕事も多岐に亘ります。評議員に『鼻薬を嗅がせる』などの小回りが利く仕事は、わたしたち以外にも多くの人材に行き渡ります。セナアプアは、伏魔殿や魔窟などと外からは揶揄されますが、『生き身に餌食』な面が強く浮浪者は極端に少ないのです」


 そう言えば、見掛けなかった。

 ペルネーテとヘカトレイルには若干いたような気がする。


「治安の悪さもあるが、高度に発展した文化もある空中都市が、セナアプアってことか」

「その通り。しかし、そんなセナアプアも、広大な南マハハイムでは一つの都市に過ぎません。シュウヤさんは、その南マハハイムの未探索地域の樹海の地にサイデイルという拠点を造り上げた。そういった観点で判断すれば、まさに『ハイム川を制するものが南マハハイムを制す』の言葉を想起させるほどの偉大な闇ギルドが【天凜の月】となります」

 

 キャンベルは、そう大袈裟に発言した。


『ふふ、メルと同じように、いい女傑ですね!』


 ヘルメが嬉しそうに念話を寄越すと、視界の端で泳ぎ出した。

 リズさんとクレインも真顔で頷いている。


 キャンベルはニコッとしてから、話を続けた。


「オセベリア王国の第二王子とも繋がりを持ち、塔雷岩場の古代遺跡では、未知のアイテムを手に入れて、不思議な宇宙そらに棲む海賊の女性とも仲間になったようですし、〝暗黒のクナ〟をサイデイルの魔術師長に抜擢したとも聞きました。炎邪魔塔の乱を鎮めた空極のルマルディも保護し、仲間に加えたとも……」


 キャンベルさんの言葉に、俺は頷く。

 すると、クレインが、


「そうだねぇ。サイデイルの話を聞くと【天凜の月】を持つシュウヤの偉大さが理解できるさね。ほんと、凄い英雄的な存在と知り合えたよ。しかも、大事なエヴァの命を救い、引き合わせてくれた男でもある……」


