五百三十九話 アルデル師匠の一期一会の教え

「見せてもらいます!」


 俺の言葉に微かに頷くアルデル師匠。

 足下の影狼を滑らせる機動で月狼環ノ槍の突きを繰り出す。


 大刀に纏う影狼は薄い。

 疾いが――普通の突きか?


 差し迫った月狼環ノ槍の穂先に向け魔槍杖の嵐雲の矛を衝突させた。

 ドッと鈍い音が、衝突した穂先同士から響く。


 アルデル師匠の扱う大刀穂先を難なく弾くことに成功。


 アルデル師匠の腕ごと、そのアルデル師匠が扱う月狼環ノ槍が揺れて金属音が響いた。


 穂先の峰に複数並んでいた金属の環はもう失われているが、独特の金属音だ。


 その弾いた反動を利用するアルデル師匠――。


「トァァァッ!」


 気魂溢れる声。

 半ば強引に月狼環ノ槍を垂直に振り下ろしてくる――。


 俺は魔槍杖の上部の柄で、その振り下ろされた月狼環ノ槍の大刀穂先を受けた――。


 このまま鍔迫り合いに、移らない――。


 受けた魔槍杖を下に動かした。

 アルデル師匠の握り手を狙う――。

 月狼環ノ槍の柄に火花を散らしながら滑る嵐雲の矛――。


 しかし、俺の狙いに気付いたアルデル師匠。


 月狼環ノ槍から手を離した。


 当然、この惑星にも重力らしいモノはある。

 

 月狼環ノ槍は落下――。


 アルデル師匠は、月狼環ノ槍と離れても構わないのか?

 と、疑問に思ったのも束の間、アルデル師匠は間合いを取る。

 すぐに地面を這うように移動していた影狼が月狼環ノ槍を拾っていた。


 影狼たちは便利だな。


「やるな。『方巻き落とし』か――」


 と、発言しつつ前傾姿勢で突貫してくるアルデル師匠。


 先ほどの手を狙った技の名か。

 風槍流の技名と少し違う。

 ま、似たような槍技術は影狼流にもあるんだろう。

 無手のアルデル師匠は走りながら――。

 華麗に影狼から月狼環ノ槍を受け取った。


 そこから月狼環ノ槍の穂先を俺に向け、連続した突きを繰り出してきた。

 アルデル師匠は、突きにに続いて柄頭を活かしつつの蹴りを繰り出す。

 突きと柄頭と蹴りの連続攻撃を、魔槍杖バルドークの柄で防いだ――が、重い。

 それでいて素早い。


 アルデル師匠から影狼流が持つ武術の深さを感じた。


 俺は左から右へとステップワークを駆使。

 風槍流『風軍』突きと蹴りを無難に避け続けた。

 だが、アルデル師匠の扱う影狼の魔力が飛躍的に高まると、左足の踵と体幹を軸とした横回転から月狼環ノ槍を上から下へと振り下ろすようなフェイントを見せる。


 相手に制動を匂わせた一回転の踵落としが迫った。


 緩急から――機動力が俄に増すとか……。

 強い方だ。蹴りは受けず、後退して対処。

 アルデル師匠の踵が眼前を通り空気を捉え地面と衝突。

 粉塵が舞う。

 そのまま間合いを取った俺を見てから、追ってこないアルデル師匠。


 視線が強まる。

 プレッシャーを受けた。


「素早い身のこなしだ。懐旧のビドルヌを彷彿とさせる。だが、影狼流は槍だけではない、<影鷹ノ剣>――」


 アルデル師匠の足下に居る影狼たちが宙に飛び立つ。

 影狼たちは翼を持つ剣に変化した。

 剣精霊の類いか?


