六百十七話 不怕千招会、就怕一招精

 ◇◆◇◆



 ここはスモンジの中庭。

 左の奥に、この大陸では三番目に大きい大浴場がある。

 

 そんな大浴場で二剣流の男と槍使いの女が戦っていた。


 二剣流の男は両手が握る魔剣を交互にリズミカルに振るう。


 槍使いの女も、その二剣流の男とダンスでも楽しむように魔槍を振るった。


 蛇矛の穂先――。

 石突の攻撃を繰り出す。


 二剣流の男は片手が握る魔剣を下げた――。

 その下げた魔剣の切っ先で、胸元に迫った蛇矛を叩くように弾くと、二剣流の男は、両手首を返す。


 素早い魔剣の斬り上げから、かち上げ気味に魔剣を振るう実行――。


 切っ先で、槍使いの女の顎と両肩を狙うような斬り技だ。

 

 槍使いの女は、頭部を僅かに傾けた。


 その二振りの魔剣の切っ先を凝視しつつ、余裕のタイミングで魔剣の斬撃を避ける。


 前に出た二剣流の男は槍使いの女と間合いを詰めつつ左肘の打撃を繰り出す。

 槍使いの女は体を右半歩下げて、顎を掠める肘の打撃を避けてから自身の左手を、相手の胸元に向かわせる。


 先端が尖る血色に輝く爪を活かす貫手技。

 しかし、二剣流の男は反応。


 肩を下げつつ横回転。

 槍組手の貫手を避けた――。

 二剣流の男は回り続けた。

 

 そして、背中が、否、肩が槍使いの女の頭部に迫る。二剣流の男は、背中を晒す形で肩の打撃<飛肩突>を繰り出していた。


 ――二剣流の男が飛剣流と我流を研鑽し続けて、独自に獲得した<飛肩突>というスキル。


 シュウヤが見たらアキレス師匠の〝右背攻〟を思い出すだろう。

 

 槍使いの女は貫手ぬきての手を引いた。


 ゆらりとゆらりと手を解きつつ片手の掌を相手に晒しつつ右足の爪先を軸とした回転機動を行った。


 ――二剣流の男とペアダンスを踊るかのように見える。


 槍使いの女は、二剣流の男の<飛肩突>の攻撃を避けた。


 間合いが、ひらいた直後――。


「――ダンスも楽しいけどね♪」


 と発言。

 二剣流の男は背中をさらしている。


 槍使いの女は、その足を狙うように魔槍の蛇矛を振るった。


 二剣流の男は背中に目があるように反応――。


 後ろ向きのまま背中から足下へと魔剣を下げた。

 その下げた魔剣と、蛇矛が衝突。


 ――足を守った魔剣の剣身と蛇矛から激しい火花が散った。


 二剣流の男は槍使いの女の横に回る。

 槍使いの女は「ふふ、逃がさない――」と発言。

 二剣流の男は、その足下に来た蛇矛の足払いを、左手が持つ魔剣を下げて対応。

 そのまま下げた魔剣を上げて、魔槍を掬うように上方に弾いた――。


「ふふ♪ いい動きね――」


 二剣流の男は槍使いの女の言葉には反応しない。

 魔槍を弾いた力を活かすように、槍使いの女へと自らの背中を見せつつ後転跳躍を実行――。


 更に、宙空で体を捻りつつ槍使いの女に宙空から間合いを詰める二剣流の男は、足を向ける。


 飛び蹴りか?

 否、それはホパークの姿勢だ。

 宙空からコサックダンス風の蹴り技を繰り出す。

 

 靴底で、槍使いの女の頭部を連続的に踏みつけるような蹴り技だ。


 そのスキルの名前は<襲刀連蹴>。


 ――槍使いの女は蒼い双眸が光る。


 金色の髪を揺らし――。

 魔槍の柄を上部に構えた――。


 二剣流の男のブーツの底から出た金属の刃を魔槍の柄で何度も防いでいくが、防戦一方だ。

 二剣流の男の靴底から出た金属の刃と槍使いの女が持つ魔槍の柄が何度も衝突を繰り返した。


 無数の火花が散る。

 槍使いの女の金色の髪を焦がした。 


 二剣流の男が繰り出した踏み蹴り技の<襲刀連蹴>の威力は並ではない。


 が、槍使いの女の魔槍を扱う技術は高い。 


 ――すべての蹴り技を防ぎきった。

 

 二剣流の男は「チッ」と舌打ちを放つ。

 二剣流の男はそんな悔しさの演出もフェイクにした。その着地際も隙を見せず――背中を向けたまま右腋から左手の魔剣の切っ先を、槍使いの女に向ける。


 バックスタブ不意打ち――。

 

 槍使いの女の胸元を突く狙い――。


 槍使いの女は左手一本で握る魔槍を斜めに下げて――対応。


 不意をつく魔剣の切っ先を弾いた。


 その魔槍を右手に持ち替えつつ――。

 二剣流の男の繰り出した剣突を柄と石突で、魔剣の連続攻撃を弾くことに成功。


 槍使いの女は、反撃。

 左の掌で、掌底を放つ要領で、魔槍の柄を押し上げた。


 二剣流の男の顎に石突を向かわせた――。

 二剣流の男は嗤い顔を見せる。


 スウェーバックで顎に迫った石突を避けた。

 

 魔槍の軌跡が空しい遠吠えとなった。


 一瞬、両者に間が空いた。

 

