六百十四話 ムサカは燃えているか?
◇◆◇◆
古都市ムサカこと、別名、豹文都市ムサカは戦場と化している。
このムサカの都市の中には、まだ逃げていない一般人たちがいた。
わざと逃げずに立て籠もる者、逃げ切れずに家に居るしかなかった者、戦争を利用して殺しを楽しむ匪賊たち。とくに、民家が多いハミレルフ大通りに住まう者たちはそうだった。
そのハミレルフ大通りにある民家の一階の閉じた出入り口の扉から、外の通りの様子を窺う男性がいる。
「ぱぱ、通りの戦いは終わった?」
男性をぱぱと呼ぶ声は、まだ幼い女の子だ。
「あぁ、ミーシャ。奥に隠れてなさい!」
「でも音がしなくなった」
「いいから、戻ろう。まだ戦いは続く」
ミーシャの父親が、そう発言しつつミーシャの下に駆け寄ろうとした時――。
閉じていた出入り口の扉が血色に染まる。
と、不自然な力で、その血に染まった扉が開いた。
開いた扉の前に立つのは、にこにこ顔の黒髪の男性。
血濡れた滑沢な黒鎧を装着している。
その黒髪の男性は、
「――やぁ、こんにちは」
と、挨拶する。
一見は普通だが、血濡れた犬歯が伸びていた。
黒鎧に付着していた血は自然と鎧の内側に染み入るように消えていく。
「だれだ!」
「別にだれでもいいだろう? まだ元気がいいな。へへ……」
男の犬歯がまた少し伸びる。
「ミーシャ、すぐに逃げなさい――」
ミーシャの父は子供を奥の部屋に逃がそうと、ミーシャを押す。
黒髪の吸血鬼は、ミーシャの父の背中に向け、腕を突き出した。
「――時勢を恨むんだな」
シュウヤの<死の心臓>のような手刀スキルを繰り出した吸血鬼がそう語る。
ミーシャの父の胸からは、血濡れた黒い腕が生えていた。
その掌には、脈打つ心臓が握られている。
目の前の血の惨劇を、ただミーシャは見ているしかできなかった。
唖然としたまま動けない。
「ミーシャ、は、やく……」
そう語るミーシャの父の口から血が零れる。
「……ぱぱ……」
◇◆◇◆
侯爵家の紋章を見たコンサッドテンの傭兵の方々は驚く。
というか、背後の神獣から瞬時に黒猫になったロロディーヌを見て、腰を抜かす獣人の兵士たち。
と、そこに、大柄の
すぐそこで戦いがあったようだ。
『閣下、この二人は魔力操作が極めて優秀です。各自が持つ武器も魔力を内包しています』
『激戦をくぐり抜けてきた猛者。戦場を渡り歩いてきたのなら、黄髭隊長と呼ばれていたエスパーダ傭兵団を率いたママニのことを知っているかもだが……』
『はい』
近寄ってきた槍使いの
「……部下どもが失礼した。俺の名はロンシュタイガー・ラーマニだ。傭兵集団コンサッドテンを率いている」
ラーマニ?
<従者長>血獣隊のリーダーのピレ・ママニが前に話をしていた部族名だが……。
とりあえず私情を挟んでいる余裕はない。
仕事を優先。
肩の相棒と視線を合わせた。
ロロディーヌは肩から降りる。
先程、コンサッドテンの集団に見せたように――。
ロンシュタイガー隊長に、侯爵家の印がある指輪を見せつつ、
「俺の名はシュウヤ・カガリ。さっきも告げましたが、ムサカ特務分遣隊第零八小隊の者です。隊長さんに尋ねたいことがありまして」
と、名乗ってから失礼がないように頭を下げる。
隣のヴィーネも頭を下げる。
眷属と仲間たちも続いた。
アルルカンの把神書はエヴァの紫魔力と格闘して変な悲鳴を上げていたが、見えないふりをする。
「ン、にゃ~」
鳴いて片足を上げた。
肉球判子の印籠は高威力だが、軍人さんに効くか?
