五百八十五話 方外の友
ダークエルフは警戒している。
ここからだと顔は判別できないが。
俺はヴィーネに向けて顎をクイッと動かす。
『説得をしてみろ』
と促した。
エヴァも真似をして、小さい顎をヴィーネに向けてクイッと動かす。
そして、俺を見て、舌をチョロッと出している。
可愛いんだよ、エヴァっ娘!
俺たちの様子を見ていたヴィーネは微笑みを浮かべて「お任せを」と小さな声で喋る。
しかし、その微笑みは一瞬で能面のように冷然となった。
よく言えば、理性的。
そのヴィーネはダークエルフに向け、
「近寄っていません。そして、何度も説明しているように、ここは地上」
「キュイズナー共! 姿を現せ! そのような言葉と未知の幻で、わたしを混乱させて……」
「ここはキュイズナーの魔神帝国の領域ではない」
「嘘だ……あれ、嘘じゃないのか……」
「そう。そもそも、洗脳を受けていたら、そのような疑問も起こりえないはず」
お? 説得が成功?
「……なら、お前たちは幻か……夢……」
「夢じゃないですよ~、ダークエルフちゃん~♪」
リサナが踊りながら発言。
リサナとキースを残したのは、まずかったか。
雌鹿の角が出ている三角帽子は魔法使い風で、桃色の髪もいい……。
だが、精霊としての証しでもあるように、半身が透けている。
更に、小型のナメクジとカタツムリたちが、周囲を躍る。
バロック風の音楽も、そのナメクジとカタツムリたちが奏でているし。
そして、キースは魔印がアクセサリーにも見える頬骨が露出。
痩躯で端正な顔立ちだが……。
その魔印が輝く頬骨から、蠅のような魔力の粒たちを放出していた。
雰囲気は、戦国武将の兜を被った黒闇天か暗黒卿。
裂けた口元から『コーホー』『コーホー』といった息遣いが聞こえてきそうな雰囲気だ。
不気味に思うのは仕方がない。
その不気味な口元が、
「……この地上の安息だ。ダークエルフが夢に感じるのも無理はない……」
その喋り声は、巷の女性たちの胸が、ときめくほどの渋い声。
「キース、それを言ったら説得できないだろう」
「すまない、ヴィーネ殿」
「ダークエルフちゃん? わたしは波群瓢箪の精霊リサナですからね?」
ダークエルフはびくびくする。
「鹿の角に上半身の半分が半透明なのが精霊なのか」
「はい」
「これは夢だ」
「いえ、夢じゃなーい! <魔鹿フーガの手>」
リサナはスキルを発動。
半透明な体の部位から骨と血管たちが飛び出る。
その骨と血管は束となって、互いに巻き付く。
血と筋肉と骨で一対の巨大な腕を作ると、捲れた波群瓢箪の金属と合体する。
瞬く間に一対の、巨大な腕を作った。
色合いはカーボンブラックだ。
「……やはり、夢。あはは」
「リサナ、やりすぎだ」
と、注意した。
「はい~」
リサナは大人しくなると波群瓢箪の中に下半身を吸い込ませる。
上半身も小さくなった。
「……足を吸い込んだ鉢? 鉢多羅の古樹根……その金属製の鉢は鐘なのか?」
「鐘のような扱いもできる」
「ほぅ……大きな葉と花も生えているから瓢箪か。しかし、このような奇想天外な夢を作りあげるとは、キュイズナーめ、何をしているのだ……」
ダークエルフが、リサナの姿を見て、夢だと思うのも頷ける。
「夢じゃないですよ~♪ シュウヤ様が創生し育ててくださった。シュウヤ様の眷属精霊です」
「精霊を育てるだと? そこのマグルがか? まさに夢ではないか!」
「もう、夢、夢と、頭が夢ですか! いや、シュウヤ様はマグルではないですよ。ですが、はい。この波群瓢箪の中身【雲錆・天花】へと、自らの血を与えつつ、無数のモンスターの血肉と魔力を注いでくださった」
「ほぅ……自らの血と、モンスターの血肉と魔力を糧にか……」
「更に! アーゼン朝文明の大ナメクジと大カタツムリの剣精霊を倒す間際に、シュウヤ様は機転を利かし、波群瓢箪を用いたのです。剣精霊を吸い取った波群瓢箪。その中身の【雲錆・天花】は、物の見事に大変化を遂げて……そしてそして、わたしが誕生したのでした!! フハハハン! で、ありますからして! シュウヤ様が育てた大精霊ちゃんなのです。まさに〝瓢箪から駒が出る〟ですね♪」
