六百二十六話 魔毒の女神ミセアと魔毒鳴山
ここは魔界セブドラの魔毒の女神ミセアが支配する空域。
空域は大嵐。
漆黒色と薄紫色に黄金色が混ざる積乱雲と似た雲の群れが無数に蠢く。
その雲の内部では、雷鳴が無数に轟く。
魔力の風が吹き荒れた「大赤斑」のような大嵐となっていた。
この嵐に惑星セラの渡り鳥が触れたら、体が溶けてしまうだろう。しかし、この魔力の風が荒れ狂う嵐の環境を好む巨大モンスターも多く棲息する。
今も大邪竜ゼレルメルと魔竜アグソンなどの巨大なドラゴンと巨大な魑魅魍魎の群れが互いの覇を競うように喰らい合う。
一方で、そんな大嵐の真下には、魔毒の女神ミセアの<蛇薔薇波動>が覆う【魔毒鳴山】と巨大な【魔城ハーグリーヴズ】が聳え立つ。
魔毒鳴山と魔城ハーグリーヴズは魔界絶景666に数えられる。
その魔城の名前に由来する巨大な竜の口を彷彿とする斜塔の巨大バルコニーから眼下に広がる【毒森の虎蜘蛛】の景色を眺める存在がいた。
その存在は一見すると普通の女性にも見える。
が、髪は非常に美しい黄緑色と翡翠色の蛇で構成されていた。
煌びやかな額当てを装着し細い眉に漆黒色と錦色の双眸を持つ。
首に巻く大蛇は静観。
その女性が頭上の激しい雷鳴を轟かせている大嵐を見つめた。
「いい嵐♪」
と、女性が発言すると、大嵐は、応えるように、魔界セブドラを揺らす。
いたるところに震動雷電を引き起こし、鮮烈な魔力の波動を、四方八方に飛ばしていた。
稲妻を受けた大きな竜が墜落していく。
そのような凄まじい威力のある稲妻は、結界の緑色と錦色の<蛇薔薇波動>を越えて、その女性が立つ巨大バルコニーにも降り注ぐ。
すると、女性の蛇の髪が稲光を含んだ大気から栄養を得たように翡翠色の輝きを強めて蠢く。更に、女性が装着する額当ても魔力が強まった。
額当ての中央の特徴的な菱形の極大魔宝石にも、魔力が集中。
額当ての左右に伸びた反りが目立つ一対の立物にも、魔力が勢いよく浸透した。
刹那、魔力が集中した極大魔宝石が暗緑色の薔薇の形に変化。
その薔薇から無数の茨が出る。
無数の茨は、小さい薔薇を咲かせつつ額当てに新しい装飾を作るように左右の立物にも絡んでは、自身の蛇の髪をも貫く。
貫かれた蛇の髪は、海松色、鶯色、浅緑色などの色合いを発しながら魔力粒子となって消失するが、瞬く間に、その蛇の髪は復活した。
復活した蛇の髪は額当てに絡む薔薇と茨を避けながら蛇の髪として蠢く。
一層輝きを増した額当て。
その額当てが似合う女性は、髪の蛇たちのことは気にしない。
その女性はバルコニーの端から……。
自らが支配する魔界セブドラの領域を眺める。
漆黒と錦が織りなす魔眼。
それがジロリと睨む場所は【毒森の虎蜘蛛】。
同時に、首に巻く大蛇の頭部も蠢く。
その女性と同じく【毒森の虎蜘蛛】を眺める。
その特徴的な頭部の大蛇はコブラのように口元を広げた。
長い舌をヒュルヒュルと前方に出す。
首に巻き付く大蛇は、女性の肩から腕に移った。
細い腕を巻くように螺旋しながら手首付近まで移動した大蛇は、そのコブラの頭部をムクッと動かして振り向く。
大蛇の魔眼が女性を捉える。
