六百二十八話 アキレス師匠とクレイン・フェンロン

 光魔ルシヴァルの眷属<従者長>のママニ。

 光魔ルシヴァルの眷属<従者長>のサラ。

 

 主に、この二人とサイデイル組に関することで血文字の交換をしていく。


『あのロンシュタイガーが隊長だとは!』

『親戚なのか?』

『直ではないです。元々は違う部族で、ロンシュタイガーはラーマニ族の最後の帰依者です』

『帰依者か、コンサッドテンの傭兵部隊という名は?』

『知りません。わたしが知る渾名は鬼面の槍使い。フジク連邦の千人特攻隊長の立場でした』

『それがラーマニ族に帰依したのか。ママニのことを教えておく?』

『いえ、必要はないです』

『いいのか? ママニもラーマニだったんだろう?』

『はい。最後のラーマニ部族の血を受け継いでいます。しかし、そんなわたしも、強くなるためママニ族に帰依した虎獣人ラゼールですから』

『了解した』


 そこから、ゼントラーディ伯爵の偵察部隊の第一と第二も血獣隊が殲滅させたと。

 ビアが活躍したようだ。

 そのサイデイル西の出城付近では樹怪王の軍勢が多い。

 その樹怪王の軍勢に大打撃を与えたのは将軍的な立ち位置のデルハウト。

 【光魔の騎士】のデルハウトは縦横無尽の大活躍。

 

 指揮官モンスターと取り巻きを一人で無双して倒しきる。

 鹿角の頭部に大柄なオークの上半身と水生動物の下半身を持った指揮官モンスター兵には苦戦をしたようだったが、さすがは元魔界騎士のデルハウト。


 闇神アーディンの加護<武槍技>を使うし、滅茶苦茶強い。


 厳つい顔にある一対のエビの髭のような長細い器官も躍動して見えたことだろう。

 あの器官は忘れることができない。

 先端が光るし、不思議と魔槍を構えた姿と似合っていた。


 元魔界騎士らしくて格好よかったな。

 槍技と魔人武術は参考になるだろうし、直に見たかった。


 その樹怪王との戦争では兎人族の姉妹も活躍。

 レネはスナイパーの如く……。 

 遠距離の位置から細長い鹿の兜ごと頭部を貫いてヘッドショット。

 同時に、戦況を変えるほどの衝撃波を敵集団に与えた。


 ブッチとサラを救う一撃でもあったようだ。

 妹のソプラも、紅虎の嵐のベリーズ・マフォンと一緒に遠距離から主にアッリとタークをフォロー。


 ハンカイは血獣隊&紅虎の嵐と競うように鹿の角が多いモンスター兵士を倒しまくる。

 聞くところによるとアッリとタークも防衛戦に加わったようだ。

 キッシュがよく許したな?

 と、聞いたらハンカイがお守りに就くのなら、と。

 限定的に了承の許可が出たとか。


 そんな子供のお守りは嫌だと不満だったハンカイの愚痴が多くなった。

 と、サラから笑ったニュアンスの血文字報告もあった。

 

 一方、サイデイル城の下に広がる街は平和。

 ネームスがヒノ村に続く出入り口を守る門番的な役割をこなす。

 闇鯨ロターゼはそんなサイデイル付近の森の上空を旋回。


 しかし、半裸の小っこい変態ゴブリンが現れたと報告があった。

 だが、分身体のこれまた小っこいルッシーが対応した。

 

 その半裸の小っこいゴブリンに血の礫を喰らわせて遊んでいた。

 と、少し猟奇的な印象を抱いたが、気にしない。


 時折、周囲から飛来してくるモンスターの群れをロターゼが閃光めいた魔力ビームを放ち撃ち落としていたとも報告があった。


 その街にある中心的な酒場&宿屋&治療所の逸品居も平和だ。

 ウェイトレスのジョディがいないこともあって、亜神夫婦の片方のゴルっちが張り切っているとか。

 しかし、おままごと遊びをするアリス、ナナ、リデルに子供たちを見守るナーマさんとローデリア王国の王女セリスが暇そうとも報告が入る。


 結局、ナーマさんは魔道具店を開いたが……。

 オークが残した商品だけで、客はサイデイルの住民ばかり。

 買う客は、樵のマウリグが斧を買うぐらいで、ほぼだれもいない状況だ。


 ヒノ村と交易が開始されたといっても、サイデイルは基本、秘境。

 もう一つの主要な交易ルートになりそうなフェニムル村側の安全確保は、正直まだまだ手付かず。


 狼月都市ハーレイアとの輸送経路も模索は続いているが、かなり難しい状況に変わりはない。

 

 だから、さすがに大賑わいとはいかない。


 そんな暇そうなナーマさんにバング婆が札をプレゼントしたようだ。

 そして、ゴルっちとバング婆が喧嘩をしたようだが、王女セリスが仲裁したとも聞いた。

 ま、至って平和だ。

 

 防衛の戦いに貢献したかったと聞いたが、キッシュに促されたオフィーリア。

 と、元ツラヌキ団の小柄獣人ノイルランナーたちはドナガンの畑で忙しい。

 遅れてネームスとモガも畑の耕しに参加したとか。

 ネームスの場合は整地かな。


 それぞれ自由に過ごす。

 