 互いの武器越しに凄腕と認識し合う笑み。

 刹那――。


 二剣流の男の両手首が黒色の光を発した。


 更に、二剣流の男は、


「そらっ――これはどうだ!」


 そんな声とフェイクを織り交ぜたような前蹴りを出す。


 槍使いの女は、その前蹴りは、ちょんと反復横跳びで、あっさり避けた。

 

 二剣流の男は、手首の他にも、足に黒色の薔薇の魔印があった。


 その両足の魔印から蔓が出る。

 横に逃げた槍使いの女に蔓が向かった。


 やや遅れて、二剣流の男の両手首の魔印からも蔓が出た。


 槍使いの女は焦げ茶色の魔槍を振るいつつ身に迫る蔓を切断――。

 しかし、蔓が散るごとに、小さい黒薔薇が咲き乱れつつ槍使いの女に蔓と黒薔薇が付着していく。


「気色悪い、黒薔薇と蔓ね……」


 と、蔓が体に絡まりつつ黒薔薇の棘が、槍使いの女の体に突き刺さる。

 槍使いの女は動きを止めた。

 金色の髪を揺らす槍使いの女は苦悶の表情を浮かべて二剣流の男を見据えていた。


 この清楚な雰囲気のある端麗な女性が苦しむ表情を、もし、敵対していないシュウヤが見たら確実に怒るだろう。


「――黒薔薇は特異能力だ。そう簡単にはほどけないだろ?」


 と、二剣流の男は動きを封じた槍使いの女を見ながらそう語る。

 勝ち誇った表情の二剣流の男は――。

 槍使いの女に絡む黒色の薔薇が目立つ長い蔓を自身の手足の魔印に収斂――。

 二剣流の男は、その手足に蔓が引き込む反動を使う――。


 前傾姿勢で槍使いの女に近づいた。

 刹那、槍使いの女はわらう。


「演技はここまで」


 アハハ――。

 嗤った声でエコー的な音を響かせる。

 

 その刹那、全身から血が噴出――。

 噴出した血は体に絡む黒色の薔薇を強引に引き千切った。


 更に<血雨牙>で再生する黒色の薔薇を根こそぎ破壊。


「――なんだと」


 驚きながらも動きを止めない二剣流の男は、二剣の切っ先で、槍使いの女の首と胴体を狙う。

 二剣の切っ先を睨む槍使いの女は、両手持ちの魔槍を斜めに出す――。

 

 華麗に、穂先と柄で二剣を弾き――。

 続いて柄を握る右手を上に左手を前方に押し出す。


 両手が握る魔槍の石突が、下から半円を描く軌道で二剣流の男の胸元に向かった。

 男は胸元で二剣をクロスさせる。


「ぐ――」


 クロスした二剣の柄で石突きを防いだ。

 しかし――魔槍の威力に押されて、二剣流の男は後退した。バランスも崩す二剣流の男。


 その隙を逃さないつもりの槍使いの女は視線だけでフェイクを実行――。

 

 同時に魔槍を引きつつ回転下段蹴りを行う。

 下段蹴りが二剣流の男を狩った。


 二剣流の男の動きを追うように、槍使いの女は、槍を支えに、またも回転蹴りを行う。


 足を刈られた二剣流の男は体が浮いていたが、その回転蹴りが、その男の腹にヒット。


「――ぐぁ」


 蹴りを喰らった二剣流の男は、更に高く浮いた。

 その二剣流の男の腹に、槍使いの女が振るった石突きがクリーンヒット。


 二剣流の男の横っ腹から鈍い音が響いた。

 

