五百八十六話 相棒の懐かしいマーク

 サイデイルの拠点に帰還。


「ヴィーネ、ただいま」

「お帰りなさいませ、早かったですね」


 ヴィーネの言葉に頷く。

 そして、パレデスの鏡から外れた二十四面体トラペゾヘドロンが俺の頭部付近に来たのを見ながら、


「おう。サーメイヤー家の倉庫も昔のままだったからな、問題はなかった」

「はい」

「んじゃ、血文字で皆に報告するか」


 ヴィーネの前で血文字を生成。

 

 皆へ、ダークエルフの顛末を素早く送った。

 ミスティは一切興味を示さず。

魔導人形ウォーガノフの補強用パーツとして、銀船のエンジンのパーツを模倣したいから鬼蟲とレムハット古金貨と白皇鋼ホワイトタングーンを組み合わせる実験をしたい。でも、校長に休暇中の説明を求められて……』と、他にも、ゼレナードの地下施設から回収した金属類と、ミスティの過去のギュスターブの素材を、長々と訳の分からん蘊蓄を血文字で寄越してきた。

 

 ……しかし、<脳魔脊髄革命>と<翻訳即是>のお陰か……。

 ところどころで理解できるワードがあった。

 ……余計に混乱し、眩暈がした。

 エクストラスキルも便利は便利だが、融通は利かない。


 ヴェロニカからは、


『アメリに付きまとう神聖教会の中に手練れがいるって前に言ったけど、どうやら手練れは魔族殲滅機関ディスオルテの関係者っぽいの……ヴァルマスク家がペルネーテの偵察を減らして、鉄角都市ララーブインに戦力を集中させた理由かもしれない。他にも、その神聖教会の手練れは、邪神の使徒や魔界の関係者と揉めている情報も得た』

『ヴェロニカにちょっかいは?』

『不思議とない。わたしの<隠身ハイド>が優秀? 暗殺一家のスカウトが来ちゃう? ふふ』

『どうだろう』

『でしょう? 優秀な奴なら、看破しているはずなのに、ね。優秀だから、放置されちゃってる? うふ。でも、アメリちゃんは、誰に対しても態度は変わらないし、気付いていない。聖女として、どんな風に……と、今後が不安なんだ』

『アメリも聖女としての活動が阻害されているわけじゃないんだろう?』

『うん。むしろ、信仰の対象のような感じだから……それも、教祖を祭り上げるような勢いのある信仰。仕切り屋の女性助祭もうるさいし』

『助祭かぁ、取り巻きってわけでもないのか』

『うん、司祭のような存在も居るけどね、大人しい。まぁ、その司祭も、目つきが悪いから、正直、違う意味で怖い』

『……それはそれで、何かが起きそうではあるな。俺が行ったら……』

『シュウヤが来たら、胸に<光の授印>があるし、教祖どころではなくなる可能性もあるわね、シュウヤこそ、光神様の御使い! と大騒ぎになるかも。ま、吸血鬼としての一面もあるから分からないけど』

『ま、教会勢力はスルーして、その光神のことでアメリに聞きたいことがあるから、いつかは向かうかも』

『うん』


 続いて、【天凛の月】副長メルとも血文字連絡をする。

 <筆頭従者長選ばれし眷属>のヴェロニカの直系である<筆頭従者>のメル。


 ま、ヴェロニカの家族ではあるが、俺の家族眷属でもある。


 その彼女から、ペルネーテで、通称『運び屋』ことレイ・ジャックとマジマーンの一味と合流を果たしたと報告がきた。

 闇のリストでもあるレイは、銀船と一緒に黒猫海賊団に組み込まれる形。


 マジマーンの船と一味たちも同様だ。


 そして、血文字の報告は、カルードと鴉さんの帝国地方の旅の経路に【星の集い】の情報網に新メンバーのゾスファルトに関すること。

 ファルス殿下の第二王子派に関することから……裏社会側に移る。

 イシュルーン闇教会と東亜寺院の勢力の争い合う様子が、オセべリア王国とレフテン王国で増えたとのこと。

 そして、ララーブインの闇ギルドの争いでは……。

 俺たちの組織とたびたび争うララーブインを支配する【髑髏鬼】だが……。

 八巨星の【錬金王ライバダ】が支配する【天衣の御劔】と鉱山都市タンダールを制覇しつつある【大鳥の鼻】にヴァルマスク家たちが、ララーブインに縄張りを作り、激しい争いに発展中とか。


