六百十九話 バルミントとサジハリ

 ここはエイハブラ平原の北東の【竜と蜘蛛の毒森】。

 別名、【ベイオズマとラメラカンセスの古代森】とも呼ばれている。

 そして、バーミリオン色の天気雨が降ることで有名だ。

 キノコと苔の住み処の倒れた丸太に、そのバーミリオン色の雨が降り注ぐ。

 やぶを漁る巨大猪ドドメルセス。

 密集した茨を好む鋼ネズミ。

 酸っぱい巨大クランベリーを食べる大蜘蛛グレナダクイーン。

 など、様々なモンスターたちがこの毒の領域が広い森に棲息している。


 今も、疎らに日が射し揺らめく影が、そんな森に暮らす様々なモノたちを映していた……。


 毒森に荒々しい男たちの声が木霊する。


「あそこだ」

「追え!」


 男たちは人族。

 身なりは傭兵と分かる。

 ばたばたと足音を響かせて、苔と松ぼっくりを踏み潰す傭兵たち。


 その影響で、周囲の動物たちは一斉に荒い鼻息を立てて逃げていく。

 逃げる鹿の中に一人の女がまざる。


 赤ずきんをかぶる女。

 その小さい顔には切り傷が多い。

 灰色の衣服は薄汚れて膝小僧は擦りむけていた。


 頬にも傷のある女は、右手に小さい杖を持つ。

 森の難所を必死に一人で逃げ続けていたが――。


「きゃぁぁぁ」


 足を滑らせて転倒。


「もう諦めな、毒森の影響を受けるぞ」

「そうだ――すばしっこい奴め!」


 追いかけていた男たちが転倒した女に近寄った。

 一人の傭兵が、手に持った網を投げる――。


「こないで!」


 そう叫ぶ女は、足下から魔力を発して急反転。

 迅速な動きで、また走り出し、網の攻撃を避けていた。

 しかし、女は足を止める。


 女の目の前には、緑を基調とした毒々しい噴霧が広がっていた。


 ここは、毒の環境を好む高亜竜ベイオズマが棲む領域……。

 高ランク冒険者でもあまり立ち寄らない場所だ。


 女の背後に男たちが現れる。


「ウリラ。さすがにあの毒の中を進むわけにはいかないよな?」

「お前の魔法力を以ってしても、あの毒は防げまい」

「へへ、やっとか」

「ムリュ族の女を楽しめるか?」

「ドッパ、まだだめだ。ペイークの壺がある」

「かたいことを言うなよ。適度に薬を盛れば、お堅いムリュ族の女だって、喜んで腰を振るようになるだろう?」


 そう語る男たち。

 逃げてきた女は振り向きつつ、


「もう、ペイークの壺は渡したでしょう? わたしに構わないでください」

「ウリラさんよ、お前の寄越したペイークたちは、たしかに、売り物にはなる。が、俺たちでは操作できねぇ」

「おう、それを操る者がいねぇとな?」


 そういって胡乱者が赤ずきんをかぶる女に近づく。


「……それ以上近づいたら攻撃します」

「やってみろ――」


 と、前傾姿勢で前進する剣士の男。

 ウリラは杖を翳し、魔力を杖に込める。

 杖の先端に魔力が集中すると、風槌エアハンマーを出した。

 初級:風属性で覚えられる魔法だが、ウリラの精神力と魔力は高い――。


 威力は上級を超えていた。

 だが――。


「無駄だ」


 そう言い放った剣士の男は魔剣を迅速に振るう。

 上級規模の風槌エアハンマーをあっさりと真っ二つにした。


「……」


 ウリラは頭部を振るってから、毒霧が広がる森のほうを見る。

 意を決したように視線を強めると、その毒霧のほうに逃げようとした。


 その直後――。

 頭上に巨大な魔素の反応を得たウリラ。


 背後の男たちも驚いて見上げている。 

 その頭上には、四枚翼を羽ばたかせていた漆黒色の小型の竜が現れていた。


「ガォォォォ――」


 四枚翼を持つ漆黒竜は魔力の波動を込めた息吹を発した。

 波動はウリラを守るように男たちだけを吹き飛ばす。


 そして、四枚翼を縮めながらウリラの前に着地。


 男たちは樹木にぶつかりながらも生きていた。

 四枚翼の竜とウリラの下に走っていく。


「竜だと!」

「……小さいが、四枚翼は見たことねぇ」

「ベイオズマではない亜竜か……」

「未知の竜かよ……」

「どうする? ウリラの能力なら竜を捕まえることも可能だと思うが」

「ベイオズマの幼竜だったらどうするよ」

「この大きさで幼竜なわけねぇよ」

「あぁ、もう成長が進んでいる。それに、ペイークの操作のほうが重要だ。未知の竜は魔力の風だけだろ?」

「小さいし、たいしたこともないか」

「おう、やっちまおう! 鱗もみたことねぇし、素材として一級品かもしれねぇ」

「そうだな。弱らせて捕まえれば、他のムリュ族でも操作は可能かも」

「うむ。保険に使えるか」

