六百十五話 塔雷岩場の激闘

 ◇◆◇◆


 ここは古都市ムサカの塔雷岩場。標高の高い前線地帯の一つ。

 地下にはミホザの騎士団の古代遺跡がある。

 かつては、この遺跡の天辺付近にスモンジの宿と物見矢倉があった。

 

 今では物見矢倉と宿の三階の屋根は潰れて一部は穴だらけ。

 外壁と柱も倒れて斜め上に出ては、いぶし瓦の狛犬、鳩、宝珠鬼面、鍾馗の人形飾り、突起した手摺り金物などに突き刺さった死体が多い。

 百舌の速贄の血祭り状態だ。

 が、植物の屋根が多かったお陰で、そのような惨たらしい死体はあまり外からは目立たない。

 そんな外観となった塔雷岩場とスモンジの宿だが、宿の内部は、極めて頑丈な柱が多く建物自体は崩壊していなかった。

 そして、元スモンジの宿の天辺付近は外側と違い中央は安定した足場と言えた。

 

 倒れた棟木と骨張った柱に梁の角材が多重に積み重なったところだ。

 多数の者たちが、戦闘を繰り返した結果だろう。

 

 崖に突き出た石の出っ張りのような急勾配な足場が塔雷岩場の四方に形成されていた。

 

 そんな左側の足場に立つ二人の男。

 彼らの足下では、剣戟音が響く。


 二人は、足下の竪樋と外壁にできた大きな穴から下を覗く。

 スモンジの宿でもあった豪華な内装は血塗れだ。


「ルルセス、下の戦いに交ざらなくていいのか? あの鉄扇使い、もう五人目だが」

「まだいい。絶飛のコンビと魔槍使いウクガは強い。いくら鉄扇野郎が強くても、結局は一人。突破は可能のはず」

「分からないぞ。あの鉄扇は普通じゃねぇし、場所も場所だ」


 そう語る眉に傷がある男の名はメメク。魔槍使いだ。


「槍では、せまいか。しかし、俺たちの武器も室内戦ではな……」


 ルルセスの言葉に頷くメメク。

 魔槍の三角刃の穂先を建物の内部に向け、


「……ここで待つか」


 メメクはそう呟くと、ルルセスは、


「地下を含めて外も、鉄扇野郎の仲間か不明だが、商売敵が、わんさかといるようだからな?」

「あの獣人の死体もそうか」


 メメクが指を指す。

 塔雷岩場付近では、王国たちの兵士ではない死体のほうが多い。

 相方の大柄のルルセスは頷く。


 その思案顔のルルセスは左手で自身の顎髭を弄りつつ、


「獣人はコンサッドテンとヘヴィル商会の者か。あの禿げ頭の入れ墨は、傭兵商会テムジンだろうか」

「俺には判別がつかねぇ。しかし、この塔雷岩場に群がる傭兵の数が多すぎる」

「どこの組織も保険をかけ過ぎか……王国同士なら旗や印で分かるのだが、どこがどこに通じている者か……」

「暗号もそれぞれ別だしよ。お偉いさん的には、ここが確保できれば、それでいいらしい」

「……俺たちは駒」


 と、自らを駒と評するルルセス。

 彼の異名は『無魔心剣のルルセス』。

 または『魔剣師ルルセス』と呼ばれている。


 戦闘職業は魔剣師系。

 腰の特殊な力を宿すベルトの剣帯にぶら下がる魔剣ラヴェアを用いた無魔心剣術は、戦う場を選ばないことでも有名だった。

 その大柄のルルセス。


 真下のスモンジから響く剣戟の音を聞きながら――。

 折れた柱の上を、大柄な体格に似合わない動きで颯爽と移動していく。


 魔剣ラヴェアの柄から金属音が響いた。

 その様子を見てメメクは、


「強者のくせに、好んで駒となる男が言う言葉か?」

「……」


 ルルセスはチラッと頭部を上げた。

 にやりと笑みを浮かべて、メメクの言葉に反応を示すが下を見る。


 メメクはルルセスの行動を見やり、下の戦いではなく、額に手を当てながら外の古都市ムサカを見ていった。


「……ここも、東の獣人どものような状況となるのかねぇ……」


 そう呟く。

 建物の内部で戦う鉄扇使いの機動を見ていたルルセスは、相方の言葉を聞いて、すぐに頭を振る。


「この混乱は一過性だ。大陸を巻き込むような不安定な状況にはならないだろう」


 そうルルセスは、メメクの言葉を否定した。

 彼は、人族と魔族の血を引く一族。

 シジマ街よりも東、レリック地方まではいかない東マハハイム地方の出身。

 侵略王六腕のカイが起こしたグルドン戦役の影響で、大量に流入した獣人の諸勢力が台頭しては消えていく乱世状態が続いている東マハハイム地方を生き抜いて【八本指】にまで成り上がった強者でもある。