 と、喋ると、なぜか溜め息を吐く。

 視線を向けると、そのクレインはチラッと俺を見て、双眸を瞬きさせてから視線を逸らす。


 分かりやすく、頬を朱に染めた。

 クレインは渋さもあるが……。

 乙女な面もある。


 そのギャップが可愛い。


 しかし、サイデイルはキッシュたちがいるからこそのサイデイル。

 【天凜の月】は、メル、ベネット、ヴェロニカ、カルード、ポルセン、アンジェ……。

 皆がいるからこそだ。


 そして、相棒を見て、


「ンン、にゃ」


 相棒ロロが、いてこその槍使いの俺。

 相棒とアイコンタクトをしていると、リズさんが、


「……うん。その黄金ルートの件にも通じる【星血海月連盟】、【月海血星】、【血月布武】といった名はかなり重要」

「海光都市ガゼルジャン。海の都市にも通じる」


 俺は頷く。

 そして、クレインとリズさんをチラッと見て、


「俺たちには、共通する様々な敵対相手がいる……」


 クレインとリズさんは、俺の言葉を聞いて、力強く首肯。

 皆も頷いた。


「互いに血長耳とも通じている」

「共通項が多い。皆が語ったように互いに利ばかりだ」

「いい仕事が増えるねぇ」


 黙っていたヴィーネが、


「利と言えば、東はムサカを含めて戦争中。地理的要因は、あらゆることに通じています」


 と、発言。


「そうだ。ヴィーネさんの言葉通り。その戦争があったからこその今がある。そして、魔塔アッセルバインドは、少数精鋭。その強みを活かせるねぇ」

「だからこそ、塔雷岩場での行為には、今更ながら感動を覚えるぞ。シュウヤ殿……」


 リズさんは涙ぐむ。

 クレインも、カリィをチラッと睨んでから、


「リズも、よく気持ちを抑えたよ」

「……ありがとう」


 カリィは視線を逸らしていた。

 魔闘術は全開のままだ。


 俺はリズさんにも視線を向けた。

 リズさんは無言。

 やはり、もう既に戦ったのかな。


 そのことは告げずに魔塔アッセルバインドのことを考えながら、


「……他から【魔塔アッセルバインド】は、【白鯨の血長耳】と【天凜の月】の傘下に入ったように思われるかも知れないが、その辺りの面子は大丈夫か?」


 キャンベル、リズさん、クレインは互いに顔を見合わせる。

 微笑んだ。


「大丈夫さ」

「魔塔アッセルバインドの利益になる。忙しい血長耳の仕事が増えることになるだろうし」

「エセル語専門の研究家の護衛は、暇だけどねぇ」

「はは、確かに」


 三人とも頷く。

 エセル界での仕事もしていたのか。


「……血長耳の依頼か」

「いい商売相手ってこと」

「そうさね。そして、わたしは、その連中と古い付き合い。【後爪】とは、よく仕事で組んで暴れたねぇ……が、戦争で死んでしまったようで残念だ」


 クレインと血長耳の幹部か。

 皇帝の血筋だからな、過去に色々と濃密なやりとりがあったと、語っていたし……。

 

 ま、そのやりとりは想像がつく。

 

「クレインと血長耳の関係から、魔塔アッセルバインドと血長耳は連携を深めたとか?」

「多少はある。が、一概には言えない」

「クレインはそう言うけど、【魔塔アッセルバインドわたしたち】とは、あんまり関係がないと思う。昔から、護衛中心の商売相手でしかないから」

「そうね。情報共有もない……むしろ、血長耳から見張られていることが多い」

「そうそう……」


 リズさんがそう笑いながら語ると、クレインは微妙そうな面となった。

 キャンベルは構わず、


「ホテルキシリアの世話人のガルファさんとは、下界管理委員会の会合の場で、数度お会いする機会がありますが……正直、怖くて、慣れません」


 正直に語る。

 レザライサのお父さんか。

 お爺さん的に見えたが……。

 古いエルフだからな。

 何歳なんだろう。

 千歳は超えている?


「……それは、わたしのせいでもあるような」


 クレインは、気まずそうに喋る。

 キャンベルとリズさんは『そうだけど?』と言ったように阿吽の呼吸で微笑んだ。

 

 クレインも、『ふぅ』と息を吐くと俺にウィンクを繰り出してから、


「東のムサカを巡る戦争を断ったようだが、オセベリア王国との兼ね合いもある血長耳。空戦魔導師と空魔法士隊に【大鳥の鼻】の連中との争いもある。メンバー的に不足のようだから、また依頼が舞い込むだろう」


 と、話をしてから、一呼吸。

 レザライサたちも色々と手を出しすぎな面がある。


「血長耳は、強かった幹部を失ったからね。強者の風のレドンドは、あまりセナアプアに来ないし」

「ベファリッツの大本のわたしが言うのもアレだが、風のレドンドは、地下経由の帝都への夢が捨て切れていないようだからねぇ……」

「うん、賢者院の秘宝は気になるところ」


 リズさんがそう語ると、クレインは頷いた。

 片目を瞑りつつ頬をポリポリと掻く。


「秘宝か……」


 と、自身の胸元のワッペンとブローチを見てから、トンファーに片方の手を当てた。


 その指先に魔力が灯る。

 同時に頬にマークが浮かんだ。

 あのマークは……。

 エメンタル大帝の血を引く一族の証し。

 キッシュの頬のマークは蜂だったが、クレインは鳥か。

 

 あ、頬のマークは消えた。


 すると、魔塔アッセルバインドの会長キャンベルは、


「……どこの傘下だろうと構わない。小さい商会が魔塔アッセルバインド。アロンだってテツだって、湾岸都市テリアで別れたビシュヌタットだって、皆納得するはずよ」 

「ビシュヌタットか。海運都市リドバクアから自由都市を目指すとか、どうしているかねぇ」

 

 そうクレインが語る。


「ビシュは四厳流の凄腕。冒険者でもあるし、どこでも活躍できるはず」


 リズさんがそう語る。

 俺はそのビシュヌタットさんは知らない。

 リズさんとクレインと古い友達なら、アキレス師匠とも繋がる友だったりして。


 魔塔アッセルバインドにも……。

 当然、深い歴史があるんだと分かる。


 リズさんはクレインに、


「利も多いけど、それ相応のリスクも増える?」


 と、聞くように尋ねた。

 クレインはニコッと笑顔を作りつつ、


「天凜の月の盟主様のシュウヤなら大丈夫さ、な?」


 朱色の前髪を揺らしつつ、ウィンクを繰り出す。

 俺は嬉しい思いで、


「おう」


 と、返事。


「クレインもシュウヤ殿にお熱か」

「ん、だめ!」


 エヴァの声が背後から響く。

 クレインは、ふふっと笑ってから、


「……然もありなん」


 と『そうだねぇ』といった意味の言葉を呟く。

 