 吹き飛んだ二剣流の男。

 背中を壁にぶつけて血を吐いた。


 が、その二剣流の男は意識を保つ。

 更に、得物の切っ先を器用に足下に刺しつつ素早く薬を口に含む。


 二剣流の男は、口端から血を零しながらも、


「吸血鬼め……」


 と睨みつつ語る。

 まだ立ち上がっていないが、回復も速い二剣流の男は魔剣の柄巻きを握リ直す。


「あら? 意外って顔だけど、この状況だからこそよ?」


 槍使いの女は、そう語ると、立ち上がろうとしていた男に近付いた。


「く、くるな……」

「ふふ、怯えちゃって♪ さっきの威勢はどうしたのかしら? 【黒薔薇の番人衆】さん。名はトハジェだったかしら?」


 クスッと嗤う槍使いの女。


 この金色の瞳を見た相手は心を熱するだろう。

 が、同時に体も凍ってしまうほどの冷たさを秘めた金色の瞳であった。


 艶のある口紅の唇は細く美しい。

 吸血鬼らしい犬歯が目立つ。


 繊細そうな鎖骨に乳房の上部が僅かに露出した洋装を着ている。


 二剣流の男は、唾を飲んでから、


「……吸血鬼なら、周囲の血を吸えばいいだろう」

「周囲の血は仲間が吸うから」


 すると、鴉たちが「かあかあ」と鳴く。


「……血の怪物たちめ……」

「は? 私より人族のほうが醜い怪物でしょうが! こんな馬鹿げた戦争を起こして」

「馬鹿げた戦争を利用しているお前たちもお前たちだろう」

「生きるために血を必要としているだけだし、状況を利用するのは当然でしょうに」

「……俺たちではなく動植物の血でも吸っておけよ……」

「いやよ。人族だって、生きるために色々なモノを殺しまくっているでしょう」

「うるせぇ、人族に手を出すな」

「……手を出すな? 自分らは何をしても許されるとでも?」

「当たり前だろうが! 怪物が!」

「ま、私と戦ってここまで持った貴方ですからね。特別だと思うのも分かるような気がしますわ」

「……チッ、翻弄しといてよく言うぜ。だが、俺も選ばれた人族だ……」

「……レフォトに、アリアに、ガイアに認められた特別な存在だとでも?」

「そうだ。他にはない優れた知性と成長能力があるのだからな」

「……何が知性よ。ほんっと人族は都合がいい、いつの時代も等しく身勝手で高慢極まりない……」


 【黒薔薇の番人衆】の幹部トハジェにそう語る吸血鬼。

 すると、仲間の鴉たちが音もなく吸血鬼に忍び寄った。

 鴉たちはおぼろな闇を纏いつつ人型に変身。


 その中で若々しい女性吸血鬼が片膝で地面を突く。


「――エミル様、騒ぎに乗して秘奥魔石の回収に成功しました。未開スキル探索教団にシャファの義遊暗行士も我らを見失いました」

「ふふ♪ よくやったわ」

「しかし、トレゼンドの反応が消えました」

「知ってる。未知の<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>が都市のあちこちにあるからね。他の吸血鬼に殺された可能性が高い」

「他の十二名家の仕業でしょうか?」

「うん、戦争に乗じている可能性もあるけれど、外れ吸血鬼が進化して一族を持ったのかも知れない?」


 エミルがそう言うと、悧巧りこうそうな老人の吸血鬼が、


「エミル様、お戯れを……」

「スコルピン。その古い吸血鬼の思考は捨てなさい。さ、その未知の血の匂いも近づいてくるし、撤収しましょうか」

「はい、そこの嗜好しこう品はどうなさるおつもりで?」

「あぁ、忘れてた。もらうわ」


 エミルは神速の域の速度で、血槍の矛を振るう。

 魔槍ウラドの<半月殺し>――。


 蛇矛はまばゆい輝きを発しつつトハジェの首に吸い込まれていた。

 ――凝然と反応できないトハジェ。

 血の一閃によって、トハジェの首が飛ぶ。

 かの武人レンブラントの再来と呼ばれたトハジェはラスニュ侯爵の任務を果たせず死んだ。


 宙に鮮やかな血飛沫が数珠つなぎを作りつつ「丈八蛇矛」のような魔槍ウラドに吸い寄せられていく。

 血の軌跡を見たエミルは満足そうな表情を浮かべる。

 傍から見れば、醜悪極まりない惨劇。

 が、その血の飛び散り方はアート性が高く魅力的に見えた。


 彼女の正式名はエミル・ラヴァレ・ミドランド・ルグナド。

 放浪する吸血鬼集団ミドランド家の女帝がエミル。

 



 ◇◆◇◆



 下の穴から様子を窺っていると剣戟音が少なくなった。

 エヴァの血文字が浮かぶ。


『ん、ロロちゃんが女の子を乗せてきた』

『エヴァはその子を頼む』

『ん』

『ご主人様、救出した女性とご主人様から女侯爵の指輪を預かったドワーフたちは、コンサッドテンの本陣で休んでいます』

『よかった。俺はユイと塔雷岩場の天辺だ。凄腕の傭兵を倒しながら下の様子を見学中。これから降りて宿を探索しながら地下遺跡に向かう』

『はい』

『それと今までと変わらず現場の判断に任せるが……大まかな作戦とサーマリア軍の行動予測を告げておく』


 一、サーマリア軍の主力がコンサッドテンの陣地を本格的に狙う前後のタイミングで、左右の路地の死角を利用するはず。

 二、ヴィーネとジョディは、遊撃しながらサーマリア軍の背後を突け。

 三、レベッカとキサラにエヴァは、ルマルディとアルルカンの把神書と連携しつつコンサッドテンのフォローを頼む。

 四、助けることが可能な一般市民がいたら助けてやってくれ。


 と、説明。


『ん、シュウヤの言うとおり、サーマリア軍の斥候と騎兵が前線に出たって伝令がきた』

『わたしはジョディの近くに――』

『エヴァは守りで、わたしは攻めでいく』

『無理はするなよレベッカ。んじゃ皆、頼む』

『『了解』』


 皆の血文字が消える。

 腰ベルトにぶら下がる魔軍夜行ノ槍業がまた動く。

 装丁の金具が独鈷魔槍を『使え』と突いてくる。

 今日はやけに積極的な魔軍夜行ノ槍業の奥義書だ。


 奥義書の中に棲まう八怪卿の師匠たちへ……。

 『分かりました』と意思を送るつもりで、独鈷魔槍と魔軍夜行ノ槍業を指で小突く。


 ユイが独鈷魔槍を見てから下を向いて、俺に視線を寄越す。

 

「人数が減ったけど、また増えた?」

「今戦った、魔剣師と魔槍使いと同じ強者でしょう」


 ヘルメもそう語る。


「室内戦が多くなりそうだ」


 そう発言しながら独鈷魔槍を手に取る。

 ……再び下の穴を覗く。


「……知り合いがいるかもしれない」

「変態の短剣使い?」

「あぁ」


 と、返事をしながら、


「ヘルメ、左目にこい」

「はい」


 左目にヘルメを戻す。

 ユイは<ベイカラの瞳>を発動させると、頷いた。

 目尻から白墨とした粉のような魔力粒子が舞う。


「行こうか」


 と、穴から降りて着地――足下の血を吸う。

 ユイも降りた。

 すぐに周囲の血を吸い取る。

 スモンジの宿だった内装が露出していく。

 

 ――足下は板の間、シカモア調で純粋に美しい。

 根太的な床束は――硬くて、かなり頑丈だ。


 前後左右のフットワークを確認――。

 