 弟子のムーは集団戦の訓練。

 ぷゆゆ、精霊樹ルッシー、サナさん&ヒナさん、ソロボ&クエマと訓練だ。

 サナさんとヒナさんが装着するアキの特殊な衣服に、更にドココさんの手が加わって防御力が増したとも。


 言語学習はどうなってんだ。

 と言いたくなったが、ま、たまにはいいか。


 しかし、ぷゆゆが大人しく訓練に参加していたことが意外だ。

 いや、ぷゆゆのことだ。

 単に、バンジージャンプ仲間が欲しいだけかもしれない。


 弟子のムーが、あの小熊太郎こと、ぷゆゆから変な影響を受けずに育ってくれることを切に願う。


 一方、サイデイルの東を担当する樹海警邏チームは……。

 

 オークと旧神ゴ・ラードの蜻蛉モンスターと遭遇。

 更に、西と同じく樹怪王の兵士とも遭遇戦を行なったと報告があった。

 

 その戦争では、シュヘリアとバーレンティンが指揮官として墓掘り人が活躍。

 キース、サルジン、スゥン、イセス、ロゼバトフが【光魔の騎士】のシュヘリア以上に敵を屠ったようだ。

 更に、ジュカさん、ダブルフェイス、蜘蛛娘アキ、エブエ&ドミネーターの魔獣と異獣コンビに、大剣使いのエルザも活躍。

 

 警邏チームというか軍隊だな。

 サイデイル付近が安全になる理由がよく分かる。


 そして、やや遅れて、エルザの左腕に棲むガラサスの蟲君も活躍して『……クナの血ホシイ』とアピールしたようだ。

 と、どうでもいい報告があった。

 

 エルザ&アリスを追う奴らの動きもないようだし、やはりサイデイルは絶好の隠れ場所か。


 参謀兼料理人のトン爺とクナを傍に置くキッシュは、チェリと手紙のやりとり。

 

 キッシュはチェリに、

 『ヘカトレイルの隊商たちと一緒にサイデイルに来ないか?』 

 と、いった内容の手紙を、この間から送っている。

 呼び寄せようとしているが、チェリはこの間話をしたように迷っているようだ。

 

 クナは、サイデイルとヘカトレイルの間を結ぶ転移陣の構築を考えているとか。


 【名もなき町】の灯台の下にあるセーフハウスにも転移陣はあるが、二十四面体トラペゾヘドロンのパレデスの鏡と違って、クナの転移陣ならば、俺がいなくても転移が可能となるだろうから、完成したらかなり便利だ。


 ペルネーテの武術街にある自宅にもほしいかもしれない。


 しかし、その転移陣作成には大魔石など膨大なコストがかかる。

 クナが言うには、他の触媒もレアなモノばかり。

 が、設置できる場所と作りやすい環境がサイデイルのどこにあるのか?

 といった調査をすることは重要だ。


 魔力だろうと科学だろうと基礎研究は重要だ。

 

 クナとキッシュは、ヘカトレイルに転移する方角と魔力の影響範囲を調べるためサイデイルの地下を調べた。

 しかし、精霊樹ルッシーの影響範囲を出た直後。

 女王サーダインの部下と遭遇。

 その遭遇した樹の魔族をクナとキッシュは連携しつつ倒して、モンスターの心臓部にあった黄土色の魔宝石を手に入れたとか。

 そのハンカイの両腕と腹にありそうな魔宝石を使って転移陣の作成に挑戦したいとも報告を受けたから、許可しておいた。

 意外に早くできたら、現場でがんばる大魔術師のクナに何かプレゼントしてあげよう。


 そして、ママニとまた血文字交換。


『西の砦も順調か。分かった。このまま東に向かう予定だったが、一旦、サイデイルに戻ることにする』

『ありがとうございます』

『ママニとビアは故郷に近いし東の地を知るから当然だ。が、目的はシェイルの魔宝石。鏡を調べる間もない。ベニーの家族の件もあるから、できるだけ早く帰還を優先するつもりだ』

『はい、構いません。ご主人様のお役にたてるだけで嬉しい』

『ありがとう。それじゃあとで』

『はい! お待ちしています』


 一旦サイデイルに帰還する旨の内容の血文字を見ていたヴィーネ。

 冷静に淡々とメル、カルード、ヴェロニカを中心としつつ、皆へと血文字で情報を伝えた。


 情報共有が瞬時に可能な光魔ルシヴァルの本領発揮だ。


 そして、血文字を終える。

 皆はクレインとリズさんと談笑していた。

 

 ルマルディとアルルカンの把神書は相棒の近く。

 そのルマルディはコンサッドテンの隊員たちに何回も頭を下げて謝っていた。

 

 空極という強者のルマルディだが、あの平謝りの姿勢は好感度が高い。

 普通の女性にしか見えない。


 いや、魔力を宿した拳が見えた。

 その拳でアルルカンの把神書を潰すように叩いていた。

 やはり普通じゃないか。


 傍にいる黒豹ロロはコンサッドテンの皆に人気だった。

 どうやら黒豹ロロがミーシャをここに送ったあとに、豹獣人セバーカの傭兵たちを守ったらしい。


 そのミーシャも豹獣人セバーカの隊員たちに挟まれるように黒豹ロロの近くにいた。

 すると、そのミーシャのことを見ていた黒豹ロロは即座に動く――。

 