と、瞬く間に、その大蛇は女性と同じ頭部となった。
蛇の髪も同じ。
特徴的な額当てはないが瓜二つ。
首から下には、内臓が付着した脊髄のようなモノもある。
女性は大蛇が自分の顔に変身したことに、満足したかのように微笑む。
その自分と同じ頭部を、赤ん坊でも抱くように両の掌で持ち上げた。
うふっと笑う。
と、自らの唇に魔紋を浮かせつつ、その唇を、その瓜二つの頭部の唇へと近づける。
互いの錦色を帯びた唇から、長い舌が出た。
二つの長い舌は、互いに、にゅるにゅると、音を立てつつ絡み合う。
同時に、女性の頭部に生える翡翠の輝きを放つ髪の蛇が怒ったように「ガラガラ」、「シャー」と音を立てた。
そして、自らの唇と、瓜二つの自分の唇を重ねた。
互いに恍惚な表情を浮かべつつ濃厚なキスを続けていく。
「あぁぁ――」
「あぅん――」
女性はキスしていた自分の頭部を離す。
微かに開いた口内から、唾の魔糸が引いていた。
刹那、女性がキスをしていた頭部は、先程の大蛇の姿に戻る。
大蛇は、また【毒森の虎蜘蛛】のほうを見た。
「……遠いけど、ヘグポリネも分かるの?」
女性は、大蛇の名を言いながら聞いていた。
「シュルル」
大蛇ことヘグポリネ・パパスフィッシャーは鰓を拡大させて窄める。
鰓から不気味な紫電の群れを放つ。
「ふふ、そうよ。
そう大蛇ヘグポリネに語りかける女性。
蛇の髪の群れが、首の大蛇ヘグポリネ・パパスフィッシャーに嫉妬でもするように「シャー」と無数の音を立てて乱雑に動き合い共食いを始めた。
女性は蛇の髪の群れに構わず……。
ゆったりとした仕草で細い腕を上げた。
先が尖った漆黒の爪先を【毒森の虎蜘蛛】に向ける。
すると、女性の蛇の髪は喧嘩を止めて、一斉に振り返った。
そこはバルコニーではなく、城内。
ジェベオの粉が舞い、臙脂色のカーテンが揺らぐ。
カーテンの奥は、闇色の蛇と緑色の蛇に薔薇で構成された玉座の壇がある。
壇の最上段に位置する玉座の周囲には、緑薔薇の蛇模様の飾りが目立つ巨大な丸い鏡が並んでいた。
至るところに緑薔薇の蛇模様が施されてある。
その階段の端には、鉢に育つ喋る樹木が独特の音波を発していた。
玉座の更に奥の大広間では、綺麗な香具から出た魔の煙が、魔印を宙空に作り出して、香具にぶら下がるゴレアの花羽毛を明るく照らす。
銀色の絨毯に並ぶように聳える人族の骨と臓物を利用した柱もある。
天井には、金属の丸い檻の中で踊る魔族たちがいる。
その魔族の耳はアンモナイト状の貝。
貝の耳の魔族は、透けた虹色の体を持ち、その透けた虹色の体から魔力の粒子を放つ。
そんな玉座の間の臙脂色のカーテンを透かすように、ゆらりと闇を纏う魔族が現れる。
バルコニーに続く銀色の絨毯に足を踏み入れた魔族。
ヒール靴が似合う足は、すらりとしていた。
そのバルコニーに雷光が注ぐ。
【魔毒鳴山】の麓に聳え立つ魔城ハーグリーヴズは緑色と錦色の
だが、今のように、魔界の大嵐の雷光は完全に防ぐことはできない。
しかし、その雷光は餌にされたように強く魔族の体を照らしただけだ。
頑丈な魔族の外見は、ダークエルフの女性に近い。
片目は漆黒の魔眼<覇観>。
もう片方の目は、灰銀色の魔眼<羅将観>。