「……」
「黒猫が挨拶だと!」
ロンシュタイガー隊長より、横の
「……取り乱してしまった、すまない。で、シュウヤ殿。俺はジラッブル・ラグハード。コンサッドテンの副長だ。その指輪を見させていただく」
「――確かにアナハイム家。我らと契約したシャルドネ閣下の印だ。しかも、この指輪は他と違う。かなりの品だ……」
「――ロンシュ、お前何かしたのか?」
と、
「いや、状況的に行方不明となったあの小隊の件だ」
「あぁ……遺跡の件か、物好きな……」
「ジラ、それは余計なことだ」
と、ロンシュタイガー隊長が、副長のジラッブルさんを責める。
「悪かった。つい口が滑った」
ジラッブルさんは頭部を掻いて謝ってきた。
「皆様方、詳しくは司令室のテントで、ジラッブルもいいな?」
「おう」
俺は頷いて、
「分かりました」
「こちらです」
と、俺たちは、そのコンサッドテンの隊長のロンシュタイガー・ラーマニさんと副長のジラッブル・ラグハードさんから直々に陣営を案内された。
獣人混成部隊コンサッドテンか。
テントの兵舎、焚き火の列、兵糧庫、武器庫、訓練場、物見矢倉の陣地を歩く。
建物の一部と幌馬車を壁代わりにした壁が見えた。
魔力を内包した布が、その壁を彩る。
兵舎の前では、肉を貪る魔獣たちがいた。
その魔獣を扱う魔獣使いの部隊か。
槍と剣を持つ歩兵部隊もいる。
その歩兵部隊の方々は、休憩中。
固そうなパンと肉を食べている。
くるくる回して『こんがりと上手に焼けました』的な骨付き肉だ。
肉汁が垂れた太い肉を、頑丈そうな歯と牙が捉えて引きちぎる。
肉汁が弾け飛んだ火元から火花が散った。
「ンン、にゃおお」
相棒が我慢できないと声を出したが、我慢してもらう。
酒も飲んでいる。
すると、その中の大柄な
「おらぁぁ!」と声を出した大柄な相方も登場。
三国志の武将で有名な『許チョ』風の獣人だ。
そのまま古風な歌を奏でる。
野太い声と重厚的な部族の戦歌だろうか……。
更に、勢いに乗った
筋肉アピールを繰り出して、片手に持っていたゴブレットを掲げて周りの兵士を鼓舞していく。
片手のゴブレットから酒が派手に零れていた。
旗を振るう小柄な
しかし、あの変身した
反対側では、横倒しにされた幌馬車の上に立つ
陣地の外にも
あの佇まいは、料理人でもあったカズンさんを思い出す。
その壁代わりの幌馬車の下では……。
珍しい形の魔斧を迅速に振るう
体を大きくさせては元の大きさに戻すことを繰り返す。
演舞かな。
漆黒色の毛がハリネズミのように逆立つ瞬間もあれば、ヘルメの皮膚のように滑らかに波打つ動きもあった。
すると、その斧の演舞を繰り返す変異体の
強烈な異臭も漂う。
ま、臭(にお)いはともかく、強者たちと分かる傭兵集団がコンサッドテンだ。
そんな部隊の光景を見ながら、「ロロ、交ざっちゃだめだ」と、注意しながら司令室のテントに向かう。
「ロロちゃん、これあげるから我慢」
「にゃ~」
傍に居るエヴァに胴体を撫でられても夢中でお菓子を食べている
そうして、司令室のテントに向かった。
テントの左右に立つローブ姿の
隊長さんと副長さんに対して敬礼をしていた。
ローブの下に筋肉鎧が覗いていたから、魔法戦士の衛兵か。
優秀そうな部下たちに向けて、ロンシュタイガー隊長が挨拶。
その隊長さんが、俺に視線を寄越し、
「シュウヤさん、この中です」
と、隊長さんと副長さんは、先にテントの中に入った。
俺たちも、
「はい、では、お邪魔します」
と、他人の家に入るわけじゃないが、少し緊張しながら入った。
テントの天井は意外に高い。
幕の表面に薄らと、金色の光を帯びた魔力の層がある。