 狂乱めいた乱戦に関する報告も受けた。


『……ですが、傀儡兵と不死身のベネットが出張し、各地の簡易的な縄張りの宿屋を確保。【天凜の月】は安泰です。そして、陸路に不安要素がありますが、ハイム川黄金ルートの【血星海月連盟】は順調に継続中です。これは黒猫海賊団とも繋がっているのでお分かりとか思いますが』

『そうだな、で、最初の不死身のベネットって、渾名が変わったのか』

『はい、総長の一族。光魔ルシヴァルの眷属ですから、当然の渾名ですよ』

『それもそうか……俺的には、孫の眷属的な感じなんだろうか。ま、戦いの面では圧倒的だろう』

『孫……ベネットも女として見てあげてくださいね? うふふ、あ、戦いは勿論、吸血鬼としての強さは尋常ではないので、縄張りの維持は楽です。それもこれも総長のお陰』

『元はと言えば、宵闇の指輪のお陰かな』

『はい、吸血鬼を普通の種族に戻すという秘宝クラスの品ですね』

『そうだ、で、話を黒猫海賊団に変える。新しい拠点の件だ』

『はい、ハイム川と繋がる外洋に近い場所に、もう一つ拠点があると……【天凜の月】としては、色々と有利になります』

『話を振っといてアレだが、その件はヘカトレイルで直に話すか?』

『それもそうですね、贋作屋ヒョアンと鑑定屋の件ですね』

『そうだ。オカオさんだったかな。その闇のリストの件もある。そして、キッシュのサイデイル絡みだ。ヘカトレイルの領主に用もある』

『あぁ、そういうことですか! ならば、わたしもファルス殿下の威光ある第二王子派として融通が利く場面があるかと』

『さすがはメルだ。貴族関係の、きな臭い匂いを嗅ぎ取ったな?』

『ふふ、ヘカトレイル関係の貴族たちの資料も持っていきますよ』

『俺が動く必要があるのかは、分からんぞ。俺も忙しいからな……相棒の毛繕いを手伝うという超重要事項もある』

『……ふふ、神獣様も愛されてますね。では、レイとマジマーンも連れていきます』

『あ、まった。ノーラはまだ来てないのか?』

『まだですね、吸血鬼ハンターの家系ですから……争いはどこにでも。特に陸路経由で立ち寄ったと思われるホルカーバムは、地下街アンダーシティがありますから……』

『血印の使徒とか、他にも無数の闇組織の巣窟か』

『はい』


 血文字をそこで終了。

 王牌十字槍ヴェクサードを床に置いた。

 ヴィーネを見ると、肩の黒猫ロロが動いた。

 俺の頭部の回りを巡る二十四面体トラペゾヘドロンに片足を伸ばす。

二十四面体トラペゾヘドロンには当たらないが、クリームパン的な肉球ちゃんは見えた。

 ヴィーネは黒猫ロロ二十四面体トラペゾヘドロンにじゃれる様子をちらりと見てから、視線を寄越す。


「なんか言いたい面だな」

「あ、はい、アソボロス家の争いの手伝いをするかと思いました……」


 ミグスの件か。気持ちは分かる。

 同じダークエルフの雌として刺激を受けたんだろうな。

 そして、ミグスさんは、美人さんで、おっぱいもある。


「……頼まれたら手伝っていたかもしれない」

「ミグスに貴重な武器を進呈するだけでなく、彼女の魔導貴族の立場復権に向けての動きを手伝うつもりもあったのですね」

「まぁな。俺の言い方も悪かったが……頼んでこなかったのもある……ミグスは遠慮もあったんだろう」


 と、語った俺だが……。

 最後の別れ際の言葉は、俺に頼ろうとした彼女なりの精一杯の言葉だったのかもしれない。

 そう思うと……いや……考えすぎか。


「なるほど、女性上位社会で育ったダークエルフですからね」

「マグルと似た俺という存在に助けられたということは、彼女的には、ある種の屈辱的なことでもあったはずだ」


 聡明なヴィーネは、俺を凝視してから、深く頷いた。


「……ダークエルフ社会では、蓋上の世界とマグルたちは、弱い雄以上に、忌み嫌われる存在として教わりますからね。しかし、ミグスはご主人様を強き雄として凝視していました。命を救った恩人以上の感情を抱いていたことは確実かと。そう邪推します」