「はは、エヴァ。シュウヤは、そこにいるんだ。もっと甘えたらいい」

「ん――」

 

 リズさんの言葉に頷くエヴァは背後から抱きついてきた。

 師匠のクレインは優しい表情を浮かべて微笑む。


 あの表情を見てしまうと、なにも言えない。

 会長のキャンベルも俺たちの様子を見て「ふふ」と笑う。


 温かい雰囲気だ。


 俺はエヴァの肩と二の腕を優しくトントンと叩いてから、その手を、エヴァの二の腕の外側に回す。

 

 ――少し、その手に力を入れつつエヴァを抱き寄せた。


「ん――」


 エヴァも応えた。

 俺の脇腹に細い両腕を通して、俺の胸を抱く。

 

 温かい肌の温もり。

 おっぱいさんは言わずもがな……。

 腋に当たるエヴァの息遣いが、たまらなく愛しい。

 

 俺の心を読んだエヴァ。

 暫くエヴァの好きなようにさせた。

 

「ンン、にゃ」


 相棒も鳴く。

 なぜか、ドヤ顔だ。

 その相棒は尻尾でレベッカの足を撫でるように叩く。

 レベッカは、その尻尾を握って悪戯を返すと、足に猫パンチを喰らっていた。

 

 しかし、エヴァの黒髪からいい匂いがする。


「シャンプーと耳の飾りを変えた?」

「ん、うん、やっと気付いた――」


 と、エヴァが頬にキスしてくれた。

 リズさんは「あぁ、ここでそれ以上は駄目だ!」と、発言しつつ両手でジェスチャー。


「ん、分かった」


 エヴァは俺から離れて、クレインと話し始める。

 そのエヴァはソファで寝かせている女子生徒のことを告げた。

 クレインは俺をチラッと見て、溜め息を吐く。


 リズさんに耳打ちし、そのリズさんも、


「……ペレランドラとか……」


 ボソッと呟く。

 一瞬、俺を睨むが、俺が微笑むと頬に赤みが差す。

 そのリズさんは頭部を振るってからキャンベルに視線を向けた。


 キャンベルは、リズさんの視線に気付かない。

 なら、俺から告げよう。


「キャンベル。急なことで悪いが、背後のソファで寝ている女子生徒の名はペレランドラ。俺が助けた」

「え?」

「その子を助けたことは偶然。悲鳴が聞こえた先の魔塔で囚われて乱暴されていた」

「……」

「母親が評議員とも知らなかった。その子を犯そうとしていたクズな連中は、かなりの人数で強者も多かった」

「その数の敵を……噂通り強いのですね、シュウヤさんは」

「戦いには自信がある」

「しかし、あのペレランドラだ。優秀な護衛もいたと思うが」


 クレインがそう話をした。

 俺は頷いてから、


「評議員の護衛と空魔法士隊は、そのすべてが死んでいた。強者の護衛も倒されていた」

「そうだったか……」

「護衛と空魔法士隊は、両手首を縛られたまま死んでいた。そこからの予想だが……あの子を、人質に取られたのかもな。敵側の頭が切れる奴に、嵌められたんだろう」


 回収した装備を出そうと思ったが、まだいいか。


「そんな敵を倒したのか。凄すぎるぞ、シュウヤ殿」

「盟主である前に、八槍神王位を争うような武芸者でもあるのですね……素敵です……」


 キャンベルが、熱い眼差しを寄越す。


「ボクの盟主様だ、当然だネェ……」

「……このセナアプアに来て早々、いきなりの大仕事か」

「副長メルも、頭が切れるし、敵対する下界の組織を潰す際の動きは早かったが……メルたちとは違うねぇ」


 リズさんも、


「そう、それがシュウヤ殿。わたしは仲良くなれて嬉しい」


 レベッカとエヴァは、


「うん、シュウヤなら当然」

「ん、しゅっしゅって速い――槍武王のシュウヤ!」


 と喋っては笑っていた。

 俺は表情を厳しくしながら、


「俺のことよりも、評議員ペレランドラと争っている連中のことだ。あいつらは、〝評議会の意向に逆らうから、こうなるんだ〟と喋っていた」

「評議会……ペレランドラは敵対することが多かった」


 リズさんがそう発言。