「幾つも商会を経由した中小闇ギルドの裏切りもあるだろうしな……たんに、サーマリアかオセベリアの犬同士の喧嘩ってだけかもしれねぇが……」


 メメクは更に、


「どちらにせよ、お偉いさんの希望通りな展開だ」


 と、話をした。


「塔雷岩場の地下遺跡の確保か。それほどに、上がほしがる物……」


 大柄のルルセスは、そう呟いて腕を組む。

 ルルセスの態度と言葉を聞いたメメクは、視線を鋭くさせつつ、


「お前が【八本指】でよかったぜ。【テーバロンテの償い】のメンバーに聞かれたら命を狙われる」


 メメクはそう語ると、右肩を前に出す。

 異常に太い片腕をルルセスに見せるが、ルルセスは眉を寄せた。野郎の脇毛なんて、興味ないからだ。

 メメクの太い二の腕の表面には、入れ墨風の魔紋があった。


 その腕の魔紋は、背中の幻獣の印と繋がっている。


「狙われるだけで、返り討ちにできるお前が何を言うか。で、その腕はなんだ? 幻獣ブリスに必要な魔薬が切れたわけじゃないだろう?」

「違う。魔煙草だ」

「……すまん、今はいい」


 メメクは持っていた魔煙草をしまいつつ、


「そうかい……しかし、下の連中でも鉄扇野郎に勝てないとなると……」


 ふざけるように、


「魔薬でもキメて、逃げるか?」


 と、発言。

 視線を鋭くさせるルルセス。

 両手を広げ、


「メメク、ここで逃げたら大金の仕事は、もう回ってこない」

「……分かっているさ。冗談だ。依頼の品が動かない楽な依頼を断るアホはいねぇ。だがよ……結局、散った炎邪宝珠の確保もままならずに依頼は失敗したからな……運がねぇ」

「またそれか」

「おう。黒髪の眼帯女も言っていただろう……『そこの牛顔と髭面。運が回っているよ。どう転ぶか見物だねぇ……血祭りを歩む混沌なる槍使いの『運斤成風うんきんせいふう』の神業に……そして、死神に気をつけな。かの天帝もそう言っているかもしれない』とな」


 その言葉を聞いたルルセスは、眉をピクリと動かす。


「……幻獣と一体化する魔槍使いが、お前だろ。だから、あの魔女の言葉は俺に対しての、血祭りを起こしそうな、お前に対する警告かと思ったのだが」

「俺が裏切るわけがないだろ」

「魔槍と幻獣は派手だからな、巻き込まれるのかと」

「……それはあるかもしれないが、依頼も失敗が続いている。そして、【ロゼンの戒】の連絡員も殺された。運び屋としての空戦魔導師も死んだ。保険として雇ったはずの海賊船も結局、港に来なかった」

