六百三十六話 喰エ、螺旋ヲ、司ル。深淵ノ星……

 刹那、上空が紅蓮に染まる。

 ――非常に広範囲の炎。

 背後からの神獣ロロディーヌの炎だ。

 炎の狙いは射手か。

 空を駆けつつ太い魔矢の攻撃をくり返していた射手の気配が消える。

 ――南無。

 攻撃しちゃいけない相手を執拗に狙ったようだな――。

 

 額に手を当てながら炎を見上げた将校は苛立ったような面を作る。

 六つの腕マークの徽章が目立つ軍用装備の姿からして強そうな奴だ。

 

 すると、将校の背後の部隊員たちが、


「おぃ、なんだあの炎は……」

「巨大な獣を使役するのか、ドナーク&ジクランの再来は……」

「……しかし、あんな厳つい面頬を装備した英雄がいるかよ」

「しかも、血のような魔力を出しているぞ?」


 失礼な奴だ。

 ルシヴァル宗主専用武装なんだがな……。


「第二師団が半壊とは……」

「魔術師軍団が壊滅……女剣士と女魔法使いもいる……」

「……マジかよ……」

「フジク連邦の英雄には、カイ閣下も苦戦したと聞く」


 彼らは、俺たちの背後を見ながら語る。

 相棒軍団と常闇の水精霊ヘルメとサラテンの沙は、強いってレベルじゃないからな。


 地下を冒険して独立都市フェーンに侵入しては、地底神ロルガと戦い勝利した。

 更に魔神帝国の連中と戦って、ダークエルフのミグスを助けることができた。

 

 すると、俺が槍を切断した兵士が、


「――タイデン軍団長、歩兵部隊の大半が散り散りとなった今……我らも退いたほうが……」


 と、発言。


「テフィル曹長。自慢の槍が切られたから戦意を失ったのか?」

「……いや、そうではありません」

「ならば、答えは一つ。〝獣人に加味する者は人成らず者〟という皇帝カイ様の教えを忘れるな」

「「――人成らず者は、そのすべてを抹殺せよ」」

「そうだ。が、我らは少将の兵である。だからこそ、ここで我らまで退いたのでは、閣下に顔向けできない」

「その通り。西の領土はまだまだ手付かず……ここで俺たちが負けたら少将のキャリアに傷がつく」


 兵士たちはそんな言葉を連呼し始めた。

 皇帝カイか。六腕のカイは皇帝か。


「――で、あるからして、我ら【蒼槍無双】は撤退しない!」

 

 そう発言した将校はタイデン軍団長と呼ばれていた人物。


「「はい」」

「「【蒼槍無双】は無敵なり」」

「「サイソン・マクファデル少将バンザイ!」」

「「【蒼槍無双】は無敵なり」」

「「サイソン・マクファデル少将バンザイ!」」

 

 兵士たちはそう大声で気合いを入れた。

 軍団長のタイデンは、頷く。

 さきほど倒した兵士長らしき短槍と十手持ちの強者は、第二師団とか言ってたが……。

 サイソン・マクファデル少将ってのが、第二師団を率いているのか。

 顔向けできないってことは、この第二師団の大本のサイソン・マクファデル少将ってのは、この場にはいない? 西の領土は手付かずという言葉から、サイソン・マクファデル少将はグルドン帝国の東のほうの領主かもしれない。

 

 と、推測すると……。

 

 タイデンは蒼い魔槍を振るう――。

 蒼の軌跡を宙に生み出しつつ俺たちを睨んだ。

 その睨む片方の虹彩が、銀色に輝く。


 ――魔眼か?