時々、バロック風の音楽が彼女の周囲から鳴り響く。
まさに夢物語。
だが、逆にダークエルフは夢ではないと、思ったようだ。
瞬きをくり返す。
そして、俺のことを睨むように視線を強めた。
「…………
司祭は精霊的なモノを作り出せるのか。
ヴィーネの仇を討つ時に、男のダークエルフを元にした巨大なモンスターを倒した覚えはある。
「シュウヤ様は槍使いです。ただ、その機転の利きと発想力は、どの魔術師よりも優れていると思います」
視界に浮かぶ小さいヘルメも、頷きながら、
『ふふ、咄嗟に<霊呪網鎖>を使用した閣下。イモリザを誕生させた閣下の能力はフレキシブルでズバ抜けていますからね。リサナの言葉に納得です』
褒めてくれるのは嬉しい。
しかし、<霊呪網鎖>は普通のスキルだが……。
秘密兵器的なスキルかも……。
邪神シテアトップを封じていた岩のようなモノを<鎖>で破壊して、得ることができたスキル。
……迷宮都市ペルネーテに存在する邪界ヘルローネという次元世界の神なだけはあるか。
たくさんの尻尾があった邪神の虎。
その一尾を吸い取った俺は……。
そんなことを瞬時に考えつつ……。
『……波群瓢箪からリサナのような精霊が生まれるとは、思わなかったが……まぁ、上手くいった』
『はい』
その時漠も……。
『俺の頭上に浮いていた雲の源。最初は
俺にそう話をしてくれた。
時漠さんよ……。
リサナとして順調に育っているぞ。
象のような鼻を持つ時漠は、今頃……。
どこで何をしているのやら。
混沌の夜以来、会っていない……。
と、時漠の姿を思い出していると、ヴィーネが、
「では、もう一度、わたしの名はヴィーネ。光魔ルシヴァルの<
「……光の属性を持つ新種の吸血鬼なんだろう? 希少な種族に救われることも、まさに夢だ」
ダークエルフは、まだ夢の中だと思い込んでいるようだ。
それだけキュイズナーの洗脳系技術が巧みだったということか。
ダークエルフの気質の面もあるのかもしれない。
彼女は自らの意見を曲げず、ヴィーネの言葉を信じようとしない。
溜め息を吐くヴィーネ。
しかし、俺が見ているのもあるのか、説得をがんばるようだ。
「……夢ではないのです。何度もくり返しますが、ここは地上の樹海。ご主人様がキッシュに協力し、村から城へと造り上げた光魔ルシヴァルの一大拠点なのです!」
ヴィーネは細い腕先を伸ばす。
ダークエルフも同じダークエルフだからか、喜んだような表情を浮かべて、
「幻のダークエルフ美人め! だいたい天蓋のない世界など、ありえない! そして、白銀に近い髪色とか、綺麗なのだな!」
ヴィーネは褒められているのか、けなされているのか、微妙な面を作る。
俺に視線を向けてきたが……。
俺は『まぁ、説得ターンは、まだある』といった意思を込めてヴィーネにアイコンタクトを送る。
ヴィーネは自信なさげに頷く。
エヴァは、ふふっと笑っていた。
バーレンティンは渋い表情を浮かべて、顎先に手を当てつつ、キースと会話をしている。
「……わたしも地上を初めて体感したことは……よく覚えています……」
「地上か。奥に居る雄のダークエルフもヴィーネと同じように地上にあがったのか」
ダークエルフに指摘を受けたバーレンティン。
胸元に手を当て紳士的にお辞儀をしてから、
「いえ、このキースと同じ仲間。元吸血鬼です。今の名はバーレンティン。ご存じのように、昔はダークエルフでした。名はラシュウ。貴女には、第三位魔導貴族エンパール家といったほうが早いか」
「……エンパール家!?」
「はい、そこの黒髪で吸血王で主様のシュウヤ様とは、地下で導かれるように出会った。神獣様も一緒にですが。そして、配下になりました」
「……」
ダークエルフは沈黙して、俺を見る。
「そうだ。吸血王。わたしたちの英雄。光魔ルシヴァルの宗主様であるご主人様の力で、人身御供となりかけていた貴女を救った」
「……なるほど」
ダークエルフの女性は納得したような面を浮かべる。
「はい、ご主人様は貴女を観察しています」
