六百十八話 エルフのトンファー使い
ゲンザブロウは身構えると両手に魔力を集中。
手に魔力の立方体が瞬く間に構成された。
立方体と四角形はオークション会場でも披露していたな。
が、立方体の各面には、浮いたようなマークがある?
目まぐるしい速度で回転しては、先端の矛が変化していく様も知らない。
多角形を基軸に武器以外に盾も作れそうなイメージ力か。
<導魔術>と似た能力かな。師匠との過去話を思い出す。
◇◇◇◇
『研鑽を重ねるうちに、この導魔術の魔力を武器へと変化。例えば、刃物とかのイメージを強めた〝魔力の剣武器〟の導魔術は可能でしょうか』
そう聞いた時……。
アキレス師匠は目を細めていた。
〝ほぅ、そこに気づいたか〟といった感じだった。
そして、熱を込めた言い方で、
『できる。わしらは肉と骨があるからさすがに限度があるが……導魔術や仙魔術は自由な想像力が要……しかし、研ぎ澄まされた魔力の刃を構築できるのか? と言ったら疑問を浮かべるしかないだろうな』
『難しそうですね』
『あぁ、難しいどころではない。刃物と一緒に寝たり四六時中話しかけたり食べたりすれば、できるかもしれないが……ま、これは半分冗談として覚えておけ。それぐらいの気概を持って強く想いを持ち続けなければ駄目だということだ』
『仮に可能だとして、相当な時間と労力と莫大な魔力を消費するだろう。維持も難しい。だから現実的ではない……実際の剣の研鑽を積んだほうが、余程、有意義となろう。だが、これはあくまで一般論。シュウヤのように魔力を豊富に持つ者ならば、可能性は、あるかもしれん」
『……そうですね。無理だと思いますが、考えてみます』
『やってみないとわからんぞ? わしの考えが古いだけかもしれん。なんせ、ここの想像力が左右されるからな』
この時、師匠は、自身の頭部を指してイメージ力が重要だと説明していた。
『師匠が冒険者だった頃、そういう使い手はいなかったのでしょうか?』
『そのような使い手はおらなんだ。だが、この世の中は広い。たまたま、冒険中に会わなかっただけかも知れん。もし、そのような使い手がいたら〝魔法も形無し〟だろう。詠唱や紋章も無いのだからな……』
『そうですか……』
アキレス師匠に向けて、心で、ラ・ケラーダを実行。
そして、まさに〝魔法も形無し〟な能力を持つ眼鏡男に向けて、
「貴方がゲンザブロウさんで、浮いている女性がアイさんですね?」
「そうですが、貴方は?」
背中をカリィたちに晒すが……。
ユイがいるしレンショウも裏切ることはないはず。
その黒マスクが似合うレンショウは遭遇したとき焦っていた。
片方の魔眼の癖かもしれないが双眸も挙動不審で二つの呼気バルブから出る魔の息も荒かった。
そして、俺を見る双眸から……。
『戦争に参加するなら最初から言っとけよ』
といった言葉が聞こえてきそうだったな。
と、そんな背後のレンショウよりも目の前だ。
ゲンザブロウに向けて、
「……俺の名はシュウヤです」
と、日本人らしく挨拶。
そのゲンザブロウの顔と腹の傷が生々しい。
傷痕からカリィから受けた傷ではないことは明白。
一応、アイテムボックスを操作。
ポーションと半透明の髑髏を取り出す。
「これで回復が速まると思いますので、どうぞ」
「――ありがとうございます。ですが、もうじき回復は完了します」
「シュウヤ? だれ?」
俺の名を聞いてくるアイのほうに傷はない。
しかし、ゲンザブロウの傷は長剣類……。
だとすると、カリィと戦う女たちは、ゲンザブロウとアイの敵なのか?
そして、ゲンザブロウが語るように、傷の回復は速い。
細胞が活性化した効果かミミズのように蠢く皮膚片は気色悪いが、確かに回復している。
タケバヤシの回復スキルと似たようなスキルだと思うが凄いスキルだ……。
再生医療の最先端技術を超えている。
しかし、こういう回復スキルを見ると……。
弱点を抜きにしても、不死系種族の一瞬で再生しうる能力は無敵に近い。
……さて、野郎の傷を見てもな。
ゲンザブロウはポーションを体にかけつつ掌と掌を合わせる。
指で密教の印らしきマークを作りつつ回復に努めた。
「あ!」
アイの驚く声だ。
半透明の髑髏を見て気付いたようだ。
俺は『そうだ』と安心させるように頷く。
アイは満面の笑み。喜んでくれた。
しかし、唇を結ぶ魔糸のようなアイテムは、自由に動かせるのか。
八怪卿のセイオクスの唇とかぶる。
もしかして、足がない代わりに、弟子のムーのような糸を操作する能力でもあるのか。
そして、黒き戦神のミカミ・ゲンザブロウに向けて、
「お気付きのようで、シャルドネの依頼です」
「シャルドネ様……ちゃんとわたしたちのことを考えてくれていたのね」
「そういうことでしょう。俺は【月の残骸】から【天凜の月】と名を変えた闇ギルドの盟主、または、総長と呼ばれている槍使いでもあります。地下オークションで君たちを買う側だった元【八頭輝】です」
「あぁ、あの時の……」
「――な!?」
「――【血星海月】の代表!?」
カリィと戦っている強い女性たちが驚いて叫ぶ。
まさか血長耳と知り合いなのか?