特別な防護魔法がかかっているのかな。
隊長さんは得物の魔槍を立てかけた。
穂先は刃槍だが、
槍は気になるが、まずは、中央を見ていく。
無垢な机。
机には、蒼色を点す魔法のランタン。
豪華な鞘に収まる小刀。
長細い指揮棒。
珈琲らしき液体が入ったマグカップ。
近くにサイフォン式の魔道具があるから、珈琲系だと思うが、あまり匂いは漂ってこない。
ロートとフラスコの下には、炎のランプ。
スタンドがないのは魔道具の証拠。
右に、古都市ムサカの正方形の巨大地図が天井から吊り下げられてあった。
地図のいたるところにマークと部隊名が記されてある。
○が占領下、×が敵の陣地か。
奥に衣食住が用意された清潔そうな牢屋があった。
そこにサーマリア王国の捕虜が数名居る。
あのサーマリア王国の捕虜は重要そうな捕虜か。
軍営の規模はかなりの大きさと分かる。
俺がテントの内部を調べていると、隊長のロンシュタイガーさんが、
「それで聞きたいこととは?」
俺は頷いて、素直に、
「塔雷岩場までの道順を教えてほしいのです。簡易的な地図も。目印は一応、赤茶色とは教わってますが……」
「分かりました」
ロンシュタイガー隊長はそう発言して、ジラッブル副長に向けて目配せした。
副長は
ご両人とも、怖い目つきだ。
「地図はこれです。この陣地から出てすぐ南のハミレルフの通り、宗教街を含めて、大小様々な建物が並ぶ大通りの跡を、南に進むと、十字路とやや広い通りに出ます。右に階段が重なる丘もあります。火事は鎮火していますが、その丘は、前線の敵味方入り乱れの戦闘が激しい地域で要注意。その西側に、岩が横と縦に連なって形成された地下遺跡の出入り口がたくさんあります。そこが【塔雷岩場】と呼ばれる前線地帯の一角。右手前に、元宿屋スモンジの建物があります。壁は赤茶色、屋根は灰色。物見矢倉は潰れました」
南か、地図は簡易で分かり難い。
そして、コンサッドテンもオセベリア王国側で、ゲンザブロウ・ミカミとアイは友軍だと思うが。
二人の救出には動いていない雰囲気だ。
副長の面からして、遺跡確保の任務なんて知らねぇって感じだしな……。
ま、それも当然か。
戦争中でムサカ全域をかけた戦いの最中。
敵の王太子ソーグブライトが率いる軍隊も精強。
任務外のことに構ってはいられないだろう。
「情報提供をありがとうございます。それと、俺の小隊の者が何人かここに残りますが、よろしいですか」
「特務任務は優先事項に入ります。ご自由に」
俺はその場で、隊長と副長に頭を下げて「では」と、踵を返す。
「あ、シュウヤさん。南に出るなら、地下経路のほうが安全ですが」
「俺たちなら嗅覚烈があるから比較的探索がしやすいぞ」
コンサッドテンの隊長ロンシュタイガーと副長ジラッブルが、そう言うが、乗り気じゃないのは分かる。
前線地帯だし、余計な人員を割くことはしたくないだろう。
俺は、
「いや、結構です。それでは」
皆と共にテントから出た。
コンサッドテンの陣営を歩きながら、皆に、
「西の大通りはあそこか。皆、準備はいいか?」
「うん」
「然り、然り」
「はい」
「ん、任せて」
「はい、ご主人様、翡翠の
「獣人たちが戦う敵に向けて、ロルラードを放てば、あとは見てるだけだ」
「ん、前、レベッカに燃やされたお魚の攻撃?」
「エヴァっ子! 俺のアルルカンの把神書としての、自信を喪失させるつもりか!」
「ん、モガさんと一緒に燃えてたから消えちゃったのかと思った」
「いや、消えてねぇ――」
と、開いた頁から、マグロとピラニアが合体した不思議な魚を出すアルルカンの把神書。