その魔眼の灰銀色の目元には、唇付近にまで続く傷があった。
その魔族の女性は、爪が異常に長い片手の掌に、頁が開いた状態の、その頁が猛火した魔術書を持つ。
魔の包帯が手首を巻く反対の手で、サッと、緑薔薇の蛇模様が綺麗な防護服の腰についた塵を払うと――。
速やかにバルコニーの端に立つ女性の下に向かった。
蛇の髪を持つ女性の前で、片膝で床を突いてから、頭部を上げて、
「――ミセア様、ご存じかと思われますが、魔界王子ハードソロウの軍勢と魔翼の花嫁レンシサの中隊、それに乗じたか不明ですが、個別に魔界騎士ハープネス・ウィドウも侵入してきました」
魔毒の女神ミセアは頷く。
「死海騎士とかなら知ってるけど、ハープネス?」
「はい。ハープネスには魔界八大湖ペッサマグラスで、大魔竜ホトトルスを狩った噂があります。大邪竜狩りが目的かと。そして、魔界八賢師ランウェンと通じているともいわれる大変珍しい方です」
「へぇ。レンシサは久しぶりね。でも、問題は王子か。懲りない連中ね」
「魔界王子は強者たちを用意したようです。どこかの諸侯と同盟を結んで後顧の憂いを断ったのでしょう」
「どこかしら?」
「大きい勢力の同盟相手と考えますと、二つ可能性があるかと。〝傷場〟の一つを得て勢力を拡大した狩魔の王ボーフーン。或いは、恐王ノクターの勢力でしょうか」
「……キュルレンス。好い予想よ」
「ありがたき幸せ、まさに、〝戦う前によく考え敵を知る〟の心構えです」
「ふふ。我の民たちの言葉か」
「はい。では不届き者どもに、わたしが厳粛なミセア様の教えを叩き込んで参りましょう」
キュルレンスの申し出に、魔毒の女神ミセアは頭を振る。
そして、玉座のほうに視線を送る。
薔薇の鏡と通じた魔神具〝魔箱トーレインス〟に浮かぶ赤子を見て、
「キュルレンスはここに残りなさい。我が直に贄をもらう」
「はっ、では、薔薇の神子の確認は、お任せを」
そう発言したキュルレンスは速やかに頭を垂れる。
銀色の髪が靡く。
その頭を垂れたキュルレンスは豊かな胸が奮える。
と、体も痺れて倒れそうになった――。
魔毒の女神ミセアから、直に、魔力の波動を受けたせいだ。
刹那、魔毒の女神ミセアはバルコニーから飛翔した。
魔愚仮面<グラスマインド>を展開したキュルレンスからは、魔毒の女神ミセアは消えたように見えただろう。
◇◇◇◇
魔毒の女神ミセアは上空で動きを止めた。
真下は【毒森の虎蜘蛛】。
漆黒色の樹木が犇めく間から灰色の粘土層が覗く。
大蜘蛛ハイセドラが排出する糸を切断しながら進む上等戦士の軍勢が、長蛇の列をなして【毒森の虎蜘蛛】の地形を変化させていた。
魔毒の女神は睨む。
……わらわらと、我の領域を侵す……屑な上等戦士どもめが。
そう思考する魔毒の女神ミセアに下から無数の半透明な液体が襲い掛かる。
ミセアは黒色の爪を伸ばして、すべての液体を切断。
今のは、団子魔王の尖兵の武器か。
武装魔霊を持つ魔将級の魔族もいる。
ほぅ……三日月刃のレプリカの特殊武器を持った魔王級もいるではないか。
魔界王子ハードソロウ。
今回は本気か?
背後で五月蠅い狩魔の王ボーフーンと同盟でも結んだのかしら?