ヴィーネはそこで説得を止めた。
俺にアイコンタクト。
『続きはお任せします』といった雰囲気だ。
俺は頷いて、片手を上げる。
「よっ、ただいま」
「ん、ヴィーネたち、説明&説得をがんばった」
「はい、当初は大変でした……」
「ん、地上の雰囲気と、太陽の光も生まれて初めて見たら、混乱するのは当然」
「主と、エヴァ殿。ある程度は納得したようですが、まだ、そこのダークエルフは混乱中です」
そうだな……と頷く。
リサナとキースは、エヴァに礼を言ったヴィーネの横に居る。
リサナは波群瓢箪の上だ。
両手に持った扇子を上下させて、イモリザのような音頭で踊ってから、俺たちに頭を下げてくる。
キースは魔刀を肩で抱え、背中を壁に預けていた。
さて、ダークエルフを調べるとして……。
一応、カレウドスコープを使う。
右目の十字手裏剣型の
カレウドスコープを起動。
瞬時に薄青い視界に変化。
視力が増して、解像力と分解能が跳ね上がる。
そして、右目の横の表面の金属素子の形が卍に変わったはず。
ダークエルフの体をフレームのような淡い光線が縁取る。
▽カーソルが点滅したダークエルフ。
ヴィーネを見た時を思い出す。
あの時とは違う。
起きているダークエルフの足から全身を――。
CTスキャンでもするように透過していく。
某バスケ漫画を思い出しつつ……。
ダークエルフの体を要チェックや!
当たり前だが、炭素系ナパーム生命体だった。
頭は大丈夫。
蟲も寄生虫もナッシング。
内臓もヴィーネと同じ。
筋力が低く、エレニウム値が多少高いぐらいだ。
カレウドスコープを終了。
再び、ダークエルフを見て、
「――こんにちは、まずは名を教えてください」
地下エルフ語を喋りつつ寝台側に向かう。
俺の発した声は、低音ぎみだ。
地下エルフ語は渋い。
「……マグルが、地下エルフ語を? あ、まて、わたしに近付くな!」
動揺するのも無理はない。
彼女は地下都市で生贄にされそうだったんだ。
しかも、その相手は洗脳が得意なキュイズナーたち。
そのダークエルフの女性を凝視。
銀色の髪はミディアム。
肩に刺青があった。
革服で体を隠そうとしている。
俺は一旦――エヴァに対して頷く。
アイムフレンドリーを意識しながら、ダークエルフに頭部を向けた。
「……安心してください。貴女に危害を加えるつもりなら、そもそも起こさず殺します」
「……」
ハッとした表情を浮かべるダークエルフ。
その間にダークエルフとの間合いを詰めていたエヴァが、
「わたしの名はエヴァ――ん、手を握る」
震えているダークエルフの手を握る。
「その紫色の瞳を持つ女性は、俺の眷属の一人。態度から分かると思うが、貴女に攻撃する意思はない」
ダークエルフは大人しい。
名乗るか。
「俺の名はシュウヤ。貴女の名を教えてくれませんか?」
「……ミグス・ダオ・アソボロス」
ミグスか。
そのミグスは、俺とエヴァを凝視。
彼女は、自身の名前の記憶がある。
このことから、キュイズナーの洗脳は、もう解けていると判断できる。
ま、ユイが片腕を回収したキュイズナーはミレイヴァルとユイが倒したから当然か。倒した
「なぜ、キュイズナーに?」
「裏切りだ……アソボロス家の内側の争いでもある」
「やはり」
「そうでしょうね」
と、バーレンティンとヴィーネが頷いた。
魔導貴族の醜い争いは、同じ一族の枠でさえ、あるからな。
「……魔導貴族アソボロス家。第六位魔導貴族だったはず。そして、アズマイル家との争いは、ダークエルフ社会に於いて
ヴィーネは、第十二位魔導貴族アズマイル家の次女だった。
彼女の言い方に含みがある。
過去に、それなりの争いはアソボロス家とあった。と、認識した。
ミグスは、アズマイル家と名乗ったヴィーネを凝視。
「下位の名に、そのような魔導貴族の名があった覚えはあるぞ」
「はい、ということは、ここ数百年の間に身内から裏切られて、キュイズナーに捕まったのですね」
「……そうだ。そして、アソボロス家は、まだあるということか」
ミグス。
苦虫を噛み潰したような顔つきだ。
裏切られたことを思い出しているのか?
