六百二十七話 クレイン先生の教え

 六尺は超える独鈷魔槍の柄で銀色のトンファーの<刺突>を弾く。

 魔力を両足に集中しつつ爪先半回転を実行――。

 『槍は引き際が大事――』


 そんなアキレス師匠の言葉を想起しつつ反撃だ――。

 右の掌でひょいと独鈷魔槍の柄を下から押し上げつつ、左手ごと独鈷魔槍を前に出す。

 穂先の銀刃が、左下から右上に弧を描きつつクレインの首に向かった。

 クレインは冷静に金色のトンファーを持った腕を上げる――。


 肘を垂直に立てつつトンファーを縦にする上段受けで、俺の独鈷魔槍の銀刃を防いだ。

 手甲か籠手的な役割もできるトンファー。


 二重瞼の蒼い視線は鋭い――。

 すると、その金色のトンファーで、独鈷魔槍の銀刃を引っ掛けるように外へと弾くと――。


 下段蹴りがきた。


 そのトンファーを扱う技術に舌を巻きつつ――。

 俄に俺は左足を退いて、クレインの左足の下段蹴りを避けた。

 クレインは続けざまに銀色のトンファーで突く動作のフェイクを入れて、逆の足で――同じ下段蹴りを繰り出す。

 俺は足を交差させるように退いた。


 ――クレインは連続した蹴りを避けた俺を追撃しようと左手がぶれる。

 ――銀色のトンファーの連続した攻撃か。

 ――素直に受けるつもりはない。

 ――独鈷魔槍を振るった。


 クレインの体勢を崩す狙いのダブルブレードの一端の銀刃が、勢いよく金色のトンファーの柄と衝突――銀刃が金色のトンファーの柄を削るように火花が散った。


 クレインの金色のトンファーを握る右腕ごと軽い体を独鈷魔槍で左側へと押し込んだ。 


「く、力があるねぇ――」


 クレインはそう言いながら、金色のトンファーの角度を変えて独鈷魔槍の銀刃の力を往なす。

 衝突面のベクトルがズレた独鈷魔槍の銀刃は金色のトンファーの柄の表面を滑る。

 すかさず、クレインは銀色のトンファーを動かす。

 更に、かたわらを流し見るフェイク、いや、どちらもフェイクだ、素早く左に退く。

 一瞬、連続としたフェイクに釣られたが、その退いた瞬間を狙う――。

 前進しながら独鈷魔槍を左手に移し変える。

 穂先の銀刃を寝かせつつ右足を軸とした横回転を実行。

 退いたクレインの側面に回った刹那――。

 体幹を意識した独鈷魔槍を振るう<豪閃>を発動――。

 ダブルブレードの一端の銀刃が銀色のトンファーを持つ手に向かう――が、クレインは姿勢を低くしながら上段受けで対応。

 ライン・オブ・ファイアか――。

 腕を上げて、こみかみまで高く構えた片腕だけのハイガードに近い。L字ガード、フィリー・シェル的か。ま、盾にもなる銀色のトンファーだ。


 そして、解けた巻脚絆を隠すような前傾姿勢となった。


 クレインは、腰と腕を捻るように回す。

 独鈷魔槍の<豪閃>の薙ぎ払いを力で受けず――。

 水面を漂う木の葉のようにトンファーを扱い独鈷魔槍の銀刃を受け流す。

 そのまま絶妙なタイミングでワザと体を浮かせつつ右側へと跳躍するように移動――華麗に足音も立てず着地。

 攻防一体のトンファーを扱う防御技術はすこぶる高い。


「ひゅ~」


 口笛を吹くクレインは笑った。俺こそ口笛を吹きたくなった。


「風槍流と思いきや、豪槍流の技術もあるのかい?」

「豪槍流は我流。風槍流が本筋だ」

「やっぱりねぇ」

「それよりも、クレインの攻防一体としたトンファーの扱いは素晴らしい」

「ありがとう。懸待一致の意って奴さ」

「攻防一如か」


 俺のリスペクトを込めた言葉を聞いたクレイン。

 細く通る鼻筋が可愛い。

 と、クレインは、ニヤリと片頬を上げた。


 すると、その頬に煌びやかな何かのマークが浮き上がる。

 鳥? 炎の鳥か?