「……偶然だ。戦争中でもある。俺は空を飛べないただの魔剣師なのだから、しかたなし」

「……【八本指】のお前が言うのだ。納得はしよう。つまり、空は空、駒は駒か」

「あぁ、俺らは俺らだ……」


 二人は頷き合う。


「……で、もう一つの依頼も連絡がないが……」

「聞いていなかったのか。ナマリアからの連絡で、仕事仲間のルーブから連絡が途絶えたと」

「は? え? ナマリアって、あの?」

「そうだ。幻獣ハンター協会の〝隼六紋〟」


 ルルセスの言葉を聞いたメメクは顰めっ面を作る。


「……チッ、またかよ。品物がこねぇなら、意味がねぇ。最近はこんなんばっかだ――」


 メメクは魔槍を振るう。

 石突きで、足下に生えていた変わった葉と枝を折った。


「なぁ、やっぱ運がなくね? これも偶然か?」

「……気にしすぎだ。こんなことは前にも何度かあっただろう。俺たちは専門職ではないのだ」

「なまじ対人の強さがあるからこその、用心棒か殺しか」

対人それしか能がないからこそだ」

「ふむ。ま、【八本指】のお前がいるし〝遺跡確保〟なら、標的も動かない……だから、すこぶる楽な、依頼ではある」

「楽だが、多少は暇つぶしになる相手がほしいところか?」

「おうおう。自ら駒となる【八本指】様は、言うことが違うぜ」


 互いに不気味な笑みを浮かべ合った、刹那、二人は魔素を察知。


「……話をしていたら、なんとやらだ」

「階段の外か。優秀そうな魔素の動きが、二つ……」

「戦場の中、この塔雷岩場に来られる魔力の持ち主だ……」

「商売敵か」


 魔剣師ルルセスと魔槍使いメメクはそう語りつつ、視線を合わせて頷く。

 掌握察が使えるルルセス。

 魔槍使いメメクは背中に宿す幻獣ブリス&ラ・グメルの力で、下の無駄のない魔力操作を行う二つの魔素の動きを察知していた。


 そして、彼らが語るように塔雷岩場の外には……。

 槍使いのシュウヤと剣士のユイがいた。



 ◇◆◇◆



 岩が重なって丘を形成か。

 上のほうに続く階段は死体だらけ。

 建物は緑を活かした和風建物か。

 瓦のようなモノが多数散乱している。


 ……案外、俯瞰して観察したら前方後円墳か、ピラミッド型とか?

 すると、掌握察に反応があった。


 上のほう、地下か不明だが、多数魔素が重なっている?