「まて、お前らはあの珍種の竜を利用しようとしているようだが、俺は違うからな。ベイオズマ用に雇われた力を示させてもらうぞ」


 隻眼の男がそう発言。

 顎髭を生やした、その隻眼の男は自身の腕前に自信があるように、傭兵たちを威嚇していく。

 隻眼の男は、クロスボウを背中から取り出している。


「魔人殺しのハシュマランか」

「俺もハシュマランに賛成だ。最悪殺して素材になってもらおうぜ」

「そうだな」

「「おう!」」

「ウリラも逃げるなよ? あとでたっぷりと楽しませてやるからな」

「ヒヒヒ」

「……」


 ウリラは未知の竜をチラッと見てから、胡乱者たちを睨む。

 四枚翼の竜はくりくりっとした丸い双眸を輝かせて、ウリラを見る。


 魔人殺しの異名を持つクロスボウ使いのハシュマランが、


「竜殺しの新しき異名は、俺がもらう――」


 魔の矢を四枚翼の竜に向けて放つ――。


 四枚翼の竜は即座に反応。


 四肢に力を込める。

 体勢を低めて、喉元に魔力を溜めた。

 同時に、小型の竜とは思えないほどの立派な背骨が青紫色と血色に煌めきつつ僅かに突起すると――口を広げた四枚翼の竜――。

 顎の上下に生えた牙がシュウヤの知る可愛い牙の大きさではない。

 鋭い牙の間から覗く血色の魔力の質も、シュウヤが知るソレではなかった。

 ヒューヒューと荒々しい呼吸の重低音は、まさに高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアとしての魔の息が奏でる音といえる。


 刹那、鱗の一部に小さい光魔ルシヴァルの紋章を輝かせた。


「――ガォォォ」


 と、咆哮。同時に、口の中に集結させていた魔力の塊を吐く。

 その塊は、紫電がプロミネンスのように走る血の炎の塊――。

 ごぉと鈍い音を響かせ直進する血の炎の塊は、男たちと衝突し爆発――。

 紅炎は散るように扇状に広がった。

 まともに炎の塊を喰らった男は体が消滅。

 周囲の男たちは雷撃を喰らったように炭化。

 血の咆哮とも呼ぶべき血の炎は周囲の樹木群を溶かすように燃やしていく。


 強烈な血の炎の塊を吐いた四枚翼を持つ竜は、突如、


「――きゅ?」


 と可愛らしい声を発して、頭部を持ち上げた。

 その空中には赤を基調としたコスチュームを着ている女性が睨みながら浮いている。


「おやおや、バルミント。人族をやっと喰うかと思ったら、ムリュ族の女を救うための行動だったのかい?」

「ガオォォ」

「そうかいそうかい。しかし、今のブレスはわたしの竜言語魔法とは少し違うね?」

「きゅ?」

「フフ、可愛い声を出しても無駄だよ? お前だけの能力。いや、シュウヤカガリの匂いを出している。シュウヤカガリと繋がりのある特別無比な能力だね?」

「ガオォォ」

「ふふ、いい面だ。高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアらしくなってきたねぇ」

「あ、あの、助けてくれて、ありがとうございます。古代竜様……」


 ウリラは紅色の衣装が似合う女性とバルミントと呼ばれた小型の竜に向けて、丁寧に頭を下げていた。


 紅色の衣装の女性は、ウリラを見据えながら、


「ムリュ族の女。バルが助けた以上は、お前を殺さないでおいてやる。わたしの気が変わらないうちに、とっとと、この餌場から出ていきな」

「え……古代ムリュ語を?」

「ガォォ」


 バルミントはウリラに近づいて顔をペロッとなめていた。


「――あう、ふふ」

「ムリュ族の女。バルに手を出したら、わたしよりも怖い存在に呪われるぞ?」


 高笑いする紅色が似合う美しい女性。


「え?」

「バルミント、戻ってきなさい」

「ガルルゥ」


 バルミントは四枚翼を羽ばたかせて浮き上がると飛翔。

 自分を呼んだ宙に漂う紅色の衣装が似合う女性の隣に止まる。


「あ、あの。その子の名前はバルミントと言うのですか?」

「そうさね」

「貴女は……」

「ガォッ!」

「ははは、バル、お前はムリュ語はしゃべれないだろう」

「……可愛い」


 と、呟いたウリラを凝視する紅色の衣装が似合う女。


「とっとと出ろと言ったが、ムリュ語が通じないのか?」

「いえ、通じてます。古の賢者様……」

「はっ? なぜ、わたしが賢者になる」

「え、浮いてますし……あ、名を教えてください! わたしの名はウリラ」

「あたしゃぁ、荒野の魔女サジハリだよ」

「サジハリ……」


 と、ウリラが呟いた時には……。

 もうサジハリとバルミントの姿は消えていた。

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