 黒豹ロロ豹獣人セバーカを吹き飛ばしつつ突進。

 触手の肉球でミーシャを守りつつ、そのミーシャの頬を優しく撫でている。


 吹き飛んだ味方を見た他のコンサッドテン傭兵部隊の方々は――。

 ごぉぉと唸るような喜びの声を上げた。

 ――喜びかよ。

 見た目はゴツいが面白い獣人傭兵たちだ。

 その声に反応して、一瞬、会話を止めた皆だった。


 が、すぐに談笑を再開する。

 そんな折り、クレインとリズさんの【魔塔アッセルバインド】組は……。

 <筆頭従者長選ばれし眷属>と<光魔ノ蝶徒>の実力を測るような視線を向けていた。


 気持ちは分かる。

 魔道車椅子に変形もできる金属の足を持つエヴァ。

 蒼炎を自由自在に扱えるレベッカ。

 まだ、<筆頭従者長選ばれし眷属>ではないが、ダモアヌンの魔槍やら百鬼道を扱える四天魔女のキサラ。

 聡明な魔導貴族のダークエルフのヴィーネ。

 白色の蛾で体を構成しつつも人族にしか見えない元死蝶人のジョディ。


 皆強いし、美人だし、装備からして、ただ者ではないと分かるからな。

 んだが、クレインは苦笑中だった。


 会話中にも構わずエヴァの紫魔力に包まれつつ回復ポーションを体にかけまくられていた。

 

 エヴァは先生に向けてポーションをかけてあげている。

 必死なエヴァの姿は可愛らしい。

 

 そんな師弟愛を邪魔するわけではないが……。

 アキレス師匠との出会いが気になったから……。

 

 回復ポーションを体に浴びまくるクレインに、


「クレイン、ちょっといいか?」

「なんだい?」


 と、クレインに『こっちだ』と顎をクイッと動かす。


「コンサッドテンの隊長たちがいるテントに向かうついで、ってわけじゃないが、少し歩こうか」

「了解。しかし、こんなむさ苦しい場所で、デートかい?」


 笑みを浮かべたクレインは歩きつつ語る。

 なんとなく想像は付いていると思うが……。


「師匠のことについてだよ」

「アキレスとの出会いを聞きたいんだね」

「そうだ」

「いいけどさ、長くなるよ?」


 クレインはそう語りつつ……。

 俺の真似をするように、顎をクイッと動かす。

 そこは陣地の端にある高台。


 俺は頷いて、


「頼む」

「分かった」


 皆、俺たちの会話に割り込んではこなかった。

 そのままクレインと歩く。

 柵の内側から陣地の外を見渡せる台に向かった。


 ここからだと、陣地の一部を囲う壁にも見えるぐらいの高低差がある。

 さすがに陣地のすべてを覆うほどの壁ではないが。


 俺は歩きながらエヴァたちに向け――。

 笑顔を意識。

 自由にしていてくれとアイコンタクトを行なった。


 レベッカとユイは可愛く頷く。

 ヴィーネもキサラも『はい』と、ルマルディとアルルカンの把神書はコンサッドテンの傭兵部隊の方々とお話し中だ。

 ユイたちはリズさんと談笑しつつも……。

 黒豹から黒猫の姿に戻った相棒の、頭部から背中を撫でていた。

 

 いつもの美女と黒猫ならば絵になったが。 

 数人の見知らぬゴツい傭兵集団も傍にいるから、なんとも言えない。

 その傭兵集団の虎獣人ラゼール豹獣人セバーカの方々が、萌え萌えダンスを披露するように……筋肉ダンスを行う。


 面白い。


 俺はそんな皆から視線を歩くクレインに向けた。

 すると、ふと昔のことを思い出す。

 

 アキレス師匠からは……。


 鉱山都市タンダールにある武神寺の修業と神槍級になった経緯。

 未探索地域とタンダールの東にある遺跡などの冒険者時代の成果については、ある程度聞いていた。

 

 しかし、クレイン・フェンロンの名は聞いていない。


 そして、その過去話の途中から子細顔を浮かべた師匠は……。


 『ゴルディーバの武装司祭を長い間放っていた時でもあるのだ』


 あれは自分の行動を悔いているような語りようだった。

 当時の俺は、師匠がゴルディーバ族のことで責任を感じてしまう事柄があったのかもしれない。と、邪推して違う話に切り替えた覚えがある。


 そんな師匠の姿と重ねるように歩くクレインを見た――。


 彼女は柵の内側にある見張りの高台に続くスロープに足を乗せた。

 やや遅れて俺も、そのスロープに足を乗せて歩く。


 このスロープの下は、岩と地面が盛った作り。

 段々とした傾斜があった。


 スロープを上がった。

 見晴らし台のような高台だ。

 高低差のある陣地形成を見ると、戦争における文化レベルが高いことが分かる。

 この陣地を囲う柵よりも高い――。

 塹壕に鉄条網もあるとしたら近代戦級の戦術レベルだ。

 

 ま、当然かもな。

 俺たちが戦った塔雷岩場付近の前線には……。

 奇襲、塹壕、罠、などに用いたであろう地下に続く穴が至る所にあった。

 転生者に戦車的な運用も可能な魔導人形ウォーガノフもあるんだから、この近くでは魔導人形ウォーガノフの姿を見ていないが、たぶん、このムサカのどこかの戦場では、サーマリアの貴族が出兵した魔導人形ウォーガノフを中心とした部隊も展開しているはずだ。


 ……外の塹壕を見渡せるこの高台には、射手用の楯も並ぶ。

 楯を利用すれば、射手は陣地に押し寄せる兵士を楽に上から狙い撃ちできる。


 だからこそ、このコンサッドテンには優秀な土属性の魔法使いもいると分かる。

 高台をクレインと一緒に歩きつつ古都市ムサカを見た。


 古都市ムサカの別名は豹文都市ムサカ。

 