「……老人から情報を聞いた際、【第六位魔導貴族アソボロス家】は【第七位魔導貴族リジェ家】と争ったとも聞きました」
老人?
あぁ、あの時か。
過去、俺がヴィーネを連れてダウメザランに出向いた時か。
通りで、たまたま出会った老人。
第四位魔導貴族ランギバード家を討つ前だ。
他にも、ダウメザランでは【蛇沼蛇の花亭】にお世話になった。
「その通り、わたしの一族は、リジェ家と因縁があった」
「ん」
エヴァは頷く。
本当のようだ。
「主……わたしは、その魔導貴族アソボロス家の名は、知りません」
「分かった。ラシュウとして生きた時代の魔導貴族ではないんだろう。ヴィーネのアズマイル家もなかったんだ」
「はい、あったとしても、下位の魔導貴族のすべてを正確に覚えているわけではないので」
バーレンティンは正直に語る。
彼が嘗て、所属していた第三位魔導貴族エンパール家。
男、ダークエルフ的には疎まれ激しく差別を受ける雄でありながら、エリートの【闇百弩】の組織に入っていたバーレンティン。
そして、相棒の
しかも、遙か昔のことだ。
記憶も曖昧なことが多いだろう。
俺は笑みを意識しつつ、偉大な歴史を持つバーレンティンを尊敬の眼差しで見て、
「わかった。疑問があったらバンバン喋ってくれ」
「はい、我が主……」
ヴィーネも頷いた。
俺はそのヴィーネが育った魔導貴族の名を思い出しつつ、ミグスに、
「因縁か……アズマイル家とは因縁はないようだが、争いが気になる」
と、ヴィーネの出身とアソボロス家の関係を探る。
「ささいなもんだ。リジェ家のような深い確執はない。が、魔導貴族だからな。ヴィーネが語ったように、それなりの、いざこざはあった覚えがある」
「ん、本当。傭兵としての戦いと、ガンモン魔霊草の領域を巡る争い……他、いっぱい」
エヴァがミグスの心を読んで、そう語る。
しかし、〝他、いっぱい〟って、
かなり争った経緯があるじゃん。
ヴィーネは冷然とした表情だ。
アズマイル家とアソボロス家の争う内容は、極自然な日常生活の範疇ということか。
バーレンティンの〝静かなる虐殺〟話を聞いてるだけに納得できる。
ダークエルフ社会は争いが激しいからな。
ミグスはエヴァを見て、驚きつつ、
「……心を読む能力か……しかし、精神汚染どころか、温まるのは……」
エヴァは頷きながら、血文字に切り替える。
『彼女の心のままを伝える……』
リジェ家とは、司祭候補の特異な子を巡る争い。
外部の傭兵共に、サーメイヤー家と通じた……インサールの秘術を用いた陰謀術……。
憎いヒゼトメを討つ……魔神帝国、キュイズナーの罠……あの地下宿場の半通路で、糞、あぁ、あの判断が……。
『といったことが、何回も浮かんでいた』
と、血文字でミグスの心を語るエヴァ。
エヴァはダークエルフ社会に感化されたように、血の涙を流しながら、表情が引き攣る。
「……復讐が望み。でも、全部、本当のお話。インサール……怖い」
そう、口に出して語るエヴァは辛そうだ。
見てる俺は思わず、心が万力で挟まれる感覚を受けた。
「エヴァ、もう手を離していい。ミグスも嘘はつかないだろう」
「ん――」
素早く反転したエヴァは、俺に体を寄せてきた。
肩で休んでいた相棒に頭を撫でられていく。
「ふふ、ありがと、ロロちゃんとシュウヤ」
「胸ならいくらでも貸すぞ」
「ん、分かってる。でも、今は逸品居にいってくる」
「おう」
エヴァはヴィーネとハイタッチ。
ぎゅっと恋人握りで、二人は手を握り合う。
互いに頷いてから手を離した。
エヴァは、同じ部屋に居るキースとリサナとバーレンティンと挨拶してから、窓からではなく階段を下りていく。
一階に居るサナさん&ヒナさんと会話する声が聞こえてきた。
俺は、ミグスに向け、
「ミグスさん。状況はある程度理解したと判断したが、どうだろう」
「地上という未知の場所に連れてこられたことは、不満だが……命を救ってくれたと分かった……ありがとう」