「美人さんで好みだし、アソボロス家に潜り込んで手伝うのも、ありっちゃありだが……俺はマグルの見た目だ。それに時間も掛かる」

「はい。それにしても、気概のある強い雌のダークエルフですね。アソボロス家では不利な立場であると予想しますが、ゲート魔法を簡単に扱うご主人様に頼ろうとしなかった面は、非常に好印象です」

「彼女も彼女なりに、勝算があるってことだろう」

「アソボロス家の内部に、〝仲間〟と〝帰りを待つ者も大勢居るはずだ〟と語っていましたからね。司祭直属の縁遠兵を率いる立場だったのかもしれません」


 近衛兵のような存在か。


「……その司祭直属の兵士長だったのかは、不明だが……あのミグスの語りようだと、権力争いも色々と根が深そうだ」

「深いですよ。女司祭の地位とその家族たちが支配する魔導貴族は、どこの魔導貴族も同じ支配構造ですが、その配下は、多岐に渡ります」

「その多岐に渡る配下とは……」

「各魔導貴族の個性と呼ぶべき組織は色々とあるのです」

「前にも少し話を聞いたが、役人の軍政機関的なモノが複数あるんだったっけか? 隠密なら隠密専門とか」


 役所を想像しながら聡明なヴィーネに聞いた。


「そうです。表も裏も、官吏の規模は、各魔導貴族で異なります」


 地下のダークエルフ社会も色々だ。


「複雑だな……」

「はい。前に、ご主人様から教えていただいた異世界のお話に出てきた、三公と三省のような役所はたくさんあります」

「古代中国にあった三省。役人組織の話だな」

「そういった組織のような機関が、各魔導貴族の行政を司っているのです。そして、宗教関係を含めれば……数え切れない」

「……一つの魔導貴族内に複数の組織か。それらが同盟を組んだり、争ったりと……それでいて、外部の魔導貴族内の組織と争い同盟となると……相当に入り組んだ事情となる」

「仰る通り。魔導貴族の派閥の争いは、内も外も激しい。謀略は常」


 そこから推察すると……。

 バーレンティンの過去話を想起。

 サーメイヤー家の女軍師インサール。

 そのインサールは司祭直属の丞相のような存在に成り上がったということだ。


 汚染した水源を飲ませた住人たちの家族崩壊を促すジガバチのような麻酔薬実験。

 そこから、住民たちを、人知れず昆虫型怪物兵士へと仕上げる非破壊手術を実行した……卑劣な軍師。


 静かなる虐殺を実行したインサールだが……。


 よほどの鬼才か?