 その剣翼たちは宙に弧を描く軌道で――左右から迫る。


 一旦、身を退く――。

 しかし、追尾してくる影の剣翼は迅い――。

 切っ先も鋭そうだ。

 だがしかし、遠距離から飛来する剣はアキレス師匠の<導魔術>系のスキルで見慣れている――。

 

 魔槍杖バルドークを回転させながら受けに移行した。

 魔槍杖バルドークを風車のごとく回す。

 嵐雲の矛と竜魔石の両端を活かそう。

 左右から迫った影の剣翼に、その魔槍杖バルドークの両端をそれぞれ衝突させた。

 弾く、弾く、躱し、穂先をぶん回し、突くが、避けられ、繰り出された反撃の蹴りを避ける。


 防御を優先していく。

 俺の防御技術を見たアルデル師匠は目元を煌めかせ、


「<月夜霊>――」


 と、スキルを発動。

 アルデル師匠が身に纏う白銀の鎧がかすむほどの魔力を、全身から発した。


 それは、こまかな月の紋様を宿した魔力。

 月狼環ノ槍の月の形をした柄頭も光っていた。

 スキルと連動しているのか?

 月狼環ノ槍の柄頭も魔槍杖バルドークの竜魔石のように特別な力があるようだな。


 その月狼環ノ槍を手前に引く構えを見せる。

 足下に散った髪ごと、両足でしっかりと地面を踏みつけるアルデル師匠。


 今度は静から動か……。

 足下の影狼をしゅるしゅると音を立てるように両足に纏わせた。

 影のような影狼たちは腰を伝い片腕に集結していく。


 アルデル師匠は魔力操作も巧みだ。


 魔力と影狼たちの一部を片腕に集め続けた。

 よく見ると、その腕に集まる影狼たちの額には、月狼環ノ槍の柄と同じルーン文字のような紋が刻まれている。

 すると、月狼環ノ槍を握るアルデル師匠の片腕が一気に膨れた。


 白銀色の腕防具が散る。

 大きさが合わないのか、属性が違うのか?

 と、大きな影狼が膨れた腕とその腕が握る月狼環ノ槍を覆った。


 次の瞬間――。


「<影狼ノ一穿>――」


 アルデル師匠は、影狼たちと一緒の重々しい咆哮音で、<魔槍技>の名を発する。

 同時に俺との間合いを迅速に詰めてきた。


 影のような謎の狼を使役する古代狼族の力を象徴するような<魔槍技>か。

 ――月狼環ノ槍の穂先を覆う影狼の頭部が俺に噛み付かんと迫る。


 すぐに<血道第三・開門>を意識――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。


 加速した俺は、大判官筆で宙に血文字を描くように魔槍杖を回転させる。

 依然として続いていた<影鷹ノ剣>の遠距離攻撃のすべてを排除。

 そして、左手に神槍ガンジスを召喚――。


 身ごと突貫してくるアルデル師匠の狙いは、俺の胸元と推測。

 しかし、単純に見えて深い。

 影のような狼が、月狼環ノ槍と重なって穂先の間合いが掴めない。


 だが、切り札は使わない。

 今は学ぶ時だ、<魔槍技>を視る。

 <ザイムの闇炎>や<導想魔手>を用いた<導魔術>での再現は無理そうだな。

 しかし、筋肉や骨格の動きと、その歩法は学べる――。


 大刀穂先が見えた――。

 神槍ガンジスと魔槍杖バルドークをクロスさせる。

 そのクロスさせた中心で、なんとか<影狼ノ一穿>の大刀穂先を受け持つことに成功――が、大刀穂先は予想外に重い。巨大な岩石と衝突し、その岩石を両手で押さえているような、圧力めいたモノを感じた。

 更に、影狼を纏う大刀穂先は、魔槍杖と神槍の柄を滑りながら俺の懐に侵入してくる――。


 これが<影狼ノ一穿>の神髄か!?