「いえいえ、洗脳が酷かったようですが……」
「……うん。わたしは洗脳を受けていた。覚えているのは罠に嵌まり………ぐぇぇ……」
「お、おい!」
「だ、大丈夫だ……裸にされてキュイズナーの触手が体に絡まり……陵辱を受け……精神汚染を受けた直後のことを思い出した。そこからの記憶はない」
最初のほうの記憶だが……。
正直、思い出したくない記憶だろうに。
「だろうな……」
「わたしの行動に起因するとはいえ、その雄の同情は、屈辱的に感じるから止めてくれ……」
「すまん」
「いや、まぁ、シュウヤとユイという大眷属に? 閃光のミレイヴァルという光の槍使いの眷属を召喚し、地底神ロルガ、キュイズナー、ダ・ゼ・ラボムを屠ったとも聞いている。だから多少は胸がすく気分なのだ。それにだ、ダークエルフ社会なら、わたしのような経験など、日常茶飯事だ……で、ヴィーネの言葉が真実ならば、シュウヤは、マグルではないのだな」
「種族の名は、光魔ルシヴァル。吸血鬼系の新種ですね。その宗主です」
と、丁寧に挨拶。
「ご主人様、キースとリサナも状況を説明してくれました」
「はい♪ 波群瓢箪とシュウヤ様の強さについてお話をしました」
「ソレグレン派という吸血鬼も説明したが、理解はしてないだろう」
リサナとキースが語る。
「……吸血鬼と精霊……」
ミグスさんは怯えて、再び、キースを見る。
「それでは、ミグスさん。これからは、気楽にお話をしたいと思いますが、よろしいですか?」
「……律儀な雄だ。わたしに気を使わず、自由にしたらいい」
「了解。では、ミグスを救った理由も、たまたまと理解してくれ。救出できる場所に、運よくミグスが居ただけだったんだ」
「……運か……」
「そうだ。そして、単刀直入に、条件次第だが……このサイデイルに住まないか? 地上の言語もままならないだろうし」
ミグスさんは驚いて、俺を見る。
復讐の理由があるが、まぁ、誘うだけ誘う。
彼女の双眸は紺碧色が混じった青い瞳。
やや、緑っぽいか。片方は茶色も混ざる。
そして、片方の耳の上部が削れて、首に傷痕もある。
「勿論、不満があるなら出ていって構わない」
「……」
「このサイデイルの外は樹海の奥地で難所も多い。危険極まりない地帯。そんな樹海を越えても……マグルの世界が待ち受ける。そんなマグルの世界を、珍しいダークエルフが渡り歩くのは……」
そのタイミングでヴィーネを見る。
俺は、そのヴィーネのことを、心底、尊敬しながら、
「それ相応の気概がなければ、できない偉業となる」
と、ミグスさんに向けて語る。
「……住む条件とは?」
「マグルを含む住人に危害を加えない。指示にもある程度、従ってもらう。それと、女王キッシュが居る。俺の眷属ではあるが、サイデイルの代表者だ」
「……女王が眷属とは……ま、素直に受け入れよう。元より、わたしは、こうするしか生きる道はない」
理解は早いようだな。
「生きる道か。故郷に帰還は望まないのか? ダウメザランに」
俺の問いに、片方の眉を動かすミグス。
「……わたしを助ける際のゲート魔法か! 連続的に発動が、自由自在に往来が可能なのか!」
「そうだ。ダウメザランに帰すこともできる」
「……大魔術師級の魔力と精神力を持つのだな。恐れ入る……しかし、無条件にわたしを解放してくれるのか?」
「望むなら自由だ」
「…………自由。なんという響きだ……」
ミグスは泣いた。
「……ありがとう。心が温まる思いを得たことは、いつ以来だ……いや、初めてか? 気高き、雄なのだな……」
ヴィーネが黙って頷いていた。
相棒から触手アタックを受けて、綻んでいたバーレンティンも頷く。
キースも魔息を吐いて、頷くが、怖い。
俺は〝
「褒めてくれて嬉しく思う。では、故郷に戻る?」
と、発言。