 その豹文と呼ばれた名残なのか……。

 通りの端に古びた虎獣人ラゼールと子供の虎獣人ラゼールの彫像があった。

 ここからじゃ彫像の説明が記された台座は見えない。

 

 その彫像を眺めるようにクレインは視線を巡らせてから、


「……風槍アキレスと出会ったのは草木が芽吹く季節、南マハハイム地方の一部では、わたしが知る名と違って、この季節のことを金牛の季節と呼ぶことが多いと知った頃かねぇ」


 クレインは語り出す。



 ◇◇◇◇



 隊商は進む。


 しかし、戦乱に戦乱が続いて嫌になる。

 が、わたしが起因する争いもあるから、やるせない。


 現在も、ベファリッツ大帝国の残党狩りは激しいからねぇ。

 愚痴な思いのまま山中の道を進む馬を止めた。

 

 この東の山道を進んで一日になる。

 隘路の坂道が見えた。この長い坂道を下ればレムの村。


 レムの村を下れば、隊商の目的地でもあるサムラレイトの町だ。

 わたしは、遠くにある不屈獅子の塔を見上げるように隊商を見る。


 西の王都ファダイクで、この隊商の護衛を引き受けた以上は交易品の荷物は守らないとねぇ。

 ま、わたしが出張らずとも優秀そうな護衛は他にもいるから大丈夫か。


 とくに、あの角ありの槍使いは強者だろう――。

 馬を返して、先鋒としての偵察の仕事を続けるため、駆けた。


 その途中。

 馬鈴薯ばれいしょを運ぶ商人集団と不屈獅子の塔に向かう冒険者集団とすれ違った。

 何もなし。

 鼬獣人グリリの剣士と猿魔獣とオーガを連れた従魔師の男女にも遭遇。

 何もなし。

 

 この街道は比較的安全のようだ。

 そうして、中継地でもあるレムの村に到着した。

 ハイム川の源流に近い支流で採れる魚と新鮮な山菜料理が有名なレムの村で物資の補給を終えた隊商は、酒場にも寄らず、出ることになったのさ。


 少しガッカリしたが……。

 ま、雇われの身、従うさ。


 そうして、レムの村を出て、半日。

 その時、後詰めの役割だったわたしは……。


 魔素の集団を背後から感じ取った。

 モンスターの類いではない。

 

 嫌な予感もした。



「悪いが、先にいっててくれ」


 と、先に隊商の連中を送り出す。

 角ありの槍使いは無言でわたしを見ていたが、この時は何も言わなかった。


 わたしは樹木に馬の銜を繋ぎ止めて……。

 その追っ手だろう連中を一人で待ち受けたのさ。


 案の定、現れたのは漆黒のローブが似合う集団。

 椿油が臭い【東亜寺院】の連中だった。


「いたぞ、朱華の衣装に二色のトンファー!」

「あいつが【銀死金死】か!」

「糞エルフ」

「創生の亜神バアルの神殿を破壊せし者!」

「かかれ――」


 問答無用にわたしは攻撃を受けた。

 いきなりの矢の嵐さ。


 銀火鳥覇刺で飛来する矢を弾きつつ――。

 即座に<魔闘術の心得>を意識した魔脚を実行。

 漆黒ローブを着込む敵集団に突っ込む――。

 先頭の漆黒ローブの男との間合いを詰めて、左足の踏み込みから、右手が握る金火鳥天刺の<刺突>を真っ直ぐ繰り出した。

 手応えあり――先端が鋭い金火鳥天刺は難なく漆黒ローブと兵士の胸を貫く。

 漆黒ローブが破れて周囲に血が滲む。

 その兵士の胸を貫いた金火鳥天刺を握る右手を素早く胸元に戻すように引く。

 ずにゅりと音を立てた金火鳥天刺の柄から血飛沫が散って顔に付いたけど、構わないさ――。


 同時に左手が握る銀火鳥覇刺を振るう。 

 基本の払い胴――。

 近寄っていた二剣使いの漆黒ローブごと、その胴体を裂いた。

 

 次に迫った漆黒ローブの剣士。

 わたしの肩ごと胸を斬ろうと――。

 袈裟斬りを繰り出してきた。

 わたしは直ぐに右足の踵を軸とした――。

 横に回転する回避術を実行――。


 袈裟斬りを避けた回転力を下から振るう金火鳥天刺に乗せる。

 血飛沫を発した金火鳥天刺で――。

 

 剣士の顎を裂くように顎を砕いた。


「ぐあぁ」


 顎が砕かれ顔を血に染めた剣士は仰け反った。

 仰け反って首を晒した、その首を銀火鳥覇刺で殴るように振るい抜き、その剣士の首をへし折った――刹那、左から迫った矢を避ける。


 更に異質な丸い魔素を背中側から感知――。

 即座に、横回転をしながら――。

 その丸い魔素の方角を向く。

 ――魔力の塊?