 ダークエルフの放浪者集団【暗黒蜂の母】を率いていた女軍師インサール。

 そして、組織名の蜂だ。どうしても気になる。

 蜂闇と名乗っていた地底ロルガと、かぶるんだよ、なぁ。


 【白鯨の血長耳】の総長レザライサも、過去に……。


『……槍使い、それは地底界の秘宝ロルガの闇炎。またの名を、ロルガの地底蜂という秘宝を元にした力の一部だと思われる。気をつけろ』


 と、【影翼旅団】の総長ガルロと対決している時に忠告してきた。

 しかし、エンパール家も闇百弩があるし、魔導貴族も様々だ。

 ま、この闇百弩は少し違うか。

 門番ゾーンキーパーで、ダークエルフ社会の象徴的意味合いも強いし、あまり派閥争いには関係ないのかな。


 そのバーレンティンが嘗て所属していた闇百弩のことは指摘せず、


「……経験と実力が評価される社会だと、ミグスの雪辱は厳しい戦いとなりそうだ」


 そう語った。

 すると、俺を見ていたヴィーネは、一瞬、苛ついたような表情を浮かべ、


「はい……」


 物静かに声を出すと……「雌として、あのミグスは強き雄のご主人様に……」と、自らの考えを俯きながら小声で発して、考え事を続けている。


 そのヴィーネに向け、


「さて! クナにロロの腹を見てもらうか」


 そう、切り替える意識を込めた、元気のいい声を出す。

 俺の声を聞いたヴィーネは表情を和らげてくれた。

 彼女は俺の肩で休む相棒を見て、表情を綻ばせと、俺を見て、

 

 頬を斑に赤く染めつつの、微笑みを浮かべると、


「はい!」


 と、返事を寄越す。紫色の魅力的な唇だ。


 すると、ロロディーヌが俺の頬に片足を押し当ててきた。


「ン、にゃ」

「なんだ?」


 と、相棒に聞いた隙に――。

 左手で、相棒の首根っこを掴む!

 黒猫ロロは逃げようと屈んでいたが、捕まえることに成功!


「ふはは~」


 と、笑いながら黒猫ロロの両前足の脇を、両手の掌で抱きつつ、胸元で掲げた。

 窓から覗く天の光に相棒を捧げるような体勢だ。


 名作『ライオンキング』を思い出しつつ……。

 相棒と視線を合わせた。


「ンン」


 喉を鳴らす相棒ちゃん。

 紅色の虹彩と黒色の瞳はじっと俺を見ている。

 相棒は瞼をゆっくりと閉じて開く。

 俺もお返しに、瞼をゆっくりと閉じて開く。

 

 黒猫ロロとのコミュニケーションは自然と綻ぶ。


「ふふはは~ん、腹を調べるからなぁ~」


 俺の変な笑い声に応えるように、黒猫ロロも、可愛い笑顔を浮かべて、


「ンン、にゃんお~」


 と鳴いて、許可をくれた。相棒の腹をチェック。

 産毛と地肌の表面にある刺青のような魔法陣……。


 ピンクの乳首ちゃんは無事だ。よしよし……。


「ンン」


 黒猫ロロの可愛い声を聞きながら、その乳首ちゃんを指で確認。


 うむ、なんとも言えない。

 柔らか乳首ちゃんだ。


 ヴィーネもニコッとして、


「か、可愛い……」


 小声で呟いた。俺は、わざと真面目顔を意識しながら、


「相棒おっぱい研究会の下部組織である、〝お腹を撫でたらぽよよん会〟に入りたいんだな」


 と、ふざけて喋る。


『ぽよよん会! 閣下、そのような密かな会があったのですね! わたしも入りたいです!』

『ヘルメは今度な』

『はい!』


 視界の隅に居る小さいヘルメと、そんなやりとりをしていると、


 俺の冗談を受けたヴィーネは、笑っていいのか、笑ってはだめなのか。

 その判断に迷い、体をびくつかせる。


「……は、はい、入ります」

「いいぞ、入会を許そう。触るのだ」

「ンン、にゃお~」


 黒猫ロロも『早く撫でろにゃ~』というように喉声で催促。


 ヴィーネは、おずおずと指を相棒の腹に伸ばす。

 ジッと、その指を見るロロディーヌ。


 俺と違う指の感触を受けた相棒だったが、気にせず、すぐに自らの首下を舐めて毛繕いを始めていく。


 俺たちは、黒猫ロロの毛繕いに参加。

 丹念なグルーミングマッサージを、黒猫ロロの腹に続けていった。


 腹の感触は、勿論、柔らかい……ものすごい、やっこい。


 もふもふではない、至福の、ふもふも~ん、タイムとなっていた。


 いかんいかん、魔法陣を調べているんだった。


 指の腹で、その魔法陣と地肌を触る。

 魔法陣に指が直に触れても、魔法陣は反応しない。


 魔法陣に魔力の変化はない。

 俺の魔力を吸うこともない。


 魔法陣これに魔力を込めたら……どうなるんだろう。

 今は、止めておこう。


 クナに見てもらってからかな、何もないとは思うが……。


「ヴィーネ、クナのところに急ぐぞ」

「はい――」


 左手で相棒を抱き、ヴィーネを右手と脇腹に抱き寄せる。

 急ぎ二階の窓から跳んだ。

 風を受けつつの落下中――足下に<導想魔手>を発動――。


 その<導想魔手>を右足で蹴って、高く跳躍した――。


 ――青空は晴れ渡り、棚引く雲が飴玉に見えてくる。

 ――気持ちいい風。

 ――サイデイルの空はどこまで続いているんだろう?