「ふふ、シュウヤといると依頼を忘れて楽しくなる」

「そうか? ま、やるべきことをやるだけだ――」


 何事も経験――。

 周囲を見ながら魔素のあるほうに向かった。


 部屋が左右に並ぶ場所を駆け抜けた。

 棚が倒れて通路が塞がる。

 その棚を破壊――。

 整ったワードローブも倒れて邪魔だ。

 ユイが魔力を込めた神鬼・霊風を振るう――。

 神鬼・霊風にスパッと切られたワードローブは四散した。


 魔素の反応は、まだまだ遠い。

 俺たちは足早に進む――。


 漆喰と植物の蔓が絡まる穴だらけの壁が右側に続く。

 左側の壁は穴が少ないが、中央の柱の多くが切断されていた。

 戦っている魔素は、まだまだ下。


 左のほうの階段をユイと一緒に飛び降りて、前に駆けていく。

 徐々に、傭兵たちの死体が多くなる。

 同時に床に転がる武器防具と背嚢も多い。


 めぼしいものを拾うべきだと思うが、今は無視――。


 血溜まりもある。

 足を止めたユイが視線を寄越す。

 

 ――気持ちは理解した。


「いいよ、気にせずユイが血を吸うべきだ」

「ありがと」


 笑顔のユイ。

 血を吸い取っていく。

 血もレディーファーストだ。


 その際に壁の横穴から外を把握。

 まだ、宿の二階か、三階ぐらいの位置かな?


 まだ高い。

 廊下を進むと左側に部屋が並ぶところに出た。

 柱といい、ここも和風構造だ。

 部屋は無視して先に行く。


 すると、急に内装が和洋折衷となった。


 板張りの床の幅が広がって広間に出た。

 一見は綺麗だが、シャンデリアと重そうな鉄棚が落ちている。


 左は納戸がある部屋。

 手前にあった丸机は真っ二つ。

 右は内普請をしたばかりの催事場か。

 腐った料理に汚れたお盆が散らばっている。

 先に進むと、茶屋風のパーラーもあった。


 ソバの匂いがしたが、まさかな。

 フルーツバーかカフェ的な場所もある。


 気になったが、先を急ぐ――。 

 植木鉢と植木など、様々な物が散乱。

 ここらへんは……場所柄か傭兵以外の死体が増えた。


 長机の上には、半裸女性の死体に覆い被さった大商人の死体。

 自身の体重のせいで死んでいる人物も……。

 部屋の隅っこでは逃げ遅れたのか……。

 宿の係の者と仕立屋風の大商人のお手伝いさんたちが寄り添いながらも死んでいた。


 ――南無。

 少し胸元の<光の授印>が光った。

 死体がかさばる辺りから、淡い光を帯びた天道虫が宙空に現れては消えていく。

 

 ユイは気付いていない。

 左目で見ているはずのヘルメも指摘してこなかった。


 左側の魔素を把握。


「反応はこっちね、戦う数がさっきよりも更に減っている」

「王国の兵士より傭兵の死体のほうが多いってのも、この戦場の特異さか」

「そうねぇ。でも前線地帯って案外こんなもんよ」


 ユイと歩きながらそう会話していく。

 美人のユイと戦場デートってか。


 そんな空気を壊すように、微かな湿気と濃厚な血、硫黄の匂いが漂う。


 ユイと俺は頷き合う。

 宿の左側を駆けた。戦う魔素の反応もこっちだ。


 硫黄といえば……。

 ホフマンとかシュミハザーを想起。

 が、さすがに違うよな――。

 蓋が開いた状態の床下収納庫が並ぶ。

 荒らされたか?


「――見て、中庭?」


 ユイが指摘するように外壁に巨大な横穴があった。


「お?」


 その巨大な横穴の先、外から魔素を感知。


「謎の魔素も増えている――」


 そう発言したユイが先に駆けていく。


 ユイの後ろ髪に絡む白銀色の魔力。

 その白銀色の魔力が美しいオパールの髪飾りかマントにも見えた。

 <ベイカラの瞳>から零れているだろう白っぽい魔力の揺らぎ。


 ユイの後ろ姿に魅了されつつ俺も続いた。

 そのユイが右の横穴から先に外に出る。


 外は中庭、「かあかあ」と烏啼だ。

 鴉がたくさんいた。

 事前に俺たちの存在に気付いていたような鴉たちは一斉に飛翔していく。


 <鎖>で数匹狙えたが、まぁ無視だ。

 逃げるなら逃げればいい。


 俺たちの目的はゲンザブロウとアイの行方の確認と回収だ。

 しかし、あのヴァンパイアたちは、ヴァルマスク家ではないだろうし……。

 パイロンとかスゥンさんのハルゼルマとか、始祖の十二支族家系図に乗るほどの集団か?


 しかし、ここは野ざらし状態……。

 天井から落ちたか、工事の途中だったかは分からないが、地面に刺さる鉄骨の群れ。

 その鉄骨の群れに傭兵たちが突き刺さって死んでいる。

 

 血が少ないから、ヴァンパイアの仕業か。

 今、逃げたヴァンパイアたちの餌場だな。


「反応があった謎の魔素は吸血鬼たちだった? あ、ここに来るまでにあったと言っていたわね」

「たぶん、その吸血鬼集団だろう。とりあえず奥に行こうか」

「うん」

 

 手洗い場と風呂場が連結した露天風呂の大浴場か。

 硫黄の元はここだった。


 ……岩風呂はお湯、しかし、温泉とは……。

 平和な時に皆で来たかった。

 いろーんなことを堪能できただろうな……。


 んだが、その温泉は死体が浸かっているし血が大量に混じっている。

 俺とユイはお風呂掃除をするように、血を吸い取りつつ露天風呂を進む。


「……高級宿というか、かなりの施設よね」

「あぁ」


 大廈高楼の造営でもあったのか、端のほうで、小さい朱楼が転がっている。

 そうして浴室を通り過ぎると下り階段――。


 下り階段の先も建物外だった。

 風が冷たい。

 ここには古い墓でもあったようだ。

 岩場が幾つも重なって盛り上がっている。

 石窟寺院の名残か?