 その魔力の塊の中心を金火鳥天刺の先端で穿った。

 

 半透明だった魔力の塊は中心から分断。

 二つに裂けた塊は閃光を発しつつ――。

 

「痛――」


 わたしの衣服に衝突して左右に落ちた。

 衝撃と痛みを味わったが、幸い多少の火傷で済んだ。


 二つの塊は地面を焦がす。

 同時に毒々しい匂いが漂った。

 

 すると、


「不思議な火の鳥ではなく、金色のトンファーで<幽術・ラスパリス>を真っ二つか……」


 そう魔法使いは喋ると右手を翳す。

 その掌に魔力が集結。

 

 掌に亜神特有の魔法印字が浮かぶ。

 更に幻を生み出すように、魔法使いの幻影たちを周囲に生み出した。

 その掌から、再び――。


「少し、プライドが傷ついたけど、あのトサメリア様を屠っただけはあるようね。ま、連続的に浴びたら苦しくなるはず。その顔を見たいわ……<幽術・ラスパリス>――」


 即座に、右に移動。

 その魔力の塊を避けた。

 速度はあまり速くないが、その魔力の塊<幽術・ラスパリス>が衝突した地面は、深く陥没した。


 衝撃で、周囲に礫が弾け飛ぶ。

 さっきと違い威力が増している?


 <幽術・ラスパリス>は強力な魔法攻撃。

 その余波の礫が、漆黒ローブ連中にも飛んでいた。


 漆黒ローブの連中は、わたしから離れた。

 <幽術・ラスパリス>を繰り出した魔法使いとは距離がある。


 だから――。

 まずは近くの漆黒ローブ連中からさね。

 礫から逃げた、その連中どもを追う――。


 ――<朱華・魔速>を発動。


「速い――」

「え?」


 一人、二人を<銀刺・金刺>で連続的に倒す。


 三人目を<風神・風牙>で吹き飛ばした。

 四人目を<朱華・波刃>で薙ぎ倒す。


「ぐあ」

「狙え!」

「速くて無理――」


 五人目と六人目の射手の胸を<刺突>で連続に貫き。


「もらった――」


 七人目の長剣を仰け反りつつ躱し――。


「惜しい――」


 と、わたしは<朱華・烈槌>で――。

 その七人目の剣士の胴体を潰す。


「破壊せし者め、止まれ――」

「――止まるわけがない――」


 八人目の槍使いの<刺突>を銀火鳥覇刺で往なしつつ金火鳥天刺の<刺突>で胸を刺し貫き「ぐあぁぁ」と倒す。


「こなくそ――」 


 と、九人目が振り上げた大剣。

 その大剣の峰へと、わたしは駆けた。

 体ごと銀火鳥覇刺と金火鳥天刺を突進させる<龍騎・突>を発動――二つのトンファーの切っ先は大剣を弾くと――そのまま銀火鳥覇刺と金火鳥天刺の切っ先は、九人目の剣士の頭蓋を突き破った。


 ――着地際に迫る薙ぎ払い。

 爪先で地面を蹴り――側転して槍の薙ぎ払いから距離を取る。

 距離を取った直後に反転――。

 前進しながら左手の銀火鳥覇刺を動かして、槍使いの動きを誘う――掛かった――即座に半身の姿勢で槍使いの<刺突>を避けて――<銀貫・脂抜き>の蹴りと打撃に刺突のコンビネーションを喰らわせて槍使いの上半身の防御を意識させたところに――。

 

 <天引き蹴刀>を繰り出す。

 下半身の防御意識が薄まった槍使いの足を刈り――転倒させた。

 その転んだ槍使いの頭部に、金火鳥天刺の<刺突>を喰らわせて十人目を仕留める。


 直後――。

 十一人目の剣士が魔刃を繰り出してきた。


 銀色に輝く魔刃を右半歩下がって避けた、が――。


「ぐあ――」


 と、背中に打撃を喰らう――。

 メイスか!?

 なんとか片膝を地面に突きつつ側転でメイス使いの追撃を避けつつ――。

 魔刃を繰り出した剣士の足下に転がり込む――と同時に銀火鳥覇刺を振るい――剣士の足を折った。「げぇ」と剣士が転倒し悲鳴をあげる中――。

 視界に発狂したような面で近寄ってくるメイス使いを捉えつつ――。

 金火鳥天刺の切っ先で地面を突く。

 俄に立ち上がり体勢を立て直したわたしは――。

 腰を回転させつつ右回し蹴りで、メイス使いの脇腹を狙う。

 しかし、回し蹴りを防ぐメイス使い――。

 

 メイス使いは、警戒して間合いを取ったのを確認――。

 その間に、地面に転がる剣士の頭部を金火鳥天刺で刺し、魔刃を放った剣士を倒す。


「ラメスを……」


 と、呟くメイス使いに近付く。

 メイス使いも強者。

 素早くメイスを振るってきたが、避けた。

 そのメイス使いの胸元を銀火鳥覇刺で狙う。

 防御しようと振るったメイス使いの左腕が、銀火鳥覇刺と衝突――。

 しかし、狙いはそこ――そのタイミングで<風神・風牙>を発動。

 

 甲が目立つ左腕を吹き上げる――。

 メイス使いの防御を崩した直後――。

 

 銀火鳥覇刺と金火鳥天刺の連続した<刺突>――。

 <銀刺・金刺>でメイス使いの胸に風穴を作った。


「よくもアラス様を!!」

 

 右から重装備の剣士が突き技を出してきた。

 わたしは、その剣士との間合いを逆に詰める。

 その<剣突>を掻い潜りつつ懐に潜って、その剣士の鎧が目立つ胴体に銀と金のトンファーの連続打撃――。

 <銀金・連猛打襲>を喰らわせた。

 ベファリッツ大帝国インペリアルガードの長だったイザナミ・フェンロン直伝のスキルは強力だろう――


 鎧ごと臓腑を破壊――。


「ぐあぁぁぁ」


 太鼓叩きのような連続した打撃技。

 剣士の鎧も物理的に破壊したように凄まじい威力。

 内部の腹をも浸透させた魔力波が破壊する凶悪技さ――。

 