「ふふ、さぁ、いくよ――」


 気魄のある喋りのまま前進。

 魔闘術系の技術か、あの頬のエルフ氏族のマークと関連した速度を上げるスキルを使用したか。

 クレインの速度が倍加した。


 俺も魔闘術を全開。

 伸びやかな四肢のあるクレインの攻撃モーションは風槍流の基本突きの集大成。


「――<刺突>」


 金色のトンファーの切っ先が胸元に迫った。

 アキレス師匠のような鋭さを持った<刺突>だ。


 俺は右足の爪先を軸とした爪先半回転を実行――。

 金色のトンファーの<刺突>を避けつつ間合いを取る。


 俺の魔闘術を把握するように一息入れたクレイン。


「魔闘術の質はさておき……その風槍流の回避歩法は、爪先半回転か」


 にこやかに語るクレイン。

 しかし、蒼い視線は、まさに武人その物だ。


「そうだ。クレインの<刺突>も風槍流だな」

「その通り――」


 エヴァはフェンロン流棒術と語っていたが、過去に風槍流と関係があったようだ。

 クレインは、魔脚で、俺との間合いを詰めてくる。

 銀色のトンファーの<刺突>が胸元に迫った。

 今度は、右の踵を軸に体勢を傾けながら左側に半回転を実行。

 同時に体幹を意識――。

 背筋と大腰筋に魔力を集中させてから銀色のトンファーの突きを避けた直後――。


 右手に移した独鈷魔槍を振るう。

 <豪閃>を発動――。

 クレインは横っ腹に迫った銀刃の<豪閃>を冷静に見て、


「それはもう見たよ――」


 と、銀色のトンファーで片手斬り。


「<片手桶>――」


 その宙に半円を描く軌道の銀色のトンファーが<豪閃>と衝突。

 細身のクレインはスキルの効果を得たのか、トンファーのほうが威力が優る。

 <豪閃>は物の見事に相殺されて独鈷魔槍の柄が大きく振動した。


 続けざまに金色のトンファーの突きが脇腹に迫る。

 俺は左の掌で独鈷魔槍の柄を下に押す――。

 微妙にタイミングを狂わせる金色のトンファーの<刺突>を両手の柄を意識しつつ独鈷魔槍の銀刃で防いだ。


 反撃だ――。

 俺は左手の掌で独鈷魔槍を回し捻り上げる。

 狙いは金色のトンファーを握る手か、肩か、胸。

 不規則な軌道を宙に描くダブルブレードの銀刃がクレインに向かう。

 そのクレインは、俺の独鈷魔槍の動きを把握したような面で、余裕の笑み。


 左手の銀色のトンファーを内側に回転させて、


「――いい払いの技術、が、一挙両得とはいかないよ――」


 と、銀色のトンファーの短い柄頭の部分で、薙ぎ払い軌道の独鈷魔槍を突く。

 あっさりと狙いは外されたが構わず――。


 右手に移した独鈷魔槍を掌で回転させつつの袈裟斬り――。

 しかし、クレインは両手を斜めにクロス。

 ダブルブレードの銀刃を、銀色と金色のトンファーで受けつつ中段蹴りを繰り出してきた。

 ――見事な体術。

 俺は独鈷魔槍を左手に移しながら爪先半回転――。

 中段蹴りを避けた。

 掠ったハルホンクから火花が散った。

 クレインの靴に仕込みの刃でもあるのか、端に硬いだけなのか、その判断はできず。


 クレインはもう次の攻撃動作だ。

 避けた俺を狙う――。

 金色のトンファーと銀色のトンファーが煌めく。

 クレインは更に動きが加速した。


 ――足下に微かな煙が昇る。

 ――右手の突きのフェイクから、


「<銀刺・金刺>――」


 左右の腕を交互に突き出す。

 銀色のトンファーを往なして、金色のトンファーを弾く。


 が、三の突きは、すこぶる速い――。


 その瞬間<血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動。


 痛ッ――銀色のトンファーの突きが頬を掠める。

 速度を上げても、ギリギリか――。

 刹那、クレインの体に朱華と深緋の魔力の炎が吹き出す。


「<朱華・魔速>――」


 また突きの速度が上がった。

 <脳脊魔速切り札>的な加速か?