 その片方の魔眼の表面に、蒼色の魔槍の形をした小さいマークが浮かぶ。

 同時にタイデンは体内の魔力を活性化させた。

 防護服の隙間からも魔力が立ち昇る。


「レビル副長。まずは目の前だ。黒髪と銀髪をやるぞ」

「おうよ。あの頃のように<槍剛刃>と行こうか……追撃あるのみ」


 銀色の目のタイデン軍団長とレビルが副長か。

 背後の槍使いたちも同時に武器を構える。

 

 そんな疑問をよそに、タイデンとレビルは歩き出す。

 ゆったりとしたジリジリと歩幅を測るような歩法。


 坂の下で戦った兵士長より強そうな雰囲気がある。

 俺は、


「素直に退けといっても、退くわけないか」


 と発言。

 俺の言葉を聞いたタイデン軍団長は、イラついたようだ。

 こめかみに無数の筋をつくる。


「……不気味な声で、戦場で戯れ言を、阿呆か?」


 俺は半笑いを意識しながら脇に魔槍杖バルドークを挟む。


「――いいから、戦うなら、さっさと来い」


 風槍流の構えを取る。

 左腕を伸ばして、その左手の指先を手前にちょんちょんと引く。

 俺の挑発を聞いたタイデン軍団長は嗤った。

 

 そして、右腕が握る群青色の魔槍が煌めいた。

 群青色の魔槍から出た魔力の糸が、その右腕に何重も絡む。


 と、二つの半透明な魔槍が彼の周囲に生まれ出た。

 導魔術系ではなく召喚系か。

 二つの半透明な魔槍には、アドゥムブラリのような意識はないようだ。


 余裕の表情だし、素直に退くつもりはないようだ。

 神獣ロロディーヌの姿と炎を見ても、逃げない槍部隊、【蒼槍無双】か。

 部隊名通り、結果を残してきたんだろう。


 それともサイソン・マクファデル少将に忠誠心を持つ?

 獣人に対する憎しみが徹底されているのか?

 

 皇帝カイ以外にも、グルドン帝国には大貴族が犇めいているということか。

 ラドフォードのように貴族たちの権力争いがあるっぽいな。

 そして、カイの教えか不明だが、異民族排除の流れで獣人亜人の多いフジク連邦が侵略されたってことかな。グルドン帝国が東の大陸を席巻するほどの力を持つ理由の一つと認識した。

 

 どちらにせよ、差別野郎どもか。

 が、差別云々の前に、生きるための志としての忠誠心なら、それも仕方がないのか。

 ある種の尊敬を【蒼槍無双】たちに持ちつつ、そのタイデンと背後のレビルを凝視。


 レビルは帽子をかぶる。魔力を活性化。

 レビルは黄緑色に光る短槍を持つ。

 その短槍の穂先を、自身の長細い左足に向けつつ……。

 目の前のタイデンの影に隠れながら歩いていた。


 塔雷岩場で戦ったルルセスとメメクのようなコンビの槍武術かな?

 <槍豪刃>というスキルを用いた戦術技でもあるのだろうか。


 グルドン帝国の将校が扱う槍武術には興味がある……。

 南マハハイム地方で有名な風槍流、豪槍流、王槍流といった三流派的な槍武術がグルドン帝国にもあるんだろうか。見るからに軍団長の武術は、それなりに秘奥があるっぽい。

 

 その武術を受けて対処して学びたいが、我慢だ。

 

 俺たちの背後の坂の下には、兎人族と虎獣人ラゼールたちがいる。

 行き止まりの広場でイモリザとリサナが守っているから心配はあまりしていないが……。

 

 守るべき者たちがいる中で、悠長に欲はかいていられない。

 槍の技術は見ない。

 そう考えたところで――。

 ――宙に浮く光魔トップルの鳥帽子を見る。

 まだ、鳥帽子は動かない。

 ジョディたちもフサイガの森のどこかで戦闘中か。

 

 早くアルマンディンの魔宝石が見つかるといいが。

 

 と、【蒼槍無双】の背後の坂下からグルドン帝国の増援の魔素の反応を得る。

 剣士らしい先頭集団が現れた。


「ヴィーネ、増援がきた。槍使い軍団は俺が担当しよう」

「では、わたしは向こう側の剣士たちを――」

「おう――」


 足下でヴィーネのガドリセスの刃と、俺の魔槍杖の穂先が衝突――。

 クロスする魔槍杖バルドークと邪竜剣ガドリセス。

 ――火花が足下で散った。


 隣り合うヴィーネと微笑み合いながら……。

 ――互いのルシヴァルの血を吸い合った。

 強い愛を感じる。

 同時にバニラの匂いが漂った。


「――血だと?」

「吸血鬼なのか……」

「霊装装備に切り替えろ!」

 