 梵刹の部品らしき小道具が散乱。

 仏壇に灯籠と仏像らしき高級そうな魔道具にも見える物が転がっている。


 ユイが、小さい仏像を拾っていた。

 俺も拾おうとしたが、ふと、先が気になった。

 

 戦う魔素はこの先だ。ちょうどいい――。

 走って中庭を進む――。

 気になったオブジェは管柱と筋交いが重なった一風変わったデザイン。

 中央は縦に真っ直ぐの鋼と翡翠色の素材が混ざりあった、太い鋼柱となっている。

 全体的には、棺桶っぽい長柱?

 巨大な墓碑銘?


 翡翠色の繊維質のような素材と鋼鉄が不自然に混ざった柱か……。

 しかも、魔素の反応が他の素材と違う。


 魔素が薄く疎らに光を帯びている。 

 翡翠色と鋼鉄色の鋼だけが狭間ヴェイルが薄いとか?

 翡翠色と鋼鉄色の表面には、窪みもある。


 もしや、これは〝デリーの鉄柱〟的な古代のオーパーツ?


『妾で試すなよ?』


 サラテンが反応を寄越す。

 

 塔雷岩場の遺跡とは地下だけではなかったのか。

 閻魔の奇岩とか神々の残骸と似たモノ? 


『……試したら突き刺さるか。神々の残骸とか? 回りは切れるだろう?』

『自信はない……』


 珍しい。

 サラテンの沙が、しおらしいとは。


 ま、切る前に少し調べるか。

 表面の素材と形はまったく異なるが、魔宝地図から手に入れたiPadのような鋼板を思い出す。

 今も、ペルネーテの自宅のリビングに飾ってあるはずだ。

 イザベルたちも管理は怠らないだろう。


 ――指先で鋼柱を触る。


 と、中心部分の薄い魔力が揺らぐ。


『閣下の魔力に呼応しました。微かに闇の精霊ちゃんと、見たことのない一対の精霊ちゃんたちが、現れては、すぐに消滅していきます』


 対消滅か。反物質ってか。

 この宇宙がある世界は、物質と反物質の衝突の仕組みも俺の知る宇宙次元とは違うだろうし……。

 ビッグバンのインフレーションが僅かに違えば時空の泡も異なるはずだ。


 たぶん、この惑星セラがある次元宇宙も……。

 いや、途方もないことを考えても仕方ない。

 魔素or魔力といったモノと神々の力が作用しているからな。

 

 そのことは告げずに、


『……闇か。内部に魔宝石でもあるのかもしれない』

『はい、魔素が薄いのは不思議です』

「……シュウヤ、その柱が気になるの?」

「魔素があまり感じられないんだ」


 俺はユイに触るか? と促す。

 ユイは頭部を振って、


「そう言われてみれば……そうね」


 と、発言。

 ユイも、鋼柱の異質さに、気付いたようだ。


 ま、普通は何気ない宿の飾りとしか思わないだろう。


 ここは塔雷岩場という遺跡を活かした宿。

 普通は、ミホザの騎士団と関係した地下遺跡のほうを注視する。

 

 シャルドネからもらった半透明な髑髏が、どんな作用を起こすのか、まったく分からないが……。


 刃こぼれした装備類が近くに転がっていた。

 この鋼柱を削ろうとした名残か?

 これって宿の名物だったとか?

 元々は遺跡と関係した古代の品だったのだろうか。


 しかし、さっきから、やけに腰の魔軍夜行ノ槍業が揺れる。 

 宿の下で戦う強者たちの様子も気になるが……。


「ちょい、試す」


 ユイは怯えたような表情を浮かべながら、


「……言うと思ったけど、フィナプルスの夜会を思い出す」


 あの時か……。

 ユイは自らの片腕を切断して、痛い思いをしながらも俺を助けてくれた。

 辛い思いをさせたからな……。

 あの時は、ごめんと謝る気持ちを出すように笑みを意識して、


「……ま、フィナプルスの夜会のようなことには、ならんさ」

「うん」


 ユイの笑みを見て安心。

 

 そして、腰から独鈷魔槍と魔軍夜行ノ槍業を取る。

 小さい独鈷を右の掌で回転させた。


 魔軍夜行ノ槍業は微かに振動する――。


 魔力を独鈷魔槍にとおす。

 俺の親指の爪を刻む竜紋が反応。

 バルミントとの契約の証しが光った。

 瞬く間に、独鈷魔槍の銀色の両端が伸びる。


 両端に銀色の矛。

 ダブルブレード的な矛だ。


 よし、風槍流の焔式――。

 重心を低くした構えから、独鈷の穂先で鋼柱を小突く――。

 硬い感触、キィンと硬質な金属音が鳴った瞬間、鋼柱の中心が煌めいた。

 

 もう一度――独鈷魔槍を握る右手を突き出した。


 独鈷の先端が鋼柱を突く。

 また、鋼柱の中心が煌めいた。

 もう一度突く――再び鋼柱が煌めいた。

 俺は胸前に独鈷魔槍を引き戻す。


 そして、独鈷魔槍を握ったまま胸元で――押ス!