 二槍を消去し、驚きつつも退く。

 両手に再召喚した神槍ガンジスと魔槍杖バルドーク。

 物理的に二本の槍で月狼環ノ槍の攻撃を防ごうと狙う。だが、防御は追いつかない。

 影狼の牙と一体化した大刀が、俺の竜頭金属甲ハルホンクの防護服を切り裂く。


 胴体の側面を裂いてきた――痛ッ。


 血を纏うアーゼンのブーツで地面を蹴り、横に避難――。

 <影狼ノ一穿>の範囲から逃れた。

 大刀を生かす<影狼ノ一穿>か……。

 まさか神話ミソロジー級を裂くとはな。

 肩の竜頭装甲ハルホンクを意識し衣服の形を調整していく。


 アルデル師匠は元々の月狼環ノ槍の使い手。

 俺よりも月狼環ノ槍の扱いは巧みだ。


 言い訳だが、どんな槍使いといえど、得物が違えば勝手が違うからな。 

 と、尊敬の意思を込めてアルデル師匠を見る。


 アルデル師匠は足の裏の踵の部位に爪でも生えているのか?

 というぐらいに見事な制動で動きを止めると、月狼環ノ槍を振るいながら振り向く。

 自身の扱う月狼環ノ槍の穂先を確認してから俺を見た。


 外套やマントのように動く影狼たちも、そのアルデル師匠の背後に並び立つ。


 アルデル師匠は俺の姿を見て微笑む。


「ふ、初見で<魔槍技>に対応されたか……なんという魔察眼、才能だ――」


 そう語ったアルデル師匠。

 胸元に引いた月狼環ノ槍で、再度、突き技を繰り出してくる。

 <影狼ノ一穿>と連動しているような突き技だ。

 ――影狼たちの動きもいちいち渋い。

 ――技術は学びたい。

 が、もう<影狼ノ一穿>は見た。

 いや、見せてもらった。


 尊敬の意思を込めてアルデル師匠と同じ構えを取る。

 右足の角度を調整――迎え撃つ。

 避ける動きに応用が可能な『合わせ羽・改』は使用しない。

 両手から魔槍杖と神槍を消去。


 その二槍を手元に再召喚しながら反撃に出る――。

 視線と右肩だけのフェイクを数度噛ます。


 攻撃しようとしていたアルデル師匠は全身を硬直させた。

 俺のフェイクを受けて、警戒したんだろう。

 突き技のモーションを途中で変える。


 そんなアルデル師匠目掛けて、左手の神槍ガンジスで<牙衝>を繰り出す――。

 アルデル師匠は、下段の神槍ガンジスの穂先の双月刃の穂先を月狼環ノ槍の刀背、棟で柔らかく受けた。


 絶妙な防御技術――。


 アルデル師匠は、そのまま双月刃の穂先を刀背の部位で滑らせつつ、俺の下腹部を、月狼環ノ槍の穂先で狙ってくる。

 

 刀背、棟に金属環がないからこその武器の特性を活かした月狼環ノ槍のカウンター攻撃か。


 そのままアルデル師匠の右側へと滑って進む神槍ガンジス。


 更に、蒼色の纓にアルデル師匠の扱う影狼たちが噛み付いてくる。


 神槍ガンジスは初見のはずだが、纓が武器と化すことを魔力の気配から影狼たちは察知したようだ。


 しかし、カウンターにはカウンターを狙う。


 右手が握る魔槍杖バルドークを神槍ガンジスの柄の上から突き出した。


 紅色の軌跡を生む嵐雲の矛<刺突>がアルデル師匠の扱う月狼環ノ槍を弾きつつ、その師匠の片足に向かった。


 しかし、アルデル師匠の纏う無数の影狼たちが嵐雲の矛に襲い掛かるや、噛み付いてきた。


 そんな数匹の影狼たちを嵐雲の矛が巻き込むように粉砕するが、影狼たちは数で魔槍杖バルドークの<刺突>を防ぎきってきた。


 俺は十字架を眼前に作っていた両手の魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを消去しつつ後退。


 アルデル師匠は蒸気が散るように消える影狼を纏直し俺を追う。


 月狼環ノ槍で連続的に突いてくる。


 腹に迫る月狼環ノ槍の穂先を凝視しつつアルデル師匠との間合いを取った。


 しかし、その間合いから遠ざかった俺を気に食わないというように、月狼環ノ槍の穂先から巨大な影狼が、口を広げて出現――。


「グオォァァァ!」


 と咆哮を発しながら飛び出してきた。


 飛び道具か!