 ――晴れ晴れとした気持ちだ。


 目を凝らしながら地平線を探す……。

 はるかかなたから響いてくるモンスターたちの声。

 姿も見えるが……。

 そのモンスターたちですら、雲間から射す光を受けて、芸術性を帯びていた。


 一種の絵画的な光景で、綺麗だ。


 んだが、左手から若干の痛みを感じた。

 掌で抱く黒猫ロロだ。

 黒猫ロロは俺の手首を四肢で抱く。

 人形のような感じだが、神獣だけに力が強い。

 ――その黒猫ロロは大丈夫として、ヴィーネを落とさないように宙を駆けると、


「ぷゆ~」


 と、ぷゆゆの声が背後から聞こえた。

 振り向きつつ自宅付近の訓練場とルシヴァルの紋章樹を把握――。


 屋根には、ぷゆゆとルッシーが居た。

 ぷゆゆは、足に蔓と枝が絡まっている。

 ルッシーは、そんなぷゆゆの前に立つ。

 腕を組んだ教官めいた立場のルッシーか?


 そのまま、二人は、示し合わせるような動きを取ると、屋根から崖の方角に向けて飛び降りた。バンジージャンプ的な遊びをしている。


 小熊太郎が両手を広げて、勢いよく落ちていくシュールな光景だ。

 蔓の反動を受けて「ぷゆゆゆゆゆ~~~」と、大声を上げながら、屋根より高くあがっていくぷゆゆ。天然遊具の、面白そうな遊びだ。

 だが、サイデイルで暮らす普通の子供たちが真似すると困る。


 俺は城郭の中心を見るように振り返った。

 坂を下るように宙空から、一気に下降――。

 ヴィーネは俺の腰に回していた腕の力を強めた。


 慣れたといっても、高所恐怖症のヴィーネだ。

 克服はできないよな。と、心を込めてヴィーネの背中を撫でながら、城郭の中心にあるモニュメントに近付いた――。

 そこで遊んでいた子供と小柄獣人ノイルランナーたちが視界に入る。


 皆、元気だ。


 女王キッシュの屋敷も把握――。

 あの屋敷の見た目は、村にあった頃とそう変わらない。

 だが、俺の<邪王の樹>の邪界製樹木で四隅を補強した跡が、目立つ。

 女王キッシュが住むに見合う、いいアクセントとなっていた。


 そんな屋敷の前で、錬金術を披露しているクナ。

 魔布を首に巻いてお洒落だ。


 そのクナは、蝗谺幻香を作ると言っていたが……。


 クナはトン爺と話をしながら、器用に独自の錬金魔法を目の前で展開。

 数々のアイテムと錬金魔法だとは、分かるが……。


 あの宙に浮かんでいるビンテージ机はなんだ。

 焦げ茶とブラックメタルが渋い机。


 机の左に、〝闇のリスト〟のマークがあった。

 しかも、その、髑髏に槍が刺さっているマークは、赤色に輝く魔印に囲まれている。

 〝闇のリスト〟のマークを刻む魔力を内包した机。


 アイテムボックス的な能力も有していそうな机だ。

 机には、草花の束、怪しいカード、摺鉢、鍋鉉がついた肩衝き釜、玉盤、フラスコ、薬瓶、植木、コップ、炊飯器、ガスコンロ風の魔道具がある。


 クナは、それらの道具を使いながら怪しい実験を繰り返していた。

 その姿は完全に錬金術師だ。炊飯器は謎だが……。

 クナは、闇尾の光魔璉師という戦闘職業だから、その能力の一環か。

 俺は隣のヴィーネに目配せ。

 <導想魔手>を階段として用意。


「ヴィーネ、下ろすよ」


 俺がそう促すと、ヴィーネはイモリザの第三の腕を掴みつつ、微笑み、


「はい、ご主人様」


 と、言いながら<導想魔手>に細い足を乗せた。