 いまいち反応が鈍い。

 理由は分からないが……。

 建物の内部で、争っているだろう魔素たちを把握。

 そこで、周囲に視線を巡らせた。


 他に魔素はない。

 右が十字路の南側、西は広い、東も地形は下がっているが広い坂か。

 死体だらけ、遠くに争う王国同士の兵士たちが見える。


 魔法と魔法が衝突する光景か。

 少し遅れて、ドドドドッと心臓に悪い大砲のような音が響く。

 北側に続く大通りを確認。

 ……相棒はまだか。


 路地が無数にある都市の一部を見ていると、ユイが、


「あれ、ロロちゃんは?」

「あぁ、ミーシャって名の子供を助けたんだ。ロロにその子を運んでもらっている」

「そっか。しばらく盛大な神獣様の炎はナシかぁ。沸騎士もここだと目立つし、あ、精霊様は?」

「居る」

『妾の出番か!』

『サラテンはまだだ、ヘルメ出ろ』

『はい』


 左目からにゅるっと出た液体ヘルメ。

 美しいヘルメの頭部だ。

 その常闇の水精霊ヘルメの体は液体のままだったが瞬く間に俺の左半身を抱くように女体化した。

 おっぱいの感触がたまらない。

 俺の左腕と左肩と背の一部に密着状態のヘルメ……しかも、液体のジェル状と似た感触か……絹っぽさもあるがウォーターベッドを超えた感触……。


 とにかく、すこぶる、気持ちいい。


 俺の衣装は、白が基調の半袖ハルホンク衣装。

 だから、今の液体ヘルメの蒼色と黝色のコントラストと、俺の衣装は合っているかもしれない。


 肩から竜頭金属甲ハルホンクが出ていないから、尚のことだろう。


「……精霊様の透けた蒼い色の衣装? が付いたマントみたいで素敵……」

「ふふ」


 ユイは、じろじろとヘルメ防護服というか<精霊珠想>のような能力の一部を見る。


「今の形態は<精霊珠想>とか<仙丹法・鯰想>の一部?」

「そうとも言えるのか?」


 俺はそうヘルメに聞いた。

 別段二つのスキルは意識していないが……。


 これはヘルメの固有能力でもあるからな。


「はい、閣下の水です!」

「そうらしい」

「いいな、凄い」

「<精霊使役>がある証拠とも言える?」

「それもそうね。ミレイヴァルさんと血のお化けちゃんもいるんだっけ」


 と、血魔剣のことを指摘するユイ。


「あぁ、<十二鬼道召喚術>の百目血鬼か。あの建物の中が無事なら室内戦が濃厚だろう。だから、血魔剣を使う可能性が高い。だが、遺跡の中に入ったら、これでいく――」


 アイテムボックスを素早く操作。

 王牌十字槍ヴェクサードを地面に刺して出したのは――。


「閣下、それは!」

「あ、精霊様との訓練で使っていた斧ね」

「そう、トフィンガの鳴き斧だ」


 と、トフィンガの鳴き斧を振るいつつ一対の状態に移行。

 ふた振りのトフィンガの鳴き斧から小気味よい涼しげな音が響いた。


 水飛沫のような魔力の粒が散っていく。

 俺の斧技術も多少は上がったかな。

 たんに、俺自身の能力が高まったお陰かもしれない。


 ヘルメも楽しそうに「ふふ~、閣下と一体化して動くと楽しい~」


 と、発言しつつ俺の耳にキスをしてくるヘルメちゃんだ。


「――くすぐったい」

「あう」


 と、頭を振った影響でヘルメは水飛沫を発して頭部の位置をずらす。


「……シュウヤといつも繋がっているようで……精霊様が素直に羨ましい」


 ユイは寂しそうな表情を浮かべた。

 すぐにトフィンガの鳴き斧を一つの斧に戻して、体を回転させながら腰に差す。

 そのままユイに近付いて、細い腰に左手を回し抱く――。


「――わ、もう突然ね」


 そう言うユイだが、嬉しそうに微笑む。


「でも――」


 と、ユイは胸元に頬を寄せてきた。

 背中に液体の半身が付着した状態のヘルメも、その液体をユイに流していく。

 ユイの体を包む常闇の水精霊ヘルメ。


 ユイは神鬼・霊風を落としていたが、その液体状のヘルメの手が拾う。

 俺の胸元に頬を寄せたユイ。


 顔を俺の胸から離して、俺の背中を抱くような位置にいるヘルメに、


「……温かい。精霊様の愛も感じます。ありがとう……」

「ふふ、いいのですよ」


 ユイは、ヘルメの言葉に頷く。

 そのまま細い顎を傾けて、俺の唇を見てくる。


 そのユイの唇は少し開く。切なそうな表情だ。

 気持ちは察した。


「寂しそうな表情をしたからな――」


 と、ユイの鼻に鼻を当てながら、そのユイの小さい唇を奪う。

 気を利かせたヘルメ。

 神鬼・霊風をユイの足下に落とすと瞬く間に俺の左目の中に戻ってくれた。


 そのまま、ユイと愛を確かめ合うような長いキス。

 互いの唾液と血を交換しあう。

 刹那、ユイは体を震わせてしまった。

 俺は少し体を離すと、ユイは恥ずかしそうな表情を浮かべていたが、頭を振った。

 そして、腰に回した腕の力を強めて、細い体を密着させてくる。

 ――ユイの体の感触が愛しい。


 が、今はまだ仕事の途中。

 そのユイの両肩を持ち、彼女の体を離した。


「ユイ」

「うん」


 熱を帯びた視線のユイだ。

 肌も斑に朱色に染まっている。


 ユイは、はにかむ。


「仕事があるからね。でもシュウヤありがと、キスは凄く嬉しかった」

「いつものことだ」

「ふふ、そうよね、いつものこと!」


 笑顔のユイは神鬼・霊風を拾う。

 そして、神鬼・霊風の柄頭を塔雷岩場の頂上に向けた。


「――行きましょう! 上に敵が居る」

「おう、って速い――」


 ユイは<ベイカラの瞳>を発動させつつ階段に向けて跳躍。

 俺もすぐに王牌十字槍ヴェクサードを拾い、魔脚を実行――。

 死体を跳び越えて、階段状の板を踏み台に高く跳躍した。

 あっという間にユイを追い越す。

 同時に<導想魔手>でユイの体を掴む。


「あう――」


 と、強引に引き寄せて、ユイの腰に手を回し抱く――。

 ユイを抱いたまま階段に片足で着地、するや否や――反対の右足で、その階段を蹴って跳躍――再び<導想魔手>を足場に利用しつつ、ユイを抱きながら塔雷岩場を上がった――。


 天辺付近の折れた柱が重なっている場所に着地。

 ユイから手を離す。


「――二人いる」

「あぁ、足場に気をつけろ」

「うん」


 ユイは頷いた。

 大柄の男がゆったりとした歩幅で、近付いてくる。


 下から剣戟音が響く。

 複数の者たちが建物の内部で戦っているようだ。


 その近寄ってくる手前の大柄の男の得物は、魔剣の類い。

 ちょびっとした顎髭が生えて渋い奴だ。


 その奥は槍使い。片腕が異常に太いし得物からして魔槍使いか。

 背中から魔力を放射状に発した浅黒い仏像?