「シャルドネ様が『結婚したい男ナンバーワンですの!』と、興奮してお話をされていた?」
「そうだ。天下無双の槍使い」
アイとゲンザブロウは俺をそう評しながら頷き合う。
二人は安心したようだ。
アイのシャルドネを真似た言い方で、思わず笑った。
が、厳しい顔色を意識。
……振り返りつつ、カリィと戦う綺麗な女性たちが気になるが……。
階段付近にいるユイに視線を向けて、
「では、ここからは普通に話をする。そこの階段側にいる剣士は眷属のユイ。マスクの男はレンショウ。今、仲間になった」
と、紹介。
ユイはカリィと戦っている女たちを<ベイカラの瞳>でジッと見ている。
手に持った神鬼・霊風を掲げて『話は聞いているから』と意思を示してくれた。
それを見たゲンザブロウは、
「……了解した。ボサボサ毛の男はカリィか。そのカリィと戦っている強者の二人、魔剣師の片方の渾名は流剣、名はリズ・フラグマイヤー。袖に魔剣を隠しつつ独自の剣法を扱う凄腕。わたしと戦った際にセナアプアの【魔塔アッセルバインド】という商会からの派遣で、この遺跡に来たと。会長と呼ぶリーダーがいるようだ。そのリズの目的は、強者と戦うことやアイテムと金を求めてこの遺跡に来ただけと喋っていた。そして、別段、わたしたちの命を求めているわけではないらしい。エルフのトンファー使いも、リズの仲間。最初からカリィと戦いながら、この場におりてきた」
ゲンザブロウが説明してくれた。
「ありがとう、状況はなんとなく分かった」
と、頷きつつカリィと戦うリズさんを見る。
黒き戦神と呼ばれたミカミ・ゲンザブロウに傷を与えた魔剣師のリズか。
大柄のルルセスとは、また違う魔剣師。
ま、カリィと互角以上に戦っているから、その強さは異常なほど分かる。
【魔塔アッセルバインド】と渾名の流剣はクナから聞いたことがある。
我傍の部屋の素材に使われたエセル界の品を横流ししている組織か。
セナアプアなら当たり前のように血長耳を知っているだろう。
先ほどの彼女たちの驚きの表情は、俺の名を知っているからこその反応だったわけか。
では、あのトンファー使いのエルフは……。
【銀死金死】の女エルフ傭兵か。
リズさんにしろ、美人さんだし衣装も悩ましいから仲良くしたい。
そして、二人とも偉大なおっぱいの持ち主。
膨らみもいい! 二人とも戦う姿は可憐だし素直に応援したい。
交渉もできそうだ。
だがしかし、今は大切な皆が暮らすサイデイルのために依頼を受けた立場だ。
敵となるなら戦いに発展しても仕方ない。
そんな思いで、皆に向けて声を意識しながら、
「――ゲンザブロウとアイに、また攻撃を仕掛けてくるようなら、俺たちが代わりに戦うことになるからな?」
と、大声で宣言。
地下遺跡に俺の声が木霊した。
「――天凜の月は、わたしたちと争うってのかい!」
「リズ、人数的に分が悪すぎる――」
「隙あり――」
「きゃ――」
カリィの<導魔術>の短剣に翻弄されたリズは足払いを喰らい転倒したが、エルフの銀色のトンファーごと、右腕がブレた。鋭い突きに払いがカリィの追撃を往なす。
凄い、しかし、エルフのトンファー使いの動きはエヴァのトンファーの動きと似ている。まさかな……ん? エヴァが反応していたことを思い出す。
まさか、まさかの? エヴァの師匠とか? そのまさかだとしたら、敵対はしない!
交渉優先といこうか。
「ユイ、そのエルフのトンファー使いの女性は知り合いの可能性が高いから、攻撃はなし」
「「え?」」
「ボクの立場は――」
「しらんがな――」
カリィの間抜けなうわずった声と、俺の声を聞いたレンショウは不気味な声で笑って、ふいていた。他の皆は驚いている。
すぐに気を取り直したエルフのトンファー使いは迅速なムーブから逃げたカリィを追撃――凄い動きの質。魔脚の一種だが速度を上げるスキル持ちか?