 あと五人。

 そこに、また、魔力の塊が迫った。

 わたしは<幽術・ラスパリス魔力の塊>を避ける――。

 

 そこにまた魔力の塊<幽術・ラスパリス>が迫る。

 ――連射か。

 隙がない――。

 連続した魔力の塊を飛来してくる。 


 刹那、<朱華・魔速>に魔力を込めた。


 速度が倍加したわたしは――。

 その魔法使いとの間合いを詰めた。

 

 銀火鳥覇刺の<風神・風牙>で魔法使いの胸を狙う。

 が――魔法使いは片手を出す。


「え?」


 驚いた。

 わたしの風の魔力を出す銀火鳥覇刺の切っ先を、掌から出した魔力の網で防いできた。

 その魔法使いの掌から、毒々しい衝撃波が発生。

 やや遅れて半透明な魔法陣を背景に、魔力の網が発生する。


 しまった――。


「銀死金死もここまでね、ばいばい――」


 そう発言した魔法使い。

 衝撃波に釣られたわたしは、その魔力の網に絡め取られた。

 動けなくなる。


 その刹那、わたしの背後に、目の前と同じ魔素を感じ取る。

 ――何?


「ふふ、創神バアル様の贄となりなさい――」


 分身的な魔法か?

 振り向くこともできない――。


「うがぁ――」


 悲鳴はわたしじゃない。


「だ、れ……幽術師メラ様ぁぁぁた、たすけ、て……<幽術法・分霊体>がぁ……」


 苦悶の声が背後から響いた。

 刹那、どういう訳か、目の前の魔法使いの胸元が真っ赤に染まる。


 偉そうに亜神の名を出していたが……。

 顰め面で震えた魔法使い。


 と、俄に魔力の網が消える。

 わたしの体は自由になった。


 即座に――。

 金色のトンファー金火鳥天刺で目の前の魔法使いを狙う。

 しかし、魔法使いは真っ赤に染まった胸を手で押さえたまま死んでいた……。


 味方した者を見ようと、振り向く。

 消えゆく魔法使いの分身体。


 そこには、黒槍をもった角あり種族の槍使いがいた。

 槍使いの周囲には、長剣の群れが浮く。


 <導魔術>の使い手でもあるのか。

 魔力の枝のようなモノに繋がる長剣の群れ。


 その角ありは、事有り顔だ。

 わたしを凝視しつつ、


「機敏なエルフ。余計な世話だったなら謝っておく」

「……謝る必要はない、助かったさ」



 ◇◇◇◇



「その角ありの種族の槍使いが……」

「そうさ。それが風槍のアキレスとの出会い。のちに知ったが魔技のアキレスとも呼ばれていたようだねぇ」

「では、師匠と同じ依頼を……」

「そう。偶然さ」

「それで仲良くなったと?」

「いや、最初は仲良くはなってない。当時、わたしはプライドが高くてねぇ、助けてくれたってのに……」


 クレインは気まずそうな表情を浮かべて……。

 頬をポリポリと指で掻く。


「それで、その隊商護衛の依頼は完遂?」

「したさ。変な空気になったが、アキレスと隊商に戻った」


 ◇◇◇◇


 護衛のセンシバルの斧使いとも連携しつつ皆でサムラレイトの町に向かった。


 しかし、運が悪いのか派手に王都で暴れたわたしのせいか。

 情報が漏れていたのか……。

 【スィドラ精霊の抜け殻】の追っ手もきたのさ。


 しかし、普通の追っ手なら倒すだけで終わりなんだけどねぇ……。

 元仲間の追っ手だったのさ。

 殺すことはできない。


 ◇◇◇◇


 そのタイミングで、俺は、


「その【スィドラ精霊の抜け殻】って何?」


 と、質問していた。

 ヘルメのような精霊をイメージしていたが。


「母体はベファリッツ大帝国だったりする」

『わたしのような精霊ではなく、組織なのですね』

『そのようだ』


 小型のヘルメも頷いている。


「エルフの組織なのか」

「……そうさ、スィドラ精霊を信奉した組織。まぁエルフ至上主義で、ここの南マハハイムでは邪教に分類されるだろう。要は常軌を逸した連中さ」


 クレインは邪教のような組織とも関わっていたのか。


「そ、そうか。続きを頼む」


 ◇◇◇◇


 その元仲間を最終的に気絶させた。

 そんなこんなで同業者と隊商に迷惑をかけてしまったが……。

 その元仲間から逃走する形で……。

 

 なんとか、無事にサムラレイトの冒険者ギルドに到着。

 そこで、金を得たわたしは、ほくそ笑みながら酒場を探した。


 ◇◇◇◇


 そうクレインが話に間をあけたタイミングで――。

 俺はまた我慢ができず、


「不屈獅子の塔に入ったことが? なぜ、ファダイクから離れて東のサムラレイトという町に?」


 と、クレインに聞いていた。


 クレインは『落ちつけや小僧』といったニュアンスで笑う。

 俺は頷いた。


「……塔は見ただけで冒険はしていない。ファダイクの東に向かった理由は戦争と追っ手から逃げるためさ。それに、ハイム川の源流に近付くほど綺麗な場所が多いと、聞いていた手前もある……故郷の帝都があった場所を、マハハイム山脈の真裏から見るのも悪くないだろう?」