 にも見える奇妙な魔法生物を出していた。

 ポケットが揺れる。

 ホルカーの欠片かな。

 いや、魔造虎の二匹の黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミが、あの魔法生物に反応した?


 ――刹那、手前の大柄の男は、急に速度を上げてきた。

 素早い。魔闘術はマスタークラス。


 顎髭野郎の狙いは、俺ではなくて、ユイかよ――。

 <剣突>系スキルを繰り出す顎髭野郎――。

 ユイは余裕の笑みのまま、攻撃は受けない。


 ま、当然か。

 右側の細い柱の上に跳躍し、あっさりと躱す。

 顎髭野郎の武器は片手半剣ハンド・アンド・ハーフソード


 その大柄の顎髭野郎が、ユイと俺を見て、


「――よう。はえぇな。美人だし、で、どこの者だ?」


 ユイは、その問いを聞くと頭部を傾げ……。

 俺に視線を向ける。


「ムサカ特務分遣隊?」


 と、聞いてきた。

 俺は笑みを浮かべつつ、頷くと……。

 すぐに大柄の顎髭野郎を睨む。


 その間に、王牌十字槍ヴェクサードを顎髭野郎に<投擲>――。


「ぬお――」


 と、びっくりしたような声を出す大柄の顎髭野郎。

 魔剣を盾にして王牌十字槍ヴェクサードの矛を弾いてきた――。

 ユイに手を出してきやがった糞な男だが、見事な反応と力だ……。


 王牌十字槍ヴェクサードを<鎖>で回収し、左手で掴む。

 と、王牌十字槍ヴェクサードを柱に転がす――。


「……鎖だと? しかし、手が痺れるとは、なんて威力だ」


 大柄の男は睨みを強めると……。

 魔剣の刃を傾けて、俺たちを見やる。


 ま、<鎖>の飛び道具があると分かれば、当然相手は警戒する。

 背後の魔槍使いは、片手を前に出して魔法陣を宙空に出していた。


 背後の魔槍使いは怪しい魔力が体にみなぎっている。

 その間に、魔槍杖を右手に召喚――。

 手前の大柄の顎髭野郎か……。

 腰のベルトに嵌まっている魔宝石か不明だが、防具も特別か?


 まぁいい。警戒したのなら、自ら向かうまで……。

 攻撃だ――。


「俺たちはオセベリアだ――」


 そう答えながら、前進しつつ魔槍杖を振るう。

 大柄の顎髭野郎の首を狙った――。

 大柄の顎髭野郎は魔剣を斜めに下げて、魔剣の身に嵐雲の矛を乗せつつ横に流す――。

 と、逆に片手半剣ハンド・アンド・ハーフソードで半円を宙に描くように扱って、剣先を俺の首に向けてきた。


 ――すげぇ技術だ。

 俺は魔槍杖を傾け、柄で、その剣先を弾く。

 左手の<鎖>か<サラテンの秘術>はまだ使わない。


『器よ、正々堂々と武で勝負するつもりか』

『学ぶだけだ』


 イモリザの第三の腕もあるからな――。

 俺の胸元にきた肘の打撃を、その左手で払い、足の蹴りを魔槍杖の柄で弾く。


 顎髭野郎は、魔闘術も巧みだ。

 連続した打撃を繰り出してくる。

 魔人武術ではない組手の技術か。


 強く、速い――更に、顎髭野郎は左肩を沈ませて、


「<無魔・暁落ち>――」


 と、体を畳ませつつ片手半剣ハンド・アンド・ハーフソードを体の内側に巻き込む勢いで、振るい落としてきた。俺は受けず――半身の姿勢を維持。爪先を軸とした体を半回転させる技術で<無魔・暁落ち>を避けた。