「うむ。戻るぞ! わたしを、キュイズナーに売ったヒゼトメと……その配下の者たちを討つ。独立都市フェーンの人身御供として生きた記憶は幸いにして、ないが、罠やら過去の記憶分の借りは返す……」
「ヒゼトメという名のダークエルフは、アソボロス家の身内か?」
「そうだ。憎い女の魔剣師……魔神帝国のキュイズナーの一隊と取り引きをして、わたしを嵌めたのだ」
「復讐か」
……ヴィーネといい……。
これも魔毒の女神ミセアの恩寵なのかもしれないな。
呪神ココッブルゥンドズゥ様も、俺に内緒で匂いとかつけていたようだし。
「うむ……幸いヴィーネからアソボロス家が健在なことも聞けた。わたしが記憶を失ってから何百年も経っていないということになる」
「分かった。だが、急いては、事をし損じる。まずはここで英気を養え。ポーションを置いとく」
逸品居って手もあるが。
「ありがとう。だが、すぐに戻る! ポーションはもらうぞ」
え? すぐか。
ミグスのやる気は凄い。
銀髪が揺れて、双眸に力が宿る。
そして、俺にとっては重要事項をチェック。
ヴィーネのような大きさはない。
が、ほどよい大きさの双丘さんが揺れていた。
うむ、女性として魅力的だ。
「……構わんが、しかし、すぐに戻らんでも……体調はいいのか?」
「いい。それに故郷だ。アソボロス家もそれなりの魔導貴族。回復手段はいくらでもある、仲間もな……わたしの帰りを待つ者も大勢居るはずだ」
「……了解した。それで、ミグスの得意武器はなんだ」
「なぜ、聞く?」
「いいから」
「……得意なのは剣術で、短剣と長剣だ」
「なら――」
アイテムボックスを操作。
よし――。
「この古代竜の長剣と短剣をプレゼントしよう」
「……」
「ご主人様は太っ腹」
「……主は、先を読んでいるのだろう」
「たくさん入ったアイテムボックス♪」
リサナはリズミカルな口調で語りながら、波群瓢箪の上で踊る。
「古代竜だと? 鳳竜アビリセンのような素材を使った武器か……この武器を頂くわけには」
「いいから」
「恩を返すことはできない……サイデイルに残ることはないのだぞ?」
「んなことは気にするな。ほら受け取れ、蟷螂の斧となるのか分からないが、ヒゼトメを討つんだろう」
「……闊達大度の光魔ルシヴァルの宗主。ヴィーネとバーレンティンを従える理由の一つか」
ミグスは涙を流すと、武器を受け取った。
「あ、ありがとう」
「……ご主人様、偕老同穴は、だ、だめですから筋肉を見せることも、だめ、ですからね」
ヴィーネだ。
珍しく動揺していた。
「分かってる。風呂か。他にやることがなかったら、復讐を手伝っていたかもしれないが」
視界の端でヴェニューと卓球をしていたヘルメが、
『――ふふ、昔を思い出します』
そう思念を寄越す。
水弾のピンポン球でスマッシュを決めたヘルメだ。
『ヘルメが怒った時か。懐かしい』
そう念話をしながらミグスを見た。
「よし、
「送るだけと言うが……わたしを助けてくれただけでも、十分にありがたいのに……」
「なあに、ただ、運がよかった。と思えばいいさ」
「……お人好しで、ざっくばらんだが……相手の忖度を、踏まえての優しさに溢れる思いは伝わってくる。この巡り合わせは、魔毒の女神ミセア様に感謝すべきか……」
ミグスが雌として反応していることは、丸わかり。
ヴィーネが少し肩を揺らす反応を示しつつ、俺の隣に来ると、胸を押しつけてきた。
可愛いヴィーネだ。
「ぷゆ?」
と、上のほうからぷゆゆの声が聞こえてきたが、無視。
俺はミグスの潤んだ瞳を見て、微笑みを意識。
「そこは、実際に復讐を遂げてから、魔毒の女神ミセア様に感謝を捧げたほうが、いいんじゃないか?」
と、笑いを誘う。
「……あははは、そりゃそうだ」
ミグスは快活に笑う。
俺も笑った。
「にゃ~」
「ふふ」
ヴィーネもバーレンティンもキースも微笑む。
相棒は触手をバーレンティンに向けていた。
ミグスの笑顔はいい。