 空手風の礼をしてから――。

 左足を前に出してからの……。

 自然とした風槍流の構えを取る。

 

 腰を沈めた半身から退いた右足――。

 やや遅れて右手が握る独鈷魔槍を前に押し出す<刺突>を繰り出した――。

 

 再び鋼柱と独鈷魔槍が衝突した刹那――。

 衝突面から魔印が現れ崩れるように消える。


 更に衝突した箇所から魔力の閃光が迸った――。


 ――目映い閃光。


『好的武把、不怕千招会、就怕一招精――』


 そんな中国語の文字が出た。

 更に、中国語の文字が消えた直後――。

 腰の魔軍夜行ノ槍業が揺れながら表紙の悪魔模様の珠玉も輝きを発した。

 

 『カカカッ、使い手は実によく訓練されておる』

 『使い手、封印を善くぞ解いた!』

 『我らの使い手よ、触媒として妾を使っておくれ、一緒に、女帝槍を……』

 『そんな魂魔なんたらは捨てろ、早く八大墳墓をぶっ壊せ』

 『セイオクスに今回は譲るわ。でも、使い手はわたしのモノだからね』

 『オレ様の妙技を見たくねぇのか!』

 『カカカッ、わしら魔城ルグファントの八怪卿を待たせるとは!』


 などの八怪卿たちの声が響く。魔界セブドラのどの地域に魔城ルグファントが存在するんだろうか。傷場から近ければ、すぐに調べたい場所の候補の一つかな。

 同時に、魔軍夜行ノ槍業の珠玉が鋼柱から出た閃光を吸収した。


「反応した。鋼柱は魔界に関するアイテム?」


 独鈷魔槍を出した右手を引きながら、


「たぶんな。八怪卿の師匠たちがほしがっていた閻魔の奇岩と似たアイテムかもしれない」


 ユイにそう答えた直後――。

 魔軍夜行ノ槍業から鏃の形をした魔法文字が浮かぶ。

 続いて、珠玉から魔力の波が出ると、その波の表面に、ゆらゆらと、魔の糸で口を結ぶ魔人顔の幻影が映った。


 眉毛がなく魔眼と分かる双眸は大きい。

 鼻は高く彫りも深い、顎が見事に割れていた。

 面構えはいい。

 ヘルメが反応しそうなぐらいな見事な顎だ。

 

 ザ・魔人と分かる面。


「わわわ!? 厳つい顔!?」


 ユイは目を円くしていた。


「デルハウトよりは人族っぽいけど魔人よね……」

「んだな、魔人さん。八怪卿の一人だと思う」


 魔人らしき頭部の幻影はぎょろっと俺たちを凝視。

 幻影だからか、唇が魔の糸で結ばれている状態だからか喋られないようだ。


「本当に魔軍夜行ノ槍業の中に魔族の槍使いたちが棲んでいるのね……」

『閣下、驚きですが……攻撃の意図は特に感じません』

『だな』


 視界に浮かぶ小さいヘルメも驚いている。

 すると、左手の運命線のような傷の中に棲むサラテンの沙が、


『ぐぬぬ、器に影響を及ぼす八怪卿だか、八槍卿だか、八怪侠だか、八馬鹿王だか、シラヌが、ばか頭部めが! 妾の器ぞ! 近寄るな! <御剣導技>が先なのだ! シッシッシッ!』


 師として、八怪侠とも呼ばれた方々をライバル視している可愛い沙が反応してきた。

 皆、見えているようだ。

 

 すると、


『使い手……俺は魔界八槍卿が一人。塔魂魔槍セイオクス』


 頭部の幻影が思念で名乗ってきた。


「セイオクスさん。この鋼柱とどういった関係で?」


 と、俺は声に出して聞く。

 ユイは頭を振っていた。


「わたしには聞こえない」

「俺だけか」


 ユイは頷いた。


『妾も聞こえなんだ』


 セイオクスはユイと沙を無視するように顔を横に向けつつ、


『……鋼柱ではない。使い手の槍武術と、その特別な魔槍の力が、特異な封印を解いたのだ』


 と、独鈷魔槍と背後の鋼柱を指摘する。


「特異な封印? この鋼柱に、セイオクスさんの何かが封じられていた?」

『そうだ。それはただの鋼柱ではない! 〝塔魂魔槍譜〟の一部である』

『……塔魂魔槍譜とは』

『魔人武術及び魔槍武術の秘伝書である。魔人武王の一派に敗れた際に封じられてしまった塔魂魔槍譜の一部だ』


 おお、秘伝書とか!


「……鋼柱が秘伝書? 今、魔力の光が出ましたが……秘伝書を俺は得られる?」


 ユイも神鬼・霊風の持ち手を緩めると、


「これが秘伝書……」


 と、疑問風に呟く。


『なぁにぃぃぃぃ……』


 左手に棲む沙は、興奮している。

 歯を噛むようなギリギリとした音も聞こえた。

 喜んでいるのか、怒っているのか分からない。


 近所的な位置にある魔印のシュレゴス・ロードさんは、だんまり。

 イターシャの反応もなし。

 

 一方で、視界に現れる小さいヘルメは、うんうんと頷く。


『一部とはいえ、秘伝書が眠るとは……閣下、読むことができれば強化のチャンス!』

『そうだな、読めればだが……』


 とヘルメに念話を送ったが……。

 俺にはエクストラスキルの<翻訳即是>があるから大丈夫だろう。

 すると、


『夜の瞳を持つ水属性の使い手よ。お前の魔力を俺たちの魔軍夜行ノ槍業にもっと寄越せ。そして、背後の鋼柱の塔魂魔槍譜に、その魔軍夜行ノ槍業を触れさせれば、自ずと分かろう……』


 セイオクスの幻影は消えた。

 目の前の鋼柱は秘伝書で、ある種の鍵でもある?