 そう語るクレインは誇り顔であり、厳顔でもある。

 

 そして、ムサカを見ているようで観ていない視線だ。

 遠いマハハイム山脈かな。

 国と立場はまったく違うが、ベニーと同じ権力者の血筋で、庶子という辛い立場。

 

 今は【魔境の大森林】と化したが……。

 故郷の皇都を思っているんだろう。


 刹那、罪人エルフの爺さんを想起した。

 今でもサデュラの森を守っているのだろうか……。


「……故郷は魔境の大森林ですからね、マハハイム山脈を越えた真北になる」

「そうさ。わたしは古貴族フェンロン一族。そして、そのマハハイム山脈の手前にあるテラメイ王国の関係者とも通じている」

「テラメイとも通じる……隔絶政策を実行しているエルフの国」


 クレインは頷く。

 アキレス師匠たち、ゴルディーバ族も、そのテラメイのエルフたちと通じていた。

 俺はそこでランファさんと出会った。


「南マハハイムで唯一ベファリッツの名残を多く持つ土地がテラメイさ。その隔絶政策を取るテラメイも完璧ではないが」


 ラグレンが送ってくれたように、抜け道は色々とあるだろう。


「魔境の大森林のように広大ですからね、領域のすべてをカバーしきれないか。そのテラメイと通じているとは、身を寄せていたこともあったのですか?」

「あったよ。利用させてもらうことは何度もあった。しかし、長くは留まらない。知り合いの長老と家族に迷惑がかかる」

「……エメンタル大帝の血筋は、テラメイでも重要視されると」


 俺がそう喋ると……。

 クレインは深く頷いた。


「……時には、能力だけでなく、そういった血筋も利用するから、今がある」


 クレインはそのタイミングで銀色のトンファーと金色のトンファーの柄を触る。

 専用のホルスターっぽい専用の鞘に納まるトンファーは格好いい。


 エクセレントな美乳が揺れる。

 肌と密着した憎たらしいカーボンファイバーが覆うおっぱい部分の真下を注視。

 と専用のホルスターと繋がる金具があった。


 小さい金具の表面にある魔塔のマークが微かに光る。


 全体的にクレインを見れば、銀と漆黒と桃色に近い朱華の色合いが混じる防具服。


 露出した肌の傷は、もう完全に回復。

 綺麗な肌を覗かせていた。

 しかし、俺の攻撃の痕はしっかりと残っている。

 脇のカーボンファイバーっぽい部分は破れたままだ。


 そのクレインを見ていると、


「続きを聞くかい?」

「はい」


 と、お願いをした。


「サムラレイトの酒場に向かう時、市場で奴隷たちを見たのさ……」


 ◇◇◇◇

 

 ここの奴隷商人たちは北とは違う。

 奴隷の中には、耳長のエルフ以外に、人族に小柄獣人ノイルランナー虎獣人ラゼールにドワーフもいる。

 ま、何かしら罪を犯した者たちだろう。


 屋根瓦のある酒場に到着。

 馬を預けて、看板に『ジャイアントブルの伝説』と刻まれた店に入った。


 すると、野太い歌声と楽器の音が響いてきた。


 栄華を誇ったエルフの大帝国が崩れる。

 英雄綺羅星のごとく現れては消える中、我らの狂獣の英雄ハルセルグが白狼を討つ。

 否、英雄はオルダーソン。

 英雄オルダーソン一家を雇ったエップハイクの成り上がり。

 オルダーソンと共に古貴族ハーダーの隠し財産を探し当てたエップハイク。そのエップハイクのお屋敷には、お宝満載ざっくざっくさ、お宝がざっくざく、伝説、神話、数知れず。皆が狙うよお宝を、そこで英雄オルダーソンの出番さ、盗賊倒し、また名を上げた!


 そんな吟遊詩人の歌を奏でるのは大柄のセンシバルと小柄の人族。


「その吟遊詩人が奏でる音楽を愉しみながら酒を飲んでいた。歌声も聞こえなくなった。夜更けだ。酔ったわけじゃないが二階で休もうとしたのさ。そしたら、なみなみと酒が入った皿が目の前に置かれた。その置いた主が……アキレスだった」


◇◇◇◇


「エルフ、一杯奢るから少し話をしないか?」


 と、わたしを誘ってきた。


◇◇◇◇


 え? アキレス師匠が。

 俺は過去話を中断させるように、


「口説かれた?」


 と、聞いていた。


「最初はそう思ったが違った。サムラレイトで誘拐事件が多発している件のことだった。大商人経由の貴族の依頼を一緒に受けないか? とね」

「アキレス師匠と一緒に、その誘拐事件に挑んだと」

「そうだ。他にも優秀な冒険者がいた。事件は色々とあったが、無事に解決」

「色々の部分が凄く気になるんだが」


 俺の言葉を聞いて、微笑むクレイン。


「……一日じゃ、語りきれない」


 そう語るとエヴァたちを見やる。

 エヴァは胸に黒猫ロロを抱きしめながら、興味深そうな面で、俺たちを見ていた。

 

 待っているのか。

 もっと先生と話をしたいんだろう。

 

 エヴァに悪いなと思いながら、クレインに、


「では、風槍流の技術は最初から?」

「そうさ。わたしは古貴族フェンロン。エメンタル大帝の庶子の血筋だからね。幼い時から、頭が破裂するぐらい色々・・と学んださ……。が、本格的な風槍流の技術はアキレスから学び取ったと言えるだろうねぇ」