 直後、俄に回転しながらの下段蹴り――。


「チッ――」


 ローキックは空振り。退いた顎髭野郎。

 その刹那、ユイが視界に入った。


 宙空から両手持ちの神鬼・霊風を振り下げる――。

 その顎髭野郎の頭部を狙う、天誅する勢いだ。


「出るぞ、ルルセス、屈め――」


 背後の魔槍使いの言葉を聞いた顎髭野郎は屈む――。

 顎髭野郎の頭部を守るように神鬼・霊風の刃を受けた浅黒い奇妙な魔手――。


 神鬼・霊風と奇妙な魔手との衝突面から――。

 稲妻のような魔力が四方八方に飛び散った。

 金属の不協和音も鳴り響く。


「――メメク、助かった!」


 大柄の顎髭野郎こと、ルルセスは、そう魔槍使いの名を叫ぶと後退。 

 しかし、ユイの剣術は力も技も上がっている――。

 その浅黒い仏像の手は、一瞬で細切れとなった。

 続けざまに、槍使いの背中に浮かぶ仏像的な不気味な人型は切り刻まれていく。


「――な!? 幻獣ブリスが」


 その僅かな間に、


『――ヘルメ――魔槍使いを潰せ』

『はい』


 左目からヘルメが飛び出た直後に――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。

 退いた顎髭野郎目がけて魔槍杖の<血穿>を繰り出す。


 余裕があったルルセスは全身の魔闘術を活性化させて、俺の速度に対応。

 血が纏う嵐雲の穂先を受け持つ。


「――神王位クラスの加速とは、恐れ入る。その魔槍も魔界に纏わる代物か?」

「まあな」

「強者ゆえの武器なのだな――」


 そして、力で押してきた。

 肌に煌めく魔線が生まれていくルルセス。

 同時に力が増す。

 尋常じゃない力の持ち主だ。

 力で押されるとは久しぶり――。


「そういう、お前も強者で武器も特別か」

「魔剣ラヴェア。無銘だが無数の魂を得ている」


 神王位と言ったように、武器といい、ただの人族ではないようだ。

 だが、風槍流は力ではない、緩急さが常の戦術――。

 全身を弛緩させつつルルセスの力みを利用。

 【修練道】の訓練を思い出しつつ爪先を軸に、体を回転させる。

 と、同時に魔槍杖を消去――。

 回転しながらルルセスの側面に移動しつつ<導想魔手>が握る聖槍アロステを召喚――これは目くらまし――ルルセスの視界が揺れる。かかったか?

 そのルルセスに向けて、更に、ミスディレクションを仕掛ける。


 わざと聖槍アロステを落とし<導想魔手>をすぐに消す。が、動じていない。

 逆に視線でフェイクを入れて左足と右手を連動させるフェイクを返してくる。


 ――水を撒くフェイクにも、かからないルルセス。

 俺との間合いを崩さず、軽やかな尊敬に値する歩法で付いてくる。


 その動揺を示さない精神力の根底に、計り知れない武術の経験を感じ取った。


 ――尊敬の眼差しを向けながら――。

 左足で、逆に行くと見せかけてからの右足を前に出す。

 前蹴りのモーションから、ただの踏み込み――。

 そして、槍圏内ぎりぎりの間合いから――。

 右手を持ち上げるフェイク。

 左手に神槍ガンジスを召喚し、その神槍ガンジスで<光穿>を撃つ――。


 と、フェイクに対応したルルセスは、腰を光らせる。


「二槍流とは器用な奴だ。しかも、武器召喚か――」


 そう喋ると、ベルトから光る魔刃を出し神槍ガンジスの方天戟を防いできた。

 魔力が籠もった<光穿>を防ぐとは……。

 衝突面から、閃光めいた光が発生しているが、突き崩すことはできないな。


 武器防具破壊に優れた特化能力があった神槍ガンジスが壊せないアイテムは初めてか?