 半身の姿勢で金色のトンファーの突きを避けつつ、爪先半回転も駆使。

 前髪と額が削られた――。

 イテェが、フェイクがまざるから厄介だ――。

 ――しかも、エヴァが愛用する技じゃねぇか。

 エヴァの師匠だし、当たり前だが、金色のトンファーの下段払いがきた。


 俺は独鈷魔槍を振るい下げて払いを弾く。

 やや遅れて下段蹴りが迫る――。

 その蹴りを後方に少し跳躍するように避けた。


 クレインの体重移動は軽やかで、キサラ風の天女の舞を彷彿とさせる。

 そのクレインは体勢を下げつつ追撃してくる――。


「<天引き蹴刀>――」


 俺の着地際を狙う水面蹴りのスキル。

 独鈷魔槍を地面に刺して、その威力のある蹴りを銀刃で防ぐ。

 地面が焦げるぐらいの勢いのある火花が散った。

 金属の不協和音も響く。

 クレインが履くブーツは、特殊な金属か。


 金色のトンファーで体を支え立ち上がるクレイン――。

 銀色のトンファーの突きで俺の胸元を狙ってきた。

 俺は独鈷魔槍の柄で、その銀色のトンファーの突きを防ぎつつ独鈷魔槍を持ち上げた。

 地面に刺さっていた銀刃が、その地面を裂きつつ、クレインの足と腹を斬ろうと向かう――。


 そのクレインは両足を広げて体を少し浮かせつつ――。

 朱華と深緋の魔力の炎を纏う煌びやかな銀と金のトンファーを下段に向けクロス。


 俺の独鈷魔槍を跨ぐように×印のクロスしたトンファーで攻撃を防ぐ――。


 パンティと秘部が見えた、いや、防御が見事だ。

 クレインの軽い体重を微かに柄越しに感じた。


 しかし、その細身のクレインの武の姿勢を崩す――。

 その狙いをもって、深緋色の魔力の炎を纏うクレインごと独鈷魔槍を持ち上げる。


 ところが、クレインは俺の力を逆利用――。


 クロスしていた腕を広げて独鈷魔槍を往なしつつの後方宙返り。

 大の字を描くように広げた両腕のトンファーから魔力の炎が迸っていく。


 ルビーレッドの魔力の翼が羽ばたく。

 鮮烈な鳳凰が飛翔する姿にも見えた。


 本当に翼を得ているような機動で追いつけない。

 そのクレインを追おうとしたが、後転あとの着地際も、重力を受けていないような機動力で振り向く。


「<朱華・数息観>」


 独特の呼吸法で体力と魔力を整えている?