「師匠の弟子だったと?」

「いや、違う。戦友と呼びたい。共に冒険者として依頼をこなした仲さね」


 同じ冒険者だからな。

 俺とキッシュ的な仲だったのだろうか。


「アキレス師匠と死線を共に潜り抜けたんですね」

「そうだ。幾つもな。わたしの追っ手を倒してくれたこともあった」

「そうだったのですね」

「人族の貴族から不当な扱いを受けた時も、アキレスは当時の相棒だったセンジバルの斧使いと一緒に出張ってくれたさ」

「師匠に相棒が?」

「冒険者だから、その時々に色々あるだろうさ」

「……」


 物置に斧が何個もあったが、あれはラグレンが愛用していた物ではなかったりして……。

 しかし、アキレス師匠、そんなことは一言も……。

 

「……依頼で失敗し悲劇が起きたときも『生きていれば、苦しみや悲しみは必ずついて回る。が、それ以上に素晴らしい喜びを得られる物が人生だろう……だから元気を出せ』と、わたしを励まし語ってくれたさ」

「アキレス師匠らしい」

「あぁ」

「その師匠と手合わせは?」

「わたしが負けた……」


 さすがはアキレス師匠。


「……二重にショックだったさ。けど、不思議と清廉な気分だった」 

「二重に?」

「容姿に自信があったんだが、隙を見せたわたしに手を出そうとしなかったのさ。それでいて、肩で風を切るように娼館へと通って、女と遊んでいたアキレス。男は基本好色だ。それは分かってはいたが……正直、ムカついたさ」

「師匠……」

「ま、これは、わたしのうぬぼれもある。ただ、共に死線をくぐり抜けた仲だったからねぇ。個人的に、縁を感じていたのさ」

「知らなかった……師匠にもそんな一面が……」


 鼻の下が伸びたことが……。

 俺の師匠だし尊敬しかないが……。

 ラグレンたちと一緒に酔っ払った時の印象を思い出すと……。 

 あり得るな……二日酔い的な面で、次の日の朝の変顔は、可笑しくて今でも忘れられない。

 そして、師匠は、隠れおっぱい聖人だったのかも!?


 と、面白おかしく考えていると、


「当たり前さ。自分の弟子に、女遊びについてとやかく説明する訳がない」


 と、俺の顔を見ながら笑うクレイン。


「ですね」

「だがねぇ、わたしにだけ朴念仁だったことが多かったアキレスが、迷っていたような面を浮かべていた時もあったんだよ」

「へぇ、あのアキレス師匠が……」

「そうさ。大きな依頼を解決して喜び合ったあと。酒を酌み交わして、いい雰囲気になった時があった」


 いい雰囲気か。


「何か理由があったんだと思いますよ」

「そうかねぇ」

「そうですよ。クレインを仲間だと、大事な戦友としての思いが強かったんだと思います」


 素直にそう告げるとクレインは体を少し震わせて……。

 蒼い虹彩が揺れる。

 瞳孔が散大し縮瞳してから間が空いた。


「……今の言葉は、素直に嬉しいさ。ありがとう」

「……は、はい」


 クレインは泣きそうになった。

 そんなつもりはなかったんだが……。


「……師匠との手合わせは、その一回だけ?」

「いや、別れる際にもう一度戦った」


 クレインは少し沈黙してから、


「その最後の勝負の際も……『音を立てず魔力を広げず影の跡を残さずすべての動きは一に通じる』と喋りつつ……風槍流の神髄を示すような<刺突>を繰り出してきた。あれはすこぶる威力があった」


 と、クレインは腰のトンファーを見る。

 そのクレインはゆっくりと視線を上げて、


「そして、『<刺突>に始まり<刺突>に終わる』と……『<刺突>に始まり、<刺突>で、終わる』と、言い方を少しずつ変えて……何回も別れを惜しむように、基本の<刺突>を連発してきた。わたしも応えて、両手をクロスする受けで、しっかりと受け止めてから銀火鳥覇刺の<刺突>を返したさ……」


 そのタイミングで、クレインは瞳を潤ませる。

 思い出しているようだ。


「そうして別れたんですね。それっきり師匠とは一度も?」

「そうだ。冒険者らしい後腐れのない別れの一つって奴さ」


 そうクレインは語ると、遠くを見た。

 思い顔で何処か淋しそうだ。


 そのクレインは微笑むと、


「ま、そんなアキレスだったが、今にして思えば……ちょっと、説教が五月蠅くて、わたしの祖父と似て、爺臭かったさね」


 まさにアキレス師匠だ。


「説教はよくされました」

「だろうねぇ」


 アキレス師匠と仲間だったクレイン・フェンロンか。

 そして、エヴァの師匠でもあったクレイン・フェンロン。

 更にハイエルフのレベッカとも関係する古代エルフの生き残りでもあったのが、クレイン・フェンロン。


 そんな偉大なクレイン・フェンロンと……。

 今こうして話をしている俺は、アキレス師匠の弟子。


 本当に不思議な縁だ……。


「……さ、皆が待っている。ここの隊長さんにも挨拶しときたいから紹介を頼むさね」


 クレインの言葉を聞きながら……遠くを見た。


「聞いているかい、【天凜の月】の盟主様?」


 と、微笑むクレイン・フェンロンは笑窪が可愛い。

 耳の長さもチャームポイントだな。

 イヤリングが似合いそうだが……。


「……分かった、行こう」

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