「にゃ、にゃ、にゃぁぁ」

『にゃん公!? 噛む、なぁぁ』


 サラテンの悲鳴が面白い。


 黒猫ロロは左手の掌の上だ。


 サラテンを捕まえた気分か?

 俺の掌に甘噛みをして、手首を両前足と胸で、ぎゅっと挟んで離れない。

 掌より、左腕の内側が少し痛い。

 黒猫ロロの後脚の爪が食い込んでいる。


 それを覗くように見ていたヴィーネはチラッと俺を見上げて、


「ロロ様が噛み付いていますが……」

「大丈夫だ。降りよう」

「はい」


 ヴィーネと黒猫ロロを連れて、クナの前に降りていく。


「――クナ! 待たせた。錬金術の怪しい実験は中止だ」

「はい、今、試しの蝗谺幻香ができたところです」


 銀色と黄色の液体が入った試験管に蓋をするクナ。

 すると、ヴィーネが、


「その机は魔道具ですか?」


 と、漂っているビンテージ机を指摘。


「その通り、名匠マハ・ティカルの魔机。錬金だけでなく、朱雀ノ星宿や逆絵魔ノ霓などのアイテム類の効果が上がる魔机なのです。わたしの<錬金術・解>と<魔砕波の暦>との相性もいいのです。更に簡易的なアイテムボックス効果もあり、このように小さくできます」


 と、ミニチュア化するマハ・ティカルの机。


「素晴らしい魔机です。そして、モガとの交渉は成功していたようですね、飾ってあったアイテムが机の上で踊ってます」

「地下で一緒だったモガからは、何も聞いてないが」

「モガちゃんも聞き分けがいいから」


 クナがそう語ると、机は大きくなる。

 名匠マハ・ティカルの魔机か。


 闇のリストの一人かもな。


「ネームスちゃんの涙も下さいました」

「あの宝石のような涙もか。しかし、凄い机を持っているんだな。その机でキッシュの新衣裳を?」

「その通り!」

「ミスティの魔導人形ウォーガノフ作りにも応用は可能か?」

「分かりません。この魔机は、わたし専用。素材作りに協力ができるぐらいかと」

「素材か。ミスティも興味を持つだろう。それよりも今は、黒猫ロロを見てくれ」

「はい、神獣様のお腹ちゃん♪」


 俺は片手の掌の上で、ぐでーんと、だらしなく腹を押っ広げていた黒猫ロロを見て、


「相棒、逃げるなよ、回転させる」

「ンン」


 相棒の両脇を掌で抱え持つ。

 喉声を微かに発した黒猫ロロさん。


 髭はだらりと下がっている。

 腹のルーズスキンも、だらりと下がっていた。


 思わず、〝だらりんちょっ〟と、命名したくなる可愛い腹だ。

 そして、そんな相棒を回転させて、腹をクナに見せた。


「クナ、相棒の、この腹にある魔法陣だが……どんな効果か分かるか?」

「少々お待ちを……」


 クナはロロディーヌの腹を覗く。


「うふ♪ 魅力的なお腹です……」

「気持ちは分かるが、ちゃんと見てくれ」


 一瞬、相棒を突き出し、クナの頭部に押し当てるといった悪戯を思い浮かべる。

 が、自重した。


「はい、えぇと……とくに問題はない部類かと」


 エヴァも悪い気はしないと語っていたし、やはりそうだった。


「ありがとう。クナ。安心できた」

「はう、とんでもない、見ただけですから」

「はは、妖艶とは少し違うクナもいいな」

「うふ♪」

「俺も紋章魔法陣の仕組みはある程度分かるし、古代魔法も極一部黒の塊を理解できているが……まだまだ、俺も浅学菲才せんがくひさい。魔法に関して分からないことが多いし理解が及ばない」