 透き通るほど白い肌に赤みがさす。

 ――が、同時に、ユイやヴィーネが放つような殺気だ。

 残心が際立つ気合いのある表情を浮かべている。


 ――恐怖を感じるほど、隙がない。

 燃えているような銀色のトンファーを前に出していた。


 クレイン、いや、クレイン先生から偉大な歴史を感じた。


「さぁ……ここからよ。槍使い、すべてが和して一つ! いざ――」


 そのクレインの言葉がアキレス師匠の『さぁ、もう一度だ、シュウヤ――』の言葉を想起させた。


「おう!」


 ――と、強気でいく。

 視線でフェイク。

 <脳脊魔速>を発動――。

 右手の独鈷魔槍の<刺突>のモーションを見せつつ――。

 両足の<血魔力>を増減。

 前蹴りを繰り出すフェイクから、その右足を前に出した。

 <血魔力>が覆う右足で地面を噛む――。

 足下から血飛沫的な魔力が迸る――。

 その刹那、左手に神槍ガンジスを召喚――。


「な!?」


 <脳脊魔速>とフェイクに対応したクレインだったが――。

 突然左手に出現した神槍ガンジスに驚く。

 俺は槍の基本通りに腰を捻る。


 左腕が方天戟にでもなったようなイメージで神槍ガンジスの<刺突>を繰り出した。


 ところが――。

 胸元で十字にしたトンファーで、渾身の<刺突>は防がれる。

 魔力が浸透した振動する方天戟を受けても、銀色と金色のトンファーはびくともしない。


 強い! が、まだまだ――。


 刹那、俺は全身の筋肉を意識した中腰姿勢を取った。

 左手の神槍ガンジスはそのまま――。

 右手の独鈷魔槍で<牙衝>を繰り出す。


 下段突きの銀刃が、唸るような軌跡を宙に残しながらクレインの足に向かった。

 が、「<放風ノ体>――」とクレインは前転――。

 踵落としか――技を技で制する動き――。

 神槍ガンジスを消去しつつ、再出現。

 斜めに上げた神槍ガンジスの柄で踵落としを受けた――。


 ――重い踵落とし。

 ――キサラの<邪重蹴落>を想起した。

 反撃の間もなく、銀色のトンファーが迫る――。


 俺は<魔人武術の心得>を意識――。


「痛ッ――」

「手応えありだよ!」


 殴るような銀色のトンファーを右腕ごと独鈷魔槍に受けた。

 トンファーの幅は太くないが、これも重い一撃。

 独鈷魔槍も衝撃で震えてダブルブレードの銀刃が肩付近のハルホンクの防護服を焦がす――。


 右肘のイモリザはクッションとなってくれたが、右腕が折れた。

 が、瞬く間に右腕は回復。その右手の掌を広げて、独鈷魔槍をわざと落とす。

 傷の影響を受けたように、わざと苦悶の面を作る。

 そして、<怪蟲槍武術の心得>を意識。

 間髪を容れず、クレインに向けて、左手の神槍ガンジスで打ち下ろしを狙う。

 更に、アーゼンのブーツの右足の甲で、落下中の独鈷魔槍を蹴ってクレインに飛ばす――。

 上段受けの金色のトンファーで、俺の打ち下ろしの神槍ガンジスは防がれるが――。


 不規則に動く独鈷魔槍への反応は遅れた。

 クレインは驚き、


「――え?」 


 と、独鈷魔槍の柄を脇腹にもろに喰らう――。


「ぐあっ」


 ――体勢が崩れた。

 クレインは退く。


 俺は追うように<生活魔法>の水を撒きつつ前進。


 左手の神槍ガンジスの<水穿>で銀色のトンファーを弾く。


 即座に左手の神槍ガンジスを消去――。

 右手で跳ね返った独鈷魔槍を掴みつつ――。


 『<神剣・三叉法具サラテン>、羅、力を貸せ』

 『はい、器様――』


 俺の三叉魔神経網が活性化。


 刹那、左手の掌を起点に半透明な魔力が瞬く間に俺を包む。

 帷子系の和風防具<瞑道・瞑水>を俺は纏った。


 金色のトンファーの<刺突>を避けた。

 そのまま<瞑道・瞑水羅の能力>で加速を得た俺は、クレインの側面から――。

 独鈷魔槍の<刺突>を繰り出す――。


 魔闘術、<血液加速ブラッディアクセル>、<脳脊魔速>、<瞑道・瞑水>の四重の加速。

 クレインの速度を追い越したはず――。


 だがしかし、クレインは一味違った。