ヴィーネが、その魚を覗きつつ、細い指先を向ける。
「これは生きている? 骨の魚、イモリザが召喚していたような異界のモンスターでしょうか」
そのアルルカンの把神書が、ヴィーネに向けて、
「不遜だぞ、ダークエルフ! ロルラードはモンスターじゃねぇ。だいたい、お前の頭部にぷかぷかと浮く金属鳥こそ、モンスターだろ!」
「何! ミスティとの合作だぞ、モンスターではない! そして、ご主人様が命名してくださった『いざーろーん』という素晴らしい名がある! そして、わたしの名はヴィーネだ――」
と、金属鳥から金属の刃が飛翔して、アルルカンの把神書に刺さった。
「クククッ……なにすんじゃボケェ!」
と、声を荒らげたアルルカンの把神書だが、ヴィーネの姿を見ては、俺の背後に逃げてきた。
ヴィーネは
その様子に交ざりたい雰囲気を出していた相棒だったが、黒豹に変身。
大人しく俺の足下に待機。
尻尾を俺の足に微かに当ててきた。
触手も付着してないが……。
なんとなく相棒の気持ちが分かった気がした。
ユイは神鬼・霊風を片手に持ったまま、
「シュウヤ、先に行く。通りは二カ所あるようだから左から、途中で合流しましょう。<
ユイの全身から血が拡散していく。
血のフェロモンだ。
「了解」
ユイは血の足跡を作りつつ先に走っていく。
その血の足跡はユイの両足に吸い付くように瞬時に消えていった。
<血鎖探訪>や血の匂いで居場所は分かるからな。
俺は、皆に向け、
「皆、気合いを入れろ。ここは戦場だ」
「はい」
「あなた様、途中までご一緒します――」
「わたしが皆を守る!」
「シュウヤ様、ここはレベッカとエヴァも居ますし、臨機応変に、ヴィーネの位置にまで出撃してもいいでしょうか」
「いいぞ。キサラも近距離から遠距離まで器用にこなす。だから、ジョディやヴィーネと連携しつつ、この周囲のコンサッドテンを助けてもいい」
「はい、ヴィーネとジョディ。わたしは通りの角を」
キサラとジョディにヴィーネは頷き合う。
「ん、皆のフォローをする」
エヴァはレベッカとアイコンタクト。
紫魔力を体から展開している。
魔導車椅子ではなく、金属の両足で、しっかりと立っている。
隣では、少し浮いているルマルディがいた。
「わたしもがんばります」
「ふむ。ルマルディと共に任務を全うしよう」
「アルルカンの把神書。しっかりとルマルディを守れ」
「おう!」
キサラの実力は知っているから大丈夫と分かるが……。
まだ実力をこの目で見ていないルマルディのことは、正直、まだ不安だったりする。
だが、ルマルディの傍で浮かぶアルルカンの把神書の実力は本物。
だから、大丈夫だな。
そのアルルカンの把神書は……。
表紙に肉球マークを宿した相棒の影響なのか、戻ってきた反動なのか、分からないが……。
おちゃらけた雰囲気が多い。
が……フィナプルスの夜会の中では乱暴ながらも真面目で難しいことばかり喋っていた。
人魚の女性を海に解放していた時の、詩人のような語りようは忘れない。
そのルマルディも、
「シュウヤさん、わたしは<七ノ魔眼>もありますから心配は必要ありません」
魔闘術系の技術の高さを示す魔力操作を見せる。
そして、わざと魔力を外に出していた。
金色の髪が靡くルマルディは美しいが、迫力がある。
この場に居る全員がルマルディとアルルカンの把神書を注視。
やはり、あの腕輪が鍵か。
アルルカンの把神書とルマルディが俺に預けていた
「分かった」
と、発言しつつ思わず息をのむ。
ルマルディはヘテロクロミアとなっていた。
魔眼……索敵系の能力が強いと聞いている。
そのルマルディは、微笑んでから頷く。