 クナを尊敬の眼差しで見つめながら語る。


「お褒めいただき恐悦至極。しかし、神獣様の魔法陣は……わたしが干渉可能な類いではない、古代魔法の一種……紋章系と推測できます。たぶん、神獣様独自の力の一部を表現した類かと、この魔法印字を見てください」


 クナはそう語ると、細い指で、相棒の乳首ちゃんを衝く。

 いや、魔法陣を指摘してきた。


「どれどれ……」


 俺はロロディーヌの背中に指を回し、掌の上で、相棒を転がせる。

 そのまま両前足の脇を持った。


 腹の魔法陣が縁取る小さいルーン文字のような魔法印字を見る。


 ミニチュアの絵だろうか。

 米粒アートではないが……そんな印象だ。


「この絵のようなマークが?」


 黒猫ロロは、髭と、体をダラリと下げているが、ムスッとした表情で俺を見ている。

 暫し、我慢するのだ相棒よ!


「神獣様のマークに見えませんか?」


 と、クナが黒猫ロロの腹の魔法陣内にあるマークを指摘。


「狼風……か? あ……」


 このマーク、思い出した。

 ゴルディーバの里から旅立つ時にアキレス師匠がくださった衣服……。

 左胸にあった神獣のマークと似ている。


 あまりに小さくて分からなかったが……。

 懐かしいマークだ。

 なるほど、繋がっているんだなぁ。


 なら、この魔法陣は相棒の秘めた能力の可能性が高いのか。


「ンン、にゃ~」


 クナの指がくすぐったいのか、身をくねらせるロロディーヌは、両前足を肩に引っ掛けるような仕草で乗ってくる。

 定位置を確保した相棒。


 尻尾と触手をヴィーネとクナに向けていた。

 そんな悪戯をする相棒の体重を肩に感じながら、


「ロロは大丈夫。安心した。よし、皆が騒いでいるだろう逸品居に行こう。絵から助けた女性と会う」

「分かりました」


 両手から<白炎仙手>的な形をした、半透明で漆黒色に近い魔力を放ったクナ。

 魔力の腕は物質化したわけではなかったが、魔力を腕に宿したクナは、その腕先でマハ・ティカルの魔机を触り、小声で呪文を唱える。

 muskの匂いを発して、怪しい魔息を発したクナは魅力を増す。

 机は、あっという間にミニチュア化した。

 チェーンとホックが付いたキーホルダー。


 マハ・ティカルの魔机は、俺の閃光のミレイヴァルのようなアイテムと化す。


 クナは、そのミニチュアの魔机を、腰のアイテムベルトに結ぶと、満足気に頷く。

 そして、トン爺に視線を向けて、


「それではトン爺様、わたしはシュウヤ様とヘカトレイルに向かいます。キッシュ様の案件は、お任せくださいと伝えておいてください」


 トン爺は、指弾術を繰り出している。

 硬そうな種と種の殻を宙で衝突させて、割っていた。

 落ちてくる中身の実と殻の残骸。

 殻の残骸を、違う殻の指弾で弾き飛ばしつつ、少し上向きに傾けた口で、落ちてきた実をパクッと捕らえて食べていく。


 実はピーナッツ系か?

 美味しそうに食べるトン爺。


 そのトン爺は、


「……分かっておる。アイテムと貴重な情報には礼を言うぞ」

「いえいえ、すべてはシュウヤ様のための仕事の一環ですから」

「それでもじゃ」


 そう発言したトン爺の視線は厳しい。

 が、頬は緩む。

 クナはお辞儀していた。


 俺と視線が合うトン爺。


「英雄様は、忙しいか、八珍料理を食べてほしかったのじゃが」

「トン爺の料理は絶品ですから、食べたいですが、またの機会に」


 そのトン爺にラ・ケラーダのハンドマークを作りつつ、


「では、これで失礼します」


 と、発言。

 ヴィーネも頭を下げていた。


「分かった、英雄様に幸あれ!」


 トン爺と別れた。

 クナとヴィーネを連れて逸品居に向かう。

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