 横向きの影狼の頭部が俺に迫る。

 顎がリアルだ。

 体を喰ら、わせない――。

 と、眼前に迫った両顎の牙をフリーハンドの両手で掴む。


 ――重い牙。

 両手で押さえた、この牙と顎は強引に閉じて、俺を喰らおうとしてくる。


 その衝撃に押され――両足が沈むように床が窪んだ。


 押されて背後に移動。


 床が削れつつ足跡が引き摺るような一対の跡を作り出す。


 影狼は口も大きい。

 吐く息も妙に生々しいし臭いがキツイ。


 影狼というか、生きた巨大な狼とか魔竜王の類いだぞ、こりゃ。


 と、そこにアルデル師匠の動きが視界に入る。

 影狼流の突きか。

 ――影狼の噛み付きを俺が防ぐことを念頭においた動き。


 俺は牙を握る腕を胸元でクロスするように身を捻る。

 巨大な影狼の頭部を月狼環ノ槍の穂先ごと強引に地面に叩き伏せた。


 ――影狼の頭部を潰すことに成功。

 潰れた影狼の頭部は異臭を漂わせ、煙をもくもくと出してから消える。


 しかし、地面と衝突した月狼環ノ槍を巧みに引くアルデル師匠。

 前傾姿勢で突進してきた。

 煙も吹き飛ばす勢いだ。

 身に迫ったアルデル師匠は回し蹴りを繰り出してきた。

 ――迅いと感心しながら俺は身を捻っていた機動を生かす。

 ――上段回し蹴りを繰り出した。

 <血魔力>を纏うアーゼンのブーツ。

 その甲部位をアルデル師匠の踵に衝突させた。

 ――手応えあり。

 アルデル師匠の踵に甲がめり込むと、その足から鈍い音が響く。


「ぐっ――」


 痛みの声を発したアルデル師匠は衝撃で吹き飛ぶ。

 痛覚も戻っているようだ。

 足に纏わり付いていた影狼たちが一斉に爆発して散った。


 相殺ではなく俺の蹴りの威力が勝った。

 吹き飛んでいたアルデル師匠は身を捻ると、離さず持っていた月狼環ノ槍で地面を刺し、柄で大車輪の運動を行うように横回転し、衝撃を殺しつつ着地した。


 地面と繋がる影狼たちの一部を背中の支えにしていた。

 そして、踵にダメージを負ったはずの片足に魔力を集中させていく。

 体勢を整えようとした。

 回復を終えたのか、両足を地面に突けたアルデル師匠は俺を見る。


 厳しい表情だったが、嬉しそうに頬を動かした。


 武術家としての喜びの顔だ。

 俺も自然と笑みを意識した。

 両手に武器を召喚し、その笑うアルデル師匠を追うように地面を蹴る。


 <生活魔法>で水を撒くと同時に<水神の呼び声>を発動。


「……ほぅ、先ほどまで感じなかった水神アクレシスの気配がする……今の今まで感知できないとは……」

「ンン、にゃ」

「神獣よ、〝水は方円の器に従う〟という。だから気を付けるのだぞ。あの首に潜む悪夢の臭いは嫌いだ」

「にゃお?」


 神狼ハーレイア様と相棒の会話を耳に感じながら前傾姿勢で前進した。


 体勢を直していたアルデル師匠の胸元を狙う。

 まずは左手が握る神槍ガンジスを用いる。


 ――<水穿>を繰り出した。

 方天戟の月の形をした矛が水の魔力を纏う。

 その刹那――。

 アルデル師匠を守ろうと足下から飛び出た影狼。

 その影狼を貫く神槍ガンジス――。

 勢いが衰えない神槍ガンジスの方天戟はアルデル師匠の胸元に向かう。


 しかし、防がれた。

 振動する方天戟と月狼環ノ槍の柄が激しく衝突。

 猛将の呂布奉先が扱ったとされる方天画戟と似た神槍ガンジスをあっさりと防ぐ月狼環ノ槍。

 斜めに突き出た月狼環ノ槍の柄だ。


 斑模様の蝶々のような火花が眼前で散る。


 その盾代わりに防いだ柄を神槍ガンジスは微かに削っていく。

 が、月狼環ノ槍も再生が速い。

 しかも、削った塵はルーン文字を模ると、ぐるぐる回転しながら蒼色の纓にこびりついた。


 纓の刃物化は、またも封じられてしまう。

 が、次の手を繰り出す。


 右手の魔槍杖バルドークの<闇穿>だ。

 しかし、これにも対応してきたアルデル師匠。


 さすがは古代狼族を代表する槍使い――。

 火花が散る月狼環ノ槍を回転させて、柄頭で<闇穿>に対処してきた。