 シャルドネからもらった半透明の髑髏と関係する聖櫃アークのミホザの騎士団とはまた、別か。

 とにかく、秘伝書は槍武術のお宝だ。


 ……わくわくする。

 スモンジの宿に、塔雷岩場に魔界と関係したモノがあるとは!


 あ、地名も塔だし、塔魂と、何か関係があるのか?

 俺はユイに向けて、


「魔軍夜行ノ槍業に魔力を込めて、鋼柱の塔魂魔槍譜に当ててみろって」

「へぇ面白い! でも、この鋼柱をレベッカが見たら……『お宝!? わたしにも見せなさい!』と興奮することは確実ね」


 と、にこやかに語るユイも興奮している。

 前屈みになっていて、ほどよい胸元の上部が見えていた。

 ――うむ!

 鎖骨のラインとおっぱいさんの形が素晴らしい。


 ビューティフルの塊。 

 まさに天下一の美乳様だ。


 あらゆる意味で興奮した俺は、即座に魔軍夜行ノ槍業に魔力を込めた――。

 煌めく魔軍夜行ノ槍業で<刺突>を放つように――。

 

 八怪卿さんたちを塔魂魔槍譜の鋼柱にぶち当てた――刹那。

 鋼柱の表面が蠢く――。

 鋼柱は翡翠色を残し、瞬く間に消失した。

 

 魔軍夜行ノ槍業を持つ手を引く。


 残ったのは翡翠色の螺旋した金属。

 翡翠色の螺旋した細い槍にも見えるが……。


 オブジェだ。

 その細い螺旋柱の溝に紙片らしきモノが絡まっている。

 蛇が巻きつくようにも見えた。


 その絡まった紙片が自然と解かれつつ――。

 浮遊しながら眼前にきた。

 ――古めかしい色合いの紙片。

 紙片に『塔魂魔槍譜』と記されている。

 ――おお、すげぇ!

 これは確実に秘伝書の一部だ!


 その秘伝書が自動的に開く。

 ――ページめくられていった。

 頁の文字は光を帯びていると分かるが判別はできない。

 魔法の文字だ。

 と、頁の古代の神代文字風か?

 カタカムナ風の魔法の文字の一つ一つがブルブルと震えながら頁から離れて浮かぶ。


 浮かんだ魔法の文字は、群れとなって俺に向かってきた。 

 古代魔法の魔法書を読んだ時と同じ?

 そして、タイミング的に両手を広げて、魔法の文字を受け入れることが普通だが――俺は気まぐれ――魔法の文字を避け続ける。


 何回もダッキングとスウェーを繰り返した。


「ちょっと、シュウヤ。踊っていないで素直に受け入れなさい」


 と、ユイに怒られた。


『ふふ』


 ヘルメは楽しんでくれたから善し。


『よしよし、塔魂なんたらなんていらん!』


 沙は無視して、動きを止めた。

 魔法の文字は俺の頭部に突入――。 

 昔<古代魔法>を覚えたように脳内で何か閃くのか?

 刹那、耳元で何かが――つんざく悲鳴が聞こえた。


 空気が熱くなったようにも感じた。

 いや、俺自身が熱を帯びている? 

 同時に視界がぼやけた。


 車窓から風景を覗くように……。

 荒野が映った。


 ――猛々しい地響きに轟音の嘶きが脳と視界を揺らす。

 ――無数の軍馬が荒野の戦場を席巻する映像が駆け抜けた。

 ――魔界の武人たちが様々な武具を使い稽古を行う映像。

 ――セイオクスらしき人物もいた。凄まじい数の敵に囲まれている。

 

 そのセイオクスと俺は一体化したような感覚を……。

 手首と肘に足首から……自然と体が動く……。

 『意識と気』『流動性と霊魔活』『先天三盤十二勢――套路』

 

 それら文字と武人たちの動きと映像とリアルの区別がつかない体感のすべてが、脳と体の細胞に焼き付く感覚を受けた直後――視界は元通り――。


「シュウヤ……凄い」

『はい……わたしは目が回りました』

『短い間だが……魔界の武術の一端を学べた』

 

 塔魂魔槍譜の紙片はまだ浮いていた。


 『雲心月性、不怕千招会、就怕一招精』と中国語も浮かぶ。

 そして『槍が来たりて来たりて、呪われた狩りを行う善と悪の古き神々に関わることなく、胸に虚無宿ることなくアムシャビスの紅光が宿るように塔魂魔槍の『勁』と『力』が宿る。反躬自省のまま『八極魔魂秘訣』を獲得し『魔拳打一条線』を得るに至り『一の槍』を極め絶招に繋がる』