まぁ、セナアプアで鳴らした空極のルマルディだ。
空戦魔導師の中でも、極めて優秀だからこその称号。
余計な世話だったな。
俺は片手を泳がせつつ、踵を返し――。
ユイとジョディの背中を見ながら王牌十字槍ヴェクサードを前方に向け、
「相棒、行こうか!」
「ンン」
と、言葉を投げ掛けると、喉声を響かせた
俺も続くとしよう。
走りながら<無影歩>を発動――。
ジョディが隣を低空飛行――。
「――あなた様、ここは小さい魔素が多い」
「――あぁ、スマートにいこうか」
「はい――」
そう飛翔しつつ微笑むジョディ。
白い蝶々が舞う。
俺と一緒に南西の方角に向かう――。
ジョディはフムクリの妖天秤を掲げてから、建物の天辺に降りていく。
俺も通りを急いだ。
ユイは左側の大通り。
俺は右側を進む――。
火事が起きている地域から逃げてきた一般人たちの姿が見えた。
この地域は火事はない。
だから、建物の中には、複数の魔素の反応がある。
逃げずに避難しない人も多いか。
土地と家は大事な財産だ。しかし、通りに転がっている死体が増えてきた。
大半は兵士たちと冒険者風の身なりの死体。
一般人もそれなりに多い。
人族、獣人、ドワーフ、エルフ。
赤ん坊の口を塞いだまま、その赤ん坊ごと死んでいる人族女性。
エルフの男性は、その女性を守ろうとしたんだろう、その手前で腹を斬られて死んでいた。
空き家の出入り口が血に染まっているところが、複数。
ポーション売りの屋台も破壊されていた。
どちらかの王国兵士か、襲撃者に立ち向かったドワーフの死体は……。
戦争だから、当たり前なんだが……悲壮そのものだ。
まさに、ムサカは燃えているか? だ……。
そして、あの女性を守りつつ死んだ金髪の兵士は……。
『悲しいがこれ戦争なのよね』だな。
その直後、空き家の中から悲鳴が轟く。
右と左から同時か――。
「ンン」
「相棒、先に進んでいい」
ここはゲリラ戦となった市街戦。
火事が起きて焼失している家屋もあるが、まだ、建物の多くは健在。
そして、食料と家財道具が空き家に残っている状況。
当然、それを狙う匪賊がいる。
スルーしてもいいが……さすがに無理だ。
<無影歩>を解除。
片方だけでも、と、悲鳴が聞こえたところに突入――。
半裸の女性に覆い被さる男たち――。
ピキッと脳内から血管がぶち切れる音が聞こえたような気がした瞬間――。
即座に<血鎖の饗宴>が発動――。
全員を昇天させた。
サーマリア王国の兵士か?
いや、元々兵士じゃないのか。混乱に乗じて弱い存在を狙う屑たちか。
気を失っている女性に向けて中級:水属性の《
――上級:水属性の《
一応、<
『ヴィーネ、ジョディと連携し、この家の中に眠っている女性を、そのコンサッドテンの陣地に運んでおいてくれるか?』
『はい、通りの確保はジョディに任せます』
ヴィーネに血文字で連絡したあと、皆に、
『今、俺は一人の女性を助けたが、食料のこともあるし、すべての民間人を救うことはできない』
『移動を拒む方々もいるはずです』
『ん、ゲンザブロウとアイを救うまでは、できるだけのことはする』
『そうね。わたしたちだからこそ可能なこともあると思うし、がんばろう!』
『おう。エヴァ、コンサッドテンの連中に金を渡しておいてくれ』
『分かった』
市街戦は弱者が一番被害に遭うんだ。
……糞、ミスティなら、絶対、あと二つ呟いている。
通り沿いに戻り、駆けていくと――。
黒髪の男が視界に入る。
建物の扉を、血魔力で強引に開けていた。
――あいつはヴァンパイアか?
この地方だとヴァルマスク以外のヴァンパイアが濃厚。
戦争を利用した血集めか!