 【蒼槍無双】の連中は俺たちの行動を見て、当然、驚く。

 が、無視だ。美しいヴィーネを見る。


 ヴィーネは<銀蝶揚羽>を体に纏った状態だ。

 正直、たとえようがないほど麗しい。

 そのヴィーネは、俺の股間を一瞬チラッと見て妖艶な眼差しを寄越した。

 いかんいかん……。

 股間を反応させている場合じゃねぇ。

 ――魔槍杖の力を引き出す。


 ヴィーネは俺の紫色の魔槍杖を見て、冷然とした、いつもの顔となった。

 よし、と、そのヴィーネと頷き合ってから、槍使いの部隊を見る。


 ヴィーネの背中を、俺の背中で押すように前に出た。

 左に走りながら――ガトランスフォームと竜頭金属甲ハルホンクを意識。

 瞬時に――暗緑色を基調とした黒と銀を合わせたコスチュームを体に展開。


 <光魔の王笏>を意識しつつ血魔力<血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。


 血の加速で左回りに槍使いの部隊に近寄った。


 俄に反応するタイデンとレビル。

 <超能力精神サイキックマインド>を意識。

 衝撃波を発生させた。


「ぐお?」

「――チッ」


 と、【蒼槍無双】の兵士たちは一部が吹き飛んだ。

 が、大半の兵士は地面に武器を刺して<超能力精神サイキックマインド>を耐える。


 ――凄い。

 速度のある不意打ちに対応する部隊。

 が、牽制に成功――。

 丹田から発した魔力が爆発するのを感じながら――。

 タイデンとレビルが率いる槍部隊に向けて突貫――。

 いきなり――<紅蓮嵐穿>を発動――。

 魔槍杖バルドークと共に次元速度で直進――。

 螺旋する刃が集積する嵐雲の形をした穂先から髑髏模様の魔力が噴き上がる――。

 ――驚愕したような表情のタイデン。


 咄嗟に群青色の魔槍の穂先をこちらに向けた。

 <超能力精神サイキックマインド>と<血液加速ブラッディアクセル>の速度に対応したように実力は高い。

 

 が、女王サーダインの体を屠ったこともある<紅蓮嵐穿>は並じゃない――。

 俺の右手ごと喰らう勢いの魑魅魍魎の魔力が吹き荒れる魔槍杖バルドークが咆哮――。


「―――<暴れ」


 次元速度の<紅蓮嵐穿>を二人の将校が防げる訳もなく。

 タイデンが何かスキルを繰り出そうとしたが、間に合わず。

 魔槍杖バルドークから出た魑魅魍魎の魔力嵐に巻き込まれたタイデンとレビルと【蒼槍無双】たち。

 

『喰エ、喰エ、螺旋ヲ、司ル、深淵ノ星……』


 ハルホンクの声が谺した。

 俺の精神をも喰らう勢いのある魔力嵐によって、そのハルホンクの念話は消える。 

 

 背後で僅かに残った兵士たちの塵が、暴風魔力が吹き荒れる魔槍杖の中に吸い込まれた。

 その魔槍杖を消去しつつ周囲を把握――<超能力精神サイキックマインド>で吹き飛んでいた【蒼槍無双】の一部は気を失っている。


 そのまま寝ていればいい。無理に殺しはしない。


 ヴィーネは前方の剣士集団を一掃。

 一部の兵士を、坂の下に落としていた。

 そこに、


「にゃおお~」

「ニャア」

「ニャオ」


 神獣ロロ軍団が戻ってきた。

 左側の敵を一掃したようだな。


「閣下――」

「器! 敵は一目散に逃げた!」


 ヘルメとサラテンの沙も戻ってくる。 

 刹那、鳥帽子が動いた。


 俺は常闇の水精霊ヘルメに、


「ヘルメ、魔術師軍団をよく倒してくれた」

「はい! 三人ほど、異常に強い魔術師がいましたが、沙と協力して、なんとか倒すことができました」

「そっか。沙もよくやった。ありがとう」

「器! 真顔で褒めると照れる。特別な褥を敷いて、お楽しみ――」

「いや、そんな時間はない。左手に戻れ」


 <シュレゴス・ロードの魔印>を翳すように左手を沙に出す。

 ――<サラテンの秘術>を意識した。


「なにぃぃぃ――」


 沙は瞬く間に左手の掌に戻る。

 ヘルメにも、


「左目に戻れ」

「はい――」


 スパッと左目に入ったヘルメちゃん。

 爽快な目薬を得た気分となった。

 