 また、そんな文字が浮かぶと紙片と魔法の文字は消失。


 ※ピコーン※<魔人武術の心得>※恒久スキル獲得※

 ※ピコーン※<塔魂魔突>※スキル獲得※


 魔軍夜行ノ槍業は大人しくなる。

 塔魂魔槍のセイオクスは出てこない。


「足下から煙も出ているし……動きが速くて分かり難かったけど、見えない複数人と戦っていたようにも見えた……ひょっとして秘伝書を学べてスキルを獲得できた?」

「おう……学ぶことができたようだ」

「瞬間的に? 凄い才能!」

「ありがと。さて、この魔軍夜行ノ槍業も大人しくなったし、目的の場所に向かおうか」

「うん、シュウヤらしくあっさりだけど」

「今は任務を優先だ」

「そうね」


 俺たちは、その螺旋した細い柱を通り過ぎた。

 魔素の反応の下に向かう。


 狭い通路の死体を退かしながら、削れた踊り場に出る。


「階段がある。あの下っぽい」

「おう」

『閣下、音も完全に止まりました。下の強者は警戒しているようですね』

『だろうな』

『妾の力で、この建物ごと、下の者をぶっ壊すのだな?』

『ぶっ壊さないから! サラテンは暫く使うのよそうかなぁ』

『わ、分かった。大人しく待つ!』


 ヘルメとサラテンの沙とそんな念話をしつつ――。

 斜め隣を歩く黒髪のユイと頷き合う。


 俺たちは階段をおりた。


「……階段は傷が酷いけど、樹木は異常に硬い」


 とユイの言葉に頷く。

 段鼻の傷が激戦を物語る。

 

 そんな階段を下りて着地。

 広い空間のようだが、一階か地下か?

 元々あった柱が切られたようだ。


 死体が転がる元通路だったところを進む。

 すると、魔素の人物が、近づく俺たちに合わせる形で、奥から姿を見せた。


 やはり、レンショウだ。

 ガスマスク状の防具。

 衣服は血で汚れている。

 手に持つのは、扇子、いや、鉄扇か。


「槍使い……」

「カリィも一緒か?」


 と、独鈷魔槍の穂先を向ける。

 腰を少し下げたユイも、左手の神鬼・霊風の切っ先を向けた。

 ヴァサージを咥えながらの、右手はアゼロスの魔刀を握る。

 三刀流の構えだ。

 

 レンショウは魔闘術を纏ったまま、


「待った、抵抗はしない」


 と、喋り、鉄扇を腰に差し戻すと、諸手を挙げた。


「依頼はいいのか?」

「いい。カリィはしらねぇが【天凜の月】の盟主と、最高幹部の一人〝死の女神〟に喧嘩を売る阿呆はいない……俺は槍使い側に付く」


 武威に服するレンショウはそう語る。

 俺は『どうしようか?』とユイをチラッと見た。

 ユイは首を傾げる――アイコンタクト。


 『判断は任せる』とユイの心の声が聞こえたような気がした。


 俺は再びレンショウに視線を向けた。

 彼は沈黙しながら胸元に手を当て頭を下げる。

 丁寧な挨拶をしてくれた。

 ガスマスクの形の防具を除けば、身なりは和と華を取り入れた衣装でしっかりとしている。

 風儀もきちんとした印象を受けた。


「そうか。今は味方として認識しよう。ただし……」

「うん。裏切ったら、必ず、殺す」


 ユイさんの怖い発言。

 <ベイカラの瞳>を発動しているから迫力があった。


 レンショウも双眸を揺らす。

 震えているし鳥肌でも起こしていそう。


 そのレンショウは、ガスマスク状の防具から魔の息を発しつつ、


「……分かっている。階段はこっちだ。カリィは嗅覚と股間が刺激を受けたのか、エルフの強者を追いかけていった」

「そっか、変態らしい行動だ」


 冗談で返したが、レンショウは笑いもせず、


「――こっちだ」


 と、踵を返す。

 行き止まりにあった階段をそそくさと下りていく。

 頭部が見えなくなる前に、俺たちも続いた。

 階段は長い。左が崖になる。

 

 横壁が削られた階段か。


 一瞬、素材的にペル・ヘカ・ライン大回廊を思い出す。

 ドワーフのイグと虎獣人ラゼールのアルベルトとの地下の冒険。

 

 再び、あの二人と依頼を受けることになるとはな。


 まだ暫く先となりそうだが……。

 そんな地下から目指す皇都を巡る冒険のことを考えようとしたところで、


「……この鉱脈層は独立都市フェーンに向かう時にも見かけた」

「確かにあった。バーレンティンが教えてくれた鉱脈層か」


 と、また螺旋したような階段から長細い通路階段になった。

 埃及のピラミッド内部にあるような階段。

 おりていくと、巨大な蟲の抜け殻があちこちに散乱したところに出る。


「こっちだ」


 と、レンショウが先を進む。

 その先にあった奇妙な形をしたマークのある階段をおりると、急に明るくなった。


 複数の魔素を探知――。

 階段が終わると、


「――え? 槍使いかイ?」


 二人の綺麗な女性と戦っていたカリィだ。

 トンファー使いの連続した突き技を紙一重で避けながらの、発言。

 しかし、ボサボサの髪に纏わり付くように魔力を発しているカリィは不気味だ。

 股間がもっこりかよ。

 あいも変わらず変態だ。

 放っておこう――任務を優先。

 ミホザの騎士団らしきマークのある壁際にいるのが、ゲンザブロウとアイか。

 眼鏡に軍服の元日本人。

 傷を負っているが、無事のようだ。

 アイは口が怖いが、美形。

 足がないまま浮遊している。


『皆、とりあえず、塔雷岩場の地下に到着。ゲンザブロウとアイは生きている』


 と、連絡。

 ユイに向けてアイコンタクトしながらレンショウに視線を向けた。

 レンショウは頷く。ユイは警戒しながら血文字を皆に送った。


 そのレンショウが、


「カリィ、俺は槍使いにつくからな」

「――当然」

 

 二人のやりとりとカリィの戦いは無視。

 俺はゲンザブロウとアイの傍に走り寄った。

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