急ぎ駆ける――。
「ンン――」
その黒髪の男を追って狭い玄関口に到着。
幅の狭い家の中で、男性が倒れていた。
が、子供に襲いかかろうとしているヴァンパイアが視界に入る――。
こなくそがぁ――迅速に<鎖>――。
ヴァンパイアの後頭部を<鎖>が突き抜ける。
その黒髪の頭部は爆発するように破裂した。
頭部を失った胴体が不自然に、振り向く。
ヴァンパイアらしくタフだが動きは鈍い――。
再生はさせない――。
魔闘術を全身に纏いながら地面を強く蹴って前傾姿勢で前進――。
再生途中のヴァンパイアが眼前に迫る。
俺は片手から血を流し、その血濡れた片手で腰から血魔剣を抜く――。
――<水車斬り>。
で、逆袈裟軌道の血魔剣がヴァンパイアの男の胴体を斜めに薙ぐ。
ヴァンパイアは光魔ルシヴァルの血によって、一瞬で蒸発して散った。
……冷静にならんとダメだ。
<
血魔剣を腰に差し戻す。
助けた子供は、不思議と気を失わずに、俺の血魔剣を見る。
んだが、子供は茫然自失だ。
横で倒れている男性は父親だろうか……。
すると、
「ンン、にゃ~」
と、子供に話しかけていく。
「……大きい動物?」
子供は、小さい手を前に伸ばして、相棒の頭部を触ろうとした。
黒豹を見ても怖がらない。
まだ、小さいし、豹のことも知らないようだ。
相棒はその小さい手に優しく頭部を合わせてあげた。
小さい掌を舐めると、子供はビクッとしたが、すぐに笑顔を浮かべる。
「ふふ」と、笑いながら相棒の頭部をわしゃわしゃしていく。
……よかった。
俺は片膝を突け、笑顔を意識しながら、
「……そうだよ。名はロロっていうんだ」
「にゃ」
「ロロちゃん」
「俺の名はシュウヤ、君の名は?」
「ミーシャ」
「この家から出ようと思うが、どうだろう」
「いや……あ、ぱぱ、は、死んじゃった?」
横たわる父親を見ながらミーシャは語る。
言葉に詰まるが……。
ここで嘘ついても仕方がない。
「死んでいる」
俺がそう言うと、ミーシャは涙を浮かべて、
「……うあぁぁぁぁぁぁ」
と、抱きついてきた。
相棒はそんなミーシャの背中を触手で撫でていく。
そのミーシャが泣き止むのを待ってから、
「……ミーシャ、ここは危険だ」
「うん」
小さい両手で顔を拭うミーシャ。
蒼い瞳は更に小さくしたレベッカだ。
小さい双眸から涙が止めどなく溢れてくる。
その涙を、親指で拭いてあげた。
「ここから出よう。安全な場所に行こう」
「……でも、ぱぱ……」
離れ難いか。
ここでお父さんと平和に過ごしてきたんだろう。
だが、ここに居ては……鬼となるか。
俺は目力を意識。
「安全な場所までロロが運ぶ。ミーシャ、これからも強く生きるんだ」
「……うん、分かった」
ミーシャの蒼い双眸に力が宿る。
「相棒、ミーシャを皆のところまで運んでくれ。エヴァかレベッカに預けたら、即座に戻ってこい」
「――にゃ」
「きゃ」
相棒は体勢を屈めると、ミーシャの股間に頭部を潜り込ませつつ触手を使ってミーシャを背中に乗せた。そのまま、玄関口を出ると、俺たちが来た道を戻っていく。
俺も通りに戻った。
ユイの血の匂いを確認――匂いは左の通りの先。
通りを走る――。
建物が崩壊した場所で視界が開けた。
だが、やけに、地下に向かう穴が多い。
斜め下の穴は、地下に続く隧路か。
そして、広場ってわけじゃないが、ここは、かなり広い。
右の植木が散乱した階段では、サーマリア王国とオセベリア王国の剣士が戦っている。
どっちも強い剣士と分かるが、スルーだ。
下側が不利なはずだが、何合と打ち合っているし、介者剣術と絶剣流が混じったような巧みな打ち合いは魅了された。が、互いに戦ってろ――。
と思ったところで、左から傭兵集団が現れた。
「――敵は、この先の大通りだ」
「おうよ、コンサッドテンの本陣を逆に奇襲してやろう」
「ん? 槍使いが一人? 向こうの階段上で、王国の剣士同士が戦ってるぞ」
と、話す傭兵集団たち。
数は五十は超えているか。
先頭に居た大柄なハルバードを持つ男が、
「……何者だ?」