 黒髪のキャンベルは頷く。

 そのキャンベルは、


「……上院評議員ペレランドラと敵対関係なのは、主に上院評議会議長ネドー。その上院評議会の一派は多い」

「そこの派閥には、ドイガルガも?」

「はい、副議長の一人です。傘下の商会も闇ギルドも多数。【白鯨の血長耳】はどっちの仕事もこなす」


 血長耳のレザライサも評議員側と盟約はあるかもな。

 その評議員について想像はつくが……聞くか。


「評議員同士で揉める要因は?」

「……説明が難しいです。無数、多岐にあります」


 暫し間が空く。


「ボクたちの仕事が増えソうだ」

「ふむ」


 黙っていたカリィとレンショウがそう発言。

 

「その多岐の一つか二つでいいから、何か教えてくれ」

「珍しい香油の仕入れ商会、加工施設の商会、販売網を持つ商会、贅沢品の一部の大商会の独占の阻止に動いたのもペレランドラの派閥だった」

「海賊を巡る権益にも噛み付いていたよ」

「炎邪セガルドの難についても、反対意見を出していた」


 と、リズさんとクレインは教えてくれた。


「まだまだ無数に理由はあります」

「そっか。そのペレランドラと敵対している連中に、俺たちの存在が露見した可能性が高い」


 頷いたリズさんは、


「だろうね。【天凜の月】と【血長耳】との連携が増えた【魔塔アッセルバインドわたしたち】を、マークしていた評議員と繋がっている盗賊ギルドは多い。他の国々の密偵も、わたしたちを注視していた。この近所は、人通りも多いから偵察も楽。もう露見しているはずよ」


 ……<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>も行ったから……。

 吸血鬼を追うような存在にもアピールをしたことになる。


 ……ヴァンパイアハンターはいるだろう。

 俺は頷きながら、


「敵対者は多いか……んだが、上院評議員ペレランドラの娘さんを運ぼうと思う」

「シュウヤ、わたしがペレランドラの屋敷まで案内しよう」

「ん、先生、わたしも行く」

「わたしも行きましょう」

「了解」


 エヴァとクレインとキサラなら心強い。

 すると、レベッカが、


「……評議会に歯向かうってことだから、ここも狙われる?」

「そう単純なら楽さね」

「小さい事務所だが【魔塔アッセルバインド】は【白鯨の血長耳】と【天凜の月】と同盟中」

「そうだ。血長耳の抑止力がある。レザライサの不在が影響しているから、何か動きはあるかも知れないが」

「それでも表だっての襲撃の可能性は低いはず。過信はしないけど」

「ボクなら、堂々と、裏から殺しにイクかナァ」

「裏は、堂々ではないだろうが」


 レンショウがツッコむ。

 俺もツッコみを入れたかったが、レンショウの鉄扇のほうが良さそうだと判断した。


「でもさ、ペレランドラの娘を誘拐した評議会側の意向で動いていた敵組織の主要メンバーは、もうシュウヤが倒したってことよね」


 レベッカがそう指摘。

 ユイも頷いた。


「組織が他にもあったり、娘の誘拐に失敗したプランも予め用意していたかも。ペレランドラの娘の誘拐が主軸ではなく、評議員ペレランドラへの破壊工作が主軸の作戦で、同時に展開していたら?」


 ユイがプランBがある可能性を指摘した。


 レベッカとエヴァは顔色を悪くした。

 ヴィーネが、


「評議員ペレランドラへの襲撃か。或いは、関わる者の抹殺に動いている可能性も?」


 だからこそ、ペレランドラの娘を守る優秀な護衛たちも陽動に嵌まったのかも知れない。


「さすがはユイとヴィーネさん。鋭い意見だよ」


 クレインの言葉に頷く。

 すると、


「……あぁぁ、お母様……あ、こ、ここは……」


 ペレランドラの娘さんの声だ。

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