足下がぶれた、銀色と金色のトンファーの動きの質も極めて高い――。
カリィは必死だ。あ、脇腹に傷が、カリィの嗤い顔がひきつって見えた。
その金色のトンファーをくるくると回すと下段蹴りのモーション、いや、蹴りはフェイクか――銀色のトンファーの角度が変わった――これもフェイク――。
金色のトンファーが、いや、これもフェイク、また下段蹴り――。
更に銀色のトンファーが脇腹を狙う。
踊るように蹴りを避けたカリィだったが、出血した影響か反応が遅れる。
が、<導魔術>で操る短剣で脇腹の攻撃を防ぐ。
――カリィは俄に後退。前進しながら回転下段蹴りを繰り出すエルフのトンファー使い。
片方のトンファーで地面を射すと動きを止めて後転――。
カリィと間合いを取ると、そのカリィを一睨み。
すぐに身を翻す――。
仲間のリズの下に戻って、そのリズの手を取り起こしてあげていた。
エルフのトンファー使いの身熟しが可憐だ……。
リズを助けた、そのエルフは再びカリィを見て……。
「ひゅ~、呼吸が僅かに乱れただけで、<魔闘術>系統の技術が高い、体の内を巡る魔力の流れは理解を超えている。<天引き蹴刀>の連携も防ぎきったし、こんな強者は本当に久しぶりだ」
「ボクもサ♪」
「テツとの戦いでは足下が弱そうに思えたが、あれはワザと隙を作り出していたフェイクの一つだったのか」
「自己と他人を欺く<理合>の技は、それナりにあるからネ♪」
「……そのカリィって名は、正直、聞いたことがなかったけど……音を立てず魔力を広げず影の跡を残さずって奴か。そうとうな腕だねぇ……」
と、言いながらカリィではなく、俺に視線を向けて凝視してくる。
キッシュとはまた違うエルフの美人さんだ。
頬にエルフ氏族特有のマークがない。
どことなく盗賊ギルド【ベルガット】の局長のディノさんを想起した。
とりあえず、エヴァの師匠かもしれないし、笑みを意識。
エルフのトンファー使いは、俺を見て訝しむ。
「……リズ。【テーバロンテの償い】や【八本指】に【スィドラ精霊の抜け殻】のほうが、よかったかもしれない相手だぞ?」
リズさんはエルフのトンファー使いの言葉を聞いても、頭を振る。
そして、リズさんは、カリィを睨み、
「……テツを殺したボサボサ髪の短剣使いは【天凜の月】のメンバーなのか?」
「いや、メンバーじゃない」
と、俺は即答。
「――そう。ボクはフリーだヨ♪」
『不気味なポーズです!』
左目に棲むヘルメちゃんが、カリィの変態ポーズを指摘。
『……あぁ、恐怖を感じる』
そのカリィがフフッと嗤いながら掌で短剣を回す。
自身の脇腹に、その刃の表面を当てていた。
その血濡れた短剣を、またくるくると回して、眼前に持ち上げつつ長い舌を出して、リズを見ながら刃に付着した血を舐めていた。
こえぇぇ。
「……ボクはね、アルフォードとレンショウと一緒に、新しい闇ギルドを作る資金作りをがんばってイる最中なのサ!」
「……糞が、その変態的な笑みはやめろ!」
リズさんは相棒を殺されて相当頭にきている。
まぁ相手の神経を逆撫でする
気持ちを抑えるのは、難しいだろう。
が、戦闘は幸いにも、止まった。
ある種の芸術とも言えるのか、カリィの変態は。
ユイに視線を向けて、
「ユイ、カリィが動いたら殺すつもりで動いていい」
「わ、分かった」
「えぇぇ、ボクは槍使い側だヨ?」
「なら、戦闘は中止だ」
「了解♪」
「ふざけるな……」
リズさんは怒る。
レンショウにもアイコンタクト。
頷くレンショウは、カリィと目配せした。
カリィは頷くと素早く短剣を腰に差し戻す――。
階段の上に避難した。
レンショウはそのまま待機。
ま、静観を決め込むはず。
「くっ」
と、リズさんはカリィを追おうとする。
だが、エルフのトンファー使いが彼女の腕を押さえた。
「どうして止めるのさ」
「……感情的に動くところじゃない。会長が泣くよ?」
「……」
リズさんは瞳を揺らして、片方の目から涙を零す。
俺は、そのエヴァの師匠かもしれないエルフに、
「……エルフのトンファー使いさん」
「なんだ?」
お前も敵に回るのか?
という睨みを利かせた面だが、美しい。
「エヴァという名の魔導車椅子に乗った女性に心当たりは?」
「え?」
蒼い瞳が揺れた。
動揺するエルフのトンファー使い。
「元はナイトレイ男爵家、政変によってペルネーテに移り住むことになったエヴァのことなんですが」
「……知っている。エヴァと天凜の月の盟主がどういう関わりを持つんだ!」
初見で俺の眷属です。とは言えないよな……。
いや、正直に言ったほうがいいのか。
「大切な彼女の一人。俺の眷属の一人で家族だ」
「……」
「クレイン先生ですね?」
俺の問いにエルフのトンファー使いは、ビクッと体を揺らす。
その瞬間、トンファーの武器の片方を落とす。
「エヴァ……」
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