「ただの槍使いだよ」
「……怪しい」
「ウベ、何止まってんのさ。どこの兵士だろうと一人なら死ねばそれまで、このままやっちまえ――」
女剣士か。
エペのような細い切っ先を煌めかせて、大柄な男の横から俺に向けて前進してきた。
風槍流『片折り棒』の前進歩法を実行――。
王牌十字槍ヴェクサードの杭刃で、そのエペの切っ先を弾きつつその女剣士の胸元を杭刃が貫く。
「ぐぁぁ」
「タヤラ!」
「糞がァァ」
――大柄な戦士と小柄な戦士が、近寄ってきた。
槍使いと剣士か。
女剣士の腹を貫いた王牌十字槍ヴェクサードを離す。
右手と左手に魔槍杖と神槍を召喚――。
槍と剣先を受けず、屈みながら避ける。
同時に魔槍杖と神槍の<刺突>を前方に出す――。
「ぐあぁぁ」
「ぬごぉぉ」
魔槍杖と神槍は二人の腹を貫くと、俺はそのまま前進。
二人を串刺したまま傭兵集団に突っ込む――。
複数の戦士を串刺しにした二人ごと押し込んだところで――。
その押し込んだ前方に血を放出――。
波頭のような光魔ルシヴァルの血が、魔槍杖と神槍ごと傭兵集団を飲み込む瞬間――。
――<血鎖の饗宴>を発動。
無数の血鎖の群れが、その波頭から誕生し、傭兵集団に襲い掛かる。
一気に扇方面に展開した血鎖の群れは傭兵集団の体の大半を喰らった。
悲鳴も上げさせない。
「ただの槍使いじゃねぇぞ、遠距離から仕留めろ」
「「おう――」」
が、その瞬間、左右に散っていた射手たちから矢が迫る――。
生活魔法の水を左に撒きつつ<水神の呼び声>を発動――。
同時に<仙魔術・水黄綬の心得>を意識。
そして
霧が瞬く間に、俺の周囲に発生――。
「霧だと?」
「構うな、放ち続けろ――」
手の魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを消去。
霧を突き抜けてくる矢という矢――。
――爪先半回転で、矢を避けていく。
回転させた魔槍杖で防ぐこともできたが――。
鼻先を通った矢を手で掴んでは、繰り出してきた射手に向けて、その矢を<投擲>――。
霧越しで、視界は悪いが魔察眼で人の形は分かる。
「げぇ」
悲鳴で分かるが、矢が刺さった射手の一人は、腹を押さえるように倒れた。
『ヘルメ、左は頼む――』
『はい』
左目からヘルメが出る。
神秘的な色合いの液体は、瞬く間に下半身が液体のまま常闇の水精霊ヘルメとなった。
怒りの形相のヘルメは、その下半身の液体から海のような大きい波を放つ。
大きい波の中には闇蒼霊手ヴェニューたちが泳ぐ。
その大きい波は霧を越えた。
「<
と技名を叫ぶ――。
その大きい波から群青色を基調としたコントラストが綺麗な溶液の手が左側の霧を消しつつ突出していく。
煌びやかな手に触れた矢は溶けるように消失。
矢の攻撃は、左のほうが多いから、このままヘルメに任せよう。
ヘルメの影響を受けたように右方面の射手たちに向けて<白炎仙手>を出す。
複数の矢と射手の数名を<白炎仙手>の手刀が打ち抜いた――。
――まだだ、<導想魔手>を盾代わりに前進。
<白炎仙手>と
――掌握察に反応のある射手に近づく。
左手に神槍ガンジスを召喚――。
<
加速しながら<血穿>を発動。
背中を見せて逃げた射手の背中を――。
血が覆う神槍ガンジスの方天戟が、ぶち抜く。
方天戟が突き刺さる死体に蹴りを入れながら、その神槍ガンジスを引き抜いた――。
吹き飛ぶ死体から血飛沫が出る――。
その血と周囲の血を同時に吸い寄せた。
傭兵集団を倒しきったことを確認――。
「閣下、敵は倒しきりました」
「おう、戻ってくれ」
「はい――」
常闇の水精霊ヘルメはすぐに液体状に変化しながら左目に入ってくる。
王牌十字槍ヴェクサードを回収しつつ強者の剣士たちを探す。
魔素は階段先の更に上か。
少し、気になるが、放っておく。
そして、相棒はまだか。
さすがに幼い子供を乗せては、神獣としての速度は出せないか。
俺は先に、ユイの血の匂いの下に向かうとしよう――。
多角の柱の石幢が並ぶ通りに出た。