王子という魔称号を得ている力を持つ諸侯とはいえ、健気なことねぇ。
だけど……前線にはいなさそう。
いたら捕まえて干し草にして食べようと思ったのに♪
でも、まずは、我に攻撃した、下の生意気な糞どもの、魔力と魂をすべて頂くとしようか♪
さて――。
そう思考した魔毒の女神ミセアは、眼下を再び錦色の魔眼で捉えた。
首に巻く大蛇ヘグポリネ・パパスフィッシャーは口から巨大な杖を吐く。
その杖を握る魔毒の女神ミセアは、
「――我の贄となれ」
と発言しながら――。
<魔滅の
と、スキルを発動。
魔毒の女神ミセアの頭部から一斉に黄緑色と翡翠色の蛇の群れが飛翔する。
それらの蛇は、瞬く間に、光線の矢となって【毒森の虎蜘蛛】に降り注ぐと、閃光を発した大爆発があちこちで発生。
上等戦士の体ごと、その【毒森の虎蜘蛛】の樹木を破壊した。
一瞬で、【毒森の虎蜘蛛】の地形が変わる。
魔毒の女神ミセアは、吹き飛んだ地面を無視――。
<魔滅の
漆黒の樹木と上等戦士を吹き飛ばしつつ着地するや否や――。
「<ハッケルンの薙ぎ>――」
と、蛇の頭部を象った大杖を振るう。
大杖から膨大な魔力が籠もった魔刃が飛び出していく。
魔刃は瞬く間に、ハードソロウの前衛部隊の首を捉え、頭部を飛ばす。
団子魔王の尖兵の頭部も飛ぶ。
武装魔霊を使うことなく、魔将級の魔族の首も飛ぶ。
その飛んだ魔将の首は、大蛇ヘグポリネ・パパスフィッシャーが飲み込む。
大蛇が膨大な魔力を得た時。
地面に残った首なしの筋肉鎧が似合っていた魔将級の魔族の体に緑薔薇の蛇が浸透。
その刹那、魔将級の魔族の体は爆発し散った。
武装魔霊だったモノは溶けるように地面に消失。
「アハハハハ――」
魔毒の女神ミセアは呵々大笑。
それら魔界の空に飛ぶ首級を追いかけつつ巨大化。
頭部から伸びた無数の蛇たちに、その頭部を喰わせていく。
まだ残っていたハードソロウの軍勢たちは、恐慌状態と化した。
兵士たちには、魔毒の女神ミセアの頭部に宿る血濡れた首級の群れが、真っ赤なリンゴに見えただろう。
痛快な気分となった魔毒の女神ミセア。
しかし、急に腰に備えた、とある大秘宝の一つが、反応を起こす。
――疼き?
魂と魔力に憎しみの美味しい感覚。
でも、オカシナな感覚ねぇ。
この疼きは
我の支配する地下都市ダウメザランからではないか……。
――我の因果律に干渉か?
オカシイ。分からぬ、贄の時間ではない。
我の目論見と違う……。
このようなことなど、いつ以来かの?
何かが、我の支配する都市で起きているのか?
神界の糞どもか?
いや、惑星セラの地下都市ダウメザランは、限定的だが、我の領域とほぼ同じ。
神界の糞どもが入り込む余地はないはずだ。
薔薇の鏡を持たせていた司祭を直に視るか……。
と、思考した魔毒の女神ミセアは、自身の掌を見る。
掌に、漆黒色の蛇が無数に絡み合いつつ共食いする紋様が浮かぶ。
その漆黒色の蛇から、緑が滲むと、蛇と緑が絡む薔薇の模様に移り変わった。
そして、大本の掌の中心から皺と皮膚が捲れつつ渦が拡大するように掌が裂かれた。
裂かれた内部から、巨大な眼球が出現。
その巨大な眼球から、薔薇の形の巨大な鏡が出現。
巨大な鏡は、周囲の魔力を吸い込む。
その巨大な鏡は、巨大な眼球から離れて、縦方向に幾重にも分裂した。
積み重なった巨大な鏡は、閃光を放つ。
と、吸引を強めた。
巨大な鏡は、下から漆黒の樹木やら無数の死骸を取り込む。
まだ生きている魔界王子ハードソロウの軍勢も吸い込んでいく。
魔毒の女神ミセア以外の、魔界の一部ごと吸い込む勢いだ。
やがて、嵐のような凄まじい吸い込みが止まる。
その巨大な鏡の表面に、渦の塊が映し出された。
細かな蛇と薔薇の模様も映る。
立体的な、穴という穴に、苦しみもだえる者たちが溶けながら吸い込まれていく光景もあった。
穴に沈み込むような魔線の群れも無数に映し出されていく。
なんの力もない定命の生物が、その巨大な鏡が織りなす万華鏡染みた映像を、直に、見たら精神が破壊されるだろう。
やがて、その沈み込んだ先に映ったのは……。
魔毒の女神ミセアが支配する地下都市ダウメザランだった。
とある魔導貴族の屋敷が崩壊した現場。
魔毒の女神ミセアが関知していない現象だ。
歯がゆさを覚えるが、同時に、興味を抱く現象でもあった。
「……鎖? 我の薔薇の手鏡の力を弾く? 面白いわね」
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