 そして、ヴィーネを見る。

 坂の下に向けて翡翠の蛇弓バジュラから光線の矢を射出している。

 

 起伏があって詳細は見えないが、きっと光線の矢は正確無比に兵士たちの頭を射貫いているに違いない。ヘッドショットのクリティカルの連発だろう。


 そんな凄腕の射手でもあるヴィーネ先生に敬礼をする気分で、


「ヴィーネも戻ってこい――ジョディがアルマンディンの魔宝石を発見したようだ」


 ヴィーネは、背中を俺に向けながら、


「分かりました――」


 坂の下に向けて、翡翠の蛇弓バジュラから一つ、二つの光線の矢を射出してから、翻す――走り寄ってきた。

 そのヴィーネを片手で抱く。


「まずはイモリザとリサナのところに戻る」

「はい」


 ヴィーネのおっぱいの感触が気持ちいい。

 嬉しそうに俺の胸元に頬を当てるヴィーネを見ていると幸せな気分を得た。


「ンン、にゃ――」


 と、先に駆けていく相棒ロロディーヌ。


「ニャア」

「ニャオ」


 大きい黒豹に続く魔造虎のコンビ。

 雷獣のようなレッサーパンダは消えている。

 その代わりに、二匹の魔造虎の表面に雷状の靄が纏わり付いていた。

 雷属性の魔法鎧だ。渋い白黒虎ヒュレミ黄黒虎アーレイ


 その三匹が駆ける様子を見ながら――血の加速を活かす。

 片手で抱くヴィーネを大切に扱いながら――迅速に駆ける。

 神獣ロロ黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミを抜かした。

 

 坂の上から跳躍――。

 急角度に出した<導想魔手>を足場に利用し――。

 その<導想魔手>を蹴って一気に急降下――。

 イモリザとリサナが守る踊り場的な広場に着地――。


 ヴィーネを降ろした。

 兵士の死体を蹴飛ばしてから、前を歩く。


 兎人族と虎獣人ラゼールを守っているイモリザとリサナの様子を把握。

 戦闘はもう終わっていた。


「よ、イモリザ――」

「使者様~」

「リサナもよくやった」

「はい♪」


 二人は、兎人族と虎獣人ラゼールたちを残して、駆け寄ってきた。

 リサナとイモリザが対処したであろう、周囲のグルドン帝国の兵士たちの死体は少ない。

 リサナとイモリザは死体を壁に利用しなかったようだな。


 兵士たちを崖の下に落とすような戦いを繰り広げたようだ。

 背後の坂から走り降りてきた相棒たちも到着。


 俺は目の前のイモリザとリサナに向けて、


「イモリザ、右手に戻ってくれ。リサナも仕舞うぞ」

「――ピュイ♪」

「はい~」


 黄金芋虫ゴールドセキュリオンとなったイモリザは瞬時に右腕に付着する。

 リサナは手に持つ扇子を広げながら波群瓢箪の中に吸い込まれる。


 その光景を見ていた神獣ロロ軍団。


「にゃ~」

「ニャア?」

「ニャオオ」


 三匹は興奮して、波群瓢箪に肉球アタックをくり返す。


「お前たち、一先ず、小さくなっていい」

「ンン、にゃ~」

「ニャア」

「ニャオ」


 黒豹ロロは姿をいつもの黒猫に戻す。

 黄黒虎アーレイ白黒虎ヒュレミも瞬く間に猫型の陶器人形に戻った。


 地面に転がった魔造虎の人形をポケットにしまう。

 相棒はそんな屈んだ姿勢の俺の肩に乗ってきた。


 そして、俺の耳朶を尻尾で叩く悪戯を繰り出す。

 まったく……耳朶をパンチングマシーンにするのが好きな黒猫ロロだ。

 