戦神ヴァイス、水神アクレシス、雷神ラ・ドオラ、光神ルロディス、正義の神シャファ、炎神エンフリート、風神セード、植物の女神サデュラ、愛の女神アリア、海神セピトーン、知恵の神イリアス、などが、石幢の各面を刻む。
ここは宗教街の一部か。
変わった建物が多い。
その建物と石幢の間に屋台を倒して簡易的な壁を形成しつつフライパンを片手に盗賊と闘うドワーフたちがいた。
「おぃーこいつを追っ払ってくれー」
一人のドワーフから助けを求められたところで――地面に王牌十字槍ヴェクサードを突き刺す。
と、反応が速い盗賊の男が、俺に向けてナイフを<投擲>。
その飛来したナイフを左の人差し指と中指の間で掴む。眼前で防ぐ。
刃に毒めいた黄色い液体が塗ってあった。
手練れな盗賊か。
あのフライパンを持ったドワーフたちは全身鎧を着ているから助かったのか。
俺は、地面に刺した王牌十字槍ヴェクサードを<導想魔手>で抜く。
右手に魔槍杖バルドークを召喚――。
「素直に逃げてれば、追わなかったが――」
そう発言しつつナイフを挟む左手を振るって投げナイフを投げ返す――。
同時に盗賊目がけて前傾姿勢で突撃を敢行――。
ナイフを払う盗賊に<導想魔手>の王牌十字槍ヴェクサードを差し向けるフェイント。
その<導想魔手>を消す。
落ちた王牌十字槍ヴェクサードを左手で掴むと、同時に、左足で石道を踏み込むつつ腰から右腕に捻りを加えた魔槍杖の<刺突>を繰り出した。
螺旋するドリル刃にも見える嵐雲の形をした穂先が盗賊の腹に向かう――。
フェイントにかかった盗賊は槍武術の妙に反応ができずに<刺突>を腹に喰らった。
盗賊の腹を突き抜けた魔槍杖を消去。
続けざまに左手が握る王牌十字槍ヴェクサードを振るう<豪閃>を発動――。
王牌十字槍ヴェクサードの杭刃が、前部にもたれていた盗賊の首を潰す。捻れ切れた盗賊の首。
ちょん切れた盗賊の頭部は血を撒き散らしながら派手に宙を舞う。
「うひゃーつえぇぇ」
「槍使い! 俺たちを守ってくれー」
「我らはモリモン商会だ! 守っていた商会の品もあげよう!」
「悪いが守ってる暇はない。ここから大通りを北にいけば、コンサッドテンの本営がある。そこなら品物を出せば受け入れてくれるかもしれない」
「本当か?」
「あいつらはただの傭兵集団」
「無駄な兵糧はないし人員は割かないはずだが……」
「戦闘に特化した奴らだ、弱者なんて普通は受け入れない。足手まといになるだけだからな」
「そうだ」
ドワーフたちはそう語る。
確かにそうかもしれねぇ。
だが、
「……拒否られたら、俺の名のシュウヤ・カガリを出せば大丈夫だ。特務小隊の任務だとも付け加えておけば受け入れてくれるだろう」
「……そうなのか?」
フライパンを持ったドワーフが集まってくる。
兜を脱いで、俺の顔を凝視してくる。
しかたねぇ。
「……これを持ってけ」
「……指輪か?」
と、侯爵家の指輪をドワーフの一人に手渡した。
「あぁ、それを見せれば受け入れてくれるはずだ」
眷属たちも居る。
「おい、裏側……」
「え?」
「おぃ……」
と、ドワーフたちは指輪と俺を交互に見る。
「「
「すげぇ、個人参加で、唯一結果を残した……あの槍使いかよ!」
「そうだ。じゃあな、俺も忙しいんだ――」
身を翻す――。
背後からドワーフたちの叫ぶ声が聞こえたが、何もせず走る。
ユイの血の匂いに誘われるまま――。
大通りの角を曲がったところで、ユイの姿が見えた。
「――あ、シュウヤ! 戦闘があった?」
「あった。ヴァンパイアと集団とも、かちあった」
「吸血鬼も? わたしもサーマリアの小隊とぶつかった。それで、ゲンザブロウとアイらしき人物は?」
「いや、見かけない。だとすると、まだ塔雷岩場の中か?」
「うん、死んだ可能性も、無きにしも非ず。だけど、元宿屋スモンジは潰れてそうだから、地下かな」
と、ユイの神鬼・霊風の刃先を見る。
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