 月の形をした柄頭から魔力の波動が発せられていく。

 嵐雲の矛が纏う闇色の魔力を、その月の魔力の波動で瞬時に打ち消していた。


 <闇穿>の威力が減退したことを把握。

 瞬時に、その右手ではなく左手の神槍ガンジスを消去する。

 同時に不満そうな声をあげる魔槍杖バルドーク。


 俺はその不満を黙らせるように、右手に力を込めた。

 魔槍杖バルドークの柄を力で握りしめる――。

 ミシッと音が響いた魔槍杖バルドークは萎縮したように静まった。


 その握りしめた魔槍杖バルドークの握りを緩めてから――。

 柄の持ち手を短くするのと同時に前傾姿勢でアルデル師匠との間合いを詰めた。

 アルデル師匠は、俺が間合いを詰めてくると思わなかったのか、双眸を見開く。


 間合いを詰めたところで右手から武器を消去――。

 近々距離戦に持ち込む。

 血魔剣と鋼の柄巻は使わない。

 驚きつつも対応するアルデル師匠は月狼環ノ槍を短く持ち穂先を向けてきた。

 そこを逆に狙う――フリーハンドの左手で影狼の頭部が覆う月狼環ノ槍の穂先を、強引に掴む。


 そう『肉を斬らせて骨を断つ』だ。


 痛ッ――左手は月狼環ノ槍を覆う影狼に噛み付かれた。

 そして、左の掌が真っ二つになる勢いで、大刀穂先が侵入してくる。

 痛いが我慢、月狼環ノ槍の大刀穂先にある孔に指を通すつもりだったが、失敗した。

 左腕が膨れたように見えてから、左腕のいたるところから血が噴出――。

 しかし、俺は光魔ルシヴァルだ、躊躇はしない――。

 手が真っ二つに裂かれるどころか、手首が貫かれ、腕が切り裂かれ、月狼環ノ槍と一体化したようになった再生途中の無残な左腕を生かす――。

 そのマゾな体感時間の零コンマ数秒の間に左腕と一体化した月狼環ノ槍を手前に引っこ抜く。

 と、同時に左足を一歩後退させる。

 アルデル師匠から月狼環ノ槍を奪い取ることに成功――。

 月狼環ノ槍を握っていたアルデル師匠は両手が前方に移動しやや突っ伏す。


 そんな体勢を崩したアルデル師匠の胴体目掛け、ターン機動の勢いを<槍組手>に乗せた『左背攻』をぶち当てた。


 背中と肩の打撃を喰らったアルデル師匠は吹き飛んでいく。

 ――まだだ。

 俺は風槍流の『片切り羽根』の機動から<血液加速ブラッディアクセル>を生かすように迅速に追った。


 アルデル師匠は影狼たちを使い宙空で回転し、着地しようとしている。

 タフだな。

 だが、動きは遅くなった。


 俺は視界にアルデル師匠を捉えながら<魔闘術>と<血魔力>を体中に纏わせた。

 活性化した血と魔力。

 全身から、血の螺旋を思わせる勢いで血が噴出する。

 そして、痛みがまだある左手ごと月狼環ノ槍を生かす。

 大刀穂先は左腕の肘近くまで入り込んでいるし、扱いが難しい。

 月狼環ノ槍の柄頭が出て、向きが反対だが、構わねぇ――。

 右足の踏み込みから、腰を回し、その月狼環ノ槍の穂先が竜頭金属甲ハルホンクの防護服を掠めるが、そのまま――。


 月狼環ノ槍が刺さっている左腕を強引に前に運ぶ。

 血塗れの月の形をした柄頭を前に出す<血穿>を繰り出す。


 その刹那――。


 血で炎を熾したようなエフェクトが左腕回りに発生。

 紅蓮色の血が滴る異質な炎を纏った狼が月の形をした柄頭に出現した。

 血の炎狼か。

 アルデル師匠の胴体にその血の炎狼を纏った月の柄頭を喰らわせた。


 白銀の鎧に柄頭から出た血の炎狼が食らいつく。

 無数の牙の跡を白銀の鎧に残し、血の炎狼は消えた。

 血の炎狼は消えたが、月の柄頭がアルデル師匠の白銀の鎧を突く。

 その白銀の鎧はぐにゃりと凹むと、バキッと乾いた音を響かせ、粉砕された。


 体がくの字になったアルデル師匠は体を回転させながら背後に向かう。

 欠けた狼像に背中からぶつかった。


 ※ピコーン※<血穿・炎狼牙>※スキル獲得※


 新しい<血魔力>系のスキルを獲得できた。


 衝撃で床に跳ね返ったアルデル師匠は腹と胸元の呪いの傷を露出させている。

 だが、俺の血を受けた効果か?