 黒猫ロロは耳朶の感触も好きなようで、時々、甘噛みをしてくるから参る。

 波群瓢箪も拾って戦闘型デバイスに格納した――。


「ンンン」


 肩の相棒が面白いニュアンスで鳴く。

 アクセルマギナに消えた波群瓢箪に触手を伸ばそうとしていた。

 が、波群瓢箪はアクセルマギナの中に溶けるように消失したので、触手は間に合わず。


 不満そうに俺の腕を触手で叩いてから、首下に収斂する。

 すると、戦闘型デバイスアクセルマギナから効果音的な音が鳴った。


 敬礼ポーズを取るアクセルマギナ。

 そして、宙空にキーボード風の半透明の魔法陣を出す。

 両手をそのキーボードに置くアクセルマギナ。

 俺にウィンクを繰り出してから、その指からフィラメント状の魔糸が大量に放出。

 半透明のキーボードを、その無数の魔糸と指で叩いていく。

 指も魔糸もキーボードも、ミニチュアで凄く小さいから不思議すぎる。


 何かのプログラム的な計算を実行中?

 背景の宇宙的なモノグラムも動く。

 効果音といい、細かい演出が面白い。


 そんなアクセルマギナを注視していると、

 

「あの……貴方はいったい……どうして我々を」 


 と、語りかけてきたのは、僧侶姿の兎人族。

 隣には同じ姿の僧侶姿の虎獣人ラゼールもいる。


 三日月のマークがある傭兵集団の方々も武器を構えながら、俺の周囲を囲いだした。

 

 まぁ、助けたといっても、完全に部外者だ。

 俺たちを警戒するのは当然。

 アイムフレンドリーを意識――。

 

 ヴィーネは武者の虎獣人ラゼールたちの態度を見て不満感を顕わにする。

 が、黙って頷く。

 俺も笑みを意識しつつ頷いた。


 そして、兎人族の僧侶に、


「初めまして、名はシュウヤといいます。助けた理由は、気まぐれです。この地方にきた目的は別にありますので」


 そう正直に語った。

 ま、強いて言うなら、仲間のために命を懸けて戦う武者の虎獣人ラゼールたちが格好良かった、それぐらいか。


 偵察用ドローンで遠くから戦場を把握していたことを告げても意味はない。

 そのことは告げず、


「……シュウヤさん。理由はどうあれ、【教団セシード】を助けて頂きありがとうございます。わたしの名はラシュマル・セシード」

「わたしはトルサル」

 

 兎人族はラシュマルさんか。

 虎獣人ラゼールがトルサルさん。


「はい、助けることができて、よかった。では、俺たちはこれで」

「「え?」」

「ま、待ってください!」

「何か?」

「……シュウヤさんを雇いたい。わたしたちを西のドドライマル将軍の一派とゴーモックの隊商が守る【レンビヤの谷】まで送って頂けないでしょうか」


 ラシュマルさんの言葉に周囲がざわつく。


 一人の武者虎獣人ラゼールが、


「ラシュマル様、それは――」


 と、止めるようなニュアンスで語る。

 ラシュマルさんは、頭部を軽く振って、


「テングライ、この状況なのですよ?」


 僧侶姿のトルサルさんも、


「そうだ。シュウヤ殿の見た目は人族だが、肩にいる聖獣様のような黒猫は特別無比な魔獣様に違いない……」

「それに、グルドン帝国からの追撃がここまで完璧に止まったことはありましたか?」

「ないです」


 テングライという虎獣人ラゼールは俺を見てから、両膝で地面を突く。

 そのテングライの行動に続いて、他の武者虎獣人ラゼールの全員が膝を突いた。

 

「シュウヤ殿、我らの命を捧げるので、どうかセシード教団を救ってください!! お願いします――」

「「お願いします」」


 まいったな。

 断り難い。その目的の場所までの距離はどの程度なんだろうか。

 相棒なら多少遠くても平気だと思うが……。


「レンビヤの谷ってのはどこにあるんでしょうか」

「ここから五十里はあるかと」


 二百キロぐらいか?