銀色の細い眉と茶色の瞳が似合う。
女剣士としての実力は未知数だが……。
「復讐を手伝えたらよかったが」
「いや、恩人に、そこまでしてもらうのは、さすがに、な」
「それもそうか。なら、ミグス、ダークエルフの友として思っていいか?」
「勿論だ。シュウヤ……光の吸血鬼の友!」
ミグスは宣言するように片手を上げた。
俺はラ・ケラーダのマークを胸元に作る。
「それじゃ、ゲート魔法を使うから、ヴィーネたちは解散、自由だ。相棒」
「ンン、にゃ」
「「はい」」
「承知」
皆の返事を耳にしながら
――十一面の表面にある溝を、指の腹で、素早くなぞった。
その瞬間――。
魔力が行き交う
面と面が折り重なって光のゲートと化す。
サーメイヤー家が所有する倉庫の景色は変わらない。
だれも居ない。
一応、
暗緑色を基調としたパーカー風の衣裳に着替えた。
相棒は衣服が肩のハルホンクに吸い込まれる瞬間、軽く跳躍して避けていた。
一瞬、大縄の競技を思い出す。
さすがは神獣ちゃんだ。
そのロロディーヌは、俺の耳朶を叩く遊びをするが、構わない。
「行くぞ――」
頷くミグスの手を掴む。
彼女を連れてゲートを潜った。
◇◇◇◇
掌握察と魔察眼をくり返す。
俺とミグスは倉庫から飛び出す。
寒の入り的に気温が下がったと分かる。
鈍化したような空気が俺たちを包む。
見知らぬ石像が増えているが、構わず――走った。
意想外のカラクリはない。
鏡から外れた
その
衛兵が立つ位置と櫓はヴィーネと来た時と変わらず。
馬鹿正直に門内へと駆け込んだりはしない。
「壁は越えたほうが早い」
「あ――」
と、ミグスを脇に抱える。
軽い体重だ。
地面を蹴り跳躍――壁はひとまたぎで越えない。
通り沿いに行き交うダークエルフが居ないか把握。
遠い場所に、ダークエルフの一隊が夜来の雨といったように跳び駆けていく。
殷盛を誇る不夜城のような建物が見えた。
近くでは弔鐘のような音が不断に鳴り響く。
七つ道具を背負ったダークエルフとはぐれドワーフの姿も見えた。
喧嘩をするダークエルフの男たちもいる。
「凡愚な雄どもが」
「……」
俺はミグスの鬼のような表情を見て、ここが、女性社会と改めて認識。
そのまま、壁の幅が狭い天辺を爪先で突いて、壁を跳び越える。
先の通り沿いに着地。
ミグスを下ろした。
「……ありがとう。本当に故郷なのだな……」
「にゃ」
「おう」
そのまま、ヴィーネが戻ってきた時と同じように、通りを歩く。
人気のない場所に向かう。
頭部の頭巾を少しあげてから、ミグスに、
「んじゃ、俺はここまでだ」
「うん……友よ。もし、これから先ダウメザランに用ができたのなら、ヴィーネが傍にいてもいいから、アソボロス家を訪ねてきてくれ」
「おう、天意に任せよう」
「ふふ、この恩を心に抱きつつ生きるとしよう。熱い、眩暈のような陶酔を糧として……方外の友よ……」
アソボロス家の挨拶をするミグス。
俺もラ・ケラーダの挨拶で応えた。
「友よ、健闘を祈る――」
「にゃお~」
「神獣様も、短い間でしたが、然らば!」
さきほど凡愚と口に出していたミグスの表情とは、天と地ほどのひらきがあった。人族と同じくダークエルフも様々だな。
冷然な雰囲気を醸し出すヴィーネとは、違う女性だと表情の移り変わりからして、よく分かる。
踵を返す。
背中でミグスの声に応えつつ
瞬く間に折り紙が解かれるように
光のゲートには。サイデイルの寝台が映った。
ヴィーネは鏡の前で仁王立ち。
ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡も端にある。
自由にしていいと、話をしたが、彼女らしく待っていてくれた。
すぐに、その愛しいヴィーネを抱く心で、ゲートを潜った――。
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