 その傷が蒸発するように消えていく。


 同時に、倒れたアルデル師匠の体が消えるように薄まった。


 不思議だが、呪いが消えたのだろうか。

 と、思いながらも俺は自分の左腕を見る。

 じんじんどころか、強烈な痛みを感じている左腕だ。

 血の噴出が続く左腕から、その左腕を飲み込む、いや、左腕に喰われているような感じの血を浴びている月狼環ノ槍を見た。


 右手でそんな月狼環ノ槍の柄を掴み引き抜いた。

 引き抜いた左腕の傷から血が勢いよく迸る――。


 その瞬間、引き抜いた月狼環ノ槍は右手から離れた。

 壁画に戻っていく。

 元の収納場所に収まった。


 その光景を見ながら、左腕の傷から噴出している血を素早く体内に取り込む。

 吸血鬼らしく、光魔ルシヴァルらしく瞬時に再生していく左腕。

 念のため、掌の運命線のような傷と魔印を確認……。

 サラテンの出入り口と<シュレゴス・ロードの魔印>は大丈夫だ。


 蛸のような魔印が少し煌めいたような気がしたが……気のせいだろう。

 とくに変わったところはない。


 その直後、背中に重い体重を感じた。

 相棒の体重だ。のし掛かってきているようだな。


「にゃ、にゃ~ん」


 肩をぽんぽんぽんと連続で叩く相棒。


 すると、拍手が始まった。

 幽体の古代狼族たちが、一斉に拍手を行う。


 アルデル師匠は神狼ハーレイア様から魔力を注がれると、片膝に手を当て、ゆっくりと魔力波に引き寄せられるように立ち上がる。


 そして、俺を見て胸元に抱拳を作ると頭部を下げてきた。


「見事だ。最後の弟子よ。しかし、武器を奪われるとは、これではどちらが師匠か分からない」

「いえ、影狼流を見せてくれた師匠はアルデル師匠ただ一人。それに、あれは俺の特性を生かしたまでのこと」

「種族の特性か。痛覚はあるのか?」

「勿論、あります」

「……そうか。なおのこと尊敬を抱く……」

「ありがとうございます。しかし、俺こそですよ。武を尊敬します。そして、たくさんの影狼流を学ぶことができました! 感謝しています」


 と俺も素直な心情を話しつつ、ラ・ケラーダを胸元に作る。


「月満ちれば欠く。終わったようだな。さぁ、そろそろだ。アルデルよ……」


 神狼ハーレイア様の言葉か。


 アルデル師匠はそんな神狼ハーレイア様の姿を見て……。

 切なそうな表情を浮かべた。


「はい、ハーレイア様……お供できず不甲斐ない眷属をお許しください……」

「何を語るか……自分の体をよく見てみろ」

「え?」


 神狼ハーレイア様の指摘を受けたアルデル師匠は驚く。

 半透明な腹を見て、


「これは、呪いが消えている?」


 その言葉を肯定するように、狼の形をしたデボンチッチが半透明な腹に溢れていた。


「そうだ。汚れは祓われた。我の力とアルデルとシュウヤの神聖な決闘に、この場の英霊たちの力も加わった奇跡だろう」