 なら、神獣ロロディーヌで送ればすぐか。

 俺はヴィーネをチラッと見る。


「ロロならすぐだな」

「では、ご主人様、わたしとロロ様で、このセシード教団をレンビヤの谷に送ります」

「頼めるか?」

「お任せを。送り次第、すぐに戻ってきます」

「分かった。フサイガの森か、フォルニウムとフォロニウムの兄弟山で合流と行こう」


 ヴィーネならば安心して任せることが可能。

 東の土地をある程度は把握したいのもあるだろうしな。

 それに<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>で近づけば、位置を把握できる。


「シュウヤ殿、では……」

「そうなる。俺ではなく。相棒の神獣の力と隣の<筆頭従者長選ばれし眷属>のヴィーネだが」

「「おおお」」

「神獣様のお力とは……聖獣を超えた存在が……」

「神虎セシード様のような?」


 そう言われても知らんがな。


「相棒は神獣ロロディーヌだ。巨大な姿に変身が可能で空も飛べる。皆を乗せて移動できるはず」

「凄い! この人数を乗せられるとは……」

「「おおお」」

「待った。実際にたどりついてから喜んでくれ。俺たちには俺たちの目的がある中で、ついでに助けただけに過ぎない。本来なら貴方たちを、捨て置くこともできたんだからな」


 俺の言葉を聞いたセシード教団たちは、一瞬で、静かになった。

 その代表者でもあるラシュマルさんも、


「はい――シュウヤ様……ありがとう。ご恩はいつか必ずお返しします」

「ご恩か。気持ちだけで結構。さて、ロロ?」

「にゃ?」


 と、肩の黒猫ロロは頭部を傾げる。


「この方々を背中に乗せて、レンビヤの谷と呼ばれる場所に送ってあげてくれ。ヴィーネも頼む」

「はい。西の方角だと分かりますが、地図はないので、空から俯瞰する形となります。できれば、セシード教団の方が、目的の方角を指示してくだされば、ロロ様も楽になるかと」


 そうヴィーネが発言。


「はい。わたしが」


 ラシュマルさんが手をあげる。


「ンンン、にゃ~」


 肩の相棒は地面に着地すると、坂のほうに歩きながら神獣の姿に変身。


 神獣ロロディーヌは体から触手を出しながら、跳ぶ――。

 触手たちが、瞬く間に、セシード教団たちとヴィーネに絡んだ。


「「ひゃぁぁぁぁ」」


 と、背中に運ばれていくセシード教団の方々から悲鳴が響く。

 ヴィーネも少し叫んでいた。

 元々、高所恐怖症だからな。


 一応血文字で、


『ヴィーネ、大丈夫か?』

『は、はい……』

『無理をせず、相棒のことも頼む』

『承知しています』


 と、ヴィーネと血文字を終える。

 すると、視界の端で平泳ぎを行う小型のヘルメが、


『閣下、わたしは』

『ヘルメは俺と一緒だ』

『はい』


 と、小さいながらにスタイル抜群のヘルメ。

 ヘルメ立ちを行ってから、おっぱいさんを揺らす。


 ――さて、ジョディの方向を示す烏帽子の先に向かうか。

 ――刹那、ルシヴァルの血の匂いも漂う。

 この匂いは、ママニとビアか。

 <分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を発動したな。


『ご主人様、ジョディさんが、アルマンディンの魔宝石を回収しました』

『我とママニが、ジョディに協力して、巨大な魔樹を倒したぞ! しかし、蝶族と蜥蜴のリザードマンの軍隊が現れたのだ』


 血文字の報告がきた。


『ご主人様、モンスターの数が多いです。そして、お分かりかと思いますが、<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>も発動しました』

『おう、すぐにそっちに向かう――』

 

 走って崖の端を蹴った――宙に跳び上がる。

 眼前に広がるフサイガの森――。

 足下に<導想魔手>を出して、その<導想魔手>を蹴って、血の反応を追う。

 <分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>の匂いは左。

 フォルニウムとフォロニウムの兄弟山の麓のほうだ――。


 あの山付近に、艦長ハーミットが望む第一世代のレアパーツがあるようだが。

 まだ連絡がない。

 もう少し近付けば、連絡があるかな――。

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