 頬のフェンロン一族としての象徴マークが一段と強く輝きを発すると反応――。


 鮮烈な朱華と深緋の魔力の大炎が、クレインの体から迸る。

 燃えるに燃えて燃えていないクレインは――。

 さっきと同じく巧みな体重移動で、ライン・オブ・ファイアからの風槍流の構えから――。


 金色のトンファーの<刺突>――。

 その姿は師匠とだぶる。

 その金色のトンファーの先端で、独鈷魔槍の先端を正確に衝いた。


 <刺突>を<刺突>で迎撃か――。

 独鈷魔槍が不自然に揺れて腕が痺れた――。

 その不自然な振動は<血魔力>と<瞑道・瞑水>が防ぐ。


 見事だ――。

 だが、<刺突>は俺のほうが威力が上だった――。


 クレインは悔しそうに顔を顰めると、トンファーを握る手を見ては素早く後退。

 しかし、今の素早く後退した動きといい、何か特殊なスキルを使ったことは確実。

 

 体重も増した?

 足に炎を纏ったようにも見える。

 

 その足下の地面が、重さで窪みつつ、土が抉れて周囲に礫を飛ばしている。


 体に纏う炎の魔力は<朱華・魔速>の効果だろうか?

 別の精神干渉を相手に引き起こす波動の効果もあるのか?


 その姿から、蒼炎を纏うレベッカを想起する。

 そのクレインは、やや屈んだ姿勢で俺を見る……。


 その戦闘態勢を維持した武人としての雰囲気は凄まじい。

 魔力の大炎が加わった威圧的なプレッシャーがひしひしと伝わってくる。

 実際の肌にも魔力の波動のような不可思議な圧力を感じた。


 風のようなモノも体を吹き抜けた。


 身が引き締まる。

 周囲にも、クレインの魔風が伝わったようだ。

 皆、静まり返る。


 俺は、自然と魔闘術を活性化させた。

 そして、アキレス師匠の、


 『身体の中心を見つめ……集中するのだ。精神の礎――心の深きところ、〝心の襞〟に目を向けるのだ。そこに〝何か〟があるはずだ』


 その言葉の本質を捉えるように、自分の心の中の魔力を磨く。

 クレインを見ながら、弱い自分と対峙する。


 クレインの放つプレッシャーと、自分の弱さを独鈷魔槍の銀刃でぶった切るように――。


 その場で独鈷魔槍を振るった。

 魔力の風が分断。


 すると、ハッとした表情で俺を凝視するクレイン。

 <始まりの夕闇ビギニング・ダスク>的な精神攻撃を仕掛けていたのか?


「……こりゃ驚いたねぇ、見性を得た槍使いか」

「はは、そんな大層な者じゃないさ、エロな槍使いで結構――」

「ふふ」


 クレインは笑って返すが、笑っていない印象だ。

 再びプレッシャーがきた。

 なんらかの威圧スキルだろうか。


 ――負けない。

 風槍流と二槍流を意識しつつ前進――。

 ――『合わせ羽根』。

 右手の独鈷魔槍を握り、左手に神槍ガンジスを出現させる。

 クレインと間合いを詰めて、<刺突>のモーション!

 フェイントだ。

 そこから神槍ガンジスと独鈷魔槍で<双豪閃>――。


 だが、左の神槍を金色のトンファーの上段受けで、右からの独鈷魔槍も銀色のトンファーの上段受けで防がれた。

 ――見事だ。


 連続した打撃にもなる薙ぎ払いの<双豪閃>をこうも完璧に防御されるのは初か。


「……くぅ」


 と、渋面だ。

 クレインはダメージを受けていた?


 ここで、アキレス師匠の教えを実行する。

 <双豪閃>ではなく<豪閃>でもない。

 微妙に魔闘術のタイミングをずらして<血魔力>の加減を変えた『風雅の舞』を敢行――。

 右手の独鈷魔槍を振り抜いた――。


「え、妙な――」


 独鈷魔槍の右端から出ている煌びやかな銀刃ブレードが、クレインの脇腹を抉る。

 ――感触はあった。


「ぐあ」


 俺の一旋に対応はできず。

 左手の神槍ガンジスの二旋目は避けた。

 方天画戟の矛を見据えるように、クレインは側面に移動。

 両手を揃えて魔闘術を活性化。

 マントのようにも見える朱華と深緋の魔力の炎が風で揺らぐ。

 傷を負った状態で動きが速い。

 さっきの渋面はフェイクか?