 すげぇ防御アイテムだな……。


「その武器も、また特別か。俺の〝光風の現し身〟の表面が削られていくのは、初めて見る……しかし、この地域の商売敵に、これほどの存在がいようとはな……」


 続けて、ルルセスは肌の魔線が強く輝く。

 背中が膨れると足も大きくなった。

 そして、魔剣ラヴェアの柄を煌めかせて、嗤う。


 その刹那――。

 同じ力の作用か、ベルトの位置から光るショットガン的な魔刃を飛ばしてきた。


 防ぎようがない速度。

 痛――全身に細かい傷を負う。


 不意打ちの間に、ルルセスは魔剣を片手持ちに移行する。

 前傾姿勢となって魔剣ルヴェアを振るってきた。


 速い――<血液加速ブラッディアクセル>並だ。


「<無魔・豪蛇ラヴェア>――」


 と、スキルを発動した。

 魔剣の柄から出た蛇のような魔線が、剣身と腕に絡みついている。

 苦しんだ女性の幻影が魔剣から生まれ出た――。


 武器で受けず<導想魔手>を盾代わりに<無魔・豪蛇ラヴェア>を受けた。

 魔剣ラヴェアから出た苦しんでいる女性の幻影が<導想魔手>を侵食――。


 一瞬で<導想魔手>は霧散。

 だがしかし、再び<導想魔手>を発動。

 幻影が消えた魔剣ラヴェアの根元を、その<導想魔手>で叩く。


 と、迅速な機動で後退したルルセス。


「……未知の導魔術の練度、いや、魔技の練度が異常だな」


 と、褒めてくるルルセスの動きは一瞬止まる。

 追撃だ――。

 目眩しのつもりで――拳の形に変えた<導想魔手>をルルセスの腹部に向かわせる。

 だが、あっさりと両手持ちの魔剣ラヴェアの剣腹で拳の<導想魔手>は防がれた。


 いや――隙がある――ハンカイ先生! 

 と過去の訓練を思い出すように、ルルセスの懐深くに潜り込みながらの――。

 イモリザの第三の腕で、腰からトフィンガの鳴き斧を抜く――。


 トフィンガの鳴き斧から、薄緑色の獅子の頭部が出る。


「ガァァァ」


 と、荒ぶる声を発しながらルルセスの脇腹を食い破った。


「――げぇぇ」 


 立て続けに、フリーハンドの右手で掴んだ聖槍アロステで<光穿・雷不>を発動。

 八支刀の光が連なるランス状の<光穿・雷不>。


 轟音を立てつつ光が一点に集約する<光穿・雷不>は直進――。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>の威力とは比べ物にならない。

 <光穿・雷不>はルルセスの魔剣の一部とルルセスの上半身を溶かす。

 優秀そうな防御アイテムを内包した腰ベルトも巻き込むように直進していく<光穿・雷不>は凄まじい威力で建物の一部を貫き風と魔力を吸引しつつ、パッと消失。


 ふぅ……倒した。


 風を体に感じる。と、ユイたちを確認――。

 片腕が異常に膨れた魔槍使いは、下半身が氷漬け状態、か。


 そこにユイの神鬼・霊風から始まる魔刀の袈裟斬りが決まる。

 返し刀の逆袈裟斬りが、魔槍使いの首から胴体に決まった。


 さすがユイとヘルメだ。

 ここは高台、敵が周囲にいないとは分かるが、一応……。


 周囲を把握しつつ王牌十字槍ヴェクサードを拾う。

 ヘルメとユイも返り血を吸い取りつつアイテム類を確認。


 ユイは魔槍使いの下半身にあったアイテムボックスらしき箱を取る。


 と、傍に戻ってきた。


「ヘルメとユイ。二人ともよく連携して戦ってくれた」

「うん、強かったけど精霊様がうまくフォローしてくれた」

「ユイも強かった――」


 と、互いにハイタッチ。

 美女同士だから、すこぶる似合う。


 さて、下の魔素は少なくなっているが……。

 まだ、剣戟音は続いている。


「下に行く前に、ちょい観るか?」

「うん、濃厚な血の臭い……でも、まだ宿自体は潰れていないようね」

「強者が何人かいるようです」


 ヘルメの言葉に頷きながら……。

 王牌十字槍ヴェクサードとトフィンガの鳴き斧をアイテムボックスに仕舞う。

 トフィンガの鳴き斧の実戦投入は中々よかったが、また次回。


 鋼の柄巻と血魔剣に手を当てつつ、再び、大きな穴を覗く。

 すると、腰の魔軍夜行ノ槍業が揺れると独鈷魔槍を押して俺の指に当ててきた。八怪卿の方々が、これを使え?

 まぁ、見た目は短剣だ。

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