「うぅぅ、呪いが……では、わたしはハーレイア様とご一緒にセウロスに辿る道を……またの名を……セウロスの、セウロスに……至る道を進めるということでしょうか」


 アルデルさんと神狼ハーレイア様は見つめ合うと、


「ふふふふ、そうだ。アルデル、おいでなさい」

「……はい」


 アルデル師匠は消えかかった体だが、ゆっくりと歩いていく。

 これまた消えそうな神狼ハーレイア様の横に並んだ。

 神々しい光に包まれていく……。

 周囲の幽霊たちも光に包まれると消えていく。


 神狼ハーレイア様とアルデル師匠は、俺たちを見て……。


「シュウヤよ、智を増す者は悲しみを増す。とある。気をつけるのだぞ……」


 諺のようなことを告げる。

 と、複数の銀色の毛が眼前で散った。

 俺とロロの前に落ちた銀色の毛。

 その瞬間、虹の架け橋と呼んでいた背後の壁画に神狼ハーレイア様とアルデル師匠は吸い込まれて消えた。


 壁画もまっさらとなった。


 芸術性を感じていたが、その壁画ごとなくなるとは……。

 静寂か……壁に嵌まる月狼環ノ槍が寂しげに映る。

 ……何か切ない……神狼ハーレイア様とアルデル師匠……。

 もしかしたら一期一会の機会だったのかもしれない。


 自然と胸元にハンドサインを作る。

 そして、


「ラ・ケラーダ!」

「にゃおぉぉぉぉぉ~」


 相棒……大きな声だな。

 と、ラ・ケラーダを真似したのかな?

 と思ったら、黒猫ロロは泣いていた。


 涙がこぼれていく。

 床の魔法陣がその魔力を宿した涙を得て、反応していた。


「ロロ、大丈夫か? 友だちだと思っていたのかな」


 俺の声を聞いた黒豹ロロは耳をピクピクと動かしてから見上げてくる。

 まん丸な黒色の瞳は少し震えていた。


 が、泣き止むと瞼を閉じて開いてきた。

 やや遅れて微笑むようにニカッと白い歯牙を見せてくれた。


「さ、このことを皆に報告しないと。だが、アイテムを試すか?」


 と聞きながら、銀色の毛を手に取る。

 これはヒヨリミ様に渡しておこうか。


 と、考えながら、アイテムボックスから無魔の手袋と夢追い袋を取り出す。

 ある三つのアイテムを点滅している魔法陣の上に置く。

 暴神の奴とキーホルダーの方はまぁ想像できるが……。

 鑑定の時に使い方を聞かなかった、このゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡の使い方って……。

 単に、魔力を注げばいいんだろうか。


「にゃ」


 と鳴いた黒豹ロロさんは肉球で西洋風の鏡にタッチング。


「ロロ、それは遊び道具じゃない、肉球マッサージは後でしてやるから、今は肩に戻ってこい」

「ンン――」

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