 傷が浅いだけか。


 クレインの体から更なる魔力が膨れ上がる。


「――<朱華帝鳥エメンタル>」

『閣下、これは危険です!!』


 両手のトンファーの<刺突>?

 ヘルメに返事する暇もない。

 寒気を覚えるほどの異常な魔力を察知した俺は、後退――。


 一対のトンファーで相手を突く技を避けた。

 ――が、朱華と深緋が揺らめく魔力の炎が、その真っ直ぐの両腕を伝うように瞬く間に走る。


 なんだ?

 紅蓮の炎のようにも見える魔力が、銀色と金色のトンファーに乗り移った。


 一対の紅蓮に燃えたトンファーから、三角錐十字の燃えた鳥が出現――。

 クレイン・フェンロンの奥義か――。


 三角錐十字の燃えた鳥は俺にくる。


 だがしかし、速度は俺のほうが上だ――。

 即座に、<血魔力>を纏い直しつつ前傾姿勢で、逆に突進――。


 <水神の呼び声>を発動しつつ体勢を屈めた。

 <超脳・朧水月>の機動を活かす――。

 ――神槍ガンジスを短く持つ。

 短槍の握りで、方天画戟と似た矛を真上に向けつつ――。


 三角錐十字の燃えた鳥の真下へとスライディングで潜り込んだ。


『閣下、あついぃ~』


 囂々ごうごうと燃える火の鳥だ。

 びびる気持ちは分かるが、小型ヘルメちゃんは無視。

 ――<水月暗穿>の蹴りではなく。


 至近距離からぶっ放す――。

 左手の神槍ガンジスで<光穿・雷不>を繰り出した。

 三角錐十字の燃えた鳥の胴体を突き出た<光穿>の方天戟が穿つ。


 刹那――。

 どこからともなく空間を刺し貫く八支刀の光が、神槍ガンジスの後方に集結――。

 ゼロコンマ数秒も経たず、巨大な光雷の矛光穿・雷不が出現した。


 神々しい光雷の矛雷不は唸るような音を発して、真上に直進。

 光雷の矛雷不は、三角錐十字の燃えた鳥を貫く。

 三角錐十字の燃えた鳥は、体が湾曲して悲鳴のような轟音を響かせる。


 三角錐十字の燃えた鳥は、突き刺さった光雷の矛雷不から逃れようと、のたうちまわりつつ炎が散って蒸発していく。

 光雷の矛雷不は、その三角錐十字の燃えた鳥を連れて天空へと向かう。

 雲に入り姿を消した。いや、消えていなかった。

 遙か彼方の上空で閃光が生まれた。


 爆発したのか、戦闘機が通り過ぎたような爆音がやや遅れて響く。

 雲も散った。


 雲一つない晴れ間となる。


 ……クレインは空を見上げて……。

 驚きというより、絶句。


「……まさに、雲散鳥没か」


 そう寂し気に語り、自らの頬を触っていた。

 両手のトンファーは下ろしていた。

 戦闘意欲は失ったか。


 クレインは悔しそうな表情に変えては……頭を振る。

 唇が震えつつ視線を落として……。


 俺を凝視しながら、


「……負けたよ。完敗だ」

「ん、先生」

「銀死金死!」


 エヴァの声とリズさんの声が響く。

 周囲にも安堵の声が広がった。 


 クレインは脇腹を手で押さえて、

 苦しそうな表情を浮かべつつ……。


「……それにしても見事な槍の技術。一の槍を極めつつも二の槍とはね」

「一の槍があってこその、二の槍だ」

「ふ、痺れるさね。あの槍の妙技を肌で感じたわたしだからこそ、よく分かる言葉だ」

「クレインこそ。俺も先生と呼びたくなるほどの、素晴らしい棒術でした」

「はは、ありがと」


 照れるクレイン。

 そのクレインは、


「しかし、わたしも長いこと生きてきたが、<朱華帝鳥エメンタル>をここまで、完璧に対処されたことは初めてさ……戦闘のセンスが極めて高いねぇ」

「偶然です。あの炎の鳥は怖かった」

「嬉しいことを。しかも、最後に見せた、あの奥義のような光槍技をわたしに使わず……体を労るとは……」


 クレインはエヴァをチラッと見て、


「ん、先生」


 クレインは頭を振る。

 エヴァたちに『こっちに来るな』と意味のあるように手を伸ばす。

 そして、俺に視線を向け、


「――シュウヤは、エヴァに似合うとても優しい心を持つ豪傑だと、重に理解したさ。そして、勉強になったさ――」


 そう語ると、自分が持っていたポーションを脇腹の傷にかけていた。

 そのクレインに、


「こちらこそ勉強になった」

「ははは、エロと言っているが、内実は質実剛健な槍使いじゃないか!」


 そう元気よく喋ると、纏っていた朱華と深緋の魔力の炎を体に収束。

 トンファーを仕舞った。


 俺も神槍ガンジスを消去。

 <血液加速ブラッディアクセル>も解除しつつ魔闘術を必要最低限に止めた。

 右手の独鈷魔槍も元の小さい独鈷に戻す。


 クレインを見ながら、親の恩より師匠の恩の心意気で、


「それもこれも師匠のお陰」

「そこまで思われた師匠は幸せだな。そして、かなりの強さのはずだ。その師匠とは、風槍流の手練れなんだろう? 今だと八槍神王位のいずれかか。昔ならば神槍級といった称号だったはずだが」 

「アキレスという名の師匠です」

「……ひょっとしたらと、思っていた。やはり風槍のアキレスか」

「やはり師匠と……」

「大昔さ。手合わせしたのは、三百年ぐらい前かねぇ、もっと前か」


 アキレス師匠の冒険者時代か。


「……そして、納得したさ。多少独自の技を加えた風槍流の『風雅の舞』といい……いや<刺突>か……今思えば、アキレスにそっくりな<刺突>だった。<刺突>に始まり<刺突>に終わる。そして、シュウヤなりに昇華した見事な基本技だったさ」 


 そう言われると、心を打たれる。

 涙が自然と溢れ出た。


 俺は胸元に手を当て……。

 偉大な<刺突>を、改めてクレイン、いやクレイン先生から教わった気がした。

 長く生きたクレイン先生の教えだ。


 俺は胸元にラ・ケラーダのマークを作り、


「ご指導ありがとうございました――」


 と、頭を下げた。


「……はは、わたしは負けたんだが。まいったね、シュウヤ、頭を上げてくれ」

「はい」

「いい面だ……」


 そう呟いたクレインは、震えた手でラ・ケラーダを行い、


「エヴァの男としての実力を見るつもりだったが……わたしこそ、ありがとうさ……」


 そう礼をしてくれた。

 クレインは、苦笑しつつ、もう一度、脇腹にポーションを振りかけていく。


「くっ……」


 クレインは苦しそうな表情を浮かべた。

 そのまま力なく片膝で地面を突く。

 俺が近寄って、支えようとした。

 が、すぐにクレインは手を上げて「いや、必要ない、わたしにもプライドがある」と俺を止める。


 俺は恐縮。


「はい」


 と、発言。

 屈んだ姿勢のままクレインは、微笑むと、


「――しかし、いい男だねぇ……浩然の気を地で行く。そして、心の明快さの下に息づく大樹のような剛健さをひしひしと感じるよ?」


 途中から真顔になっているし、照れる。


「――先生、もっと休んで!」


 怒ったような声を発したエヴァだ。

 クレイン先生の傍に駆け寄る。

 嫉妬もあるが、やっぱりなんだかんだいって心配だったようだな。


 すると、


『ご主人様』


 この血文字はママニか。

 シェイルの魔宝石探索の旅の件かな。

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